2017年2月24日 (金)

史の流れに(2) 「大関ヶ原展」

2015年7月5日 京都文化博物館にて

三条高倉にある京都文化博物館で「大関ヶ原展」を観る。徳川家康公没後400年を記念した特別展示である。「大関ヶ原展」はまず東京都江戸東京博物館で春から行われ、夏には京都で、更には秋に福岡市博物館で展示が行われる。

1600年に起こった関ヶ原の戦いと、その前哨戦にまつわる史料や絵画、武具や鎧が展示されている。

関ヶ原の戦いを描いた絵巻物や合戦図屏風は複数ある。基本的に関ヶ原の戦いからかなりの年月が経ってから描かれたものなので、正確性は微妙と言わざるを得ないのだが、画としては面白く、絵巻物は関ヶ原の戦いに至るまでの過程がわかりやすくなっている。ちなみに、赤色の鎧を着た「赤備え」は甲斐武田氏に始まり、甲斐武田氏本流滅亡後は、武田氏を織田信長と組んで滅ぼした徳川家康の家臣で徳川四天王の一人、井伊直政に受け継がれたということが知られている。今年は大阪の陣400年の記念年でもあるが、豊臣方についた真田信繁(幸村)も武田の遺臣ということで赤備えを用いている。
だが、徳川四天王の一人である榊原康政も赤い鎧を着ていたようで、赤い鎧を着ること自体は決して珍しいものではなかったようだ。石田方に付くも東軍に寝返った脇坂安治(京都市伏見区の中書島の語源を生んだ人)も赤い旗を使っており、鎧も赤だった可能性は高い。

石田三成というと、「大一大万大吉」という言葉が紋として知られているが、あれは正式には家紋ではない。石田三成の家紋は実は不明である。寺の小僧から出世した身であり、元々家紋を持っていなかったのかも知れない。ただ、秀吉から家紋は授かったはずであり、家紋は間違いなくあったはずだが、逆臣であったためか記録には残っていない。

家康を怒らせたという直江兼続の通称「直江状」も展示されている。織豊時代の文字は幕末の頃の文字よりも更に崩れており、解読が専門家でないと不可能と断言できるほどのものである。他の文書には専門家でも文字が解読出来ず、□(四角形)で飛ばされているものも存在する。

石田三成を始めとする五奉行の内4人(長束正家、増田長盛、前田玄以)は全員、家康の奢った態度に怒りを覚えていたようで、特に「内府ちがいの条々」(内府とは内大臣のことで、当時、内大臣の地位にあった徳川家康を指す)では、豊臣氏への挑発行為を咎めた罪奸状となっている。おそらく一番頭に来たのは、家康が大坂城の西の丸に、秀吉が本丸に建てた天守と同規模の天守を建て、西の丸を本拠地として城主のように振る舞ったことだと思われる。また、秀吉が築いた名城・伏見城を勝手に居城としていることも面白くなかったようだ。

家康の罪奸状を発した三成らは、諸大名に文を送っている。そして、大坂城下の屋敷で過ごしてた大名の妻子を大阪城内へと入れて人質に取る作戦に出る。ただ、明智光秀の娘で、玉こと細川ガラシャ夫人はこれを拒否して死を選ぶ。細川ガラシャが信じていたキリスト教では自殺は罪とされているため(仏教や神道では必ずしも自殺が罪になるとは限らないため、日本では自殺の美徳が生まれた)、家来に命じて胸を槍で貫かせ、一応は他殺という形で死を遂げている。文字に「細川」の文字が見られ、胸を突かせて亡くなるところが描かれているのが細川ガラシャ夫人であると思われるのだが、案内には何も書かれていない。

織豊時代においては、お家全てが取りつぶされることのないよう、親子や兄弟で敵同士となることも多かった。負けた側に付いていた者は死亡するが、勝った側にも血を分けた者がいれば家自体は存続する。徳川秀忠を信濃・上田で足止めにした真田昌幸とその子・信繁(幸村の名で知られる。真田家の当代の子孫の方によると「名前は信繁。幸村は大坂入城後に名乗った」としているようで、大坂入城後に信繁自身が名を変えたのか、後世の創作によって幸村という名前が生まれたのかまでは把握出来ていないとのことである)は西軍に付いたが、信繁の兄である信之(信幸)は東軍に味方している。
吉川広家が寝返ったのも「西軍が戦に敗れても自分が東軍に味方しておけば、西軍の総大将である毛利輝元は助かるだろう」という計算があったためである。石田三成と徳川家康の大将として器を比べれば、地形的に有利であっても西軍が不利であることはわかったはずである。

石田三成は丹後田辺城にいる細川藤孝(幽斎)に味方に付くよう迫るのだが、幽斎は言うことを聞かず、田辺城での籠城戦を始めてしまったため西軍の1万5000人の兵が釘付けとなってしまい、関ヶ原での西軍の数が足りないという結果を招来する。本来は西軍の総大将になるはずだった毛利輝元は「大坂城内に裏切り者がいる」という情報を受け、真偽は定かではないものの大坂城を離れられなくなってしまう(史料には裏切り者として片桐且元らの名前が挙がっている。片桐且元は豊臣家の重臣として大坂冬の陣までは豊臣に忠義を尽くしたが、冬の陣の和睦工作の際に淀殿から「裏切り者」呼ばわりされて城を追い出され、夏の陣では逆に徳川方として大坂城を攻めている)。そこで兵だけ送ろうとしたのだが、今度はそれまで中立の立場を取っていた大津城主の京極高次が突然、徳川方に付き、大津城攻めで足止めをくらい、西軍は関ヶ原で戦う兵士を減らした。一方、東軍も有名な徳川秀忠の遅参などがあり、顔が揃ったというわけでもなかった(現在では秀忠の役目は専ら上田城攻略であり、遅参というわけではなかったという説が有力になっている)。

西軍が東征。まず家康の居城である伏見城を攻める。指月に造られた伏見城は隠居所の居館であったが、慶長の大地震で倒壊後、秀吉は少し離れた木幡山に難攻不落の新たな伏見城を築城する。伏見城の縄張り図も展示されているが、本当にこの通りなのかどうかはわかっていない。ただ東からも西からも攻めにくく、北は東山連峰が連なっているので、攻めるのに時間が掛かる。南方に広がるのは巨椋池であるが、伏見城の大手は南にあり、巨椋池に土橋として掛けられた太閤堤と呼ばれる狭い道を進むしかない。太閤堤の幅はかなり狭かったようであり、進軍中に伏見城の支城である向島城から鉄砲で狙い打ちされたらひとたまりもない。流石は築城の名手・豊臣秀吉の最高傑作である。
結果、西軍は、伏見城に留守居役として残された鳥居元忠の1800騎に対して4万の兵で挑みかかるが、落城まで10日以上を費やし、その間に徳川方に西に戻る余裕を与えてしまう。伏見城の堅固さは三成も熟知していたはずであるが、攻め落とすのにどれほどの時間が掛かるのか計算しきれていなかったようである。三成はあくまで有能な官僚であり、武人ではない。優れた武人だったら伏見城の戦いの最中か終わった後で、何かおかしいのではないかと思うはずだが、残念ながら三成は見抜けなかったようである。

大津城の絵図面もある。これも正確なのかどうかわからない。大津城は捕らえられた石田三成、小西行長、安国寺恵瓊の三人が徳川方の武将と対面した場所であるが、その後に廃城となっている。現在の京阪浜大津駅付近に大津城はあったのだが、その北の埋め立て地に現在の大津港があることからもわかるように、琵琶湖を利用した湖上交通の要衝にあり、物資の輸送など経済的な理由で建てられた城であるため、元々戦には向いていなかったのだが、城内が西の長等山からの砲撃射程距離にあったことで、実戦に耐え得ないとして廃された。代わりに近江国内には膳所城と彦根城という二つの名城が築かれた(日本一美しい城といわれた膳所城は明治維新により廃城)。

関ヶ原の戦いというのは妙な戦であり、どちらも敵軍の大将が憎いという理由で味方になった武将が多い。そして、西軍には島津義弘などもいたが、島津義弘は最初は東軍に付いて、鳥居元忠と共に伏見城を守る予定であったが、連絡不行き届き(ということになっている)で鳥居元忠から入城を拒否されたため、成り行きで西軍に付いており、戦意は低かった。西軍の中で本当に戦意があったのは石田三成と島左近を始めとするその家来、宇喜多秀家、小西行長、大谷吉継ぐらいであり、他の武将は積極的に戦おうとはしなかった。大谷吉継は松尾山の下にいたが、本来なら宇喜多秀家の横に並んで福島正則らと戦っているはずの武将が松尾山の下にいて小競り合いをしている。つまり、石田三成も大谷吉継も松尾山山頂という一等地に陣取った小早川秀秋はすでに東軍に寝返っている可能性が高いと気付いており、大谷吉継は三成から「小早川が攻めてきたら防いでくれ」と頼まれていたのであろう。

関ヶ原の戦いの様子をCGで再現された映像があり、島津義弘が一人取り残されて強引に中央突破を図り、成功させたということになっている。ただ、東軍は総大将である徳川家康も含めてどんどん西に進み、最後は笹尾山の三成を追い詰めるために北上している。つまり、正面突破とはいえ、家康もすでに北に向かってしまった戦終盤では島津義弘の前にいた敵は思ったよりも少なかったと思える。本多忠勝も普通に考えれば北上して徳川家康の背後を突かれないような布陣に代えていたはずで、現実的に考えると島津軍が最も生き残りやすいのが敵軍手薄な関ヶ原の南側を正面突破することだったとも思われる。勿論、側面から本多忠勝らの攻撃を受けるとあやうく、実際に多くの将兵が討ち死にしたが、島津義弘が一番南に来るような編成で駆け抜ければ主君である島津義弘の命が助かる可能性は高い。

戦場に総大将である自分が行けないまま敗れた毛利輝元。当初は改易のはずであったが、吉川広家が「自分に与えられる長門国と周防国を毛利家に与え、自身は岩国で分家となりたい」という願いが聞き入れられ、中国地方一帯を領地とする112万石の大大名から、防長二州37万石の中大名への格下げとされ、居城も山陰の僻地である萩にしか認められなかったが毛利氏は存続した。

そんな毛利氏関連の展示であるが、二種類の旗が目を引く。一つは五七桐の入った旗、もう一つは「一文字三つ星」の毛利氏の家紋の上に「伊勢大神宮」「八幡大菩薩」という二つの文字が立てに入った旗である。

展示数には満足であったが、関ヶ原の戦いに関しては実際に関ヶ原に行ってみないとわからないこともある。私も4年前に実際に関ヶ原に行って、レンタサイクルで回るまでは、関ヶ原がかなりの急勾配であることを知らなかった。西から東の下りは一度もペダルを踏むことなく目的地に着けてしまい、東から西の上りは急すぎてペダルを漕ぐことが出来ず、仕方なく降りて自転車を押しながら歩いたりもした。実はこの急勾配こそが家康が三成を関ヶ原におびき出す罠だったのかも知れない。三成も「関ヶ原なら西に陣した者が圧倒的に有利」と思っただろう。家康が野戦を得意としていることは当然知っていたと思われるが、地の利が逆に三成に油断を与えてしまったようである。

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2017年2月23日 (木)

コンサートの記(277) 井上道義指揮大阪フィルハーモニー交響楽団第505回定期演奏会

2017年2月18日 大阪・中之島のフェスティバルにて

午後3時から、大阪・中之島のフェスティバルホールで、大阪フィルハーモニー交響楽団の第505回定期演奏会を聴く。今日の指揮者は大フィル首席指揮者の井上道義。井上は今年の3月一杯をもって、大フィルの首席指揮者を離任するため、首席指揮者として大阪で大フィルを指揮するのは今日が最後となる。暗黙の了解として関東でも関西でも、その地域のオーケストラのシェフを引き受けた場合は、同一地区にある他のオーケストラに客演は出来ないのだが、井上は早くも今年中に京都市交響楽団への客演復帰が決まっている。

井上の十八番であるショスタコーヴィチの交響曲が2曲並ぶという大重量プログラム。いずれも革命を題材にしたとされる交響曲第11番「1905年」と第12番「1917年」である。

交響曲第11番「1905年」は、「血の日曜日事件」として知られる発砲事件を題材にした交響詩的交響曲とされている。当時、ロシアは日本と戦争中だったのだが(日露戦争なのに戦場は中国という変な戦いでもあった)、血の日曜日事件とそれに対する民衆の反発により、ロシアは極東に力を割く余裕がなくなり、撤退決定で、日露戦争は日本の勝利ということになっている。

ショスタコーヴィチは、「ベートーヴェンの第九のような大作」になることを期待された交響曲第9番を、おちゃらけた調子の中規模の交響曲として発表してソビエト当局の顰蹙を買った。続く交響曲第10番は大作となり、好評だったが、スターリン時代の暗澹たる雰囲気を思わせる曲調が睨まれたりもした。そんなショスタコーヴィチが革命を賛美するメロディアスな交響曲第11番「1905年」を書いたことで、西側からは「ショスタコーヴィチはソビエト当局に屈した」などと言われた。当時のソ連では暗殺や粛正が日常茶飯事ということは西側ではそれほど知られていなかった。


今日のコンサートマスターは、崔文洙。ドイツ式の現代配置での演奏。今日は1階席2列目上手端での鑑賞。
交響曲第11番「1905年」の実演に接するのは3回目だが、過去2回はいずれも不思議な光景を目の当たりにしている。この曲は各楽章にタイトルが付けられており、第4楽章(最終楽章)のタイトルは「警鐘」だが、ラストで警鐘を鳴らすチューブラーベルズが、全力で演奏している他のパートに埋もれてほとんど聞き取れないのだ。特に最初に聴いた、ワレリー・ゲルギエル指揮PMFオーケストラの演奏では、チューブラーベルズが思いっきり鳴らされているのは見えるのに、音がほとんど飛んでこないということでかなり異様な光景となった。モーツァルト以来の天才であり、作曲家としての才能は史上最高レベルと目されるショスタコーヴィチが、鳴らされているのが見えるのにほとんど聞こえない曲を書くなどという凡ミスを犯すはずもなく、「意図的にそうしている」と捉えるのが筋だろう。
録音では、ライブ収録も含めて鐘がよく聞こえるよう調整されているため、この「視覚的オーケストレーション」ともいえる不可思議な場面を確認出来るのは実演のみである。

1階席2列目上手端席での音であるが、音はクリアなものの、反響板がなく音が上に行ってしまうため、弦に浮遊感が出る一方でいつもよりも薄く感じる。管はよく聞こえるが、金管のちょっとしたミスもすぐにわかってしまうところがある。音楽を聴く上で良い席とは言えないだろう。またチューブラーベルズは舞台下手奥にあるため、今日の私の席からだと存在そのものが他の楽団員の陰になって見えない。

今日の井上は全編ノンタクトでの指揮である。

第1楽章の仄暗い響き。井上指揮の大阪フィルはヒンヤリとした音色を奏でる。夜明け前とされる部分であるが、第4楽章でこの部分が帰ってくるということと第2楽章で大量殺戮が描かれているということを考えるとより暗い何か、或いは「死に近いもの」が描かれている可能性がある。やがて革命歌が聞こえ、デモの行進が始まり、強烈で巨大なうねりとなる。この曲は切れ目なく演奏されるのだが、先に書いたとおり第2楽章では目に見えるかのように描写された一斉射撃のシーンがある。音による旋律の妨害はラストだけではない。ピッコロが悲鳴のような旋律を吹く部分で、他のパートが寄ってたかってピッコロの叫びを覆い隠そうとするシーンがある。人々を蹂躙する巨大な権力が描かれているかのようだ。ピッコロと他の楽器の旋律がユニゾンになることでやっとピッコロ本来の鋭い音がクリアに聞こえるようになる。

今回のラストでの鐘は、弦の響きが薄かったということもあり、前2回よりはよく聞こえたが、井上がチューブラーベルズ奏者に指示したために「おそらく鳴ったのだろう」と思えた部分も2度ほどあった。ラストの響きでは、鐘の直接音は聞こえず、残響が他の楽器より長かったため余韻だけが伝わるという独特のものとなった。
本当に警鐘だとしたら誰が誰に向かって鳴らしているのか? 「ロマノフ王朝への警鐘」ということになっているが本当ではないだろう。聞こえないということは人々がそれに気づいていないということなのか、あるいは伝わる人にだけ伝わるということなのか。ソビエト当局へのおおっぴらに出来ない警鐘と取ることも可能だが、ショスタコーヴィチが西側に向けて、「ソビエトではものが言いたくても言えない」という状況を密かに伝えようとしたという解釈も可能であるように思う。また鐘というと弔いの鐘が真っ先に来るのは世の東西を問わないのだが、当時のソ連では当局によって粛正された人を悼もうにもそうしたこと自体が許されなかった。「哀悼の意を示すことさえ出来ない」という状況を物語っているのだろか。
少なくとも、ソ連の現状を肯定した作品とは思えないことがわかる。第1楽章冒頭や第3楽章はメロディー的には哀歌やレクイエムそのものなのだが(第3楽章のタイトルは「イン・メモリアム」で血の日曜日事件に犠牲者への哀悼であることが示されてもいる)革命側の犠牲者ではなく、権力者によって粛正された人々を音楽で正面切って悼むことは出来なかったために別のストーリーへのミスリードが行われたとも捉えられる。


交響曲第12番「1917年」を生で聴くのは初めてである。こちらもロシア革命を描いた交響詩的交響曲とされているものであるが、その後にも交響曲第13番「バビ・ヤール」、交響曲第14番「死者の歌」、交響曲第15番などを書いたショスタコーヴィチが簡単にソビエト当局に阿ったとは思えず、この曲にも暗号が仕掛けられているように感じられる。
この曲はCDでも何度か聴いているし、井上が客演したNHK交響楽団の演奏会でこの曲が取り上げられた時の模様もEテレ「クラシック音楽館」確認しているが、「今ひとつよくわからない」というのが本音であった。
だが実演では、「おそらくこういうことなのではないか」ということに気づく。堂々と始まり、皮相な凱歌が奏でられた後で、低弦がブラームスの交響曲第1番第4楽章の凱歌とオッフェンバック「天国と地獄」を合わせたような妙な旋律を奏で始め、それがヴィオラ、第2ヴァイオリン、第1ヴァイオリンに受け継がれていく。これはベートーヴェンの交響曲第9番「合唱付き」いわゆる第九の「歓喜の歌」の歌い継ぎと同じパターンである。またブラームスの交響曲第1番の凱歌の旋律は第九へのオマージュとして知られる。ということは、これは第九の「歓喜の歌」のカリカチュアということになるのではないか。そしてこの旋律は全編に渡って現れるのである。
交響曲第12番「1917年」は「ロシア革命」を題材にしている。必然的にソビエト連邦の成立に結びつく。第九の「歓喜の歌」でさりげなく示されたのは「万人平等という理想」である。ロシア革命とソ連成立、貴族制度の廃止でこの「万人平等」は世界で初めて成し遂げられた。だが訪れたのは楽園どころかとんでもない惨状であった。これでは「歓喜の歌」などは歌えず、「喜べない歌」「裏切られた理想の歌」しか歌えない。
メロディーに魅力がないため駄作ともされる交響曲第12番「1917年」であるが、あるいは意図的に理想の崩壊を描いた曲という側面がそうさせているのかも知れない。

井上のリードは力強く、大フィルから威力ある響きを引き出す。弦も管も重低音がしっかりと築かれており、抜群の迫力を生み出していた。
 
喝采に応える井上。「いくつになってもいたずら小僧」というイメージの井上であるが、シェフとしては最後のフェスティバルホールということで、感慨深げな表情や仕草も見せていた。

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2017年2月22日 (水)

さよならミスターS

現役の主要指揮者としては世界最長老であったスタニスラフ・スクロヴァチェフスキが死去。93歳であった。名前が長いため、ミスターSの愛称でも親しまれた。
1923年(日本の年号では大正12年。関東大震災のあった年である)、ポーランドのルヴフ(現在はウクライナ領)生まれ。
若い頃はピアニストを志していたが、第二次大戦中に手を負傷し、指揮者に転向する。指揮は同じくポーランド出身であったパウル・クレツキに師事した。
作曲家としても活動しており、自作自演盤もリリースされている。
 
アメリカのミネアポリス交響楽団(現・ミネソタ管弦楽団)の音楽監督として活躍。この時期にアメリカ国籍を得ている。
録音も行ったが、マーキュリーというマイナー・レーベルが主だったため、日本にまでは評判が伝わってこなかった。
状況が変わるのは1990年代に入ってからである。マーキュリー・レーベルのCDが国内盤としてもリリースされ、筋骨隆々としたフォルムと怒濤のようなエネルギー放射による演奏が一部で評判になる。
 
そしてスクロヴァチェフスキは、1996年にNHK交響楽団の定期演奏会に客演する。私も土曜日のマチネー公演で聴いた。メインはチャイコフスキーの交響曲第5番。
「ムラヴィンスキーもかくや」と思われる厳格にして力感溢れる演奏であり、終演後、客席が大いに沸いたのが思い出される。これが日本におけるスクロヴァチェフスキ・リバイバルの始まりであった。
その後もスクロヴァチェフスキはN響への客演を続け、2004年には京都コンサートホールでN響を指揮したコンサートも行っているが、その後は読売日本交響楽団に招かれて指揮する機会が増え、2007年から2010年まで読響の第8代常任指揮者を務め、その後は同楽団の桂冠名誉指揮者に就任していた。
 
廉価盤レーベルであるアルテ・ノヴァにザールブリュッケン放送交響楽団を指揮していれた「ブルックナー交響曲全集」が世界的な話題になり(その後、同全集はエームス・クラシックスに移管)、やはりザールブリュッケン放送交響楽団を指揮した「ベートーヴェン交響曲全集」もリリースした。21世紀に入ってからのスクロヴァチェフスキは演奏スタイルを変えており、兵庫県立芸術文化センター大ホールで聴いた、ザールブリュッケン放送交響楽団とのベートーヴェン交響曲第6番「田園」と交響曲第5番(スクロヴァチェフスキ指揮の第5を聴くのは3度目だった)でも強靱な構築感ではなく、内容の新規さで勝負しており、「ああ枯れたのか」と聴いていて悲しくなった。だが、スクロヴァチェフスキの凄いところはそこから更に体制を立て直して若い頃のようなスタイルへと再変貌を遂げたことにある。
 
読売日本交響楽団といれた最近のライブ録音では楽曲の新たな発見とともに高齢の指揮者とは思えないほどの瑞々しさで聴かせる演奏が展開されていた。

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2017年2月21日 (火)

コンサートの記(276) ゲヴァントハウス弦楽四重奏団来日演奏会2014京都

2014年11月7日 京都府立府民ホールALTIにて

午後7時から、京都府立府民ホールアルティで、ゲヴァントハウス弦楽四重奏団の来日演奏会を聴く。

ゲヴァントハウス弦楽四重奏団は、その名からもわかる通り、ライプツィッヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団のメンバーから成る弦楽四重奏団であり、1809年結成という世界最古の弦楽四重奏団とされる(当然ながらメンバーは入れ替わっている)。メンバーはいずれも首席奏者から選ばれるようだ。

現在のゲヴァントハウス弦楽四重奏団のメンバーは、コンラート・ズスケ(第2ヴァイオリン。苗字からも分かるとおり、カール・ズスケの息子である)、ユルンヤーコブ・ティム(チェロ)、フランク=ミヒャエル・エルベン(第1ヴァイオリン)、オラフ・ハルマン(ヴィオラ)。

曲目は、モーツァルトの弦楽四重奏曲第15番、メンデルスゾーンの弦楽四重奏曲第6番、モーツァルトの弦楽四重奏曲第19番「不協和音」。

アルティは、残響可動システムを導入しているが、天井が高いということもあって、弦楽四重奏曲を演奏するには余り向いていないように感じた。響かないのでどうしてもスケールが小さく感じられてしまう。

東ドイツであった時代から、ライプツィッヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団は渋い響きを出すといわれ、一部では「東ドイツはお金がないので安い楽器しか買えないためだ」などといわれたりもしたが、今日もゲヴァントハウス弦楽四重奏曲のメンバーは渋めの音を出しており、伝統的にこうした音を守り抜いてきたのだと思われる。

モーツァルトの弦楽四重奏曲第15番は、第1楽章の哀切な旋律が特徴。アルバン・ベルク・カルテットのCDで愛聴してきたが、ゲヴァントハウス弦楽四重奏団の音色はアルベン・ベルク・カルテットほどウエットではない。

メンデルスゾーンの弦楽四重奏曲第6番も悲哀に満ちた作風。メンデルスゾーンの姉であるファニーがなくなってから2ヶ月後に着手され、2ヶ月で完成。「ファニーへのレクイエム」となっている。
ゲヴァントハウス弦楽四重奏団も真摯な演奏で、自分達の大先輩であるメンデルスゾーンの音楽を歌い上げる。

モーツァルトの弦楽四重奏曲第19番「不協和音」。第1楽章の冒頭で、調性が定まらないため「不協和音」というタイトルが付いた。今現在「不協和音」と聞いて思い浮かべるようなものではなく、「不安定な音楽だ」程度の感じなのだが、モーツァルトの生前は斬新な作品であったといわれる。

調性が安定してからはいかにもモーツァルトらしいチャーミングな音楽となり、ゲヴァントハウス弦楽四重奏団も格調の高い演奏を示した。

アンコールは2曲。

まず、ハイドンの弦楽四重奏曲第81番「ロプコヴィッツ四重奏曲」より第2楽章。たおやかな曲と演奏である。

そして最後はモーツァルトのセレナード第13番「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」第1楽章・弦楽四重奏版。颯爽とした演奏であった。

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2017年2月20日 (月)

これまでに観た映画より(87) 「竜馬暗殺」

大分前に録画しておいた日本映画「竜馬暗殺」を観る。黒木和雄監督作品。1974年の映画である。脚本:清水邦夫&田辺泰志、音楽:松村禎三。出演:原田芳雄、石橋蓮司、松田優作、中川梨絵、桃井かおり、田村亮ほか。
16ミリモノクロ映像であり、トーキーであるが黒バックに白抜き文字で字幕が入るなど、活動写真を意識した作りになっている。

慶応三年十一月十三日から竜馬が暗殺される十一月十五日までの三日間を描くフィクション。

坂本竜馬(原田芳雄)が、近江屋の土蔵に移る場面から始まる。
中岡慎太郎(石橋蓮司)は、近江屋の娘の妙(桃井かおり)を寝取られた恨みから竜馬を斬ろうとしている。近江屋の土蔵に竜馬が潜伏先を移すように仕向けたのも土佐藩邸から遠ざけるためであった(これは事実とは異なり近江屋は土佐藩邸の目の前である)。
竜馬は寺田屋で幕吏二人を殺害したかどで指名手配されているのだが、人相書きを竜馬は「真情あふるる軽薄な顔をしちょる」と言う。「真情あふるる軽薄」というのは脚本を手がけた清水邦夫の出世作「真情あふるる軽薄さ」(蜷川幸雄演出の舞台)から取られた遊びである。

近江屋の土蔵に入るとき、竜馬は向かいの家の女、幡(中川梨絵)を見て惹かれる。その後、男と女の関係になる竜馬と幡だったが、幡は新撰組隊士の情婦であった。

幡の弟である右太(うた。松田優作)は薩摩藩士に頼まれて竜馬を暗殺するべく狙っている。

かくて、中岡慎太郎、右太、薩摩藩に狙われている竜馬は微妙なバランスの上で生きている。中岡慎太郎とも右太とも時には味方、時には敵だ。

「ええじゃないか」の喧噪が溢れるなか。竜馬は変装して中岡慎太郎を探しに出かける。途中で右太を捕まえ、変装させて、陸援隊士から迫られて窮地に陥っている中岡を連れ出し、中岡も変装させる。

そして運命の十一月十五日。風邪を引いた竜馬は土蔵から近江屋の母屋の2階に移る。竜馬は中岡に「幕府を倒すのは薩長に任せちょけ」と言った上で、「その上で薩長を討つ」と真意を打ち明けるのだった……。


原田芳雄の色気ある竜馬だけが語られることの多い映画だが、確かに原田芳雄の男くさくも色気満点の竜馬は魅力的である。ただ、薩長に幕府を討たせた上で薩長を討つと語る竜馬像はありそうでなかなかなかったものであり、新鮮に映る(史実ではないと思われるが)。

墓地でのロケが多いが、近江屋の裏手は寺町で墓地がたくさんあったという事実もあるが、生と死の近しさが暗示されているようでもある。

坂本竜馬は近眼という設定であるが、これは司馬遼太郎の小説『竜馬がゆく』で語られたフィクションである。竜馬の視力についてはわかっていないが、目が悪かったという証言はなく、庶民でも眼鏡を掛けることがさほど珍しくなかった時代だが、竜馬が眼鏡を持っていた形跡もない。また船を操る海援隊の隊長であったことから視力に問題はなかったのではないかと思われる。
また竜馬が二年前から革靴(ブーツ)を履いているという設定になっているが、有名な写真は写真館にあったブーツをたまたま履いて撮影したもので、日頃からブーツを愛用していたという事実はない。そもそも、身長が170cm以上はあった大男(当時の成人男性の平均身長は150cmちょっと)で目立つため、更に目立つブーツを履くような愚行はしない。

この映画では、刺客は中村半次郎(外波山文明)ら薩摩藩の手のものという設定になっている。薩摩を討つ計画が露見していたということである。

松村禎三のギターなどを中心としたジゴロな雰囲気の音楽も実に良い。

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2017年2月19日 (日)

これまでに観た映画より(86) 「渇き。」

DVDで日本映画「渇き。」を観る。中島哲也監督作品。原作:深町秋生(『果てしなき渇き』)。脚本には中島哲也の他に、自主制作映画の女王といわれた唯野未歩子(ただの・みあこ)が参加している。出演:役所広司、小松菜奈、妻夫木聡、清水尋也、黒沢あすか、二階堂ふみ、橋本愛、青木崇高、森川葵、高杉真宙、星野仁、派谷恵美(はたちや・めぐみ)、國村隼、オダギリジョー、中谷美紀ほか。2014年の作品。

2012年のクリスマスイブ。さいたま市内のコンビニで三人が刺殺される事件が起こる。元大宮北署の刑事で、今は警備会社に勤める藤島昭和(役所広司)は、たまたま現場の近くにいて現場の警備をしたため、取り調べを受ける。一方、今は別居している藤島の妻・桐子(黒沢あすか)から藤島に電話があり、娘の加奈子(小松菜奈)が行方不明だと知らされる。加奈子は成績優秀で誰にでも愛される子だったが、裏には別の顔を持っており……。

麻薬、売買春、児童ポルノなど過激な内容が盛り込まれているため、R-15指定となっている。

妻夫木聡が演じる藤島の後輩刑事・浅井はいつもヘラヘラとにやけており、あめ玉をしゃぶるという「サイコ」でアンソニー・パーキンスが演じていたノーマン・ベイツを想起させるようなところがある。

短いカットが矢継ぎ早に続くことで展開される作り。中島監督の「告白」を想起させるような狂騒シーンもある。

3年前の話と2012年の8月が何の脈略もなく絡み合って出てくる。加奈子は好きだった緒方(星野仁)が自殺したことで、喪失感を抱くのだが、葬儀の時に緒方に口づけするなど、異様な行動を起こしていた。その後、ボク(という役名。清水尋也)は加奈子を好きになって野球部を退部するが、そのことでいじめられるようになる。それでも加奈子はボクをかばってくれるが、実はそれは罠だった。

薬の幻覚の中のように、シャッフリングされた展開が続く。悪魔のような加奈子という女の子に翻弄される人々。彼女の行方は中学時代の担任である東理恵(あずま・りえ。中谷美紀)が握っていた。

バイオレンス映画であるが、狂気を抱えた藤島を演じる役所広司の怪演と、可憐な悪魔を演じる小松菜奈の演技が魅力的である。

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2017年2月14日 (火)

コンサートの記(275) 広上淳一指揮 第12回・京都市ジュニアオーケストラコンサート

2017年2月5日 京都コンサートホールにて

午後2時から第12回京都市ジュニアオーケストラコンサートを聴く。指揮は、京都市ジュニアオーケストラ・スーパーヴァイザーの広上淳一。

2016年4月1日時点で満10歳以上22歳以下の京都市在住・通学の青少年を対象に、オーディションで選ばれたメンバーから構成される京都市ジュニアオーケストラ。誕生日を迎えて、23歳になったメンバーも何人もいる。最年少は誕生日を迎えて11歳である。京都市交響楽団のメンバーが演奏指導を行い、若手指揮者の喜古恵理香(きこ・えりか)と鈴木衛(すずき・まもる)が合奏指導を行った。

オール・フランス・プログラムで、ビゼーの「アルルの女」第1組曲と第2組曲(エルネスト・ギロー編曲)、ベルリオーズの幻想交響曲が演奏される。


開演30分前からロビーコンサートがある。ヘルマンの「3つのヴァイオリンのためのカプリッチョ」、ルクレールの「2つのヴァイオリンのためのソナタ」、ドヴォルザークの「弦楽セレナード」から第1楽章と第2楽章が演奏された。
井伊さんという苗字の女の子が出ていたが、あの彦根井伊氏の家系なのだろか。


ビゼーの「アルルの女」第1組曲、第2組曲。広上は「行きまーす!」というような言葉を発しながらステージに登場(実際になんと言っていたのか聞き取れなかった)。
京都市ジュニアオーケストラは毎年メンバーが異なる。今年は、弦は厚みはないものの輝きがあり、木管も整っているが、金管はちょっと粗めである。
広上は生き生きとした音楽を京都市ジュニアオーケストラから引き出す。自在な指揮をする広上だが、今日は「カリオン」の冒頭を3つにきっちり振るなど、青少年オーケストラ相手ということで、普段よりはわかりやすい指揮をしていたようだ。
「ファランドール」では、広上はラストに向けて金管を煽り、興奮度満点の演奏を生み出していた。


ベルリオーズの幻想交響曲。弦が燦々と輝き、怪しい響きも生む。ただ、厚みは十分ではないため、第1楽章のクライマックス、第4楽章、第5楽章などでは管の勢いに負けてバランスは悪くなっていた。
第1楽章では、コントラバスのピッチカートの後にパウゼを長く取ったのが印象的。第2楽章はコルネット入りの編成で華やかである。

第3楽章のコーラングレ(イングリッシュホルン)とオーボエの掛け合いでは、オーボエはポディウムの後方、パイプオルガンの横に立って吹いた。

第4楽章と第5楽章では、ティンパニが独特の響きを出す。おそらく皮の張り方を変えているのだろ。広上はジャンプを繰り出すなどダイナミックな指揮。第5楽章でクラリネットとフルートがグロテスクに変わった「恋人の主題」を吹く際に、頭の上で両手を広げ、頭頂部に耳のある化け物の姿を真似ているようなおどけた指揮をしていた。打楽器の強打とと金管の強烈な咆哮もあり、迫力満点の演奏である。青少年オーケストラの演奏としてはかなりの上出来だと思う。
なお、第5楽章の鐘は、舞台袖ではなく、舞台上下手奥寄りで叩かれた。


カーテンコールでは、広上は合奏指導の鈴木衛と喜古恵理香(二人とも東京音楽大学指揮科卒で、広上の弟子である)を連れて登場。広上は「セコムちゃん、喜古ちゃん」と呼ぶ。鈴木は名前が衛(まもる)なので、「衛=守る=セコム」というあだ名になったと広上は語る。更に「キコというのは下の名前ではなくて苗字です。喜古恵理香」と喜古を紹介する。

鈴木は、「客席で聴いていたのですが、感動しました」と語り、喜古は、「8月から練習していて、上手くいく日もいかない日もあって。でも今日演奏する姿を見たら涙が止まりませんでした。隣の席の方、すみません」と語った。

広上は、「プロ顔負けの演奏で、『まいったな』と思いながら指揮してました。元々は聴衆を増やそうという目的で始めたのですが、10年ぐらいやれば演奏していた子が音楽好きになって京都市交響楽団の定期会員が増えるんじゃないかと思って」と鮭の稚魚放流のような話をしていた。
更に、「ヨーロッパでは、きちんとした都市には必ずオーケストラがあるわけです。オーケストラは文化都市の顔。日本で今、一番それに近いのが京都だと思います」と広上は述べる。


アンコールは、アンダーソンの「フィドルファドル」。前半を鈴木が、後半を喜古が指揮する。広上は舞台下手でピアニカを演奏していた。
管楽奏者は全員起立しての演奏。鈴木の指揮も喜古の指揮も拍を刻む端正なもの(リハーサルの時間が取れなかった可能性もある)。広上の吹くピアニカの音もよく聞こえた。

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2017年2月13日 (月)

観劇感想精選(199) 「シェイクスピア物語 ~真実の愛~」

2017年1月22日 梅田芸術劇場メインホールにて観劇

午後12時30分から、梅田芸術劇場メインホールで、「シェイクスピア物語 ~真実の愛~」を観る。昨年(2016年)が没後400年に当たったウィリアム・シェイクスピアが、「ロミオとジュリエット」や「十二夜」などを生み出す過程を描いたフィクションである。昨年暮れに東京で上演され、今日が大阪公演二日目にして楽日となる。上演台本:元生茂樹&福山桜子、演出:佐藤幹夫。出演は、上川隆也、観月ありさ、五関晃一、藤本隆宏、小川菜摘、秋野太作、十朱幸代ほか。

元々は観る予定はなかったのだが、「上川隆也がシェイクスピア役ならなんとかなるだろう。演技の勉強にもなるし(私は演じないけれど)」ということで、先日チケットを取ったのだ。
「真実の愛」という副題からも想像される通り、内容は通俗的である。正直、本当に上川隆也が主演だからなんとかなったという部分があるのは否めないだろう。

開演15分前から、赤いマントと頭巾を被った女性出演者達(アンサンブル陣)が客席に3人ほど現れて、「シェイクスピア物語」のチラシを配り始める(今日は客席にはチラシの束もアンケート用紙も置かれていなかった)。また黒頭巾に黒マントの男優がジャグリングをするなどして観客を楽しませる。

舞台は二段になっており、素の舞台より高いところに、上から見ると「八」の字の上が繋がった形になる細長い舞台が渡してある。上の繋がった部分に当たる、真ん中の舞台正面と平行になった場所はバルコニーという設定であり、背後にカーテンが閉めてあって奥が寝室ということになっている。バルコニーの上手下手両方に下の舞台へと下りる階段が伸びており、下手階段の横には木製の梯子も掛けてある。バルコニーの下の部分にはカーテンが閉まっており、ここが1階の入り口に見立てられて使われる。

風音が響き、雷鳴と電光が走ると、舞台上手下手両方から、赤い頭巾とマントの女優陣、黒い頭巾とマントの男優陣が、小学校の図工室などにあったような背もたれのない木組みの椅子を手に現れ、車座になって座る。丁度、椅子取りゲームが終わった時のような感じである。上の舞台の上手では女性がヴァイオリンを弾き、男性がスネアドラムを叩いている。この二人は全編に渡って音楽を担当する。スネアドラムは歌舞伎におけるツケのような効果を担うこともある。

音楽がグリーンスリーブスを主題にしたものに変わると、背後のカーテンが開き、ウィリアム・シェイクスピア(愛称の「ウィル」と呼ばれることが多い。演じるのは上川隆也)が、「書けない! 書けない!」と焦りながら登場。アンサンブルキャスト陣をかき分けて椅子の上に上がり、反時計回りに歩く。「お気に召すまま」にある、「この世は全て舞台。人は役者に過ぎぬ」というセリフが上川の口から語られるが、その後で、「役者は皆、自分の役を持っている。人は皆、自分の役割を全うせねばならない」というオリジナルの言葉が加わっている。「人生には物語が必要だ」として、シェイクスピアは何とかストーリーを捻りだそうとしている。舞台上手にあるテーブルに向かい、羽根ペンで何かを書こうとするが何も浮かんでこず、「書けない!」と自分に怒りをぶつける。

アンサンブルの出演陣は、シェイクスピアが生んだ名ゼリフの場面を演じ始める。「リチャード三世」の「馬をくれ! 馬をくれたら国をやろう!」、「ハムレット」の「生きるべきか死ぬべきかそれが問題だ」。更に「ヘンリー四世」よりフォールスタッフのセリフ、「ハムレット」よりオフィーリアのセリフ、そして「十二夜」よりヴァイオラ(男装してシザーリオを名乗る)のセリフ。ヴァイオラに関しては他の出演者から説明が入る。

時は1593年、ロンドン。これまで数々の戯曲を手掛けていたシェイクスピアだが、スランプに陥って何も書けなくなってしまっている。タイトルは「イタリア紳士と海賊ドレイクの娘」に決まっているのだが、内容が出てこない。シェイクスピアはローズ座の劇場主であるヘンズロー(秋野太作)に、「物語は頭の中にある」と見得を切るシェイクスピアだったが、頭の中の物語を開ける鍵を今は持っていない。
一方で、彼が書いた「ソネット集」が巷で評判になっていた(シェイクスピアの「ソネット集」は彼の恋心と共に同性愛の告白とも取れる内容を含むことでも知られている)。

取り敢えず、居酒屋兼売春宿(娼婦達が、「あそこは硬く、頭は柔らかく。硬いは柔らかい、柔らかいは硬い」という「マクベス」の魔女達セリフの下ネタパロディを歌う場面がある)のバラ邸で、ヘンズローとシェイクスピアはオーディションを行うことにするが、応募してきた全員が、シェイクスピア以外の本から取ったセリフを言う上に、吃音(劇中では「どもり」という言葉が使われる)であったり、その時代にはないはずのラップを歌う人がいたりと滅茶苦茶である。シェイクスピアはラップを知らないため、「なんだあの股間を押さえてクネクネする動きは?」と言ったりする。
そして、シェイクスピアは、バルコニーの奥にダンカンという人物が現れるのを見る(この時のダンカンの出現は赤い光のみで表される)。だがヘンズローにはダンカンの姿は見えない。ダンカンはすでに故人なのだ。やがて、ダンカンの幽霊が現れる。ダンカンと名乗ってはいるが、それは芸名であり、実際は女性である。本名はオリヴィア。性別を偽って舞台に立ち続け、名優と賞賛されていた。ダンカンの元ネタは「ハムレット」の先王ハムレットである。

一騒動が起こる。カーテン座の座付き作家であるクリストファー・マーロウ(実在の人物である)に劇中で間抜けな貴族として描かれたエセックス伯爵(藤本隆宏)が部下と共にマーロウを成敗しに来たのだ。やり取りを聞いて埒があかないと判断したシェイクスピアは、「俺がクリストファー・マーロウだ」と嘘をついて何とかことを収めようとする。エセックス伯爵は、「芝居は真実の敵」というが、マーロウを騙るシェイクスピアは、「ならば、その真実とやらは現実の敵」と返す。
その後、本物のクリストファー・マーロウは殺され、その葬儀ではサミュエル・バーバーの「弦楽のためのアダージョ」の合唱版である「アニュス・デイ」が流れた。

一方、貴族であるキュープレット家の令嬢であるヴァイオラ(観月ありさ)は、家同士が結婚を決める通例に疑問を持っており、「真実の愛」を求めていた。一方で、「舞台の上に女が立てない」ことに不満を抱いており(シェイクスピアの時代にはまだ女優はおらず、女性役は女形や少年が演じていた。オフィーリアやコーディリアといったヒロインが14歳前後という幼い設定なのは、少年が彼女達を演じていたということによるところも大きい)、トマス・ケントという偽名を用いて男装し、ローズ座のオーディションに参加(オーディションが終わった後でバラ邸に着いたが、シェイクスピアに特別に目の前で演技を行うことを認められる)。「ヴェローナの二紳士」のセリフを奏でて、シェイクスピアに絶賛される。トマス・ケントと名乗ったヴァイオラは、「キュープレット家の者」とだけ伝えて帰る。

トマスの才能に惚れ込んだシェイクスピアはキュープレット家までトマスに会いに行く。キュープレット家ではヴァイオラがリュートを奏でながら女性達と歌っていたが、シェイクスピアはヴァイオラとトマスが同一人物だと気がつかず、ヴァイオラに一目惚れしてしまう。ヴァイオラとシェイクスピアはバルコニーの上と下で出会う。これが「ロミオとジュリエット」のバルコニーのシーンの元ネタになるという設定である。
シェイクスピアの第一印象をヴァイオラがバルコニーで一人語りする場面で、シェイクスピアを演じる上川隆也は舞台を下りて、最前列の前のスペースを上手から下手に向かい、身をかがめながら歩く。だが、ヴァイオラがシェイクスピアを「ハンサムで」と評したときに、上川演じるシェイクスピアがのぼせ上がって、客席の方を向きながら立ち上がってしまうという演出がなされており、笑いが起こる。

ダンカンの幽霊が現れ、シェイクスピアに「お前は真実の愛というものをまだ知らないだろう」と問う。シェイクスピアはすでに結婚しており、ストラットフォード・アポン・エイボンに妻がいたが、恋愛結婚ではなかったため、恋の感情を抱いたことはなかった。シェイクスピアはヴァイオラへの「苦しいが心地よい感情」こそが「真実の愛」だと悟る。そして自分の感情に素直になったことで後に「ロミオとジュリエット」となる物語が泉のように浮かんでくる。ジュリエットのキャピュレットという苗字はキュープレット家をもじったものである。

シェイクスピアは、トマス・ケントがヴァイオラだと気がつかないままヴァイオラへのラブレターを託す。元々、観劇が好きでシェイクスピアにも気があったヴァイオラだが、シェイクスピアの書いた、「あなたを夏の日に喩えましょう。いや、あなたの方が美しくて穏やかだ」という内容の恋文(シェイクスピアの「ソネット」からの引用である)に、一気に恋に落ちてしまう。

シェイクスピアの「ロミオとジュリエット」の稽古が始まる。アドミラル座のスター俳優・ネッド(五関晃一)も加わり、体勢は万全だ。トマスはロミオ役を貰う。ロミオ役を貰ったトマス=ヴァイオラがバルコニーでロミオのセリフを読み、シェイクスピアが別の場所にいるという設定で(実際は、上川隆也は観月ありさのすぐ下にいる)ジュリエットのセリフを朗読するという逆転のシーンもある。


ヴァイオラに求婚した男がいる。他ならぬエセックス伯爵である。当時は家の取り決めは絶対。ヴァイオラの母親であるマーガレット(小川菜摘)はヴァイオラに無断で求婚を受け入れてしまう。

ヴァイオラは、エセックス伯爵からエリザベス女王(十朱幸代)の「吟味」を受けるように言われる。結婚に相応しい女性かどうかは女王陛下が決めるのだという。

トマスの正体がヴァイオラだとシェイクスピアにばれる日が来た。キュープレット家の下僕であるアダムが告白してしまったのだ。そしてヴァイオラがエセックス伯爵と婚約しており、アメリカのヴァージニアに渡る予定だということも知る。シェイクスピアはヴァイオラの下女に化けて(顔に白頭巾を被る)、ヴァイオラと共に宮廷に向かい、ヴァイオラとエリザベス女王との謁見に立ち会う。

エリザベスに謁見したヴァイオラ。ヴァイオラが劇場でよく見かける娘だと気づいたエリザベスは、演劇の話を二人で始める。エリザベスは、「戯作者の書くことにまことの愛など出てこない。全て絵空事」と言うが、ヴァイオラは、「真実の愛を描ける詩人が一人だけいます。シェイクスピアです」と意見した。

ローズ座が女を雇っているという噂が出回る。女優というものが認められていない時代であり、舞台上に女を立たせたとあれば重罪である。もはや隠しきれないと悟ったヴァイオラは自分が本当は女であると告白し、ロミオ役を降りることになる……。


よく知られているとおり、シェイクスピアの時代には、戯曲を書くという行為はオリジナルの物語を生むことではなく、有名な物語をいかに膨らませて脚色するかという作業であった。「ロミオとジュリエット」も「十二夜」も元からあったお話をシェイクスピアが潤色したものであり、一から生み出したとするのは史実的には正しくない。ただ、これはあくまでもエンターテインメントであり、史実を語るのは野暮だろう。
「言葉、言葉、言葉」というシェイクスピアを評する比較的知られた言葉が劇中にも登場するが、シェイクスピアの弱点ともされる「語りすぎ」の部分を真似た、修飾語だらけのワンセンテンスの長いセリフも登場する。

演技は下手だったとされるシェイクスピアがカーテン座でロミオを演じることになり、ヴァイオラがジュリエットとして出演というのも無理はあるのだが、物語を膨らませるためには必要でもある。シェイクスピアとヴァイオラが別れを悟るシーン、「ロミオとジュリエット」のバルコニーでの別れのセリフをそのまま二重映しで交わすのも、冷静に見れば「なんだこのバカップルは?」であるが、絵になっている。並の俳優同士だったら客席から笑いが起こってしまうかも知れないが、そうならないのが二人の実力を物語っている。


上川隆也の演技は、最初のうちは珍しく板に馴染んでいないように思えたのだが、これは意図的なもので、「真実の愛」を知った後でギアが変わり、ロミオを演じる場面で更にという仕掛けである。演技の質だけでなく、発せられる「気」が変わるのも興味深い。観月ありさも上川と同じ意図の演技を行う。上川ほど上手くいかないのは舞台経験の差であり、比較しなければ観月の演技も上出来である。ロミオを演じて以降の上川とジュリエットを演じてからの観月がやはり一番、格好良かった。

エリザベス女王が「機械仕掛けの神」の役割を担っているのも演劇の歴史を考えれば納得のいく話である。

大きな問題があるとすれば、「名家」を常に「めいけ」と読んでいたこと。「名家」は基本的には「めいか」としか読まない。IMEでも「めいけ」では「名家」と変換されないはずである。基本的にはと書いたのは、「名家」と書いて「めいけ」と読む場合が例外的にあるためである。公家の階級を表す「名家」だ。公家の階級は上から摂家、清華(せいが)家、大臣家、羽林(うりん)家と来て、次に来る名家は「めいけ」と読む場合があるのである。公家の名家には、親鸞聖人や日野富子を生んだ日野氏が含まれている。


終演後はオールスタンディングオベーション。私は「立つほどではないな」と思ったのだが、舞台が見えなくなったので立つだけは立つ。上川隆也の挨拶。「2017年1月21日に幕を開けたこの大阪での舞台も、今日、1月22日に無事、千秋楽を迎えることが出来ました。これもひとえに我々の努力の賜物です」とボケた後で、「皆様のご支援のお陰です」と再度挨拶する。上川はセリフならいくらでも喋れるがフリートークは苦手というタイプなので、「他の出演者の皆さんにご挨拶頂きましょう」と話を振っていた。

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2017年2月12日 (日)

コンサートの記(274) チェコ・フィルハーモニー・ストリング・カルテット@京都2017 「これが聴きたい~アンコール“超名曲”ベスト20!」

2017年2月3日 京都コンサートホールにて
午後7時から、京都コンサートホールで、チェコ・フィルハーモニー・ストリング・カルテット(チェコ・フィル・ストリングカルテット)の来日演奏会を聴く。

今回は、「これが聴きたい~アンコール“超名曲”ベスト20!」と題した名曲コンサートである。
テレビCMでも使われるような名曲、通俗名曲と呼ばれたりもするが、そうした誰もが耳にしたことのあるクラシック曲というものは、実は実演に接する機会は稀である。
通俗名曲と呼ばれることからも分かるとおり、一段低いものと思われる傾向があるのだ。それでも、ヘルベルト・フォン・カラヤンなどは、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団を指揮して、通俗名曲のアルバムを多く作っているが、マーラーやブルックナーなどの大曲路線が顕著になると、一流の指揮者が通俗名曲を録音することすら皆無に等しくなる。

EMIが、まだ東芝EMIだった頃(東芝も最近、危なくなってきたが)、名曲アルバムが少なくなったのを嘆いて、アンドルー・デイヴィスやウォルフガング・サヴァリッシュを起用して、名曲小品だけのアルバムを作ったことがあったが、それももう30年以上前のことだ。

ポピュラーの名曲は競ってカバーされ、最近ではカバーアルバム供給過多の傾向があるが、クラシックは真逆である。
大阪のザ・シンフォニーホールでは、ブルガリアのソフィア・ゾリステンを招いて名曲コンサートをやっていたり、関西フィルハーモニー管弦楽団が真夏にポップスコンサートをやっていたりするが、京都では京都フィルハーモニー室内合奏団がたまにやるぐらいで、聴く機会は少ない。


曲目は、前半が、モーツァルトのセレナード第13番「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」より第1楽章、J・S・バッハの「G線上のアリア」、モーツァルトの「トルコ行進曲」、ベートーヴェンの「エリーゼのために」、シューマンの「トロイメライ」、ブラームスの「ワルツ」、ショパンの「子犬のワルツ」、ドヴォルザークの「ユモレスク」、ハチャトゥリアンの「剣の舞」。後半が、オッフェンバック(オッフェンバッハ)の歌劇「天国と地獄」序曲より、ヨハン・シュトラウスⅡ世のワルツ「美しく青きドナウ」、バダジェフスカの「乙女の祈り」、レハールの「メリー・ウィドゥ・ワルツ」、モンティの「チャールダーシュ」、ピラソラの「リベルタンゴ」、ビートルズの「イエスタデイ」、グレン・ミラーの「ムーンライト・セレナーデ」、ロドリゲスの「ラ・グランパルシータ」、デューク・エリントンの「A列車で行こう」

チェコ・フィルハーモニー・ストリング・カルテットは、その名の通り、東欧随一の名門オーケストラであるチェコ・フィルハーモニー管弦楽団のメンバーによって組織された弦楽四重奏団。1992年結成され、チェコ・フィルの本拠地であるルドルフィヌムでの室内楽シリーズを行っている。2007年に初来日し、今回が9度目の来日というから、ほぼ毎年来日演奏会を行っていることになる(同じく、チェコ・フィルハーモニー管弦楽団の楽団員からなるチェコ・フィルハーモニー弦楽四重奏団という団体があるがそれとは別の団体である。チェコ・フィルハーモニー弦楽四重奏団の英語表記は、チェコ・フィルハーモニック・カルテットだ)。

メンバーは、マグダレーナ・マシュラニョヴァー(第1ヴァイオリン。チェコ・フィル第2アシスタント・コンサートマスター)、ミラン・ヴァヴジーネク(第2ヴァイオリン。チェコ・フィル第1ヴァイオリン奏者)、ヨゼフ・シュパチェク(チェロ。チェコ・フィル首席代理チェロ奏者)、ヤン・シモン(ヴィオラ。チェコ・フィル・ヴィオラ奏者。プロ・アルテ・アンティクア・プラハのリーダー)。


今日は、前から2列目、真ん真ん中の席である。京都コンサートホールは前の方の席は音が余りよくないのだが、今日は問題なく聴くことが出来た。
京都コンサートホール(大ホール)は、オーケストラ演奏用なので、室内楽向きではない。チェコ・フィルハーモニー・ストリング・カルテットのメンバーが最初の音を出した時には、「音、ちっちゃ!」と思ったのだが、すぐに慣れる。

第1ヴァイオリンのマグダレーナ・マシュラニョヴァーが、マイクを手に、テキストを横目で見ながら、「皆さん、こんにちは(ソワレなので「こんばんは」だが、外国人だからわからなくてもいいだろう)。本日はようこそいらっしゃいました。最後までゆっくりお楽しみ下さい」と日本語で挨拶してから演奏スタート。
名曲が並ぶということもあり、室内楽のコンサートにも関わらず、京都コンサートホールには結構、人が入っている(ポディウム席、ステージサイド席などは販売されていない)。

チェコ人は、ビロードという言葉が好きで、民主化も「ビロード革命」と呼ばれているが、チェコ・フィルの弦の音色も「ビロード」と称される。正直、技術面ではいくつか怪しいところもあったのだが、音色は温かで心地よく、上品でもある。


ブラームスの「ワルツ」の演奏前に、メンバー紹介がある。第2ヴァイオリンのミラン・ヴァヴジーネクが、「日本の食べ物美味しいです」と日本語で言い、ヴィオラのヤン・シモンは、「味噌ラーメン、餃子、寿司、刺身、チャーハン」などと好きな日本食を挙げていく。チェロのヨゼフ・シュパチェクは、「豚骨ラーメン最高!」。マグダレーナ・マシュラニョヴァーは、「やっぱりお酒が美味しいです」と言っていた。

チェコの国民的作曲家であるドヴォルザークの「ユモレスク」の演奏前にもマグダレーナ・マシュラニョヴァーは、「日本語、とっても難しいです」と言い、「Japanese is so difficult for me.」と英語で言って、英語で、「プラハや我が国(our country)へお越し下さい」と述べた後で、日本語で「プラハへお越し下さい」と語る。
チェコ語も日本人が学習するには相当難しいのだろう。そもそもメンバーの名前も舌を噛みそうなものばかりだ。


名曲ばかりなので、演奏について書いてもさほど意味があるとも思えないので、エピソードを連ねていく。

日本では人気のバダジェフスカの「乙女の祈り」。だが、ヨーロッパでは余り知られていない曲である。ということで日本人向けにプログラミングされたもののようだ。

1990年代に、ギドン・クレーメルやヨーヨー・マが演奏してブームになったピアソラ。ブーム沈静後はそれほど演奏されなくなっているが、ヨーヨー・マがCMで弾いていた「リベルタンゴ」は今でもよく取り上げられている。

「イエスタデイ」。ビートルズナンバーというのはやっかいな問題を抱えていて、訳詞をすることがほぼ不可能である。村上春樹がその名も「イエスタデイ」という短編小説で、「イエスタデイ」のパロディ関西弁訳を作り、雑誌に掲載されたが、これも駄目で、短編集『女のいない男たちに』に収録された「イエスタデイ」では、「イエスタデイ」の関西弁訳の冒頭しか載せられていない。「イエスタデイ」は物語のキーになる曲なので残念なのだが。
メロディー自体は、ポール・マッカートニーが、朝、ベッドから転げ落ちた際に、瞬時に出来上がったもので、朝飯前に出来たということから、正式な歌詞がつくまでは「スクランブルエッグ」という仮タイトルがついていた。


グレン・ミラーの「ムーンライト・セレナーデ」はビッグバンドのためのジャズナンバーで落ち着いた曲調であるため、弦楽四重奏でもさほど違和感はないが、デューク・エリントンの「A列車で行こう」はノリノリのナンバーであるため、チェコ人の演奏ということもあってスウィング出来ないムード・ミュージックのようになっていた。スウィング感は黒人のジャズマンでないと上手く出せないのだろう。もともとがクラシックのコンサートであるし、「スウィングしなけりゃ意味がない」ということもない。
アンコール。まずは、ロッシーニの歌劇「ウィリアム・テル」序曲より“スイスの行進曲”。推進力のある演奏である。
2曲目は、イタリア繋がりで、ニーノ・ロータの「ロミオとジュリエット」。ロマンティックな仕上がりである。

カーテンコールで、マグダレーナ・マシュラニョヴァーは、お辞儀をしてから帰ろうとするのだが、ミラン・ヴァヴジーネクがそれを引き留めてもう1曲。
マグダレーナは、マイクを手に、「ありがとうございました。楽しかったですか?」と日本語で客席に聞き、「最後の曲。これは皆さんもよく知っていると思います」と言って、ヨハン・シュトラウスⅠ世の「ラデツキー行進曲」が演奏される。ヨゼフ・シュパチェクがホイッスルを吹いて、聴衆の拍手を促す。楽しい演奏であった。


アンコール曲目が、ホワイトボードに書かれて発表されていたのであるが、今日も誤記あり。「ラデツキー行進曲」の作曲者がヨハン・シュトラウスⅡ世になっている。ワルツ王(ヨハン・シュトラウスⅡ世)の作品ではなく、ワルツの父(ヨハン・シュトラウスⅠ世)が書いたものというのはクラシックファンにとっては常識に近いものなのに。

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これまでに観た映画より(85) 「戦場のピアニスト」

DVDで、ロマン・ポランスキー監督作品「戦場のピアニスト」を観る。フランス、ポーランド、ドイツ、イギリス合作映画。

実在のピアニストであるウラディスワフ・シュピルマンの戦中体験記を映画化した作品である。

1939年9月のワルシャワ。9月1日に、ナチス・ドイツはポーランドに何の布告もなく進軍する。
ウラディクという愛称で呼ばれていたユダヤ系ポーランド人ピアニストのウラディスワフ・シュピルマン(エイドリアン・ブロディ)はワルシャワの放送局で、ショパンの夜想曲第20番嬰ハ短調(遺作)を弾いていた。ラジオによる生中継である。しかし、演奏中に放送局はドイツ軍によって砲撃され、ウラディクも放送局から逃げ出さざるを得なくなる。
その時、ウラディクは、自分のファンだというドロタという若い女性(エミリア・フォックス)と出会う。ドロタはウラディクの友人であるユーレクの妹であった。ドロタは音大でチェロを学び、チェリストになりたいという夢を持っている。

ポーランド人もナチスに協力的であり、ウラディクがドロタと一緒に行った喫茶店には「ユダヤ人お断り」と書かれていた。ユダヤ人は公園に入ることが出来ず、ベンチに腰掛けることも出来ない。

状況は日増しに厳しくなる。ユダヤ人は所持できる金を制限され、ダビデの星のついた腕章をつけることを強要され、ついには居住区に強制移住させられる。居住区と他の地域は煉瓦の壁で仕切られ、ゲットーとなった。
ウラディク達が強制収容所に送られる日が来る。友人でユダヤ人警察の署長となったヘラー(ロイ・スマイルズ)によって、ウラディクはワルシャワに残ることが出来たが、家族は貨物車に詰め込まれ、死出の旅へと出かけていった。

ワルシャワでの強制労働生活を送るウラディク。だが、密かに拳銃などの武器を仕入れ、まだゲットーに潜んでいるユダヤ人達にドイツ兵に見つからないよう投げ送る。

労働している時に、知り合いの歌手・ヤニナ(ルース・プラット)と俳優のアンジェイ(ロナン・ヴィバート)の親切なポーランド人夫婦を見かけたウラディクは脱走し、彼らを頼ることになる。しかし、状況は更に悪化。ウラディクは、ヤニナの夫・アンジェイが逃げ場所として教えてくれたある家を頼る。そこにいたのはドロタであった……。

ユダヤ人というだけで、人間の権利が取り上げられるという。凄惨な歴史を描いた映画である。ユダヤ人達は、ドイツ兵達に無作為に選ばれて意味なく射殺される。ウラディクも「大晦日のお祝いだ」としてドイツ兵に殴られる。ナチスの手下達に取っては、ユダヤ人は虫けら以下の存在なのだ。

酸鼻を極めるワルシャワで、音楽だけがウラディクの救いとなるのだが、「音を立てたら危ない」ということで、アップライトのピアノがある家にいるにも関わらず、鍵盤に触れることは出来ず、鍵盤の上でエアピアノを奏でるしかない。

ワルシャワ蜂起などにより廃墟と化していくワルシャワの街。
やがて、ピアノがウラディクを救う日が来るのだが……。

人種が違うというだけで、低劣な存在とみなすという行為は、残念ながら現在進行形で行われている。人種差別だけではなく、「異なる」というだけで、人は人を貶め、自己満足に浸ろうとする。
そこには決定的に想像力が欠如している。

ポーランドの国民的作曲家であるショパンの音楽がキーになっているが、ポーランドは中世には強国だったものの、以後は何度も侵略されており、ショパンもまた11月蜂起計画に荷担したという疑いがあり、二十歳の時にポーランドを離れ、ウィーンへ。そして父親の祖国であるフランスのパリにたどり着き、生涯、祖国であるポーランドに帰ることはなかった。
ショパンの悲しみはポーランドの悲しみであり、心そのものを描くことの出来る唯一の芸術である音楽が、この映画でも観る者の胸に痛いほどに染み込んでくる。

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2017年2月11日 (土)

R-1ぐらんぷり2017 大阪準々決勝

2017年2月9日 なんばグランド花月(NGK)にて

午後7時から、なんばグランド花月(NGK)で、R-1ぐらんぷり2017大阪準決勝を観る。R-1ぐらんぷりは、東京と大阪で3回戦まであり、次が準決勝で、大阪と東京と同時中継で行っていたが、今回は3回戦の上に東京と大阪で準々決勝があり、準決勝は東京のみで行われる。

MCはテンダラーの二人。審査員は放送作家二人とテレビ局のプロデューサー一人の計三人が務める。



大阪準々決勝に進出したピン芸人は計36人。9人ずつABCDの4グループに分かれて演目を披露し、グループの合間にテンダラーがMCを入れる。

「目がほとんど見えない」という芸人が盲学校の問題点を突っ込んだり、小学3年生の男の子が時事ネタや学校ネタを披露したり、日本語を喋るアメリカ人の芸人(リー5世)がいたりと、出場者がバラエティに富んでいる。

R-1チャンピオンでありながら、その後、仕事に恵まれていない三浦マイルドも登場したが、「同じ言葉でも状況によって違う意味になる」というフリップネタを披露。「高校野球」と「コンパ」では、「ストライク以外も狙っていけよ!」、「幼稚園」と「暴力団」では、「遊びの時間はおしまいだ」「お迎えが来たぞ!」という風に同じ言葉でもニュアンスが変化する。
個人的には、この三浦マイルドのネタが一番面白かった。客席からの受けも良かったように思う。
 
最後から2人目として登場したヒューマン中村は、以前も見たことのある「意訳」というネタ。「I Love You.」を「死んでも君を離さない」と意訳した作家がいて(ちなみに夏目漱石は「月が綺麗ですね」と意訳したのだった)、そのように英文を意訳していくというフリップネタ。「I      go to Tokyo.」は「おら、こんな村嫌だあ!」と吉幾三風に、「I'm walking.」は「自転車盗まれた」となるようである。
「Be quiet(フリップには「puiet」と誤記されていた)」は、「あそこにまだ喋っている人が4人います」になる。
「Oh My God!」は連作で、「この犬噛まないって言ったじゃない」に始まり、「自転車の鍵、溝に落ちた」と来て、「この後、I'm wakingになる訳ですが」と中村は続けた。
個人的には三浦マイルドとヒューマン中村の二人が抜けていて、後は誰が準決勝に進出してもおかしくない状況に思われた。


藤崎マーケットは田崎が「セグウェイに乗ったカリスマ居酒屋店員の斎藤さん」をアナウンス付きのドキュメンタリータッチで描き、トキは「敢えて表彰状」というネタで、本来なら苦情ものや意味不明なことを敢えて表彰するというネタ。小説家の東野圭吾については「ベストセラー書きすぎ」で、「14人ぐらい東野圭吾がいる換算になる」ということでなぜか表彰されていた。
藤崎マーケットの二人は共に準決勝に駒を進めた。


R-1のRは「落語」をローマ字表記した際の頭文字から来ているのだが、落語を行ったのは、2代目京都府住みます芸人である月亭太遊だけ。月亭太遊は、音楽の授業で「ドナドナ」をパンクロック風で歌う小学生のネタを行った。月亭太遊は準決勝進出ならず。


早希ちゃんは、「キスから始めよう」のショートバージョン。「天空の城ラピュタ」のムスカのセリフ「見ろ人がゴミのようだ」が、「見ろ君の美しさの前では人がゴミのようだ」と褒め言葉に変わる。アンパンマンがバタコさんに、「僕の顔を食べてもいいよ」と言い、バタコさんはアンパンマンの顔の餡子の中に婚約指輪が隠されているのを見てアンパンマンとキスという展開となった。
早希ちゃんも準決勝進出は逃した。


ラフ次元・梅村は、アニメ主題歌のオープニング(序奏)をオノマトペで表すというフリップネタ。準決勝進出には至らなかった。


尼神インター・誠子は、「ロングバケーション」での稲森いずみの不自然な演技とバイバイをやるのだが、こっちは「ロンバケ」の時の稲森いずみの演技などとっくに忘れている。「なんとなくそれっぽくはある」のはわかるのだが点のつけようがない。ということもあってか準決勝へは進めなかった。


スマイル・ウーイェイよしたかは、モニターを使っての映像&DJネタであったが、モニターがつかないというハプニングがある。モニターを調整している間はテンダラーが繋いだ。
余計なことばかりをするというネタで、「焼松茸を山に返す」「焼き鳥を空に返す」「焼サンマを海に返す」「焼サンマを海に入って取りに行く」「また焼サンマを産みに返す」「出前を頼んで(店の前まで)取りに行く」などという不可思議ワールドである。準決勝には進めず。


ゆりやんレトリィバァは、お姫様のような格好で、「蒼井優→土屋太鳳→私」などとボケた後で、「ルイヴィトンの価値、ヤンキーが落としてる」「田舎のヤンキー、イオンで満足してる」「ヤンキーの女、肩幅細い」「ヤンキー、誰と電話でずっと喋ってんねん!?」などといじるネタである。


守谷日和は、一青窈の「ハナミズキ」に合わせて、ずっと説明ダンスを続けるというもの。「100年続きますように」は、右手の人差し指で1を作り、左手で輪を作り、口を丸く開けて、「100」を作ってた。


中山功太は、謎のラジオCMネタ。有名企業がダサダサのラジオCMを作っているというネタである。中山功太は、音楽番組内でのチケット先行予約の電話番号が流れるのを待っているのだが、実は東京で先行予約を行った結果、満席となってしたため、大阪での発売がなくなってしまう。


レーザーラモンRGは、ドナルド・トランプ大統領に扮して登場し、「ナガサキ、タクシーの運転手さん、『福山雅治の実家見てく?』。プライバシーナッシング」、「ギフ、車の種類が全部一緒(実際は車種を出していた)」、「コウベ、モースト・デンジャラス・プレイス・イン・ジャパン。六甲マウンテン。イノシシ、イノシシ、イノシシ、エブリータイム、イノシシ」と言い、「ナガサキ、ギフ、コウベ」の頭文字が「NGK」になるというネタである。


祇園・木﨑は、「NSJ」と言い、「ナルシスト・スタジオ・ジャパン」の略として自分で「ナルシスト」と認めてしまっていた。SNSでナルシストを自称しているのに顔を星で隠すような似非ナルシストが嫌いだというので銃撃していくというネタである。準決勝は逃した。


ヘンダーソン・子安は元自衛官であるが、整備士だったため、自衛官と聞いて思い浮かべるイメージとはほど遠いというネタをやるのだが、雷ジャクソン高本(松竹芸能)も元自衛官で自衛官あるあるをやるという自衛官かぶりがあった。二人とも準決勝への切符を手にすることは出来なかった。


ナオユキ(松竹芸能)は、酒焼けした声のママの店に行ったのだが、「ビールでいいわね」とメニューを選ばせてすらくれない。といった風な飲み屋を舞台にした漫談。「あたしこう見えても50だから」と言われて、もっと上かと思った。
高架下の飲み屋では、「やっとわかったで。俺、アホや」→「すぐにわかったわ」。赤提灯の屋台でお爺ちゃんが、「こう見えても俺は若い頃はろくでもない人間やったんや」→「あんまり変わってないな」
ナオユキも準決勝には届かなかった。


トリはヤナギブソンであったが、準決勝に進出する気ははなっからないようで、チェック柄の赤いスカートをはいて登場し、社会人でもある3人組の架空アイドルグループという設定で、謎の歌を流して帰って行った。

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笑いの林(81) 「タナからイケダから学天即」2017年1月28日

2017年1月28日 よしもと祇園花月にて

午後7時から、よしもと祇園花月で、「タナからイケダから学天即」を観る。今回は、ピン芸人が多く出演する。出演は、タナからイケダと学天即の他に、爆ノ介、ZAZY、中山女子短期大学(男性ピン芸人)、守谷日和(もりやびより)、おいでやす小田。

まず、タナからイケダと学天即によるトーク。7年前に東京でタナからイケダと学天即と更に一組の漫才師を含めてシアターDという小さな小屋で新喜劇のような公演を行ったことがあるそうだが、ステージが狭かったため、待機しているだけで見切れていたりしたそうである。学天即・奥田はガンバ大阪の安藤やFC東京の駒野(7年前はジュビロ磐田所属。日本代表メンバーとしてワールドカップに参加した際にPKを外して、日本が敗退となり、「駒野が悪い」と叩かれた時だそうである)のネタをやり、7年前には海老蔵騒動があったため、市川海老蔵に顔が似ているといわれているタナからイケダ・池田は騒動当時の海老蔵の格好をして登場したそうだ。タナからイケダ・田邊は本番中に第1子と第2子(双子である)が生まれたそうである。
「子供だったら生まれた時から7歳まで大分変わるけど、俺ら大して変わらない」という話になり、池田が学天即・四条(よじょう)に「1ミリも変わってない」と言うが、四条は実はすきっ歯の矯正をしたそうで、左右の奥歯の所にボルトを刺し、本番中以外は左右のボルトに引っ掛けて止めるタイプのマウスピースを填めているのだという。マウスピースは44枚で1セットだそうで、今は39枚目を使っているという。


タナからイケダによるネタ。
田邊は、学生時代にヤンキーもののマンガが好きだったという。特にツッパリの二人組が同じ女性に恋しているというストーリーのマンガ(「ビー・バップ・ハイスクール」だろうか?)に憧れたそうで、女性が拉致され、二人で100人組のヤンキー相手に戦いを挑むというシーンをやってみたいというので二人で演じてみる。
大勢のヤンキー相手に戦う田邊と池田。だが、やはり分が悪い。田邊がみぞおちにパンチを入れられた仕草をしたところで、「これでは埒があかない。この場所は俺に任せてお前は先に行ってくれ」と池田に言うのだが、池田は「喜んで!」や「じゃあそうする」、「ラッキー!」などとこの場所から離れられることを喜んでしまう。田邊は池田が「すまない」と言って先に行くことを望んでいるのだが、池田は「ボスと戦う場面に進みたい」と自分の希望を優先させようとする。
池田は、「言わせたいなら30分待つか課金が必要です」と「すまないというアプリ」のような発言をし始める。課金は「一文字180円。全部で720円」という法外なものである。だが、池田は「(EXILEの)MAKIDAI」と別の言葉を言ってしまったり、課金が「一文字720円」に値上がりしたりする。

進まないのでイライラするというネタなのだが、時間がやや長めだったため、イライラが私にも伝染してしまったりもした。


学天即によるネタ。
四条が、「俺ら一発屋芸人のイメージあるやん?」と言うが、奥田に「どこがや?!」と突っ込まれる。奥田によると、「街歩いてても気を利かした男性しか話しかけてくれない。一発屋でも有名になったら女の子からキャーキャーいわれるねんで」とのこと。
四条が、一発屋のネタであるという「エア茶道」をやってみせるのだが、本当に茶室に入るところから茶を点てて出すまでの仕草をエアでやってみせるだけで、奥田に「謎の30秒や。30秒間、お前の靴がキュッとする音しかせんかったわ!」と言われる。
今年はイメージチェンジをしたいと語る四条。奥田が「どんなや?」と聞くが、四条は「お前には関係ない」と返して、奥田に「逆に俺にしか関係ないやろ!」と言われる。
四条は、「緑の帽子被って、クリーム色のズボン穿いて、緑のジャンパー着て」と語るのだが、それはヤマト運輸の配達員のことだったり、奥田には研究員のような格好を薦めるも、「どう考えてもドモホルンリンクルやろ!」と突っ込まれる。
四条は、「金髪にする。それで頭にバンド巻いて」とりゅうちぇるの格好を説明し、奥田にペコになるよういうが、奥田は、「こんなでかいペコがどこにおる?」
四条が、「眼鏡掛けようかと思ってんねん。眼鏡掛けてればインテリに見えるやろ」と言うもインテリを「インテル入ってる」のインテルのようなイントネーションで言う(CMで「インテル入ってる」を言ってたのはショーンKだったんだよな)。「インテリに見えたらクイズのQさまに出られるかも知れんやろ」と続けるも、奥田に「キュウリのきゅうちゃんみたいに言うな」と駄目出しされる。


再びタナからイケダによるネタ。
田邊が、「古今東西ゲームやなぞなぞが楽しい」と言うのだが、池田は「子供はともかくとして大人がやってなにが楽しいねん」と否定する。
古今東西ゲームをを始めようとするのだが、池田が田邊に「この間貸した1万円返してないよな?」という話になる。
田邊は後で返すと言って、古今東西ゲームを始める。お題は池田が「阪神タイガースの歴代監督」に決める。
田邊はまず「金本」と言うのだが、池田は「金?」ということで再び借金の話に戻ってしまう。阪神の歴代監督古今東西は続き、田邊が「和田」と言うのだが、池田は「(返済)まだ?」とボケる。今度は田邊は「星野」と言う。セーフらしい。田邊は、「この間の飲み会でお前が潰れてしまった時、誰が5000円立て替えたと思う? 俺や」と言って、5000円返すように言うが池田は5000円札を持っており、その場で田邊に返す。田邊は池田から借りた1万円をパチンコですってしまったそうである。田邊は、池田が昔、後輩に1万円借りたという話をする。知人と一緒に食事に行った時に5000円しか持ち合わせがなく、たまたま同じ店にいた後輩に1万円借りたそうだ。田邊は、「この出番終わったら(1万円)返す」と言っていたのだが、実は持ち合わせが700円しかないことを打ち明ける。
「700円? そんなんで結婚出来ると思ってるんか?」と言う池田だが、田邊は「もうしてんねん」。池田は、「そんなで子供を」と言うも、田邊は「もう3人おんねん」
池田は、「なんか同情したくなったわ。同情するから何が欲しい? 金か?」と言うも田邊は「それ安達(祐実)や」

なぞなぞが始まるのだが、池田が「A君がB君に1万円貸しました、B君がC君に1万円貸しました。さて、一番惨めなのは誰でしょう?」と出題する。
田邊「C君や」
池田「正解。なんでわかった?」
田邊「C君、俺や。B君、お前や。A君、後輩や」
ということで田邊が不利になる展開が続き、
池田「ほらね。大人がやっても全然面白くない」


学天即による2つ目のネタ。
四条がラグビーを始めたいという話になる。五郎丸歩ではなく、四条丸急ぐになるのだそうだが、奥田に「歩の反対は急ぐやない!」と突っ込まれる。
四条がラグビーの強い大学を挙げるのだが、「青山学院大学に駒澤大学」と言って、奥田に「それ駅伝や。早慶戦やろ」と突っ込まれる。ラグビーの早慶戦も名勝負であるだが、ラグビーの場合は早明戦の方が有名である。そのせいで、「明治(大学)はラグビーだけ」などと言われたりもするのだが(明大関係者が自虐ネタとしても使う)。
奥田が、「(ラグビーの)聖地どこ?」と聞くと、四条は「甲子園」と答えてしまう。奥田はすかさず「花園な」と突っ込む。それでも四条は「甲子園といえば阪神タイガース、高校野球、ラグビー、TUBEや」と言い、奥田に「TUBEをスポーツにすな。確かに毎年夏に甲子園でライブやってたけど」と言われる。
四条は「茶道をやってたからワビサビがわかる」というのだが、奥田は「ラグビーにワビサビ関係ないわ! ワビサビから一番遠いのがラグビーや!」
四条は、「体作りから始めたい。食事を変えたい。朝食はサラダにフルーツ」と言って、奥田に「なんやそのダレノガレ明美みたいな朝食!」と突っ込まれる。
四条は「始めるのに遅いということはない」と主張するが、奥田は「遅いわ。今からラグビー選手になるの無理やと断言する」。四条はマック赤坂やドクター中松が老年になってから都知事選に立候補したことを例えとして出すが、奥田に「二人とも結果出しとらんやないか!」と一蹴された。
ピン芸人達によるネタ。

まずは爆ノ介。最近、コンビを改称してピン芸人になったそうである。
「名言」というフリップネタ。爆ノ介は、色々な名言が好きだそうだが、まず相田みつをの名言「人間だもの」を出した後で、自身が作った名言なども出す。それが誰の名言なのかをクイズ形式にしながら進めていくというネタである。見ている方も頭を使える良いネタだと思うのだが、予想に頭を費やして笑うタイミングを逃してしまったりもする。


ZAZY。紙芝居ネタなのだが、シュール過ぎてよくわからない。


中山女子短期大学。「歌劇第2番『出前』」というネタ。中山女子短期大学が岡持を持ちながら登場し、スメタナの「モルダウ」のメロディー(オリジナルの交響詩ではなく、細部が違う合唱編曲版「モルダウ」の旋律である)に歌詞を載せて歌う。「中華(料理店)でバイトをしてた時。出前を運んでいた時に」というような歌詞であるが、眼鏡をなくしてしまったため、出前を運ぶのに前がよく見えない。眼鏡を探そうとするがよく見えないので見つからない。そこでメモされた出前先を読もうとするが、やはり視力が悪いので読み取れない。岡持を置いて眼鏡を探し始めるのだが……。


守谷日和。守谷日和本人が知らないところで、守谷日和の目撃談があるという話になる。「それってドッペルゲンガー? そんなわけないか」「それって大量生産? 物好きの科学者が自分の技術をひけらかすための俺を大量に生んでるとか。そんなわけないか」。最後は守谷日和に知り合いがどんどん守谷日和になっていくという謎の展開である。


おいでやす小田。彼女(ノリコという名前のようだ)とレストランに食事をしに来たが、彼女というのが話のわからない人で、比喩表現がまるで理解出来ず、小田がキレ続けるという一人芝居ネタである。
「目ん玉、飛び出るわ」というと彼女はその言葉をそのまま受け取ってしまうため、「本当に出るわけないやろ」と否定する必要がある。
「ちゃんとしてくれ頼むわ」→「注文頼むやない」
「頭空っぽやな」→「本当に空っぽやない。脳みそ詰まってる」
「以心伝心。無言で伝わって欲しい」→「(出来るわけない)そんなこと出来たらテレビ出られるわ」
「しばくぞ!」→「こんなところで本当にしばくわけないやろ!」
「永遠に一緒にいたいと思うやん」→「いや、寿命あるから無理やけど」


学天即の二人もピンネタでR-1に参加したのだが、四条は2回戦で敗退し、明日ある3回戦には出られないという。2回戦では客席では「4人しか笑わなかった」という大すべりだったそうで、ピンネタ紹介の前に、池田に「『よじょう』じゃなくて、もう『しじょう』でええやん。京都だけに」と言われていた(上手袖に四条が現れて睨んでいた)。

学天即・四条のピンネタ。スケッチブックを使ったフリップネタである。茶道を10年間習っていて、免状も貰っているのだが、茶道教室が師匠の自宅の家の2階で開かれていたものの、「洋室」だったそうで、最初に「茶せんはバット、茶碗がグローブ。3割目指して頑張りなさい」となぜか茶道が野球に例えられた。茶道は抹茶と和菓子を楽しむのだが、先生が和菓子を忘れたことがあり、和菓子の代わりに出されたのがなぜか「食パン」。そして先生はお茶よりも「コーラの方が好き」だったそうである。というネタをやって「2回戦で落ちました」
更に新ネタ。自分が今なにをしているところかをお客さんに当てて貰うというネタ。手を挙げるお客さんはいなかった。正解は「どうやっても当たらないもの」ばかりである。
四条が眼鏡を取りだして掛け、「誰の真似でしょうか?」と聞く。私にはラーメンズの片桐仁にしか見えないのだが、「松竹芸能の人です」とヒントが出される。正解は「アルミカンの赤阪さん」なのだが知らん。後で調べたら、アルミカンの赤阪侑子と片桐仁はそっくりであった。
奥田が後で「(四条は)緊張でガチガチで噛みまくり。松竹芸能のことを『しょうきちく芸能』と言ってた。鬼畜ってどんな事務所」と突っ込んでいた。


学天即・奥田のピンネタ。奥田は青鬼の格好をしている。「憤怒の鬼」らしい。「ガールズバーのキャッチの女の子」という題で不満を語り始める。基本的にキャッチは条例違反なのだが、道頓堀の戎橋などでは私ですら声を掛けられる。まず「なんでため口なん?」。「お兄さん、どこ行くん?」と聞いてくるのだが、「どう見ても俺の方が10歳ぐらい上やろ」。で、ブスが多いそうで、「『私はブスだけど中には可愛い子いるんで』って逆やん。可愛い子で呼ばんと」。で、ガールズバーの子は頭が残念な子が多いそうで、「人混み嫌い」と言う割りには人だらけの花火大会に出掛けて、花火を肉眼で見ずにスマホで撮影しながらカメラ越しに見る。そして友達3人ぐらいで自撮りで花火を撮る。しかもアプリのスノーを使う。
3人組でスマホをセルフで撮り、SNSにアップするも、後で「私、群れないんで」と言う。「3人いたらもう群れやん?」
ただ、散々悪口を言いつつ奥田はガールズバーが大好きというオチであった。


田邊の司会による、ピン芸人のためのコーナー。「こいつだけには負けたくないというライバルは?」というお題である。
ピン芸人は、ピン芸人同士で会話をする傾向があるそうで、劇場で他のピン芸人が演じているのを舞台袖で見ていることも多いそうだ。おいでやす小田によると、「ピン芸人だけではなく、漫才コンビの人からもアドバイスは貰うが、漫才の人のアドバイスは当てにならない」そうである。
ピン芸って特殊なネタだからね。

守谷日和はテレビ番組のレポーターの仕事を貰ったのだが、制作スタッフから「面白くなかったら降板させる」と告げられており、同じ番組でレポーターに起用されたピン芸人に負けたくないという人もいる。
営業妨害になるので書けないことが多いのだが、ZAZYは「林家ペーパー子師匠」と書き、理由が「自分の勝負服の色であるピンクがかぶるから」というネタを書く。
おいでやす小田がピンクのストライプのネクタイを締めていたので、ZAZYと衣装を交換してみればという話になり、ZAZYのピンクのジャケットを着て登場すると、「似合う」「華が出て良い」などと言われていた。


本番終了後の告知の時間。学天即・奥田はアイドルが大好きなのだが、3月6日にNGKで自分の誕生日パーティーを行い、アイドルが招かれて多数出演するという。名古屋を本拠地とするチームしゃちほこや、新潟のご当地アイドルであるNegiccoなど、メジャーなアイドルが出演するということで、アイドルファンの間で話題になっているのだが、「奥田だけ誰だか知らん」ということになっているそうで、「自分のファンは逆に来にくい」と奥田は言っていた。

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«連続ドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」について思うこと