2017年10月 8日 (日)

笑いの林(94) 「女芸人大祭り」2017年10月3日

2017年10月3日 大阪・なんばのYES THEATERにて

午後7時40分から、大阪・なんばのYES THEATERで「女芸人大祭り」を観る。ハイヒールリンゴを司会に、吉本の女芸人が多数出演するイベント。大阪と東京で、2ヶ月に1回の割合で開催されている。今回のゲストは祇園の二人。本来は7時30分開演の予定だったのだが、機材トラブルなどのために開場開演共に10分強押す。まだそれほど売れていない女芸人達は、YES THEATERの前で手売りをしたり常連さんと話したりしている。楽しそうだが大変そうでもある。

出演は、桜 稲垣早希、ゆりやんレトリィバァ、堀川絵美、紅しょうが、美たんさん、もみちゃんズ、エトセトラ、天才ピアニスト、エルフ、みう、爛々、ペガサス、蔵留タケ、おパンプキン、ミセスマキエ、おいらがくさかだ、ポストイットπ(クレジット順)。今日は出演者が多いため、若手は持ち時間1分程度とかなり過酷な条件になっている。

司会のハイヒールリンゴは、希望の党の話をして、「小池百合子が自分よりも化粧が濃い」ため気分が落ち着くそうである。

まずゲストの祇園が登場。木﨑が、「今日は木﨑が出るというので、女芸人達のテンションが上がっちゃって」と嘘をつき、リンゴが木﨑の相方の櫻井に「これどうしたらええの?」と聞いて、櫻井は「無視すれば」と答えていた。祇園は今、M-1の予選を戦っているところ。昨年は準々決勝で敗退したそうだ。ちなみに祇園は一度、コンビを解消していて、木﨑は東京に出て様々なオーディションに参加していたそうだ。なぜかJUNONのスーパーボーイコンテストにも応募したらしい。リンゴは「スーパーボーイコンテストのミニクラス?」と聞いていた(木﨑は身長が162㎝しかない)。
ちなみにEXILEがボーカルを募集したときに、ちゃらんぽらん冨好が応募したという話をリンゴはする。「歌うまいし、踊れるかも知れんけど、いうたって、せいぜいちゃらんぽらんやで!」
かまいたちがキングオブコントで優勝したという話になり、リンゴは、「かまいたち、今、レギュラー8本やで」と話す。祇園がレギュラーを3本持っているのだが、全てラジオだそうだ。
リンゴは滋賀県住みます芸人のファミリーレストランの話をする。ファミリーレストランは滋賀県ローカルでレギュラー番組を6本持っているのだが、滋賀で6本あると、ほとんど滋賀県内から出られないそうで、東京での仕事が入った時も滋賀でのスケジュールの都合で泣く泣くキャンセルすることもあるそうだ。
前半、後半に分かれてネタとコーナーがある。

前半のネタからいくつか紹介。
美形電波芸人もみちゃんズ。今日も風変わりな格好で登場し、フリップネタ「おしりぼうや」をやる。おしりぼうやがもう一人のおしりぼうや(なんだそれは?)のファッションに憧れ、それはどこの服か聞く。もう一人のおしりぼうやは、「これはいぬの服だよ」「いぬの」。というところで、もみちゃんズが、自身の左手に大きなできものが出来ていることに気づく。「こんな大きかったら絶対悪性だよ」ともみちゃんズは嘆き、もうこんなことしていても意味がないと、フリップを破く。すると「いぬの」の「い」の右側が破れて、「しぬの」という不吉な文字になる。
しかし、実はできものは稲荷寿司で(?)、更に稲荷寿司がぱっくり割れて(??)、中から五千円札が出てくる(???)。五千円札は樋口一葉さんの方向けてくれないとなんだがわからない。
ちなみに、もみちゃんズはNSC出身ではなく弟子入り組なのだが、師匠のWヤングはもみちゃんズのネタを見たことは一度もなく、電波芸ではなく政治ネタなどをやっているものだと思い込んでいるそうだ。リンゴは、「平川さんが、うちの弟子は正統派だからいうてはったけど、格好見て、え? 思うてた」と明かす。


桜 稲垣早希。4月の単独公演でも行った、パチンコとホスト狂いの金髪駄目女を演じる。この演目は坂口杏里が元ネタなのだが、坂口杏里は先日芸能界を引退した。ということもあってかあるいは単なる時間的な問題か、ラストのあからさまに坂口杏里な部分はカットされていた。
ミュージカル調のネタであり、振り付きで踊るのだが、今日の早希ちゃんの歌の調子は今ひとつである。余りリハーサルしていないものと思われる。
「友達のケータイ壊した」といって母親から五万円ちょろまかし、更に「友達の入院費」と言ってまた五万円を受け取る。母親が相当なお人好しのようである。


紅しょうが。熊本プロレスが、「秋になって、風が涼しくなって、一人でいるのが寂しくなってきた」と言い、相方の稲田美紀が「街コンに行けば」と言うのだが、熊本プロレスは、「街から出入禁止になった」と嘆く。あらゆる街で出入になっているらしい。稲田が「逆ナンは?」と提案するが、熊本は「してる」。しかし、その仕方は、「初めまして、熊本です。行こか!」という乱暴なものである。
熊本は外国人に狙いを定めたそうで、空港のゲートに立ちはだかり、「日本にはこの女しかいないと思い込ませる」という謎の作戦を披露する。外国人には英語で、「I'm KUMAMOTO,Go!」と言うそうだ。


コーナー、「女芸人、ハイ、ポーズ」。2チームに分かれ、お題が出て、それを連想させる仕草を行い、それぞれのチームのキャプテンである祇園の木﨑と櫻井が女芸人達のポーズを見てお題が何かを答えるというもの。3秒間の暗転があり、明転する前にポーズを決める。
櫻井チームの最初のお題は「運動会」。これはコンビで協力して騎馬戦や、人間ピラミッドの最下段のポーズをして、櫻井を正解に導いた。もみちゃんズはビデオカメラを回す親御さんのポーズをしたのだが、奥に引っ込んでいたため櫻井の視界に入らず、「木﨑チームの人かと思った」と言われていた。
木﨑チームのお題は「USJ」。これを仕草で表現するのはかなり難しい。早希ちゃんはすねている女のポーズ。「せっかくのUSJデートでヒールを履いてきたのに、折れてしまってすねる女」だそうだが、そんな仕草で「USJ」を導き出せたら奇跡だぞ。
今度はお客さんにステージに上げって来て貰い、櫻井と木﨑も回答者としてそれぞれのチームに加わる。
櫻井チームのお題は「秋」。ただまあ、回答者が素人ということで、芸人達がヒントを言う。身を縮めたポーズをした櫻井は「ちょっと寒い」、左手の上に右手を置いたもみちゃんズは、「丈がもうちょっと長ければいいのに」などとヒントを言う。ただそれでも答えは出なかった。
木﨑チームのお題は「選挙」。若い男性がステージに上がり、見事正解を言い当てた。


後半のネタより。

蔵留タケ。以前はコンビで活動していたのだが、相方が引退したためピン芸人となり、キノコ芸人という肩書きで活躍している。なお、モンスターエンジンの西森に顔が似ていることを自他共に認めており、SNOWで自身と西森の顔を入れ替えたが、何も変わらなかったと話していた。
キノコの写真フリップを使っての芸。しめじは漢字だと「湿地」と書くのだが(語源由来の「占地」表記の方が一般的である)、「キノコは大体、湿った土地に生えている」と突っ込む。
紫の鮮やかな「ウラムラサキ」は「いや、全身紫!」、「ホウキタケ」→「ほうきに見えない!」と突っ込んでいく。「ウシグソコナヒトヨダケ」→「汚い! しかもこれは鹿の糞に生えるキノコ。間違ってる!」


堀川絵美。競泳用水着を着て登場。エステのモニターに応募したという設定。堀川絵美は、おデブ芸人なのだが、ボディーシェイプのコースは選ばず。洗顔や脱毛を選び、審査員達をあきれさせるという内容。「ボディーシェイプはいいです! 私、太ってないので。むくんでるだけ」
肝心のところで噛んでしまったり、落ちがありふれたものになてしまったりしたが、声は通るし、台詞回しもしっかりしている。ミュージカル「レ・ミゼラブル」のテナルディエ夫人役のオーディションを受けたりもしているようだが、舞台女優としての才能はあると思う。


ミセスマキエ。気に入らない相手に「Get away!」というネタ。「主食より先に野菜食べないととかいう女子、Get away!」という風に続くのだが、「近畿大学イベントサークル」も何故かそれだけで「Get away!」となっていた。


カープ女子芸人、おいらがくさかだ。カープのレプリカユニフォームとキャップで登場。「初心者カープ女子とベテランカープ女子の違い、そして阪神ファンにありがちなこと」というフリップ芸をやる。
初心者カープ女子は野球選手のプレーしている姿に惚れるのだが、ベテランカープ女子は選手の声に惹かれるのだという。阪神ファンが応援している理由としてありがちなのは「あいつ根性あるやろ」だそうである。
初心者カープ女子は選手のそばに近づくと、「誠也くん!」などと声を掛けるそうだが、ベテランカープ女子は選手に近寄って匂い嗅ぐそうである。野球選手はいい匂いがするのだそうだ。そして阪神ファンは野球選手に近づいて、「おい、原口! もっと練習せえ!」
野球選手がインスタグラムに焼き肉屋の写真を載せているのを初心者カープ女子はただ見るだけだが、ベテランカープ女子は店を特定してインスタライブが始まるのをずっと待つのだという。
そして阪神ファンは焼き肉店に選手がいるのを見て、「おい、焼き肉なんか食べんと、もっと練習せえ!」


ゆりやんレトリィバァ。鹿撃ち帽にマントを羽織り、シャーロック・ホームズに扮している。
ゆりやん扮するシャーロック・ホームズは、たまたま出くわした事件を解決してしまったために探偵になったと設定。今回が2度目の事件である。
「解決できない事件はない」と大見得を切るゆりやんだったが、証拠は糸くず一本だけ。当然ながら犯人はわからず、言い方を変えたり、活用を変えたりであたかも犯人がわかっているかのように振る舞うが限界はある。ということで最後は投げ出してしまう。
イギリスが舞台という設定のはずだが、殺されたのは何故かラテン系の名前であるアンドレアという人物。容疑者の一人である女性の名前はミシェルと、これまた何故かフランス系である。


コーナー、「くじ引き1対1」。リンゴが引いたくじに書かれているゲームを1対1で行い、勝敗を競うというもの。剣玉皿入れ、にらめっこ、キティーちゃんお絵かき対決、つきあった人の数告白対決、不幸自慢対決、コーラ一気飲み(なぜか300mlのミニサイズが出てきた)、手押相撲など色々な対決が行われたが、蔵留タケ、美たんさん、ミセスマキエらのいた木﨑チームが圧勝した。

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2017年10月 6日 (金)

観劇感想精選(221) 大竹しのぶ主演 ミュージカル「にんじん」

2017年9月2日 大阪・道頓堀の大阪松竹座にて観劇

午後4時30分から、道頓堀の大阪松竹座で、ミュージカル「にんじん」を観る。原作:ジュール・ルナール、テキスト日本語訳:大久保洋、脚本・作詞:山川啓、演出:栗山民也、音楽:山本直純、出演:大竹しのぶ、中山優馬、秋元才加、中山義紘、真琴つばさ、今井清隆、宇梶剛、キムラ緑子ほか。

赤毛でそばかすがあるため、皆から「にんじん」と呼ばれているフランソワ(大竹しのぶ)の物語である。「出来が悪い」「駄目」などと言われ、家庭の中にあっても居場所が見つけられないにんじん。
にんじんの両親(宇梶剛とキムラ緑子が演じている)のも仲が悪く、互いが会話を交わそうとせず、結局、にんじんが間を取り持つことになる。にんじんから見れば自分よりもはるかに優遇されているように見える兄のフェリックス(中山優馬)と姉のエルネスティーヌ(秋元才加)であるが彼らは彼らで内心の葛藤を抱えていて……。
ミュージカル「にんじん」の実に38年ぶりの再演である。当時20代だった大竹しのぶも還暦を迎えた。第1幕が45分ほど、30分の休憩を挟んで第2幕が1時間ほどと、決して長い作品ではなく、年齢に関係なく楽しむことの出来る作品であると思われる。
にんじんがなぜそれほど人から、就中母親から嫌われるのかについてはそれなりの答えが用意されている。

山本直純の音楽は多少古さを感じさせるが(時代を超えるのは思いのほか難しいようである)、彼ならではの「ドラマ」を感じさせる出来となっている。

大竹しのぶが少年「にんじん」を好演。中山優馬が兄を、秋元才加が姉を演じるというキャストの中で違和感がないどころか説得力のある演技と歌唱で魅せた。

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2017年10月 2日 (月)

先入観は最大の敵

先入観は最大の敵である。思い込みが当たることはまずない。

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2017年9月30日 (土)

グリコ パナップ CM 「魔笛」より“パパパの二重唱”

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コンサートの記(320) 春秋座オペラ「魔笛」

2017年9月24日 京都芸術劇場春秋座にて

午後2時から、京都芸術劇場春秋座で、歌劇「魔笛」を観る。モーツァルト最後のオペラにしてオペラ史上最も人気のある作品(もともとはジングシュピール=音楽劇である)。人気作だけに観る機会も多い。
モーツァルトの三大オペラは、「魔笛」、「フィガロの結婚」と「ドン・ジョヴァンニ」であるが、心理劇である「ドン・ジョヴァンニ」は「魔笛」や「フィガロの結婚」に比べると上演機会が少なく、私はまだ生で観たことがない。ということを開演前に公演プロデューサーの橘市郎氏と話す。
指揮は大勝秀也(おおかつ・しゅうや)、上演台本・演出は三浦安浩。今日の出演は、片桐直樹、根本滋、服部英生、原田幸子(はらだ・さちこ)、高嶋優羽(たかしま・ゆは)、三輪千賀、畠中海央(はたなか・みお)、糀谷栄里子(こうじたに・えりこ)、内田真由、松井るみ、土岐真弓、森井美貴、萩原次己(はぎはら・つぐみ)、大淵基丘(おおふち・もとく)、山内政幸、田中大揮ほか。公演監督:松山郁雄(歌手としては松山いくお名義で昨日出演)。
演奏:ミラマーレ室内合奏団(弦楽六重奏+エレクトーン2台、フルート。ティンパニ)、合唱:ミラマーレ合唱団。日本語訳による歌唱と演技での上演である。

毎年恒例の春秋座オペラ。今回も花道や回り舞台を駆使した演出が行われる。

指揮の大勝秀也は1961年東京生まれ。東京音楽大学卒業。1988年に渡独し、ベートーヴェンの生まれた街にあるボン市立歌劇場でアシスタントとなってオペラ指揮者としての道を歩み始め、ボン市立歌劇場とゲルゼンキルヒェン市立歌劇場の第一指揮者に昇格。その後、スウェーデンのマルメ歌劇場の音楽監督に就任し、日本でもザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団の正指揮者になるなどオペラ畑を歩み続けている指揮者である。
1998年6月のNHK交響楽団C定期演奏会に登場。この時はA定期を大植英次が、B定期を上岡敏之が指揮しており、「N響が若い指揮者を正指揮者候補として試したのではないか」と噂された。結果としては3人とも不合格となったようで客演は続かなかったが、この時すでにN響も注目する指揮者の一人だったのは間違いない。

大勝は、ピリオド・アプローチを採用。ティンパニが硬い音を出し(幕間に確認したがバロックティンパニではなかった)、弦楽がビブラートを抑えた響きを奏でる。キビキビとした音運びであり、大勝の確固とした才能が感じられる。私の席からは指揮姿もよく見えたが、棒はとても上手い。

序曲が始まると同時に緞帳が開き、タミーノ(根本滋)が花道から登場する。タミーノはプレーヤーにレコードを音楽を聴きながら眠りに落ちる。すると三人の童子(本当に子供をキャスティングする場合もあるが、今回は、三輪千賀、畠中海央、糀谷栄里子という三人の成人女性が務める)が踊りながら現れ、ファンタジックな雰囲気を作る。

「光と闇」、「男と女」、「知と情」などの二項対立が描かれる「魔笛」であるが、今回は春秋座での上演ということで、舞台装置も「春と秋」の風景を描いているようである。舞台が緑色に塗られた時が春、木目そのままで棒を束ねた薄のようなものが立っている時が秋である。基本的に色恋ごとは春のセットで起こり、ザラストロが主役の場面は秋のセットとなる(舞台美術:柴田隆弘)。春は「若さ、情」であり、秋は「老いと知」である。こういう構図にするとパパゲーナがなぜ初登場時には老婆の格好をしていたのかわかるような気がするし、ザラストロが全面肯定されているわけではないことも伝わってくる。

日本語訳されたテキストによる歌唱と演技であるが、やはり日本人歌手が日本語で上演するのは難しいようで、「そう書いてあるんだから」と書いたとおりに台詞を読み上げてしまう歌手もいる。歌唱と演技両方を求めるのは酷かも知れないが、もっと頑張って欲しいとも思う。勿論、ちゃんと出来る人や上手い人もいるのだが。

日本語という言語は一音が一音でしかないため歌に乗りにくい。西洋の言語は一音に複数の単語を含ませることが可能だし、東洋でも中国語などは一音一意味であるため歌唱が聴き取りやすい。日本語の歌唱だとどうしても内容がわかりにくくなってしまう。ただ、歌詞が多少わからなくても支障はない上演にはなっていた。

ラストの合唱には夜の女王と三人の侍女達も参加。分け隔てのない結末を迎え、「旅の終わりは恋人達の巡り会い」(シェイクスピア 「十二夜」)で幕となる。

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2017年9月25日 (月)

コンサートの記(319) 広上淳一指揮京都市交響楽団 「第21回京都の秋音楽祭開会記念コンサート」2017

2017年9月17日 京都コンサートホールにて

午後2時から、京都コンサートホールで「第21回京都の秋音楽祭開会記念コンサート」を聴く。広上淳一指揮京都市交響楽団による演奏。
天候不良の場合は公演中止もあり得るということだったが、台風もまだ遠いということでGOサインが出た。なお、京都コンサートホールは今月の頭からTwitterとFacebookを始めており、公演決行はTwitterで確認することが出来た。

曲目は、すぎやまこういちの序奏MIYAKO、ショパンのピアノ協奏曲第2番(ピアノ独奏:ルーカス・ゲニューシャス)、ラフマニノフの交響曲第2番。
広上淳一と京都市交響楽団は2015年にサントリー音楽賞を受賞しており、明日はサントリーホールで受賞記念コンサートを行う予定である。


演奏開始前に門川大作京都市長による京都の秋音楽祭の開会宣言がある。門川市長は文化庁の京都移転に触れ、サントリー音楽賞については、「明日、京響は台風と共に東京・サントリーホールに向かいます」と冗談も言っていた。


客演コンサートミストレスとして会田莉凡(あいだ・りぼん)を起用。フォアシュピーラーは泉原隆志。


すぎやまこういちの序奏MIYAKOはいかにもすぎやまこういちらしい明快な調性音楽である。途中、スネアが雅楽のリズム(「越天楽」がモチーフのようだ)を奏でるのも楽しい。


ショパンのピアノ協奏曲第2番。ソリストのルーカス・ゲニューシャスは、1990年モスクワ生まれの若手ピアニスト。祖母はモスクワ音楽院の高名な教育者であったヴェーラ・ゴルノスターエワで、ゲニューシャスは幼少時から祖母についてピアノを習う。ジーナ・バッカウアー国際コンクールで優勝後、ショパン国際コンクールとチャイコフスキー国際コンクールで共に2位に入って頭角を表している。
ゲニューシャスはプロフィール写真とは違うひげもじゃ姿で登場。かなり大柄なピアニストである。

ゲニューシャスのピアノであるが、硬質にしてリリカル。美音家である。音の粒立ちを優先させた演奏で、若き日のショパンのメランコリーは余り感じられないが、甘美で冴えたピアノを奏でた。
ショパンのピアノ協奏曲の伴奏は、彼が管弦楽法を習熟していなかったということもあり、「響かない」というのが定評であるが、広上指揮の京響はそれでも立派な響きを生み出していた。

ゲニューシャスのアンコール演奏は、デジャトニコフの「エコーズ フロム ザ・シアター」より「Chase Rondo」。マジカルな曲であり演奏であった。


メインのラフマニノフの交響曲第2番。極めてハイレベルな演奏であった。
音の密度が濃く、渋さ、甘美さ、輝き、ボリュームどれをとっても最高レベルである。あたかも10年以上前に同じ京都コンサートホールで聴いたロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の演奏を聴いているかのような気分にさせられる。
広上の神経は細部まで行き渡っており、あるべき場所にあるべき音が理想的な形でしっかりと填まっていく。見事というほかない。
推進力抜群で、京響の楽団員も乗りに乗っており、威力も十分。広上の音のデザイン力も卓越している。
広上と京響の9年の歴史の中で「ベスト」と呼べる出来となった。実演で聴いたラフマニノフの交響曲第2番の中でも間違いなくナンバーワンである。


拍手はなかなか鳴り止まず、最後は広上が客席に向かって、「アンコールありませんので」と言ってお開きとなった。

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2017年9月23日 (土)

NHK交響楽団学生定期会員時代のこと

 東京時代にNHK交響楽団の学生定期会員を2年ほどやっておりました(1997年-99年)。定期会員としての最初のコンサートの指揮者は、現在、京都市交響楽団の常任指揮者を務めている広上淳一でした。因縁を感じます。メインはグリーグの「ペール・ギュント」組曲第1番&第2番で、広上さんったら「アニトラの踊り」では指揮台の上でステップ踏んで踊ってました。

 定期会員の1年目は良かったのですが、2年目にはきつくなりました。渋谷のNHKホールまでは片道2時間。そして毎回聴きたい指揮者や曲目とは限らない。というわけで「今日は気が進まないなあ」と思いながら通うこともありました。「聴きたい」から「聴かなければならない」に変わってしまったのです。日本では評価が低いドミトリ・キタエンコが実は名指揮者だったという発見もありましたけれども。というわけで社会人になってからはN響の定期会員も辞め(N響のシーズンは9月ー6月なので、「なると同時に」ではありません)、以後もオーケストラの定期会員にはなっていません。

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2017年9月22日 (金)

コンサートの記(318) 大阪クラシック2017第81公演 大植英次指揮大阪フィルハーモニー交響楽団 チャイコフスキー 交響曲第5番

2017年9月16日 大阪・中之島のフェスティバルホールにて

午後7時15分から、大阪クラシック第81公演(最終公演)を聴く。大植英次指揮大阪フィルハーモニー交響楽団によるチャイコフスキーの交響曲第5番の演奏。

午後7時頃から大植英次のプレトークがある。大植はぎっしり詰まった紙袋を手に登場。これまで大阪クラシックで貰った変わったプレゼントを紹介する。
まずは、「大植さん、もっと背高くしたらどうや」ということで貰った靴の上げ底。髪が乱れている時に貰ったブラシ。更に「大植さん、もって食べえや」ということで貰った551蓬莱の豚まん(の袋)、スタッフから「大植さん、話長い」ということで貰った(?)壁掛け時計。更に「大植さん言ってることがよくわからない(大植は滑舌に難がある)。日本語勉強して」ということで貰った日本語を学ぶおもちゃなどなど。


今日のコンサートマスターは田野倉雅秋。いつも通りドイツ式の現代配置での演奏である。
今日は1階席の25列目、下手寄りの席に座ったのだが、この席だと音が全部上に行ってしまうのがわかり、音響的に良い席とはいえないようである。


大植英次の解釈であるが、驚いたことにメンゲルベルクやアーベントロートといった19世紀生まれの指揮者の音楽作りを彷彿とさせるものであった。テンポが大きくギアチェンジし、怖ろしく遅くなったかと思いきや極端な加速がある。特に第1楽章ではその傾向が極めて顕著である。どう来るか予想出来ない大植の指揮に大阪フィルも苦闘。今にもフォルムが崩壊しそうな場面が続き、聴いていてハラハラする。

第2楽章でのホルンソロは見事であった。ただ、その後に来る別のホルンの返しでは残念ながらキークスがあった。

チャイコフスキーの交響曲の演奏は、21世紀入ってからペシミスティックなものが流行っているが、大植は交響曲第5番に関してはそうした解釈を取っていないようで、疑似ラストの後の場面では晴れ晴れとした音楽を描く。それまで暴れまくっていたため、朗々と歌われる凱歌に安定感があり、効果的に聞こえる。
ラストを大植はヒロイックに決めた。


毎年恒例となったアンコール。コンサートマスターの田野倉雅秋が指揮を受け持ち、山本直純編曲の「日本の歌メドレー」(「夕焼け小焼け」~「七つの子」~「故郷」)が流れる中、大植が1階席、2階席、3階席を回る。

大ラストは、外山雄三の「管弦楽のためのラプソディ」より八木節。大植は背中に大阪市章の入った赤い法被を着てのノリノリの指揮であった。

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2017年9月17日 (日)

ウラディミール・ホロヴィッツ(ピアノ) ムソルグスキー 組曲「展覧会の絵」(ホロヴィッツ編曲)

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2017年9月15日 (金)

観劇感想精選(220) 演劇集団マウス・オン・ファイア 「ゴドーを待ちながら」京都

2017年9月10日 京都芸術劇場春秋座にて観劇

午後2時から京都芸術劇場春秋座で、「ゴドーを待ちながら」を観る。アイルランドのカンパニーである演劇集団マウス・オン・ファイアによる上演。英語上演、日本語字幕付き。作:サミュエル・ベケット、演出:カハル・クイン。出演:ドンチャ・クロウリー、デイビッド・オマーラ、マイケル・ジャッド、シャダーン・フェルフェリ、下宮真周(しもみや・ましゅう)。ラッキーを演じるシャダーン・フェルフェリはインド出身、下宮真周は中学校1年生の少年である。東京・両国のシアターX(カイ)と演劇集団マウス・オン・ファイアの共同製作。
今回は作者であるベケット本人の演出ノートを手がかりに、ベケット自身の演出を忠実に再現することを目指したプロジェクトである。


「ゴドーを待ちながら」を観るのは記憶が正しければ3回目である。最初は2002年に東京・渋谷のシアターコクーンで(正確に書くとシアターコクーン内特設劇場のTHE PUPAで)串田和美演出のもの(串田和美のエストラゴン、緒形拳のウラジーミル)を観ており、京都に移ってからは近畿大学舞台芸術専攻の卒業公演で上演されたものを観ている。


「ゴドーを待ちながら」は初演時に大スキャンダルを巻き起こしたことで有名で、特にアメリカ初演の際は、1幕目終了後に客が列をなして帰ってしまったという話が伝わっている。

セットらしいセットを用いず、出演者は5人だけ。特にドラマらしいことも起こらないまま作品は進んでいく。

舞台上で描かれるのは人生そのものであり、大半の人間の人生がそうであるように、起伏というものがほとんどない。ということで「つまらなければつまらないほど上演としては成功」と考えられる作品である。

今回の上演では、移民や難民の問題に直面する社会を描くということで、ラッキーにインド人のシャダーン・フェルフェリを配役し、木の形をロシア正教のシンボル(八端十字架)に似せ、ポォツォやラッキーの服装に帝国主義を表す「青、赤、白」の要素を取り入れているという(ロシア、イギリス、フランス、アメリカなど帝国主義の国は国旗にこの色を用いている)。エストラゴンとウラジーミルという二人の浮浪者を始めとする現代人を圧迫しているのが帝国主義という解釈である。


行き場のない浮浪者であるエストラゴンとウラジーミル。生きる意味をなくしてしまっているようにも見えるのだが、「ゴドーを待つんだ」というそのためだけに「ここ」で待ち続けている。「救世主」なのか(「ゴドー」とは「ゴッド」のことだという解釈がよく知られている)、あるいは「死神」なのか。それはわからないが、ともかく「最期」にやってくるのがゴドーである。ゴドーが来るまでは我々はどこにも行けず「ここ」にいるしかない。たまに自殺という手段で「ここ」から逃げ出してしまう人もいるが劇中ではそれも封じられている(エストラゴンとウラジーミルの二人が死を望んでいることはそれとなく示されてはいる。一方でウラジーミルがしきりに尿意を催すことは「生きている」ことの象徴でもある)。劇中で行われるのは「退屈極まりない」という人生の属性をいかにして埋めていくかという作業である。時には観客も題材にしたりする。
ポッツォとラッキーの乱入はあるが、その場を掻き乱したり、時間の経過やその厳格さを示すだけであり、生きるということの本質を揺るがしたりはしない。我々はどこにも行けず、ただ「ここ」で来るのかどうかもわからないゴドーを待ち続けているだけである。

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2017年9月14日 (木)

笑いの林(93) ヒューマン中村単独ライブ「全然全然^^」

2017年8月28日 大阪・なんばのよしもと漫才劇場にて

午後9時から、大阪・なんばのよしもと漫才劇場で、ヒューマン中村単独ライブ「全然全然^^」を観る。ヒューマン中村はこれまで道頓堀のZAZAで単独公演を行ってきたが、今回は初のよしもと漫才劇場での単独ライブとなる。
「30人の劇場を手配したつもりが間違えて300人の劇場を押さえてしまった」という設定。
午後9時開演の公演ということもあり、入りは100人ちょっと。健闘した方だと思う。
 
よしもと漫才劇場では様々な演出が出来るということで、照明や映像、提灯の灯りなども用いる。
最初の漫談は「シャッフルことわざ」という面白くなりそうにないもの(「二階から弘法」、「鬼の目にも弘法」、「のれんに釘」など)。そしてこの敢えて面白くないネタに大仰な演出を施すことで笑いを誘う。フリップをめくる前にドラムロールが鳴ったり、むやみやたらとヒューマンを持ち上げるメッセージがスクリーンに投影されたり、タイトルが「アキナ牛シュタイン」(アキナ、和牛、アインシュタインの3組による人気ライブ)になってしまったり、「おいでやす小田単独ライブ」と、ヒューマンが一番一緒にされたくない芸人のライブということになったりする。

続いてのフリップ漫談は「スピンオフ」。映画やドラマのスピンオフのように、脇役を主役にした作品を作ろうというもの。
「浦島太郎」。浦島太郎が竜宮城を訪れる前に竜宮城をこしらえた若者達を描いた「竜宮BOYS」、そして鯛やヒラメの舞い踊りを完成させるまでの一種のスポ根もの「舞魚Haaaaaaaan!!」(「舞魚はレディ」でもいいな)。「桃太郎」は「山へ柴刈りに行ったおじいさん」を描いた「山猿」、「鶴の恩返し」では鶴を捕まえる罠をこさえた男達の物語「君の罠」、罠の材料を運んできたのは「山猿」だそうである。ある程度邦画の知識がないと内容がわからないネタである。


映像では、ヒューマン中村が改名をしようと思い立ち、ヒューマン中村の名付け親である三浦マイルドに電話で連絡するというネタを行う。三浦マイルドは何を聞かれても「マイルドフラッシュ」しか言わない(ニュアンスは変える)。後でメイキングをやるが、三浦マイルドはヒューマン中村の「何を聞かれても『マイルドフラッシュ』でしか答えない」という提案に快諾。更にNG集も流れたが、ヒューマン中村のスマートフォンにトラブルがあって止まった間も三浦マイルドは「マイルドフラッシュ」を続けていたことがわかる。三浦マイルドはかなりいい人のようである。


コント。ヒューマン中村はセーラー服を着て登場。さっきそこでセーラー服を着たかなり怪しい男と入れ替わってしまった女子として校門のところで語るのだが、真っ赤な嘘。クラスメートに呼びかけるも名前は出鱈目(「まり」と「豊」で両親の名前だそうである)。すでに警察もやってきてしまっている。そこで校内に爆弾を仕掛けたと内容を変えるのだがこれも当然ながら通用せず、そしてラストである。


フリップネタ。「腕相撲」は「腕相撲」という言葉より「相撲」という言葉がよりポピュラーであったために「腕の相撲」として言葉が生まれたということで、「もし二番手と一番手が逆だったら」という本人も「これややこしいな」というネタをやる。もしも「まわしすら纏わない相撲」が今の相撲よりもポピュラーだったと仮定した場合、今の相撲は「着用相撲」になったそうである。「がらがら相撲」は、土俵の上がぎゅうぎゅうだった場合が普通だった場合は、土俵上があいている今の相撲は「がらがら相撲」になったそうである。また空中で行う「スカイダイビング相撲」がポピュラーになっていたとしたら今の相撲は「地上相撲」になっていたそうで、「まげ相撲」と呼ばれる場合は「テクノカット相撲」がポピュラーだった時である。ちなみに入りの音楽が落語の出囃子調にアレンジされた「千のナイフ」だったのだが、ヒューマン中村は坂本龍一やYMOが好きなのだろうか。
テーマが「餃子」に変わって、「陸上餃子」。「水陸両用餃子」が広まっていた場合は今の餃子は「陸上餃子」になるという。餃子は焼き餃子も水餃子もあるので、水陸両用餃子もありえる(かな?)


「ポエム」。ポエムの朗読。「一つだけ願い事が叶うなら富でも名誉でもなくあの空を飛ぶ鳥のような虫を食べる能力が欲しい」というフォークソングをなぞったもので、食べるものがいつでもそばにあるのがいいらしい。ゴキブリなどもごちそうになるそうだ。


ショートコントならぬショートコンボ。ピンのショートコントをいくつも繋げるというものである。
「闇のゲーム」。人々が館に集められているという設定。館の主であるヒューマン中村は仮面をかぶり、「この館に仕掛けられた謎が一つある。それを探し出して答えて欲しい。ただし、24時間以内に答えられなければ命は」というところで答えが出てしまう。正解者はクイズ選手権で3連覇している沢村さんだそうで、ヒューマン中村は沢村さんのファンだったそうである。
それはそれとして、まるまる24時間が余ってしまうことになった。暇らしい。

「温暖低気圧に茶々入れる人」。「ねえねえおまえ昔台風だったんだって?」で終わりである。

「シニアパソコンスクール」。ヒューマン中村はご老人のためのパソコン教室の講師という設定。しかし、このパソコンスクールに来ているのは警視庁のサイトをハッキングするお爺ちゃんや、「人間の善悪を科学的に完全に識別するソフト」をプログラミングしているお婆ちゃんなどとんでもない腕利きばかり。そこでヒューマン中村演じるパソコン講師はパソコン教室を閉め、皆で世界を乗っ取ろうと提案する。


コント「タイムトラベラー」。ヒューマン中村が170年後の未来からやってきた未来人と出会う。出会うと歴史が変わってしまうため、出会った人には記憶をなくす薬を飲んで貰っているという。
ヒューマン中村は「溶脈」という怖ろしげな名を持つ謎の病気の存在を知る。2017年の時点では存在しない病気である。170年後の未来には空間にディスプレイを生み出すことが可能になっている。「病気事典(?)」を読む上げるヒューマン中村は、「溶脈」とは「2018年に発見された病気で」というところで「来年? 何があったの?」となり、「え? 俺、1号者?」と気づく。ちなみにタイムトラベラーは過去と未来の感染経路についてはわかっておらず、「時空?交通局?もそんな人にタイムトラベラーの免許与えちゃダメだよ」とダメ出しされる。タイムトラベラーは溶脈の薬を持っていたのだが毒々しい赤の8錠で……。


「俯瞰」。日常なにげなく過ごしている空間だが、俯瞰でとらえると妙に思えるというネタである。
「小学校」。「小一時間ほど一人で話し続けている人(先生)がいる」「歩いて通う人より自動車に乗って通う人の方が上という序列」「裸足で地面の上を走らされる日がある(運動会)」「週に1回しかパンが食べられない(給食)」「おしっこを集めて回る謎の団体(検尿)」「たまに変な奴いる」
「初詣」。「行列して並んだのに中に入れてもらえない」「お金を出して買ったのに残念賞すらない(おみくじ)」「ゴミを縛り付けて帰る(やはりおみくじ)」
「結婚式」。「やたらと身内だけを集めているコンビ」「米を配られるが食べられない(ライスシャワー)」「ものを取り分ける様を見せられる(ケーキ入刀)」、「火をつけながらテーブルを回る(キャンドルサービス)」
「ドラえもん」。「多くの男子と仲良くしている女の子がいる」「いじめっ子をやっつけるためのAI機器の存在」「引き出しにとんでもないもの隠している奴がいる」


これで本編は終わったのだが、スクリーンのエンドロールに「特別出演 信濃岳夫(吉本新喜劇)」という文字が映り、舞台下手から警官に扮した信濃岳夫が登場。本番を終えたヒューマン中村(舞台上手から出てくる)に職務質問を行うというコントがある。ヒューマン中村は職業を聞かれて面倒になり「ポエムを朗読しています」と言ってしまう。鞄の中にフリップが入っているのだが、「スカイダイビング相撲」や「水陸両用餃子」と書かれた文字を読んだ信濃は「これのどこがポエムなんだ?」といぶかる。
更に鞄からセーラー服が出てきたため、信濃は「おまえやったな! これはやったな!」と叫ぶ。ヒューマン中村は「劇場から持ってきたんです」と言うが、「なんばグランド花月の向かいにある」と言ったため、「NMB(48)劇場じゃないか!」と言われる(よしもと漫才劇場はNMB48劇場のあるビルの5階にある)。
お笑い芸人だと打ち明けることにしたヒューマン中村だが、「(お笑い芸人)にしては華がないな」と言われる。ヒューマン中村も「それは昔から悩んでいるんですが」
更に、おいでやす小田に間違われる。
信濃扮する警官はお笑い好きでR-1ぐらんぷりも見ているのだが、今年も去年もヒューマン中村は決勝に残っていない。その前に見たのは2010年度で、ヒューマン中村が決勝に進んだ5年分だけ丸々抜け落ちていたのだった。

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2017年9月12日 (火)

コンサートの記(317) ジョン・アクセルロッド指揮 京都市交響楽団第616回定期演奏会

2017年9月3日 京都コンサートホールにて

午後2時30分から、京都コンサートホールで、京都市交響楽団の第616回定期演奏会を聴く。今日の指揮者はアメリカ出身のジョン・アクセルロッド。

京響の他にもNHK交響楽団などに客演しているジョン・アクセルロッド。ハーバード大学音楽学部で指揮をレナード・バーンスタインとイリヤ・ムーシンに師事し、現在はスペイン王立セビリア交響楽団音楽監督とミラノ・ジュゼッペ・ヴェルディ交響楽団の首席客演指揮者を務めている。


曲目は、武満徹の「死と再生」(映画「黒い雨」より)、リヒャルト・シュトラウスの交響詩「死と変容」、ベルリオーズの幻想交響曲。

プレトークでアクセルロッドは今日のプログラムが「死とその後」というテーマに基づくことを解説する。死を描いた作曲家としてアクセルロッドは他に、マーラー、ショスタコーヴィチ、サミュエル・バーバーを挙げる。3人ともアクセルロッドの師であるレナード・バーンスタインが得意としていた作曲家だ。


今日のコンサートマスターは泉原隆志、フォアシュピーラーは渡邊穣で、久しぶりに京響のコンサートマスター二人が揃う。チェロの客演首席としてNHK交響楽団首席チェロ奏者の「藤森大統領」こと藤森亮一が入る。


アクセルロッドは、武満とシュトラウスでは老眼鏡を掛けてスコアをめくりながらの指揮であったが、幻想交響曲では眼鏡なしで暗譜で指揮。譜面台も取り払われていた。


武満徹の「死と再生」(映画黒い雨」より)。京響の弦がいつもより洗練度が乏しく聞こえ、武満作品に十分な繊細がないようにも思えたが、今日も私はポディウム席で聴いており、弦楽群と距離があったためにそう感じられただけかも知れない。
アクセルロッドの指揮は細部を丁寧に重ねていくもので、構造をきちんと明らかにするものだったが、日本人演奏家による武満と比べるとタメの作り方に違いが見られた。スラスラ進みすぎてしまうように感じられた場面もあり。


リヒャルト・シュトラウスの交響詩「死と変容」。京響は弦も管も輝かしい音を出し、ボリュームも十分で好演となる。
アクセルロッドの指揮棒も巧みであり、途中、「見通しが悪いな」「雑然としてるな」と感じさせるところもあったが、中盤からは彼岸を見つめるようなたおやかな音色による音楽で語りかけ、陶然とした雰囲気を作り出す。


ベルリオーズの幻想交響曲。第2楽章にコルネットを入れた版での演奏である(コルネット独奏:ハラルド・ナエス)。
アクセルロッドの息が多少気になるが、冒頭から色彩豊かな音色を京響から引き出す。アクセルロッドは京都コンサートホールの長い残響を意識しているようで、パウゼを長めに取る。
迫力、色彩感、パースペクティブ、どれを取っても及第点だが、第5楽章に下手で打ち鳴らされる鐘はいくらなんでも音が大きすぎる。またラストに向かってはおどろおどろしさを協調したためかテンポが重々しく、エスプリに関してはクルトワ、ゴーロワの両方で欠けていたように思う。

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