笑いというのは
笑いというのは悲しみのことなんだよ。
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2011年1月9日 梅田芸術劇場メインホールにて観劇
午後5時より、梅田芸術劇場メインホールで、ミュージカル「モーツァルト!」を観る。脚本・歌詞:ミヒャエル・クンツェ。音楽:シルヴェスター・リーヴァイ。演出・訳詞:小池修一郎(宝塚歌劇団)。出演:井上康雄、島袋寛子、香寿たつき、高橋由美子、阿知波悟美、武岡淳一、吉野圭吾、山口祐一郎、市村正親ほか。オリジナル・プロダクション&協力:ウィーン劇場協会。
神童・ヴォルフガング(ウォルフガング)・アマデウス・モーツァルトの生涯をミュージカルにしたこの作品。オーストリア製のミュージカルで、日本では2002年に初演され、今回が4度目の上演となる。主役のモーツァルトはダブルキャストで、今日は井上康雄がモーツァルトを歌う。井上康雄は人気・実力ともに、若手では日本トップクラスに君臨するミュージカルスターである。とうことで、客席は大半が女性客で埋まっていた。
出来は素晴らしかった。私がこれまで観てきたミュージカルの中で一番良い作品かも知れない。
脚本、音楽、演出、役者ともに素晴らしかったが、まず最初に挙げるべきは井上康雄の歌唱力。舞台は、モーツァルトの墓所に年老いたコンスタンツェが夜に訪れるところから始まり、次いで、子役の演じるモーツァルトが出てきてフォルテピアノを演奏し、それを皆が喝采する場面となる。その間にも何人かの歌手が歌を披露して、「それなりに上手いな」と思ったのだが、井上康雄が青年・モーツァルトとして登場し、歌を披露すると格が違うのがわかる。井上の他にも、出演者には、劇団四季出身の市村正親、宝塚出身の香寿たつき、ベテランミュージカル俳優・山口祐一郎、本業が歌手の島袋寛子と猛者が揃っているのだが、井上の歌唱は表現力において、他の誰よりも勝っている。市村正親にも勝つのだからこれは驚くべきことだ。
子役のモーツァルトは、モーツァルトが青年になり、井上が演じるようになってからも影のように寄り添い、それが、子供の頃に誰からもチヤホヤされたという栄光の呪縛となっていることや、モーツァルトの才能がまだ涸れていないこと、更にはモーツァルトが自らの才能に振り回され、モーツァルトというブランドが自身のプレッシャーとなっていることをも表す。これは優れた作劇法だと思う。
モーツァルトのキャラクターは、「アマデウス」ほどではないが、天真爛漫で高慢なところがある(「哲学なんて何も知らないさ」という歌詞が出てくるが、これは史実とは異なり、実際のモーツァルトは最新の思想書にも目を通す知識人だった)。井上はその性格を伸びやかに表現する。ただ、台詞回しが、時折、歌っているようになってしまう箇所があり、ここは好悪を分かつかも知れない。
今回の「モーツァルト!」の見所の一つは、他の作品ではほとんど光の当てられていないモーツァルトの姉・ナンネール(ナンネル)をきちんと描いていること。それにより、このモーツァルトでは親子劇の要素が一層増している。弟思いで、弟がウィーンに旅立ってからは寂しい思いをするナンネールを高橋由美子が安定感のある演技と歌唱力で表現した。
コンスタンツェ役の島袋寛子は、演技は期待していなかったものの、肝心の歌が第一幕では声量の足りないところが見受けられ、「今日は調子が悪いのかな?」とも思ったりしたが、ヒロインとなる第二幕では打って変わって巧みな歌唱を披露する。第一幕で本気を出すと第二幕での効果が薄れるという計算がおそらくあったのだろう。演技もかなり上達していて、歌は声の細さを感じさせるナンバーがあったものの、甘い声色を生かした豊かな表現を聴かせてくれる。
普通の劇では、単なる悪妻として扱われることの多いコンスタンツェだが、今回の「モーツァルト!」では、自分に音楽の才能や努力を続ける力が無いことや、浪費をしてしまう弱さ、また自分では夫のインスピレーションを駆り立てられないという焦燥や、音楽に没頭して自分を顧みてくれない夫に対する不満など細やかな心理描写がなされていて、島袋寛子はそれらを丁寧に拾っていく。
モーツァルトの音楽に理解がなかった人物として描かれることの多い、ザルツブルクのコロレド大司教(山口祐一郎)が、この劇では誰よりもモーツァルトの才能を理解しており、その音楽性をウィーンに売り込んで、自分の宣伝に使おうとしたという解釈も目新しい。
教育パパとして描かれることの多い、レオポルト(レオポルド)・モーツァルト(市村正親)が、息子思いで、息子が難しすぎる音楽を作ることを心配したり、金遣いが荒いことを嘆いたりと、奥行きのある役所となっているのも興味深い。
「魔笛」の台本作者としてしか知られていないシカネーダー(吉野圭吾)を、モーツァルトのザルツブルク時代からの友人とする創作も効果的だった。更に市民のための音楽劇「魔笛」創作の契機となったのが、市民が蜂起したフランス革命だという設定も説得力がある。
ちなみにモーツァルトのライバルとして描かれることの多い宮廷楽長サリエリ(サリエーリ)は、この劇ではモーツァルトの音楽に理解のない人物として登場し、端役である(実際は、モーツァルトとサリエリは仲が良く、互いの才能を認め合っていたことがわかっている)。
音楽も充実していて、時に荘重に、時にメロディアスに、時にリズミカルにと多彩でわかりやすい。出演者全員が歌う第一幕の幕切れの場面や、レオポルトの死をナンネールが告げる場面における、ナンネールとコンスタンツェの二重唱などは聴いていて背中がゾクゾクした。
この劇では、第一幕の前半からモーツァルトが人生の行きづらさを嘆くナンバーを歌ったり、パリでの就職に失敗した際にザルツブルクの市民から「子供の頃は天才だったけれど、今はねえ」などと喧伝されるなど、悲劇的要素が全般に渡って盛り込まれている。その匙加減は絶妙で、明と暗が交互に、それも暗の部分が少し強く表現されていて、感動を誘う。「魔笛」の成功で人々が叫ぶ「モーツァルト!」という言葉が次第に呪いのように響いてくるという演出も巧みだった。
コンスタンツェの姉であるアロイズィア(アロイジア)にもっと良い女優を使って、モーツァルトとの関係を描いたり(モーツァルトはアロイジアが本命の女性だった。アロイジアはソプラノ歌手としても活躍する才媛であったといい、モーツァルトを振った女性として知られている)、アロイジアとコンスタンツェの才能を対比させたり、「レクイエム」作曲の場面をもっと長く丁寧に描けば完璧な作品になったと思う。それでも完成度は驚くほど高い。
カーテンコール。井上康雄が「モーツァルト!」の日本での上演が今日で400回目であることを告げ、会場を盛り上げる。更に市村正親と山口祐一郎の気の利いたコメントが会場の笑いを誘う。
幕が下りた後で、井上康雄が子役のモーツァルトを連れて登場。会場は総立ちとなる。私は前から3列目という絶好の席に座っていたので(一月の観劇はあと二本だけで、コンサートに行く予定もないので奮発した)、思い切って「ブラボー!」と声に出してみる。我が人生、初ブラボーである。すると井上さんは投げキッスで返してくれた。うーん、男の人に投げキッスをされてもねえ。ということで(?)井上さんから投げキッスを貰いたい女性は「ブラボー!」をかけてみるといいと思う。
改めて書くが、今回の「モーツァルト!」は本当に充実したミュージカルであった。
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初詣は二日に、京都・七条(正面通大和大路)の豊国神社(とよくにじんじゃ)に行きました。祭神は豊臣秀吉公です。豊太閤さんは出世の神様です。毎年詣でている割には、私は全然出世しませんけどね(苦笑)。
豊国神社唐門は伏見城遺構で国宝です。三が日は国宝の唐門をくぐって拝殿の前までいくことが出来ます。なお、通常は唐門前での参拝になります。
国宝の門を通って参拝というのは気持ちがいいですね。
アップが遅れたのは、深夜にやっている「ロケみつ」の再放送で早希ちゃんを見て一人でニヤニヤしていたからという、そんな理由では断じてないですよ。いい年した男がそんなことしてたら女性に嫌われますからね。でも今夜の早希ちゃんも良かったなあ。
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朝比奈隆指揮NHK交響楽団、東京藝術大学合唱団ほかによるベートーヴェンの交響曲第9番「合唱付き」を紹介します。NHK交響楽団第990回定期演奏会のライブ収録。フォンテック・レーベル。
日本におけるベートーヴェン演奏に第一人者といわれた朝比奈隆(1908-2001)。朝比奈は大阪フィルハーモニー交響楽団の音楽総監督でしたが、NHK交響楽団の音を「日本一の音色」と評価し、「NHK交響楽団は日本一のオーケストラなのだから、もっとしっかりして貰わないと困る」と苦言を呈したこともありました。
年末になると日本では全国各地で第九が演奏されますが、この嚆矢となったのもNHK交響楽団で、ローゼンシュトックが「ライプツィッヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団が年末に第九を演奏する」と紹介し、戦後に尾高尚忠の指揮で年末に第九を演奏したところ、これが大好評で、N響(当時の名前は日本交響楽団)は毎年、年末に第九を演奏するようになり、他の日本のオーケストラもこれを真似て、「日本の年末といえば第九」が定番となりました。今や「年末の第九」は日本の風物詩です。
そのため、NHK交響楽団も第九の演奏には誇りがあり、良い指揮者でない限り第九を振らせることはありません。年末の第九は外国人著名指揮者の招聘が続いています。
そんな中で、N響の第九を振った日本人指揮者が朝比奈隆でした。
この第九は実は年末の第九ではありません。演奏が行われたのは1986年4月25日。しかも当初の指揮者は朝比奈ではなく、ギュンター・ヴァントの予定でした。ただ、ヴァントは厳しい練習を課すことで知られた指揮者でしたので、結局この時はN響側の提示した条件にヴァントが納得せず、キャンセルとなりました。そこで代わりに指揮台に立つことになったのが朝比奈隆でした。年末以外の第九となると、年末の第九以上に指揮者は厳選されます。その中で朝比奈が選ばれたのです。
朝比奈がN響と第九の演奏を行ったのはこの時だけですので、それだけでも貴重な記録です。
演奏ですが、朝比奈らしい、巨大なスケールを誇ります。客演でもあり、また相手がNHK交響楽団ですので、手兵の大阪フィルや、東京における拠点オーケストラだった新日本フィルハーモニー交響楽団を指揮した時ほどには朝比奈は自由には振る舞っていませんが、日本で一番ドイツ的な音を出すNHK交響楽団を指揮しただけあって、重厚で渋い演奏を味わうことが出来ます。
日本音楽史上に残るベートーヴェン指揮者の朝比奈隆と、朝比奈が「日本一」と認めたNHK交響楽団による第九。ベートーヴェン好きなら一度は聴いておきたい演奏です。
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情熱的な指揮で人気のあった山田一雄(愛称は「ヤマカズ」。1912-1991)。今年はヤマカズさんの没後20年に当たります。
ベートーヴェンを得意としたヤマカズさん。そんなヤマカズさんが最晩年に札幌交響楽団とベートーヴェン交響曲チクルスを行い、ライブ録音が行われて、「ベートーヴェン交響曲全集」となりました。なお、交響曲第1番だけは山田一雄急死のため、矢崎彦太郎の指揮代行で演奏が行われ、録音されています。
1989年から1991年にかけて、札幌の北海道厚生年金会館大ホールで行われたライブ収録。
20年前の札幌交響楽団は今よりもアンサンブルが粗めで、ヤマカズさんは「振ると面食らう」と言われたほど棒がわかりにくい指揮者だったということもあり、ライブ特有の傷もあります。しかし、それを補って余りある快演揃いです。札幌交響楽団の演奏も鑑賞に十分堪える水準で、20世紀の日本を代表する指揮者の一人であるヤマカズさんのベートーヴェンを堪能出来ます。
なお、録音は日本コロムビアによって行われましたが、長く廃盤になっており、タワーレコードが日本コロムビアの協力を得て、復刻しています。ですのでタワーレコードのみでの限定販売です。
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2011年11月7日 京橋花月にて
午後7時30分から京橋花月で、「笑い飯・千鳥の大喜利ライブ」を観る。
笑い飯と千鳥は東西の吉本若手漫才師のエース的存在である(ちなみにみな私と同世代である。人を笑わせることほど難しいことはないので、我々の世代でもまだ若手なのである)。そこに、若手ホープの麒麟・川島(相方の田村は出ない。というより出られない。理由はお笑いにちょっとでも詳しい人ならわかるはずである)も加わるという鉄壁の布陣。まず外れはないはずである。更にすべり芸も出来る土肥ポン太と大阪の若手としてはトップランクの天竺鼠・川原が加わるという強力ラインナップである。更にR-ぐらんぷり決勝に進んだヒューマン中村、関西では人気のあるファミリーレストランが加わるという出血大サービス公演である。
司会を千鳥のノブが務める。
ノブが大阪マラソンの出場したときの笑える話をした後で、出演者が登場し、まずは、日テレ系で日曜夕方に放送される某お笑い番組をコピーした大喜利の真似。大喜利というのはラストにあるものなので、本当の大喜利はラストにもう一度ある。最初にやるのはあくまで真似である。京橋花月が今月末で閉鎖ということで、京橋花月ゆかりの芸人の顔写真が用意され、出演者はその人の気持ちになって思いを語るのだが、用意された顔写真の人物はみな京橋花月ゆかりだが、余り売れていない芸人である。いわゆる不景気芸人と呼ばれる人が何人も混じっている。売れっ子の芸人の写真はない。ということでマイナス感たっぷりのギャグが繰り広げられる。これも面白かったが続く演目が凄かった。
まずは替え歌のコーナー。爆風スランプの「ランナー」のサビ「走る走る俺たち」の部分の替え歌なのだが、みな芸人の名前を歌詞に入れようとする。ほぼ無理矢理である。もちろんわざとやって笑いを取りに来ている。千鳥・ノブが「芸人の名前なし」と一応いうが、笑い飯・哲夫は「焼き鳥Diningハマー」と、テンダラーの浜本広晃が経営する焼き鳥店の名前を出して、「店の名前だからええんちゃうの?」とぼけてみせる。ちなみに、笑い飯・哲夫とテンダラー・浜本は今月、京橋花月において、二人でのお笑いライブを行う。私もチケットは確保してある。
続いて、オフコースの「さよなら」の出だしの替え歌コーナーになるのだが、笑い飯・哲夫の店のギャグが影響したのか、今度は閉店間際の店の様子をみなで描写しようとする。一人が店の紹介のボケをやると、次の人がその続きをやったりする。冒頭の大喜利もどきで使われた不景気芸人の名前もギャグに取り入れられる。千鳥・大悟に至っては、閉店間際でもなんでもなく普通に行きつけの店の紹介をしたりする。
ヒューマン中村による漫談。ヒューマン中村は知能犯的な風貌で、それを生かしたギャグも勿論行う。かなり面白いギャグと今一つのものの差がありすぎるというのが正直な感想である。打率を高めるとR-1王者も狙えるだろう。ネタ終了後にノブと笑い飯・西田が登場してフォローする。
続いて、ファミリーレストランによるコント。4年に一度行われる、笑いの祭典「ワラリンピック」に下林朋央(しもばやし・ともお)が出場して体を使ったギャグを披露、原田良也(はらだ・りょうや)が実況中継を行うというネタである。下林のネタの受けがいまいちだったりすると、原田がそれをそのまま「やや受け」などと語って笑いに変える。コンビネーションは抜群である。下林は私よりも年下だが、やはり加齢により身体能力は落ちているようで、ジャンプして着地したときに、足が乱れて、あやうく舞台から落ちそうになったり、体を前に進めた時にきちんと体を止めることが出来なかったりするが、原田は「おーっと、着地が乱れた」とそのままずばりを言って笑いに変えていた。
ファミリーレストランは「よしもとネタネットワーク あなたの街に住みますプロジェクト」に参加していて、滋賀県に移住して活動を行っているという。やはりフォローのためにネタ終了後に加わったノブとともに「京橋花月が閉まるので、大津にある、びわ湖ホールで大喜利をやるのはどうか」と提案。客席に賛同の挙手を求める。大津市は実は京都市の隣町なので、私は賛成の手を挙げたが、やはり大阪のお客さんには「大津は遠い」というイメージがあるようで、挙手する人は少なかった。
料理教室ネタのコーナー。「どんな料理を作るのか」、「キャベツの千切りのコツ」、「フライパンから火が出た」という3つの設定の中から1つを選んで、ギャグを行い、一番面白いネタを披露した芸人がチャンピオンになるというもの。アシスタントとして、新人の女性芸人が加わる。相手はみな売れっ子芸人なので新人といえど、ちゃんとした人のはずである。たまたまスケジュールが空いていたという理由で起用したりはしないだろう。
お笑いと演劇、どちらも舞台であるが、決定的な違いが一つある。演劇には端役がいる場合も多いが、お笑いは今日のケースなどを除いて、舞台上に端役の人はいない。全員が主役である。それだけにお笑いの場合、力のない人は舞台に立つことが出来ない。しかも吉本のトップレベルの人が集まっているわけだから、今日は天才集団を見るということになる。
笑い飯・哲夫は「若王子(わかおうじ)さん誘拐事件(三井物産マニラ支店長誘拐事件。1986年に起きている。私は当時小学校6年生だった。1974年生まれなので、小学校1年から6年までは、そのまま1981年から1986年ということになる。当時話題になった事件である。笑い飯は実は二人とも私と同い年なのでよく覚えているはずである)」をネタに使い、更にこの後でももう一度使って、千鳥のノブから「大阪限定で、『若王子さん』が検索ワード上位になるわ」と突っ込まれていた。それまでは天竺鼠の川原がやったネタをノブは1位に選んでいたが(実は私と意見が一致している。偶然では多分ない。ノブは誰が一番面白いかをちゃんと理解しているということになる)、哲夫により、若王子さん誘拐事件の2度目のネタを1位に選ぶ。
ちなみに京都には、若王子と書いて「にゃくおうじ」と読む地名がある。どうでもいいか。
その後、ノブは「もうすぐ終わり」と言ってカウントダウンを始めるのだが、みんな誰も手を挙げないのが一番面白いということはわかっているので、挙手する人はいなかった。この辺は流石である。
最後は本当の大喜利。「出番の少ないオーケストラのシンバルの奴〈ママ〉の心境」、「パンで挟みたいもの」、「ハクション大魔王がオナラをしたときに出てくるものは?」、「もう地球に帰って来られないかも知れない宇宙飛行士が家族に向かって最後に言うセリフ」などのお題に、芸人達がスケッチブックにギャグを書いて答えるというものであるが、これが凄まじかった。これは誰にも遠慮はいらない、ということで、芸人が全員、真剣になって自分が一番の笑いを取りに行く。勿論、仲間なので、他の芸人のネタを真似したりはする。だが、売れっ子芸人が本気で笑いを取りに行くとここまで面白いのかと感心することしきりである。抱腹絶倒とはまさにこのことで、客席が大いに沸く。私も大笑いの連続である。
余談であるが、ブルックナーの交響曲第7番は演奏時間1時間を超える大作であるが、シンバルが一度だけ鳴る。ノヴァーク版限定で、ハース版の楽譜には存在しないが、たった一度音を鳴らすためにシンバル奏者はステージにいるのである。鳴るのは第2楽章のクライマックス。ここで一度鳴る。そしてその前にもその後にもシンバルの出番はない。ブルックナーは強迫性障害を患うなど、精神的に不安定なところのあった人で(今でこそブルックナーの交響曲はオーケストラの王道レパートリーであるが、ブルックナーの生前は交響曲第7番が成功を収めたくらいで、他の曲は等閑視されている。ブルックナーが評価されるのは彼が亡くなってから大分経ってからのことである。この事も彼の精神状況に影響を及ぼしているだろう)、ウィーン・フィルに自分の交響曲を演奏して貰えるというので、大喜びしたが、ウィーン・フィルからリハーサルまで行いながら本番での演奏を拒否されるという屈辱を味わってもいる。自分に自信のある人だとよかったのだが、ブルックナーは神経質で、「曲が悪いから演奏されないのだ」と思い込み(実は曲の本当の良さというのは時を経ないとわからないのである)楽譜の校訂を繰り返したため、同じ曲の別バージョンが何種類も存在するということになった。交響曲第7番は例外的にブルックナーの生前に成功した曲なので、校訂は少ないが、ノヴァーク版とハース版の二種類が存在する。シンバルが鳴ったらノヴァーク版の楽譜使用。シンバル奏者がいなかったらハース版の楽譜使用である。個人的にはシンバル奏者の心境よりも、なぜブルックナーが一音だけシンバルが鳴るなどという曲を書いてしまったのかに興味がある。
余談はともかくとして大当たりの公演であった。
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現在、関西地方の深夜で再放送が行われている「ロケみつ 桜 稲垣早希の目指せ!鹿児島 西日本横断ブログ旅」。今回はそのDVDを紹介します。
岡山県倉敷市の美観地区を訪ねる第7巻「ヒツジの巻」、鳥取砂丘で早希ちゃんがパラグライダーに挑戦する第8巻「カエルの巻」も面白いです。残念なのは、「ヒツジの巻」に入るはずだった、岡山県高梁市立吹屋小学校のオルガンで、早希ちゃんが「ジングルベル」を演奏するシーンがカットされていることです。
そして、ロケみつ史上、最も過酷な通過ポイントとされるのが、鳥取県の三徳山投入堂。投入堂挑戦の模様が収録されているのが、第9巻「キリンの巻」です。
三徳山投入堂への道は断崖絶壁。90度に近い角度の坂を木の根や岩などを伝いながら登っていきます。三徳山は、滑落事故で、1年に20人以上が救急車のお世話になるという、「日本一危険な国宝鑑賞」「恐怖の絶景」と呼ばれる山です。ロケみつのスタッフ(実は親玉ディレクターだそうです)も坂から滑り落ちています。
しかも、ブログを書いて、頂いたコメントが資金源となり、資金はサイコロを振って、出目により、全額没収、0.1倍、1倍、10倍があるのですが、早希ちゃんのサイコロは絶不調で、己の不甲斐なさに早希ちゃんが泣き出してしまう場面もあります。
それでも頑張る早希ちゃんの姿に勇気づけられるDVDです。
特典として親玉ディレクターが撮影した、早希ちゃんの写真コレクションが付いています。
ロケみつDVD「桜 稲垣早希の目指せ!鹿児島 西日本横断ブログ旅」9 キリンの巻(HMV)
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