2018年9月19日 (水)

これまでに観た映画より(106) 薬師丸ひろ子主演「里見八犬伝」

DVDで映画「里見八犬伝」を観る。曲亭馬琴の戯作「南総里見八犬伝」ではなく、それをモチーフにした鎌田敏夫の小説「新・里見八犬伝」の映画化。深作欣二監督作品。主演:薬師丸ひろ子、真田広之。出演は、千葉真一、京本政樹、志保美悦子、寺田農、夏木マリ、萩原流行、目黒祐樹ほか。

1983年の作品。私が小学生の頃に、一度テレビで放送されたのを観た記憶があるが、観るのはそれ以来である。

いかにも一昔前のアクション時代劇という趣であるが、脚本も鎌田敏夫が担当しているということもあり、活劇としては結構面白い。深作欣二の演出も冴えており、エンターテイメントとしてのクオリティも高い。

観る前は、そう期待していなかったのだが、映像の古さはともかくとして、娯楽作品としては今でも通用する水準に達しているのではないだろか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年9月17日 (月)

スタジアムにて(3) オリックス・バファローズ対千葉ロッテマリーンス@わかさスタジアム京都 2018.5.27

2018年5月27日 西京極・わかさスタジアム京都にて

西京極にあるわかさスタジアム京都で、オリックス・バファローズ対千葉ロッテマリーンズの公式戦を見る。
午後2時プレーボールであるが、わかさスタジアム京都は正午開場であり、私も12時半頃に行って、特設のショップを見て回ったりする。今日は気温が高く、日差しもきつくなるので、日射病および熱中症予防のために帽子があった方が良いのだが、私が持っているのは東京ヤクルトスワローズのレプリカキャップと優勝記念キャップのみ。千葉市出身なので千葉ロッテマリーンズを応援するのだが、3塁側ベンチに一人だけスワローズの帽子をかぶった人がいたら何だと思われる。そこでマリーンズのレプリカキャップを初めて買う。スワローズのレプリカキャップも手掛けているマジェスティック製品であるため、馴れたかぶり心地である。以前のマリーンズの帽子は黒字にMの白抜きというシンプルなものだったが、今はMに赤の縁取りがあり、少し凝ったデザインになっている。

オリックス・バファローズは、先日、ほっともっとフィールド神戸で、バファローズの試合と日本女子プロ野球のダブルヘッダーを行ったが、今日も日本女子プロ野球・京都フローラの選手がキャンペーンで球場に着ていて、オリジナルグッズの宣伝や記念撮影などを行っていた。

大分の唐揚げなどを食べて、両チームの練習を見る。今日は阪急デーということで、オリックス・バファローズの選手は往年の阪急ブレーブスのビジター復刻ユニフォームを着て試合に臨む。

KBS京都のアナウンサーで、スポーツ番組「京スポ」の司会を務める海平和(うみひら・なごみ)アナウンサーが進行役として登場し、試合前のセレモニーが行われる。今日は始球式が3回も行われる。

まずは、阪急ブレーブス黄金期のサブマリンエース、山田久志が登場。スタンドが沸く。山田は左足を上げたまま上半身を屈めるという往年のままの美しいフォームを披露。体を更に下げるのはもう難しいのか、アンダースローではなくサイドスローからの始球式になったが、年齢を感じさせないキレのある球を投げて、客席から歓声が上がった。

続いて、日本女子プロ野球・京都フローラの若手である古谷恵菜(ふるや・めぐな)投手による始球式。飛躍が期待される古谷。勢いのあるボールを投げ込んで、スタンドから拍手が起こる。

最後は、オリックスの選手が守備に着いてから、京都府宇治市出身の女優・タレントの中村静香による始球式がある。中村静香はアラサーの女性タレントとしてはメジャーな方だが、私の周りからは「誰?」という声が複数上がった。考えてみれば中村静香がバラエティー番組に出演している時間にマリーンズファンは千葉の人はチバテレビで、その他の人はCSでマリーンズの試合をテレビ観戦しているわけで、見たことがなかったとしても不思議ではない。
中村はキャッチャーのサインに首を振るというパフォーマンスも行い、山なりではあったがキャッチャーのミットにそのまま飛び込むボールを投げ込んだ。


今日のバファローズの先発は、ゴールデンルーキーの田嶋大樹。佐野日大高校、JR東日本を経て昨年のドラフト1位で入団した左腕。今季ルーキー初勝利を挙げ、ここまで5勝と新人王有力候補である。

マリーンズの先発は、こちらも左腕の土肥星也(どひ・せいや)。2年目であるが一軍では未勝利である。

田嶋と土肥のピッチングスタイルは対照的。田嶋がMAX148キロのストレートで押すのに対して、土肥はMAXで140キロもストレートは大体130キロ台。テイクバックの小さな独特のフォームから繰り出される変化球を中心に組み立てる。

試合は初回にオリックスの吉田正尚(まさたか)がライトへのツーランホームランを放つが、オリックスはその後、土肥からヒットすら奪えなくなる。

4回表、マリーンズは先頭の4番・角中がヒットで出ると、続くドミンゲスがレフト最上段へのツーランアーチを架け、マリーンズが同点に追いつく。

その後は膠着状態となる。

8回裏、千葉ロッテは、土肥、田中、大谷に次ぐ4番手投手としてシェッパーズを送り込むが、ツーアウトを取ったところでシェッパーズが突如制球を乱し、二者連続でフォアボールを与える。続くバッターは吉田正尚。吉田はセンターに抜けるタイムリーを放ち、これが決勝打となった。吉田は今日のバファローズの得点3点を一人で挙げる活躍である。

9回表は増井が締め、3-2でオリックス・バファローズが千葉ロッテマリーンズを下した。なお、7安打をマークしたマリーンズに対してバファローズはわずか3安打で3点を奪っての勝利で、効率が良い。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年9月16日 (日)

コンサートの記(424) 広上淳一指揮 京都市交響楽団 オーケストラ・ディスカバリー2018 「Bravo!オーケストラ」第2回“オーケストラ・スペクタクル”

2018年9月9日 京都コンサートホールにて

午後2時30分から京都コンサートホールで、京都市交響楽団 オーケストラ・ディスカバリー2018 「Bravo!オーケストラ」第2回“オーケストラ・スペクタクル”を聴く。今日の指揮者は京都市交響楽団常任指揮者兼ミュージック・アドヴァイザーの広上淳一。広上は約1週間の間に3回京都市交響楽団の本番をこなすことになる。
ナビゲーターはロザンの二人。

午後1時半頃に京都コンサートホールの前に着いたのだが、楽屋口で京響シニアマネージャーの柴田さんが腕をグルグル回してタクシーを誘導しているのが眼に入る。タクシーからはロザンの二人が降りてきた。


曲目は、ワーグナーの歌劇「ローエングリン」第3幕への前奏曲、J・S・バッハの管弦楽組曲第3番から「アリア」(「G線上のアリア」)、ビゼーの「アルルの女」からメヌエット、グリーグの「ペール・ギュント」組曲第1番から“山の魔王の宮殿にて”、ストラヴィンスキーのバレエ組曲「火の鳥」(1919年版)から“カッチェイ王の魔の踊り”、ガーシュウィンの「ラプソディ・イン・ブルー」(ピアノ独奏:トーマス・エンコ)、チャイコフスキーの交響曲第4番から第4楽章。


今日のコンサートマスターは、客演の寺田史人(てらだ・ふみひと)。泉原隆志は降り番で、フォアシュピーラーに尾﨑平。


ワーグナーの歌劇「ローエングリン」から第3幕への前奏曲。ラストに「結婚行進曲」が加わる版での演奏である。
しなやかな弦楽と煌びやかな金管が印象的な演奏である。

広上は演奏が終わると、早速、ロザンの二人をステージ上に招き入れる。予定だと、もう少し経ってからロザンを呼ぶはずだったようだが、広上は、「一人じゃ寂しかったから」と語っていた。

この曲では金管が活躍するということで、広上は金管楽器の紹介を行う。「実は秘密がある」ということで、金管楽器はマウスピースを使うと語り、まずはマウスピースだけで鳴らして貰う。広上は、「ガッキーちゃん、鳴らしてみて」とホルン首席奏者の垣本昌芳に指示。広上は垣本のことを「京響のガッキーちゃん」と紹介する。続いて、トランペットの稲垣路子がマウスピースを鳴らす。広上は稲垣のことを「稲ちゃん」と呼ぶ。菅ちゃんは、「ガッキーちゃんよりいい音がする」とボケる。
ちなみに広上は、トロンボーン首席の岡本哲を「哲ちゃん」、テューバの武貞茂夫のことは「武ちゃん」と呼んでいるようである。


J・S・バッハの管弦楽組曲第3番から「アリア」。京響はこの曲を追悼曲として良く用いている。
ピリオド・アプローチを意識しており、すっきりとした音像の中に多彩な色合いが息づいている。

弦楽器の紹介。客演コンサートマスターの寺田史人は白髪であるため、菅ちゃんが「色々ご苦労が」と言う。広上が、「菅ちゃん、僕(髪)全部抜けちゃった」とボケたところ菅ちゃんが大笑いしたため、「受けすぎ!」と広上は突っ込む。
菅 「広上さん、今日テンション高いですね。ひょっとしてお酒召し上がってます?」
広上 「いや、飲んでませんが、今週はずっとここにいるもので」

弦楽器は楽器が大きくなればなるほど、弓は反比例して短くなるということも語られる。広上は、コントラバス首席の黒ちゃんこと黒川冬貴に「コントラバスは他の弦楽器と少し違うそうですが」と聞く。黒川は横にいた副首席奏者の石丸美佳に聞きつつ答えるが、最終的にはjuviちゃんこと出原修司が「ヴィオール属といって種族が違う」と答える。コントラバスは他の弦楽器より歴史が長いそうだが、広上の「いつ頃からあるの?」という問いに出原は、「ずっと昔から」と答えて、宇治原に「またずいぶんざっくりとした答えですね」と言われる。
広上は、「弦楽器奏者は、無理にと言われればですが、全ての弦楽器を演奏することが出来ます」と言うが、
宇治原「皆さん、首振ってはります」
菅 「ヴァイオリンの方々、『無理、無理』言ってはりました」

ビゼーの「アルルの女」第2組曲よりメヌエット。ハープとフルートが活躍する曲である。広上が「菅ちゃん、ハープ奏者というとどういうイメージ?」と聞く。菅が「人魚が弾いているような」と答える。
広上 「美人が弾いているイメージ?」
菅 「そうですね」
広上 「では京響の美人を紹介しましょう」
ということで、3人でステージ下手奥にいるハープ奏者の松村衣里のところへと歩いて行く。ステージを擂り鉢状にしているので、階段を上る必要がある。
松村によるとハープの弦は47本あり(日本の都道府県の数と一緒なので覚えやすい数字である)、半音は足で7つのペダルを踏んで出すために結構忙しいそうだ。広上は、「一見、優雅に見えても、あれです白鳥と一緒です」と語る。「白鳥は優雅に見えても水面下では必死で足を動かしている」というのはよく言われることであるが、実はあれは真っ赤な嘘である。白鳥はごく自然に浮いていて、足を動かすのは方向転換する時だけである。そもそも水鳥なので、必死で足を動かさないと浮いていられないというのでは、体の構造に欠陥ありということになってしまう。

フルート首席奏者の上野博昭にも話を聞く。フルートは現在では金属製のものを用いることが多いが、元々は木で作られていたため、木管楽器に分類される。
涼やかで通りの良いフルートの音色と、温かみに満ちたハープの音色の対比が心地よい。


グリーグの「ペール・ギュント」より“山の魔王の宮殿にて”。冒頭でファゴットが活躍するため、木管楽器の紹介が行われる。ファゴットは木管楽器の中で一番高値段が張るということである。菅ちゃんはファゴットについて「格好いいですね」というが、「なんど数ある楽器の中でファゴットをやろうと思われたんでしょうね?」と疑問も投げかける。ファゴット首席の中野ちゃんこと中野陽一郎は、純粋にファゴットが格好いいから始めたようだが、吹奏楽部などでは花形であるフルートやクラリネット、トランペットの選抜に落ちたから他の楽器に回るというのはよくあることである。
フルートを除く木管楽器はリードという芦を削ったものを用いるのだが、全て自分で削ったものを用いる。オーボエ首席の髙山郁子(広上は「郁ちゃん」と呼んでいるようだ)によると、1回のコンサートで用いるだけでリード1つが駄目になってしまうそうだ。ファゴットもオーボエほどではないが、リードを替える必要がある。
菅ちゃんが、客席に「ファゴットやってるぞ、という方」と聞く。3階席下手に座っていた高校生の集団の中の女の子が一人、手を挙げる。
菅ちゃんは、「ただでさえ楽器高いのに、リード代もかかる。止めるなら今のうちですよ」とボケていた。

造形がきちんと決まり、迫力、推進力ともに十分な演奏である。


ストラヴィンスキーの「火の鳥」から“カッチェイ王の魔の踊り”。打楽器奏者達が紹介される。広上は「打楽器奏者は打楽器は何でも出来る。例えばティンパニと大太鼓が入れ代わっても問題ない」と言うが、宇治原は「大太鼓の方、首かしげてますよ」

ストラヴィンスキーらしい鮮烈さを前に出しているが、端正さも同時に兼ね備えた演奏。迫力にも欠けていない。


ガーシュウィンの「ラプソディ・イン・ブルー」。ピアノ独奏のトーマス・エンコは、1988年、パリ生まれのピアニスト。音楽一家の出身で、3歳でヴァイオリンを始め、6歳でクラシックとジャズのピアノも習い始める。同じ時期には作曲も始めており、「ラプソディ・イン・ブルー」の演奏に必要なインプロヴィゼーション(インプロ。即興演奏)も得意としているようである。

演奏前に広上とロザンのトーク。広上はエンコについて「男前でしょ?」と聞き、宇治原は「楽屋で会ったんですけど、イケメンですね」と述べていた。

エンコのピアノはフランス人らしく無駄を減らしたタイトなものである。ピアノの微細な音色の変化も聞きものだ。


ガーシュウィンとチャイコフスキーの間に場面転換があるため、広上とロザンは再び下手の段上に上がってトークを行う。トーマス・エンコも広上に呼ばれて、広上とロザンの間でトークに加わる。
エンコがフランス出身ということで、菅ちゃんは、「I like エビアン」とボケる。
広上に日本の印象を聞かれたエンコは、「I love Japan」と英語で答えた後で、「日本はとても好きです」と流暢な日本語で話して、ロザンの二人を驚かせる。
京都の印象を広上に聞かれたエンコは、「京都はフェイバリットなプレースで、ウォークやサイクリングで観光をエンジョイしている」と答えていた。
菅ちゃんが、「Do you like ロザン?」とボケ、広上は、「He is very famous comedian in Japan」と紹介していた。


チャイコフスキーの交響曲第4番より第4楽章。広上と京響は丁度一週間前に大阪のザ・シンフォニーホールで全曲を演奏しており、チャイコフスキーの狂気をあぶり出すような解釈によるものであったのだが、今日は第4楽章だけということもあって大阪の時とは大分印象が異なる。弦はロシアものに最適なヒンヤリとした透明な音を出しており、管の煌びやかで抜けが良い。美的なフォルムを優先させたような演奏であった。

演奏終了後、菅ちゃんは例によって右手を掲げながら登場。宇治原に、「いや、あなたのおかげじゃない!」と突っ込まれていた。


アンコールとしてルロイ・アンダーソンの「忘れられた夢」が演奏される。イノセントでチャーミングな小品。オーケストラの中のピアノが活躍する曲で、演奏終了後に、ピアノの沼光絵理佳は単独で拍手を受けた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年9月15日 (土)

コンサートの記(423) 吉田裕史指揮ボローニャフィルハーモニー管弦楽団特別演奏会2017@京都コンサートホール

2017年9月8日 京都コンサートホールにて

午後7時から、京都コンサートホールで、Kyoto Opera Festival 2017 ボローニャフィルハーモニー管弦楽団特別演奏会を聴く。指揮はボローニャフィルハーモニー管弦楽団芸術監督およびボローニャ歌劇場首席客演指揮者の吉田浩史(よしだ・ひろふみ)。

ボローニャを州都とするイタリア・エミリア・ロマーニャ州と京都府が交流を深めているそうで、今年7月に山田啓二京都府知事の親書を携えた「響の都オペラの祭典」財団一行ががエミリア・ロマーニャ州を訪問し、エミリア・ロマーニャ州知事やボローニャ工業会会長、ボローニャ大学学長らと会談したという。ということで開演前の挨拶では山田啓二知事もステージに上がり、スピーチを行った。山田知事によるとボローニャ市とエミリア・ロマーニャ州は、映画産業、自動車などの製造業、食産業が盛んで、大学都市でもあるということで京都市や京都府と共通点が多いという。
来年はエミリア・ロマーニャ州の行政・産業・大学関係者らが京都府を訪問する予定だという(後記:予定が1年延びたようである)。
私の出身地である千葉県はアメリカのウィスコンシン州と姉妹県州の関係を結んでいるが、京都府もエミリア・ロマーニャ州と姉妹関係になれれば色々な意味で嬉しい。


指揮者の吉田浩史は、1968年生まれの中堅。東京音楽大学指揮科および同研究科を修了後、ウィーン国立音楽大学マスターコースでディプロマを取得。イタリア・シエナのキジアーナ音楽院マスターコースでも学ぶ。2010年にイタリアのマントヴァ歌劇場の音楽監督に就任。2014年にボローニャフィルハーモニー管弦楽団の芸術監督となっている。ボローニャフィルとの来日では、京都国立博物館野外ステージで歌劇「道化師」を、奈良の平城宮で歌劇「トゥーランドット」を上演している。


曲目はいくつか変更になっており、第1部がヴェルディの歌劇「ナブッコ」序曲、ジョルダーノの歌劇「フェードラ」間奏曲、プッチーニの交響的前奏曲、ヴェルディの歌劇「椿姫」前奏曲、ヴェルディの歌劇「オテロ」よりバレエ音楽。第2部が「椿姫」よりハイライトとなっている。


ドイツ式の現代配置での演奏。コンサートマスターは第1部と第2部で異なる。


クラシック音楽の祖国であり、多くの名指揮者、演奏家、歌手を生んできたイタリアであるが、ことオーケストラとなると「名門オーケストラはあるが一流オーケストラは存在しない」という状態。ローマ聖チェチーリア国立アカデミー管弦楽団やミラノ・スカラ座管弦楽団(スカラ・フィルハーモニー管弦楽団)は紛う事なき名門であるが、世界的な一流団体と認識する人はほとんどいないと思われる。
いい加減な人が多いことで知られるイタリア人が大人数での合奏を得意としないというのは、いかにもありそうな話ではある。

ボローニャフィルハーモニー管弦楽団も第1部では実力不足を露呈。弦には独特の艶があるが厚みや輝きに欠けており、管は粗さが目立つ。
吉田はボローニャフィルに細やかな指示を出すが、少なくとも「上手く応えれた」とは言えないと思う。

第2部の「椿姫」ハイライトには、歌手3人が出演。登場順にソプラノのヌンツィア・デファルコ、バリトンのヴィットリオ・プラート、テノールのマッティオ・ファルチエであるが、ヌンツィア・デファルコは声が余り通らず、オーケストラに埋もれてしまったりする。ホールの響きが影響したのかと思われたが、バリトンのプラート、テノールのファルチエの声量に不足は感じられなかったため、単純に声量が足りなかったのかも知れない。京都コンサートホールはステージ上での音響がかなり良いといわれているため抑えたのかも知れないが真相は不明である。
ボローニャフィルはボローニャ市立歌劇場管弦楽団を母体としているが、手慣れたオペラ伴奏だからか、あるいはコンサートマスターが変わったからか、第1部に比べるとはるかに生き生きとした演奏を展開。チェロを始めとする弦のエッジがキリリと立つ。ピッチカートは精度不足で団子になって聞こえたりしていたけれども。

プログラムに入っていなかった「乾杯の歌」がアンコールで演奏された。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年9月14日 (金)

コンサートの記(422) オムロン・パイプオルガンコンサートシリーズ vol.62「オルガニスト・エトワール」 大木麻理

2018年9月8日 京都コンサートホールにて

午後2時から京都コンサートホールで、オムロン・パイプオルガンコンサートシリーズvol.62「オルガニスト・エトワール」を聴く。出演は、ミューザ川崎コンサートホールのオルガニストである大木麻理。

年2、3回のペースで行われているオムロン・パイプオルガンコンサートシリーズであるが、これまで先約があったりで参加出来ず、ようやくの初参戦となる。チケット料金1000円均一、全席自由ということもあり、人気のオムロン・パイプオルガンシリーズ。今回の奏者である大木麻理は、静岡市出身で、東京藝術大学と同大学院修士課程を修了、第34回日本オルガニスト協会新人演奏会や芸大モーニングコンサートのソリストに選ばれ、尾高忠明指揮芸大フィルハーモニーと協演している。オルガンの他にチェンバロも学んでいるようだ。芸大卒業後後、ドイツのリューベック国立音楽大学とデルモント音楽大学に留学し、国家演奏家資格を満場一致で取得している。第3回ブクステフーデ国際オルガンコンクールで優勝した他、マインツ国際オルガンコンクール第2位、第65回プラハの春国際音楽コンクールオルガン部門3位という入賞歴がある。2016年にミューザ川崎シンフォニーホールの企画オーディションで採用を勝ち取り、今年の4月より同ホールのオルガニストとなっている。
その他に、神戸女学院大学非常勤講師、彩の国さいたま芸術劇場「みんなのオルガン」講師、日本福音ルーテル市ヶ谷教会オルガニストなども務める。


今回は、大木の発案により、和太鼓との共演となる。和太鼓奏者は、大多和正樹。大多和は、1999年に千葉県文化使節団員としてアメリカ公演を行い、2006年と2007年にルーマニアのシビウ国際舞台芸術祭に出演した経験がある他、三宅裕司主宰のS.E.T公演にも参加している。2005年に千葉市芸術文化新人賞を受賞。

大木と大多和は、昨年の東京オペラシティコンサートホールで共演しており、その時に大木が大多和とのコラボレーションを申し出たということである。


曲目は、ブクステフーデの前奏曲ト短調、J・S・バッハの「トッカータとフーガ」ニ短調(大多和との共演)、同じくバッハの「イタリア協奏曲」第1楽章(クロンプ編曲)と無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番よりシャコンヌ(ラントマン編曲)、ボヴェの「東京音頭」による幻想曲(大多和との共演)、松永倫士(まつなが・ともひろ)のモーツァルトの主題によるパラフレーズ、ラヴェルの「ボレロ」(ルードヴィッヒ編曲)。

今日は和太鼓との共演ということで、ステージ上にリモート装置を置いての演奏である。譜めくりやストップとペダルの操作を行うアシスタントは池田伊津美(いけだ・いづみ)が務める。
ステージ上のリモート装置で弾いていると、たまに「本物のパイプオルガンがあるのに、電子オルガンで弾いてるの?」と聞いてくる人がたまにいるそうだが、「ちゃんとパイプオルガンで弾いていますので、安心して下さい」と述べた。


まず、ブクステフーデの前奏曲ト短調。ブクステフーデは北ドイツの作曲家・オルガニストで、J・S・バッハ以前のオルガン音楽最大の巨匠と呼ばれている人物だそうである。1668年にリューベックの聖マリア教会のオルガン奏者に就任しており、若き日のバッハが、ブクステフーデのオルガン演奏を聴くために徒歩でライプツィッヒからリューベックまで徒歩で旅行したという逸話があるそうである。繰り返しの音型が多いがバロック時代によく用いられた「オスティーナ」という技法だそうだ。

演奏終了後、大木麻理はマイク片手に挨拶。台風21号により甚大な被害を受けた京都へのお見舞いなどを述べてから、ブクステフーデの紹介などを行った。


大多和正樹との共演によるバッハの「トッカータとフーガ」ニ短調。冒頭はパウゼの時に大多和が和太鼓やパーカッションを挟むというスタイルで、その後、音が重なっていく。
音圧の高いパイプオルガンと、鋭い打楽器の音を聴いていると、天地開闢の映像が頭に浮かんだが、こうしたこともバッハの偉大さとその音楽の巨大さ故のことなのであろう。

演奏が終わり、大多和が退場してから大木は「なんかコンサート終わっちゃったみたいですけど、こういう時にはバッハの力を借りようと」ということで、イタリア協奏曲の第1楽章と無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番よりシャコンヌが演奏される。イタリア協奏曲はチェンバロのために書かれたもので、シャコンヌはタイトル通りヴァイオリン独奏のための音楽である。
パイプオルガンはストップという引き出しボタンのようなものを調節することで様々な音を出すことが出来る。イタリア協奏曲は軽やかな音色で、シャコンヌは重厚な音使いで演奏された。


ボヴェの「東京音頭」による幻想曲。ボヴェは、即興演奏の名手として知られるスイスのオルガニストだそうである。日本で演奏会を行った際に、日本の旋律を用いた即興演奏として繰り広げられたものだという。和太鼓入りの譜面があるそうで、今回は音符通りに演奏される。大多和は子供の頃からピアノを習っていたそうで、五線紙の楽譜が読めるそうだ。
東京ヤクルトスワローズの応援歌として、「東京ヤクルト」だの「くたばれ讀賣」だのと歌詞をつけて歌われる前奏の部分がかなり長く演奏される。幻想曲には、日本人が考えるようないわゆる「幻想的な」という意味の他に「即興的な」という意味もあるようだが、2つの側面が共に生きた楽曲と演奏だったように思う。
「京都で東京音頭を演奏するのはどうかと思いましたが、元々和太鼓が入っている曲ということで」セレクトしたそうである。


松永倫士は芸大時代の大木の同級生だそうで、モーツァルトの主題によるパラフレーズは、大木自身が松永に作曲を依頼し、2017年にミューザ川崎コンサートホールで初演を行ったものだという。モーツァルトのピアノ・ソナタ第11番より第1楽章とトルコ渾身曲、「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」、歌劇「魔笛」序曲、交響曲第41番「ジュピター」、「レクイエム」より“ラクリモーサ”(モーツァルトの絶筆)などの旋律が鏤められている。現代音楽の作曲家なので響きは鋭さが感じられるが、モーツァルトの愛らしい旋律がそれを中和して聴きやすいものに仕上がっている。


ラストの曲目となる。ラヴェルの「ボレロ」(ルードヴィッヒ編曲)。大多和との共演である。冒頭に大多和の独奏があり、その後に大多和が原曲ではスネアが叩くボレロのリズムを叩いて共演が始まる。
パイプオルガンの音色の多彩さが生きた演奏で、後半の盛り上がりと音の威力もかなりのものである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年9月12日 (水)

春秋座「志の輔らくご」10周年・立川志の輔独演会「大河への道」―伊能忠敬物語―

2018年9月7日 京都芸術劇場春秋座にて

午後6時から、京都芸術劇場春秋座で、春秋座「志の輔らくご」10周年・立川志の輔独演会「大河への道」―伊能忠敬物語―を観る。

前半と後半に分かれての公演で、前半が「バールのようなもの」、後半が「大河への道」―伊能忠敬物語―の上演である。

まず松永鉄九郎による三味線弾き語りの「三番叟」があり、続いて志の輔が登場する。

実は志の輔は明治大学の先輩なのである。彼は経営学部を卒業しているが、以前、クイズ番組の回答者としてテレビ出演した時に明治大学のサークルがゲストとして出演したことがあった。そこで志の輔が先輩として一言も求められたのだが、「明治大学は卒業論文がなくて楽ですので」と発言、こちらはテレビ向かって、「違う違う! それは経営学部だけ! 他全部ある!」と突っ込むことになった。志の輔は名門として知られる明大落研出身で、トップの高座名である紫紺亭志い朝(しこんていしいちょう)の5代目である。4代目紫紺亭志い朝が三宅裕司、6代目が渡辺正行という黄金期の在籍者なのだが、全員が経営学部出身であるため勘違いしたのだと思われる。三宅裕司も渡辺正行も演劇サークルを兼ねていたということもあり、志の輔も自然と影響を受けて演劇を志し、卒業後は劇団の研修生になる。その後、一時は広告会社のサラリーマンとなるが、30歳を目前に控えた時にラストチャンスとの思いから立川談志に弟子入りしている。
富山県出身であるが、富山県は舞台人の出所であり、現役に限っても、西村まさ彦、室井滋、柴田理恵(明治大学文学部文学科演劇学専攻卒)らが輩出している。

枕として春秋座での10周年を迎えたことを語り、春秋座が2001年オープンで17年目、春秋座が入る京都造形芸術大学も前身である京都芸術短期大学から数えて40年が経過したという話をするのだが、ベトナムでのホーチミン市での公演も毎年行っていて今年で同じく10周年を迎えたことを語り、春秋座での公演では10周年記念として造形大の学生に記念グッズを作って貰ったが、ホーチミンでは「富山出身ですよね?」ということで、全国的に有名な富山民謡「こきりこ節」の歌と踊り富山の人達を呼んでやって貰うということになった。ホーチミン公演には駐在大使の方も夫妻で駆けつけてくれたのだが、「いやあ、私は落語を観るのは今回が初めてで」と言われたそうで、「初めて? その年で? 日本にいるとき何やってたの? 駐在大使は日本文化を広める役でしょ?」と内心思ったそうである。演目が終わった後、客席背後のドアから富山出身の謡い手踊り手が現れ、客席通路を通って舞台の上までやって来る。志の輔はそれを見て泣くほど感動したのだがそれは、「私、18まで富山に住んでいたんですが、こきりこ節見るのはその時が初めて」だったからということで、「落語を観るのは今日が初めてという方がいらっしゃっても、いっこうに問題ない」

登場人物二人の小咄で知ったかぶりをするものがあるというので、「夏はなんで暑いんだい?」「そりゃあ、冬の間、ずっとストーブを焚いてて、その熱が空に上がって、落ちてくるに連れて暑くなるんだろうよ」「じゃあ、なんで冬は寒いんだい?」「夏の間、ストーブを焚かなかったからだろうよ」などと言ってから、「バールのようなもの」に入る。品川区の宝石店でシャッターがバールのようなものでこじ開けられたというニュースを聞いた大工のはっつぁんが、ご隠居に、「ニュースの意味がわからない」といって内容を教えてくれるように言う。大工なのでバールはわかるのだが、「バールのようなもの」というのが何なのかわからないという。ご隠居は誰も見ていなかったから「ようなもの」としかいえないのだと言うが、「女のようなって女かい? 女のようなってのは男のことだろう」、「ダニのようなってダニかい?」、「ハワイのようなってハワイかい? 違うだろ、宮崎のようなところで言うんだろう」「夢のようなっていったら夢かい?」ということで、「バールのようなものはバールじゃない」という結論に達する。
ところではっつぁんは、昨夜、熊さんのところに行くと言ってバーに行き、そこでママの姪っ子でお手伝いに来ていたというナツミちゃんという女性に一目惚れ。上品で大人しくてそれでいて華があってというナツミちゃんとカラオケでデュエットをしていたのだが、そこに熊さんに連れられて旦那を探しに来た山の神にコテンパンにやられてしまったのだという。
ご隠居の話を聞いたはっつぁんは、奥さんに「あれは妾じゃない。妾のようなものだ」と、言い訳して却って火に油を注ぐ結果になるという展開である。

メインの「大河への道」―伊能忠敬物語―。上演時間約1時間半という長編創作落語である。講釈台を用いての上演。
千葉県を代表する歴史上の偉人の一人である伊能忠敬。今の山武郡九十九里町小関の名主の家に生まれている。志の輔は知っているのかどうかはわからないが、忠敬の父親は富山を拠点としていた豪族・神保氏の流れとされる。明治大学駿河台キャンパスのすぐそばにある神田神保町も神保氏の屋敷があったためにその名がある。その後、佐原(現在の香取市佐原)の豪商・伊能氏の婿養子となり、数字に抜群に強かったことから商才を発揮。名主となってからは正式に苗字を名乗ることを許可され、帯刀も許された。
50歳で隠居の後、忠敬は江戸に出て、幕府天文方の高橋至時に師事。至時は忠敬より19歳年下だったそうだが、志の輔も談志より19歳下、ということで、突然、「おう、弟子にしてくんな!」とあの濁声で言われるようなものだそうで、「自分なら断る」そうだが、忠敬は至時に「地球一周の長さを測りたい」と申し出たそうで、そのために自宅のある深川と学んでいる暦局の間を一定の歩幅で歩く訓練も繰り返す。志の輔はこの時に講釈台の上を指で歩く真似を行った。
学問と修業を重ね、55歳の時に、蝦夷地の観測に出発。子午線1度の距離を割り出し、蝦夷地南部の地図を完成させる。地図の出来に感嘆した幕府のお墨付きを得て、「御用」の文字を掲げることを許され、日本全国六十余州の観測に乗り出すことになる。その後、17年を費やして、測量を終え(北海道北部の観測は間宮林蔵に託された)、その後、病を得て程なく他界。「大日本沿海輿地全図」は本格的な作図作業に入っておらず、その姿を見ることはなかった。1818年、今から丁度200年前である。

志の輔は今から十数年前に、現在は市町村合併で香取市となっている街で公演を行っている。公演終了後、知り合いのコピーライターの運転で東京に帰ることになったのだが、「近くに小江戸として知られる佐原という街があるので寄っていかない?」と誘われ、佐原に行き、伊能忠敬記念館に入ったのだが、そこで、人工衛星がとらえた日本の映像と、忠敬の観測に基づく大日本沿海輿地全図がピタリと重なることに感動し、4年ほど費やして「大河への道」―伊能忠敬物語―を作り上げたそうだ。

大日本沿海輿地全図が完成したのは西暦1821年のこと。ここで話は、完成200周年に当たる2021年に、大河ドラマ「伊能忠敬」の放送を目指す千葉県の職員と、作家として指名した若手の加藤という男を主人公にしたものへと移る。大河ドラマは全50話。しかし、伊能忠敬の功績の大半は測量の場面であり、ドラマとしては著しく起伏に欠けたものとなってしまう。そこで測量者にジャニーズやAKBのメンバーを加えようだとか、毎回変わる風景を撮ろうだとか(「世界の車窓から」のようだとしてボツ)、その土地のグルメを紹介しようだとか(「食いしん坊万歳」と大して変わらないということでボツ)色々と手を加えようとするが、上手くいかず、遂には、大日本沿海輿地全図が完成するまで忠敬の死は極秘事項として伏されたことから、幕府天文方・高橋景保ら関係者による群像劇となるが、その場合は大河ドラマ「高橋景保」になってしまうそうで、最終的には大河ドラマ「伊能忠敬」の企画立案は断念となる。「伊能忠敬の人生はドラマに収まるほど小さなものではない」というのが決めのセリフとなった。

特別にエンドロールが流れる。2010年の初演時に作られたものだそうで、海岸沿いの断崖絶壁のそばを中空から撮影された映像が映されるが、当時はまだドローンというものは存在せず、飛行撮影家の矢野健夫がパラグライダーを使った撮影したものを使用しているそうである。ギターは高中正義のものをセレクトしたそうだ。

最後は三本締めで終えようとした志の輔であるが、座席番号によるプレゼント抽選会がある。10周年記念グッズの中から手ぬぐいが10名に送られるのだが、私も当たる。多分、明大の縁だろう。

語りは老練の領域であり、もう話に身を任せるだけで十分である。



| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年9月10日 (月)

コンサートの記(421) 京響スーパーコンサート「ミッシャ・マイスキー×京都市交響楽団」

2018年9月5日 京都コンサートホールにて

午後7時から、京都コンサートホールで京響スーパーコンサート「ミッシャ・マイスキー×京都市交響楽団」を聴く。指揮は京都市交響楽団常任指揮者兼ミュージック・アドヴァイザーの広上淳一。

世界最高峰のチェリストの一人であるミッシャ・マイスキーと京都市交響楽団の共演である。マイスキーと京都市交響楽団は下野竜也の指揮によりベートーヴェンの三重協奏曲で共演しているが、それ以来3年ぶりの顔合わせである。

曲目は、いずれもドヴォルザークの作品で、交響曲第8番とチェロ協奏曲ロ短調。

コンサートマスターに泉原隆志、フォアシュピーラーに尾﨑平。フルートが活躍する交響曲第8番では上野博昭が首席に入り、後半のチェロ協奏曲では中川佳子がトップの位置に入る。クラリネット首席の小谷口直子は全編に出演し、オーボエ首席の髙山郁子は後半のみの出演である。チェロ協奏曲の方が編成が小さいので、前半のみの出演者は結構いる。

広上は前半は長めの指揮棒を使って指揮。後半はノンタクトで振る。


まずは交響曲第8番。この曲は高校生の時にジョージ・セル指揮クリーヴランド管弦楽団によるEMI盤で何度も聴いた思い出がある。「イギリス」というニックネームを持つが、ドヴォルザークがそれまでに多くの自作の出版を委ねていたドイツのジムロック社の条件に納得せず、イギリスの出版社から譜面が出版されたという経緯によるもので(無料パンフレットを書いた竹内直は別の説を唱えている)、内容的にはイギリス的要素はほぼない。ということで「イギリス」という名称は最近では用いられないことが多い。

広上と京響による演奏は情報量が豊かである。音色に様々な風景、動物や鳥の声などが宿っており、想像が無限に拡がっていく。磨き抜かれた音とバランスも絶妙で、格好いいフォルム、叙情味、迫力、祝祭感の表出など、いずれもこのコンビのベストに近い出来である。渋みと華やかさを兼ね備えた演奏は日本では他に余り聴くことが出来ないはずである。
なお、京都コンサートホールは残響が長いため、広上はゼネラルパウゼをたっぷりと取っていた。


後半のチェロ協奏曲。
ソリストのミッシャ・マイスキーは先に書いたとおり世界最高峰のチェリストの一人であることは間違いないが、個性派であるため、好悪を分かつタイプでもある。旧ソ連時代のラトヴィアの生まれ。レニングラード音楽院附属音楽学校でチェロを学びチェリストとして活動を始めるが、ユダヤ系であり、実姉がイスラエルに亡命したために強制収容所送りとなる。その後、兵役にも送られそうになるが、佯狂によって回避。この事実がいらぬ先入観を抱かせることにもなっている。その後、アメリカを経てイスラエルに渡り、カサド音楽コンクールで優勝。西側での名声を得ている。
マイスキーは出だしでいきなりタメを作るが、その後の旋律の歌わせ方に関してはオーソドックス。ただ強弱はかなり細かくつけている。音色は深く、温かな輝きがある。
広上指揮の京響もマイスキー共々ノスタルジックな表出に長け、スケールも豊かである。


アンコール演奏は、チャイコフスキーの「アンダンテ・カンタービレ」。チェロ独奏と弦楽オーケストラのための編曲であるが、編曲者が誰かはわからない。マイスキーのチェロが常に主旋律を歌い、弦楽オーケストラがそれを彩るという趣である。ロシア民謡を主題としており、初演を聴いたトルストイが余りの美しさに涙したと伝わる「アンダンテ・カンタービレ」。涙こそ出なかったがトルストイの気持ちがよくわかるような演奏であった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年9月 9日 (日)

北海道日本ハムファイターズ合唱版「大空と大地の中で」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年9月 8日 (土)

玉置浩二路上ライブ 「田園」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

北海道大学寮歌「都ぞ弥生」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年9月 7日 (金)

コンサートの記(420) 広上淳一指揮京都市交響楽団大阪特別公演2018

2018年9月2日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後2時から、大阪・福島のザ・シンフォニーホールで、広上淳一指揮京都市交響楽団の大阪特別公演を聴く。

オール・ロシア・プログラムで、プロコフィエフの組曲「3つのオレンジへの恋」から行進曲&スケルツォ、チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲(ヴァイオリン独奏:小林美樹)、チャイコフスキーの交響曲第4番が演奏される。

今日のコンサートマスターは泉原隆志、フォアシュピーラーに尾﨑平。第2ヴァイオリン首席には客演の有川誠が入る。チェロ首席にも客演のルドヴィート・カンタが入った。


プロコフィエフの組曲「3つのオレンジへの恋」より行進曲&スケルツォ。
京響は燦々と輝くような音色を発し、広上のキビキビとしたリードが生きる。鋼のように強靱なフォルムとメカニックがプロコフィエフの面白さを際立たせる。


チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲ニ長調。
ソリストの小林美樹(みき)は、1990年生まれの若手ヴァイオリニスト。アメリカのサンアントニオに生まれ、4歳の時にヴァイオリンを習い始める。2006年にレオポルド・モーツァルト国際ヴァイオリンコンクールで審査員特別賞を受賞。2011年にはポーランドのヴィエニャフスキ国際ヴァイオリンコンクールで2位になっている。桐朋女子高校音楽科を経て桐朋学園大学ソロディプロマコースを卒業。その後、ロームミュージックファンデーションの全額奨学金により、ウィーン私立音楽大学でも学んでいる。

ピンク色のドレスを着て登場した小林は長身の女性である。小柄な広上は、彼女の肩の部分までの身長しかない。

小林のヴァイオリンはスケールが大きく、技術力も確かである。少し単調なヴァイオリンなのが気になるところだ。時折、海老反りになってヴァイオリンを弾く小林。見せ方を知っているという印象を受ける。
広上指揮の京響も堂々としたシンフォニックな伴奏を聴かせる。

小林のアンコール演奏は、バッハの無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第3番よりジーク。華麗な演奏だったが、案外、記憶に残りにくい類いのものだったようだ。


チャイコフスキーの交響曲第4番。第1楽章では、チャイコフスキーの嘆きにさほどのめり込まず、俯瞰的なアプローチを展開する。客観視された悲劇性が音によって描かれることで却って深刻さが増す。
第2楽章でも第3楽章でも音色は明るめだが、その背後に陰鬱な表情があることを示唆させる演奏である。ちなみに広上は第3楽章をノンタクトで振り、応援団長がやる「フレーフレー」のような仕草をしていた。
第4楽章も音の見通しが良く、グロテスクなサーカスのような音楽が舞台上で繰り広げられる。あたかもロシア版の幻想交響曲のような描き方である。ラストで広上はギアを上げ、悪魔の高笑いのような音像を築く。文字通りデモーニッシュな解釈である。

演奏終了後、広上は、「一つだけ。皆様のご健康とご多幸を祈っております」と言って、モーツァルトのディヴェルティメントニ長調 K.136から第2楽章の演奏を行う。
広上と京響が共に十八番としているモーツァルト、の割には演奏会にプログラムに乗る機会は決して多くないが、透明で雅やかでチャーミングな理想的な出来となった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年9月 6日 (木)

中島みゆき 「時代」より

| | コメント (0) | トラックバック (0)

«コンサートの記(419) エルネスト・マルティネス・イスキエルド指揮 京都市交響楽団第519回定期演奏会