2017年4月28日 (金)

祇園甲部歌舞練場「祇園・花の宴」

2017年4月11日 祇園甲部歌舞練場玄関棟・別館&八坂倶楽部にて

祇園甲部歌舞練場へ。

祇園甲部歌舞練場本館(劇場棟)は現在、耐震対策工事中だが、玄関棟と別館、南にある八坂倶楽部では特別公開「祇園・花の宴」が行われており、玄関棟で行われてる土産物展やNHKによる都をどりの映像上映には出入り自由。また今年は京都芸術劇場春秋座で行われている都をどりの本番を観た人は、春秋座で配られたチラシ(無料券)を見せれば八坂倶楽部や別館にもただで中に入ることが出来る。

八坂倶楽部内では、八坂女紅場に通う舞妓の卵達の手による書や短歌などが見られる他、茶室が設けられており、庭園にも降りることが出来る。

日に数度、別館座敷のミニステージで芸舞妓による舞の披露と、ツーショットが撮れる撮影会が行われている(撮影会に参加するには500円を払う必要がある。私は撮影会には参加しなかった)。
午後4時からの公演を観る。舞の時も写真撮影はOKである。
祇園甲部の芸舞妓は都をどりに総出演しているが、都をどりはローテーション制であり、降り番の人が祇園甲部歌舞練場の座敷で舞を披露する。

今日の出演は、芸妓が紗月、舞妓が紫乃。紗月が「君に扇」を紫乃が「花笠」を舞い、最後は二人で「祇園小唄」を披露する。
舞妓さんの踊りは可愛いが、芸妓さんの舞は凄い。芸妓・紗月の舞は動きにも表情にも無駄が全くなく(常に魅力的な顔つきと仕草なのである)、流石としか言いようがない。

2階建ての建物である八坂倶楽部の2階からは、庭園で咲き誇る桜の木数本が眺められて、実に気分が良い。

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2017年4月27日 (木)

「都をどり in 春秋座」2017年4月3日

2017年4月3日 京都芸術劇場春秋座にて

午後4時30分から、京都芸術劇場春秋座で、「都をどり in 春秋座」を観る。
祇園甲部の都をどりは、その名の通り祇園甲部歌舞練場で毎年行われているのだが、今年は祇園甲部歌舞練場が耐震対策工事で使えないため、井上八千代が教授を務める京都造形芸術大学内にある、京都芸術劇場春秋座で行われることになった。
1日3回公演で、午後4時30分開演の回が、その日の最終公演になる。

これまで、先斗町の鴨川をどり、祇園東の祇園をどり、宮川町の京おどりは観ているが、一番の老舗である都をどりは観ていなかった。何故といっても大した理由があるわけではなく、たまたま観る機会がなかったのである。
ただ、場所を変えての都をどりは今後いつまたあるかわからないし、春秋座には歩いて行けるということで、観に行くことにした。

毎年テーマを決めて行われる都をどりであるが、今年は春秋座が洛北にあるということで、「洛北名所逍遙(そぞろあるき)」という題で、「置歌」(今年はこれから演じられる洛北の光景が歌われる)、「貴船川床納涼」、「鞍馬山牛若丸兵(いくさ)修行」、一乗寺にある「圓光寺錦紅葉」、大原の「寂光院懐旧雪」といった演目が上演される。最後は洛北ではなく、「甲部歌舞練場盛桜」である。
今日は2階席の下手側バルコニー席。ということで、残念ながら花道が見えない。ただ、踊り手が花道にいる時間は比較的短いため、贅沢を言わなければ楽しめる席である。
2階下手側バルコニー席には白人の観客が多く陣取っている。

「置歌」、「貴船川床納涼」と純粋な踊りが続くが(「貴船川床納涼」では蛍が舞うという演出がある)、「鞍馬山義経兵修行」には筋書きがある。鞍馬山で修行している牛若丸(里美)を母である常盤御前(孝鶴)が訪ね、「父親の義朝の敵を必ず討つように」と告げる。常盤御前が去ると、鞍馬の天狗がやって来て、牛若丸に勝負を挑む。牛若丸の腕に感心した天狗達は牛若丸に秘伝の兵法を授けるというものである。

「圓光寺錦紅葉」の舞台となる圓光寺は、春秋座から徒歩15分ほどのところにある臨済宗の名刹。開山は徳川家康であり、家康公の名前は謡に登場する。

「寂光院懐旧雪」は、建礼門院徳子が主人公。大原寂光院に閑居している建礼門院徳子(まめ鶴)が、高倉天皇(そ乃美)と過ごした日々(懐旧の平徳子を舞うのは豆千鶴)を懐かしむというものである。

ラストの「甲部歌舞練場盛桜」は、人海戦術で華やかに決めた。

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観劇感想精選(209) 「それいゆ」(再演)

2017年4月19日 新神戸オリエンタル劇場にて観劇

午後7時から、新神戸オリエンタル劇場で、画家・ファッションデザイナー・イラストレーター・人形作家の中原淳一(1913-1983)の青春を描く舞台「それいゆ」を観る。脚本:古家和尚(ふるや・かずなお)、演出:木村淳(関西テレビ)。出演:中山優馬(座長)、桜井日奈子、佐戸井けん太、愛原実花、施鐘泰、辰巳雄大(ふぉ~ゆ~)、金井勇太ほか。
昨年5月に初演された「それいゆ」。約1年ぶりの再演となる。観る予定はなかったのだが、今日4月19日が中原淳一の命日だということを「ピーコ&兵動のピーチケパーチケ」で中山優馬本人の口から聞いて観ることに決めた。
昨年の「それいゆ」で女優デビューした「岡山の奇跡」こと桜井日奈子が今回も出演する。
中原淳一夫人は元宝塚女優であったが、今回の公演には宝塚出身の愛原実花が参加する。
まず中原淳一の書いた詩の冒頭を中原を演じる中山優馬が読み上げ、詩の続きを主要キャスト達がリレーしていくというスタイルから入る。

戦中の東京。クラシック歌手志望の天沢(施鐘泰)が宝塚女優志望の舞子(桜井日奈子)に連れられて中原淳一(中山優馬)のアトリエを訪れるところから物語は始まる。戦中ということで英語は敵性言語として排除され、新たに作られた日本語に置き換えられていたのだが、中原のアトリエでは英語やフランス語が普通に使われており、中原の助手である桜木(辰巳雄大)も英語をそのまま使っている。天沢も桜木もカーキ色の国民服を着ているのだが、中原は服の上下も白で統一された洒脱なスタイルだ。
雑誌「少女の友」の専属イラストレーターとして活躍している中原は芸術への造詣が深く(中原本人は自身が芸術家だという意識はなく、職人だと思っている)、天沢の歌を聴いて、「君の歌はクラシックではなくポピュラーに向いている」と断言する。後年、天沢はポピュラー歌手として大成するため、中原の耳は確かだった。
舞子と中原は、河原で舞子が歌の練習をしている時にたまたま出会ったのだが、中原は舞子に「顔を上げ、自信を持って歌うよう」指導したことで知己を得た。舞子は元々「少女の友」の読者であり、中原のファンであった。
中原は舞子が今日はもんぺを履いていることを気にするが、戦時統制が厳しくなり、もんぺが強要されるようになっていたのである。少女達に夢を与えるためにお洒落な少女像を描き続けてきたのだが、「少女の友」編集長の山崎(佐戸井けん太)は、中原に「)もんぺ姿の少女を描いて欲しい」と注文する。しかし理想主義者である中原はこれを拒否。「そんな戦争なら負けてもいい」と発言し、「少女の友」専属イラストレーターから降りることを決める。
女優を夢見る舞子だったが、父親が借金を抱えており、詐欺師の五味(金井勇太)に弱みを握られていた。五味が借金の肩代わりを行っており、その見返りとして舞子は強制的に五味と結婚させられることが決まっていた。

中原は、「究極の造形美」を追求し、人形創作に打ち込んでいた。中原は「美に絶対はない」としながらも「それ故に美は誤魔化される」と断言する。誰かの決めた美に流されないよう天沢に警告する。

戦争が終わり、大量消費・大量生産の時代になる。中原は自らが演出と美術を手掛けたミュージカル(日本初のミュージカルである)を上演するが評判は芳しくない。
五味は「本物よりもそれらしい偽物の方を喜ばれる人がいる」と事前から話していた。中原のミュージカルの感想を記者達に求められた山崎もまた大量消費の時流にあっては中原の時代は終わったと言う。ただ、山崎は中原の一緒に仕事をしていた頃から中原に嫉妬を抱いていた。

舞子が新宿でステージに立っているという噂を聞いた中原と天沢は新宿に出向くのであるが、そこは五味が経営する劇場であり……。


中原は「美」を追求する理由を「世界を変えることが出来るから」と語る。そして「美」とは置物的なものではなく、「人生」であり、「生きるということなのだ」と明かしていく。美に絶対はないように人生にも絶対はないが、個々の人生を追い求めることは出来る。誰かに教えられた人生ではなく、自分自身で選んだ人生を生きることの尊さをこの劇は観る者に訴えかけてくる。

セットには鏡が多用されているが、蜷川幸雄的な意味での用い方ではなく、キャスト達を多方面から映すことで「美」の多様なあり方と、鏡に映った像を観客がどう見るかによって決められる独自の「美的」視点の獲得が促されているように思われる。


理想主義者である中原とは対照的なその日暮らしの五味を演じる金井勇太が実に良い芝居をする。ある意味、金井勇太が影の主役でもある。金井勇太が五味でなく中原を演じることは可能だが、中山優馬が五味を演じることは無理であろう。中山の演技スタイルがそれだけ中原に合っているということでもあるのだが。
金井の実力を改めて知ることになる舞台であった。

「岡山の奇跡」と呼ばれる桜井日奈子。正直「奇跡」というのは褒めすぎのように思われたのだが(橋本環奈が「1000年に一人の逸材」と呼ばれていた頃に桜井も登場している)、女優としての資質にはかなり高いものが感じられ、将来が楽しみな存在である。

演技スタイルは基本的に新劇のものが用いられていたが、夢の遊眠社出身の佐戸井けん太が新劇のスタイルで演技すると実に巧み。セリフよりも仕草で語らせる細やかな演技が見事であった。


中原淳一の命日ということで、抽選で6名の方にひまわりの花がプレゼントされる。なんでも、6というのは美を象徴する数字だそうだ。更に来場者全員にひまわりの種がプレゼントされた。

「それいゆ」(再演)

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2017年4月25日 (火)

コンサートの記(295) 「畑中明香 マリンバ&打楽器リサイタル」@ロームシアター京都ノースホール

2017年3月28日 左京区岡崎のロームシアター京都ノースホールにて

午後7時から、ロームシアター京都ノースホールで、「畑中明香(あすか)マリンバ&打楽器リサイタル」を聴く。畑中明香自身が主催した公演であるが、同志社女子大学音楽学会〈頌啓会〉が助成しており、ヤマハミュージックの協賛。相愛大学、滋賀県立石山高等学校音楽科〈湖声会〉、関西打楽器協会が後援を行っている。

畑中明香は、埼玉県川口市生まれ、滋賀県大津市育ちのマリンバ&打楽器奏者。明日香ではなく明香と書いて「あすか」と読む。大津市立瀬田中学校吹奏楽部所属中に打楽器を始め、滋賀県立石山高校音楽科(京都市立堀川音楽高校などと共に関西では一大派閥を形成してる)を卒業。同志社女子大学学芸学部音楽科卒業および専修生修了。2000年に関西打楽器協会代表として日本打楽器協会新人演奏会に出演し、最優秀賞を受賞。朝日現代音楽コンクール〈競演Ⅳ〉第2位入賞。渡独してカールスルーエ音楽大学を最優秀にて卒業し、フランクフルト・アム・マインのアンサンブル・モデルンのアカデミー研修生となる。2006年にはダルムシュタット国際現代音楽祭にてクラーニヒシュタイナー音楽賞を受賞している。現在、相愛大学音楽学部非常勤講師。

全曲、現代音楽という。意欲溢れるプログラム(もっとも、マリンバ自体が比較的新しい楽器であるため、オリジナル曲を演奏しようとすれば自然に現代音楽ばかりになる。ただ、経歴から現代ものを得意としていることもうかがわれる。

曲目は、ペーター・クラッツォ(1945- )の「大地と火の踊り」(1987)、ジョン・ケージ(1912-1992)の「ONE4」(1990)、石井眞木(1936-2003)の「サーティーン・ドラムス」(1985)、小出稚子(こいで・のりこ。1982- )の「花街ギミック」(2010)、細川俊夫(1955- )の「さくら」(2008)、八村義夫(はちむら・よしお。1938-1985)の「星辰譜(せいいしんふ)」(ヴァイオリン、ヴィヴラフォン、チューブラベル、ピアノのための。1969)。
ジョン・ケージ、石井眞木、細川俊夫など、現代音楽好きにはたまらない名前も入っている。

ブラックボックス状のノースホール。四方にテラス部分があり、前半はテラスが赤に、後半はピンクにライティングされる。今日は基本的にステージは用いず(「花街ギミック」では小さなものが用意された)、客席も平台を用いず、素舞台での上演である。畑中明香の知り合いの人も多いようだ。


まずは、クラッツォの「大地と火の踊り」。マリンバ独奏である。アフリカを起源とするマリンバであるが、クラッツォは南アフリカ出身である。19歳の時に渡英し、王立音楽院で作曲を学ぶ。その後、パリで名教師として知られるナディア・ブーランジェに師事。その後、南アフリカに戻り、現在はケープタウンにある南アフリカ音楽大学の学長と作曲科教授を務めているという。
畑中は、左右2本ずつ、計4本のマレットを持って演奏。現代音楽の難点は高度なことをやっているはずなのに、「出鱈目にやってもこんな風になるんじゃないか」と思えてしまうことである。勿論、ある程度音楽を聴き慣れていれば一定の法則に従って音が進行していることはわかる。
畑中の技術はかなり高度なものであることがうかがわれる。

ジョン・ケージの「ONE4」。ホワイエに譜面が置いてあったが、オタマジャクシは用いられておらず、指示だけが書かれたものであった。演奏前に畑中がスピーチを行い、演奏時間は6分55秒と決められており、その中で14の音と出すことが決められているということを紹介する。「偶然の音楽」を提唱したジョン・ケージらしく、かなりの部分を演奏家に任せた作品である。楽器は10しか使ってはならないそうだ。
「風の音や波の音を表したい」と演奏前に語った畑中。ほぼ全て特殊技法による演奏である。シンバルを刷毛で撫でたり、ヴァイオリンの弓で擦ったり、大太鼓をスネアドラムのスティックでローリングしたりする。ローリングしている間はそれで1音と数えて良いようである。スティックの片方をもう片方で叩き、それで大太鼓に打ち付けたり、鈴(りん)を弓で擦ったりと、ユニークな音響が展開される。

日本の現代音楽を代表する作曲家の一人である石井眞木の「サーティーン・ドラムス」。その名の通り、13のドラムスを叩く音楽である。結構、ノリノリの音楽であり、演奏であった。


休憩を挟んで、小出稚子の「花街ギミック」。小出稚子は、東京音楽大学を卒業、同大学院修了。オランダに渡り、デンハーグ王立音楽院とアムステルダム音楽院を修了。ユニークなのは、その後、インドネシア国立芸術大学スラカルタ校でジャワ・ガムランの演奏と理論を学んでいることである。「ケサランパサラン」で芥川作曲賞を受賞。その後、第76回日本音楽コンクール作曲部門で2位を獲得し、聴衆賞も得る。第18回出光音楽賞やアリオン賞も受賞している。
「花街ギミック」は、架空の花街でのお座敷遊びをイメージした作品である。
溶暗すると、会場下手後方からハーモニカの音が聞こえ、歩くたびに「ペタペタ」と音のするシューズを履いた畑中が下手から上手へ歩み、その後前に回って、小型のステージに上がって演奏を行う。打楽器の他に先に書いたハーモニカも使用。足で打つ形の木魚も二つ利用している(舞妓さんのぽっくりをイメージしたもの)。
森見登美彦の小説で、舞台化もされ、星野源らが声優を務めたアニメ映画の公開も迫っている『夜は短し歩けよ乙女』もイメージに取り入れた作品だそうで愛らしさと幻想味を兼ね備えているのが特徴。アサランというカスタネットとシェイカーを一緒にしたアフリカのおもちゃが演奏に取り入れられているのも音のみならず視覚的にも面白い。

武満徹や黛敏郎亡き後、吉松隆や西村朗などと並んで最も有名な日本人作曲家の一人となった細川俊夫の「さくら」。ペンタトニックを使ったマリンバによる作品で、そこはかとない日本情緒が漂い、「傑作」と断言しても間違いない作品であった。

八村義夫の「星辰譜」(ヴァイオリン、ヴィヴラフォン、チューブラベル、ピアノのための)。この作品では、畑中はチューブラベル(チューブラーベルズ。チャイム)を演奏、長岡京室内アンサンブルのメンバーとしてお馴染みの石上真由子(いしがみ・まゆこ。ヴァイオリン)、八村義夫の高校と大学の後輩で、八村に実の弟のように可愛がられたという山口恭範(やまぐち・やすのり。ヴィヴラフォン)、作曲家でもある稲垣聡(ピアノ)が参加する。
八村義夫は東京に生まれ、東京藝術大学を卒業し、同大学院を修了。62年のローマ国際作曲コンクールに「一息ごとに一時間」で入賞を果たし、文化庁海外研修員としてパリやニューヨークに滞在。80年にISCM世界音楽祭でピアノとオーケストラのための「錯乱の論理」で入賞を果たすなどしたが、1985年に47歳で早世した。寡作であり、残された作品は20に満たないという。

場転の間に山口恭範が八村の思い出を語り、「星辰譜」では、毎回チューブラーベルズ」を演奏していたのだが、今回は初めてヴィヴラフォンに回ることになったと述べる。
畑中によると、「チャイム(チューブラーベルズ)は大きな音で長時間練習出来ない楽器」だそうだ。音が大きくて高いため、そんなことをすると耳がやられてしまい、しばらく何も聞こえない状態になってしまうそうである。なので、詰め込んで練習することが不可能で、じっくり時間を掛けて練習する必要があり、「大変だった」そうである。またそうした特性のためか、「チューブラーベルズをソロにした曲は世界広しといえどこの曲だけ」(山口談)だそうである。
現代音楽好きにとってはかなり面白いと思える曲である。響きがまず現代音楽の王道的美しさを持っている。チューブラーベルズやヴィヴラフォンのグリッサンド奏法もかなり効果的だ。
チューブラーベルズ、ヴァイオリン、ヴィヴラフォンの三重奏の時は、ピアノの稲垣聡が指揮者というほどではないが4拍子の音型を刻んでリードを行っていた。
ロームシアター京都ノースホールは音楽専用ではないため、音響設計は行われていないと思われるが、このサイズの音楽を行うのには適した会場だということが確認出来た。

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2017年4月23日 (日)

美術回廊(10) ビアトリクス・ポター生誕150年「ピーターラビット展」大阪

2017年3月24日 グランフロント大阪北館ナレッジキャピタル地下1階イベントラボにて

グランフロント大阪北館ナレッジキャピタル地下1階にあるイベントラボで、ビアトリクス・ポター生誕150年「ピーターラビット展」を観る。
「ピーターラビット」でお馴染みのビアトリクス・ポター、というより私はピーターラビットしか知らなかったりするのだが、実はピーターラビットが脇役に回った絵本なども書いている。
裕福な家に生まれたビアトリクス・ポター。当時は、お金持ちの家の子は庶民のいる学校には通わず、家庭教師から全てを教わることになっており、ポターもまたそうして育った。それゆえ、友達に囲まれて育つという経験がなく、兎などのペットを飼って可愛がる時間が長かった。このことがポターがピーターラビットを生み出す契機にもなっている。

ビアトリクス・ポターのタッチは緻密でありながら柔らかく、「これだけの絵が描けたらそれは売れるわな」と思うのだが、実はポターは持ち込みを行った全ての出版社から書籍化を断られており、最初の作品は自費出版で出している。ピーターラビットを書くきっかけになったのは、病気になったノエル少年(ポターの元家庭教師であるアニー・ムーアの息子)を励ますために兎の絵入りで出した手紙だというが、今回の展覧会でもその写しもまた展示されている。アニー・ムーアがポターに兎の物語を書くことを勧めたようだ。
自費出版された私家版『ピーターラビットのおはなし』は口絵のみカラーで他は表紙も含めて着色はされていない。そこまでのお金がなかったのと、着色は余計と思われたという二つの理由があったようだ。

裕福な家に生まれたことはアドバンテージだけではない。有閑階級出身のポターは出版社の創業家出身で同社に勤務していたノーマン・ウォーンと恋に落ちるが、両親から「格下の男との結婚は認めない」と断られている。

ポターの少女時代の作品も展示されているが、すでに優れた描写力が見られる。なお、ポターの父親や弟の描いた絵も展示されているがいずれもデッサン力が高く、画才に恵まれた一族であったことが確認出来る。

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2017年4月20日 (木)

コンサートの記(294) 下野竜也指揮広島交響楽団第369回定期演奏会大阪公演「下野竜也音楽総監督就任披露 シーズン開幕 下野×広響《始動》」

2017年4月14日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後7時から、大阪・福島のザ・シンフォニーホールで、広島交響楽団の第369回定期演奏会大阪公演「下野竜也音楽総監督就任披露 シーズン開幕 下野×広響《始動》」を聴く。
この4月から広島交響楽団(広響)の音楽総監督に下野竜也が就任したことを記念して行われる大阪公演。広島交響楽団が大阪で演奏会を行うのは実に24年ぶりになるという。

音楽総監督というポストは、ドイツのオペラ劇場などではよく用いられるが、日本のオーケストラに設けられるのはかなり珍しいことである。就任時から音楽総監督というケースはあるいは初めてかも知れず、下野に対する広響の期待が窺える。

曲目は、ブルックナーの交響曲第8番(ハース版)1曲勝負。

以前は、記念演奏会のプログラムというと、ベートーヴェンの第九が定番であったが、最近ではマーラーの交響曲第2番「復活」や、ブルックナーの交響曲第8番がプログラミングされることも多い。大植英次が大阪フィルハーモニー交響楽団音楽監督としてのラストのコンサートで取り上げたのもブルックナーの交響曲第8番であった。


ヴァイオリン両翼の古典配置での演奏。コントラバスがステージの一番後ろに横一列に並ぶタイプの配置である。ティンパニは舞台上手に陣取る。

今日のコンサートマスターは佐久間聡一。フォアシュピーラーは日本センチュリー交響楽団のアシスタントコンサートミストレスから広響のコンサートミストレスに転身した蔵川瑠美。
広島出身で現在は読売日本交響楽団のコンサートマスターを務める長原幸太が第2ヴァイオリンのトップとして特別に参加していた。コンサートマスター以外のポジションに長原幸太が座ることは最近では珍しい。

今日は3階席は使用していないようで、ポディウムに陣取る人も少なめ。1階席はほぼ満席である。私は今日は1階席の上手寄り後方の席で聴く。


冒頭は少しずれる。ザ・シンフォニーホールでの演奏にしては響きが豊かでないように感じられるが、演奏し慣れていない故なのであろう。第1楽章では弦がやや薄く感じられ、管はパワーはあるが音色がやや硬い。

第2楽章にはアタッカで入る。弦の音は少しずつ豊かになってきたように感じられるが、下野の悪い癖で、金管を思いっきり吹かせるため、ややうるさく感じられる。
この第2楽章と第4楽章は、スケールも大きく、響きも済んでいて、ブルックナーの良さが感じられる演奏になった。

第3楽章では弦が健闘するも、音色がやや熱すぎで美観を欠く場面もあった。

第4楽章は、迫力はあったが、やはり木管も金管も音色が硬い。広島にはクラシック音楽専用のホールはなく、広響の本拠地も多目的ホールであるため、ザ・シンフォニーホールでの演奏に適応出来なかったのだろう。
また、下野の実力をもってしても、ブルックナーの交響曲第8番をきちんと聴かせられるようになるにはまだ早いということなのだと思われる。下野は今年48歳。一般に指揮者として一人前と認められるのは50歳になってからだといわれている。

下野と広響のコンビの初顔合わせとしては成功だと思えるが、演奏会としての出来は少なくとも「万全」とはいかなかったように思う。


下野は、喝采に答え、最後はブルックナーの交響曲第8番の総譜にお辞儀をしてから、「広島にも来て下さい」と客席に言って、コンサートはお開きとなった。

広島交響楽団は、今年の10月にもハンヌ・リントゥの指揮で大阪公演を行う予定である。

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2017年4月18日 (火)

コンサートの記(293) 下野竜也指揮京都市交響楽団スプリング・コンサート2017

2017年4月9日 京都コンサートホールにて

午後2時から、京都コンサートホールで、京都市交響楽団スプリング・コンサートを聴く。今日の指揮者は、この4月から京都市交響楽団の常任首席客演指揮者に昇格した下野竜也。
下野竜也は2014年4月から京都市交響楽団の常任客演指揮者を3年間務めていた。2014年といえば、大植英次が大阪フィルハーモニー交響楽団の音楽監督監督を辞任した年で、下野は当時も大フィルに定期的に客演していたばかりでなく、「吹奏楽meetsクラシック」というオリジナル企画も指揮していた。ということで、そういうことだったのかも知れないが、真相は明かされないだろう。

今日のコンサートマスターは渡邊穣、フォアシュピーラーは尾﨑平。

今回のスプリング・コンサートは、例年とは少し違い、各楽器奏者をフィーチャーしたもので、各楽器毎のアンサンブルや、ソロを務める曲目を選んでいる。ということで、90名程の楽団員全員の名前が下野によって読み上げられた。下野は全員の顔と名前をそらんじており、「流石、指揮者」の記憶力である。
また、楽団に親しみを持って貰うには、楽団員の顔と名前を聴衆に覚えて貰うのが一番なので、そうした意図も勿論あっただろう(NHK交響楽団はNHKホールでの定期演奏前に、基本的に降り番の楽団員によって室内楽の演奏会がある。常連さんは室内楽演奏が終わった後で、楽団員と話したり出来るということもあり、N響の定期会員は楽団員全員の名前を知っている人が多いと思われる)。


まずは、ワーグナーの「ローエングリン」第3幕への前奏曲。下野は京響から透明感溢れる響を引き出す。また強弱の付け方も緻密だ。

場転があるため、その間は下野がマイクを片手にスピーチを行う。下野が「言いにくいのですが」と言った後で、「常任首席客演指揮者」と新しいポスト名を噛まずに言うと拍手が起こる。


最初にヴァイオリン奏者の紹介。オーケストラ団員全員がいったんはけて、必要な人だけがステージに登場するというスタイルである。曲目はパッヘルベルの「カノン」。ヴァイオリン奏者全員の名前が下野によって読み上げられる。チェロやコントラバスの奏者もいるが、彼らの名前が呼ばれるのは、それぞれの楽器が主役になってからである。
この曲ではパイプオルガンの桑山彩子がステージ上のリモート鍵盤を使って演奏に参加した。

ヴァイオリン、ヴィオラ、コントラバスの演奏者は、全員、立ったままで演奏をした。下野は弦楽器の曲目の時は編成が小さいということもあって、ノンタクトで指揮する。


ヴィオラ奏者達による演奏。ブルッフの「ヴィオラと管弦楽のためのロマンス」が演奏される。飯田香織編曲の「SDA48版」での変奏である。
ヴィオラのことを、下野は「渋いけれどそれだけじゃない、野球でいうとショートのような」と例え、「人間の声に一番近い楽器」と紹介した。


ちなみに、下野は各パートのトップ奏者に好きな女優や俳優、芸能人を聴いており、小泉今日子、本上まなみ、竹内結子、新垣結衣、きゃりーぱみゅぱみゅ、渡辺謙、松坂桃李らの名前が挙がっていた。渡辺謙は「だった」と過去形で、愛人疑惑がマイナスに作用したようである。後ろの席のお客さんが、「本上まなみって誰?」と言っていたが、本上まなみは四条室町にある池坊短期大学卒、東京での芸能活動を経て現在は京都市在住なので、京都に住む人なら知っておいて欲しい人である。今度アニメ映画化される『夜は短し歩けよ乙女』の原作者、森見登美彦が本上まなみのファンであることもよく知られている。
好きな芸能人と音楽とは余り関係がないが、映画音楽作曲のヘンリー・マンシーには、「主演女優の顔を思い浮かべると良いメロディーが浮かぶ」と答えているため、完全に無関係というわけでもない。

下野は、ステージマネージャーの日高さんにも好きな女優を聞いたのだが、日高さんの答えは「堀内敬子」で、下野は「仕事も渋いが女優の好みも渋い」と述べる。
堀内敬子は、劇団四季出身の女優さんで、テレビに出ることはそう多くはないが、舞台ファンで彼女の名前を知らない人はモグリと断定しても良いほど演劇界では活躍している女優である。三谷幸喜作品の常連で、舞台「コンフィダント・絆」では、中井貴一、生瀬勝久、寺脇康文、相島一之を抑えて、ポスターではセンターポジションを獲得し、第33回菊田一夫演劇賞と第15回読売演劇賞優秀女優賞を受賞している。


チェロ奏者達によるヴィラ=ロボスの「ブラジル風バッハ第1番」より「序奏」。下野によると、チェロ奏者達というのはどのオーケストラに行ってもとても仲が良いそうである。飲み会参加率も高いそうだ。無料パンフレットには京響団員全員の顔写真が載っているのだが、チェロ団員だけは歯を見せて笑っている人が一人もいないため、下野は「硬派な人達」とも述べる。
ブラジル人作曲家であるヴィラ=ロボスの作品だけに、熱い曲と演奏であった。
ちなみに古典配置であろうが現代配置であろうが、ヴィオラは一貫して上手側から出てくるのだが、今日は下手側からの登場となるため、下野から「あちら(下手側)から出慣れていないので(ヴィオラ奏者達は)緊張しています」と言われていた。


前半最後は、コントラバス陣。フィッツェンハーゲンの「アヴェ・マリア」を演奏。(中原達彦編曲)。首席奏者の黒川冬貴のみならず、副首席奏者の石丸美佳も主旋律を受け持つことが多い編曲である。コントラバス陣が舞台手前側に横一列になって弾くという余り見かけないスタイル。椅子を使わないで弾くため、かなり猫背になることが多かった。


後半。ハープ、打楽器と管楽器の登場である。

まずはハープ。京響ハープ奏者の松村衣里と実姉でハープ奏者の松村多嘉代がステージ前方に向かい合わせになる形で陣取り、2台のハープのための古典様式のコンチェルティーノより第3楽章が演奏される。結構、面白い曲である。秘曲・珍曲を好んで取り上げる下野であるが、流石にハープ2台による協奏曲を指揮するのは初めてだそうである。

演奏終了後、下野が松村姉妹にインタビュー。「ハープ奏者は、僕とはお育ちが違うように思うのですが」と下野はいう。そういえば三谷幸喜の「オケピ!」でもハープ奏者(初演では松たか子が、再演では天海祐希が演じた。役名は異なり、松たか子の時は東雲さんという苗字、天海祐希の時は如月さんという苗字であった)がお金持ちのお嬢様というイメージを勝手に持たれて困るということを歌っていたが、下野が「家にハープが何台あるか?」と聞くと、松村衣里はいきなり「数えたことないんですけど」と相当数あることがわかる。松村衣里が「8台ぐらい」と答え、松村多嘉代も「だいたいそれぐらい」と答える。下野は「8台もハープを持ってるなんて大阪城に住んでるとしか思えない」と語っていた。
ちなみに松村衣里は小学校3年生から本格的にハープを習いだしたが、松村多嘉代は音大卒業まではピアノを専攻しており、その後、ハーピストに転向したそうで、ハープを始めたのは妹の衣里の方が先なのだそうである。


続いて、打楽器の3人(中山航介、福山直子、宅間斉)が登場。「ハスケルのあばれ小僧」(野本洋介編曲)が演奏される。下野は演奏前に、曲目を「暴れ太鼓」と間違えて紹介して打楽器奏者達に突っ込まれていた。
3人とも打楽器を始めたきっかけは、中学1年の時に吹奏楽部に入部してだそうである。
複数人が協力して、バチで矢印を作るなど遊び心に満ちた演奏である。
NHK交響楽団首席オーボエ奏者の茂木大輔のエッセイによると、打楽器奏者はひたすら等間隔に打つ練習をするのだそうで、茂木も大学生の時に打楽器にチャレンジしたもののなにが面白いのか結局わからず止めてしまったそうだが、ひたすら打つ練習をしないと、今日のような演奏は無理だなということは想像出来る。


フルートパート。今年の2月に京響首席フルート奏者に就任した上野博昭(髪型といい、口ひげといい、眼鏡といい、藤田嗣治を想起させるが、おそらく意図的に真似たものではないと思われる)の自己紹介の時間が演奏終了後に設けられたが、上野はトークは得意ではないようだ。
ラヴェルの「ダフニスとクロエ」第2組曲より「パントマイム」の部分を中心に纏めたものが演奏される。副首席奏者の中川佳子は、比較的珍しいアルトフルートを演奏した。
瑞々しい出来である。


オーボエパート。ベートーヴェン作曲のモーツァルトの歌劇「ドン・ジョヴァンニ」より「お手をどうぞ」の主題による変奏曲(中原達彦編曲)。ややこしいタイトルで、下野も「ベートーヴェンだかモーツァルトだかわからない」と言っていたが、モーツァルトが作曲した主題を基にベートーヴェンが変奏曲として作曲したものである。土井恵美はイングリッシュホルン(コーラングレ)を演奏する。
オーボエの音色が上手く生きた演奏である。


クラリネット。ルロイ・アンダーソンの「クラリネット・キャンディ」というポップな曲が選択されている。片足を上げながら吹くという振り付きでの演奏。首席クラリネット奏者の小谷口直子はノリノリでやっていたが、他の奏者はどこかこそばゆそうで、後で下野に突っ込まれていた。


ファゴット。C・L・ディーッターの2本のファゴットのための協奏曲より第1番が演奏される。ファゴット協奏曲というと、モーツァルトなどが有名だが、それほど多くはなく、2台のファゴットによる協奏曲は新鮮に聞こえる。


ホルン。下野は、「ロベルト・シューマンは『ホルンはオーケストラの心だ』と表現しました」と語る。曲は、ウェーバーの歌劇「魔弾の射手」より「狩人の合唱」。京響の金管パートは広上淳一が常任指揮者に就任する以前から関西トップレベルにあったため、今日も輝かしい演奏が展開される。


トランペット。下野は「子供の頃、トランペットを吹いていた」という話をする。
早坂宏明は京響に入ってから今年で29年になるそうで大ベテランだ。稲垣路子は普段は眼鏡を掛けていることが多いのだが、ワーグナーとこの曲では眼鏡なしで登場。コンタクトレンズも持っているのだろう。稲垣はラストの曲でも登場したが、その時は眼鏡を掛けていた。
曲目は、ルロイ・アンダーソンの「トランペット吹きの休日」。運動会の音楽としてもお馴染みの曲である。普通は3管編成で演奏されるのだが、今日は首席トランペット奏者のハラルド・ナエスがピッコロトランペットとして加わったバージョンで演奏される。サードトランペットは西馬健志。
ハラルド・ナエスのピッコロトランペットは装飾音的に加わる。軽快な演奏である。


トロンボーンパート。下野は、「天使の楽器と呼ばれるトロンボーン。どう見ても妖精には見えないおじさん達が演奏しますが、見た目が天使ではなく心が天使」と語り、現れた首席トロンボーン奏者の岡本哲に仕草で、「冗談はやめてよ」と突っ込まれる。
曲は、「星に願いを」(宮川彬良編曲)。説明不要なほど有名な曲だが、トロンボーン合奏版を聴くのは初めてである。トロンボーンは宗教的な側面がある楽器であり、この曲にはよく合っていた。


テューバ。京響歴最長となる武貞茂夫の独奏である。下野は武貞が出てくる前に、「ミスター京響をお迎えする」「とても緊張する」と語る。
曲目は、ドミトルのルーマニアン・ダンス第2番。編曲は京響トランペット奏者の早坂宏明が行っている。テューバをソリストにした曲を聴く機会はまずないので貴重である。京響のテューバを一人で担う武貞は伸び伸びとした演奏を行う。


最後は、フル編成によるレスピーギの交響詩「ローマの松」より「アッピア街道の松」。
下野は吹奏楽出身ということも影響しているのか、ショーピースではブラスをバリバリと鳴らした虚仮威しの演奏を行うことがあるのだが、今日は管と弦のバランスも良く、細部まで目の行き届いた見事な演奏を聴かせる。
このコンサートではポディウム席は販売されておらず、可動式の座席は取り外されていて、そこにバンダが陣取って演奏した。
パイプオルガンの桑山彩子もこの曲ではポディウム後方の本来の位置で演奏するが、オルガンの音はラスト以外はそれほど明確には聞き取れなかったように思う。


下野は、「この4月から京都市立芸術大学の教員になった」と語り、京都の歴史や芸術などに関しての本を読んでいるということも明かした。

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2017年4月15日 (土)

コンサートの記(292) 小泉和裕指揮日本センチュリー交響楽団 「センチュリー豊中シリーズ Vol.1」

2017年3月26日 豊中市立文化芸術センター大ホールにて

午後3時から、阪急曽根駅の南東にある豊中市立文化芸術センター大ホールで、小泉和裕指揮日本センチュリー交響楽団による「センチュリー豊中シリーズ Vol.1」というコンサートを聴く。
日本センチュリー交響楽団は、大阪センチュリー交響楽団時代から、事務局と練習所、野外音楽堂を豊中市の服部緑地内に置いていたのだが、定期演奏会は大阪市内のザ・シンフォニーホールといずみホールで行っており、豊中からは阪急を使えば十三や梅田まですぐに出ることが出来る上に、豊中市内にはクラシック演奏に適当なホールがないというということもあって、学校巡りや街角コンサートを行っていた程度であった。だが豊中市立文化芸術センターの完成により、豊中市内に新たな演奏拠点を持つことになった。
豊中市立文化芸術センター大ホールの杮落とし公演でも飯森範親の指揮で日本センチュリー響は演奏しているが、定期的に行われる演奏シリーズは今日が初回ということになる。

豊中市立文化芸術センター大ホールであるが、思ったよりも小さく、このキャパだと施設によっては中ホールに分類されるところもあるだろう。兵庫芸術文化センターKOBELCO大ホールのサイド席をなくして、2回りほど小さくしたような内観である。ステージ背後と、ホール側面の壁には木材がイレギュラーな形で突き出しているが、これは音の適度な分散を図ったものだと思われる(同様の趣向は京都コンサートホールの天井にも施されている)。
音であるが、ナチュラル且つスマートで、残響は1秒前後と短め。残響というより自然な形で客席後方へと飛んでいくという印象を受ける。大きめのライブハウス(大阪でいうと、なんばHatch)のような音響であり、クラシックよりもポピュラー音楽に適しているのではないかとも思われる。
クラシック専用ホールの音響設計は、永田音響設計が手掛けることが多く、日本国内にあるあのホールもこのホールも音響設計は永田という状態なのだが、豊中市立文化芸術センター大ホールは多目的ホールということもあり、AGK建築音響株式会社が手掛けている。AGK建築音響株式会社は映画館の音響設計なども多く手掛けているようだ。

豊中市立文化芸術センターは、閉館して取り壊された豊中市民会館の跡地に建てられたものだが、大小のホールに練習室や展示室、カフェなど多くの施設を詰め込んだため、共通ロビーやホワイエなどは狭い。また大ホール内のビュッフェは、ホール自体がオープンしたばかりということもあって、まだ稼働していない。

日本センチュリー交響楽団の豊中での定期演奏の第1回となる「センチュリー豊中名曲シリーズ Vol.1」の演目は、チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番(ピアノ独奏:小山実稚恵)とブラームスの交響曲第1番という、第1番を並べたもの。まさに第1回に相応しい選曲である。

小泉和裕は、2003年から2008年まで日本センチュリー交響楽団の前身である大阪センチュリー交響楽団の首席指揮者を務め、2008年からはセンチュリー響の音楽監督に昇進。2014年まで務めている。

ピアノ独奏者の小山実稚恵は現在、日本センチュリー交響楽団のアーティスト・イン・レジデンスとして企画に携わっている。


今日のコンサートマスターは、センチュリー響首席客演コンサートマスターの荒井英治。ドイツ式の現代配置だが、指揮者の正面にはティンパニではなくトランペットが配され、ティンパニはやや下手寄りに陣する。


チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番。豊中市の花は薔薇だそうで、市内には豊中ローズ球場という名の野球場まである。それを意識したのかどうかはわからないが、ソリストの小山実稚恵は、ローズレッドのドレスで登場。

記念すべき第1音、ホルンによる序奏は残念ながら少し音がずれた。まだこのホールで演奏し慣れていないので仕方ないだろう。
小山は例によって情熱を叩きつけるような堂々としたピアノ演奏を展開する。このホールではピアノの高音がかなりクリアに響くようだ。
最近のピアニストは個性的な人が多いが、小山は正真正銘の正統派。野球に例えると剛速球エースというタイプである。
有無を言わさぬ圧倒的な技巧による演奏を展開した小山。第3楽章のコーダでは、新ホールでの第1曲ということもあってか、「ピアノの弦も切れよ」とばかりの激烈な演奏を展開。聴衆を熱狂させた。小泉指揮のセンチュリー響も冴え冴えとした伴奏を行った。

小山のアンコールは、ショパンのマズルカ作品67の4イ短調。仄暗さを生かしつつ、センチメンタルには陥らない演奏であった。小山はそもそもセンチメンタリズムを嫌う傾向があるように思われる。


後半、ブラームスの交響曲第1番。小泉和裕は暗譜での指揮である。
小泉はまずスケールを固めてから細部を詰めていくというタイプの指揮者であり、それゆえブルックナーなどは得意として、センチュリー響でもよく取り上げていた。
豊中市立文化芸術センター大ホールの音響と、中規模編成で立体感のある演奏を特徴とするセンチュリーの個性は、小泉の作り出す音楽に上手くマッチしている。
どちらかというとシャープなブラームスであり、雄々しさや威圧感のようなものは余り感じられない。小泉の指揮からは閃きも煌めきも感じられないが、その代わり確かな造形力がある。大風呂敷を広げることのない、ある意味日本人指揮者の王道を行くブラームスである。
小泉は基本的に真っ正面を向いて拍を刻むことが多い。時折、左右を向くが、「あれ? 次、ホルンのはずなのに逆を向いたぞ」という場面もあって、ある程度奏者の自発性に任せているところもあるようだ。

アンコールは、シューベルトの「ロザムンデ」より間奏曲第3番。中編成のオーケストラによる演奏ということで、愛らしい出来となった。

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2017年4月12日 (水)

NDRユーゲント交響楽団 「ハンズフリー」

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コンサートの記(291) クシシュトフ・ウルバンスキ指揮NDRエルプフィルハーモニー管弦楽団来日演奏会2017大阪

2017年3月15日 大阪・中之島のフェスティバルホールにて

午後7時から、大阪・中之島のフェスティバルホールで、「東芝グランドコンサート2017」 NDRエルプフィルハーモニー管弦楽団来日演奏会を聴く。

NDRエルプフィルハーモニー管弦楽団は、ギュンター・ヴァントとのコンビで親しまれた北ドイツ放送交響楽団(NDR交響楽団)が、新本拠地ホールであるエルプフィルハーモニーの落成と共に改名した団体である。
一昨年に、北ドイツ放送交響楽団名義で、首席指揮者であるトーマス・ヘンゲルブロックと共に来日し、大阪のザ・シンフォニーホールでも演奏会を行っていて私も聴いているが、新しい名称になってからは初来日である。
今日の指揮者は、ポーランド生まれの俊英、クシシュトフ・ウルバンスキ。NDRエルプフィルハーモニー管弦楽団の首席客演指揮者である。昨年まで東京交響楽団首席客演指揮者を務めており、大阪フィルハーモニー交響楽団も数度客演していて、日本でもお馴染みの存在になりつつある。ワルシャワのショパン音楽アカデミーでは指揮をNAXOSの看板指揮者として知られるアントニ・ヴィトに師事。2007年にプラハの春国際音楽コンクールで優勝に輝いている。
シャープな指揮姿であるが、時折、ダンスのようなステップも踏む。


曲目は、ベートーヴェンのレオノーレ序曲第3番、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第3番(ピアノ独奏:アリス=紗良・オット)、リヒャルト・シュトラウスの交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」。オール・ドイツ・プログラムである。

ヴァイオリン両翼の古典配置での演奏。フェスティバルホールにはパイプオルガンはないので、「ツァラトゥストラはかく語りき」では、電子オルガンが用いられる。

一度楽譜を見ただけで全て覚えてしまう「フォトグラフメモリー」という特殊能力を持つウルバンスキ。今日も指揮台の前には譜面台はなく、協奏曲も含めて全て暗譜で指揮する。

ウルバンスキ登場。どことなくGACKTに雰囲気が似ている。もっとも、GACKTを生で見たことはないのだけれど。


ベートーヴェンのレオノーレ序曲第3番。ウルバンスキは情熱を持っているのだろうが、それを表に出すことの少ない指揮をする。
全編、ピリオド・アプローチによる演奏だが、特筆すべきは弱音の美しさ。本当に息を飲むほどに美しい超絶ピアニシモである。そしてラストに向けて盛り上がっていく弦楽のエネルギーの豊かさ。爽快なベートーヴェンである。


ベートーヴェンのピアノ協奏曲第3番。ソリストは日本でもお馴染みになったアリス=紗良・オット。日独のハーフであり、「美しすぎる」という奇妙な形容詞が流行った時には「美しすぎるピアニスト」などと言われた。ピアニストのモナ=飛鳥・オットは実妹。
個性的なピアニストであり、ウルバンスキとは異なって情熱を剥き出しにするタイプである。
「裸足のピアニスト」としても知られているアリス。今日は黒いロングドレスの裾を引きずりながらチョコマカ早歩きで登場したため足下は見えなかったが、ピアノを弾くときは素足でペダルを踏んでいるのが確認出来た。

アリスのピアノは、浮遊感、透明度ともに高く、冒頭ではちょっとした歌い崩しを行うなど、今日も個性がフルに発揮されている。
第1楽章終了後、第2楽章終了後とも、ウルバンスキは腕を下げず、アリスがピアノを弾くことで楽章が始まるというスタイルを採っていた。
第2楽章のリリシズム、第3楽章のパワーなどいずれも感心する水準に達している。アリスは右手片手弾きの場面では左手の掌を上に向けて左肩の付近で止めていた。科を作っていたわけではなく、単に癖なのだろう。

演奏終了後、喝采を浴びたアリス。聴衆からお花も貰う(許可がない場合は聴衆としてのマナー違反になりますので、真似しない方がいいです)。

ウルバンスキ指揮のNDRエルプフィルハーモニー管弦楽団もピリオド・アプローチながら力強い伴奏を奏でた。

アンコールは2曲。まずは、昨年、「ピーコ&兵動のピーチケ・パーチケ」でも演奏していた、グリーグの抒情小曲集より「こびとの行進」。
20年近く前に、砧(きぬた)にある世田谷美術館講堂で、グリーグのピアノ曲演奏会(世田谷美術館の「ムンク展」関連事業)を聴いたことがある。演奏を行ったのは、グリーグ演奏の大家でNAXOSレーベルに「グリーグ ピアノ曲全集」も録音していたアイナル・ステーン=ノックレベルグ。「グリーグ本人の演奏にそっくり」といわれたピアノを弾く人だ。来日前に交通事故に遭ったそうで万全の体調ではなかったそうだが、ステーン=ノックレベルグは、「抒情の極み」とでもいうべき演奏を披露していた。
アリスの弾く「こびとの行進」は、ステーン=ノックレベルグのそれと比べると若々しいのは当たり前だが、リズム感の良さが際立っている。アリスは普段はクラシックは余り聴かず、ポピュラー音楽の方を好んで聴くそうだが、ポピュラーは「リズムが命」という面があるため、クラシック演奏にもプラスに働くのだろう。
メカニックが抜群なのは今更書くまでもない。

拍手を受けて椅子に腰掛けたアリスは、「皆様、今夜はお越し下さってありがとうございます。もうピアノが伸びてきてしまっていますので、最後にオーケストラのメンバーと皆様のためにショパンのワルツ遺作を弾きたいと思います」と言ってから、ショパンのワルツ19番(遺作)を弾く。テンポの伸縮自在の演奏だが、それが効果的であった。


後半、リヒャルト・シュトラウスの交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」。ウルバンスキはやや遅めのテンポでスタートする。冒頭に出てくる3つの音が全曲を支配する「ツァラトゥストラはかく語りき」。ウルバンスキの表現は見通しが良く、リヒャルト・シュトラウスの意図もウルバンスキ自身の意思もよく伝わってくる。
「ツァラトゥストラはかく語りき」は有名曲なので、コンサートで取り上げられることも比較的多いが、これほど楽曲構成の把握がわかりやすく示された演奏を聴くのは初めてである。
NDRエルプフィルハーモニー管弦楽団であるが、弦も管も技術は極めて高い。この曲は弦楽のトップ奏者がソロを取る場面が何度もあるのだが、全体がそうした室内楽的な緻密さに溢れた好演となっていた。弦の音色は透明度が高く、明るい。輝きに関しては昨日聴いたプラハ交響楽団とは真逆である。管楽器も力強く、音楽性も高かった。
なお、舞台袖での鐘は、グロッケンシュピール奏者が自身のパートを演奏し終えた後で上手袖に下がり、兼任して叩いていた。


アンコール演奏は、ワーグナーの歌劇「ローエングリン」より第3幕への前奏曲。非常に洗練されたワーグナーであり、ドイツの楽団でありながら「ドイツ的」といわれる濃厚な演奏とは一戦を画したものになっていた。

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2017年4月10日 (月)

「やたらカッコ良い“市の名前”ランキング」私見

gooランキングで「やたらカッコ良い“市の名前”ランキング」が発表されたようですが、個人的に「カッコ良い名前の市」と聞いて真っ先に思いつくのは、東京都にある武蔵野市です。gooランキングでは28位に入っているようです。漢字も良いし、武蔵野という言葉からイメージされる原生林や広がりのある景色がプラスに作用してます。
 
次に思いつくのは岡山県の総社市(ランキング外)。備中国総社に由来する市名が歴史と威厳を感じさせます。
神道系では、和歌山県の新宮市(第36位)にも良い印象があります。
 
京都市なども漢字の形や響きが良いと思いますが、メジャーすぎる地名はランクインしていないようです。京都府内では、長岡京市(ランキング外)などが個人的にカッコ良いと思いますね。三文字地名なのもプラスです。
 
京都由来の地名としては、千葉県の鴨川市(ランキング外)なども好きです。
 
スワローズファンということで、新潟県の燕市も素敵な地名だと思いますし、お隣の三条市も雅やかな印象を受けます(いずれもランキング外)。
 
北海道の都市名は、元々アイヌ語の土地の名前に漢字を振って日本語風にしたものですが、やはり内地とは違うためカッコ良い印象を受けます。札幌市、旭川市、函館市、富良野市、釧路市なども良いと思いますが、いずれもよく知られた地名であるため、ランキングには入っていないようです。
 
東北も格好良い地名が多く、仙台市や会津若松市が好きですが、いずれも有名過ぎて却ってランクインしづらいという結果になったのでしょう。
山形県の天童市(第18位)もいい線を行ってると思います。
 
出身地である千葉県からは、鴨川市の他に、全てランキング外ながら佐倉市、君津市、袖ケ浦市、流山市などが、カッコ良いとは別かも知れませんが、日本情緒があって素敵だと思います。
 
高知県にも、阪神タイガースのキャンプ地として知られる安芸市、土佐国府のあった南国(なんこく)市などがありますが、残念ながらランキングしていません。
 
比較的新しい地名で好きなのは、沖縄県の、うるま市(ランキング外)。「うるま」というのは沖縄の雅語で、日本の「大和」に相当する言葉です。
沖縄は、コザ市が今も存在していたらランキング上位に来たかも知れません。

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2017年4月 9日 (日)

真の敵なるもの

真の敵なるものは得てして捏造されるものである。そして虚像を生み出すものとそれを許すものが本当の敵なのである。

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