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2006年6月23日 (金)

空の高さを知るほどに

試合終了の笛が吹かれ、選手達がベンチ裏に引き上げても中田英寿はピッチ上に倒れたまま起きあがることが出来ない。ピッチ上に寝ているのではない。まさに「倒れている」のだ。

中田は1996年のアトランタオリンピックで、サッカー日本オリンピック代表がブラジル代表を下した「マイアミの奇跡」を経験した選手だ。ただその試合で注目を浴びたのは中田ではなく、前園であり、川口だった。マスコミも中田にはさほど注目していなかった。

サッカーワールドカップ・フランス大会予選で中田は日本のエースの座に躍り出た。そしてフランス大会本選のクロアチア戦では、相手チームにパスカットされた直後に点を入れられ、マスコミやサポーター(のはずの人々)から「お前のせいで負けたのだ」と非難された。中田は毎日続けてきた日記をその日は打ち切っている。
クロアチアは強豪だった。簡単に勝てる相手ではない。しかし、当時の日本サッカーのサポーターは見る目が甘かった。単純に勝てるものだと信じていた。
選手はそうではなかった。スコア以上に世界の壁の高さを感じたはずだ。

日韓共催のワールドカップでベスト16に入った日本。しかし、ホームの有利さもあり、世界の差が縮まったはずではないと、上の選手であればあるほど知っていたはずだ。それでも周囲の期待は高まる。

多くの選手が海外のクラブに移籍した。しかし本当の意味での成功を収めた選手は今のところいない。セリエAで鮮烈なデビューを飾った中田英寿も常に栄光の道を歩むことが出来たわけではない。

それでも信じることを忘れず、着実に成長を心掛ける。それはサッカー選手でなくとも生きる上では大切なことだ。時に周囲と軋轢を生もうと、プライドの高さをけなされようと、中田は上を見て歩んできたはずだ。

ブラジルが簡単に勝てる相手でないことはわかっていた。だが、勝つ可能性がゼロではない。自分達は、オリンピックでブラジルに勝っている。
そして、マイアミの時とは違い、中田は本当の意味での中心選手だった。
マイアミの英雄達のほとんどが今ではピッチから消えた。自分は生き残った。その誇りもあるはずだ。

しかし、力の差は誰が見ても歴然としていた。空は思った以上に高かったのだ。

「井の中の蛙大海を知らず」という諺がある。有名な諺だが、この言葉、さらに続きがある。全文はこうだ。「井の中の蛙大海を知らず。されど空の高さを知る」。

一つ疑問がある。この言葉は本当に的を射ているだろうか。中田は日本を飛び出した。大海を知った。しかし大海を知るものこそ空の本当の高さも知るのではないか。

空の高さに挑んで墜落したイカロスのように中田は立ち上がれない。空の高さは知っていた。知っていて挑んだ。知らなければ挑めなかった。だが空は遥かに高かった。呆然とするほど高かった。

空の高さを知るほどに、墜落した衝撃は激しかった。自らを相対化出来なければ、あるいは墜落したことさえ気づかずにいられたかも知れないのに。

中田は倒れたままだ。それでもクールな自分を最低限装おうと、交換したブラジルのユニフォームで顔を隠す。
だが、日本代表選手の中で最もクールとされた男が、一番衝撃の強さを表に出してしまっている。空の高さを知るゆえに。

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