« 相応に | トップページ | 自動販売機に文句は言えない »

2006年6月27日 (火)

野村万之丞(八世野村万蔵)さんの言葉から

若くして亡くなった野村万之丞さん(八世野村万蔵を追号)は、最晩年に京都造形芸術大学で講義を持っており、私も拝聴した。

万之丞さんの言葉で印象的だったのは、「映像、音楽、空間などあらゆることを芝居に生かすのを役者バカという。演技しかできなくて他のことを知らないのをバカな役者という」というものだ。

映画も、音楽も、文学もそうだが、「それだけしか知らない」と、一つのことを本当に知ることは出来ないと私も感じている。

特に演劇は総合芸術で、作り手も観客もそれなりの知識が求められる。欧州などでは芸術の最高峰の一つに演劇が挙げられている。「庶民はオペラを観て、上流階級は演劇を観る」という風潮を持つ国もある。

演劇は幅広い。古典劇から、心理劇、会話劇、エンターテイメント、前衛、一人芝居、二人芝居、群像劇、音楽劇、伝記物など。全てを理解する必要はないが、一つしか知らない人が別のタイプ(ジャンルではなくタイプだろうな)の演劇を観て理解出来るか、といったら、まず無理だろう。

野球に例えると、130キロ台のストレートしか知らないバッターが、140キロ台のフォークボールを見て、「反則投球だ」と抗議しているような、そんな「狭い」演劇人を控えめに言って何人「か」見てきた。多分、その手の演劇人よりは「教養ある観客」の方が劇を良くわかっていると思うのだが、狭い演劇人に限って、観客のレベルを低く見る傾向にある。

「演劇の良き観客」を作りたいのなら、演劇だけ見せていたのでは駄目だろう。映画なり、絵画なり、音楽なりに触れさせて(まず演劇人がそういったものに触れなくてはならない)その上で、「演劇とは何か」を自分で問えるような観客を作らないと、演劇は沈没する(「もうすでに沈没しているじゃないか」と言う人もあるかと思いますが)。

「セミプロの演劇を観るより、一流の俳優の出ている映画を観た方が良い」という学生の意見が、以前、朝日新聞に載っていたが、演劇と映画は別物だと理解出来るだけの「教養ある」観客を作るには、時間はかかるが、あらゆる芸術に触れさせないと、そしてそれにはまず我々作り手が「バカな役者」から脱しないといけないように思うのだ。

|

« 相応に | トップページ | 自動販売機に文句は言えない »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 野村万之丞(八世野村万蔵)さんの言葉から:

« 相応に | トップページ | 自動販売機に文句は言えない »