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2006年7月の28件の記事

2006年7月30日 (日)

ハイドンとベートーヴェン

ハイドンとベートーヴェンは師弟関係にある。もちろんハイドンが師で、ベートーヴェンが弟子だ。
だが、この二人、関係は余り良くなかったようだ。
二人が師弟関係にあったのは短期間であるが、ハイドンはベートーヴェンの容貌の醜さを嫌い、「モンゴル大王」とあだ名して遠ざけており、ベートーヴェンはベートーヴェンで、後年になって、「ハイドンからは何も学ばなかった」と言ったとされる。

ハイドンは性格の良さで知られる(居眠りしている聴衆を起こすための「驚愕交響曲」を書いていたり、終わりをわかりにくくして観客が間違えて拍手を起こすようにした交響曲を作ったりしているので、100%善人かどうかはわからないが、いずれも「ユーモア」で片づけられる話ではある)のに、これはどうしたことだろう(ベートーヴェンの性格の悪さは有名なので、単純にハイドンがぶち切れただけかも知れないが)。

ハイドンがベートーヴェンの才能に恐れをなして遠ざけたのだという説があるが、ハイドンはモーツァルトなど他の才能ある作曲家とは親しくしていたため、この説にも疑問がある。とはいえ、モーツァルトは古典様式を重視する作曲家であるのに対して、ベートーヴェンはのちに音楽史を塗り替えるような革新家であり、新しい音楽を作り出す男の登場にハイドンが恐怖したということは十分あり得そうだ。

作曲家が、自分より才能が上の新人作曲家の登場に嫉妬するという話としては、プーシキンの戯曲「モーツァルトとサリエリ」とそれを基にしたピーター・シェーファーの戯曲で映画化もされた「アマデウス」が有名で、いずれもサリエリがモーツァルトの才能に嫉妬するという物語なのだが、史実からいくと、これはあり得ない話だという。

しかし、「ハイドンとベートーヴェン」なら、より説得力のある物語が出来上がるのではないだろうか。
ある日、ハイドンのもとに一人の男が訪ねてくる。男の名はベートーヴェン。ベートーヴェンが自作をピアノで奏でるのを耳にしたハイドンは、これまで耳にしたことのない才能に恐怖する…、というストーリー。私は書く気がないので、誰か書いてくれないだろうか。

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消えた「どんどん焼け」

「京都では戦前といえば応仁の乱の前を指す」という言葉を耳にされた方は多いと思う。太平洋戦争で京都が罹災しなかった(実際は罹災したのだが隠された)故に生まれた言葉だと思われるのだが、果たして本当だろうか?

応仁の乱以降も京では戦乱が起こっている。天文法華の乱、本能寺の変などだが、その中で最大のものは元治元年(1864)7月19日に起こった禁門の変であろう。

前年の八月十八日の政変で、京を追われた長州が「会津討つべし」と再上洛。これを会津・桑名・薩摩連合軍が迎え撃ち、御所蛤御門周辺を最激戦地とし、洛中各所で戦いが起きた。

戦いは一日で終わったため、これだけなら戦争というほどのことはなかっただろう。しかし長州藩邸から起こった火は三日間に渡って燃え続け、洛中の3分の2を焼いたという(これを「どんどん焼け」という。「どんどん」とは大砲の音の擬音だということだ)。これだけの被害が出ると「戦争」と認識するのが普通のような気もする。そしてどんどん焼けから立ち直る前に維新を迎えてしまった京都は天皇の東京御幸(そして帰ってこなかった)、町並みの変化など一大転換期を迎えることになる。

また太平洋戦争時も、京都人は出征したのであり、多くの方が亡くなった。また、延焼を防ぐために街が改造された。これでも「戦争がなかった」という意識を持つものなのだろうか?

「京都では戦前といえば応仁の乱以前を指す」という言葉は、もともとは「どんどん焼け」を知らないよそさんが京都人をからかうために作った質の悪い冗談ように思える(実際、笑い話として用いられる場合が多い)のだが、果たしてどうなのだろう。仮に応仁の乱以前を本当に「戦前」と呼ぶにしても、その「戦前」の話などすることがあるのだろうか?

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2006年7月28日 (金)

自動販売機でしか売られていない飲料(2)

自動販売機でしか売られていない

伊藤園の「ナタデココ ヨーグルト味」。厚生労働省許可特定保健用食品であるが、これも、少なくとも近所では、自動販売機でしか売られていない。

伊藤園ナタデココ24缶入り(楽天市場)

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2006年7月27日 (木)

90年代、中国で最も流行ったスラング(俗語)は「酷」だろう。この「酷」、字だけ見て意味がわかる人は、少なくとも中国語を学んだことのない日本人の中にはいないはずだ。

実は「酷」は北京語(より正確に言うと普通話)で、「ku(クー)」と発音し、英語の“cool(クールだ、格好いい)”の音訳なのだ。

だから「非常酷(フェイチャン・クー)」と言われたら、「とっても格好いいね」という意味なので、「酷い(ひどい)とは何だ!」と勘違いして怒ってはいけません。

「酷」は、もちろん中華圏の映画のセリフにも登場する。例えば陳凱歌監督の中国映画『北京バイオリン』にも「酷」は登場するが、一番最初に私が「酷」というセリフを耳にしたのは、94年製作の香港映画『恋する惑星』(原題:『重慶森林』。王家衛監督作品)においてだと思う。この映画の中では金城武演じる若い刑事の村上春樹風のモノローグが多用されるのだが(王家衛監督は村上春樹のファン、俗に言う「ハルキ族」で、『重慶森林』というタイトルも村上春樹の『ノルウェイの森』を真似てつけたということだ)、その中に、「我是酷的男人」(僕はクールな男だ)という北京語のセリフがある。最初は英語で“cool”と言っているのだと思っていたが、DVDで見直すと、やはり「酷」を用いていることがわかった。

余談だが、『恋する惑星』の金城武のセリフには、「三浦友和ぶっ殺す!」というものがあり、かなり笑えるセリフになっているのだが、それはもちろん前段階があってこのセリフが出てくるから笑えるのであって、「三浦友和ぶっ殺す!」というセリフそのものに笑う人がいたら、その人は酷い(ひどい、むごい)人だろう。

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2006年7月25日 (火)

言葉の多義性を知る者は、言葉の毒にやられてしまう。言葉が多義的なものであることに気づかない者は、荒削りな言葉をマサカリのようにぶんぶん振り回して「世界」に毒を撒くことが出来る。
だから「健康」でいたいなら、「世界」に君臨している気持ちになりたいのなら、言葉など勉強してはいけない。

その「世界」がどういう結末を迎えることになろうと、私は知ったことじゃないが。

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2006年7月24日 (月)

砂漠の湧き水

砂漠の湧き水

長岡京市内のコンビニで買ったミネラルウォーター「砂漠の湧き水」。アラブ首長国連邦内にある砂漠のオアシスの水を詰めたもの。以前は京都市内のコンビニでも見かけたが、今は見なくなった。味は…、やはり日本のミネラルウォーターの方が美味だと思う。

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2006年7月22日 (土)

奇妙な歴史

「生類憐れみの令」という法律がかってあった。言うまでもなく徳川五代将軍綱吉が、母親である桂昌院らの勧めもあって行った政策で、「生きとし生けるものを大切にせよ」というものである。生きとし生けるものを大切にするのは悪いことではない。儒教に詳しく、徳川歴代将軍の中で最も学問好きであったとされる綱吉らしい法令であったとも言える。
しかし、ご存知の通り、人間より動物が大事という逆転が起こってしまう。綱吉が望んだのでなく、側用人達が忠誠を示すことで綱吉に取り入ろうとし、権力争いが起こった果てに妙な事態を招来してしまったとも言われるが、馬鹿げたことが起こったのは事実だ。江戸の町人は綱吉のことを「犬公方」と呼んだ。

だが、もし仮に「生類憐れみの令」を全く知らない外国人にこの話をしてもすぐには信じて貰えないだろう。“君は実にユニークな想像力を持っているね”だとか“変わったユーモアのセンスがあるね”などと皮肉を言われそうだ。

そして、もし仮に「生類憐れみの令」が存在せず、フィクションとして「生類哀れみの令」を書いた作家がいたとしたら、“リアリティの欠片もない”と誰からも相手にされないだろう。“将軍のことを町人が「犬公方」と呼んだ? それはいくら何でも将軍を馬鹿にしてないか?”などと難詰されそうでもある。

だが、生類憐れみの令は実在したのである。「事実は小説よりも奇なり」というが、歴史というは実に奇妙なものである。

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2006年7月21日 (金)

忌野清志郎「不確かなメロディー」

忌野清志郎「不確かなメロディ」

頑張れ忌野清志郎。
というわけで、喉頭ガンで入院した忌野清志郎を応援する意味も兼ねて観たDVD「不確かなメロディー」。忌野清志郎が2000年に行ったライヴツアー「マジカデ・ミル・スター・ツアー」を追ったドキュメンタリー映画である。ツアータイトルはいうまでもなくビートルズのアルバム「マジカルミステリーツアー」をもじったもの。
武道館でのコンサートを満員にしたばかりの忌野清志郎が、敢えて、地方のライヴハウスを巡る旅に出る。移動に使うのはマイクロバス。忌野の意向だそうだ。
忌野やツアーのための結成されたバンド「ラフィータフィー」のメンバーへのインタビューとライヴの模様を中心にした構成。ナレーターを三浦友和が務めている。

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2006年7月20日 (木)

揺れる鏡

優れた芸術は、その鑑賞者の実態をも明らかにする。その作品に対するスタンス、好悪、内的に消化するか、外的に客観視し続けるかによって。
芸術とは「揺れる鏡」であり、そこには創造者と鑑賞者の姿が二つながら映る。創造者が作った溝に、鑑賞者の心が水のように自然に満たされる。
鑑賞者の言葉は、客体である創造物とともに、主体である己自身を評することになる。そしてそれは目に力のある第三者によって試される。しかし第三者の言葉もまた試されるのだ。なぜならその言葉もまた第三者である人を映し出す「揺れる鏡」であるからだ。
明るい陽の光が却って鏡に映る人物の姿の暗さを強調することがあるように、また街角のガラスに映った自分の姿にハッとすることがあるように、言葉によって発見された鏡像は固定されることなく、「揺れる」。

芸術と言葉の「揺れる鏡的なるもの」について述べたが、人間もまた揺れる鏡だ。
ある人物への思いは、鏡となって自らを映し出す。それに気づける人がいる。それに気づかぬ人もいる。気づかぬ人は鏡に映った自らの姿に讒訴する。そして己への「呪い」を高めていく。または鏡像である己に惚れ、遂げられることのない恋心を抱く。
それは愚かしきことだ。しかし人間という存在はそうした愚行を何億年もの間重ねてきたのである。

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2006年7月19日 (水)

デイヴィッド・ジンマン指揮チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団 「ベートーヴェン交響曲全集」

デイヴィッド・ジンマン指揮

デイヴィッド・ジンマン指揮チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団によるベートーヴェン交響曲全集。廉価盤レーベル「アルテ・ノヴァ(ARTE NOVA)」から発売されており、国内盤は3000円、輸入盤だとそれ以下で手に入る。

ジョナサン・デル・マー校訂による、ベーレンライター版楽譜による全集であるが、ところどころにジンマン解釈による即興的なフレーズ処理が施されており、実質ジンマン版の楽譜によるユニークな演奏になっている。

古楽器奏法(ピリオド奏法)を全面に取り入れ、透明感がありながら良く鳴る弦楽器群と、鋭くも輝かしくなる管楽器群がともに見事な演奏を繰り広げる。

ジンマンの指揮も生命力に満ちており、これほど快活なベートーヴェン演奏は滅多に聴くことが出来ない。ただジンマンの指示による即興フレーズが格調を崩しているところもあるため、初めてベートーヴェンの交響曲全集を聴く人には薦めない。
逆に、「ベートーヴェンは飽きるほど聴いた」という人には大推薦のCDである。

ベートーヴェン/Comp.symphonies: Zinman / Tonhalle.o Zurich

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2006年7月17日 (月)

祇園囃子幻想

祇園囃子幻想

写真はKYOTO RECORDSから発売されている「祇園囃子」のCDジャケット。

祇園祭といえば、宵々々山、宵々山、宵山、山鉾巡行などが連想されますが、祇園祭そのものは、7月の間中続きます。そしてその間、商店街では、このCDに収録された祇園囃子がスピーカーから流れています。そして勿論、宵々々山から宵山にかけては、四条通近辺で本物の祇園囃子が鳴り響きますし、山鉾巡行の日は、祇園囃子とともに山や鉾が動いていきます。

私は京都に移住したのは2002年のことですが、その年の夏、街の至る所から祇園囃子が流れてくるのを聴いて、異界に迷い込んでしまったような、目の前に違う現実が開けているような、そんな思いに駆られました。

祇園囃子は、西洋の音楽とは全く異なる霊感に満ちています。それは私の頭の中に見たこともない別世界を作り出します。

もともと幻想小説は好きで、エドガー・アラン・ポーやギ・ド・モーパッサン、内田百閒、泉鏡花の小説などを愛読していたのですが、祇園囃子の響きが形作る世界には、彼らの小説に通ずるものがあるように思います。

祇園囃子を聴くと、私の意識は別世界に飛びます。そこには生もなく死もなく、人の姿さえもなく、幾万の風車(かざぐるま)が風に歌い、風鈴の音が時間を凍らせています。寂しい世界です。しかし寂しいながらもそこには懐かしさがあります。

なぜ私がそんな世界を思い浮かべるのかは自分でも良くわからないのですが、おそらくこれまでの人生で経験してきた様々な光景が渾然一体となり、そうした幻想へと収斂されていくのでしょう。そして祇園囃子はその幻想を開く鍵の一つなのです。

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2006年7月16日 (日)

大阪の暑さ

京都も暑いが大阪の街もまた暑い。ただ暑さの種類は異なる。

京都の暑さは主に地形によるものであるが、大阪の暑さは地理的条件もさることながら、人口密集による部分も多い。ただでさえ、人口が多いのに(夜間人口は約260万人で日本第3位、人口密度は日本第6位)、1日の人口流入率は日本一で(これにより昼間人口は約360万となり、横浜を抜いて日本第2位となる。昼間の人口密度は正確な資料がないが、大阪より人口密度の高い都市は、東京23区を除けばみな小規模&中規模都市であり、人口流入は少ないためおそらく東京といい勝負だと思われる)とにかく人だらけという状態になる。

特に繁華街は東京よりもゴミゴミしているということもあって人の熱気がもの凄い。人の数そのものは、例えば東京の渋谷やの新宿ほどではないが、大阪は人が集まる場所が狭い地域に集中しているため(例えばキタは梅田駅周辺、ミナミは道頓堀や心斎橋)、ところによっては東京の比ではないほど人が密集している。

人が密集するところは電気消費量も自動車の排気ガスの量も半端ではない、ということで気温は更に上がる。

京都は街全体が蒸し風呂と化したような暑さであり、上からの日光と下からの照り返しと地熱が生む垂直方向の暑さであるが、大阪は暑さは日射しもさることながら、人の熱気が更に気温を上げる水平方向の暑さだ。

どちらの暑さがましかというと、どちらもましではない。体感温度は多分、京都の方が高いだろう。ただ私の場合は、人の多さから生まれるストレスに、より体力を消耗させられる大阪の夏の方が苦手である(但し観光名所に限って言えば、垂直方向の暑さと観光客の多さが生む水平方向の暑さが加わる京都の方が耐え難い)。

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2006年7月14日 (金)

酸素関連商品

酸素関連商品

左はHAKUGENから出ている携帯酸素吸入器「カラダカン O2サプリ」(セブンイレブンで発売)。右はAsahiが発売している、酸素濃度が普通のミネラルウォーターの5倍ある「酸素水」。

生きるためには欠かせない酸素ですが、実は有毒でもあります。酸化という言葉がありますが、酸素は人体も酸化させるので、摂りすぎると老化を早める結果になります。

激しい運動の後や、極度のストレスにさらされている時などは、脳細胞を活性化させる酸素ですが、健康で特にこれといって問題がない場合は摂りすぎない方が賢明です(現代はストレス社会なので、全く摂らないよりは摂った方が良いかも知れませんが)。

ちなみに私は日頃からよく歩き、また慢性のストレスと喘息の持病があるのでこれらの商品を愛用しています。

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『仲間由紀恵のてーげー日記』

今は視聴率女王としてすっかり売れっ子になった仲間由紀恵が、18歳から20歳にかけて(「トリック」でブレークする以前)書いた日記がWeb上にまだ生きています。意外に知られていないので紹介することにしました。

仲間由紀恵のてーげー日記

ちなみに「てーげー」とはウチナーグチ(沖縄言葉)で「適当、いい加減」という意味ですが、さすが仲間由紀恵だけあって、10代から20歳そこそこの女の子にしては落ち着いた雰囲気が文章から感じ取れます(あくまで10代から20歳そこそこの女の子にしてはです。ちなみに仕事が忙しくなったのか次第に文章、内容ともに雑になっていき、正真正銘の「てーげー日記」になってしまうのですが)。

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無邪気な残酷さ

何も知らなければ無邪気でいられる。無邪気なままなら残酷さへの感受性も育たない。
それが残酷なことだとわからないまま、あるいはさほど残酷でないと思い込んで発揮される残酷さほど質の悪いものはない。

小学生の頃、同級生が教室で飼っていた金魚を竹で作った矢で射て、問題になったことがある。彼らはそれがいかに残酷なことか理解していなかったのだろう。北原白秋の童謡に「金魚を一匹突き殺す」という下りを持つものがあるが、子供というのは無知であるが故に残酷だ。

そして、大人が大人にならなくなった今、無邪気な大人達が無邪気な残酷さを示しつつある。奴隷とライオンを闘わせ、というよりライオンが奴隷を喰い殺すという処刑の様を見て熱狂したというローマ帝国市民の感覚が蘇りつつあるのか。

歴史を見てもわかるが、人間とは残酷な生き物である。だが、残酷であるということを意識しつつ行うというサディスティックなそれとは全く異なる、「無知とは悪なり」の残酷さが万延しつつあるようだ。

人の不幸を願うような発言を平気でしたり、知識も思考力も足りないのに何故か自分一人が世界をわかっているように振る舞ったり(知識も思考力もないから世界がわかっているように振る舞えるのだが)、非常識なことを言っても平然としていたり(これも非常識というものをわかっていないからなのだが)。
もちろんそうした種類の人間は昔から多かったのだが、ここまで大人が子供子供した残酷さを見せる時代は余り例がない。情けや手加減というものを一切知らないようにも見える。そもそも世界唯一の大国の元首からして、あれほどのお子様…。
「村八分」という言葉があるが、現代人は「村十分」も平気でやりそうで実に怖ろしい。

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2006年7月13日 (木)

自動販売機でしか売られていない飲料(1) 力水

キリン力水

写真はDHA飲料のキリン「力水」です。以前はコンビニでも売られていたのですが、今はキリンの自動販売機以外でみかけることはなくなりました。DHA(ドコサヘキサエン酸)は記憶力増強に効くと一時話題になりましたが、今は記憶力増強よりも認知症防止のためにイチョウの葉エキス(ギンコ)配合のサプリメントなどに混ぜて売られているのをよく見かけます。

自動販売機でしか見かけなくなった、あるいはもともと自販機でしか売られていない飲料は他にも数多くあるので追々紹介していきます。

KIRIN 力水(楽天市場)

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楽器占い

今日は何だかアクセスがやたらと多いと思ったら、占い目当てにやってきた人が多いのですね。

というわけで新たに占いサイトを紹介します、。YAMAHAのサイト内にある「楽器占い」です。ちなみに私はピアノでした。一番好きな楽器なので嬉しいのですが、占いの結果が当たっているのかどうかは何とも言えません。

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伊丹からの帰り道

いたみホールで夏川りみのコンサートを楽しんだ帰り道。阪急電車の中で、一人の中年のサラリーマンが突然倒れた。そしてそのままピクリとも動かなくなってしまった。周りにいた乗客が倒れたサラリーマンに話しかけるが返事はない。近くにいた若い男性が車掌を呼びに走る。
車掌が来てからも倒れた男性は呼びかけに応えず、体も全く動かない。不幸中の幸いというべきか、次の停車駅である高槻市駅はすぐそこだった。車掌の連絡により、高槻駅のホームに駅員が待ち受けていて、数人がかりでその男性は駅のホームに運び出された。男性は目を開き、何が起こったのか自分でもわからない様子だった。駅員の呼びかけにもやはり何も答えられない。鞄を受け取り、しばらく駅のベンチに腰かけて呆然としていた男性だが、すぐにまた気を失い、体が斜めに傾く。そばにいる駅員は電車の方に視線を向けていたが、気配を察し、慌てて男性の体を支える。危なかった。駅員が気づくのが少しでも遅れていたら男性はホームの硬いコンクリートの上に頭から落ちるところだった。

症状から見て、単なる疲労やアルコール中毒とは思えない。おそらく脳卒中だろう。話しかけられても全く返答出来ない、そして何を話しかけられているのかもわからないことが表情から見て取れる。脳の言語野に異状が発生しているようだ。症状が軽ければいいのだが、あるいは快復しない、最悪の場合は死に至ることも否定できない。

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2006年7月 8日 (土)

日本三大七夕祭り

七夕祭りは日本各地で行われているが、特に有名なのが仙台の七夕祭り(ひと月遅れの8月7日をメインとする祭りである)と、神奈川県平塚市の湘南ひらつか七夕祭りである。

「日本三大七夕祭り」という言葉があるが、三大のうちの二つは仙台と平塚で確定しているようだ。

さて、もう一つはどこか、ということだが、仙台と平塚に比べるといずれもスケールが小さく、「我が町の七夕祭りこそが三大七夕祭りの一つだ」とアピールしている自治体は多いものの、どこも全国的な知名度は今一つである。

私の出身地である千葉市の隣町、千葉県茂原市の七夕祭りも「日本三大七夕祭りの一つである」とアピールしている(愛知県一宮市、同安城市の七夕祭りも地元では「日本三大七夕祭り」の一つであると主張)。しかし、茂原の七夕祭りを千葉県民以外の人達がどれだけ知っているのか、というとほとんど知られていないのではなかろうか。
茂原の七夕祭りは千葉テレビで中継されたりもするが、やはりスケールが小さく、千葉市民であった私も残念ながら行ってまで楽しもうという気にはなれなかった。

ところで千葉県茂原市は全国的な知名度は低めであったが、最近はタレントの小倉優子が生まれた「こりん星」が在る(?)ことで多少有名になったようである。

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2006年7月 6日 (木)

リージョンフリーDVD プレーヤー

DVDにはリージョンコードというものがついている。NTSCの場合、アメリカがリージョンコード1、日本がリージョンコード2、韓国や台湾がリージョンコード3となる。リージョンコードが一致しないと、そのDVDは再生出来ない、つまり、韓国や台湾では日本のユーザー向けに日本語字幕をつけたDVDも数多く売られているのに、リージョンコードが一致しないためそのままでは視聴不可となってしまう(リージョンフリーDVDというものもあってこれは視聴可能である)。
パソコンにはリージョンコードを変える機能がついているが制限がある。ではどうするか。実はリージョンフリーDVDプレーヤーも売られていて、リージョンコードが異なる国のDVDもこれを買えば観ることが出来る。
ということで私も買った。

リージョンフリーDVD<br />
 プレーヤー

という中国製のDVDプレーヤーである。
中国製DVDプレーヤーというと「パンダでたそがれ! それってどうなの!? 世にも奇妙なDVD」という抱腹絶倒ものの記事を連想してしまうが、このDVDプレーヤーはさすがにそこまでは奇妙ではなかった(やはりスクリーンセーバーはついているが)。楽天市場で、6000円以下で発売されており、昨日注文して今日届いた。早い。

画像も音声も問題なし。韓国製のリージョン3DVDを楽しく視聴することが出来た。
今日観たDVDは韓国のミュージッククリップである。「鴨東記」にはまた後日、記事を書くかも知れない。「猫町通り通信」には今日中に記事をアップする予定である。

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2006年7月 5日 (水)

北朝鮮のミサイル発射

北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)がミサイル6発を発射。うち1発はテポドン2号で、打ち上げに失敗した模様。その他のミサイルはノドンとスカッドミサイルだと思われるという。北朝鮮は夕方にも7発目となるミサイルを発射。その他にも数発のミサイルが打ち上げられた可能性があるという。

まったく愚かという他ない。後先のことを考えて発射したとはとうてい思われず、北朝鮮の政治体制の断末魔をも国外に聞かせてしまった。自分で自分の首を絞めていることに気が付いていないのか、気が付いていてもやるのか。

日本を始めとする近隣諸国やアメリカの「対北朝鮮慎重論」もこれで後退するだろう。

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2006年7月 4日 (火)

ホルモン占い

ホルモン占い

ホルモン占いね。私の結果は「コブクロ」でした。ホルモンのコブクロより、こっちのコブクロの方が良いかな。

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2006年7月 3日 (月)

中田英寿選手引退へ

サッカー日本代表として活躍した中田英寿選手が自身のホームページで現役引退を表明。

ワールドカップ・ドイツ大会の対ブラジル戦に敗れた後、ピッチに倒れ込んで動けない姿が彼のサッカー人生のラストシーンとなるようである。

セリエA、ペルージャ移籍後の初の試合で2得点を決めた中田の勇姿は今も鮮明に憶えている(私はWOWOWの生中継を見ていた)。日本人のサッカー選手がヨーロッパのクラブチームでも通用することを知らしめた瞬間であった。

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岩城宏之の思い出

音楽好きの私であるが、育った家族の中で音楽好きは私だけである。特にクラシック音楽を好んで聴くのは私一人しかいない。
そんな私の家であったが、日曜日の朝9時から放送されている「題名のない音楽会」は毎週欠かさず見ていた。黛敏郎が司会を務めるクラシック音楽番組で、指揮者として最も数多く出演したのが岩城宏之であったと思う。私が岩城宏之を知ったのも「題名のない音楽会」においてであったはずだ(子供の頃なので断言は出来ないのだが)。

なにぶん昔のことなので、「題名のない音楽会」のほとんどの回は記憶から抜け落ちてしまっているのだが、岩城がフランス音楽を採り上げた回は何故かよく憶えている。岩城は、「最もフランス的な作曲家は誰か?」という黛の問いに、「やはりドビュッシーである」と断言し、更にドビュッシーの作品中で最高にフランス的な音楽として挙げた『夜想曲』から「祭り」を演奏した。出来は…、オーケストラの力もあって余り良くなかったような…。
黛敏郎は岩城のことを、「日本人指揮者としては最もフランス音楽に詳しい指揮者」と紹介していて、それが意外に思えたことも憶えている。

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2006年7月 2日 (日)

ポイント・オブ・ノーリターン

人生にはいくつかのポイント・オブ・ノーリターンがある。物理的に戻れない場合もあるし、条件が許さない場合もある。精神的に戻ることが不可能なこともまたある。

私もポイント・オブ・ノーリターンをいくつか越えた。越えたくて越えたものは一つもない。越えざるを得なかったものと、いつの間にか越してしまったものだけだ。

最近ポイント・オブ・ノーリターンを越えたのは29歳の時だ。おかしな子供達がおかしな大人達とともにおかしな世界を築いた。私はそこからこぼれ落ちた。
おかしな子供達は今もおかしな振る舞いで多くの人の眉をひそませている。

あの時、私は良い意味での単純さを失った(わかりやすく書くと、「青春の終わりを自覚した」という風になるが、その表現はクサイので私としてはなるべく避けたい)。きついことではあった。

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2006年7月 1日 (土)

「虹とスニーカーの頃」から30年近く経って

1979年にチューリップの財津和夫は、“わがままは男の罪 それを許さないのは女の罪”と歌った。

それから27年が経ち、今では、“わがままは女の罪 それを許しちゃうのが男の罪”とした方がより現実に近い状況になった。
女は強くなり、男は優しくなった、と前向きに捉えることにしようか。

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懲りないシンドラー社

東京都港区で機器異常による死亡事故を起こしたシンドラー社のエレベーターがまたトラブルを起こした。

シンドラー社の仙台支店が入るビルでエレベーターが停止し、男性が閉じこめられたもので、これまで港区の事故を「メンテナンスによるもの」と呆れた発言をしてきた同社ももう言い逃れは出来ないだろう。自社の支店が入るビルのエレベーターは自社がメンテナンスしているはずで、それでもトラブルを起こしたのだから。

ごくたまに(ということにしておく)大手企業の奢りを実感することがある。私もLi○e○oor社の対応に立腹した経験がある。実るほど頭を垂れる稲穂であることは難しいことのようだ。

それにしても、人命よりも自社イメージを優先させて見事に失敗したシンドラー社の幹部というのは何を考えている人達なのだろう。これで仮に(いくら何でもそんな愚かなことはしないと思うが)「我が社も多数の社員を抱えており、彼らの命運が」という開き直りをしたならもう終わりだと思うが。

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東京、京都

1994年の春から2002年の春まで、東京に通う生活を続けた。他県に住みながら東京で一日の大半を過ごす人を俗に「○○都民(○○には県の名前が入る)」という。私は千葉市民だったから、「千葉都民」ということになる。

東京は関東平野の中央に位置する街であり、拡がろうと思えば関東平野一杯まで拡がることが出来る。
関東には東京の他にも、横浜市、川崎市、千葉市、さいたま市といった政令指定都市を始め、多くの大都市があるが、それらは全て東京の衛星都市であり、東京なしでは成り立たない街だ。そしていずれも「東京らしさ」に浸食された「擬似東京都市」であり、東京の一機能を担った「東京化された街」も多い。

東京は実に大きいのである。

江戸時代に人口100万を超え、世界一の大都市となった東京(江戸)は、明治になって首都となり(遷都の詔が出ず、また「奠都」〔新たに都を作ること。都を移す遷都とは異なる〕という言葉を使ったため、今もなお、紛らわしいことになっている)、日本の中心となった。

中心となったと書いたのは日本が東京を中心とする中央集権国家となったためである。それまでは地方分権が基本であり、地方のことはその地の当主(大名)が決めていたのだ。しかし、それでは近代化が遅れるということで、明治政府は首都を東京に移し、中央集権国家を造り上げた。

それは当時としては意味も意義もあることだった。実際、日本は世界史上、稀な急成長をその後二度も成し遂げている。

しかし、そのために、日本全体が東京化することになった。それは戦後の「アメリカ化」にも似た強烈さだった。関東にはミニ東京がいくつも出来、大阪も第二東京のようになってしまった。

あらゆる面で「個性」が失われた。失うことが実は善しとされていたのではないかという気もする。

8年間の東京生活、若しくは27年間の東京傘下での生活を経て、私は今、京都で暮らしているのだが、ここもまた「東京らしさ」の浸食を免れてはいないようだ。

もちろん、良くも悪くも京都らしさは残っている。東京らしさに対抗できる(対抗なんてしなくてもいいのかも知れないが)個性を提示できる街として京都は最右翼だろう。しかし、人間レベルで見た場合、京都人らしさと東京人らしさは実に似ている。あらゆる意味において「狭い」。

東京も京都も都市の一形態でしかなく、そこの住民は住民であるに過ぎないのだが、「虎の威を借る狐」のように、自らのステージを一段高く置きたがる(勿論、あくまでそういう人が他の都市に比べて多いということで全員がそうではあるということではない。そんなことを意識せずにきちんと生活している人の方がむしろ多いことも当然だ)。それが良いことなのか悪いことなのかは一概には言えないが、地方出身者である私の目には東京人も京都人もいささか奇異に映ることは否めないのである。

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