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2006年7月 1日 (土)

東京、京都

1994年の春から2002年の春まで、東京に通う生活を続けた。他県に住みながら東京で一日の大半を過ごす人を俗に「○○都民(○○には県の名前が入る)」という。私は千葉市民だったから、「千葉都民」ということになる。

東京は関東平野の中央に位置する街であり、拡がろうと思えば関東平野一杯まで拡がることが出来る。
関東には東京の他にも、横浜市、川崎市、千葉市、さいたま市といった政令指定都市を始め、多くの大都市があるが、それらは全て東京の衛星都市であり、東京なしでは成り立たない街だ。そしていずれも「東京らしさ」に浸食された「擬似東京都市」であり、東京の一機能を担った「東京化された街」も多い。

東京は実に大きいのである。

江戸時代に人口100万を超え、世界一の大都市となった東京(江戸)は、明治になって首都となり(遷都の詔が出ず、また「奠都」〔新たに都を作ること。都を移す遷都とは異なる〕という言葉を使ったため、今もなお、紛らわしいことになっている)、日本の中心となった。

中心となったと書いたのは日本が東京を中心とする中央集権国家となったためである。それまでは地方分権が基本であり、地方のことはその地の当主(大名)が決めていたのだ。しかし、それでは近代化が遅れるということで、明治政府は首都を東京に移し、中央集権国家を造り上げた。

それは当時としては意味も意義もあることだった。実際、日本は世界史上、稀な急成長をその後二度も成し遂げている。

しかし、そのために、日本全体が東京化することになった。それは戦後の「アメリカ化」にも似た強烈さだった。関東にはミニ東京がいくつも出来、大阪も第二東京のようになってしまった。

あらゆる面で「個性」が失われた。失うことが実は善しとされていたのではないかという気もする。

8年間の東京生活、若しくは27年間の東京傘下での生活を経て、私は今、京都で暮らしているのだが、ここもまた「東京らしさ」の浸食を免れてはいないようだ。

もちろん、良くも悪くも京都らしさは残っている。東京らしさに対抗できる(対抗なんてしなくてもいいのかも知れないが)個性を提示できる街として京都は最右翼だろう。しかし、人間レベルで見た場合、京都人らしさと東京人らしさは実に似ている。あらゆる意味において「狭い」。

東京も京都も都市の一形態でしかなく、そこの住民は住民であるに過ぎないのだが、「虎の威を借る狐」のように、自らのステージを一段高く置きたがる(勿論、あくまでそういう人が他の都市に比べて多いということで全員がそうではあるということではない。そんなことを意識せずにきちんと生活している人の方がむしろ多いことも当然だ)。それが良いことなのか悪いことなのかは一概には言えないが、地方出身者である私の目には東京人も京都人もいささか奇異に映ることは否めないのである。

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