« デイヴィッド・ジンマン指揮チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団 「ベートーヴェン交響曲全集」 | トップページ | 忌野清志郎「不確かなメロディー」 »

2006年7月20日 (木)

揺れる鏡

優れた芸術は、その鑑賞者の実態をも明らかにする。その作品に対するスタンス、好悪、内的に消化するか、外的に客観視し続けるかによって。
芸術とは「揺れる鏡」であり、そこには創造者と鑑賞者の姿が二つながら映る。創造者が作った溝に、鑑賞者の心が水のように自然に満たされる。
鑑賞者の言葉は、客体である創造物とともに、主体である己自身を評することになる。そしてそれは目に力のある第三者によって試される。しかし第三者の言葉もまた試されるのだ。なぜならその言葉もまた第三者である人を映し出す「揺れる鏡」であるからだ。
明るい陽の光が却って鏡に映る人物の姿の暗さを強調することがあるように、また街角のガラスに映った自分の姿にハッとすることがあるように、言葉によって発見された鏡像は固定されることなく、「揺れる」。

芸術と言葉の「揺れる鏡的なるもの」について述べたが、人間もまた揺れる鏡だ。
ある人物への思いは、鏡となって自らを映し出す。それに気づける人がいる。それに気づかぬ人もいる。気づかぬ人は鏡に映った自らの姿に讒訴する。そして己への「呪い」を高めていく。または鏡像である己に惚れ、遂げられることのない恋心を抱く。
それは愚かしきことだ。しかし人間という存在はそうした愚行を何億年もの間重ねてきたのである。

そう、そして最後に記すが、ここに書いた言葉が私の鏡に映った言葉ということになる。
評価はどうぞご自由に。

|

« デイヴィッド・ジンマン指揮チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団 「ベートーヴェン交響曲全集」 | トップページ | 忌野清志郎「不確かなメロディー」 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 揺れる鏡:

« デイヴィッド・ジンマン指揮チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団 「ベートーヴェン交響曲全集」 | トップページ | 忌野清志郎「不確かなメロディー」 »