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2006年7月13日 (木)

伊丹からの帰り道

いたみホールで夏川りみのコンサートを楽しんだ帰り道。阪急電車の中で、一人の中年のサラリーマンが突然倒れた。そしてそのままピクリとも動かなくなってしまった。周りにいた乗客が倒れたサラリーマンに話しかけるが返事はない。近くにいた若い男性が車掌を呼びに走る。
車掌が来てからも倒れた男性は呼びかけに応えず、体も全く動かない。不幸中の幸いというべきか、次の停車駅である高槻市駅はすぐそこだった。車掌の連絡により、高槻駅のホームに駅員が待ち受けていて、数人がかりでその男性は駅のホームに運び出された。男性は目を開き、何が起こったのか自分でもわからない様子だった。駅員の呼びかけにもやはり何も答えられない。鞄を受け取り、しばらく駅のベンチに腰かけて呆然としていた男性だが、すぐにまた気を失い、体が斜めに傾く。そばにいる駅員は電車の方に視線を向けていたが、気配を察し、慌てて男性の体を支える。危なかった。駅員が気づくのが少しでも遅れていたら男性はホームの硬いコンクリートの上に頭から落ちるところだった。

症状から見て、単なる疲労やアルコール中毒とは思えない。おそらく脳卒中だろう。話しかけられても全く返答出来ない、そして何を話しかけられているのかもわからないことが表情から見て取れる。脳の言語野に異状が発生しているようだ。症状が軽ければいいのだが、あるいは快復しない、最悪の場合は死に至ることも否定できない。

街から「死」の気配が消えてから久しい。かっての京都は「死」に満ちあふれていた。鴨川には捨てられた死体が山と重なり、鳥辺野、化野、蓮台野は幾百とも知れぬ遺体とそれをついばみに来る鳥の姿に覆われた。
医学が発達していなかったこともあり、京都に限らず、日本中の街のあちこちに病死は風景としてあった。

しかし、今は「死」は病院で迎える時代である。病院という隔離された空間に死の光景は閉じこめられている。私自身、三人の肉親を亡くしているが、そのうち二人は病院で亡くなり、一人は遠く離れた金沢で突然の死を迎え、いずれも死の瞬間に立ち会うことは出来なかった。
「死が目の前で起こるものではなくなっている。死が現実世界から遠くなっている。そしてそれ故、死に対する感性が鈍麻している」

伊丹から帰り道で見た光景は、あるいは私が初めて見る人間の死の瞬間(というには緩慢だが)になるのかも知れない。もちろん、私は男性が死なないことを願っているけれど。

伊丹からの帰り道。「死」が初めて肉体を身に纏って目の前に現れたような気がした。
「死」が本当の意味での重さを持って存在を主張したように思われた。

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