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2006年8月の30件の記事

2006年8月31日 (木)

映画「UDON」関連商品

映画「UDON」関連商品

公開中の映画「UDON」(本広克行監督作品。ユースケ・サンタマリア主演。フジテレビ制作)の松井製麺所(架空の会社である)とローソンのコラボレーションにより生まれた冷やし讃岐うどん「鶏天おろしうどん」。監修は本広監督の実弟である本広秀行氏。うどん職人である秀行氏は香川で「松井うどん」という店を開いているという。

メディアミックスを得意とするフジテレビですが、次々と関連商品を送り込んできますね。ちなみにこのようにブログで宣伝していますが、私自身は「UDON」を見に行くかどうかまだ決めていません。

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2006年8月30日 (水)

義塾

慶應義塾大学や明徳義塾高校の校名に使われているため有名である「義塾」という言葉、実は「民間が設立した学費無料の学問所」という意味である。

慶應義塾は福沢諭吉が私塾を拡大して本格的な学問所を作る際に校名として選び、その名の通り、学費という形で塾生から金を取ってはいなかった(もちろん金銭を一切払わないということはなく、塾生が慶應義塾を共同で運営するという形式であった)。しかし義塾というスタイルは時代に合わなくなり、財政難のため福沢も一度は慶應義塾廃校を考えたという。

今では慶應義塾大学は学費が高く(といっても東京都の私立大学としては安い方であるが)、「頭と家柄の良いお坊ちゃんお嬢ちゃんが多く通う大学」というイメージであり、本来の義塾からは一番遠い学校になってしまったのだが、伝統を大切にするためか義塾という言葉は残しており、今でも義塾(義学)という言葉がそのまま生きている東アジア系の留学生を不思議がらせている。

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名匠クラウディオ・アバドが描く豊饒なるワーグナー

Abbado ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の第5代常任指揮者であったクラウディオ・アバドが2000年と2002年に録音した「ワーグナー管弦楽曲集」(ドイツ・グラモフォン)。

音楽一家に生まれたクラウディオ・アバドは育ちの良さから生まれる気品ある音楽性を特徴とする指揮者。しかしそのためにドイツものを振らせると、「迫力に欠ける」、「深みがない」という評価を受けることもあった。

ベルリン・フィルのシェフを務めていた頃も、前任者であるカラヤンと比較され、「カリスマ性に欠ける」、「ドイツものを得意としない指揮者がベルリン・フィルを率いていいのか」という疑問を投げかけられることもあった。しかしこの「ワーグナー管弦楽曲集」はアンチ・アバドをも黙らせる傑出したアルバムである。
ベルリン・フィルの優秀な機能を生かし、強固な構築を保ちながら旋律を豊かに歌わせ、しかもスコアの細部まで目を配ることで、全ての音に湧き出でる泉のような生命力と清冽さを与えることに成功している。ワーグナーが書き込んだ音符が今初めて生命を与えられ、活動を始めたような新鮮さを持ち、スピーカーを勢いよく飛び出して部屋中を満たすような豊饒なる音楽。

輸入盤も出ているが、国内盤は特別に「ワルキューレの騎行」を収録。

ワーグナー/Orch.works: Abbado / Bpo +walkurenritt

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2006年8月29日 (火)

「冥王星」入り組曲『惑星』大ヒット

先日惑星から降格した冥王星。その「冥王星」の音楽が入った組曲『惑星』のCDが大ヒットしている。演奏はサー・サイモン・ラトル指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団ほか(EMI)。

このCDは発売前(2006年8月23日発売)から、ベルリン・フィルのシェフであり、世界最高の指揮者の一人であるサー・サイモン・ラトルが26年ぶりにホルストの組曲『惑星』を再録音するということで、またベルリン・フィルが音楽監督と組曲『惑星』を録音するのはカラヤン以来25年ぶりということでも話題になっており、ヒットは確実であった。「冥王星」を含む録音(「冥王星」を作曲したのはイギリスの作曲家であるコリン・マシューズ)ということもセールスポイントの一つであったのだが、発売直後に冥王星が惑星から降格になったことで、“おそらくコリン・マシューズの「冥王星」が録音されるのはこれが最後になる”という話題作りに成功。これまでクラシックに興味のなかった人にまで「冥王星」という曲の存在を知らしめ、異例の大ヒットとなったそうだ。

怪我の功名(と言っていいのかどうか)でセールスを伸ばしたラトル指揮の組曲『惑星』であるが、一方でクラシック好きの人達の中には、「もはや惑星でない『冥王星』が入っている組曲『惑星』なんて珍品以外の何ものでもない」と考える人もいたようで、ラトルの『惑星』の購入予約を取り消すケースもあるという。何事においてもそうだが、プラスに働く面とマイナスに転じる要素は重なっていることが多い。

「きれいは汚い、汚いはきれい」(ウィリアム・シェイクスピア『マクベス』より)

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2006年8月28日 (月)

人から教わりし言葉

堕落とは上に向かって堕ちること。

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格好いい苗字

日本人は沢山の苗字を持つことで知られています(推定30万前後)。

隣国の韓国や中国は比較的苗字が少なく、韓国では「金、朴、崔、李、鄭」などといった姓、中国では「李、王、劉、陳」といった姓を持つ人が大変多く、中国人や韓国人を無作為に100人集めると、同姓の人が何人もいるということになるのですが、日本人を無作為に100人集めても同じ苗字の人が一人もいないということはままあると思われます。

苗字にも色々あるわけですが、客観的に見て、もしくは個人的に格好いいと思ってしまう苗字があるはずです。

私が個人的に格好いいと思うのは、「近衛」、「一条」などといった藤原摂関家系や、「勅使河原」、「武者小路」といった奥ゆかしいもの。「北条」、「上杉」、「藤堂」、「小早川」などといった武将系の苗字です。
全ての苗字に共通して言えるのは名家であるということで、やはり歴史上名高い人物を輩出した家の苗字は字の意味とは関係なく「格好いい」と思ってしまうようです。

ところでもし「好きな苗字に今すぐに変えることが出来る(もしくは変えなければならない)」としたら、日本人はどの苗字を希望するのでしょうか。日本人が一番憧れる苗字は何なのか?
「トリビアの種」になりそうな題材ですね。私自身は「トリビアの泉」に投稿する気はありませんが(どうしても知りたいとまでは思わないので)、もし「日本人が最も憧れる苗字」を知りたい方がいらっしゃったらフジテレビにメールするのもいいかも知れません。

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2006年8月27日 (日)

経験という名の病

経験は一種の病を引き起こす。経験は未経験の事柄、未知の出来事を排除する。経験はルーティンと奢りを生み、感受性を蝕む。

何度も帰る。原点に帰る。原典に帰る。岐路まで戻る。経験という重層的な病を価値あるものにするためにはそれしかない。

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2006年8月25日 (金)

Matthews-Passion

Planets 2006年8月24日、チェコの首都プラハで開かれた国際天文学連合総会で、冥王星を太陽系から外す決議が賛成多数で可決された。これにより太陽系の惑星は「水金地火木土天海」の8惑星に減る。

ところで惑星といえば、それぞれの星に曲をつけたグスタヴ・ホルストの組曲「惑星」が有名である。「火星」、「金星」、「水星」、「木星」、「土星」、「天王星」、「海王星」の、地球を除く7つの惑星の曲が並ぶホルストの組曲「惑星」であるが、2000年になって、「やはり『冥王星』も欲しい」ということで、指揮者のケント・ナガノがイギリスの作曲家であるコリン・マシューズ(Colin Matthews)に作曲を依頼し、「冥王星」を加えたバージョンが作られた。写真はナクソスから出ている「冥王星入り組曲『惑星』」(デイヴィッド・ロイド=ジョーンズ指揮ロイヤル・スコティッシュ・ナショナル管弦楽団演奏)のCDジャケット。しかし、冥王星が惑星から外されてしまった今、コリン・マシューズが作曲した「冥王星」は駄作ではなかったとしても蛇足以外の何ものでもなくなってしまった。

8月23日にはサー・サイモン・ラトル指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団による「冥王星入り組曲『惑星』」のCD(EMI)が発売されたばかりなのだが、売り上げに影響するかも知れない。

ともあれ、コリン・マシューズが作曲した「冥王星」は珍品になってしまった。情熱を傾けて作曲したマシューズにとっては受難であり、少し哀れになる。

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2006年8月24日 (木)

ジョージ・セル指揮クリーヴランド管弦楽団  ドヴォルザーク交響曲第8番(EMI盤)

ジョージ・セル 1970年4月収録。その年の7月に亡くなったジョージ・セルが残した最後の録音の一つである。

20世紀に活躍した最高の指揮者の一人、ジョージ・セルはアメリカ・オハイオ州の中規模都市クリーヴランドのオーケストラを世界最高水準のアンサンブルにまで育て上げた。完璧主義者ゆえに時に「冷たい」といわれたセルの演奏であるが、この最晩年の演奏は温かな音色をオーケストラから引き出しつつ、驚異的なアンサンブルの精度と力強さを前面に出した「世紀の名演」と呼ぶに相応しい出来を示している。

ジョージ・セルという人は音楽以外には全く興味を示さない人だったようで、セルの愛車の走行距離メーターを調べたところ、クリーヴランド管弦楽団の本拠地であるセヴェランス・ホールとセルの自宅までの往復距離に一致した、つまり自宅とホールを往復するだけの生活を送っていた、という伝説を持つ。この伝説が本当か嘘かはわからないが、音楽に没頭したまま生涯を終えたジョージ・セルという男の人柄が偲ばれるエピソードである。

ドヴォルザーク/Sym.8: Szell / Cleveland O (1970)+slavonic Dance.3 10

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2006年8月23日 (水)

自動販売機でしか売られていない飲料(3)

自動販売機でしか売られていない飲料(3)

右が伊藤園の「カテキンサプリメント300」。以前はコンビニでも売られていたが、今は自動販売機でしか見かけない。
左はコンビニで売られている「ヘルシアウォーター」(花王)。やはりカテキンを使用した飲料である。

同じ茶カテキンを使用した飲料であるが目的が違い、「カテキンサプリメント300」は水分の吸収を良くするために茶カテキン300mgを用いたスポーツドリンク。「へルシアウォーター」は体脂肪が燃焼されやすくするために茶カテキン540mgを配合したダイエット飲料である。
「へルシアウォーター」はダイエット飲料であるということもあってノンカロリー。一方の「カテキンサプリメント300」は汗で流れ出た糖分を補うために果糖ブドウ糖液糖やオリゴ糖を使用していて熱量は120kcalもある。

同じカテキン飲料でも用途が違うので、運動中の水分補給には糖も一緒に採れる「カテキンサプリメント300」が、運動前に飲むには脂肪を燃えやすくする「へルシアウォーター」が適していると思われる。

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2006年8月22日 (火)

佑ちゃん通り?

夏の甲子園を制した早稲田実業の斎藤佑樹投手が大人気で、「佑ちゃんフィーバー」なるものが起きているという。

早稲田実業学校のある東京都国分寺市でも、JR国分寺駅前の「大学通り」を「佑ちゃん通り」という名に変えようという案が浮上しているそうだが、本気なのだろうか? 仮に本気だとして、それは斎藤佑樹投手の気持ちを考えての発想なのだろうか?

私が同じ立場で、ある日突然、「弘ちゃん通り」なるものが出来てしまったら、照れくさくて、もう一生その通りを歩けないだろう。
私の感覚はまともだと思うのだが、あるいは世の中には自分の名前が、しかも「ちゃんづけ」で通りの名称となることを喜ばしく思う人の方が多いのだろうか?

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2006年8月21日 (月)

大江戸前世占い

先の記事で「前世」という言葉を使ったので、角川書店の「Walkerplus」のサイト内にある「大江戸前世占い」を紹介します。

私の結果は「武士」。予想通りだったのが面白くない。

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ライチプリン

ライチプリン

中国物産「萬宝閣」北白川店で買ったライチプリン。メイド・イン・マレーシア。ナタデココ入りである。甘味が多少強いが美味だ。

私は前世が楊貴妃だったということもあって(????)、ライチは大の好物である。

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2006年8月20日 (日)

37年ぶり

夏の高校野球選手権大会決勝は、早稲田実業の斎藤佑樹、駒大苫小牧の田中将大の両エースが互いに譲らず、延長15回を1対1で終え、37年ぶりとなる決勝戦引き分け再試合が決まった。

前回の決勝戦引き分け再試合は、昭和44年(1969)、松山商業と三沢高校の対戦。延長18回を0対0で引き分けたこの試合は、三沢高校のエースであった太田幸司(近鉄→阪神→巨人)のアイドル性が話題を集めていたこともあって伝説となっている。
再試合では松山商業が4対2で勝ち、優勝を決めた。
ただ、当時は現在の1府県1代表、北海道と東京は2代表とは違い、地方代表制(2県1代表)だったので、現在の49代表制となってからは、早稲田実業×駒大苫小牧戦が初の決勝引き分け再試合となる。

※後記
8月21日に行われた決勝戦再試合は、4対3で早稲田実業が勝利し、夏の甲子園大会を初めて制した。大会前は駒大苫小牧の田中将大ばかりが超高校球投手として注目されていたが、ヒーローになったのは、球速、コントロールともに田中を上回る好投を見せた早稲田実業の斎藤佑樹であった。

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2006年8月19日 (土)

新しい酒を古い革袋に 遊佐未森『檸檬』

遊佐未森「檸檬」 癒し系シンガー、遊佐未森が大正期から昭和初期にかけての流行歌をカバーしたアルバム『檸檬』。「私の青空」、「蘇州夜曲」、「月がとっても青いから」、「ゴンドラの唄」、「夜来香」などノスタルジックな名曲の数々を、ポップなアレンジと遊佐の透明感溢れる歌声で、現代的に蘇らせた名アルバムである。

まさに「新しい酒を古い革袋に盛る」趣あり。

イーストワールド(東芝EMI)レーベルからの発売。

遊佐未森/檸檬

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UDON 讃岐風うどん

UDON 讃岐風うどん

本広克行監督、ユースケ・サンタマリア主演の映画「UDON」公開に合わせて、マルちゃんこと東洋水産が発売した「UDON 讃岐風うどん」。外観は「赤いきつね」にしか見えないが味はどうなのか? ということで食べてみた。麺が若干太めであるが、味はやはり「赤いきつね」であった。なるほど、「赤いきつね」の味は讃岐うどんのそれだったのか。ユリイカ(我発見せり)!? まあ、あくまで「讃岐風」うどんであって、讃岐うどんとは書いていないので、マイナーチェンジでも良いのでしょう。

ちなみに映画「UDON」にもこのカップ麺は出てくるそうです。

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2006年8月18日 (金)

高校野球 地元の高校の優勝をまだ見ていない

本日(8月18日)の準々決勝で、京都府代表の福知山成美高校が鹿児島工業高校の前に敗れた。これで今年も地元の府県の優勝はなくなった。

千葉県出身で、今は京都に住む私は、両方の府県の代表を応援している。千葉県も京都府も強豪校をいくつも擁しているが、残念ながら私は地元高校の優勝を目にしたことがない。

私が生まれたのは昭和49年で、この年の夏は千葉県代表の銚子商業高校が優勝。翌昭和50年の夏はこれまた千葉県代表の習志野高校が全国を制した。しかし当然ながら私には優勝を見た記憶はない。

千葉県代表の拓大紅陵高校が決勝に進出した夏もあった(1992年)。選抜では1995年に銚子商業が決勝の舞台を踏んだ。昨夏の甲子園では京都外大西高校が決勝戦まで進んだ。しかしいずれも後一歩及ばなかった。

いつになったら地元の高校の優勝を見られるのだろう、と思いながら、今年も他都道県のチームの戦いを楽しむことになる。

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2006年8月16日 (水)

「人間の喜劇」としての『ロミオとジュリエット』

『ロミオとジュリエット』はシェイクスピアの代表作の一つであり、古今東西の戯曲の中で最も有名な作品の一つである。いくら何でも『ロミオとジュリエット』のタイトルも聞いたことがないという人はいないだろう。
一方で、タイトルもあらすじも有名だが、実際に戯曲を読んだ人は少ないことでも知られる。もっとも、戯曲というジャンル自体が余り読まれないので、読まれていないというのは『ロミオとジュリエット』だけに限られた話ではない。

しかし、それ故に、あらすじとイメージだけが先行して、『ロミオとジュリエット』は単純な悲恋物だ、と思っている方も多いはずだ。

『ロミオとジュリエット』は悲恋物でもある。しかし最も痛切に心に響くテーマは恋愛ではなく、人間の愚かしさだ。

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2006年8月14日 (月)

読書感想文なんて書くな

@niftyの「瞬!ワード」(検索ワードランキング)の上位に「読書感想文 書き方」がランクインしています。

ということで読書感想文の書き方について私見を述べます。

「子供のうちは読書感想文なんて書かないで下さい」

読書感想文は読む力を育てません。それどころか、考える力を奪います。いかにもわかったような感想を書く子供が誉められる傾向が強いので皆それに追従するのですね。

というわけで、読書感想文は書かないに越したことはありません。「書きたくもない読書感想文は書かない」というのが、読書感想文の最も良い書き方です。

と、乱暴になりましたが、それでも書かねばならない方は、「こちら」を参考にして下さい。

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後戻りできない文明

東京で大停電が起こる。電気に頼って生きてきた現代人はたちまちのうちに立ち往生する。

電気が発明されてからそう長い歴史を経たわけではないのに、人類は電気なしでもずっとやってきたというのに、電気が発明されてからは、それに頼らないでは生きていけなくなってしまった。

携帯電話やパソコンも然り。今では詳細なニュース速報はまず、携帯のニュースメールやネットから流れてくる。10年ちょっと前まではパソコンもケータイもそれほど普及してはいなかった。しかし、今はケータイやパソコンなしでは相当な不便を強いられることになる。
公衆電話が街から次々に姿を消し、コミュニケーションのスタイルが大変革を遂げ、パソコン無しでは就職の際にエントリーすることも出来ない時代なのだ。

かくして文明は後戻りできない。

アメリカに生まれ、モロッコに渡って活躍した作家、ポール・ボウルズが書いた「シェルタリング・スカイ」という小説がある。ベルナルド・ベルトリッチ監督が映画化したため、一時は文庫本が再発売されたのだが、現在は古本屋かネットオークションでないと(ここでもネットが出てくる時代なのだ)手に入らない。次善の策としてベルトルッチの映画を観るという手もあるが、小説の方がずっと重く、されど面白い。

今、手元に本がないので、詳しくは書けないのだが、「シェルタリング・スカイ」は、観光でサハラを訪れたアメリカ人の夫婦が、砂漠という圧倒的な自然の前に打ち倒されるという悲劇である。アメリカ人夫妻は「文明に依存した現代人」の代表であり、文明の側にいる限り勝者であるが、ひとたび別の原理で動いている世界に出てしまうと全く無力である現代人の一種の「闇」もしくは「病み」を炙りだしている。
とにかく陰惨な小説なので、「小説を読んで暗い気持ちになんてなりたくない」という人は一生読まない方が幸せでしょう。

しかし、今日の停電に代表されるように、現代文明は意外な脆さを持ち合わせている。もはや後戻り出来ない我々は、いつ「やみ」が世界を飲み込むかわからないまま生きなければならない弱い存在でもある。

このまま弱くてもいいのか、或いは(為政者にとっては)弱いほどいいのか、それはわからないが、弱さは自覚していた方がいい。

「一病息災」という言葉が(近年に入ってから生まれたものであるが)示しているように、弱さを抱えているからそれに対するケアを怠らず、結果、より「健全」に生きられるということもあるのだから。

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2006年8月13日 (日)

楽天優勝

昨年のプロ野球は楽天が優勝しましたね、といっても冗談にしか聞こえないが、実はロッテは北京語では「楽天(letian)」と表記されるのである。勿論イーグルスの方の楽天も「楽天」と表記されるので、非常に紛らわしいことになる。
中国が野球の盛んな国だったら、彼の地のマスコミもロッテの表記を変えようとする動きが起こったのかも知れないが、幸か不幸かそんなことはないので、昨年のアジアシリーズの優勝チームは、中国本土では「楽天」ということになっている(野球の盛んな台湾では「ロッテ」は「羅徳」と表記される)。そしておそらく、千葉楽天ではなく東北楽天が優勝したと思い込んでいる人も存在すると思われる。

※後記 
調べると、現在では中国本土でもロッテはマリーンズに関する限りは「羅徳(rude)」と表記されるか、ロッテを外して単に「千葉」と書かれることが多いことがわかった(企業としては相変わらず「楽天」と書かれるようだが)。2004年の記事では「千葉楽天」という表記が見られるので、東北楽天参入時、もしくはアジアシリーズを機に漢字表記変更があったものと思われる。残念だ(?)

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2006年8月12日 (土)

四天王の憶え方

10年ほど前に、奈良のタクシーの運転手さんから教わった憶え方です。

「地蔵さん買うた(こうた)」

東→南→西→北の順に、「地(持国天)蔵(増長天)さん、買う(広目天)た(多聞天)」となります。

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上を向いて歩こう

涙がこぼれないように

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2006年8月11日 (金)

夏に ルイボスティー

夏に ルイボスティー

南アフリカの高原でしか育たない「アスパラサス・リネアリス」を原料とするルイボスティー。含有ミネラルの成分と割合が人体とほぼ同じであるため、夏バテに効く。また活性酸素を抑える働きがあり、ノンカフェインで体にも優しい。

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2006年8月 9日 (水)

長崎・ある晴れた日に

昭和20年(1945)8月9日午前11時2分、長崎市の浦上地区に原子爆弾「ファットマン」が投下される。広島に続く、世界史上2度目にして現時点で最後の都市への核爆弾投下であった。

しかし、この日、原爆投下の第1目標は実は長崎ではなく、福岡県小倉市(現在の福岡県北九州市小倉地区)であった。
「ファットマン」を載せたB29戦闘機「ボックス・カー」は、晴れとの情報を得て小倉に向かう。が、小倉市上空は雲が厚く、また市街地が煙っており投下目標が見えない。実は前日の8月8日に米軍は隣接する八幡市(現在の北九州市八幡地区)で爆撃を行っており、その残煙が雲に混じって市街を覆ってしまっていたのだ。

原爆を搭載したまま帰るわけにはいかない「ボックスカー」は、急遽、目的地を第2候補であった長崎市に変更する。「天候・晴れ」との情報があった長崎であったが、「ボックスカー」が到着した時にはすでに雲に覆われていた。しかし戦闘機が長崎市の浦上地区上空に差し掛かったとき晴れ間が覗く。原爆は投下された。当日の死傷者は7万人以上。その後も後遺症による死亡者は増え、長崎原爆が原因で亡くなった方は14万人を超える。

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2006年8月 8日 (火)

熱中症予防に「水だけ」は却ってよくない

今年は梅雨明けが遅かったということもあって熱中症には十分な対策が必要だ。
地球温暖化で毎年のように平均気温が上がっているということもあり、日本気象協会は「熱中症予防情報」に熱中症ランキングというものを加えて、出すようになった(けれど、宣伝が十分でないので余り知られていないようだ。ライバルの少ない公益法人はこういうところが本当に駄目だと思う)。

熱中症予防には帽子をかぶるなどの直射日光対策と、水分の補給が有効だ。

ただ、水分の補給で気をつけなければならないのは、長時間屋外にいる場合は、ミネラルウォーターや水道水のような「水」だけ摂るのは却ってよくないということである。

水は吸収率が意外によくない。
また汗として出るのは水分だけではない。塩分や糖分など人体の活動に必要な成分もどんどん出ていく。しかし、水だけではこれを補うことが出来ず、結果、水分だけ摂って他の重要な成分を薄めしまうということが起こる。熱中症の症状の一つである熱痙攣は水分だけ摂取して塩分やミネラルの補給を怠った時に起こりやすいとされる。

スポーツドリンクなど、汗で出ていく成分も有効に補える飲料も今は色々出ている。短時間の場合は水だけでも十分だし、「水しか手に入らない」というのなら仕方ないが、どれだけ激しい運動をしても水さえ飲んでいれば大丈夫いう発想は却って危険である。

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2006年8月 5日 (土)

よくわからない歌詞(2) 「京都の恋」

渚ゆう子の代表曲に「京都の恋」という歌がある。“♪風の噂を信じて 今日からは~”という歌詞で始まる、京都を歌った曲としては最も有名なものの一つだ(もともとはベンチャーズのインストゥルメンタル曲で、それに林春生が歌詞を載せたもの)。

この歌には、何度も「白い京都」という言葉が出てくる。ところで「白い京都」とは何なのだろうか?

単純に考えると雪が積もった京都である。しかしこういう歌詞が出てくる。
“白い京都に雨が降る”
雪の京都に雨が降るのだろうか。あり得なくはないが、そうなると余り意味のない歌詞になってしまう。

あるいは「白い京都」は雪が積もった現実の風景で、「雨が降る」というのは心象風景なのだろうか(「京都の恋」は渚ゆう子の歌がほとんどそうであるように失恋ソングである)。もちろん雨は涙のメタファーである。

しかし失恋ということを考えると、「白い京都」は、失恋の痛手で京都の風景が目に入らないということを示しているとも考えられる。

また、“恋によごれた女は明日から 白い京都の片隅に 想い出を捨てるの”という歌詞を読むと、恋を汚れと感じた女がその汚れを纏った街を離れ、(よく知らない場所という意味で)処女地である京都を訪れたため、「汚れていない=白い京都」という発想になるのかも知れない。

しかしこれらはいずれも仮説に過ぎず、「白い京都」が本当は何を示しているのはよくわからない。わからない方が神秘的でイメージが膨らむので、或いはわからない方が良いのかも知れないが。

※後記 「白い京都」とは靄や霧がかかった京都のことではないか、という記述のあるサイトを見つけた。1970年前後の京都を舞台にした小説の一部なのだが、当時の京都では、「靄や霧で真っ白」という光景が良く見られたという。

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2006年8月 3日 (木)

いばら「き」

「いばらき」という名を持つ行政単位はご存知の通り2つ(ないしは3つ)ある。茨城県(更に県内に茨城町がある)と大阪府茨木市だ。
ともに発音は「いばら『き』」なのだが、茨城の方は地元の人も「いばら『ぎ』」と発音することが多く、「いばらぎけん」が正しいと思い込んでいる人もいる。
東京で、「大阪に茨木という街があるから区別するために茨城は『いばらぎ』と読んだ方がいいんだ」と言う人に会ったこともある。

しかし、関西に移り住んで知ったことだが、大阪の茨木も地元では「いばらぎ」と発音されることが意外に多い。実際に声に出してみるとわかるのだが、「いばらき」よりは「いばらぎ」の方がずっと発音しやすいので、本当は「いばらき」でも「いばらぎ」と呼ぶのは自然なことなのだろう。

しかし関東にいた頃はそんなことは勿論知らないから、大阪の茨木市を「いばらぎし」と読む人はいないだろうと単純に信じていた。実際にその場所に来てみないとわからないことは案外多い。

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2006年8月 2日 (水)

スイカ嫌い

夏といえばスイカであるが、私はなぜか子供の頃からスイカが嫌いであった。食べられないということはなかったから、出されれば食べることもあったけれど、自分から積極的に食べようと思ったことはない。京都に移住してからは出してくれる人もいなくなったので、スイカなんてもう何年も口にしていない。前にスイカを食べてのがいつだったか思い出せないほどだ。

なぜスイカが嫌いなのかについて考えてみる。私は食べ物に関しては好き嫌いがほとんどないのに、なぜスイカは嫌いなのか。味は嫌いではない。
種を取るのが面倒だからか? それもあるかも知れないが、種を取るくらい大した手間ではない。
そもそも味が嫌いではないのに、嫌いというのは理不尽だ。おそらく何らかのトラウマがあるのだろう(というのは冗談であるが、味は嫌いではないのに嫌いというのでは、スイカさんも「何でだよ!」と怒りそうだ)。

そういえば、メロンも子供の頃は好きだったが、最近は嫌いになってしまった。と、いうことは形状が嫌いなのか。しかし、あの形状が嫌いとはどうしても思えない。

というわけで、(どうでもいい)謎は深まるばかりなのであった。

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2006年8月 1日 (火)

八月一日

八月一日、または八月朔日と書いて、「ほずみ(ほづみ)」と読む苗字がある。旧暦の八月一日は穂を積む日、つまり収穫の日であったため、八月一日を「ほづみ」と読むことがあるためだ。

また、八月朔日は略して八朔(はっさく)と呼ばれる。徳川家康が江戸に入ったのが八月朔日であることから、徳川家では、江戸が起こった日として「八朔の打ち入り」とし、目出度い日とされた。

ということで都市としての東京が生まれた日でもある八月一日なのでした。

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