« 2006年8月 | トップページ | 2006年10月 »

2006年9月の27件の記事

2006年9月30日 (土)

神戸の海

神戸の海

神戸ハーバーランドより見た神戸港。遠くに見えるのは神戸大橋。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年9月28日 (木)

明治のカールはカレー味が一番

明治のカールはカレー味が一番

子供の頃、明治製菓のカールをよく食べました。私が子供の時分にあったカールは「カレー味」と「チーズ味」の2種類。私が最初に食べたのはカレー味。チーズ味もよく食べましたが、やはりカレー味が一番好きでした。その後、カールは「うすあじ」、「こんぶだし」など色々な味のものが出ては消えを繰り返し、今出ているのは「チーズ味」と「うすあじ」(最近、チョコ味も出たようですが、カールにチョコをコーティングしたものであり、積極的に食べようとは思わないです)であり、カレー味は姿を消してしまいました。

続きを読む "明治のカールはカレー味が一番"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年9月27日 (水)

とろさんま炙り焼寿司

とろさんま炙り焼寿司

近所のコンビニの店長に奨められて予約して買いました。東京・梅丘「寿司の美登利総本店」監修の、とろさんま炙り焼寿司。秋といえばやはり秋刀魚です。個人的には塩焼きが一番好きですね。脂の乗った秋刀魚の味には舌がとろけそうになります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年9月26日 (火)

フジクラ楽器版楽器占い

YAMAHAの「楽器占い」は以前紹介しましたが、実は「楽器占い」と称する占いは数多くあります。

フジクラ楽器版の楽器占いは穏健派で良いですよ。

ちなみに私は鼓。そういえば、私の初舞台は三島由紀夫の『近代能楽集』より「綾の鼓」(藤間春之輔役、観世榮夫演出)だったなあ。

フジクラ楽器「楽器占い」

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2006年9月25日 (月)

虫の音が涼やかです

秋も本番となり、夜になると虫の声が涼やかです。

ところで、「かっては松虫と鈴虫に呼び名が逆だった」、「コオロギとキリギリスの呼び名も逆だった」という説があるようです(童謡「虫の声」にも“キリキリキリキリ、キリギリス”という歌詞と“キリキリキリキリ、コオロギや”という歌詞の2バージョンが存在します)。昔は虫を研究するということ自体がなかったので、区分けも結構いい加減だったのでしょう。

それにしても秋の虫の奏でる音は風情があっていいですね。秋の虫の声を音楽と捉えているのは、ある研究によると日本人だけだとされているようです(といってもこうした研究は大抵比較対照は欧米人のみなので、他の民族はどうなのかわかりません)。

※後記
欧米人も虫の声を楽しむことはあるようなので、「虫の声を音楽と捉える=日本人のみ」説を鵜呑みにするのは避けた方がいいようです。しかし、虫の声を音楽と捉えられるのが日本人だけなのかそうでないのかどうであれ、秋の虫の奏でる音楽の良さに変わりはありません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年9月24日 (日)

小説占い

「小説占い」を紹介します。残念ながらジャンルのみでの判定です。

名前は入れても入れなくても同じ結果(金運最高デーのみ異なる)です。

私の結果は「ファンタジー小説」。部分的には当たっているかな。

http://u-maker.com/46389.html

| | コメント (0) | トラックバック (0)

交響曲のニックネーム

ニックネーム(若しくはタイトル)を持つ交響曲は数多くあります。いずれも名作、ならいいのですが、どうもニックネームの有無は作品の出来とは関係ないようです。ニックネームを持つ有名交響曲を見ていきましょう(余りにもわかりやすいものは除外しています)。

ハイドン
交響曲第94番「驚愕」:当時は音楽は貴族の娯楽。しかし、貴族全員が音楽好きとは限らず、途中で居眠りしてしまう人も多い。そこでハイドンはこの曲の第2楽章で悪戯を仕掛ける。弱音で優雅ではあるが単純なメロディーを繰り返す。音は段々弱くなり、居眠りする人が出そうなところで、いきなりフォルテシモ(強音)で全楽器が鳴り響く。居眠りしていた人は驚愕して目を覚ますという仕掛けである。
交響曲第96番「奇跡」:この曲の初演の際、人々は終演後ステージ上のハイドンのもとに詰めかけた(演奏中、ハイドンの顔を見るために、人々は前の席へと移動したという別の話もある)。その時、突然、劇場中央のシャンデリアが落ちる。しかし、客は全員、1階席の真ん前に押し寄せていたため、死傷者は一人も出ず、人々は「奇跡だ!」、「奇跡だ!」と呼び合ったという(この話が本当かどうかは不明)。
ハイドンの交響曲のニックネームは、そのほとんどが後世になってつけられたものである。

モーツァルト
交響曲第41番「ジュピター」:ジュピターはギリシャ神話の最高神「ゼウス」の英語での表記である。ジュピターが木星の神であることから、日本では戦前から戦後直後にかけては「木星交響曲」と呼ばれたこともあった(が、木星を描写した曲でないことがわかり、現在では使われていない)。
交響曲の中の最高神という意味のニックネーム(もちろんモーツァルトがつけたわけではない)。

続きを読む "交響曲のニックネーム"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年9月23日 (土)

秋分の日

今日は秋分の日です。太陽が真東から昇り、真西に沈むので、昼と夜の時間がほぼ一緒になります。ただ、実際はまだ昼の方がほんの僅かに長いのです。
現在では太陽の上端部分が現れた時を日の出、太陽の上端部分が完全に隠れた時を日の入りとしています。この間が昼です。ただ、秋分の日は、一日の中で太陽が東の地平線から完全に覗いてから西の地平線に完全に没するまでの時間と、それ以外の時間の長さが一致する日なので、太陽の上端が見えてから顔を完全に現すまでの時間の分だけ昼が長いということになります。ほんの僅かな差なので気にする必要は特にないとは思いますが。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年9月20日 (水)

ベスト・オブ・ヘンリー・マンシーニ

Mancini 1924年4月16日、アメリカ・オハイオ州クリーヴランドに生まれ、1994年6月14日にカリフォルニア州ビバリーヒルズで亡くなった映画音楽の巨匠、ヘンリー・マンシーニの代表作を集めたCDを紹介します。BMGのベスト・オブ・ベストシリーズの一枚で、「ピーター・ガン」、「ムーン・リバー」(『ティファニーで朝食を』)、「子象の行進」(『ハタリ!』)、「酒とバラの日々」、「シャレード」、「ピンクパンサー」、「暗くなるまで待って」、「ひまわり」など、有名なマンシーニ作品の他に、ヘンリー・マンシーニ楽団の演奏による、「ロミオとジュリエット」(ニーノ・ロータ)、「ある愛の詩」(フランシス・レイ)、「おもいでの夏」(ミシェル・ルグラン)など、世界を代表する映画音楽作曲家の作品も収録。

マンシーニ作品はとにかくわかりやすく馴染みやすい旋律が特徴。甘い雰囲気を好きになれない人がいるかも知れませんが、メロディーの美しさは特筆ものです。

美しいメロディーを書く秘訣を訊かれたマンシーニは「映画の主演女優さんの顔を思い浮かべるんです。美しい女性の顔を思い浮かべると、自然に美しいメロディーが湧いてきます」と答えていましたが、確かに世界の名女優の美貌に負けないほどの美しい旋律をマンシーニはいくつも生み出しました。

画像の添え物に過ぎなかった映画音楽を、「映画の成功の3分の1は音楽で決まる」という評価にまで高めた作曲家の一人、ヘンリー・マンシーニの偉大なのに親しみやすいミュージックを存分に味わうことが出来るCDです。

Henry Mancini/Best Of

| | コメント (0) | トラックバック (2)

光あれば影あり

されど光余りに強ければ影は憩いの場となる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年9月19日 (火)

目標

瀧廉太郎 23
北村透谷 25
石川啄木&夏目雅子 27
中原中也 30
フランツ・シューベルト 31

享年である。この人と同じ歳までは生きたいな、という目標があった。先に挙げた人達がそれである。そして私は今、シューベルトに並んでいる。次はモーツァルトと芥川龍之介の35歳、その次は、これと同じようなことを書いていた太宰治の38歳が目標だ。長生きなんて望んでいないけれど(病弱だし)少しでも多くの有名人の享年を超えていきたいと思う。ささやかだけれどこれが目標だ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年9月17日 (日)

たいふういっか

前の記事の「ようかいちばし」はローカルネタですが、「たいふういっか(台風一過)」を子供の頃に「台風一家」だと思っていた人は多いと思います。私も子供の頃は、「台風パパ」や「台風ママ」など、「ムーミンパパ」や「バーバパパ」や「パタパタママ」にも似た愉快なキャラクターを想像したことがありました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ようかいちばし

千葉県北東部に「ようかいちばし」という市があった。あったというのは現在では合併により匝瑳市(そうさし)となっているからである。

「ようかいちばし」は八日市場市と書き、毎月「八日」に市(いち)が立ったことからついた地名である。三重県の四日市市、広島県の廿日市市、滋賀県の八日市市(現在は合併により東近江市となった)など、同じような由来を持つ地名は日本各地にある。

しかし、千葉市出身の私は子供の頃、「ようかいちばし」の最後の3文字は「千葉市」だと思っていた。では前半の4文字はどういう意味に取ったかとというと、お察しの通り「妖怪」だと思ったのである。
「妖怪千葉市」。何て怖い街があるのだろう、と思っていた。

随分馬鹿な話だが、「八日に市が立つ」ということを理解できる子供は余りいないので、「ようかいちばし」を「妖怪千葉市」と受け取ったことのある千葉市の子供は、少なくとも私の周りには結構多かった。

しかし、一番最初に書いたように八日市場市は現在では匝瑳市と名を変えた。ということは「妖怪千葉市」という怖ろしくもドキドキワクワクする地名を想像する千葉市の子供はもういなくなってしまうということだ。
どうでもいいことといえばどうでもいいことなのだけれど、少し残念でもある。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年9月14日 (木)

音楽家の愛称

本名や芸名だけでなく愛称も有名な有名人がいます。木村拓哉の「キムタク」、長嶋茂雄の「ミスター」、松井秀喜の「ゴジラ」、矢沢永吉の「エーちゃん」、宮藤官九郎の「クドカン」、小泉今日子の「キョンキョン」などです。

今日は有名人の中でも音楽家の愛称について書いてみたいと思います。

愛称も有名な音楽家は圧倒的に指揮者が多く、中でも有名で本人も公認していた愛称には、レナード・バーンスタインの「レニー」、セルジウ・チェリビダッケの「チェリ」、ハンス・クナッパーツブッシュの「クナ」などがあります。

ヘルベルト・フォン・カラヤンは「帝王」という異名を取っていましたが、これは愛称ではありません。現役の巨匠指揮者として人気の高いスタニスラフ・スクロヴァチェフスキは「ミスターS」と呼ばれることがありますが、これも名前が長いからついた異名で愛称というには少し無理があるような気がします。

ヴィルヘルム・フルトヴェングラーには一応「ヴィリー」という愛称があったようですが、晩年は、特に日本ではフルトヴェングラーのことを「ヴィリー」と呼ぶ人は皆無でした。

日本人指揮者の公認の愛称は小林研一郎の「コバケン」と故・山田一雄の「ヤマカズ」ぐらいでしょうか。井上道義のことを「ミッチー」と呼ぶ人もいますが、世間一般で「ミッチー」といったら、故・渡辺美智雄や及川光博を指すことが多いです。故・上田仁(うえだ・まさし)は親しい人からは「まーちゃん」と呼ばれていましたが、一般人はさすがに彼を「まーちゃん」とは呼ばなかったようです。

故・朝比奈隆は大阪フィル(大フィル)のメンバーやファンから「大将(晩年は御大)」と呼ばれていましたが、世間一般で「大将」というと萩本欽一(欽ちゃん。二つある愛称がいずれも有名というのは凄いことである)のことになるので愛称とまではいかないでしょう。
朝比奈隆の後を継いで大阪フィルの第2代音楽監督になった大植英次は大フィルファンから「監督」と呼ばれていますが、これも世間には浸透していません。

しかし、クラシックに限らず、音楽家というジャンルでいうなら、一番有名な愛称は坂本龍一の「教授」でしょうね。音楽好きが集まって話をしているときに、「ところで教授の新譜だけれど」という話になって、「え? どこの教授?」という人がいたらその人はもぐりです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年9月13日 (水)

頑張れスワローズ

頑張れスワローズ

今年は優勝の可能性はほぼなくなってしまいましたが、私は東京ヤクルト・スワローズを応援しています。1990年代のスワローズは実力を伴った個性派の選手が数多く在籍し、それはそれは魅力的なチームでありました。今のスワローズも私の故郷である千葉県出身の選手が多く、自然に応援したくなります。

写真はスワローズのユニフォームタイプのTシャツ2種。左は私と同郷、千葉市出身で、先日、見事な復活を遂げたばかりの川島亮投手モデル。右は2年連続3割を狙う青木宣親選手モデル。青木選手モデルはメッシュ地です。
部屋着として使用。というより、さすがにいい年してユニフォーム姿で外を歩くわけにはいきません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年9月11日 (月)

観劇公演パンフレット(1) 「噂の男」

噂の男 私が買った演劇公演のパンフレットを紹介します。私はよっぽど気に入った公演か、どうしてもその公演の詳細な情報が欲しい時以外は基本的に演劇公演のパンフレットを買うことはないので、数は少ないのですが、とにかく紹介してきます。

まずは一番最近買ったものから。福島三郎:作、ケラリーノ・サンドロヴィッチ(ケラ):潤色・演出による公演「噂の男」のパンフレットです。「男」の文字の下の方が切れていますが、そういうパンフレットです。

出演は、堺雅人、橋本じゅん、橋本たかし、八嶋智人、山内圭哉ほか。

「噂の男」は作の福島三郎よりも、潤色・演出を担当したケラの近年の作風がより前面に出た公演で、暴力、殺人といった重い展開に笑いを絡ませていく作品でした。救いのないブラックなラストを迎えます。堺雅人と橋本じゅんは同一人物の12年前と現在の姿を交互に演じ分けるのですが、切り替えはさすがに見事です。
演芸場の袖が舞台であり、演芸場のステージと客席(本物の客席からは見えない)からは笑い声が漏れてくるのですが、笑いの場所のすぐそばで陰惨なドラマが行われることによって、「笑いの残酷さ」と「笑いの陰の残酷さ」を炙りだしています。

パンフレットには作、演出へのインタビューと、出演者達へのQ&A。出演者達と演劇以外の分野で活躍する人達との対談等が収録されています。

大阪のシアター・ドラマシティにて購入。

続きを読む "観劇公演パンフレット(1) 「噂の男」"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

男心と秋の空

「男心と秋の空」は変わりやすいものの代表をいった諺だ(「女心と秋の空」はのちに出来た俗諺で、辞書によっては載っていないこともある)。

ところで「秋の空」は変わりやすいのだろうか。秋の空というと「天高く」というように澄み切ったイメージが強く、変わりやすいという印象はすぐには浮かばない方の方が多いと思われる。

実は「男心と秋の空」の「秋の空」とは京都の秋の空のことである。他の地域とは異なり京都の秋の空は気まぐれである。晴れていたかと思うと、突然雨が降り出す。俄雨が毎日のように続く。晩秋から初冬にかけての京都の風物詩である「北山時雨」もある。

というわけで、「男心と秋の空」は京都に於いてこそ実感できる諺なのだった。まあ、男心の方は京都でなくても実感出来るが。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年9月10日 (日)

先生達のスポーツだった日本サッカー

日本にサッカーが紹介されたのは明治6年(1873)のこととされるが、昭和11年(1878)に東京高等師範学校で学習用教材としてサッカーの研究が始まり、本格的にサッカーが日本に根付いていく。

サッカーは「チームプレイの精神を育成するのに最高」とされ、東京高等師範学校をして日本各地の師範学校に散っていった卒業生達が、その土地の師範学校でサッカーを授業に採り入れ、教師の卵達である師範学校生が熱心にプレーした。更にその師範学校を卒業した教師達が、赴任先の学校でサッカーを教え…、という形でサッカーは広まっていく。

特にサッカーに熱心に取り組んだのが、静岡第一師範学校、静岡第二師範学校と埼玉師範学校であり、「サッカー王国・静岡」は静岡の2つの師範学校を卒業した先生達により礎が築かれ、埼玉師範学校のあった浦和も全国屈指のサッカーどころとなった。

ということを私は小学生の時にスポーツの起源について書かれた本を読んで知った。そういう本を読んでいる小学生というのはどうなのだろうと、今から振り返ると思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年9月 9日 (土)

「なぜ?」のない答え

「なぜ?」のない答えは意味をなさない。問いより先に答えがあることの欺瞞と「自己」移譲。

それは例えば、こういう程度のことでしかない。
「どうしてそう思うのですか?」
「だって古館さんが(久米さんが、筑紫さんが)そういってたもん」

これほど極端な人はそうはいないだろうとお考えになるかも知れない。だがこういう人を知らないだろうか。

「だって平×オ×ザが…」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年9月 7日 (木)

重層 文学解釈の楽しみ

「遊びをせんとや生まれけむ 戯れせんとやうまれけん 遊ぶ子供の声きけば 我が身さえこそ動(ゆる)がるれ」(『梁塵秘抄』より)

後白河上皇が編纂した『梁塵秘抄』(「今様」という当時の流行歌を集めたもの)に収録されている有名な歌です。天真爛漫に遊ぶ子供を歌った歌ですが、「遊び」や「戯れ」という言葉から、「これは遊女の嘆きを歌ったものではないか」という解釈があります。「遊ぶ子供」と直後に同じ言葉が出てくるので、「遊び=遊女の生業」とするには個人的には無理があるように思うのですが、遊女の嘆きという解釈で読み直すと、独特の感慨と深みが出るのも確かです。

遊女が出て生きたので、蕉門十哲の一人、榎本其角(宝井其角)が江戸・吉原の繁栄を歌った俳句を見てみましょう。

「暗(やみ)の世は、吉原ばかり月夜かな」

浮き世の中で、吉原だけが月顔負けの明るさを見せて華やかであると詠んでいます。
しかし、切る場所を変えると全く別の趣を持つ歌に変じてしまいます。

続きを読む "重層 文学解釈の楽しみ"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年9月 6日 (水)

1981年当時の世界最先端 YMO『テクノデリック』

YMO 『テクノデリック』 YMO(Yellow Magic Orchestra)が1981年に発表したアルバム『テクノデリック』(アルファ・ミュージック。現在はソニー・ミュージック・エンターテイメントより発売)。

YMOの技術面を支えた松武秀樹が持ち込んだサンプラーを用い、全編にサンプリング音を採り入れた世界初のアルバムである。

ただ、このアルバムの良さはサンプリングを採り入れた斬新さではなく、音楽的な完成度の高さと実験的試みにある。

ケチャやガムランなどインドネシアの音楽の影響が聞こえたり(「新舞踏」)、韓国の伝統音楽にインスパイアされたり(「京城音楽 Seoul Music」)、ミニマルミュージックの手法を採り入れたり(「体操」)、次々と新しい試みを行い、全て成功している。

工場音を使った「前奏」と「後奏」(作曲はいずれも坂本龍一)を聴いてなぜか強烈なノスタルジーを掻き立てられるのも興味深い。坂本のメロディーだけでなく、工場音からもノスタルジアが感じられる。あるいはこれは工業立国、技術立国として世界に冠たる地位を築いた1980年代の日本へのノスタルジアなのだろうか。

Ymo - Yellow Magic Orchestra

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年9月 5日 (火)

グローバル化への皮肉

以下の文章は、「グローバル」という言葉に対するブラックジョークとして有名なものです。

問い
2カ国語を話せる人間をバイリンガルという。3カ国語を話せる人間をトライリンガルという。複数の言語を操れる人間をマルチリンガルという。
では、1カ国語しか喋れない人のことを何というか?

正解は、

続きを読む "グローバル化への皮肉"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

県名と県庁所在地

県名と県庁所在地が一致する県と一致しない県があります。現在の県名は明治時代に決められたものですが、明治政府は幕末の戊辰の役(戊辰戦争)の際、徳川方についた地域の県名と県庁所在地を一致させないようにしました。嫌がらせのようなものです。

徳川方だった地域を見て、それを確認してみましょう。

続きを読む "県名と県庁所在地"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年9月 3日 (日)

山手線の好きな駅

東京にいる頃は当然ながら山手線をよく利用しました。気に入った駅もいくつかあります。今日は気に入っている山手線の駅トップ3とその理由を書きます。

1位 「有楽町駅」 銀座の最寄り駅であり、駅前には有名な有楽町マリオンがある。織田信長の弟である織田有楽斎の屋敷があったことに由来するという駅名も優雅(しかし織田有楽斎の屋敷が当地にあったというのは史実ではないという)。

2位 「恵比寿」 ヱビスビールの工場前に建ったことから恵比寿という駅前がついたという珍しい駅。恵比寿ガーデンプレイスが出来て以降、急速にきれいになった。

3位 「品川」 駅の面積は日本一。新幹線も停まるようになり、駅の東側には企業の高層ビルが相次いで建てられ、21世紀に入ってから周りの風景は一変した。ちなみに「品川」駅であるが、品川区ではなく港区にある。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

山手線占い

山手線占い。歴史ある占いサイトですが、最近なぜか急に注目を浴びるようになったので紹介しておきます。

http://www.web1week.com/tokyo/uranai/

ちなみに私の結果は「上野駅」。当たっていないような気もするが…。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ライチグミキャンディー

ライチグミキャンディー

グミキャンディーがどういうわけか好きなのです。かなり頻繁に口にします。写真はライチ味のグミ。
ライチ味のグミは昨年まで出ていなかったのですが、今年になって2つのメーカーから発売されました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年9月 1日 (金)

突然の秋の恐怖

2006年9月1日、朝目覚めると秋であった。

京都は季節の変化がドラスティックである。昨日まで夏だったのに、突然に秋が来訪していたりする。

季節の激変は京都の魅力の一つであり、気温の変化が激しいため例えば紅葉は他の地域では見られないほど真っ赤に色づく。

しかし気温が急に変わることは私にとっては恐怖でもある。喘息の発作が起きやすいのだ。

喘息を持つ人(日本人の喘息患者は約300万人といわれる)は気管が敏感すぎて気温が急に変わると過剰反応し、大発作を起こすことがある。

医学の発達で喘息の良い予防方が生まれ、発作は起こりにくくなった。ただ今でも毎年、少なくない数の人々が喘息の発作による呼吸困難で命を落としている。

ミステリー作家の山村美紗も喘息で他界した一人だ。ご存知の通り、山村美紗は最近(90年代)まで活躍していた作家である。彼女は喘息発作からくる心不全により亡くなった。喘息の薬の中には心臓に負担をかけるものもある。「喘息は怖い病気ではなくなった」、と言われることもあるが、楽観は出来ない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2006年8月 | トップページ | 2006年10月 »