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2006年9月 5日 (火)

県名と県庁所在地

県名と県庁所在地が一致する県と一致しない県があります。現在の県名は明治時代に決められたものですが、明治政府は幕末の戊辰の役(戊辰戦争)の際、徳川方についた地域の県名と県庁所在地を一致させないようにしました。嫌がらせのようなものです。

徳川方だった地域を見て、それを確認してみましょう。

北海道 松前藩があったが、江戸時代には日本領とは見なされていなかったので除外。同じ理由で沖縄も除外する。

青森:県庁所在地・青森。ただ江戸時代の中心地は弘前である。親徳川。

岩手:盛岡。盛岡藩主の南部家は徳川方についた。

宮城:仙台。仙台藩主の伊達家は藩祖伊達政宗が徳川二代将軍秀忠と三代将軍家光の後見人に指名された(副将軍格)こともあり、外様最大の親徳川である。

山形:山形。ただ江戸時代の中心は米沢と鶴岡。米沢藩主の上杉家と鶴岡藩主酒井家は徳川方。

福島:福島。ただ江戸時代の中心は会津若松。最後の会津藩主松平容保は京都守護職を務めており、薩長側にとっては最大の敵であった。

新潟:新潟。ただ江戸時代の中心は長岡。戊辰の役最大の戦いとされる北越戦争の徳川方主役は長岡藩であった。

以上の地域は戊辰の役の際、「奥羽越列藩同盟」を結成しており、明治政府にとってはかたきであった。

茨城:水戸。水戸藩は徳川御三家の一つ。水戸藩は朝廷寄りであり、戊辰の役の際も朝廷方につくが、徳川十五代将軍:徳川慶喜が水戸藩の出であったため、県名と県庁所在地の名は一致させなかった。

栃木:宇都宮。宇都宮藩は老中を数多く輩出した名藩。宇都宮のある下野国には徳川家康を祀る日光東照宮があり、将軍の東照宮参拝の宿泊地として宇都宮は重要視された。

群馬:前橋。下馬将軍こと酒井忠清が藩主だったこともある前橋藩(厩橋藩)。当然、徳川恩顧の大名が歴代藩主を務めている。前橋城は幕末になってから薩長の動きを警戒して五稜郭同様の西洋型城塞に作り替えられている。

埼玉:さいたま。かつては浦和。江戸時代の中心地は「小江戸」の異名を持つ川越。埼玉県はかっては現在の東京都とともに武蔵国を形成していた。

千葉:千葉。ただし江戸時代の中心地は佐倉。佐倉藩は薩長方への帰順を決めたが、明治に入って中心地は千葉市に移された。

東京 かつては「江戸」と呼ばれた。

神奈川:横浜。横浜はかつては武蔵国。相模国の中心地は小田原で、ここは東海道の要衝であり、当然徳川方である。神奈川は現在の横浜市の一部分(横浜市神奈川区)。

関東は江戸の徳川宗家の根拠地であり、県名と県庁所在地が一致しないケースが多い。

山梨:甲府。甲府は江戸の西の守りとして重要視され、家門や有力譜代大名が歴代藩主に名を連ね、後に甲斐一国は天領(幕府直属)となる。

静岡:静岡。静岡市のかつての名は「駿府(駿河府中)」。徳川家康が亡くなった駿府城があり、江戸幕府が倒れた後は徳川慶喜が入城している。駿府は明治政府の命令により名を静岡と改めることになる。

長野:長野。かつての政治の中心地は松本。

愛知:名古屋。名古屋は御三家最高の名門尾張徳川家の本拠地。戊辰の役の際は尾張藩は薩長方につくが、結局、名古屋は県名になれなかった。

石川:金沢。金沢藩主前田家は戊辰の役の際、徳川方についた。

福井:福井。福井藩は徳川家の家門であるが、いち早く薩長方についたためか県庁所在地と県名は一致している。

三重:津。津藩主藤堂家は代表的な徳川方の大名(外様)。戊辰の役の際は鳥羽・伏見の戦いで徳川方先陣を務めている(が薩長方に寝返った。しかし薩長から見てもそれは卑怯であり、県名と県庁所在地を一致させなかった)。

滋賀:大津。かつての中心地は彦根。彦根藩主井伊家は井伊直弼を輩出したことからもわかる通り、代表的な親徳川家譜代大名。戊辰の役の鳥羽・伏見の戦いでは薩長方に寝返るが、津藩と同様の処遇を受けた。

奈良:奈良。江戸時代の政治の中心地は大和郡山。大和郡山藩主柳沢家は柳沢吉保の子孫であり、当然ながら親徳川であった。

和歌山:和歌山。和歌山藩主は御三家の一つ紀伊徳川家。八代将軍:徳川吉宗以降は徳川宗家は紀伊出身者が嗣ぐことになる。戊辰の役ではいち早く薩長方についたためか、御三家のお膝元で唯一、中心地と県名が一致することになった。

兵庫:神戸。神戸は坂本龍馬と勝海舟が幕府の神戸海軍操練所を作ったことで開けた街。かつては少し離れた兵庫(現在の神戸市兵庫区)の方が大きな街であった。また、播磨の姫路藩は西国の守りとして重要視され、代々徳川家の寵臣が藩主を務めた。

島根:松江。松江藩主松平家は徳川親藩である。

香川:高松。高松藩主松平家は徳川親藩(家門。水戸徳川家の分家)。

愛媛:松山。松山藩主松平家は親藩であり葵の紋の使用を許された数少ない藩の一つ。また伊予国主格を与えられた宇和島藩の伊達家(仙台伊達家の分家)は幕末の四賢候の一人である伊達宗城(だて・むねなり)を輩出しており、代表的な親徳川藩である。

九州地方は全て薩長方であるため、県庁所在地と県名が一致しないところはない。

薩長土肥(現在の鹿児島、山口、高知、佐賀)は全て県名と県庁所在地が一致している。

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