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2006年9月10日 (日)

先生達のスポーツだった日本サッカー

日本にサッカーが紹介されたのは明治6年(1873)のこととされるが、昭和11年(1878)に東京高等師範学校で学習用教材としてサッカーの研究が始まり、本格的にサッカーが日本に根付いていく。

サッカーは「チームプレイの精神を育成するのに最高」とされ、東京高等師範学校をして日本各地の師範学校に散っていった卒業生達が、その土地の師範学校でサッカーを授業に採り入れ、教師の卵達である師範学校生が熱心にプレーした。更にその師範学校を卒業した教師達が、赴任先の学校でサッカーを教え…、という形でサッカーは広まっていく。

特にサッカーに熱心に取り組んだのが、静岡第一師範学校、静岡第二師範学校と埼玉師範学校であり、「サッカー王国・静岡」は静岡の2つの師範学校を卒業した先生達により礎が築かれ、埼玉師範学校のあった浦和も全国屈指のサッカーどころとなった。

ということを私は小学生の時にスポーツの起源について書かれた本を読んで知った。そういう本を読んでいる小学生というのはどうなのだろうと、今から振り返ると思う。

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