« 秋分の日 | トップページ | 小説占い »

2006年9月24日 (日)

交響曲のニックネーム

ニックネーム(若しくはタイトル)を持つ交響曲は数多くあります。いずれも名作、ならいいのですが、どうもニックネームの有無は作品の出来とは関係ないようです。ニックネームを持つ有名交響曲を見ていきましょう(余りにもわかりやすいものは除外しています)。

ハイドン
交響曲第94番「驚愕」:当時は音楽は貴族の娯楽。しかし、貴族全員が音楽好きとは限らず、途中で居眠りしてしまう人も多い。そこでハイドンはこの曲の第2楽章で悪戯を仕掛ける。弱音で優雅ではあるが単純なメロディーを繰り返す。音は段々弱くなり、居眠りする人が出そうなところで、いきなりフォルテシモ(強音)で全楽器が鳴り響く。居眠りしていた人は驚愕して目を覚ますという仕掛けである。
交響曲第96番「奇跡」:この曲の初演の際、人々は終演後ステージ上のハイドンのもとに詰めかけた(演奏中、ハイドンの顔を見るために、人々は前の席へと移動したという別の話もある)。その時、突然、劇場中央のシャンデリアが落ちる。しかし、客は全員、1階席の真ん前に押し寄せていたため、死傷者は一人も出ず、人々は「奇跡だ!」、「奇跡だ!」と呼び合ったという(この話が本当かどうかは不明)。
ハイドンの交響曲のニックネームは、そのほとんどが後世になってつけられたものである。

モーツァルト
交響曲第41番「ジュピター」:ジュピターはギリシャ神話の最高神「ゼウス」の英語での表記である。ジュピターが木星の神であることから、日本では戦前から戦後直後にかけては「木星交響曲」と呼ばれたこともあった(が、木星を描写した曲でないことがわかり、現在では使われていない)。
交響曲の中の最高神という意味のニックネーム(もちろんモーツァルトがつけたわけではない)。

ベートーヴェン
交響曲第3番「英雄」:もとはボナパルト交響曲として、ベートーヴェンがナポレオン・ボナパルトに献呈するつもりで書いた曲。しかし、市民の味方だと思っていたナポレオンがフランス皇帝に即位したことを知ったベートーヴェンは激怒して、ボナパルトの文字を塗りつぶしてしまい、「ある英雄の想い出に」と記した。
あくまでナポレオン・ボナパルトに献呈するつもりで書いた曲で、ボナパルト自身を描写した曲ではないとされる。
交響曲第5番「運命」:後世になってつけられたタイトルで、最近では使われない傾向にある。ちなみにベートーヴェンの交響曲第5番を「運命」と呼ぶのは日本だけ、と言われるがそうでもない。弟子兼秘書のシントラーがこの曲の冒頭主題についての解釈を求めたところ、ベートーヴェンは、「運命はこのようにドアをノックする」と答えたという。しかし、シントラーは弟子としても秘書としても余り優秀ではなく、ベートーヴェンの信頼が得られていなかったことから、この話は創作なのでは、という疑問符がついて「運命」というタイトルは余り使われなくなった。が、一方でシントラーがベートーヴェンにピアノ・ソナタ第17番について訊いたところ「シェイクスピアの『テンペスト』を読み給え」と答えが返ってきたという話からついた、ピアノ・ソナタ第17番「テンペスト」の名は現在でも生きている。こう考えると、「ニックネームなんて本当に適当なものだ」と思えてくる。

ブラームス
交響曲第1番(ベートーヴェンの交響曲第10番)。これはニックネームというより異名で、ベートーヴェンの第10交響曲になってもおかしくないという賛辞から生まれている。ブラームスの交響曲では、第2番が「ブラームスの田園交響曲」、第3番が「ブラームスの英雄交響曲」と呼ばれることもあるが、これらもやはり異名である。

ブルックナー
交響曲第3番「ワーグナー」:ブルックナーはワーグナーの信奉者であり、この曲をワーグナーに献呈したためにこのタイトルがついた。
交響曲第4番「ロマンティック」:「ロマンティック」は「騎士道精神」といった程度の意味。ブルックナー自身による命名。「ロマンティック」の意味を誤解して「センスのないタイトル」という人もいる。

マーラー
交響曲第1番「巨人」:ジャン・パウルの大河小説「巨人」にインスパイアされてマーラーが書いた曲であり、マーラー自身がこのタイトルをつけた。その後マーラーは全5楽章あったこの曲に手を加えて4楽章とし、「巨人」というタイトルも撤回したが、現在もこのタイトルは生きている。
交響曲第2番「復活」:交響曲第1番では「巨人」と呼ばれた英雄が打ち倒される様を描いたが、この交響曲第2番ではその復活を描いた。
交響曲第6番「悲劇的」:死の恐怖に怯えるマーラーが、運命に打ち倒される人間の姿を描いた交響曲である。マーラー自身による命名。

ドヴォルザーク
交響曲第8番「イギリス(ロンドン)」:それまでドイツの音楽出版社ジムロック社から交響曲の楽譜を出版してきたドヴォルザークであるが、そのジムロック社と支払いを巡って衝突、イギリス・ロンドンの音楽出版社から楽譜を出す契約を一方的に結んでしまった。楽譜がイギリスの出版社から出されたため「イギリス」というニックネームがついたが、近年は使われない傾向にある。日本では「イギリス」よりも、ドボ8の略称の方が有名である。
交響曲第9番「新世界より」:ニューヨークのナショナル音楽院の院長になったドヴォルザークであったが、1000年もの間、景観を守り抜いてきたプラハからやって来たドヴォルザークにとって、摩天楼の聳えるニューヨークはカルチャーショックであった。次第にボヘミアへの望郷の念に駆られ始めたドヴォルザークが新世界と呼ばれたアメリカから故郷のボヘミアへの思いを綴る、という意味でドヴォルザーク自身が「新世界より」というタイトルをつけた。単に「新世界」とも呼ばれる(これまた誤解を招きやすい日本タイトルだが、別にいいと思う)。

チャイコフスキー
交響曲第6番「悲愴」:交響曲第6番作曲後、チャイコフスキーはこの曲にサブタイトルを付けたいと思ったが良いアイデアが浮かばない。そこで弟に相談する。弟は「悲劇的」というタイトルを提案するがチャイコフスキーは首を縦に振らなかった。そこで弟は次に「悲愴」というタイトルを思いつく。チャイコフスキーは「それだ!」と即時決定を下した。

ショスタコーヴィチ
交響曲第5番「革命」:革命の勝利を描いたとされたため「革命」のタイトルがついたこの曲だが、次第にその描かれた内容に疑問が呈されるようになり、「革命」と呼ばれることは少なくなった。
交響曲第7番「レニングラード」:第2次世界大戦時のナチスドイツ軍によるレニングラード包囲と、ソヴィエト軍の勝利(正確にいうとソヴィエト軍勝利への希望)を描いた曲。ショスタコーヴィチは包囲中のレニングラードでこの曲を作曲し、完成した曲はレニングラード市(現:サンクトペテルブルク市)に献呈されたためこの名がついた。
交響曲第8番(スターリングラード):これは異名である。第7番が「レニングラード」だったので第8番をスターリングラード攻防戦に例えた。

|

« 秋分の日 | トップページ | 小説占い »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/40048/12022583

この記事へのトラックバック一覧です: 交響曲のニックネーム:

« 秋分の日 | トップページ | 小説占い »