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2006年10月23日 (月)

名曲と同時に都市伝説をも生んだ ザ・ビートルズ 『アビイ・ロード』

ザ・ビートルズ 「アビイ・ロード」ジャケット

ザ・ビートルズのメンバー四人の溝が決定的になった時期、ポール・マッカートニーは何とか関係を修復しようと、ライヴの再開を他の三人に申し込む。しかし、「ライヴでは自分達の音楽表現が出来ないことは最早自明」ということで賛成する者は一人もいなかった。ただテレビ出演なら良いということでそのためのセッションが始まる。だが、これもいつも間にかレコード制作作業の切り替わった。のちに「ゲット・バック・セッション」と呼ばれることになるセッションが行われるが、シングル「ゲット・バック」などのシングル曲を生んだだけで、1ヶ月足らずで打ち切られる。

ポールは更にアルバム作りを提案。1969年2月から同年8月まで断続的にレコーディングが行われた。メンバー全員が揃うことは少なかったという。全員が最後のアルバムだと意識して作った作品、『アビイ・ロード』はこうして生まれた。

それまで地味な存在であったジョージ・ハリスンが「サムシング」、「ヒア・カムズ・ザ・サン」という名曲2曲を作っていることや、リンゴ・スターが「オクトパス・ガーデン」というユーモラスな曲(だが実は深刻な告白が隠されていたことが後になってわかる)を書いていることも重要であるが、ベートーヴェンの音楽に影響を受けたり、ヘビーでストレートな歌詞による曲が続くなど、深い内容が胸を打つアルバムである。

ポールが自身が立ち上げたアップルレーベルの財政難を歌った「You Never Give Me Your Money」は生活の苦しさを嘆く歌詞にも関わらず、センチメンタルでありながら天国的に美しいメロディーを用いて書かれており、特に印象的だ。

ところでこの『アビイ・ロード』のアルバムジャケットは、そのころ流れた「ポール・マッカートニー死亡説」を裏付けるものとされた。
ポール(左から2番目)が裸足なのは死体を暗示しており、写っているのは実はポールのそっくりさん。またジョン(右端)は神父の、リンゴ(右から2番目)は葬儀屋の、ジョージ(左端)は墓堀人の格好をしているのは意図的なものであり、やはりポールの死を暗示したのだと囁かれた。
また、ジョージの後ろに写っているフォルクスワーゲン・ビートルのナンバーは「28IF」である、これも、「もし(If)ポールが生きていたら28歳だった」というメッセージであるとされた。

いうまでもなくポール・マッカートニーは現在も生きており、色々言われたことは全て後付けの理屈である。4人の格好は単に私服であり、車も偶然停まっていたもので、ナンバーにも何の意味もなかった。
理屈と何とかは何にでもつくということの証明であり、都市伝説の成り立ちの一形態を示していることでもこの話は興味深い。

ザ・ビートルズ 「アビイ・ロード」(タワーレコード)

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