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2006年12月の30件の記事

2006年12月31日 (日)

新しいケータイの特徴

十日余りの月

カメラに手ぶれ補正機能がついているので月の画像も苦労せずに撮れます。写真は大阪・京橋から見た夕方の十日余りの月。

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前のケータイ

前のケータイ N901ic

最近まで使っていた携帯電話N901ic。2004年のモデルです。カメラの性能も良く、他の昨日の使い勝手も良かったのですが、充電をし過ぎたからか、バッテリーパックが膨張して卓上ホルダーにはまりにくくなり、結果として充電が上手くいかなくなったため、新しい携帯を買いました。

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2006年12月28日 (木)

長谷川潔銅版画集

長谷川潔銅版画集

1891年横浜に生まれ、1980年にパリに没した銅版画家・長谷川潔の銅版画集を紹介します。長谷川の画を多く所蔵している京都国立近代美術館監修による画集です。

長谷川は1918年に渡仏、フランスが生んだ技法でありながら長く忘れられていたマニエール・ノワールという手法による版画を発表し、高い評価を得ます。

この銅版画集に収められているのは静物画が中心ですが、凛とした揺るぎない美しさに溢れています。また象徴主義の手法を徹底して取り入れた奥深さも魅力です。

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2006年12月27日 (水)

42番

日本人は(日本人だけでなく東アジア人は全てそうだが)数字の縁起担ぎが好きである。例えば「八」は末広がりということで昔から縁起の良い数字とされてきたし、偶数と奇数では奇数の方が良いとされてきた。そして「4」は「死」につながるとされて避けられる傾向がある。マンションなどでも4階を設けずに、3階の上を5階とするところも少なからずある。

さて、数字といえば、スポーツの背番号はそれを背負う選手の顔ともなるためこだわる人は多い。自分の誕生日に由来する背番号にこだわったり(元横浜ベイスターズの佐々木主浩は2月22日2時22分生まれであるため22番がラッキーナンバーであるとして、日本プロ野球でもメジャーリーグでも背番号22以外はつけなかった)、かって名選手がつけた番号には意味がこめられたりする(王や若松の「1」、長島の「3」は主軸バッター、江夏の「28」は左のエース、金田の「34」もエース級の投手)。そして縁起が悪いということで避けられるのが「42番」、俗にいう「死に番」である。42番を背負う選手は基本的に日本語の語呂を気にしない外国人選手が多い。巨人軍では1969年以降、42番を背負う選手は長く現れず、1997年になってようやくエリック・ヒルマン投手がつけた。30年近くも欠番だったわけである。
実はメジャーリーグでは42番は黒人初のメジャーリーガーとなったジャッキー・ロビンソンの背番号であり、ロビンソンの功績により全チーム永久欠番となっており、メジャーではつけることのつけない栄光の42番を背負えることを外国人選手は喜ぶという。

日本人選手で42番をつける選手は少なく、過去現在を含めて大活躍を見せた背番号42の日本人選手は阪神の下柳投手ぐらいであるが、来年から東京ヤクルトの木田優夫選手が42番を背負うことになる。41番からの変更である。木田というと、交通事故に遭ったりするなど余り運に恵まれない選手というイメージがあるが、敢えてかどうかはわからないが縁起が悪いとされる42番への変更。日本プロ野球史上数少ない大活躍した背番号42の日本人選手になれるかどうか注目したい。

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2006年12月23日 (土)

第九あれこれ 2006 その3 バイロイトの第九

フルトヴェングラー バイロイトの第九 NAXOS盤 史上最も有名な第九の演奏は、1951年7月にヴィルムヘルム・フルトヴェングラーがバイロイト祝祭管弦楽団および合唱団を指揮したものでしょう。

フルトヴェングラーは最晩年にウィーン・フィルハーモニー管弦楽団とベートーヴェンの交響曲全曲のスタジオ録音を進めていたのですが、1954年11月のフルトヴェングラーの死により第九のスタジオ録音は行われませんでした。代わりにEMIが出したのが、1951年のバイロイト盤。フルトヴェングラーの死により発売許可が得られないままの発売でしたが、その演奏の出来映えにより、今日まで第九の代表盤とされています。

この録音は従来はEMIからのみ発売されていましたが、最近になって版権が切れたため、様々なレーベルから発売されるようになりました。写真は最新(2006年12月発売)のNAXOSヒストリカル盤。名技師マーク・オバート=ソーンによる復刻で、金管の鮮明度が増しています。その分、トランペットだけが妙に輝かしく却って妙になっていたりもするのですが、分離も良く、ラストのラストに起こる有名な音のズレが実は僅かなものであったことがわかったりするなど(EMIのブランククランクステレオ盤ではグシャリと潰れたように聞こえる)存在感を示しています。

フルトヴェングラーのバイロイトの第九は音質はともかくとして、スケールの大きさ、堂々たる音運び、フルトヴェングラーのベートーヴェンへの共感の深さなど、今後も歴史に残るであろう特別なものになっています。

バイロイトの第九の他のレーベルのCDや、フルトヴェングラーによる他の第九(たとえばフィルハーモニア管弦楽団とのルツェルンの第九など)も紹介したいのですが、それは来年以降ということで。

ベートーヴェン/Sym.9: Furtwangler / Bayreuther Festspielhaus

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2006年12月22日 (金)

第九あれこれ 2006 その2 ヘルベルト・ブロムシュテット指揮

ヘルベルト・ブロムシュテット指揮シュターツカペレ・ドレスデン ベートーヴェン交響曲第9番「合唱付き」1980年盤 第九(ベートーヴェンの交響曲第9番「合唱付き」)のCDは数あれど、その中でも私が特に気に入っているのは、アメリカ生まれのスウェーデンの指揮者、ヘルベルト・ブロムシュテットがシュターツカペレ・ドレスデンを指揮した2枚のCDです。まず1枚目は、シュターツカペレ・ドレスデンを指揮して完成した「ベートーヴェン交響曲全集」の1枚。1980年、ドレスデンのルカ教会でのアナログレコーディング。テノールを名歌手のペーター・シュライヤーが歌っています。

ブロムシュテットはシュターツカペレ・ドレスデンの美しい音色を生かし、端正な演奏を繰り広げます。しかし、それは決して大人しいものでも優等生的な堅苦しいものでもなく、時に力強く、時にあでやかであり、第九という曲の多面性を理想的に表現してみせた、スタンダードで且つブロムシュテットという指揮者の個性も生きた名演です。

ヘルベルト・ブロムシュテット指揮シュターツカペレ・ドレスデン ベートーヴェン交響曲第9番「合唱付き」1985年盤 もう1枚は、1985年、ドレスデン国立歌劇場(ゼンパーオーパー)の再建を祝うコンサートで演奏された第九のライブレコーディング。
デジタル録音ですが、ライブのため録音に制約があったのか、音の拡がりにやや乏しく、オーケストラも少し粗めですが、一方で演奏会、それもドレスデンの誇りである歌劇場再建を祝う演奏会を記録した録音ならではの高揚感を味わうことが出来ます。私が持っているCDはドイツのカプリッチョというレーベル傘下のレーザーライトという廉価レーベルのもので、今は手に入りませんが、同じ音源が、最近、別の会社から700円前後で発売されたので、そちらは入手可能です(ただし海外盤のみ)。

ブロムシュテットというと穏健派のイメージがありますが、いずれの第九を聴いても端正なだけではない、激しい情熱を秘めた指揮者であることがわかります。

ベートーヴェン:交響曲第9番ClassicalEvolution ヘルベルト・ブロムシュテット(指揮)、ドレスデン国立歌劇場管弦楽団

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2006年12月21日 (木)

第九あれこれ 2006 その1 N響の第九

日本では年末になるとベートーヴェンの交響曲第9番「合唱付き」が頻繁に演奏されるようになります。これは日本だけの習慣です。
ヨーロッパ人は日本で年末になると第九ばかりが演奏されるのを不思議がり、ヨーロッパ贔屓の日本人の中にも「第九ばかりなんてみっともない」と考える人もいるようですが、そういう習慣のある国が一つぐらいあってもいいように思います。

年末の第九演奏を始めたのはNHK交響楽団であるとされています。今回は、そのNHK交響楽団の第九のCD2枚を紹介します。いずれもNHKによる録音、キング・レコードからの発売です。

ヨーゼフ・カイルベルト指揮NHK交響楽団 第九 まずは、1908年、ドイツのカールスルーエに生まれ、1968年にワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」を指揮中に心臓発作のために60歳で亡くなったヨーゼフ・カイルベルト指揮の演奏です。合唱は東京放送合唱団と国立(くにたち)音楽大学合唱団。ソプラノ・伊藤京子、アルト・栗本尊子、テノール・森敏孝、バリトン・大橋国一。
1965年12月25日、東京文化会館でのライブ録音。

1965年当時のNHK交響楽団はやや非力(特に金管)であり、録音も音の強さを十分に捉え切れていないように思えますが、カイルベルトの「いかにもドイツの指揮者」らしいガッチリとした構成力を持つ巨大な音楽を楽しむことが出来ます。渋み溢れる誠実な演奏であり、スケールの豊かさ、奥深さなど、カイルベルトという指揮者の実力を思い知らされます。もう少し長生きしていたら20世紀を代表する指揮者になっていたはずで、60歳という指揮者としては若い年齢で亡くなったことが惜しまれます。

ロヴロ・フォン・マタチッチ指揮NHK交響楽団 第九 もう一枚は最近発売されたロヴロ・フォン・マタチッチ指揮のCD。合唱は国立音楽大学合唱団。ソプラノ・中沢桂、アルト・春日成子、テノール・丹羽勝海、バリトン・岡村喬生。
1973年12月19日、東京・渋谷のNHKホールでのライブ収録。

NHKホールはこの年5月に完成したばかりであり、約4000人を収容出来るホールの巨大な空間を気にしたのか、独唱陣が総じて力んでいるのが気になります。

旧ユーゴスラビアの指揮者であるロヴロ・フォン・マタチッチ(1899-1985)は巨大な音楽作りを特徴とする名指揮者であり、N響との相性は抜群で、1965年の初共演以来、1984年まで20年近くに渡って、東京を始めとする日本の聴衆を魅了してきました。

この演奏の特徴は、切れ味の良さで、「霧のよう」と称されることの多い冒頭から弦の動きはクッキリ聞こえ、主題の登場のフォルテシモの爆発力も抜群です。
冒頭に限らず、ここ一番での爆発力は超人的であり、圧倒されます。
録音も優秀であり、カイルベルト盤よりマタチッチ盤の方が一般受けするはずです。

キング・レコードから出ているNHK交響楽団の第九のCDは、他にエフゲニー・スヴェトラーノフ指揮の1995年盤がありますが、オーケストラにミスが多く、スヴェトラーノフの個性も強すぎて妙な第九になっています。スヴェトラーノフのファンにはお薦めできますが、それ以外の方にはどうでしょう(私はスヴェトラーノフが好きですが、それでもこの第九のCDは納得がいかず、すでに手放しています)。

私は、N響演奏の第九のCDの中では、カイルベルト指揮のものが一番好きです。

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2006年12月20日 (水)

『御土居堀ものがたり』

中村武生著 『御土居堀ものがたり』 豊臣秀吉により、京を囲う形で作られた惣構の土塁「御土居」。京都が城塞都市であった頃の名残である。江戸時代以降次第に破壊が進み、戦後、京都市街の拡大により数えるほどしか残っていない御土居堀の魅力に迫る一冊、『御土居堀ものがたり』(京都新聞出版センター)。
著者の中村武生氏は御土居堀の跡に建つ佛教大学の大学院生時代より御土居堀の研究を始め、現在では佛教大学や花園大学の非常勤講師を務めている。
なお、通常は「御土居」という名の方が通りが良いが、中村氏は御土居の外に堀があったことを重視、「御土居堀」という名を用いている。

惣構の説明に始まり、御土居堀の歴史と役割、現存する御土居堀とかって御土居堀のあった場所を地図を用いて説明するなど歴史に詳しい人にもそうでない人にもわかりやすい内容となっている。

「JR京都駅の1番線ホーム(現在は0番線ホームとなっている。日本一長いプラットホームである)は御土居を利用したもの」という話が実は俗説に過ぎないことを明かすなど、御土居堀の歴史を探るのに欠かせない一冊と言える。

中村武生著『御土居堀ものがたり』(京都新聞出版センター) 紀伊國屋書店BookWeb

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新和歌浦 海と砂浜

新和歌浦 海と砂浜

人工海岸である片男波海水浴場の砂浜と和歌浦の海。

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和歌山の海

和歌山の海

和歌山市にある和歌浦漁港。

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2006年12月19日 (火)

和歌山・新和歌浦

和歌山・新和歌浦

片男波海水浴場から見た瀬戸内海。和歌浦(わかのうら)は和歌川河口の旧和歌浦と外海の新和歌浦からなる。

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2006年12月18日 (月)

サー・チャールズ・マッケラス指揮 「モーツァルト交響曲全集」

サー・チャールズ・マッケラス指揮 「モーツァルト交響曲全集」 サー・チャールズ・マッケラスが、プラハ室内管弦楽団を指揮した「モーツァルト交響曲全集」を紹介します。アメリカのTELARCというレーベルからの発売。

1925年、オーストラリア人の両親のもとアメリカに生まれ、オーストラリアで音楽教育を受け、シドニー交響楽団の首席オーボエ奏者を務めた後、イギリスとチェコで指揮を勉強したサー・チャールズ・マッケラスは、現代を代表する名匠。欧州での評価は極めて高く、ベートーヴェン、ブラームス、そしてこのモーツァルトの交響曲全集は最高級の賛辞を得ています。

このモーツァルト交響曲全集では、通奏低音としてチェンバロを使用し、モーツァルト時代の演奏に近づけようという試みがなされていて興味深いですが、それ以上に生命力漲る演奏は素晴らしく、絶賛に値します。

世界最高クラスの室内管弦楽団として高い技術と甘い音色を誇るプラハ室内管弦楽団(指揮を置かずに演奏することも多い)という最高のパレットと絵の具を得て、生き生きとした筆づかいでモーツァルトの肖像を描くマッケラスの姿が浮かびます。

モーツァルト/Comp.symphonies: Mackerras / Prague.co

サー・チャールズ・マッケラス指揮プラハ室内管弦楽団 「モーツァルト交響曲全集」(米廉価盤 HMV) icon

Mozart: The Symphonies / Charles Mackerras, Prague Chamber Orchestra

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おけいはん

「おけいはん」とは京阪電鉄(京阪)のイメージキャラクターです。京阪のキャッチコピーは、「京阪のる人、おけいはん」。意味がわかるようなわからないような不思議なコピーです。

おけいはんはこれまで、淀屋けい子(演じたのは水野麗奈)、京橋けい子(演じたのは江本理恵)というキャラクターが登場し、そしてこの秋から3代目おけいはんとして森小路けい子(もりしょうじけいこ。演じるのは神農幸)がデビューしました。淀屋けい子はOL、京橋けい子は教師という設定。新おけいはん森小路けい子は音大生ということになっています。

おけいはんの姓名は、京阪電鉄の大阪府内の駅名に由来する苗字(淀屋は淀屋橋駅、京橋は京橋駅、森小路は森小路駅)と、けい子という名前から成っています(「おけいはん」とは「けい子さん」という意味)。

さて、3代目おけいはんがデビューしたばかりなので気の早い話なのですが、4代目おけいはんが登場した場合、苗字はどうなるのでしょう。

大阪市内の特急が止まる駅でいうと、北浜駅の北浜けい子、天満橋駅の天満けい子といった名前が挙がりますが、いずれもありふれた感じは否めません。実際はこのどちらかに落ち着きそうではありますが。

各駅停車の駅を見てみましょう、野江けい子は語呂がいまひとつ。関目けい子だと関根恵子(現・高橋恵子)を連想してしまいます。萱島けい子、千林けい子は若い女の子の名前としてはもうひとつ。滝井けい子や土居けい子はありきたり。樟葉(くずは)けい子は一見良さそうですが、実は樟葉の語源は…。

淀屋にしても京橋にしても森小路にしてもありふれた感じがしない苗字になっています。いかにもありそうな苗字だと却って憶えてもらえないかも知れません。
かといって、枚方公園けい子にしたら、もう苗字だか何だかわかりません。

大阪らしくて、それほど妙でない苗字となると、門真けい子、守口けい子など。ちょっと高級感を出したい場合はリアリティには欠けるものの光善寺けい子などになるのでしょう。

2008年には中之島駅が出来るので、中之島線の宣伝も兼ねて中之島けい子になるかも知れません(4代目おけいはんが生まれるとしたら2009年頃になるはずです)。

4代目おけいはんが誕生するかどうかもわからないのに、暇なことを考えてみました。

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2006年12月17日 (日)

好きな短歌(12)

世の中はなにかつねなる飛鳥川きのふの淵ぞけふは瀬となる 詠み人知らず(古今和歌集)

飛鳥川(あすかがわ)の「あす」は「明日」にかかっています。

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2006年12月16日 (土)

京都の歌

ご当地ソングというものがあります。日本全国の地方や都市を舞台とした歌です。古都というブランドもあって京都を舞台とした歌はいくつもあります。

「渚ゆう子 ベスト30」 京都を歌う歌手として有名なのは何といっても渚ゆう子でしょう。京都人と勘違いされることも多いですが、大阪市生まれで、現在も大阪でハワイアン歌手として活躍しているそうです。

この「渚ゆう子 ベスト30」というアルバム(東芝EMI。渚ゆう子のヒット曲は3、4曲なのですが、余りヒットしなかった曲や最近の曲も入れてベスト30として発売しています)にも、「京都の恋」、「京都慕情」(いずれもベンチャーズの作曲)の有名曲のほか、“♪京都~大原三千院~”という歌いだしが有名な「女ひとり」のカバーや「京都慕情」への返歌ともいうべき「京都ひとり」など京都を舞台とする歌、全11曲が収録されています。

「京都慕情」は、京都のインディーズバンドであるSunny Side Upによりカバーされています。

サニー・サイド・アップ「京都慕情」 これがSunny Side Up版「京都慕情」のCDシングルジャケット。Sunny Side Upは男性2人、女性1人の3人編成によるバンド(現在はSUNISAIに名称変更)。村井伸吾と山田和嘉子の2人がボーカルを務めますが、「京都慕情」では村井伸吾がメインボーカルを担当しています。男性ボーカルによる「京都慕情」もいいものです。Sunny Side Upの歌う「京都慕情」は2002年の9月に発売され、2003年には京都インディーズチャートで1位を獲得しています。

さらにキャンペーンソングとして京阪電鉄の「出町柳から/朝靄の京橋で乗り換え」(YODOYA RECORD)があります。
中之島ゆき 「出町柳から」&「朝靄の京橋で乗り換え」 2003年に製作されたもので、中之島ゆき名義の女性歌手が歌っています(正体は元アイドルグループのメンバーで、最近はテレビドラマ「結婚できない男」にも出演していたあの人です)。京阪電鉄のキャンペーンソングだけに京阪の駅名が次々出てくる(だけの?)歌です。音楽として楽しむ種類のものではありませんが、京阪電車をよく利用する人や、京阪沿線で暮らす人々には嬉しい曲です。

渚ゆう子/ベスト 30 (Re-issue)

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2006年12月15日 (金)

街の想い出(4) 新宿その2 テアトル新宿

新宿には何度も映画を観に行きました。多くの映画館に行きましたが、その中で最も多く通ったのがテアトル新宿です。新宿駅東口から地下街を通り、紀伊国屋書店に入って本を探したり買ったりした後、その裏通りを歩いてテアトル新宿に通いました。

テアトル新宿

テアトル新宿で観た映画で特に印象に残っているのは3本、中国映画祭で観た「息子の告発」とDVDのカテゴリーに記事を書いた「カリスマ」、そして「ナビィの恋」です。

「カリスマ」のことはもう書いたので、「息子の告発」と「ナビィの恋」について書きます。

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2006年12月12日 (火)

好きな短歌(11)

白川通では色づいた木々の葉も落ち、作業員達が枝を切り落とす作業をしていた。ついこの間まで色に溢れていた通りが、急にコンクリート一色になってしまったように見えた。そして浮かんだ歌。

見渡せば花も紅葉もなかりけり浦の苫屋の秋の夕暮れ 藤原定家

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観劇公演パンフレット(4) 加藤健一事務所 「コミック・ポテンシャル」

加藤健一事務所 「コミック・ポテンシャル」 加藤健一事務所が2004年に上演した「コミック・ポテンシャル」のパンフレットを紹介します。
2004年8月14日に京都府立府民ホールALTIで購入したもの。

「コミック・ポテンシャル」は、イギリスの劇作家アラン・エイクボーンの作、小田島恒志の日本語訳、加藤健一の演出によって上演されました。
出演は、加藤健一、加藤忍、細見大輔(演劇集団キャラメルボックス)、平栗あつみ(演劇集団「円」)、小田豊、古坂るみ子(文学座)ほか。

舞台は近未来。アンドロイドと人間が共存する社会。過酷なスケジュールをこなす職業であるテレビ俳優は全てアンドロイドが務めるようになっています。アンドロイドはディレクターの指示通りに動くだけ、感情も何もなく、演技が終わると活動を停止させられます。しかし、ジェシーという名の女優アンドロイド(加藤忍)が何故か感情を持ってしまい、そのジェシーにアダム・トレインスミス(細見大輔)が恋をしてしまったものだからさあ大変、駆け落ちのような形でスタジオを出たジェシーとアダムをディレクターのチャンドラー(加藤健一)らが追うことになります。

ちなみに加藤健一は、韓国ドラマ「冬のソナタ」の主題歌「最初から今まで」をオープニング音楽として使い、劇中にも「サン様だかヨン様だか知らないが」というセリフを入れて、当時の異様なまでの冬ソナブームを茶化していました。

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「のだめカンタービレ」もいいけれど

「のだめカンタービレ」もいいけれど、1993年10月から1994年3月にかけて、「のだめ」と同じフジテレビ系列の深夜枠で放送されたクラッシックドラマ「マエストロ」も面白かった。

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2006年12月11日 (月)

Nさんのこと

明治大学の夜間部で学んだことで、年の離れたおじいさんやおばあさんと同等の学生として学ぶという貴重な体験を得ることが出来た。

Nさんは定年退職後に明治大学の特別入試を受けて史学地理学科に入学し、日本の古代史を専攻するおじいさんだった。私は史学地理学科ではなく文学科の文芸学専攻で日本の近現代文学とシェイクスピアなどの戯曲を主に研究(というほど大したものではないが)していたので、2年生まではNさんのことを知らなかったのだが、3年生の時に中国語の特設クラスでNさんと一緒になったのだ。Nさんは非常に熱心なおじいさん学生で、彼の姿を見て感化され、私も熱心に勉強に励んだものだ。

日本では高校卒業後すぐに大学に入学するか、大学に進むための準備を続けるのが当たり前とされている。しかし、Nさんのことを知って、そういった直線的な大学進学が当然とされる風潮が逆に妙に思えるようになったのだ。

江戸時代の藩校には卒業という観念がなかったものが多いという。学問が必要と思う限り何歳になっても学び続け、学ぶより大事なことがあると思ったときに藩校や学問所を離れればいいということだったようだ。水戸藩の藩校であった弘道館を訪れた時に私はそれを知ったのだが、何歳になっても学ぼうと思うNさんの姿と弘道館の在り方に学問というものに対する一つの理想を見出したような気がしたのだ。
「学問に終わりはない」。そんな当たり前のことは私はNさんに教わったのである。

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2006年12月10日 (日)

関西とは

関西とは逢坂の関の西、具体的には京阪神地方のことを指すといわれている。

しかし、京都は関西という言葉が持つイメージから少し外れている。京都人にも「京都はあくまで京都。関西っていうたら大阪のことでしょう」と思う人は多いだろうし、京都に住んでいる私自身も、「京都」と「関西」という言葉の間に隔たりを感じてしまう。

さて、確かに大阪は関西という言葉のイメージに一番近いが、大阪という地名があるのだから、わざわざ「関西」という言葉を使う必要はない。

神戸も、やはり「神戸は神戸」というイメージで、関西という言葉から外れている。阪神間は関西的なイメージがあるが、例えば高級住宅地のある芦屋などはやはり、「芦屋は芦屋」とするほうがピッタリ来る。

果たして関西とはどこなのか。

関西というのは、京都、大阪、神戸を始め、それぞれ独自の強い個性を持った街が集中する場所である。個性が強いということは、それをひとくくりにしにくいわけで、それゆえ「関西」という、多くの街をひとまとめにした言葉は馴染みにくいのだと思われる。
「関西」というのは地名としては余りコンクリートなものではなく、どの街にも「うちはうち」という思いがあるようだ。
それゆえ、同じ関西とされる京都と大阪がサミット誘致で一歩も譲らなかったりするし、道州制導入の件についても京都市と大阪市はすでに「近畿地方が州として統合された場合、州都は我が街以外あり得ない」という主張を表明している。

関東は関西とは全く違う。箱根の関の東を指す「関東」は、関東地方という正規の区分にもなっており(関西は大まかな言葉で、正規の区分では近畿地方である)、東京都民も神奈川県民も千葉県民も埼玉県民も茨城県民も栃木県民も群馬県民も、他人から「関東の方ですか?」と訊かれたら「はい」と答えるはずだ(東京都民には「東京です」と答える人もいるかも知れないが)。関東地方は東京を中心に発達しているので、それぞれの街も「東京を中心とした同心円上にある」という感覚が強いのである。だから関東州が出来た場合、州都が東京になることに疑問を持つ人はほとんどいないと思われる。
サミット誘致でも関東は横浜市で一本化している。

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おフランス

「おフランス」という言葉がある。フランスを美化した言葉で、子供の頃に読んだ漫画に出てくる気取った感じの奥様がこの言葉を使っていた。

日曜朝のテレビ番組「題名のない音楽会」のフランス音楽を紹介する回でも、司会だった黛敏郎が、「フランスというと良く『おフランス』というように、上品なイメージがありますが、実際のフランス人の演奏家というのは管楽器などでも思いっきり吹いたり…」というようなことを言っていて、それを聞いて、当時小学生だった私は、「ああ『おフランス』というのは漫画の世界だけで使われる言葉じゃないんだ」と思ったものである。

しかし、実生活で「おフランス」という言葉を耳にしたことは長い間なかった。
が、京都市営地下鉄東西線に乗っていた時のことである。いかのも上品な感じのおばあさまが横並びの座席に座って話していたのだが、その中の一人が「私今年はおフランスに行こうかと思って」と言うのを聞いて、私はハッとしたのだった。それまで「おフランス」という言葉はリアリティのない言葉だった。「死語」とは違う種類であるが私とは別世界の言葉であった。別世界とは漫画のように紙の中の世界であったり、ブラウン管の向こうの空間であったりしたのだが、その別世界でしか使われていなかった単語が実社会での言葉として鼓膜を揺さぶったのである。実に妙な感覚であった。

高校2年生で初めて京都を訪れた時も、それに似た感覚を味わっている。私にとって関西弁はブラウン管の向こうの言葉であった。それでもテレビで関西弁を聞き慣れていたこともあって、大人が関西弁を話すのは何の違和感もなかった。しかし、バスに乗ったとき、子供が、「いやや、いやや、おかあちゃん、さっきは違うこというたやないか」と泣き叫んでいるのを見て妙な感覚に陥ったのである。
考えてみれば、テレビで関西弁を喋っているのは明石家さんまや桂三枝といったおじさん達だったのである。だから大人の話す関西弁には慣れていた。が、子供が話す関西弁は聞き慣れていなかった。だから「おお、子供なのに関西弁を喋っている」と感心してしまったのである。理屈では関西の子供が関西弁を喋るのは当たり前なのだが、実際に耳にするとやはりちょっとしたカルチャーショックとなったのであった。

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2006年12月 9日 (土)

「クライスラー・プレイズ・クライスラー」

フリッツ・クライスラー 「クライスラー・プレイズ・クライスラー」 20世紀最高のヴァイオリニストの一人であり、作曲家としても名高いフリッツ・クライスラー(1875-1962)の自作自演&名作曲家の作品を自ら編曲・演奏した録音を集めたCDを紹介します。
NAXOSから出ている「クライスラー・プレイズ・クライスラー」です。

録音は1936年と38年にロンドンとベルリンで行われています。ピアニストのフランツ・ルップとの共演。
SP録音であり、ノイズも多く、音自体は現在の録音に比べるとたいへん聴きづらいものであり、録音を気にする人には薦めませんが、クライスラーが奏でるヴァイオリンの甘美な音色と小粋な節回しが魅力的です。

クライスラーには自身が作曲した作品を、「図書館などで発見した、バロック期以前のものと思われる作者不詳の作品」として発表、演奏する癖があったため、謎の作曲者を巡って人々の様々な憶測を呼び、ヴィヴァルディを始めとして多くの作曲家の名前が挙がったこともありました。しかし、良く聴くと多くの作品に類似点があることはわかるため、「クライスラー自身の作品では」と疑う人も当然いました。
1935年にはクライスラー自身が、「自作である」とあっさり認めています。

このCDに録音時期は、1936年と1938年なので、クライスラーが真相を明かした直後の記録であり、その点でも貴重です。

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黒沢清監督作品 「カリスマ」

黒沢清監督作品 「カリスマ」DVDジャケット

黒沢清監督、役所広司主演の映画「カリスマ」のDVDを紹介します。

1999年に公開された作品ですが、紆余曲折があり、黒沢監督が脚本を執筆してから5年ほどは撮影に入れず、完成した映画も一時はお蔵入りになりかけています。

カリスマと呼ばれる一本の木を巡る話なのですが、とにかく難解で、日常的なストーリーとして追うと奇妙なことばかり起きます。
「平凡な全体と一個の傑出した存在、重要なのはどちらか」がテーマの一つとなっていることはわかりますが、そんな一個の主題に収斂されるほど単純ではないのがこの映画の面白さです。

監督・脚本:黒沢清

出演:役所広司、池内博之、風吹ジュン、洞口依子、大杉漣ほか

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必然的孤独の肖像 ビル・エヴァンス 「自己との対話」

ビル・エヴァンス 「自己との対話」 おすすめCDのカテゴリーに新たにジャズのCD紹介を加えました。第1弾はビル・エヴァンスのソロアルバム「自己との対話」(ヴァーヴ)です。

知的な白人ジャズピアニストとして名声の高かったビル・エヴァンスですが、もともと黒人の音楽であるジャズで成功を収めただけに、黒人からの逆差別や、白人からも「黒人の音楽を白人がやるなんて」と白眼視されるなど、精神的に追いつめれ、麻薬に溺れるようになります。更に元妻や実の兄が自殺するなどの精神的ショックが重なることで、麻薬の使用量が増え、オーバードース(麻薬の致死量を超える使用)が原因で亡くなっています。

「自己との対話」はタイトルからして内省的ですが、ソロアルバムでありながら多重録音を使用して、自己が奏でた旋律に自己がピアノで応えるという、内面を向いた音楽であり、自己の音楽に自己しか応えないという孤独な音楽でもあります。ビル・エヴァンスは敢えて孤独感を表出することで、現代の都市社会とそこに住む人々の必然的孤独の肖像を描いて見せます。

ビルの友人であり、優秀なジャズマンでありながら、若くして亡くなったソニー・クラーク(Sonny.CLARK)への追悼曲「N.Y.C's No Lark」(Sonny.CLARKのアナグラム)の憂愁が特に印象的です。

Bill Evans (piano)/Conversations With Myself: +2: 自己との対話

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編集者が欲しい

自分の文章を客観的に見つめることは難しいものだ。編集者が欲しいと思うこともある。

こんな川柳が浮かぶ。

「もの書けば背筋も寒し冬の風」

気軽に書いた文章の味の悪さよ。

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2006年12月 7日 (木)

街の想い出(3) 新宿その1 ヴァージンメガストア新宿店

「新宿」と聞いてまず思い浮かべるのはヴァージンメガストア新宿店(2004年閉店)。新宿に行った時は、だいたいこのヴァージンメガストア新宿店と紀伊國屋書店本店には寄るようにしていました。

ヴァージンメガストア新宿店の特徴は、アジア系ポップミュージックのコーナーが飛び抜けて傑出していたこと。
私が東京に通い始めた1994年当時、フジテレビ系の深夜枠(関東&北海道ローカル)に「アジアン・ビート」という音楽紹介番組がありました。司会をしていたのは、まだ全く売れていなかったユースケ・サンタマリアと、文恵子さんという韓国系の女性(文さんについては本職は何なのかよく知りません)。中国、香港、台湾、韓国、インドネシア、タイなどのポップスを中心に、ミュージッククリップなども流していました。

90年代半ばの日本の音楽シーンはバブル経済の崩壊を受けて、内省的な歌詞を持ったものが支持されていましたが、アジア諸国は経済が昇り調子だったということもあり、より広い視野を持った力強い歌詞を持つ歌や、あるいは日本ではイケイケの時代を経て失われつつあった奥手のラブソングなど、新しくないだけに却って新鮮な曲が溢れていました。

その後、フェイ・ウォン、艾敬、崔健などは日本のレーベルと契約し、彼らのCDは少し大きめのCDショップでなら手に入るようになった(今はまた入手困難になってしまいましたが)ものの、そうしたメジャーレーベルから注目を浴びていないアジアンアーチストを探すのも、ヴァージンメガストア新宿店に通う楽しみでした。

私がCDを買ったアジアのアーチストの中で特に記憶に残っているグループがあります。
韓国の男性ヒップホップデュオ“deux(デュース)”です。

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好きな短歌(10)

有明のつれなく見えし別れより曉ばかり憂きものはなし 壬生忠岑

藤原定家編纂の小倉百人一首にも収められた歌で、定家によると、百首のうち、この壬生忠岑の歌こそが第一席である、とされたほどの名歌である。

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2006年12月 4日 (月)

街の想い出(2) 神田すずらん通り

東京・神田神保町。三省堂書店の裏手に伸びる通りが「すずらん通り」です。江戸時代からあるという由緒ある通り。一帯はいわゆる「神田書店街」で、すずらん通りにも個性溢れる書店がいくつもあります。

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2006年12月 2日 (土)

イチョウの葉エキス

イチョウの葉エキス

血行を良くする働きのあるイチョウの葉エキス。写真のサプリメントはアメリカの会社が製造元ですが、日本のメーカーが作ったサプリメントも出ています。低血圧改善のため試用中。

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