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2006年12月10日 (日)

おフランス

「おフランス」という言葉がある。フランスを美化した言葉で、子供の頃に読んだ漫画に出てくる気取った感じの奥様がこの言葉を使っていた。

日曜朝のテレビ番組「題名のない音楽会」のフランス音楽を紹介する回でも、司会だった黛敏郎が、「フランスというと良く『おフランス』というように、上品なイメージがありますが、実際のフランス人の演奏家というのは管楽器などでも思いっきり吹いたり…」というようなことを言っていて、それを聞いて、当時小学生だった私は、「ああ『おフランス』というのは漫画の世界だけで使われる言葉じゃないんだ」と思ったものである。

しかし、実生活で「おフランス」という言葉を耳にしたことは長い間なかった。
が、京都市営地下鉄東西線に乗っていた時のことである。いかのも上品な感じのおばあさまが横並びの座席に座って話していたのだが、その中の一人が「私今年はおフランスに行こうかと思って」と言うのを聞いて、私はハッとしたのだった。それまで「おフランス」という言葉はリアリティのない言葉だった。「死語」とは違う種類であるが私とは別世界の言葉であった。別世界とは漫画のように紙の中の世界であったり、ブラウン管の向こうの空間であったりしたのだが、その別世界でしか使われていなかった単語が実社会での言葉として鼓膜を揺さぶったのである。実に妙な感覚であった。

高校2年生で初めて京都を訪れた時も、それに似た感覚を味わっている。私にとって関西弁はブラウン管の向こうの言葉であった。それでもテレビで関西弁を聞き慣れていたこともあって、大人が関西弁を話すのは何の違和感もなかった。しかし、バスに乗ったとき、子供が、「いやや、いやや、おかあちゃん、さっきは違うこというたやないか」と泣き叫んでいるのを見て妙な感覚に陥ったのである。
考えてみれば、テレビで関西弁を喋っているのは明石家さんまや桂三枝といったおじさん達だったのである。だから大人の話す関西弁には慣れていた。が、子供が話す関西弁は聞き慣れていなかった。だから「おお、子供なのに関西弁を喋っている」と感心してしまったのである。理屈では関西の子供が関西弁を喋るのは当たり前なのだが、実際に耳にするとやはりちょっとしたカルチャーショックとなったのであった。

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