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2007年1月の34件の記事

2007年1月31日 (水)

ビル・エヴァンス 「ワルツ・フォー・デビイ」

ビル・エヴァンス 「ワルツ・フォー・デビイ」 ジャズのおすすめCD第2弾もビル・エヴァンスのアルバムを紹介します。「ワルツ・フォー・デビイ」(リバーサイド)。1961年6月25日、ニューヨークのヴィレッジ・ヴァンガードにおけるライブの収録です。
ピアノ:ビル・エヴァンス、ベース:スコット・ラファロ、ドラムス:ポール・モチアンによるビル・エヴァンス・トリオの演奏。

表題作である「ワルツ・フォー・デビイ」(ビル・エヴァンス作曲。デビイとはエヴァンスの姪の名前)を始め、レナード・バーンスタインらの作曲による「サム・アザー・タイム」、マイルス・デイヴィス作曲の「マイルストーンズ」、更にボーナストラックにはジョージ・ガーシュウィンの「ポーギー」なども収められています。

ヴィレッジ・ヴァンガードは食事をしながらジャズを聴くことの出来る店であり、このCDにも談笑する人々の声や、グラスの触れ合う音などが入っていて、臨場感豊かです。

ベースのスコット・ラファロは、エヴァンスが「物事を創造するために生まれてきたような音楽家」と絶賛したアーチストですが、このアルバム収録の10日後、1961年7月6日に交通事故に遭い、25歳の若さで亡くなっています。ジャズメンは何故か不幸に見舞われることが多く、エヴァンス自身も先妻に自殺されたり、実兄(デビイの父)もまた自殺するなどという悲劇的な体験により、麻薬に溺れるようになり、1981年に51歳で亡くなっています。

そうした背景を知りながら聴くとまた違った印象を持つことなると思いますが、とにかくまずは予備知識を頭に入れず、ビル・エヴァンス・トリオのチャーミングな演奏を楽しむのが良いと思います。特に表題作の「ワルツ・フォー・デビイ」の洒脱な演奏は必聴。

Bill Evans (piano)/Waltz For Debby +4 (Rmt)

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2007年1月30日 (火)

企業が関与している大学

株式会社立の某大学が教育機関としての不備を指摘されています。株式会社立の大学は21世紀になってから特例として認められたものですが、実は株式会社立ではないものの企業が設立に関与していたり、企業と強いパイプを持つ大学はいくつもあります。企業が関与している大学は実学を重視する傾向にあるため、卒業生は即戦力になると期待され、一般に入試難度の割には就職に強いと言われています(あくまで一般にです)。

企業と関係を持つ大学をいくつか紹介しておきます。

成蹊大学(東京都) 三菱グループの大学。安倍晋三首相の母校であり、キャンパスが美しいことと就職に強いことで有名。

武蔵大学(東京都) 東武鉄道が設立に関与。ここも成蹊大学同様、キャンパスが美しく、難関大学ではないのに就職に強い。

亜細亜大学(東京都) 一芸入試で有名になった亜細亜大学。東急グループの大学である。

武蔵工業大学(東京都) 東急グループの大学。ということで亜細亜大学とは姉妹校である。

東京工芸大学(東京都) コニカの大学。かっては東京写真大学という名前であった。

東京経済大学(東京都) 旧・大倉財閥の大学。

流通経済大学(茨城県) 日本通運の寄附により出来た大学。経営母体の名も日通学園であり、日本通運との結びつきは非常に強い。

豊田工業大学(愛知県) トヨタ自動車の大学。就職に強いことで有名である。

長浜バイオ大学(滋賀県) 宝酒造のバックアップにより開学。

流通科学大学(兵庫県) ダイエーが設立に関与。故・中内功(「功」は正確には「エ」に「刀」)が学長を務めていた。

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2007年1月28日 (日)

世界遺産占い

世界遺産占いを紹介します。生年月日を入れると、性格を世界遺産に例えて診断してくれます。

世界遺産占い http://ope.serio.jp/worldheritage/

私の結果は「マチュ・ピチュ」。性格診断の結果はともかくとして、大好きな世界遺産(あらゆる世界遺産の中でも一番好き)なので満足。

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2007年1月26日 (金)

ロシア人がフランス語を

トルストイの小説などを読んでいると帝政ロシア時代の貴族達は日常会話をフランス語で行っていたことがわかる。ロマノフ王朝、特に女帝エカテリーナ二世の時代に、ロシアにはフランスブームが起きていた。ペテルブルクの街はフランス趣味の建物で埋め尽くされ、上流階級はフランスの音楽を聴き、フランスの小説を読み、フランス語で談笑した。

自国の言語というと「民族の拠り所」、「威信」、「誇り」といった言葉を連想する。これは私個人や日本語ブームの渦中にある現代の日本人特有の考えではない。アイルランドには「自国の言葉を大切にしない民族は滅ぶ」という言葉があり、アイルランド人は外国から入ってきた言葉を咀嚼して(それこそ明治維新時代の日本人のように)自国の言葉に置き換える。

しかし先に挙げたロシア貴族達のように、他国の言語を、その国に侵略されたわけでもないのに、取り入れて使うことは稀ではないようだ。

かって満州族(女真族)は、明王朝を滅ぼし、北京を首都とする清王朝を起こした。侵略した側が侵略された側に自分たちの言語を押しつけることはままある。しかし満州族が行った政策は全く逆だった。大多数を漢民族が占める国を少数民族である満州族が統治するためには、征服者である自分たち満州族が漢民族の言葉である漢語を習得することが必須であると考え、実際そうしたのである。

フィンランドの国民的作曲家であるジャン・シベリウスはフィンランド語よりもスウェーデン語を主に利用していた。シベリウスが生まれた時代、フィンランドではフィンランド語(フィン語)よりもスウェーデン語が重要視されていた。長くスウェーデンの統治下にあったこともあり、フィンランド人は自国のフィン語よりもスウェーデン語を学んだ方が有利であり、実際、スウェーデン統治時代に登用された優秀な人材はスウェーデン語を武器としていたため、その子孫である上流階級はみなスウェーデン語を話した。シベリウスの両親も日常会話は全てスウェーデン語で行っており、幼いジャンも当然スウェーデン語を話して育った。しかしジャンの両親は当時巻き起こりつつあったフィンランドの国民意識高揚運動に感銘し、息子のジャンはフィン語による教育を受けた方が良いと判断、フィン語による教育を行うフィンランド・ノルマン学校が新設されると、すぐにジャンをそこに入れた。もっともジャンは、生涯、スウェーデン語のようにはフィン語を巧みに操ることは出来なかったようであるが。
一方でフィンランド人の上流階級はスウェーデン語による教育とスウェーデン語の優位が脅かされるのを危惧して、フィン語の学校を首都ヘルシンキには建てさせなかったという。自国民が自国の言語を忌避するという例もあるのである。歴史とは、人間とは、民族とは、実に不思議なものだ。

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2007年1月24日 (水)

観劇公演パンフレット(6) 「ルーマーズ」

「徹子の部屋」で、ゲストのかとうかず子と司会の黒柳徹子が共演した「ルーマーズ」という舞台の話が出ていたので、今回はその「ルーマーズ」の公演パンフレットを紹介します。
2006年11月に大阪のシアター・ドラマシティで買ったもの。和田誠が表紙を手掛けています。

黒柳徹子主演 「ルーマーズ」公演パンフレット 「ルーマーズ」はアメリカ喜劇界を代表する劇作家ニール・サイモンの作品。
黒柳徹子主演による海外の戯曲上演シリーズは1989年から毎年続いていますが、「ルーマーズ」は1990年に「口から耳へ、耳から口へ」という邦題で上演されており、今回は再演になります。
出演は、黒柳徹子、益岡徹、かとうかず子、茅島成美、大森博史、光枝明彦、椿真由美、木下浩之、松井範雄、梶原美樹。

ニューヨークの市長代理を務めるチャーリーの家でチャーリーとその妻マイラの結婚20周年パーティーが開かれることになります。しかし招待客のうち最も早くチャーリーの家を訪れたクリス(黒柳徹子)とケン(益岡徹)のゴーマン夫妻が目にしたのは意外な光景。チャーリーがニューヨーク市長代理であるためスキャンダルを怖れたゴーマン夫妻は、その後やってくる招待客達に事態を悟られないようにするのですが当然破綻が生じていきます。

登場人物のほとんどは上流階級の人々ですが、一風変わったお人好しばかりで、嫌みのない笑いを誘います。

「ルーマーズ」の概要と感想

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好きな短歌(16)

雲たれてひとりたけける荒波をかなしと思へり能登の初旅 松本清張

松本清張が「ゼロの焦点」の舞台となった石川県のヤセの断崖で詠んだ歌。

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2007年1月21日 (日)

三谷幸喜 戯曲「オケピ!」

三谷幸喜の書いた戯曲で唯一単行本化された「オケピ!」(白水社)を紹介します。「オケピ!」は第45回岸田國士戯曲賞(通称:岸田戯曲賞、岸田賞)を受賞しており、岸田賞受賞作は白水社から単行本化されることが決まっていたため、書籍化されて店頭に並びました。ただ三谷幸喜が戯曲を本として売ることに懐疑的なこと、また三谷が後書きで岸田戯曲賞の選者に対して間接的に批判を行っているということもあってか、発売後すぐに絶版になっており、現在は古本屋やwebショップ(Amazonではユーズド商品が発売されています)以外では手に入れることは出来ません。

三谷幸喜 「オケピ!」 三谷自身、「僕の書いたホンは活字で読んでも面白くない」と後書きに書いていますが、それは確かにそうで、三谷の演劇はセリフそのものが可笑しいわけではなく、役者の動きがあって初めて可笑しくなるというところがあります。

また、三谷は「台本はいつも当て書きで、当て書きじゃないと書けない」と述べてもいます。
私は東京・青山劇場での「オケピ!」初演版(2000年。出演:真田広之、松たか子、布施明、山本耕史、戸田恵子、小林隆、白井晃ほか)と、大阪のフェスティバルホールで再演版(2003年。主演:白井晃、天海祐希、小橋賢児、布施明、戸田恵子、小林隆、相島一之ほか)の両方を観ていますが、やはり当て書きしたということもあってか、初演版の方が格段に面白いと感じました。「作者のいうことが必ずしも当たっているとは限らない」と思う私ですが、三谷の戯曲は「読んだだけでは面白さがわからない」、「当て書きなので、当てられた役者でないと本当の面白さが出ない」というのは確かだと考えています。

そういうわけで戯曲「オケピ!」は、公演を観たことのある人が想い出をたどりながら読む類の本であると思います。

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街の想い出(6) 新宿その4 紀伊國屋ホール

1994年4月、明治大学に入学したばかりの私が初めて自分でお金を払って観た演劇が、紀伊國屋ホール(紀伊國屋書店新宿本店4階)での東京サンシャインボーイズの公演「ショー・マスト・ゴー・オン(再演)」(三谷幸喜:作・演出)でした。フジテレビの深夜枠で放送されていたクラシック音楽を題材にしたドラマ「マエストロ」で主演を務めていた西村雅彦が東京サンシャインボーイズの看板俳優だということで観に行ったのです。東京サンシャインボーイズが、この「ショー・マスト・ゴー・オン」の折り込みチラシにおいて、今後30年の充電期間に入ることを発表していました。
東京サンシャインボーイズの充電前最後の公演はその年の秋の上演された「罠」ですが、これは劇団員が2チームに分かれての公演であり、劇団員がほぼ全員揃って公演するのはこの「ショー・マスト・ゴー・オン」がラストでした。

この公演は私にとっては衝撃的でした。「世の中にこれほど面白いものがあったのか」と喫驚したものです。それから、たびたび劇場に通うようになり、演劇が面白かったのではなく、「ショー・マスト・ゴー・オン」という作品が面白かったのだということに気づくようになるのですが、とにかく私の演劇経験の第一歩が「ショー・マスト・ゴー・オン」であったというのは幸運だと思います。

演劇に興味を持った私は、この後、明治大学で「戯曲研究」の授業を取るなどして、日本の演劇は何が過剰で何が足りないのかを追求していくことになります。

私の演劇人生の第一歩は紀伊國屋ホールから始まりました。

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2007年1月20日 (土)

ストラヴィンスキー作曲 ピアノ曲「5本の指」

20世紀を代表する作曲家、イーゴリ・ストラヴィンスキーが作曲した、5つの音に基づくやさしい8つの小品「5本の指(5本の指で)」を紹介します。

ストラヴィンスキー 「5本の指」楽譜

全音楽譜出版社から「全音ピアノピース No.378」としている「5本の指」の楽譜です。技巧的には易しい曲で、初心者でも練習すればすぐに弾けるようになります。しかしながら演奏効果は抜群。ユニークで鮮烈というストラヴィンスキーの個性が遺憾なく発揮された愛すべき小曲集です。
特に第2曲の「アレグロ」は、易しいテクニックで笑ってしまうほど鮮やかな音楽を奏でることが出来ます(鮮やかすぎると人は笑ってしまうことがあるということを、私はこの曲を聴いて知りました)。最小限の技術で最大限の効果を得たいという初心者の方にお薦め。
NAXOSから同曲の演奏を収めたCDも発売されていますので、参考にして下さい。

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2007年1月18日 (木)

好きな短歌(15)

来ぬ人をまつほの浦の夕凪に焼くや藻塩のみもこがれつつ 藤原定家

来ぬ人の正体は承久の乱(1221年)で隠岐に配流になった後鳥羽上皇であるという説がありますが、確たる証拠があるわけではありません。

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2007年1月16日 (火)

ユリカモメの季節

鴨川のユリカモメ(都鳥)

今やすっかり京都の冬の風物詩となった鴨川のユリカモメ。ユリカモメが鴨川に初めて群れをなして飛来したのは私が生まれた1974年のことだそうです。以後、30年以上に渡り、毎年冬になるとユリカモメは鴨川にやって来ます。餌付けが成功したためとも言われています。

別名を都鳥というユリカモメ。鴨川を泳ぎ、周辺を舞う姿は優雅で心が和みますが、四条大橋以南の上空をユリカモメの大群が輪になって飛行している様(「鳥柱」というらしい)を見るとヒッチコックの「鳥」を連想して少し不気味になったりもします。
とはいえ、基本的には愛らしいユリカモメ。地球温暖化のためか飛来する数が年々減っているとのことですが、これからもずっと京都の冬の名物であって欲しいと思います。

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2007年1月15日 (月)

小正月

1月15日は小正月です。小正月といっても関東では名前だけが残っている場合が多いのですが、関西では小正月までが松の内なのだそうです。小正月という名前がある以上、関西風に小正月までを松の内とした方が理にかなっているように思うのですが、やはりいつまでも正月気分に浸っていられないので、1月7日(七草がゆ)までとした方が経済活動を行う上ではいいのかも知れません。

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第二回ATOK日本語テスト・モバイル版

第二回ATOK日本語テストは携帯電話用サイトで別の問題が出されるというのでやってみました。何とか満点を取りました。といっても問題がかなり易しかったためですが。

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2007年1月12日 (金)

ウィーン・シュトラウス・フェスティヴァル・オーケストラ ニューイヤー・コンサート2007 公演パンフレット

ペーター・グートの指揮とヴァイオリン、森麻季のソプラノによるウィーン・シュトラウス・フェスティヴァル・オーケストラのニューイヤー・コンサート(於・京都コンサートホール)に行ってきましたのでパンフレットを紹介します。

ウィーン・シュトラウス・フェスティヴァル・オーケストラ ニューイヤーコンサート2007 パンフレット

500円ですが内容は充実。ただ、曲目ぐらいはパンフレットを購入しなくてもわかるようにしておいてもらいたいというのが本音です。

ウィーン生まれのペーター・グートはウィンナ・ワルツやポルカのスペシャリストで、NHK交響楽団との共演により、日本でもおなじみの指揮者。
日本の若手を代表するソプラノ歌手の森麻季は、伸びやかで美しい高音が持ち味です。

曲目
ヨハン・シュトラウスⅡ世 オペレッタ「こうもり」序曲
ヨハン・シュトラウスⅡ世 ポルカ・シュネル「舞踏会の小さな花」
ヨハン・シュトラウスⅡ世 オペレッタ「こうもり」より“伯爵様、あなたのようなお方は”(ソプラノ:森麻季)
ヨハン・シュトラウスⅡ世 ワルツ「我が家で」
ヨハン・シュトラウスⅠ世 ギャロップ「シュペール」
ヨハン・シュトラウスⅡ世 「シャンペン・ポルカ」(指揮者グートとティンパニ奏者が押し出し式の空気銃でシャンペンの蓋を抜く音を表現)
ヨハン・シュトラウスⅡ世 ワルツ「春の声」(ソプラノ:森麻季)

エドゥアルト・シュトラウス ポルカ・シュネル「テープは切られた」
ヨハン・シュトラウスⅡ世 ワルツ「美しく青きドナウ」
ヨーゼフ・シュトラウス ポルカ「休暇旅行で」
ヨハン・シュトラウスⅡ世 オペレッタ「ジプシー男爵」より入場行進曲
ヨハン・シュトラウスⅡ世 「皇帝円舞曲」
ヨハン・シュトラウスⅡ世 オペレッタ「こうもり」より“田舎娘を演るときは”(ソプラノ:森麻季)

アンコール
ヨハン・シュトラウスⅡ世 オペレッタ「こうもり」より“田舎娘を演るときは”(森麻季がステージ裏のポディウム席を向いて再び歌う)
ヨハン・シュトラウスⅡ世 オペレッタ「こうもり」より“カドリーユ”(グートとウィーン・シュトラウス・フェスティヴァル・オーケストラ団員2名がステップを踏む。聴衆もそれに合わせる)
ヨハン・シュトラウスⅠ世 「ラデツキー行進曲」(グートと森麻季、ウィーン・シュトラウス・フェスティヴァル・オーケストラの第1ヴァイオリン8名が1階席を回る)

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私って○○じゃないですか

一頃、若い女性が初対面の人にも、「私って○○じゃないですか(例:「私ってヤイコが好きじゃないですか」、「私って足が遅いじゃないですか」、「私ってアメリカに憧れてるじゃないですか」)」という言い方をするのが流行った。聞いた側は、「そんなの知らないよ」と思うわけだが、関西の場合は初対面やそれに近い相手に対しても「俺って○○やろ」、「私って○○やん」という言い方をするのは一般的である。
この、「○○やろ」、「○○やん」を標準語で語ろうとした場合、「○○じゃないですか」に変化するのはごく自然のようにも思う。

標準語を基に考えると奇異に思えることが、方言などを知ることで相対化され、なぜそうなるのかがわかる時がある。この「○○じゃないですか」も、方言から派生した言い方だと考えると一概に「妙な言葉遣いである」と断言できないのではないだろうか。

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2007年1月11日 (木)

好きな短歌(14)

君去らず袖しが浦に立つ浪のその面影を見るぞ悲しき 伝倭建命

倭建命(やまとたけるのみこと。日本武尊とも書く)が相模から総州に船で渡る際、嵐に遭った。今にも船が転覆しようかという時に、倭建命の妃である弟橘媛(おとたちばなひめ)が自ら人身御供となって海中に飛び込み、嵐を静めた。倭建命は弟橘媛を偲び、総州にてこの歌を詠んだという。その場所が現在の千葉県木更津市であり、「きさらづ」は「きみさらず」の変化したものだという言い伝えがある。

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第二回ATOK日本語テスト

私の結果は30問中5問不正解で82点。低いな。せめて90点は取らないと。

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野球占い

野球占いを紹介します。生年月日と血液型を入れると、打順は何番でどのポジションを守っているタイプか、また背番号はいくつなのかがわかります。
野球好き以外には「だから何?」という類の占いですので、野球に興味があってシャレのわかる方だけ参加してください。

「野球占い」 http://omaru.cside.tv/pc/baseball.html

私はパリーグの某チームの6番ショートで背番号は1でした。なかなか渋い選手のようですね。

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2007年1月10日 (水)

好きな俳句(1)

好きな短歌ばかり紹介していましたが俳句も紹介した方がいいだろうということで第一弾です。

面白うてやがてかなしき鵜舟かな 松尾芭蕉

長良川での鵜飼いを詠んだ句です。風情を楽しむという視点から、鵜が一生懸命魚を捕ってもそれは全て鵜司のものになってしまうという、生きることの哀感への転換。それを鵜舟の煌々たる漁り火(風情ある楽しみ)と鵜飼いを見ての帰り道の闇の寂しさ(祝祭は一時でしかない人生)に重ねる技が鮮やかです。

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2007年1月 9日 (火)

邪馬台国、読みは「やはたこく」か

日本史上最大の謎である邪馬台国の所在地。女王・卑弥呼の治めるこの国のあった場所については畿内説と北九州説を始め多くの説がある。

「魏志倭人伝」(正式名「魏書」東夷伝倭人条」)によると、現在の博多付近にあったとされる伊都国までの道のりはわかっている。だが、そこから先は記述通りに行くと、邪馬台国は九州の遙か南海に位置してしまう。

そこで読み方を変え、伊都国より「水行十日陸行一月」を「水行では十日、陸路をたどると一月」にするとどうやら「水行二十日」とされる投馬国(宮崎県西都市妻付近か?)の半分の距離に邪馬台国があることがわかる。その半分の距離に当たる場所に大和国家の重要な拠点がある。託宣を行うことで知られる宇佐八幡宮(宇佐神宮)である。八幡宮は「はちまんぐう」と読むが、八幡神の読み方は元々は「やはたのかみ」であるという。ここで一つの仮説が浮かぶ。邪馬台の読みは実は「やはた」なのではないだろうかと。ということは宇佐八幡宮の地こそが邪馬台国ということになるのだろうか。

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観劇公演パンフレット(5) 阿佐ヶ谷スパイダース 「イヌの日」

阿佐ヶ谷スパイダース 「イヌの日」公演パンフレット2006 阿佐ヶ谷スパイダースの「イヌの日」(作・演出:長塚圭史)の公演パンフレットを紹介します。2006年に再演された時のパンフレットです。

「イヌの日」はゆがんだ愛情がテーマとなっている作品で、イヤーな人しか出てこないイヤーな芝居です。小学生時代に同級生数人を騙して自宅の庭にある防空壕跡に閉じこめ、そのまま17年も監禁し続けている男(中津)、その男に異様なまでの愛情を注ぐ母親、男の母親と関係を持ち、情事の模様をカメラに収めていた警察官、働かずに彼女に金をせびってばかりの中津の友人などろくでもない人ばかり出てきます。

また防空壕跡に閉じこめられた中津の元同級生達の大人なのに成長していない姿も薄気味悪く、ごく一般的な面白さとは真逆の地点を目指した作品であるといえます。長塚の意図も観る者にイヤーな感じを与えることにあったと思われますが、観る者がそのイヤーな感じから何を受け取るかで評価の分かれる作品です。ゆがんだ登場人物が登場するゆがんだ構造を持つ芝居であり、この作品の感想を「面白い」もしくは「つまらない」の二者択一的な一言で片付けようとする人こそが、実は「イヌの日」の登場人物に重なるような不気味さを持っているのかも知れません。

パンフレットは200ページ近いボリュームを持つもので、出演者全13人へのインタビュー、長塚圭史の手による「Dog Days イヌの日外伝」という短編小説、長塚圭史と日比野克彦の対談などが収録された大変充実したものです。

「イヌの日」の感想

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街の想い出(5) 新宿その3 紀伊國屋書店

JR新宿駅を降りるとだいたい真っ先に向かうのが東口にある紀伊國屋書店新宿本店でした。4階に紀伊国屋ホールがあるためか演劇関係の書籍が神田書店街よりも充実していて、私も戯曲を始め数多くの本を購入しました。
映画や音楽関係のコーナーの品揃えも抜群でした。私が紀伊國屋書店で初めて買った本は確か坂本龍一のピアノスコアだったと思います。

紀伊國屋はオリジナルのビデオも制作していたので、それもいくつか購入して楽しみました。それらの中では瀬々敬久(ぜぜ・たかひさ)監督の「生まれ変わるとしたら」という映像作品(短編映画というより映像詩といった方が適当かな)は特に印象に残っていて、のちに私は同名の短編戯曲(一人芝居のための)を書くことになります。

紀伊國屋新宿本店

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2007年1月 8日 (月)

成人の日

成人の日ですね。私は成人式にはもちろん行きませんでした。誰が行くか。

私の場合は酒も煙草もやらないので未成年と大して変わりません。選挙には行きますが。成年を18歳に引き下げようという動きがありますが、どうなんでしょう。18歳の頃の私なんてアッパラパー(死語)でした。18歳の私が選挙に行ってもろくでもない投票をすると思いますが。今の若い人は優秀なんでしょうか。

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2007年1月 7日 (日)

好きな短歌(13)

多摩川に晒すてづくりさらさらになんぞこの子のここだかなしき 詠み人知らず

「てづくり」とは布のこと。調布という地名があることからもわかるとおり、多摩地方は租庸調の調のための布作りが盛んでした。「さらさらに」という擬音は「更に更に」にかかっています。また「かなしき」は非常に強い感情を表す言葉で、ここでは「悲しい」ではなく「愛しい」という意味です。

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2007年1月 6日 (土)

生誕150年 エルガー 「エニグマ変奏曲」

今年はイギリスの作曲家エドワード・エルガーの生誕150周年でもあります。

バロック期のヘンリー・パーセルを最後に200年の長きに渡って世界的な作曲家を輩出できなかったイギリスは、ドイツから「作曲家のいない国」などと揶揄されたりしましたが、そのイギリスが久々に生んだ世界的作曲家がエドワード・エルガーでした。
エルガーは幼年期から音楽に興味を示しましたが、経済的事情もあって専門的な音楽教育を受けることはなく、作曲や演奏などは全て独学でした。ただ父親が楽器商だったため演奏する楽器調達に困らなかったのは幸運だったといえます。

独学の作曲家には多いことですが、エルガーも世に出る時期は遅く、「エニグマ変奏曲」の初演の大成功によりその名が英国全土に知られた時にはすでに42歳になっていました。しかしその圧倒的成功により晩年まで英国の英雄であり続けました。

今日はエルガーが世に出るきっかけとなり、代表作でもある「エニグマ変奏曲」のCDを紹介します。

ジンマン指揮ボルチモア交響楽団 エルガー「エニグマ変奏曲」 イギリスの作曲家の作品だけに、本来なら英国の指揮者と楽団による演奏を紹介したいところですが、私が気に入っているのはニューヨーク生まれの指揮者デイヴィッド・ジンマンがワシントンD・Cの隣町であるボルチモアのオーケストラを指揮した演奏です。

ボルチモア交響楽団は歴史こそ長いものの、水準は今ひとつと言われ続けてきましたが、デイヴィッド・ジンマンの音楽監督就任により急成長、全米でもトップクラスのオーケストラに成長しました。保守的とされる街のオーケストラであるためか、落ち着いた音色を特徴としています。

「エニグマ変奏曲」ではその落ち着いた音色がプラスに作用し、ジンマンの巧みな指揮もあって英国のオーケストラ以上に英国的といっても過言ではないほどのノーブルな音楽を作っています。輸入盤しか出ていないのが残念ですが、今はインターネットが発達しているので手に入れるのは難しくないでしょう。
のちにチューリッヒ・トーンハレ管弦楽団で爆発的な成功を収めるまでジンマンは二流の指揮者と見なされていましたが、その評価が不当であったことの証明ともなるCDです。

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Walk don't Run

亥年です。猪突猛進という言葉があります。幕末、日本で最も猪突猛進の傾向があると言われたのは長州人です。結果、長州藩は維新を成し遂げましたが、更にそのまま突っ走って軍事国家へと突入してしまいました。

走ると景色が見えにくくなるのも事実です。景色が大事だと思う人は決して走ってはいけません。

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2007年1月 3日 (水)

『シベリウス 写真でたどる生涯』

今年没後50年を迎えたフィンランドの国民的作曲家ジャン・シベリウス。しかしそのシベリウスの生涯をたどる本は日本ではほとんど手に入りません。『シベリウス 写真でたどる生涯』 シベリウスの生涯を記した数少ない本の一つがこの『シベリウス 写真でたどる生涯』(音楽之友社)です。マッティ・フットゥネン著、菅野浩和:訳、日本語版監修:舘野泉。

菅野浩和は日本における北欧音楽研究の第一人者、現在は左手のピアニストとして活躍している舘野泉は日本シベリウス協会の現会長です。

100ページほどの小冊子であり、資料として、またシベリウスの生涯を本格的にたどる伝記としては分量が少ないものの、彼の生涯の要所要所が簡潔にまとめられていて読みやすい本です。

シベリウスの全作品リストと彼の生涯の年表もついていて便利です。

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没後50年 ジャン・シベリウス

若き日のジャン・シベリウス 2007年はフィンランドの作曲家、ジャン・シベリウス(1865-1957)の没後50年に当たります。

左は若き日のシベリウスのポートレート。

ジャン・シベリウスの洗礼名はヨハン・クリスティアン・ユリウス・シベリウスですが、のちに自らフランス風のジャンと名乗るようになります。

子供の頃から夢見がちであり、授業を聴かずに夢想に耽っていたために15歳の時には落第、同じ学年をやり直すなど、どうやらLD(学習障害)の持ち主だったと思われるシベリウスですが、音楽と自然への情熱は人並み外れていました。

ヘルシンキ大学に入学しますが、それは両親を安心させるための方便に過ぎず、1年ほど経って両親から音楽の道に進むことを認められるとあっさり退学、ヘルシンキ音楽院でヴァイオリンを専攻。夢はヴァイオリニストでしたが、極度のあがり症でもあったシベリウスは「ヴァイオリニストになるのは困難」と判断、作曲に専念するようになります。

ベルリンおよびウィーンに留学したシベリウスは帰国後、フィンランドの国民的叙事詩「カレワラ」を題材にしたカンタータ風交響曲である「クレルヴォ交響曲」を作曲。一躍、フィンランドの音楽界を担う作曲家として注目を集めます(ただシベリウス自身はクレルヴォ交響曲を成功作とは見なさず、4回目の演奏会が終わった後、この作品の演奏許可を出さなくなりました)。

交響曲を7曲(クレルヴォ交響曲を含めると8曲)完成させ、「ベートーヴェン以降最大のシンフォニスト(交響曲作曲家)」と称されたシベリウス。しかし1929年を最後に作品を発表しなくなってしまいます。

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2007年1月 2日 (火)

没後100年 エドヴァルド・グリーグ作曲 劇付随音楽「ペール・ギュント」 ヘルベルト・ブロムシュテット指揮サンフランシスコ交響楽団盤

グリーグ作曲「ペール・ギュント」 ブロムシュテット指揮サンフランシスコ交響楽団&合唱団盤 今年2007年は北欧ノルウェイが生んだ作曲家エドヴァルド・グリーグ(1843-1907)の没後100年に当たります。

「抒情小曲集」を始めとする多くの愛らしいピアノ小品を書いたグリーグは“北欧のショパン”とも呼ばれますが、グリーグがショパンと異なるのは管弦楽曲や室内楽でも傑作をものにしていること。

特に人気協奏曲の一つであるピアノ協奏曲イ短調や、ヘンリク・イプセン作の劇付随音楽として書かれた「ペール・ギュント」などは名作として多くの人に愛されています。

今日はグリーグの代表作である劇付随音楽「ペール・ギュント」のCDを紹介します。ヘルベルト・ブロムシュテット指揮サンフランシスコ交響楽団&合唱団、マリ・アンネ・ヘガンデル(ソプラノ)、ウルバン・マルムベルイ(バリトン)ほかによる演奏です。ロンドン=デッカから出ているもの。

私が持っているCDは1988年の初発売時のもので、デジパック(紙ジャケット)、「ペール・ギュント」のあらすじを童話仕立てにしたモノクロの絵本の特典付きです。現在は普通のプラスティックケース入りのものが発売されています。

ブロムシュテット&サンフランシスコ交響楽団盤はグリーグが書いた26曲のうち20曲を収録。除かれた6曲はいずれも繋ぎ的な曲であり、準全曲盤といって良いでしょう。
ブロムシュテットの作品への共感に満ちた活力溢れた指揮、サンフランシスコ交響楽団の明るく瑞々しい音色、いずれも素晴らしく聴いていて心が浮き浮きしてくるCDです。

ソルヴェイグを歌うマリ・アンネ・ヘガンデルは当時新進だったソプラノですが、どういうわけが声に若さがないのが気になります。劇中ではソルヴェイグの歌は彼女が老いてから歌われるものなのでストーリーには合っているのですが。

「ペール・ギュント」のCDでは他に、パーヴォ・ヤルヴィ指揮エストニア国立交響楽団のもの(ヴァージン・クラシックス)がブロムシュテット以上に鮮やかな名演ですが輸入盤しか出ていないのが難点。
パーヴォの父親であるネーメ・ヤルヴィがエーテボリ交響楽団を指揮した全曲盤(ドイツ・グラモフォン)は国内盤が出ており、26曲全てを楽しめますが、演奏の魅力はパーヴォやブロムシュテットに一歩譲るように思われます。

グリーグ/Peer Gynt: Blomstedt / Sfso Etc

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国籍占い

県民性占いに似たものに国籍占いがあります。「実際は日本人に生まれたけれど内面は…」という占いです。

「国籍占い」 http://www.ne.jp/asahi/unity/yuala/uranai/kokuseki-top.htm

質問に答えるタイプの占い。私の結果は「中国人」。予想通りだったか。

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守護県占い

自分の出身地や住んでいる都道府県以外にもう一つ隠された守護県なるものを見つける占いです。県民性なども書かれていると良いのですが残念ながらわかるのは自分の守護県と今週の運勢だけです。

「守護県占い」 http://www.uiui-net.com/shugoken/index.html

私の守護県は佐賀県。歌にある通り公表できないな(嘘です)。
佐賀県と聞いて私が発想するものは、「薩長土肥の肥(肥前佐賀鍋島藩)」、「鍋島の化け猫騒動」、「蜜柑」、「吉野ヶ里遺跡」、「有田焼」、「伊万里焼」、「唐津焼」、「唐津城」、「大隈重信」、「はなわ」などです。

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今年の目標

「2007年の目標は」、などと書くと学生かスポーツ選手のようですが、取り敢えず書いてみます。演劇の目標はいつも考えているので2007年限定の目標という発想自体がないため、カットして、

1,もっと旅行をする
昨年は名古屋と和歌山に行きましたが、名古屋はコンサートに行くのが主目的でしたし、和歌山は関西(あまり関西っぽくないですが関西のようです)なので、関西以外の地方に旅をしてみたいですね。東京にも通いたいです(今年は観劇のために東京に行く予定はある)。

2,もっと映画館で映画を観る
DVDでは映画を観ていますが、やはり映画は映画館で観たいものです(映画は映画館で観るのが一番、と書きたいところですが、私個人の経験からいうと必ずしもそうと言い切れません)。

3,もっとピアノや室内楽のコンサートに通う
管弦楽曲が好きなのでオーケストラのコンサートには数多く通いましたが、ピアノを始めとする器楽のリサイタルや室内楽のコンサートも沢山聴こうと思います。オーケストラも昨年は海外のメジャーオーケストラの来日演奏会に何度か通いましたが、今年は日本のオーケストラや海外のそれほど有名ではないオーケストラの公演により重点を置きたいと思います。

4,コンピューターのスキルを磨く
コンピューター専門家にはなりたくないですが、今のスキルは中途半端なので。

いずれもそう大した目標ではないですが、実際やろうとすると意外に大変そうです。

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2007年1月 1日 (月)

今年のカレンダー

今年のカレンダー

毎年カレンダー選びには凝るのですが、散々探した挙げ句理想のものが見つからないので結局無難なものを選ぶことも多いです。今年はカレンダーを買いに出かけるのが遅れたので、余りものの中から「これならそう悪くはないだろう」というものを選びました。

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あけましておめでとうございます

あけましておめでとうございます 亥年

今年は亥年です。小学生の頃、うり坊のスタンプを作ったことを思い出します。

写真は京都市上京区、京都御苑の西にある護王神社。猪に窮地を救われたことがあるという和気清麻呂を祀る神社で、亥年生まれの人の願いを特に叶えてくれるそうです。

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