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2007年1月26日 (金)

ロシア人がフランス語を

トルストイの小説などを読んでいると帝政ロシア時代の貴族達は日常会話をフランス語で行っていたことがわかる。ロマノフ王朝、特に女帝エカテリーナ二世の時代に、ロシアにはフランスブームが起きていた。ペテルブルクの街はフランス趣味の建物で埋め尽くされ、上流階級はフランスの音楽を聴き、フランスの小説を読み、フランス語で談笑した。

自国の言語というと「民族の拠り所」、「威信」、「誇り」といった言葉を連想する。これは私個人や日本語ブームの渦中にある現代の日本人特有の考えではない。アイルランドには「自国の言葉を大切にしない民族は滅ぶ」という言葉があり、アイルランド人は外国から入ってきた言葉を咀嚼して(それこそ明治維新時代の日本人のように)自国の言葉に置き換える。

しかし先に挙げたロシア貴族達のように、他国の言語を、その国に侵略されたわけでもないのに、取り入れて使うことは稀ではないようだ。

かって満州族(女真族)は、明王朝を滅ぼし、北京を首都とする清王朝を起こした。侵略した側が侵略された側に自分たちの言語を押しつけることはままある。しかし満州族が行った政策は全く逆だった。大多数を漢民族が占める国を少数民族である満州族が統治するためには、征服者である自分たち満州族が漢民族の言葉である漢語を習得することが必須であると考え、実際そうしたのである。

フィンランドの国民的作曲家であるジャン・シベリウスはフィンランド語よりもスウェーデン語を主に利用していた。シベリウスが生まれた時代、フィンランドではフィンランド語(フィン語)よりもスウェーデン語が重要視されていた。長くスウェーデンの統治下にあったこともあり、フィンランド人は自国のフィン語よりもスウェーデン語を学んだ方が有利であり、実際、スウェーデン統治時代に登用された優秀な人材はスウェーデン語を武器としていたため、その子孫である上流階級はみなスウェーデン語を話した。シベリウスの両親も日常会話は全てスウェーデン語で行っており、幼いジャンも当然スウェーデン語を話して育った。しかしジャンの両親は当時巻き起こりつつあったフィンランドの国民意識高揚運動に感銘し、息子のジャンはフィン語による教育を受けた方が良いと判断、フィン語による教育を行うフィンランド・ノルマン学校が新設されると、すぐにジャンをそこに入れた。もっともジャンは、生涯、スウェーデン語のようにはフィン語を巧みに操ることは出来なかったようであるが。
一方でフィンランド人の上流階級はスウェーデン語による教育とスウェーデン語の優位が脅かされるのを危惧して、フィン語の学校を首都ヘルシンキには建てさせなかったという。自国民が自国の言語を忌避するという例もあるのである。歴史とは、人間とは、民族とは、実に不思議なものだ。

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