« 2007年1月 | トップページ | 2007年3月 »

2007年2月の26件の記事

2007年2月28日 (水)

帰京、帰洛、帰阪

東京に帰ることを「帰京」という。同じく京都に帰ることを「帰洛」といい、大阪の場合は同様に「帰阪」という。しかし、日本の都市の中で、その土地に戻ることを指す、誰もがわかる用語を持つのは、この東京、京都、大阪だけだ。つまり江戸時代の三都である(地元の人だけに通用する言葉なら全国のあらゆる都市にあるようだが)。

大阪よりも人口が多い横浜は「浜」という漢字一字で表されることがあるが、「帰浜」という言葉が使われることは少ない。

京阪神という言葉で、京都や大阪と並び称される神戸であるが、「帰神」という言葉は神戸の人にしか通じない。他の土地の人に、「帰神(きしん)してます」と電話で話しても、「え? 何を寄進したの?」と聞き返されそうだ。

日本三大都市圏の一つ中京圏の中心で日本第4の都市である名古屋に帰ることをいう「帰名」も一般的ではなく、IMEでも変換されない(名古屋では普通に使われているようだが)。札幌市に帰ることを指す「帰札」はIMEで一発変換できるが、辞書には載っていないので俗語なのだろう。

江戸時代の三都は今でも特別な都市であることが、こうしたことからもわかる。

千葉は「葉」という一字で表せるのだが、「帰葉」という言葉は存在しない。「帰葉」といっても通じる人には通じると思うが、通じる人にしか通じない言葉というのは言葉として弱すぎる。

というわけで、2日前に「千葉に帰り」、今日「帰洛した」私なのだった。

※なお、辞書に載っているのは、「帰京」と「帰洛」だけです。「帰阪」という言葉は全国的に通用すると思いますが、辞書には載っていません。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007年2月26日 (月)

帰郷

故郷 千葉

久しぶりに生まれ故郷の千葉に帰る。写真はJR千葉駅前の風景。中央の白い建物は千葉都市モノレール千葉駅。

千葉は特にこれといった名所も何もない街だが、久しぶりに帰ると、何もなくても「やはりいいなあ」と思える。私にとっての故郷とはそういうものだ。「遠くにありて思ふもの」でも「そして悲しくうたうもの」でもない。

千葉という街に生まれて良かったと思うのは、東京や京都といった大都会や歴史ある都市を相対化出来ること。千葉は大都会ではなく、田舎でもない。鎌倉時代には栄えたが、その後廃れ、再び発展を始めたのは明治以降だ。だから相対化のための「視座」を手に入れるのは丁度良い街なのだ。東京や京都の何が良く、何が悪いかを判断しやすい。田舎に生まれてしまうと都会は「圧倒的な存在」となり、客観視しづらい。逆に大都会や特別な街に生まれていたら、そうした街の良さ、そしてそこで暮らすことがいかに恵まれたことであるかを意識出来なかったかも知れない。

ということもあり、私は今も千葉を愛している。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年2月25日 (日)

なぜかとってもアイリッシュ 矢口史靖監督作品「ひみつの花園」オリジナル・サウンドトラック

矢口史靖監督作品「ひみつの花園」OST 「ウォーターボーイズ」、「スウィングガールズ」で知られる映画監督、矢口史靖(やぐち・しのぶ)の出世作である「ひみつの花園」(1996年)のオリジナル・サウンドトラックを紹介します。モダンチョキチョキズ(当時)の矢倉邦晃の作曲ですが、「自称:妙なレコードコレクター」の矢倉らしくアイリッシュ音楽(ケルト音楽)を積極的に取り入れています。楽器もバグパイプ、縦笛、フィドル、アコーディオンなどを使い、ほんわかムードのアンプラグドの曲に仕上げています。
アイルランドのトラディショナル音楽「荒野のバラ」をテーマ音楽として使用。

縁側で飼い猫の毛を撫でながらのんびりくつろいでいるような雰囲気を味わうことの出来る音楽です。

エンディングテーマとして使われている「春咲小紅(はるさきこべに。矢野顕子の代表作)」のカバー(歌っているのは当時モダンチョキチョキズのボーカルだった濱田マリ。濱田マリもちょい役で出演しています)も収録。

「ひみつの花園」(主演:西田尚美、出演:利重剛、加藤貴子(現・加藤たか子)、角替和枝ほか。無名時代の木村多江がちょい役で出ています)は、お金が大好きな鈴木咲子さんが主人公のスラプスティックコメディー。低予算であることを逆手にとって、とぼけた味わいと漫画チックな笑いを取りに来ます。「笑える」ということに関しては邦画史上屈指の作品です。
ちなみにこの映画で伊丹弥生を演じているのは加藤貴子(「ウォーターボーイズ」の伊丹弥生役は秋定里穂、「スウィングガールズ」の伊丹弥生役は白石美帆です。ちなみに伊丹弥生とは矢口史靖監督が東京造形大学の学生だった頃にお世話になった先輩で、お礼として矢口監督は自身の作品に毎回「伊丹弥生」なる登場人物を出すことにしているのだそうです)。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2007年2月24日 (土)

月光仮面の日

今日2月24日は「月光仮面の日」なのだそうです。今から49年前(そんなに前なのか!)の1958年2月24日が「月光仮面」の初放送日だったためです。

ところで、「月光仮面」の主題歌「月光仮面は誰でしょう」の歌い出しは、
“どこの誰だか知らないけれど”ですが、ぶっきらぼうな感じを受けるのは私だけなのでしょうか。「正義の味方に対してずいぶん冷たい物言いだな」と私などは思ってしまうのですが(ちなみに作詞は別の件で今話題になっているあのお方です)。

また「月光仮面の真似をして高所から飛び降りて怪我をする子供が続出して番組が打ちきりになった」といわれていますが、これはどうやら都市伝説のようです。子供というのはそれほど愚かな生き物ではありません。高所といっても絶対に怪我をしない場所から飛び降りたはずです。本能として怪我をするかしないかはわかるはずです。しかし子供全員が賢いというわけでは当然無く、勘違いした数人の子供が怪我をしてそれが大袈裟に取り上げられたようです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年2月23日 (金)

ミシェル・コルボ指揮 フォーレ「レクイエム」 2005年 東京ライブ盤

ミシェル・コルボ指揮 フォーレ「レクイエム」 2005年盤 1934年、スイスに生まれた「合唱の神様」とも呼ばれる指揮者、ミシェル・コルボが指揮したフォーレの「レクイエム」のCDを紹介します。

コルボ指揮のフォーレの「レクイエム」というと1972年にベルン交響楽団とサン=ピエール=オ=リアン・ドゥ・ビュール聖歌隊を指揮したエラート盤が有名ですが、今日紹介するのは、2005年2月14日、コルボの71歳の誕生日に初台の東京オペラシティコンサートホール“タケミツ・メモリアル”で行われた演奏のライブ録音盤。avexクラシックス。

1972年盤で合唱を担当したサン=ピエール=オ=リアン・ドゥ・ビュール聖歌隊は、ミシェル・コルボの叔父であるアンドレ・コルボが指導していた少年コーラスを含む合唱団ですが、フォーレの「レクイエム」を録音する直前にアンドレ・コルボは死去してしまいます。こうした経緯もあり、アンドレ追悼盤となってしまった1972年盤は別格盤として扱った方が良いように思います。

2005年のライブ盤は、ミシェル・コルボが結成したローザンヌ器楽&声楽アンサンブルによる演奏。ローザンヌ声楽アンサンブルは、コルボが理想の合唱を追求して結成し鍛え上げてきただけに温もりと優しさに満ちた歌声を聴かせてくれます。1972年盤ではボーイソプラノのアラン・クレマンにソロを任せた「ピエ・イエス」を、2005年盤では女性ソプラノのシルヴィー・ヴェルメイユが担当しています。
天使の歌声を思わせるアラン・クレマンですが、やはり少年だけに不安定感は残り、ヴェルメイユの方が安定感や声の優しさは上です。1972年盤が天上から死者を迎えるために聞こえてくるような「レクイエム」だとすると、2005年盤はこれから天国に向かわんとする死者を送り出すためのミサ曲という趣があります。

フォーレ/Requiem: Corboz / Ensemble Vocal & Instrumental De Lausanne

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年2月22日 (木)

永遠の24歳 イ・ウンジュ

永遠の24歳 イ・ウンジュ

イ・ウンジュ(李恩宙) 1980.12.22(旧暦11.16)―2005.2.22

ドラマ「火の鳥」主演のイ・ウンジュ。『韓国映画界の宝石』と謳われ、映画「バンジージャンプする」、「ブラザーフッド」、「スカーレットレター」などに出演。しかし2003年に出演した健康バラエティ番組「ビタミン」で鬱病と不眠症であることが発覚、世間を心配させる。2005年2月18日、檀国大学芸術造形学部映画演劇学科を卒業。順風満帆かと思われた矢先の2月22日、城南市の自宅マンションで自らの命を絶つ。享年24(韓国では数え年で25歳とされることが多い)。絶頂期での自殺は韓国芸能史上例がなく、国会で取り上げられるほどの衝撃を韓国全土に与えた。

※写真は「火の鳥 写真集」掲載のもの。二次使用を禁じます。勝手に持って帰らないで下さい。

※この記事は「洛北日和」から転載したものです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年2月21日 (水)

韓国映画 「永遠の片想い」

韓国映画「永遠の片想い」を紹介します。2002年の作品。主演は、チャ・テヒョン、ソン・イェジン、イ・ウンジュ。

韓国映画 「永遠の片想い」

写真、左から、ソン・イェジン、チャ・テヒョン、イ・ウンジュ

イ・ジヒョン(チャ・テヒョン)は、差出人不明の手紙を受け取っていた。モノクロームの写真に白い文字で書かれたメッセージ。差出人を捜す旅に出たジヒョンは5年前のことを思い出していた。5年前のある日、ジヒョンはスイン(ソン・イェジン)とギョンヒ(イ・ウンジュ)という二人の女の子と出会う。姉妹のように仲の良いスインとギョンヒ。彼女たちには実は秘密があった…。

愛らしくも切ない青春映画。互いに惹かれあいながらまさに「永遠の片想い」のままで終わってしまいますが、その終わり方に一工夫ある映画です。結末はご自分の目でお確かめ下さい。

特典映像では、撮影の合間にイ・ウンジュがピアノを弾いている場面を見ることが出来ます(実は、イ・ウンジュはもともとはピアニスト志望で、音大を受けようと決めていたそうですが、高校3年の時に映画に出演して、その魅力にはまってしまい、進路変更したという経緯があります)。

永遠の片想い Lover's Concerto 恋愛小説

| | コメント (0) | トラックバック (0)

甘い痛み

高校生の頃に愛聴したアルバムを今聴き直してみると意識がグラグラと揺れて心臓の襞が破れそうなほどの甘い痛みを感じることがある。
目の前に広大な世界が開けているのにそこに踏み込むことを許されなかった恨み。
失うとわかっているのにそれを強いられた怒り。
あの頃の喪失感を補って余りあるほど多くのものを手にした今でも奪われた「可能性」が心の奥で呪詛の声を上げる。
当時、私は余りにも多くのものを失ってしまったから、目的地もわかり、地図も手にしていながら、時に途方に暮れることになるのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年2月20日 (火)

芸術家よ、黙せよ

私のように、「自分は職人で芸術家ではない」と断言できる人は別にして、自分は芸術家だと自認している人は黙するに如くはなし。気まぐれな人々のこと、黙していれば騙されてくれる。
みだりに喋るべからす、書くべからず、姿を見せるべからず。この「三べからず」を遵守すれば世界は味方してくれる。世界に味方しなくないなら職人を名乗るべし。華やかなることから遠ざかり、都のかたゐとなることを恐れるなかれ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年2月19日 (月)

シベリウスの年に(3) 京都市交響楽団第497回定期演奏会 オール・シベリウス・プログラム

シベリウスの没後50年ということで、シベリウス作品が例年より多くコンサートで取り上げられることになると思います。私が20代だった頃は、コンサートで演奏されるシベリウスの交響曲といえば、今回は第2番、次回も第2番、その次も第2番といった調子で、たまに交響曲第1番が演奏される程度でしたが、近年では他の曲も良く取り上げられるようになってきてはいます。それでも彼の交響曲全集が何組も出されているというCD業界に比べる、とコンサートではシベリウスの影はまだまだ薄いといわざるを得ませんが。

京都市交響楽団でも、2月18日に行われた第497回定期演奏会で、オール・シベリウス・プログラムが組まれました。指揮は井上道義。ヴァイオリン独奏は諏訪内晶子。

京都市交響楽団 第497回定期演奏会 オール・シベリウス・プログラム・コンサート パンフレット

「カレリア」組曲、交響曲第7番、ヴァイオリン協奏曲、交響詩(音詩)「フィンランディア」というプログラム。

シベリウスの曲は金管楽器の使い方の鮮やかさが特徴の一つですが、それを生かそうとして金管を思いっきり吹かせてしまうと、彼の曲のもう一つの特徴である素朴さが犠牲になってしまいます。井上は、それをよく心得ているようで、いざという時以外は金管をほどよく押さえ、バランスを重視して、京都市交響楽団(京響)から渋いシベリウストーンを引き出すことに成功していました。

「カレリア」組曲におけるトライアングルやシンバルの立体感はコンサートだから味わえるもの。
また、交響曲第7番のオーロラのように自在に色を変えながら曲想を変えていく「流れる」ような特色も良く出ていました。

しかし、何といっても素晴らしかったのはヴァイオリン協奏曲のソリストを務めた諏訪内晶子。高貴な音色と神々しいまでの歌はこれまでの諏訪内の演奏の中でも特筆すべきもの。諏訪内はサカリ・オラモ指揮バーミンガム市交響楽団の伴奏で同曲をレコーディングしていますが、それとは比べものにならないほど優れた出来映え。「崇高」という言葉がこれほど似合う演奏に巡り会えることは稀で、諏訪内の進化には驚くほかありません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年2月18日 (日)

シベリウスの年に(2) ヘルベルト・ブロムシュテット指揮サンフランシスコ交響楽団 「シベリウス交響曲全集」

ヘルベルト・ブロムシュテット指揮サンフランシスコ交響楽団 「シベリウス交響曲全集」 シベリウスの交響曲全集紹介、第2弾はヘルベルト・ブロムシュテット指揮サンフランシスコ交響楽団の全集。1990年代にデジタル録音されたものです。イギリス・デッカの録音、発売。

1927年、スウェーデン人の両親のもと、アメリカに生まれたヘルベルト・ブロムシュテットは幼くして本国であるスウェーデンに帰国。当地で教育を受けた後、北欧を中心に活躍。1975年に旧・東ドイツの名門シュターツカペレ・ドレスデンの首席指揮者に就任、以後10年間に渡ってこのポスト務め、世界的な知名度を上げます。この間に録音されたベートーヴェンやシューベルトの交響曲全集は名盤として知られています。

その後は、サンフランシスコ交響楽団、北ドイツ放送交響楽団、ライプツィッヒ・ゲバントハウス管弦楽団の音楽監督を歴任。NHK交響楽団の名誉指揮者として日本でもおなじみの存在です。

ドイツものでの評価の高いブロムシュテットですが、北欧ものも得意としており、サンフランシスコ交響楽団と録音した「ニールセン交響曲全集」は決定盤ともいわれています。

この「シベリウス交響曲全集」は「ニールセン交響曲全集」に続いてブロムシュテットが取り組んだプロジェクトであり、ニールセンには及ばないものの高い評価を受けています。

個人的には交響曲第2番が一推し。サンフランシスコ交響楽団の華麗な音色を生かしたポピュラリティーのある演奏で、自信を持ってお薦めできます。

交響曲第1番、第3番、第4番も優れた演奏ですが、ブロムシュテットはシベリウスの後期交響曲とは余り相性が良くないようで、交響曲第6番や第7番ではシベリウスの魅力の一つであるオーロラのような音色や、霊感に満ちた響きが感じられないのが弱点です。とはいえ、美演揃いであり、安心して聴けるシベリウスとなっています。

ヘルベルト・ブロムシュテット指揮サンフランシスコ交響楽団 「シベリウス交響曲全集」(HMV) icon

| | コメント (0) | トラックバック (0)

旧正月

今日、2月18日は、旧暦の一月一日、つまり元日になります。いわゆる旧正月ですね。

東アジアでは、西暦の1月1日ではなく、旧暦の一月一日を盛大に祝うことが多いのですが、日本では脱亜入欧化が徹底されていたためか、新暦導入以降、旧正月を祝う習慣はほとんどなくなりました。節分に巻き寿司を売ったり、キリスト教の聖人の命日を、その殉教を悲しむことなくチョコレートの日にしてしまった商魂たくましい業界も、なぜか旧正月は無視しています。なぜなのだろう?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年2月17日 (土)

朝比奈隆指揮大阪フィル 聖フローリアン教会ライブ ブルックナー交響曲第7番

朝比奈隆指揮大阪フィル 聖フローリアン教会ライブ ブルックナー交響曲第7番 朝比奈隆と大阪フィルハーモニー交響楽団が、1975年10月12日に、オーストリア・リンツの聖フローリアン教会で行った、ブルックナーの交響曲第7番のCDを紹介します。

聖フローリアン教会は、かってアントン・ブルックナーが少年合唱団員やオルガニストとして活躍し、現在はオルガンの地下でブルックナーが永遠の眠りについているという、ブルックナーを愛する人には聖地のような場所です。

朝比奈隆が大阪フィルを率いて行った初のヨーロッパツアーのメインがこのリンツ・聖フローリアン教会でのライブでした。リンツはブルックナーの生まれ故郷であり、市内にはブルックナーホールというコンサートホールがあるのですが、朝比奈はコンサートホールではなく、ブルックナーの眠る教会で演奏することを選びました。聖フローリアン教会でブルックナーの交響曲が演奏されるのはこれが史上初であったそうです。演奏会当日、日本ビクターによるライブ録音が行われ、それが今日聴けるCDです。

朝比奈のブルックナー交響曲第7番の演奏は他に何種類も出ており、デジタル録音期に入ってからのものの方が、オーケストラの技術、音質ともに上ですが、この聖フローリアン教会盤には、ブルックナーのために朝比奈が全身全霊でもって打ち込んだ気迫があり、後年の落ち着いた演奏とはまた違った価値があります。

ブルックナー:交響曲第7番@朝比奈隆/大阪po. (L)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年2月16日 (金)

年下を書く

「ブラックボックス」という二人芝居のための戯曲を書いたのが2003年の1月から2月頃。この戯曲は私がこれまで書いたことのない種類の戯曲だった。といっても特殊な戯曲ではない。「ブラックボックス」は登場する全員(といっても二人だけだが)が執筆時の私よりも年下という設定の戯曲だっただけである。

それまでは私は小説にしろ戯曲にしろ、常に執筆時の私よりも年上の人物を主人公に据えてきた。自分でも理由はよくわからない。自分と同年代の人物を描くことを敢えて避けていたということでも(少なくとも意識上では)ない。

年上、年下、同世代。どの人物を描きやすいか。普通なら自分と同世代か年下である。同世代は自分とほぼ同じだけの(少なくとも数学的な時間においては)月日を過ごしているし、年下も自分の過去を振り返ればわかることは多い。それに比べて自分より経験豊富な年上の人物の本質を理解するのは簡単なことではに。
だが、なぜか私は年上を描こうとしていた。学園ものや若手サラリーマンを主役にした作品に興味が持てなかったということも大きいだろうが、興味が持てなくても嫌悪はしていなかったのだから書いていても不思議はないのだが。

ただ、これから先は年下の人物を多く書いていくことになると思う。何よりも私自身が今年で33歳になるのだ。役者の平均年齢を考えるとどうしても20代の人物が多く出る作品が必要になる。

次の作品は25歳の男が主人公になります。今の私より7歳も年下の人物です。
細部は詰めていないのですが、実在の人物を扱うということもあり、展開はほぼ決まっています。夏までには仕上げるつもり。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年2月14日 (水)

おじさんになったなと思う時

三井のリハウスのCMのイメージガール(リハウスガールというらしい)を見て、「ああ、俺にもこんな可愛い『娘』がいたらいいなあ」と思ってしまった時。

三井のリハウスは家の売買が出来るだけのお金のあるお父様方のためのCMであり、リハウスガールの選択や演出も、同世代の若者(当然ながらお金のある人も自分の家を持っている人も少ない)に受けるよりもリハウスガールの父親世代に訴えることを重視しているはずである。というわけで三井のリハウスこと三井不動産販売の狙いに見事はまってしまった時はやはりおじさんになったと考えるべきなのだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年2月13日 (火)

好きな短歌(18)

君とまたみるめおひせば四方の海の底のかぎりはかづき見てまし 和泉式部

泉鏡花の傑作小説『春昼・春昼後刻』に、「君とまたみるめおひせば四方の海の水の底さへかづき見てまし」とアレンジされたことでも知られる歌。

「みるめ」は「見る目」と海草の「海松(みるめ)」の掛詞。

ちなみに、短歌とはフィクションであり、この短歌も読み手である和泉式部が自身のことをそのまま歌っているのではなく、主人公にある海女を据えて、その海女の心境を歌うという、ワンクッション置いた構造を持っている。平安貴族が恋の歌を多く歌ったからといって、彼らが恋愛ばかりしていたわけではなく、歌合わせのさい、フィクションとして作られた恋歌も多い。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

書くこととは

自分をさらしながら演じ続けること。演じもしない文章に意味などあるだろうか。

演じるとは嘘ではあるけれど、人生そのものが擬態であるならばそれが本当に「ある」こと。何かを経ることなく「ありのまま」を凝視できるほど人間は強く賢いものだろうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年2月11日 (日)

どれが速いの?

京阪電鉄 時刻表掲示より

地方の人間が東京に出てきて戸惑うのは、駅のホームの表示板に「次の電車」と「こんどの電車」という記述がなされていることだという。「次とこんど、どっちが先に来るんだ?」と頭がこんがらがるらしい。

関西私鉄の場合は、「先発」、「次発」、「次々発」という表記が主流なので、次に発車する電車を間違えることはない。しかし別のことがわかりにくかったりする。
上の写真は京阪電鉄のものだが、2003年頃にK特急なるものが出来て、これが始発駅から終着駅までの所要時間が一番短い、つまり京阪電車の中では最も速い列車である。しかし、関西在住者以外の人が初めて京都に来て、K特急なるものと特急、どちらが速いのか一発で見分けることは不可能である。

また阪急電車には、「特急」、「通勤特急」、「快速特急」、「快速急行」、「急行」などというものがある。
関東出身の私は、「特急は特急、快速は快速じゃないのか?」という意識があるため、最初に「快速特急」などという文字を見た時には頭に「?」が7つぐらい浮かんだ上に、他の電車と比べてどれだけ速いのかわからなかった。
ちなみに京都・河原町駅から大阪・梅田駅までの所要時間が短い、つまり速い順に並べると、「通勤特急」、「快速特急」、「特急」、「快速急行」、「急行」となる。冷静に考えると、予備知識なしで文字を見ただけでも、どれが速いのかは何とかわかりそうではある。ただ、発車時間の関係で、河原町駅でも「終点、大阪・梅田には特急ではなく快速急行が先に到着します」というアナウンスを聞くことがあるので、目的地に一番早く到着出来るのはどの列車かというのは別問題だったりする。
ああ、ややこしい。

阪急電車 「快速特急」
阪急電車「快速特急」。ラッシュ時に走る「通勤特急」よりは遅く、「特急」よりは速い。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年2月 7日 (水)

観劇公演パンフレット(7) 「えっと、おいらは誰だっけ?」

マイケル・クーニー:作、小田島恒志:翻訳、綾田俊樹:演出による舞台、「えっと、おいらは誰だっけ?」の公演パンフレットを紹介します。
「えっと、おいらは誰だっけ?」は大阪で公演中であり、明日2月8日もシアター・ドラマシティで上演されます。

マイケル・クーニー作 「えっと、おいらは誰だっけ?」公演パンフレット

ご覧の通り、黄緑一色に白抜き文字というシンプルな装丁。舞台の内容も「えっと、おいらは誰だっけ?」というタイトルから容易に想像されるものですが、とにかく笑えます。これほど笑える舞台には滅多に出会えません。当日券も相当数出ると思われますので、大阪近辺にお住まいの演劇ファンの方々には、仕事や学校を休まれてでもシアター・ドラマシティに駆けつけることをお勧めします。

出演は、小林隆(元・東京サンシャインボーイズ)、岡田達也(演劇集団キャラメルボックス)、村岡希美(ナイロン100℃)、斎藤歩(フリー)、木村靖司(ラッパ屋)、江口のりこ(東京乾電池)、土屋裕一(演劇ユニットpunish)、實川貴美子(演劇集団キャラメルボックス)、峯村リエ(ナイロン100℃)、綾田俊樹(東京乾電池)。

作者であるマイケル・クーニーは英国の高名な喜劇作家レイ・クーニーの息子で、現在はロスアンゼルスで活躍する喜劇作家、脚本家、映画監督。父親のレイに勝るとも劣らない才能の持ち主です。

パンフレットには嘘に嘘を重ねてごちゃごちゃになった登場人物相関図付き。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

死語

下の記事に書いた「シャットアウト」という言葉から連想したのですが、10年ほど前に、「眼中にない」という慣用句を英訳風にした「アウトオブ眼中」という言葉が流行りました。しかし今もこの言葉を使う人はいるのでしょうか? やはりもう死語と化しているのかな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

東京都

blog「洛北日和」でも紹介したが、京都市山科区にある、とある自動車販売店の看板に「東京都 山科三条店」と書かれてあるのを見つけた私は、「何で京都なのに東京と書いてあるのだ?」と一瞬思ったのである。

Honda Cars 東京都 山科三条店

「あ、あれは『とうきょうと』ではなく『ひがしきょうと』と読むのか」とすぐに気づいたわけであるが、今思い返しても「ひがしきょうと」という言葉は妙に思える。東だけでなく、「北京都」や「西京都」という文字を見かけたこともほとんどないので(「南京都」という言葉があるのは知っている。またIMEで一発変換できるのも「みなみきょうと」だけである)尚更だ。

しかし、山科三条の地元の人は、「東京都」という文字を見て迷うことなく「ひがしきょうと」と読めるのだろう。そうでなかったら、今の今まで「東京都 山科三条店」という店名が「紛らわしい」という苦情もなく続いているはずがない。

その時の私が「東京都」という文字を見て反射的に「とうきょうと」と読んでしまったのは、私が関東生まれの人間だからなのだろう。名詞の認識は一文字一文字を追うのではなく、いくつかの文字の総合として行われる。
かつてこういう実験があった。被験者に「いけくぶろ」という文字を一瞬だけ見せて、「何と書かれてありましたか?」と訊くと、ほぼ全員が「いけぶくろ」と答えたという。人間が文字を一つずつ追っているのではなく、それまで頭に詰め込んできた膨大な量の単語の中から似た言葉を拾い出す「パターン認識」を行っている証拠である。

「東京都」を「とうきょうと」と読んでしまうのはパターン認識であり、「東京都」と「ひがしきょうと」と読むのもパターン認識だ。育った環境が違うとパターン認識も異なる場合がある。
東京というメトロポリスの存在を常に意識して育った関東出身の私は、「東京都」という文字を「東京・都」と認識したが、「京都」という言葉が最初に頭に浮かぶように育った京都の人は、この場合の「東京都」は「東・京都」であると一瞬で認識できる、否、「とうきょうと」と読む可能性を始めからシャットアウトしてしまえるのだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年2月 4日 (日)

YMO 「RYDEEN 79/07」を聴く

YMO(イエロー・マジック・オーケストラ)がビールのCM限定で再結成され、代表作の一つである「RYDEEN(雷電、ライディーン)」の2007年バージョンがケータイの着うたサイトで配信された。サンプリングの技術を生かし、ノイジーな効果なども使っているが、主旋律と対旋律はアコースティックな音色を使用しており、いわゆる「テクノ」というイメージではない。ただ、アコースティックな音色を使えるようになった現代の技術という点から考えると、これが2007年のテクノなのかも知れない。

ところで興味深いのは「RYDEEN 79/07」が着うたで配信されたことである。 
YMOのメンバーである坂本龍一は、3年前に、「2004年という年は(インターネットの音楽配信により)CD消滅の年として記録されるのではないか」と発言した。もちろん2007年の現在でもCDは依然として音楽の主流メディアではある。ただ、インターネット上で配信される音楽のクオリティが上がれば、CDが消える可能性はある。

CDコレクションの最大の難点は何と言っても置き場所を取るということである。CDやDVDのようなパッケージソフトのコレクションは多くの音楽好きに取って楽しみの一つであるが、みなソフトの置き場所に頭を悩ませている。インターネットからのダウンロードが主流になれば、置き場所の問題は全て解決する。

現時点では、インターネット配信の音はCDには勝てない。しかし日進月歩どころか、分進時歩ともいうべき技術革新の時代にあって、CDが音質においてもインターネット配信に負ける日は思ったより早く訪れるのかも知れない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年2月 2日 (金)

韓国ドラマ「火の鳥」DVDボックスⅠ

1月26日に発売された、韓国ドラマ「火の鳥」DVDボックスⅠを紹介します。初回特典としてポスターと40ページのミニ写真集付き。DVDレンタルも1月26日に始まりました。

韓国ドラマ「火の鳥」DVDボックスⅠ 左より、イ・ソジン、イ・ウンジュ、エリック 「火の鳥」は2004年に韓国で放送されたドラマ。2005年2月22日に亡くなった女優、イ・ウンジュの遺作ドラマでもあります。

社長令嬢としてわがままに育ったイ・ジウン(イ・ウンジュ)と、成績優秀ながら貧しく、苦学生のチャン・セフン(イ・ソジン)。
2人はやがて恋に落ちますが、世間知らずで我慢を知らないジウンと、頭は良いがその分プライドも高いセフンとでは上手くいくはずもなく…。

10年後、ジウンとセフンは再開します。昔とは立場の違う二人。セフンにはユン・ミラン(チョン・ヘヨン)という婚約者がおり、セフンが社長を務めるソリン・グループの御曹司ソ・ジョンミン(エリック)はジウンに心を寄せていきます。

恋愛を軸としながら、企業内の争い、女同士の戦いなど様々な要素を絡ませた作品。エリックの、こちらがひっくり返ってしまうほどクサいセリフがあり、韓国ドラマお約束の偶然の重なりがあり、ほぼ毎回コミックリリーフが登場するなど、韓国ドラマの作り方の王道を知りたい方にもお薦め。

自己本位だった、イ・ジウン(イ・ウンジュ)とチャン・セフン(イ・ソジン)の成長の物語として見ることも出来ます。DVD6枚組。第1話から第12話までを収録。ポニー・キャニオンからの発売。

主演:イ・ウンジュ、イ・ソジン、エリック(韓国のSMAPともいわれる「神話」のリーダー)、チャン・ヘヨン

ドラマ/火の鳥: I(Box)

| | コメント (0) | トラックバック (1)

恵方寿司

恵方寿司

大阪の海苔業界が売り上げを伸ばすために始めた恵方寿司。節分の日に恵方(今年は北北西)を向いて食べる。歴史は浅く、いかにも大阪の商人が考えそうな行事であり、微笑ましい。節分は明日(2月3日)ですが、今日食べちゃいます。ちなみに本来の恵方寿司は海鮮寿司ではなく、中身はちゃんと決まっています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年2月 1日 (木)

シベリウスの年に(1) サー・ジョン・バルビローリ指揮ハレ管弦楽団 「シベリウス交響曲全集&主要管弦楽曲集」

2007年はシベリウスの没後50年に当たる年。というわけで、私が持っているシベリウスのCDを紹介していきます。交響曲全集だけで何組持っているか自分でも把握していないのですが。

サー・ジョン・バルビローリ&ハレ管弦楽団 シベリウス「交響曲全集&主要管弦楽曲集」 まずは、サー・ジョン・バルビローリ指揮ハレ管弦楽団による「シベリウス交響曲全集&主要管弦楽曲集」(英EMI)を取り上げます。交響曲7曲の他に管弦楽曲9曲を収録。1966年から1974年にかけてのアナログステレオ録音です。

祖国であるフィンランド以外でシベリウスが高く評価されているのは、イギリス、アメリカ、日本などですが、特にイギリスはシベリウス贔屓の演奏家が多く、イギリス出身の指揮者は大抵シベリウスの交響曲をレパートリーに入れています(あのサイモン・ラトルでさえシベリウスの交響曲全集を録音している)。
サー・ジョン・バルビローリはイギリス生まれの指揮者の中で最もシベリウスの音楽を広めることに尽力した一人。演奏するハレ管弦楽団はマンチェスターを本拠地とするイギリス最古のオーケストラです。

この全集の特徴は、オンマイクの録音にあり、それがプラスにもマイナスにも作用しています。「フィンランディア」などの演奏では迫力がありますが、交響曲はオンマイクであることがマイナスに出て、時にうるさく感じられることがあります。

演奏は、交響曲では第1番、第4番、第6番が優秀。交響曲第1番での思いっきりの良い伸びやかな旋律の歌い方、交響曲第4番の重苦しくも説得力のある音楽作り、交響曲第6番に聴く音の瑞々しさなど、かってイギリス一といわれた名指揮者の実力が遺憾なく発揮されています。
管弦楽曲では迫力満点の「フィンランディア」や、北欧らしいムードを出しつつ推進力のある「カレリア」組曲が秀逸。

収録曲 交響曲第1番~第7番 「フィンランディア」、「カレリア」組曲、「ポヒョラの娘」、「悲しきワルツ」、「レミンカイネン」組曲、組曲「ペレアスとメリザンド」、「歴史的情景」、、「ラカスタヴァ(恋人達)」、「ロマンス ハ長調」
CD5枚組

| | コメント (0) | トラックバック (0)

好きな短歌(17)

嘆けとて月やはものを思はするかこち顔なるわが涙かな 西行

嘆けとて月やはものを思はするかこち顔なるわが涙かな  西行

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2007年1月 | トップページ | 2007年3月 »