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2007年2月 7日 (水)

東京都

blog「洛北日和」でも紹介したが、京都市山科区にある、とある自動車販売店の看板に「東京都 山科三条店」と書かれてあるのを見つけた私は、「何で京都なのに東京と書いてあるのだ?」と一瞬思ったのである。

Honda Cars 東京都 山科三条店

「あ、あれは『とうきょうと』ではなく『ひがしきょうと』と読むのか」とすぐに気づいたわけであるが、今思い返しても「ひがしきょうと」という言葉は妙に思える。東だけでなく、「北京都」や「西京都」という文字を見かけたこともほとんどないので(「南京都」という言葉があるのは知っている。またIMEで一発変換できるのも「みなみきょうと」だけである)尚更だ。

しかし、山科三条の地元の人は、「東京都」という文字を見て迷うことなく「ひがしきょうと」と読めるのだろう。そうでなかったら、今の今まで「東京都 山科三条店」という店名が「紛らわしい」という苦情もなく続いているはずがない。

その時の私が「東京都」という文字を見て反射的に「とうきょうと」と読んでしまったのは、私が関東生まれの人間だからなのだろう。名詞の認識は一文字一文字を追うのではなく、いくつかの文字の総合として行われる。
かつてこういう実験があった。被験者に「いけくぶろ」という文字を一瞬だけ見せて、「何と書かれてありましたか?」と訊くと、ほぼ全員が「いけぶくろ」と答えたという。人間が文字を一つずつ追っているのではなく、それまで頭に詰め込んできた膨大な量の単語の中から似た言葉を拾い出す「パターン認識」を行っている証拠である。

「東京都」を「とうきょうと」と読んでしまうのはパターン認識であり、「東京都」と「ひがしきょうと」と読むのもパターン認識だ。育った環境が違うとパターン認識も異なる場合がある。
東京というメトロポリスの存在を常に意識して育った関東出身の私は、「東京都」という文字を「東京・都」と認識したが、「京都」という言葉が最初に頭に浮かぶように育った京都の人は、この場合の「東京都」は「東・京都」であると一瞬で認識できる、否、「とうきょうと」と読む可能性を始めからシャットアウトしてしまえるのだろう。

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