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2007年3月 5日 (月)

観劇公演パンフレット(8) 「ひばり」

ジャン・アヌイ作、蜷川幸雄演出、松たか子主演の舞台「ひばり」の公演パンフレットを紹介します。ジャン・アヌイは20世紀のフランスを代表する劇作家。彼の代表作である「ひばり」は英仏百年戦争の英雄、ジャンヌ・ダルクを主人公にした作品で、1953年に初演され大成功を収めています。

松たか子主演 蜷川幸雄演出 「ひばり」公演パンフレット

今回の「ひばり」は、2007年2月7日から28日まで、東京・渋谷のシアターコクーンでの公演。出演は松たか子のほか、山崎一、益岡徹、橋本さとし、小島聖、月影瞳、品川徹ほか。
パンフレットには、ジャン・アヌイと戯曲「「ひばり」の概説、百年戦争に関する解説、演出家の蜷川幸雄や出演者へのインタビュー、フランスを舞台にした歴史小説を多く書き、『ジャンヌ・ダルクの生涯』という作品も書いている藤本ひとみのジャンヌ論などが収録されています。

舞台「ひばり」の感想

午後7時からシアターコクーンで、松たか子主演の舞台「ひばり」を観る。作:ジャン・アヌイ、テキスト日本語訳:岩切正一郎、演出:蜷川幸雄。松たか子と蜷川幸雄が組むのは9年ぶり、そして松たか子が演じるのはジャンヌ・ダルクという注目の舞台である。現在の日本で松たか子ほどジャンヌ・ダルクを演じるのに適任である女優はいない。ということもあり必見の舞台だ。松たか子をはじめ、益岡徹、山崎一、小島聖、橋本さとし、品川徹、月影瞳ほかが出演。

舞台は客席とフラットであり、舞台の中央に一段高く、ボクシングリングのような正方形の舞台があるという二重舞台になっている。開演時刻になると、まずボクシングのトレーニングスーツのような衣装を着てショートカットにした松たか子が現れ、舞台前に置かれたベンチに客席を背にして座る(最前列の観客からは1mも離れていない)。それから役者達が三々五々舞台上に出てきて、思い思いのことをする。シャルル役の山崎一は剣玉をしているし、兵士達は、舞台上で平服から戦闘用の服と鎧に着替えている。最後に司祭・コーシャン役の益岡徹と、イギリスのウォーリック伯爵役の橋本さとしが客席の左右の扉から現れる。橋本さとしが舞台に向かう途中の通路上で第一声を発して芝居が始まる。

ジャンヌ・ダルクの異端審問裁判を描く法廷劇である。百年戦争の時代。15歳にして天使ミカエルや聖女マルグリットと言葉を交わし、フランスを勝利に導くよう諭されたと証言するジャンヌに、司祭達は「その声は天使ではなく、悪魔の声だったのだ」とし、異端者として火あぶりの刑に処すよう求める。
ジャンヌはこれまでの自分の人生を法廷内で再現するよう命じられ、言われた通り演じてみせるのだった。

ジャンヌこと松たか子が演じている間、他の出演者はボクシングリング状の中央舞台の三方(上手、下手、奥)に観客のように陣取り、中央の舞台上で行われる演技を観ている。そして自分の番になると立ち上がったり、中央舞台に上ったりして演技を始めるのである。こうした演出は最近流行りのようで、川村毅(私も出演した京都造形大の授業公演「ロスト・バビロン」)、野田秀樹(松たか子が主演した「贋作・罪と罰」)、串田和美(これまた松たか子主演の「セツアンの善人」)らが同様の演出をしている。

まず松たか子の演技に賛辞を。素晴らしいというほかない。声音を自在に変え、舞台狭しと動き回り、熱演を繰り広げる。単に力んだ演技ではなく、正真正銘の熱演だ。ただセリフを発するだけで、ちょっと体を動かすだけで迫真の演技が生まれる。彼女もついにこの域に達したかと嬉しくなる。いや、あるいは松たか子はすでにこの領域に達していて、それに私がこれまで気づかなかっただけなのかも知れないが、どちらにしても喜ばしいことだ。

最初のうち私は出演者達が発するセリフを聞いて頭で理解しようとしていた。この劇は決してわかりやすい内容ではない。
ジャンヌに向かって問いかけられる「神の恩寵を受けたと思うか?」いう大司教の問いは曖昧であり、Yesと答えれば「私は神に選ばれた人間だ」と言っているという解釈が成り立ち、Noと答えれば「私は神を否定する」という意味に取られかねない。みなジャンヌの言質を取ろうと狙っている。そもそも異端審問というもの自体が「異端」を生み出すための性質を持っており、ジャンヌには不利だ。
「私は天使ミカエル様や聖女マルグリット様、カドリーユ様の声を聞いた」というジャンヌ。そして「私は神のお心に従ったのだ」と彼女は主張するが、ジャンヌを追い落とそうとするイギリス寄りの人々は、「お前が聞いたのは神ではなく悪魔の声だ」と主張して譲らない。
そしてスペインからやって来た大司教は、悪魔ではなく、人間こそが忌まわしい存在なのだと宣言する。ジャンヌの中にある人間性が自分は神の声を聞いたという思い上がりを生み出すのだと。大司教は人間という存在の汚らしさを語る。しかし、大司教も人間である以上、人間のあるべき姿を説くということには矛盾を感じる。ジャンヌのいう「神」は人間の傲慢さが生み出した幻だとし、自分のいう神はより大きく神聖な存在であるといっても、大司教のいう「神」も人間の想像力が生み出したものであり、権威づけられているだけで、本質はジャンヌのいう「神」と変わらない。人間を、そしてジャンヌを「傲慢だ」と罵れば罵るほど、大司祭自身の傲慢さと頭の固さが露わになる。
しかし、そうした理性による劇の切り取り方をしていたのでは、この劇の面白さは十全に理解出来ないことに途中で気づく。
山崎一演じるシャルルにジャンヌが初めて謁見する場面。伝説にある通り、シャルルは小姓に王の格好をさせ、自身は延臣の服を着て玉座に座った贋王を取り巻く人々の中に紛れているのだが、ジャンヌは一目見てシャルルが延臣に化けていることを見抜き追い回す。ここでシャルルを演じる山崎一とジャンヌを演じる松たか子が客席に飛び出すのだが、通路を走っているうちに山崎一がつけていた舞台用カツラが取れるというハプニングある(のちにテレビ中継を見たところ、同じようなことをしていたのでハプニングではなく演出上のお約束だったようだ)。山崎一は「ちょっと待って」といってカツラを直し、松たか子は調光卓のあるスペース(ちなみにそのスペースには蜷川幸雄もご臨席)に向かって手を伸ばし、「ちょっと待った」の仕草をする。山崎一と松たか子が協力してカツラをつけ直し、山崎が「よし」と言って、舞台へと駆け戻っていく。笑いを取った二人に客席から拍手が起こる。その時、私は、「ああ、この芝居はあんまり難しく考えない方がいいんだ」と気づいた。キリスト教の異端審問を頭で考えても、キリスト教徒でもなければキリスト教に詳しいわけでもない私が内容を理解するには限界がある。せっかく良い役者達が良い演技をしているのだから、そちらに重点を置いて楽しむことにする。

ラストシーン。シャルルの戴冠式の場面。旗を手にシャルルの背後にすっくと立つジャンヌ=松たか子の姿は格好良かった。まさにフランス王国の守り神そのものである。

2007年2月27日 東京・渋谷 シアターコクーンにて観劇

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受信: 2007年3月27日 (火) 08時34分

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