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2007年5月26日 (土)

観劇感想精選(12) 魚灯(ぎょとう) 「この街の底ふかく」

2004年12月18日および19日 大阪・周防町(すほうまち)のウイングフィールドにて観劇

大阪へ。周防町にあるウイングフィールドで魚灯の「この街の底ふかく」を観る。
舞台はAV企画制作会社の事務室。社長が失踪している。
冒頭は状況説明に少し時間がかかってしまっている。私はあらかじめ舞台がどこかわかっていたから(「ぴあ」に載っていた)すぐ把握出来たが、人物関係がわかるのに結構な時間とセリフを費やした感じだ。

これは喪失に怯える女の物語である。

鳥がビルの間に群がる様を見た人間が消えている。それを不吉な予兆(オーメン)と感じ怯えて、精神がおかしくなってしまう三井さん(片桐慎和子。かたぎり・みわこ)。

消えたのは社長の成川、ウラちゃんこと卜部(森崎めぐみ)、真鍋(林賢郎)の三人。三人とも全て龍のように舞い上がる鳥の群れを見た後に姿を消している。そのうち成川と真鍋は三井さんと関係のあった男であり、「自分もいつか消えるのだろう」という恐れに三井さんは苛まれている。ラストに出てくるウラちゃんは言い方は悪いが、真鍋を連れ去った「死神」なのだ。美しい女性が死神であるというパターンは古来よりある。最近の小説でも、村上春樹の『国境の南、太陽の西』の島本さんは完全に死神だし、車谷長吉が直木賞を取った『赤目四十八瀧心中未遂』に出てくる美女、アヤちゃんも死神ではないが死へと誘う女性だ。

鼠の死骸を見た真鍋の頭には、自分の人生も袋小路に迷い込み、この鼠のように死ぬのではないかという暗い予感がよぎる。まさにその時にウラちゃんは現れ、真鍋の心の隙をついて誘い、連れ去ってしまったのである。社長、ウラちゃん、真鍋の三人が死んでしまったのかどうか、それはわからないが喪失、消失という暗い影が三井さんの肩に取り憑いたのである。
ウラちゃんは奪う女へと変貌し、三井さんは失う女となる。三井さんの時に狂的な行動は喪失への恐怖から来る。多分、もとから三井さんにはウラちゃんへの恐れはあったのだろう。

奪う女がいて失う女がいる。では生み出す女はどうか? 実はいる。大和田さん(武田暁。たけだ・あき)である。ラスト近くの大和田さんの話は海亀の産卵、自分に子供が出来ないこと、流産のこと、体外受精を考えていることなど産むことに関するものばかりだ。ただこれがギャグ化されてしまったために軽くなって心に響かないのである。だがあるいはこれは私が男性だからなのかも知れない。女性だったら出産の話はもっと切実に感じたかも知れないからだ。
芸術オタクのななさん(桝野恵子)、坂田君(梶川貴弘)は特に成長も退行もしないキャラクターとして、三人の揺れ動く女の中で物語りの均衡を保つ役目を負っている。ただ、ななさんは余りにも現実離れしており、坂田君は成長できないうだつの上がらないキャラクターで、この物語の中の「異物」であるという印象が強くなってしまった。ななさんと坂田君でプラスマイナスゼロなのかも知れないが、プラスが欲しいところだ。

消失の物語として真っ先に思いつくのは黒沢清監督の映画「回路」である。「回路」には消失に怯え、結局自殺してしまう女(小雪が演じた)と、生きていていいのか生きられるのかとの自問に苦しみながらそれでも可能性がある限りは生きようとする女(工藤ミチ。麻生久美子が演じた)がいた。その対比が見事であり、ホラーでありながら希望ある作品になっていた。
「この街の底ふかく」には「回路」の工藤ミチに相当する女性がいなかった(大和田さんにはその可能性があったのだが、賑やかしに終始してしまった)。もしいればもっと奥行きが出たはずである。

三井役の片桐慎和子は風貌や雰囲気がどことなく作・演出の山岡徳貴子(やまおか・ときこ)さんに似ている。山岡さんがもう少し若かったらこの役を演じていたのではないだろうか。

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