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2007年5月の29件の記事

2007年5月31日 (木)

京都通への第一歩 『京都・観光文化時代MAP』

新創社と光村推古書院が共同で作り上げた「京都時代MAP」シリーズの第3弾、『京都・観光文化時代MAP』を紹介します。

『京都・観光文化時代MAP』

先に出た『京都時代MAP 幕末維新編』と『京都時代MAP 安土桃山編』に加え、京都が上京と下京に二分されていた室町時代、そして京都の礎の築かれた平安時代の地図も加えた決定版的一冊です。

それぞれの時代の京都地図の上に、半透明の紙を使った現代の京都の街の地図を重ねることで、今、この建物がある場所にはかって何があったのか、それも平安時代、室町時代、安土桃山時代、江戸幕末の時代に何があったのかを知ることが出来ます。
京都という街を歴史という縦軸と地理という横軸で捉えることが可能なわけです。

特に平安時代編では、「あの人はここに住んでいたのか!」、「あの建物はここにあったのか!」という発見の喜びを歴史好きに与えてくれます。

地図以外にも、「応仁の乱」、「本能寺の変」、「池田屋事件」など、京都を舞台とした数々の事件に関する記事も充実しています。

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2007年5月30日 (水)

高橋由一展図録

1994年に、鎌倉は鶴岡八幡宮境内にある神奈川県立近代美術館で「高橋由一展」が開かれた時に買った図録です。

高橋由一展図録

代表作である「鮭」を始め、スケッチを含む500点以上の図版を収録しています。

私が高橋由一の名を知ったのは、例によって中学だか高校だかの美術の教科書を見た時です。「鮭」の絵を見て引き込まれました。

文政11年(1828)2月5日に、下野国佐野藩江戸屋敷で、佐野藩士・高橋源五郎の嫡子として生まれた高橋由一(幼名:猪之助)は、わずか2歳で最初の絵を描き、母親を驚かせます。高橋家は武芸の家柄でしたが、由一は体が弱かったため、絵の道に進むことになります。

最初、狩野派に絵を習いますが、西洋画に興味を示した由一は洋書調所画学局に入り、洋画を学びますす。しかし、「教授法ノ不完全ナルヲ遺憾ニ思ヒ」(高橋由一筆「履歴書」より)、40歳で横浜に出て外国人画家・ワーグマンに師事するようになります。

明治に入って、日本を代表する画家となり、美術教育確立のためにも積極的に動いた高橋由一は、「日本近代洋画の祖」、「日本近代画界最初の巨人」と称されています。

高橋由一の絵の魅力は、緻密な描写力、雄渾な筆遣い濃厚な色遣い、そして和と洋の絶妙な融合にあります。仕事は非常に丁寧で、有名な「鮭」図を間近で見ましたが絵の具を何重にも重ねて立体感が出るようになっていました。

鎌倉で観たということもあって、「江ノ島図」などは特に気に入りましたが、展示された作品全てに愛着を抱きました。

高橋由一はアンドリュー・ワイエスとともに、今も私にとって特別な画家であり続けています。

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2007年5月29日 (火)

進んで迷え

盲信して無理に安定を得るくらいなら進んで迷え。

いずれにせよ暗闇の中を歩んでいるということに変わりはない。

そして迷ったことのない人間に「本当の地図」など描けるはずがない。

だったら進んで迷え。

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2007年5月27日 (日)

頬が落ちそうになるほど美味しい音 タカーチ弦楽四重奏団 「皇帝」、「日の出」、「アメリカ」

タカーチ弦楽四重奏団による、ハイドンの弦楽四重奏曲第77番「皇帝」、同78番「日の出」と、ドヴォルザークの弦楽四重奏曲第12番「アメリカ」の演奏を収めたCDを紹介します。DECCAからの発売。

タカーチ弦楽四重奏団 ハイドン「皇帝」&「日の出」、ドヴォルザーク「アメリカ」 ハンガリーで結成されたタカーチ弦楽四重奏団(タカーチュ弦楽四重奏団)は、アルバン・ベルク・カルテットなどと並ぶ現代最高の弦楽カルテットの一つ。アルバン・ベルク・カルテットが切れ味鋭いシャープな音楽を特徴とするのに対し、タカーチの持ち味は何といっても頬が落ちそうになるほど美味しい音色。適度に洗練され、甘く、ノスタルジアをかき立てるような美音を聴くことは、音楽における最高の贅沢です。

このCDに収められているハイドンの弦楽四重奏曲第77番「皇帝」は、第2楽章のメロディーがドイツ連邦共和国の国歌に採用されていることで知られ、またドヴォルザークの弦楽四重奏曲第12番「アメリカ」は、黒人霊歌などを取り入れた異色作です。タカーチ弦楽四重奏団の演奏は、いずれの曲においても最高級の音楽を聴かせてくれます。

Dvorak / Haydn/String Quartet.12 / .77 78: Takacs.q

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百人一首の日

本日5月27日は「百人一首の日」なのだそうです。

藤原定家が小倉山荘で選んだ「小倉百人一首」ですが、必ずしもその人の代表作が選ばれているわけではなく、出来の悪い歌もあります。

例えば、

吹くからに秋の草木のしをるればむべ山風を嵐といふらむ(文室康秀)

意味:「吹いたとたんに秋の草木の萎れるので、山からの風を嵐というのだろう」
だから何だという内容の歌です。文室康秀は六歌仙の一人として有名ですが、女好きで小野小町に懸想したりしています。また、文室氏は蝦夷征伐に功を成した武門系の一族で、文化人の藤原定家からすると、「野蛮な一族の出」であり、気に入らなかったのでしょう。もっと良い歌もあるのに、こういう歌を敢えて選んだのも嫌がらせでしょうか。

もう一首、

春過ぎて夏来にけらし白妙の衣ほすてふ天の香具山(持統天皇)

意味:「春が過ぎて夏が来たようですねえ、真っ白な衣を天香具山に干しているようなので」
春が過ぎたら夏なのは当たり前だろ、ということで技巧的にどうかと思われる歌です。

タレント・神田うのの名前の由来として有名な(?)鸕野讃良皇女(うののさららのひめみこ)こと持統天皇ですが、このお方、結構な暴君です。特に息子の草壁皇子を皇太子にするために、最大のライバルであった大津皇子を讒謗によって死に追いやる様などは残酷という他ありません。こういうタイプの女性は定家は嫌いだったのではないでしょうか。出来の悪い歌を載せるというのはやはり嫌がらせでなのかも知れません。定家の時代には皇室は天智系に移って久しく、天武天皇と並んで天武系最高の天皇であった持統天皇に対するイメージは芳しからぬものがあったと思われます(ちなみに「小倉百人一首」の第一首は天智天皇作のなかなか良い歌。そして第二首が持統天皇作のいまいちな歌です)。

ちなみにここに載せた持統帝の歌は定家による改作で、元の歌は、

春すぎて夏きたるらし白たへの衣乾したり天の香具山

多分、これは叙景詩ではないでしょう。天下盤石となり、盛りを迎えた天武系王朝を歌ったものだと思われます。この自信溢れる歌を、定家の時代の流行りとはいえ軟弱なものに変えてしまったのは、定家が何らかの意図を持ってしたことなのでしょうか。

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言い換え語辞典(3) 経済効果

「経済効果」

消費額または無駄遣いの美化語。

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薬占い

生年月日で占うサイトです。

「薬占い」 http://rieena.com/kusuri/born/index.html

私の結果は、栄養剤。コメントしにくい結果だなあ。ところで栄養剤って薬なのか?

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2007年5月26日 (土)

観劇感想精選(12) 魚灯(ぎょとう) 「この街の底ふかく」

2004年12月18日および19日 大阪・周防町(すほうまち)のウイングフィールドにて観劇

大阪へ。周防町にあるウイングフィールドで魚灯の「この街の底ふかく」を観る。
舞台はAV企画制作会社の事務室。社長が失踪している。
冒頭は状況説明に少し時間がかかってしまっている。私はあらかじめ舞台がどこかわかっていたから(「ぴあ」に載っていた)すぐ把握出来たが、人物関係がわかるのに結構な時間とセリフを費やした感じだ。

これは喪失に怯える女の物語である。

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2007年5月25日 (金)

言い換え語辞典(2) 最新の研究

「最新の研究」

裏付けらしい裏付けの取れていない仮説、若しくはそれ以前の思いつきの段階のこと。

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2007年5月24日 (木)

観劇感想精選(11) 風間杜夫ひとり芝居三部作

2006年7月30日 京都・四条南座にて観劇

午後1時から四条南座で、「風間杜夫ひとり芝居三部作」を観る。水谷龍二が風間杜夫のために書き下ろした一人芝居、「カラオケマン」、「旅の空」、「一人」の連続上演。演出も水谷龍二が手がける。

三谷幸喜作のテレビドラマ「古畑任三郎」に間抜けな犯人役で出てからというもの、すっかりどこか抜けたイメージが定着してしまった風間杜夫だが、今日上演する一人芝居はいずれも、その「どこか抜けたイメージ」を生かしたものだ。
ちなみに余り知られていないが、水谷龍二は三谷幸喜の師である。

1997年にまず「旅の空」が書かれ、東京で初演。98年、99年に再演された。そして2000年に「カラオケマン」が書かれて、スペインのバルセロナで初演される。「カラオケマン」はこれまで中国の北京、杭州、上海、韓国のソウルでも上演されている。
2003年に「一人」が書かれ、「カラオケマン」、「旅の空」とセットで「風間杜夫ひとり芝居三部作」として上演されて、高い評価を受けた。

まずは「カラオケマン」。風間杜夫演じる牛山明は花道のせりからど派手な衣装を纏って登場。観客の喝采を浴びる。

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2007年5月22日 (火)

シベリウスの年に(8) 紀尾井シンフォニエッタ東京第59回定期演奏会

東京・四谷の紀尾井ホールを本拠地とするオーケストラ、紀尾井シンフォニエッタ東京の第59回定期演奏会で、滅多にコンサートプログラムに載らない、シベリウスの交響曲第3番が演奏されるというので聴きに出かけました(2007年5月18日午後7時開演)。

ヨーン・ストルゴード指揮紀尾井シンフォニエッタ東京 第59回定期演奏会公演パンフレット

指揮は、1963年生まれのフィンランドの指揮者、ヨーン・ストルゴード。日本での知名度は低いものの、本国であるフィンランドでの評価は高いようで、ヘルシンキ・フィルハーモニー管弦楽団の首席客演指揮者とタンペレ・フィルハーモニー管弦楽団の首席指揮者、更にラップランド室内管弦楽の芸術監督を兼任。2002年にはフィンランド国家音楽賞を受賞しています。

ストルゴードはガッチリとした体格の持ち主ですが、シベリウスの交響曲第3番の演奏もストルゴードの体格通りの骨太なものでした。

紀尾井シンフォニエッタ東京は、音の洗練度は今一つながら、力強い演奏でストルゴードの指揮に応えていました。名演とまではいかなかったものの好感の持てる演奏であり、ライブでは滅多に聴くことの出来ないシベリウスの交響曲第3番を堪能しました。

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2007年5月20日 (日)

車内のドラマ

電車に乗っていると、様々な人々の様々な話が聞こえてくる。特に東京の場合は全国から人が集まっているので、話される内容も多彩である。

東京の車中における特徴の一つは、真剣にビジネスの話をしている人が多いことだ。大阪の場合は、仕事の話といっても(ちなみに大阪の電車内で仕事の話をしている人はどういうわけか余り見かけない。東京では女性同士でも仕事や仕事場の話をしているというのに)単なる愚痴や悪口しか聞こえてこないが、東京の場合は愚痴一つにしても、「(この場にいない彼は)こうすればいいのになあ」だとか「(この場にいない後輩は)そういうことが出来ても仕方ないんだよなあ。だってさあ…」という風に、建設的側面を帯びている。

千葉から東京まで毎日のように電車で通っていた頃は、そういったビジネスマン達の話をたびたび耳にしていた。そしてその中から、当時の私には絶対に体験し得なかった、ビジネス世界におけるシリアスで多種多様なドラマを想像することが出来た。ある意味、東京の電車内はドラマの宝庫だったのだ。

「社会」や「ドラマ」を「知る」上で、これは非常に有効である。

関東にいた頃は、当たり前すぎて気がつかなかったことに、関西に移り、そして一時帰京したことで気づいた。
東京で過ごすということは、そうしたアドバンテージを知らず知らずのうちに受けているということのようである。

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2007年5月17日 (木)

再びの千葉

JR千葉駅前 ジェフユナイテッド千葉の像

東京での観劇とコンサートを楽しむために、また千葉に帰ってきています。

写真はJR千葉駅前の、ジェフユナイテッド千葉の像。私が京都に移った時は、まだジェフユナイテッド市原だったのですが、その後にジェフは本拠地を千葉市内に建設されたフクダ電子アリーナ(旧称:蘇我スタジアム)に移し、現在ではジェフユナイテッド市原・千葉(略称はジェフユナイテッド千葉)を名乗っています。

また千葉市では、「花の都計画」といって、市街地に色とりどりの花を植える計画が進んでいます。

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2007年5月15日 (火)

シベリウスの年に(7) サイモン・ラトル指揮バーミンガム市交響楽団 「シベリウス交響曲全集」

EMIから出ている、サイモン・ラトル指揮バーミンガム市交響楽団の「シベリウス交響曲全集」を紹介します。1980年代半ば、ラトルがまだ30代前半の頃に完成させた全集です。

サイモン・ラトル指揮バーミンガム市交響楽団 「シベリウス交響曲全集」

ラトルというと、斬新な解釈、時には「エキセントリック」とも言われるほどの演奏で有名ですが、このシベリウスではイギリスの指揮者らしく比較的穏健な音楽を作っています。

シベリウスの交響曲は特に後期の作品の演奏が難しいとされていますが、ラトルは普通の指揮者とは異なり、シベリウスの後期の交響曲の方が水準は上です。
前期の交響曲も平均を上回っており、シベリウスの音楽に適性のあることがわかります。

最も出来が良いのは交響曲第7番。「シベリウスの音楽風景には人間がいない」と称される場合がありますが、ラトルの演奏は人間的なドラマに溢れています。ノスタルジアをかき立てるような痛切な心情を聴く者に訴えかけてきます。旋律をクッキリと歌い上げるのも印象的。

交響曲第5番もわかりやすい演奏で、ラストのささやかな凱歌も、地味すぎず派手すぎず、程よく再現させています。

交響曲第4番第2楽章と第3楽章の絶望感、交響曲第6番の地味ながら清楚な美しさなども特筆事項です。

神秘的雰囲気は本場の指揮者に一歩譲るものの、わかりやすさにおいては最右翼の全集。シベリウス入門盤としてもお薦めです。

シベリウス/Comp.symphonies: Rattle / City Ofbirmingham.so

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ヨーグルトの日

本日5月15日は、「ヨーグルトの日」なのだそうです。

ヨーグルト、大好きですね。

ちょっと前までは1日に3回以上食べていたのですが、何事においても「過ぎたるは及ばざるがごとし」ということに気づき、今では、1日2回以下に減らしております(大して減っていないような気もしますが、気のせいでしょう)。

アロエ入りヨーグルト、ブルーベリーヨーグルト、リンゴ入りヨーグルト、バナナ入りヨーグルト、全て好きです(プレーンヨーグルトが入っていないような気もしますが、これも気のせいでしょう)。

「豆知識」
日本で最初にヨーグルトを食べたのは聖武天皇であるとされています。ただ、これはあくまで「されている」ということです。聖武天皇の時代に建てられた東大寺正倉院に残っている記録により、聖武天皇がヨーグルトを食べていたのは確かなようですが、彼が日本で最初にヨーグルトを食した人物であるかどうかはわかりません。

「豆知識」その2
醍醐味という言葉で知られる醍醐は、ヨーグルトの一種です(異説あり)。

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言い換え語辞典(1) グローバル化

「グローバル化」

アメリカ化のこと。

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2007年5月14日 (月)

街の想い出(12) 神田・御茶ノ水界隈その4 古賀書店

千代田区神田神保町・古賀書店

神田古書店街・靖国通り沿いにある「古賀書店」。音楽書専門の古書店です。小さいながらも世界的に有名なお店で、指揮者のゲンナジー・ロジェストヴェンスキー氏をはじめ、著名アーティストがたびたび訪れます。
この店ではピアノスコアや作曲家の自伝などをよく買いました。クラシックのみならず、ポピュラー音楽関係の本も充実しています。

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2007年5月12日 (土)

京都市交響楽団第500回定期演奏会

2007年5月12日、京都市交響楽団が京都コンサートホールにおいて第500回定期演奏会を行いました。

京都市交響楽団の常任指揮者兼アーティスティック・アドヴァイザーの大友直人の指揮で、モーツァルトの交響曲第41番「ジュピター」と、リヒャルト・シュトラウスのアルプス交響曲という演目。

京都市交響楽団が第1回定期演奏会を行ったのは、1956年6月19日、円山公園野外音楽堂においてでした。指揮は初代常任指揮者のカール・チェリウス。

その後の節目となる定期演奏会を挙げると、

第100回が1967年12月9日、京都会館第1ホールで、外山雄三指揮。曲目はストラヴィンスキーの3大バレエ音楽(「ペトルーシュカ」、「火の鳥」、「春の祭典」)。

第200回が1977年12月26日、京都会館第1ホール、若杉弘指揮。曲目はマーラーの交響曲第3番。

第300回が1987年12月25日、京都会館第1ホール、小林研一郎指揮。曲目は、細川俊夫の「オーケストラのための『遠景』」、ベートーヴェンの交響曲第9番「合唱付き」。

第400回が1997年12月26日、京都コンサートホール、大友直人指揮。曲目は、J・S・バッハの、2つのヴァイオリンのための協奏曲(ヴァイオリン独奏:工藤千博、小栗まち絵)とベートーヴェンの交響曲第9番「合唱付き」。

と、なります。

京都市交響楽団の定期演奏会は、長い間、年10回だったので(現在は年12回)10年ごとに節目を迎えていることがわかります。

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2007年5月11日 (金)

人間とは

自分が下した判断が間違っていたとは認めたがらない生き物だ。

実はそこが一番怖いところで…

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2007年5月 9日 (水)

自分のいない風景

あらゆる事象および現象について語るとき、自分のいない風景を見てしまっていることに時折気付く。自分のいない世界について述べている人が多いようにも感じる。
本当は自分もいるべきはずの風景についての話なのに。

なぜか?

あるいはそれは内外の「世界」と本当の意味で対峙していないということなのか。

または「世界」は「ない」ということを無意識に自覚しているからなのか。

それとも語っている言葉が本当に「私」のものではないからなのか。

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観劇感想精選(10) sekai☆ichi☆dan(現:Sunday) 「七人の小人と大事なテーブル」

2006年6月9日 大阪・梅田のHEPホールにて観劇

大阪・梅田のHEPホールで、劇団☆世界一団の「七人の小人と大事なテーブル」を観る。ウォーリー木下:作・演出。
世界一団の公演を観るのは久しぶり。というのも世界一団は長期にわたり劇団としての活動を停止していたからだ。今回の公演も本格的再始動とは位置づけられておらず、本当の再始動は今年の秋に予定されている(注:現在では劇団☆世界一団は、Sundayと名を変えて再スタートを切っている)。

「七人の小人と大事なテーブル」は、グリム童話「白雪姫」を基にした作品。といっても、登場人物がある程度一致しているだけで、別の作品と考えてよい。ちなみに「白雪姫」を基にした話だが、白雪姫は本人は登場しない。

普段のHEPホールとは違い、中央にステージを置き、両側から客席で挟むスタイルを取っている。

天井から額に入った透明プラスティックが7枚、円形を描くように吊り下がっている。ここに7人の小人(全員女優が演じる)が絵や文字を書く。1から10まで順番に進む話ではないので、この透明プラスティックに書かれた絵が、時間軸を示す仕掛けとなっている。

会場は立ち見がでるほどの満員。

見応えのある劇であった。笑いの部分と、得体の知れない不気味さ残酷さのバランスが絶妙である。
殺陣や激しい動きにも切れがあり、机や椅子の上に何人も何人も駆け上がったり飛び降りたりするのでスリルもある。

いわゆる循環形式で、現実の時間軸と物語上の時間軸は一致しないのだが、頭を使えば簡単に、今、どこの場面を演じているのか把握することが出来る。逆に言うと、漠然と眺めているだけでは何が起こっているのかわからないかも知れない。

完璧に理屈づけようとはせず、よくわからない部分を残したまま終わるのも余韻を楽しむには好ましい。

欲をいうと、透明プラスティックに描かれた絵が、若干見えにくかったので、枠をもっと大きくして貰いたかった(絵を描く役者の負担は増えるわけだが絵をもっと単純にすることで解決出来るだろう)。照明でかなりカバーされていたが、客席によっては何を描いたのかわからなかった可能性もある。それだけが傷である。

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2007年5月 7日 (月)

街の想い出(11) 渋谷その2 タワーレコード渋谷店

タワーレコード渋谷店

日本最大級のCDショップ、タワーレコード渋谷店。90年代後半、私はNHK交響楽団の定期会員で、毎月土曜日の定期公演をNHKホールまで聴きに行っていました。演奏会終了後にしばしば立ち寄ったのが、ここタワーレコード渋谷店です。ここのクラシックコーナーは情報が早く、サー・ゲオルグ・ショルティ死去のニュースを知ったのも、ここのクラシック売場においてでした。

またここはイベントも盛んで、国内外の様々なアーチストがミニライブを行いますし、時にはサイン会も開いています。また、たまに海外アーチストがCD試聴をしている姿を見かけることもありました。

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2007年5月 6日 (日)

岩城宏之指揮 黛敏郎「舞楽」&「曼荼羅交響曲」

黛敏郎 「舞楽」&「曼荼羅交響曲」 岩城宏之指揮NHK交響楽団 今年が没後10年にあたる黛敏郎(1929-1997)の代表作、バレエ音楽「舞楽」(1962年初演)と、「曼荼羅交響曲」(1960年初演)を収めたCDを紹介します。岩城宏之指揮NHK交響楽団の演奏。「舞楽」が1967年、「曼荼羅交響曲」が1965年の録音です(DENON)。

武満徹と並び、20世紀後半の日本作曲界をリードした黛敏郎。音楽番組「題名のない音楽会」の司会者としてもおなじみでした。

1950年代前半にデビューした黛敏郎は、当時の世界最先端の作曲技法を大胆に取り入れて認められるなど、最初からスター作曲家としてスタート。男前であり、女優の桂木洋子と結婚するなど話題性にも事欠かず、映画界ではその傑出した才能ゆえ「天才」と呼ばれ、「次の映画音楽も『天才』に頼もうや」などと言われていたといいます。

しかし、その後、政治運動などにのめり込むなどして作曲からは次第に距離を置くようになり、また「題名のない音楽会」でも、そのワンマンぶりが怖れられるなど、業界からも声が掛かりづらくなっていったようです。

しかし、このCDに収められた曲はいずれも傑作。ニューヨーク・シティ・バレエ団からの委嘱で書かれた「舞楽」は、雅楽的な要素を最も見事にオーケストラ音楽に取り入れた音楽であり、「曼荼羅交響曲」の東洋的にして神秘的な旋律と音色も聴く者を魅了します。

黛敏郎の最大の理解者の一人であった岩城宏之の指揮は流石に堂に入っており、NHK交響楽団も力強い演奏で岩城の棒に応えています。

素顔は少年のようだったともいう黛敏郎。もっともっと作品が演奏されても良い作曲家の一人です。

黛敏郎/曼荼羅交響曲 舞楽 :岩城宏之 / Nhk So

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日本野球の父、ホーレス・ウィルソンの人生を追う 『明治五年のプレーボール』

野球関連のノンフィクションライター・佐山和夫。彼が、「日本野球の父」と呼ばれながら資料が少ないためにその生涯がヴェールに包まれていたホーレス・ウィルソンに取材し、ものにした著書『明治五年のプレーボール 初めて日本に野球を伝えた男-ウィルソン』(NHK出版)。
2002年に発売されたこの本は、翌2003年のホーレス・ウィルソン日本野球殿堂入りをアシストしたと思われる好著です。帯に記された推薦文は長嶋茂雄の手によるもの。

佐山和夫著『明治五年のプレーボール』

明治4年(1871)に東京大学の前身である南校(この学校は、その後数年の間に、第一大学区第一中学校→開成学校→東京開成学校→東京大学および東京大学予備門と何度も名前を変える)の英語、普通学(一般教養)および数学の教師に着任したホーレス・ウィルソンは、翌明治5年に第一大学区第一中学校と名前を変えた同校において、初めてバットとボールを使ってベースボールというスポーツの存在の日本人に知らせました。
ウィルソンは、明治6年には、東京開成学校と名前を変えた同校において、ゲーム形式の練習を行っており、ベールボールというゲームの形式、ルール、そして何よりその面白さを日本人に伝えています。
ウィルソン自身、プレーヤーとしても活躍し、東京在住の外国人による野球倶楽部と横浜在住の外国人の野球倶楽部との試合に東京側チームの主力として出場しています。

そんなホーレス・ウィルソンですが、来日前と米国帰国後の消息については、多くが知られてきませんでした。
この本は、ホーレス・ウィルソンの生まれ故郷であるメーン州のゴーラムや、ウィルソンが帰米後、亡くなるまで暮らしたサンフランシスコに著者の佐山和夫自らが出向き、徹底した取材のもとに完成させた力作。野球のみならず明治時代初期の日本の教育文化およびウィルソンも参加した南北戦争時代のアメリカについても詳述されており、往時の空気を読者に伝えてくれます。

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2007年5月 5日 (土)

柏餅

こどもの日です。柏餅を買ってみました。

ところで、桜餅は桜の葉も食べるけれど、柏餅は葉は捨てる、というのが一般的だと思っていたのですが、インターネットで検索してみたところ、柏の葉も食べるという方も結構いらっしゃるようです。
また、桜餅の場合も、「桜の葉は食べない派」は意外に多いようです。

柏の葉も食べられないことはないようなので、試しに食べてみましたが…、ううん、やっぱり食べない方が良いようですね。

ちなみに柏の葉(西日本では実際に使われているのは柏の葉ではないのですが、その柏の葉もどきも含めて)は毒ではありませんが、桜の葉には微量ながら毒があるそうです。食べても害にはならないほど微量の毒なので問題はないのですが(というより問題だったら困る)。

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2007年5月 3日 (木)

「人生」を生きる

一般に人は「生きる」だけでいい。例えるなら、足し算のみ、若しくは足し算と多少の引き算で生きていける。

しかし演劇人は、「人生」を生きる必要があるのではないか。足し算と引き算だけでなく、掛け算に割り算、更には虚数や無理数をも意識しなければならないのではないかと。

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日本中の

「五月」、「皐月」、「皐」、「さつき」という名前の女性は、多分全員5月生まれなのだろう。

だが、「メイ」という名前の女性は全員5月生まれなのだろうか。

ちなみに、メイと聞いて名前の浮かんだ4人の芸能人の場合は、

中村メイコ(芸名。本名は五月) 5月生まれ
梶芽衣子(芸名。本名は雅子) 3月生まれ
黒川芽以(本名) 5月生まれ
黒木メイサ(芸名。本名は「さつき」) 5月生まれ

でした。

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2007年5月 2日 (水)

サキソフォンの巨人が吹く 『サキソフォン・コロッサス』

ソニー・ロリンズ 『サキソフォン・コロッサス』 かって“ジャズ・ジャイアンツ”と呼ばれた偉大なジャズメン達の中で現在も生きている唯一の人物、ソニー・ロリンズの代表盤『サキソフォン・コロッサス』を紹介します。

“サキソフォンの巨人”と呼ばれたソニー・ロリンズが作った「サキソフォンの巨人」という意味の名のアルバム(コロッサスとは古代ギリシャのロードス島に建っていた巨人像のこと。世界七不思議の一つであった)。

余りにも有名なのでジャズファンには説明不要の音盤なのですが、ジャズが好きな人は少数派なので、ロリンズと、このCDについて記しておきます。ソニー・ロリンズは1930年、ニューヨークに生まれたジャズサキソフォン奏者。ジャズメンはだいたいそうですが、この人もとにかく変わった人で、「サックスが上手く吹けない気がする」という理由でたびたび失踪したり、頭をモヒカン刈りにしたり(ソニー・ロリンズがモヒカン刈りにしたことで、もともとはネイティブ・アメリカンのものだったこの髪型は世界的に有名になったとされる)と、頭の中がどうなっているのかわからなかったりします。

しかし、ひとたびサキソフォンを手にすると、この楽器を自由自在に操り、爽快な演奏を聴かせてくれます。

『サキソフォン・コロッサス』には、ロリンズの代表作である「ST.THOMAS」や、ベルトルト・ブレヒト作の舞台のためにクルト・ワイルが作曲した「三文オペラ」より“マック・ザ・ナイフ”を原曲とする「MORITAT」を始め、「YOU DON'T KNOW WHAT LOVE IS」、「STRODE RODE」、「BLUE 7」の5曲を収録。いずれの曲もジャズの黄金時代の空気を今に運んでくれます。

Sonny Rollins/Saxophone Colossus

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2007年5月 1日 (火)

千葉県出身の有名人

以前(2004年)、私の出身地である千葉県出身の有名人を調べて「猫町通り通信」という日記に発表したことがあったのですが、今回はそれをここに再録(一部改訂)したいと思います。

千葉出身の主な有名人

千葉市 
木村拓哉(東京都生まれ)、市原悦子、宇津井健、椎名誠、永島敏之、勝新太郎、吉野紗香、本宮ひろ志、掛布雅之(新潟県三条市生まれ)、植草克秀、高橋由伸、五十嵐亮太(北海道留萌市生まれ)、石井一久、川島亮、大塚晶則(大塚晶文)、劇団ひとり(本名:川島省吾)、村主章枝、村主千香

その他
長嶋茂雄(佐倉市)、麻生久美子(山武市山武)、荻野目慶子、荻野目洋子(柏市)、青木功(我孫子市)、倉木麻衣(船橋市)、高橋英樹(木更津市)、千葉真一(君津市)、滝田栄(印西市)、仲村トオル(流山市)、安西水丸(南房総市千倉)、長谷川京子(柏市)、小野真弓(流山市)、藤木直人(佐倉市)、高木美保(松戸市)、桜井幸子(大網白里町)、岩崎ひろみ(八千代市)、渡辺正行(いすみ市夷隅)、小堺一機(市川市)、増田明美(いすみ市岬)、石毛宏典(旭市)、中沢けい(館山市)、志位和夫(四街道市)、中尾彬(木更津市)、YOSHIKI(館山市)、漆原朝子、漆原啓子(習志野市)、山崎努(柏市)、細川ふみえ(我孫子市)、地井武男(匝瑳市八日市場)、篠塚和典(篠塚利夫。銚子市)、阿部慎之助(浦安市)、廣山望(袖ヶ浦市)、カジヒデキ(袖ヶ浦市)、小出義男(佐倉市)、華原朋美(浦安市)、小倉優子(茂原市)、山本梓(船橋市)、伊藤淳史(船橋市)、DJ OZMA(綾小路翔。君津市)、真木よう子(印西市)、山下智久(船橋市)、にしおかすみこ(市川市)

歴史的人物
日蓮(天津小湊町)、国木田独歩(銚子市)、里見義弘(君津市)、伊藤左千夫(山武市成東)、吉川英治(佐倉市)、鈴木貫太郎(野田市関宿)、7代目市川團十郎(成田市)、初代松本幸四郎(香取市小見川)、浅井忠(佐倉市)、白鳥庫吉(茂原市)、佐藤泰然(佐倉市)、津田梅子(佐倉市)、木内惣五郎(佐倉宗吾。成田市)、伊能忠敬(香取市佐原)、菱川師宣(鋸南町)、早川雪洲(南房総市千倉)、東山千栄子(千葉市)、平千葉介常胤(千葉常胤。千葉市)、平上総権介広常(上総広常。君津市)、堀田正睦(佐倉市)、稲葉正巳(館山市)、大原幽学(旭市干潟)、西村茂樹(佐倉市)、波の伊八(武志伊八。鴨川市)

千葉ゆかりの作家
村上春樹(船橋市)、太宰治(船橋市)、芥川龍之介(御宿町)、志賀直哉(我孫子市)、武者小路実篤(我孫子市)、中原中也(千葉市)、山本周五郎(浦安市)、高村光太郎(九十九里町)、山本有三(いすみ市大原)、村山由佳(鴨川市)、永井荷風(市川市)

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