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2007年6月 8日 (金)

観世榮夫死去

私の演劇の師の一人である能楽師、演出家、俳優の観世榮夫(かんぜ・ひでお)が大腸癌で死去した。79歳。1927年生まれだから満80歳に僅かに届かなかったことになる。

能楽の祖・観阿弥の末裔で、能楽の家である観世銕之丞家に生まれたが、喜多流に転じ、「喜多流の人間が観世を名乗っていたんじゃ具合が悪い」というので後藤家の養子に入り、後藤榮夫を名乗っていたこともある。

一時、能楽協会を脱退して、現代演劇の演出家として活躍。その後、能楽協会に復帰し、能楽と現代演劇の両方で活躍することになる。

演出家としての観世は癇癪持ちでしょっちゅう怒っていた。ただ私が演技を教わっていた時には、観世はすでに70代で発音は明瞭さを失っており、怒っているのはわかるが、何を言っているのかよくわからないこともあった。

実はお母上は2002年までご存命であった。ある日、観世の稽古が終わり、観世が帰った後で舞台研究室のKさんから、「観世さんのお母様が今朝亡くなられた」という報告を受けた。一刻も早く自宅のある東京に戻りたかったはずなのに、京都で我々の稽古に付き合ってくれた。プロであった。

若い頃は三島由紀夫と親交を結んでおり、私が観世の演出を受けたのも三島由紀夫の作である『近代能楽集』より「綾の鼓」であった。

「綾の鼓」は劇中で鼓の音が鳴る場面があるのだが、その鼓は観世が舞台裏で鳴らすことになっていた。だがゲネプロの時、鼓の音が響かない。何と観世は居眠りしていたという。高齢であり、東京の自宅から毎週京都まで通っていたこともあって体力、気力ともに十分でなかったのだろう。その時は笑い話で済んだが、その居眠り癖が、最近、悲劇を生むことにもなった。

その観世爺さんも逝ってしまった。また寂しくなるな。

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