« 2007年6月 | トップページ | 2007年8月 »

2007年7月の42件の記事

2007年7月31日 (火)

これまでに観た映画より(5) 「あの子を探して」

DVDで中国映画「あの子を探して」を観る。張芸謀監督作品。良い映画である。

ストーリーは至ってシンプル。中国の僻地にある水泉村。水泉小学校の老教師であるカオ先生が病気の母親を見舞うため1ヶ月ほど村を離れることになる。代用教員として水泉村の村長が探してきたのはウェイ・ミンジという13歳の少女。水泉村はとんでもない田舎であるため、なり手が他にいなかったのだ。中学も出ていないような少女に教師が務まるのかと不安なカオ先生。実際、ウェイ・ミンジは歌もきちんと歌えず、教える力もなさそうである。カオ先生は黒板に教科書の字を写すことで授業の代わりとするようミンジに命じる。

中国の僻地では良くあることだが、水泉村でも教育は重要視されておらず、家の事情で学校をやめる生徒が多い。生徒が一人もやめなかったら50元やると約束する村長。
しかし、11歳の男子児童ホエクーが病身の母親の借金を返すため、都会(ロケ地である張家口〈zhangjiakou〉市をモデルにしたjiangjiakou市)に出稼ぎに出されてしまう。ホエクーを連れ戻したいミンジはあの手、この手を使って何とか都会に出るのだが、ホエクーは街の駅で仲間からはぐれてしまっており…。

出演者は全員素人。役名も本名のままである。
中国は映画を国策の一つに掲げているため、映像はとにかく美しい。

僻地の農村だけに人々の心に優しさが残っており、都会にも優しい心を持つ人はいる。素人の俳優を使っているだけに人間の素朴な優しさがよりストレートに出ている。
心温まる物語。やはり張芸謀は「LOVERS」のようなワイヤーアクションよりも、こうしたシンプルながらも味のある映画を撮った方がずっと良い。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年7月30日 (月)

シンプルなるがゆえの美しさ 「初恋のきた道」&「あの子を探して」 オリジナル・サウンドトラック

中国第五世代を代表する映画監督・張芸謀(ZHANG Yimou)監督の2本の映画、「初恋のきた道」と「あの子を探して」の音楽を収録したCDを紹介します。いずれの音楽も三宝(SAN Bao サン・バオ)という作曲家が手がけています。中国・竹書文化の制作。ビクター・エンタテインメントからの発売。

中国映画「初恋のきた道、「あの子を探して」オリジナル・サウンドトラック 「初恋のきた道」は、いわずと知れた章子怡(ZHANG Ziyi チャン・ツーイー 日本ではチャン・ツィイーと表記されることが多い)のデビュー作。ジャケットは19歳時の章子怡。

章子怡は、どういうわけかはわかりませんが写真写りの悪い人で、このジャケットも今一つです。
私は「初恋のきた道」を渋谷のル・シネマという映画館でロードショー時に観ています。映画館のロビーに飾ってあった章子怡の写真を見ても特にどうとも思わなかったのですが、映像で観る章子怡は写真とはまるで別人で、感動してしまうくらい可愛らしい容姿の持ち主でした。

「あの子を探して」は、キャストに全員素人を使った意欲作。洗練とは程遠い中国の農村と、垢抜けない素人俳優の演技が逆にストーリーに説得力を与えることに成功しています。

「初恋のきた道」も「あの子を探して」も非常にシンプルなストーリーを持つ映画ですが、シンプルなるがゆえの美しさが静かな感動を呼びます。

三宝の音楽も映画同様、シンプルな美しさを追求したもので、ノスタルジックな旋律が、聴く者の心を癒します。

「初恋のきた道/あの子を探して」オリジナル・サウンドトラック

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年7月28日 (土)

観劇公演パンフレット(14) 東京セレソンデラックス 「歌姫」(再々演)

東京セレソンデラックス(東京セレソンDX)の「歌姫」の公演パンフレットを紹介します。

「歌姫」は現在も東京・新宿御苑前のシアターサンモールにて上演中です(2007年8月5日まで)。

東京セレソンデラックス 「歌姫」2007 公演パンフレット

「歌姫」の舞台となった高知県の田舎町のモデルである土佐清水での写真、出演者の「歌姫」上演への意気込み、また「歌姫」が廃業する映画館を描いているということで、今はなきシネ・ヴィヴァン・六本木というアート系映画館の支配人であった塚田誠一によるエッセイなどを収録しています。

「歌姫」の概要と感想

東京セレソンデラックスの「歌姫」は2004年に初演された作品で、今回は再々演となる。作・演出:サタケミキオ(宅間孝行のペンネーム)。出演は、宅間孝行、村川絵梨、阿南敦子(あなみ・あつこ)、吉成浩一、竹森りさ、蘭花レア、飯島ぼぼぼ、西村清孝ほか。

続きを読む "観劇公演パンフレット(14) 東京セレソンデラックス 「歌姫」(再々演)"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

これまでに観た映画より(4) 小林正樹監督 「怪談」

DVDで映画「怪談」を観る。小泉八雲原作、小林正樹監督、出演は三國連太郎、新珠三千代、仲代達也、岸恵子、田中邦衛、志村喬、ほか。音楽音響:武満徹。「黒髪」、「雪女」、「耳なし法一」、「茶碗の中」の4話オムニバス。全編で3時間3分の大作である。
背景に絵を用いたり、見るからにミニチュアとわかるセットを敢えて用いるなど独自の美学が生きている。
「怪談」には不思議な美しさがある。静謐の美といったら良いだろうか。小泉八雲が「怪談」に惹かれたのも日本人独自の感性が怪談の中に生きていると感じたからではないか。
「黒髪」では若い頃の三國連太郎が出世のために妻を捨てる武士を演じているのだが、たまに見せる表情が息子の佐藤浩市そっくりなことがあり、やはり血は強いものなのだと感心してしまう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年7月26日 (木)

祝 京都市交響楽団第12代常任指揮者就任 広上淳一 「運命」&「ジュピター」

広上淳一指揮日本フィル 「運命」&「ジュピター」 1958年生まれ、日本の中堅世代を代表する指揮者である広上淳一(ひろかみ・じゅんいち)が、2008年4月1日より、京都市交響楽団の第12代常任指揮者に就任することが正式に発表されました。

広上はここ最近はレコーディングに積極的でないので(広上のみならず、日本の中堅指揮者達はレコーディングに積極的でなかったり、録音する機会に恵まれていなかったりするのですが)、1997年の録音ですが、日本フィルハーモニー交響楽団(日フィル)を指揮した、ベートーヴェンの交響曲第5番「運命」と、モーツァルトの交響曲第41番「ジュピター」のライブ盤を紹介します。日本フィルハーモニー交響楽団の自主制作。
ベートーヴェンが所沢市民文化センター・ミューズアークホールでの、モーツァルトがサントリーホールでの収録です。

ライブ録音ということで、音の分離が今一つなのが難点でありますが、広上は日フィルから輝かしい音を引き出しています。

ベートーヴェンの交響曲第5番は、スケールが大きく、特に第4楽章の爆発力が見事です。

「ジュピター」は、軽やかさには欠けるものの、これまたスケール雄大で、ジュピター=最高神の偉容を示したような演奏です。

Beethoven / Mozart/Sym.5 / .41: 広上淳一 / 日本po

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年7月25日 (水)

横浜の海(5) 港の見える丘公園から

横浜の海(5) 港の見える丘

正面に横浜ベイブリッジが見える。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年7月24日 (火)

横浜の海(4) 横浜ベイブリッジ

横浜の海(4) 横浜ベイブリッジ

臨港パークのアーチ橋上から見た横浜の海とベイブリッジ。アーチ橋下から見るベイブリッジも面白いが、カメラの感度不足(一応320万画素はあるのだが)によりベイブリッジがほとんど写っていなかった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

横浜の海(3) 臨港パークより

横浜の海(3) 臨港パークより

みなとみらい地区にある臨港パークから見た横浜の海。遠くに横浜ベイブリッジが見える。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年7月23日 (月)

横浜の海(2) 窓を開ければ港が見える

横浜の海(2) 窓を開ければ港が見える

ホテルのベランダから見た山下公園(旧・フランス波止場)と横浜港。右に見えるのが氷川丸。左端が、淡谷のり子の「別れのブルース」(当初のタイトルは「本牧ブルース」)で歌われたメリケン波止場(正式名称は大桟橋埠頭)。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年7月22日 (日)

横浜の海(1) 山下公園で

横浜の海(1 ) 山下公園で

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年7月20日 (金)

街の想い出(14) 神田・御茶ノ水界隈その6 書泉グランデ

書泉グランデ

神田神保町の書店街では三省堂神田本店に次ぐ大型書店・書泉グランデ。
三省堂神田本店で見つからなかった本も、書泉グランデに行けば見つかる可能性は非常に高いものがありました(逆もまたしかり)。

ここは、文庫と外国文学(ヨーロッパ系が強し)を始め、人文科学系の書籍が充実していました。映画・演劇、絵画などの芸術系(音楽系は余り強くありませんでした)、科学系もなかなかだったように記憶しています。

1994年の春、CXで「文學ト云フ事」という深夜番組が放送されました。その第1回放送で特集されたのは武者小路実篤の『友情』でしたが、放送の翌日、東京中の書店から『友情』が消えたそうです。私も放送の翌日、三省堂神田本店、書泉グランデ、東京堂書店を探してみたものの、『友情』は全て売り切れ。深夜番組で視聴率もそれほど高くはなかったはずなのに。テレビの影響力に改めて驚いたものです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年7月19日 (木)

スザンヌ・ヴェガ 『孤独(ひとり)』

アメリカの女性シンガーソングライター、スザンヌ・ヴェガのアルバム『孤独(ひとり) SOLITUDE STANDING』(ユニバーサルA&M)を紹介します。

スザンヌ・ヴェガ 『孤独(ひとり)』 1959年生まれのスザンヌ・ヴェガは、1987年に発表したこのアルバムでスターダムに昇り、以後、世界を代表する女性シンガーソングライターとして各国で人気を博しています。

スザンヌ・ヴェガの特徴は、涼しげで親しみやすい声とシンプルでありながら深いメロディー、そして豊かな歌詞にあります。

『孤独(ひとり)』の第1曲はアカペラによる「トムズ・ダイナー」。日本でもコーヒーのCMに使われていたので聞き覚えのある方も多いはずです。ある雨の朝のダイナー(アメリカ版大衆食堂のようなもの)でのことが淡々と綴られ、メロディーもそれに寄り添うように淡々としたものが選ばれています。

2曲目の「ルカ」も有名な曲で、ここでは当時アメリカで深刻化し始めていた幼児虐待が歌われています。

その他にも、貧しいポルトガル移民の女性を歌った「鉄の街」、表題作となった「孤独(ひとり)」(一人の女性が引っ越したばかりの部屋で、ある女性の幻影を見るという不思議な歌詞)、言葉のジレンマを歌った「ことば」などを収録。スザンヌ・ヴェガが示す独自の世界観に魅了されます。

Suzanne Vega/Solitude Standing: 孤独

Suzanne Vega

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2007年7月18日 (水)

YMO 『ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー』

YMO 『ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー』 YMOのセカンドアルバム『ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー』を紹介します。アルファ・レコードの制作。現在の販売元はソニー・ミュージック・エンタテインメント。

ヒットシングル「テクノポリス」、「ライディーン」を始め、坂本龍一のソロ時代の作品「ビハインド・ザ・マスク」、坂本龍一が武満徹を意識して作曲したという「CASTALIA」、ビートルズナンバーのカバー「DAY TRIPPER」、表題曲である「ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー」(高橋幸宏作曲)など全8曲を収録。ミリオンセラーとなった、YMOの代表的アルバムです。

「テクノポリス」は坂本龍一が“テクノによる東京をテーマとした歌謡曲=東京歌謡なるもの”を目指して作曲した作品ですが、後年、坂本は、「これ(「テクノポリス」)じゃ歌えないと思うよ」とコメントしています。

「ライディーン」は、高橋幸宏が喫茶店で歌った鼻歌を坂本龍一がその場で紙ナプキンに書き取り、それをもとに作られた曲。もともとのタイトルは「雷電」で、伝説の力士である雷電為右衛門をイメージして作られましたが、細野晴臣が「アメリカで『勇者ライディーン』というアニメが流行っているらしい」という情報を仕入れてきて、「じゃあ『ライディーン』にしよう」ということでタイトルが変わったというエピソードがあります。

ちなみにジャケットで3人が着ている服は、「赤い人民服」として話題になりましたが、実際は人民服ではなく、スキー服をもとに高橋幸宏がデザインしたものです。

YMO/Solid State Survivor

Ymo - Yellow Magic Orchestra

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年7月17日 (火)

好きな短歌(23)

韓衣(からころも)裾にとりつき泣く子らを置きてそ(ぞ)来(き)ぬや母(おも)なしにして 防人歌

白村江(はくすきのえ)の戦いに敗れた大和朝廷は、新羅と唐の侵攻に備え、九州に太宰府、水城(みずき)、大野城を築き、さらに防人を置いて警護に当たらせました。防人は義務であり、庶民は拒否することは出来ません。ということでこうした悲惨な状況も生まれることになったのです。悲しみが良く表れた歌です。

(韓衣<大陸風の衣装のこと>は「裾」、「着る」などの枕詞で、特に深い意味はありません)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年7月16日 (月)

「なぜ」のない生き方は幸福だ

「なぜ」のない生き方は幸福だ。だが他人を不幸にする。

少なくとも私はそんな生き方をしたいとは思わない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ミシェル・プラッソン指揮 ドビュッシー 3つの交響的素描「海」ほか

ミシェル・プラッソン指揮トゥールーズ・キャピトル管弦楽団 「ドビュッシー管弦楽曲集」 海の日ということで、ドビュッシーの交響詩(3つの交響的素描)「海」を収録したCDを紹介します。

ミシェル・プラッソン指揮トゥールーズ・キャピトル管弦楽団の演奏による「ドビュッシー管弦楽曲集」(EMI)

「夜想曲」、「牧神の午後への前奏曲」、交響詩「春」、交響詩「海」の全4曲を収録。

1933年生まれのミシェル・プラッソンは現役としては数少ないフランス人の名指揮者の一人。最も美しいフランス語が話されている街としても知られるトゥールーズのオーケストラから、「フランス」という言葉からイメージされる響きに最も近い美しい音色を引き出しています。

この演奏の良さは、音色が美しいだけでなく、過度な洗練を避けて、今では失われつつあるフランス音楽のローカル色を出していること。どこの国に行っても通用するインターナショナルな演奏ではなく、あくまでフランスというスタンスを崩していません。人によっては「野暮ったい」と思われるかも知れませんが、そうした野暮ったさを頑ななまでに守っているということこそがこの演奏の最大の魅力でもあります。

ドビュッシー/La Mer Nocturnes Etc: Plasson / Toulouse Capitole O

| | コメント (0) | トラックバック (0)

リベラ・メ

Libera me, Domine, de morte aeterna
in die illa tremenda;
quando coeli movendi sunt et terra;
Dum veneris judicare saeculum per ignem.
Tremens factus sum ego et timeo,
dum discussio venerit,
atque ventura ira.
Dies illa, dies irae, calamitatis
[et miseriae; dies illa,
dies magna et amara valde.
Requiem aeternam dona eis, Domine,
et lux perpetua luceat eis.
Libera me, Domine.

日本語訳:川口義晴

われを解き放ち給え、主よ、永遠の死から、
かの恐るべき日に;
空が震え動く、地もまた。
さすれば主が劫火もて、人々を審判さばきに来給う日、
わたしは恐れ慄き、
なおも顫える、のちの審判に来たるべき怒りに。
この日こそ、怒りの日、禍いの、そして
[苦しみの日、
おおいなる、そして激しい苦悩の日。
永遠の安息を、主よ、かれらに与え給え、
絶えることなき光もて、かれらを照らし給え。
われを解き放ち給え、主よ。

「レクイエム」より“リベラ・メ”

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年7月15日 (日)

太田省吾関連書籍(5) 季刊「せりふの時代」2002年秋号

季刊「せりふの時代」2002年秋号

季刊「せりふの時代」2002年秋号(太田省吾:作「→ヤジルシ ─誘われて」を収録)小学館

| | コメント (0) | トラックバック (0)

太田省吾関連書籍(4) 西堂行人 『ドラマティストの肖像』

西堂行人 『ドラマティストの肖像』

西堂行人 『ドラマティストの肖像』(現代の演劇人15人の中の1人として太田省吾を紹介)れんが書房新社

| | コメント (0) | トラックバック (0)

太田省吾関連書籍(3) 『シアター・ナウ』

『シアターナウ』

社団法人日本演劇協議会編 『シアター・ナウ』(太田省吾へのインタビューを収録。インタビューアー:西堂行人)株式会社あづき

| | コメント (0) | トラックバック (0)

太田省吾関連書籍(2) 扇田昭彦:編 『劇談』

扇田昭彦:編 『劇談』

扇田昭彦:編 『劇談』(太田省吾へのインタビューを収録。インタビューアー:扇田昭彦)小学館

| | コメント (0) | トラックバック (0)

太田省吾関連書籍(1) 21世紀文学の創造6『声と身体と場所』

21世紀文学の創造6『声と身体の場所』

岩波21世紀文学の創造6『声と身体の場所』 高橋康也:編 (太田省吾著「劇言語はどこにあるか」を収録。なお、「劇言語はどこにあるか」は『なにもかもなくしてみる』にも再収録されています)岩波書店

私が保有している、太田省吾関連の書籍をアップします。
なお、私は最晩年の太田省吾の素顔とその周辺を知っており、これらの書籍に関するコメントは公正を欠くことになるため控えさせていただきます。
太田省吾の著作に関する記事同様、太田省吾関連書籍に関しても、大変申し訳ないのですが、一切のコメントおよびトラックバックはお断りいたします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

太田省吾の著作(6) エッセイ集『なにもかもなくしてみる』

Img_0005_4

エッセイ集『なにもかもなくしてみる』(五柳書院)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

太田省吾の著作(5) 演劇エッセイ集『舞台の水』

太田省吾 演劇エッセイ集『舞台の水』

演劇エッセイ集『舞台の水』(五柳書院)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

太田省吾の著作(4) 戯曲集『夏/光/家』

太田省吾 『夏/光/家』

戯曲集『夏/光/家』(戯曲「千年の夏」、「午後の光」、「棲家」を収録)而立書房

| | コメント (0) | トラックバック (0)

太田省吾の著作(3) 戯曲集『裸足のフーガ』

太田省吾 『裸足のフーガ』

戯曲集『裸足のフーガ』(戯曲「抱擁ワルツ」、「裸足のフーガ」、「死の薔薇」を収録)而立書房

| | コメント (0) | トラックバック (0)

太田省吾の著作(2) 『小町風伝』

太田省吾 『小町風伝』

戯曲『小町風伝』(トランスアート)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

太田省吾の著作(1) 『飛翔と懸垂』

太田省吾 『飛翔と懸垂』

演劇論集『飛翔と懸垂』(而立書房)

私が保有している、太田省吾の著作をアップします。
なお、私は最晩年の太田省吾の素顔とその周辺を知っており、著作に関するコメントは公正を欠くことになるため控えさせていただきます。
また太田省吾の著作に関する記事に関しては、大変申し訳ないのですが、一切のコメントおよびトラックバックはお断りいたします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年7月14日 (土)

太田省吾が死んだ

朝刊を広げると、「太田省吾さん死去」の文字が目に飛び込んできた。思わず、「馬鹿野郎!」と叫んでしまう。あなただけはまだ死んではいけないのだ。責任があるんだ。責任を取らなくてはいけないんだ。

織田信秀の葬儀の日の織田信長の気持ちが実感としてわかった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年7月13日 (金)

言い換え語辞典(6) アクセス数

「アクセス数」

内容に比べて多すぎるとむしろ警戒した方がいい数。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年7月12日 (木)

うさうさ 右脳左脳診断

「うさうさ 右脳左脳診断」なるものをやってみました。

「【二枚貝】オフィシャルサイト うさうさ=右脳左脳診断」 http://www.nimaigai.com/shindan/index.php

結果は「さう男」。へえ。

問題は、私の場合、腕を組んだとき、左腕が上に来る確率と右腕が上になる確率がほぼ半々だということ。また、「右脳の働きと左脳の働きは独立していないのでどちらがより働いているかという設問自体が無意味」という学説もあり、そうなるとこうした診断も「占い」と同レベルということになります。

「所詮お遊び」と割り切ってやるのがいいでしょう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年7月11日 (水)

占い「東京どこ系?」

ネットで話題の占い、「東京どこ系?」を紹介します。生年月日と血液型で、東京のどこの街に近い性質を持っているかを判断します。類似の占いもありますので(右下にある「占い」のカテゴリーをクリックすると出てきます)、比較してみるのも面白いかも知れません。

「東京どこ系?」 http://u-maker.com/170276.html

私の結果は「渋谷」って、自分の知っている街で自己から最も遠いイメージの街が渋谷なのですが。占いの結果も当たっていないような。そんなにハイテンションじゃないし。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2007年7月10日 (火)

フランク・パヴロフ 『茶色の朝』

フランク・パヴロフ:作 ヴィンセント・ギャロ:絵 『茶色の朝』 フランスの心理学者、人権運動家であるフランク・パヴロフの短編『茶色の朝』(大月書店)を紹介します。

日本語訳は藤本一勇(ふじもと・かずいさ)、映画『バッファロー66』で監督・主演を務めたことでも有名な才人ヴィンセント・ギャロの挿絵入り。

フランスにおける2003年のベストセラー第1位に輝いた作品です。パヴロフはフランスで国民戦線という極右政党の勢力が驚くべき勢いで伸張していることに危機感を抱き、『茶色の朝』を執筆。印税は放棄し、『茶色の朝』は1ユーロという安値で出版されることになります。

「ペンは剣よりも強し」という言葉がありますが、『茶色の朝』はその言葉を証明したともいうべき影響力をフランス国内に与えました。

フランスの作品とはいえ、これは決して他人事でも対岸の火事でもなく、我々日本人にとっても切実な事象が描かれています。

あらすじ
「俺」とシャルリーは、「時間の流れに身をゆだね」て、「心地よいひととき」を過ごしている。
茶色以外の猫は処分すべしという国からのお達しがあり、「俺」は「白に黒のぶちなんて不幸な星のもとに生まれた雑種」の愛猫を始末しなければならなかったが、そういう法律が出来たのだから仕方がない。
シャルリーの話によると、今度は犬に関しても茶色のもの意外は認められなくなったそうだ。シャルリーは飼っていた黒のラブラドールを安楽死させたという。だが、「15年も生きれば、いずれその時がくると思ってなきゃならない」。

Vincent Gallo/茶色の朝

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年7月 9日 (月)

観劇公演パンフレット(13) 阿佐ヶ谷スパイダース 『少女とガソリン』

阿佐ヶ谷スパイダース 「少女とガソリン」公演パンフレット 阿佐ヶ谷スパイダースの公演『少女とガソリン』の公演パンフレットを紹介します。2007年7月8日、OBP(大阪ビジネスパーク)円形ホールで購入したもの。

昨日観たばかりの公演のパンフレットを早々に公開する必要はないと思うのですが、実はこのパンフレット、タブロイド紙を模倣して作られていて保存が難しいと思われるため、綺麗なうちに画像として保存しておきたいという意図もあります。

長塚圭史の作・演出・出演。

パンフレットには劇中歌の歌詞(作詞:長塚圭史)、出演者の写真とインタビュー、長塚圭史と秋元康の「アイドル」を巡る対談などが収録されています。

『少女とガソリン』の感想

続きを読む "観劇公演パンフレット(13) 阿佐ヶ谷スパイダース 『少女とガソリン』"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

言い換え語辞典(5) 評論

「評論」

対象について語ることで自分自身をさらけ出す行為のこと。

自分自身の隙を見せることになるので大変危険な行為であり、書くには覚悟が必要なのだが、「対象について語ること」のみと思いこんで気楽に書いてしまう人も多い。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年7月 7日 (土)

YMO 『YELLOW MAGIC ORCHESTRA』

細野晴臣、坂本龍一、高橋幸宏の三人が1978年に結成したテクノバンド、YMO(YELLOW MAGIC ORCHESTRA)のデビューアルバム『YELLOW MAGIC ORCHESTRA』を紹介します。アルファ・レコードの制作、現在の発売元はソニー・ミュージック・エンターテインメント。

YELLOW MAGIC ORCHESTRA(YMO) 『YELLOW MAGIC ORCHESTRA』 『はらいそ』というアルバムで細野晴臣が、「この次はモアベターよ」という言葉を残し、次に制作されたのが新たに結成されたYMOのアルバム『YELLOW MAGIC ORCHESTRA』でした。

細野が以前に発表した「イエロー・マジック・カーニバル」という曲をカバーしようというのが最初の目的だったそうですが、予定していたメンバーに断られてしまいました。そこで細野は当時注目していた「ファイアークラッカー」という曲をシンセサイザーでカバーしてみようと思い立ち、声をかけたのが、時折一緒に仕事をしていた高橋幸宏と、東京藝術大学大学院で最新の電子音楽を研究し、フリーミュージシャンとして活躍していた坂本龍一(坂本本人のインタビューによると「研究とは名ばかりで、授業にはほとんど顔を出さなかった」そうですが)でした。

坂本龍一は、『千のナイフ』という、全編シンセサイザーを使ったソロ・アルバムを発表したばかりで細野も注目しており、また細野のマネージャーと坂本のマネジャーが親しかったことから、「坂本を入れよう」ということになったようです。
坂本本人は現代音楽の作曲家を志望しており、ポピュラーミュージック関係は「バイトに過ぎないと思っていた」ようです。

「コンピューターゲーム“サーカスのテーマ”」、「ファイアークラッカー」、「コズミック・サーフィン」、「東風  TONG POO」、「中国女」、「マッド・ピエロ」などを収録。ソニーのピュア・デジタル・リンク・システムにより、音質が向上しているのも聴き所の一つです。

YMO/Yellow Magic Orchestra

Ymo - Yellow Magic Orchestra

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年7月 6日 (金)

紫微斗数

中国の占いというと四柱推命が一番有名ですが、もう一つ、紫微斗数(しびとすう)という占いもポピュラーです。特に台湾では紫微斗数の方が四柱推命よりも人気があります。

紫微斗数は、生年月日の他に、生まれた時間と生まれた場所のデータが必要になります。

続きを読む "紫微斗数"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年7月 5日 (木)

これまでに観た映画より(3) 『河』

ビデオで映画『河』を観る。台湾映画。蔡明亮(ツァイ・ミンリャン)監督作品。

シャオカンは街でたまたま知り合いの女性と出会う(何と台北の三越の前でである)。彼女は映画関係の仕事をしていて、シャオカンは何故か河に浮かぶ死体役を演じる羽目になる。それ以来、シャオカンは首の痛みにつきまとわれるようになり…。

「河は遠くから見ると綺麗だが、近くで見ると汚れている。現代社会もそうだ」と蔡明亮監督がインタビューで語っていたのを以前雑誌で読んだことがある。

シャオカンの家族は静かに暮らしている。だが実際は父親は男色に耽り、母親は不倫をしている。シャオカンは職もなく友達もいないというひたすら孤独な日常を過ごしている。

水のイメージが全体を支配している。河の流れ、シャオカンの家族が暮らすアパートの上の部屋からへ水が漏れてきており、ついには床を水浸しにしてしまう。河につかったことから首の病に取り憑かれたことと、これはリンクしている。逆らえない何かに心身共にハイジャックされたような心象風景として。
ゲイのサウナクラブ(というものが台湾にはあるらしい)の一室の闇の中でシャオカンはある男に抱かれる。ところが明かりを点けてみると何とそれは父親だった。近くにいる家族の闇。その不気味さ。ゲイのサウナクラブの暗い廊下をさまようシャオカンの姿がそれを象徴的に表す。
ラストでシャオカンはビルのテラスに出る。飛び降りようとしたがそれも叶わなかったようだ。
この映画の特徴はセリフの極端な少なさ。みなほとんど喋らないのである。黙然としている人物をカメラは長回しで捉えている。
エンドテロップにも音楽は流れない。音楽という救済を捨ててしまったかのような絶望と孤独感が息苦しくなるほどに迫ってくる。

蔡明亮監督は2002年に来日。京都にも訪れ、京都国際交流会館イベントホールでの『ふたつの時、ふたりの時間』の上映会に参加。トークを行った。私もこれを見に行っている。『ふたつの時、ふたりの時間』はクロスカッティングの手法、かと思いきや、二つの世界は最後まで重ならないという救いがたい絶望を描いた映画だった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年7月 4日 (水)

怖くて切ないサイコサスペンス 映画『ハサミ男』

映像化は不可能と言われた、殊能将之の小説『ハサミ男』に池田敏春監督が挑み、見事、映像化に成功した、映画『ハサミ男』のDVDを紹介します。2004年制作、2005年2月劇場公開。

主演:豊川悦司、麻生久美子。出演は他に、阿部寛、斎藤歩、樋口浩二、阪田瑞穂、石丸謙二郎、小野みゆき、広岡由里子、柄本祐、寺田農ほか。

池田敏春監督 豊川悦司&麻生久美子主演 映画『ハサミ男』

埼玉と東京都江戸川区で女子高生が絞殺され、首にハサミを突き刺された格好で遺体が発見される。マスコミは犯人を「ハサミ男」と名付け、センセーショナルに取り上げた。
そんな中、東京都目黒区鷹番で第3の事件が起こる。しかし、それが「ハサミ男」の犯行ではないと気付いた男(豊川悦司)と女(麻生久美子)は第3の事件の真犯人を探る…

池田敏春監督が原作を読んでから映画を完成させるまで5年を費やしたというだけあって、非常に緻密な仕上がりの映画になっています。映画が始まってしばらくの間は、頭に引っかかるところがいくつも出てきますが、その理由について一つ一つ考えながら映画を観ると、より楽しめると思います。

また出来れば繰り返し観て下さい。同じセリフと仕草が、最初に観たときとは別の意味を持って伝わって来て、構築の見事さに気付くはずです。

殊能将之の原作では希薄だった人間ドラマにも重点が置かれており、人間の怖さと同時に切なさも追求されていて、池田監督の力に舌を巻きます。

豊川悦司のギラギラとした妖しさが魅力的。
また、この映画で女優魂を感じさせる演技を見せる麻生久美子は、同時に非常にエロティック、それも陰性のエロティシズムを発揮しており、女優としての能力の高さに魅せられます。

音楽担当は、映画『マルサの女』や、『ニュースステーション』のテーマ音楽の作曲で知られる、作曲家兼サキソフォン奏者の本多俊之。この映画では、池田監督の要望により、ラッシュフィルムを観ながら即興でサキソフォンを吹いて音楽を付けていくという、ルイ・マル監督が『死刑台のエレベーター』でマイルス・デイヴィスを起用して行ったのと同じ手法が採られており、即興的な味わいのある奥深いサキソフォン演奏を楽しむことが出来ます。

Movie/ハサミ男

| | コメント (0) | トラックバック (0)

映像化は不可能といわれた傑作サスペンス 小説『ハサミ男』

1999年、第13回メフィスト賞を受賞した『ハサミ男』。1964年生まれで、マスコミには登場せず、本名も非公開という覆面作家、殊能将之(しゅのう・まさゆき)のデビュー作です。

殊能将之 『ハサミ男』 1998年の後半に書かれたという本作ですが、舞台になっているのは2003年の東京。
ハサミ男こと「わたし」の一人称による記述と、三人称を用いた、連続少女殺害事件を追う刑事達の活躍を描いた部分から成る小説であり、小説という表現形態の可能性を追求したトリッキーな結末が待っています。

独特の表現スタイル故に映像化は不可能といわれた『ハサミ男』ですが、2004年に池田敏春監督によって映画化され、2005年2月に公開されています。

私(本保)は、まず映画『ハサミ男』を観てから小説を読んだので、小説を読み進めている時点で仕掛けも結末もわかっていたのですが、読んでいる間、小説のディテールの丁寧な仕上げに感心しっぱなしでした。わかって読んでいると、「確かにそうだ。そう考えた方が自然だ」と思う箇所が出てくるのですが、予備知識なしで読んだら、そうした箇所も気にかけずに読み飛ばしてしまっていたでしょう。読者の盲点を突く巧みさが光るサスペンスです。

殊能将之 『ハサミ男』(講談社文庫)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年7月 2日 (月)

シベリウスの年に(10) 渡邉暁雄指揮日本フィルハーモニー交響楽団 「シベリウス交響曲全集」1981年盤

日本が生んだシベリウス演奏の泰斗、渡邉暁雄(わたなべ・あけお)の2度目の「シベリウス交響曲全集」を紹介します。DENONからの発売。

1919年、日本人の牧師を父に、フィンランド人の声楽家の母に、東京で生まれた渡邉暁雄は、東京音楽学校(現・東京藝術大学音楽学部)でヴァイオリンとヴィオラを専攻、その後、指揮者としての活動も始めています。

母の祖国、フィンランドの音楽的英雄であるシベリウスに対する愛着はとても強く、1961年には世界初となるステレオ録音による「シベリウス交響曲全集」を日本フィルハーモニー交響楽団と完成。この全集は欧米でも発売され、評判になりました。

その渡邉が、最初の全集完成の20年後にデジタル録音で作り上げたのが、今回取り上げる「シベリウス交響曲全集」です。

渡邉暁雄指揮日本フィルハーモニー交響楽団 「シベリウス交響曲全集」1981年盤1981年当時の日本フィルハーモニー交響楽団の力は現在に比べると著しく劣っており、渡邉の解釈についてこられないもどかしさも感じられますが、往年の日本のオーケストラによるシベリウス演奏の記録としての価値は高いと思われます。

演奏の出来が良いのは、交響曲第4番と第5番。交響曲第4番は程よい抑制と鋭さをもって絶望を歌い、交響曲第5番は曲の持つ祝祭的雰囲気を無理なく引き出しています。

日本フィルハーモニー交響楽団は1980年代半ばに入って急速に実力を伸ばし、90年代に入ってからオッコ・カムやネーメ・ヤルヴィといった世界的なシベリウス指揮者との演奏で高い評価を得ています。

渡邉も90年代に入ってから3度目の「シベリウス交響曲全集」を録音するつもりでいましたが、1990年の渡邉の死により、それは実現しませんでした。もし渡邉がもう少し長生きしていたら、日本人指揮者と日本のオーケストラによる金字塔ともいうべき「シベリウス交響曲全集」が作られたはずで、そう思うと残念でなりません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年7月 1日 (日)

観劇感想精選(15) 少年王者舘 『こくう物語』

2004年10月2日 大阪・天王寺の一心寺シアター倶楽にて観劇

天王寺の一心寺シアター倶楽で名古屋の劇団である少年王者舘の『こくう物語』を観る。北村想と並ぶ名古屋の雄、天野天街:作・演出。
愛知県出身の漫画家、絵本作家鈴木翁二の漫画の戯曲化。

冒頭からいきなり独特の世界に引きずり込まれる。一瞬にして起こる世界の変転、意識的に飛ぶ時空間、レトロにして美しい舞台美術、効果的な映像処理、マッチの炎の幻想美、ヒッチコック並みの影の使い方、わざと照明を暗くして観客の想像力を掻き立てる戦略。どれもほぼ完璧の域だ。執拗にある場面が繰り返され、それが解き放たれたときの開放感。まるでミニマル・ミュージックのようだと思っていたら実際にマイケル・ナイマンが流れた。
言葉遊びも次から次へと別のイメージを生んでいく。
終盤、終わりそうになりながら続くという箇所が何度もあったので少し長く感じたのが難点だが、それさえなければ作品としても完璧だった。
子どもの頃の自分に会うシーンなどミヒャエル・エンデを彷彿とさせる。
言葉によって整序される前の未分離なままの子どもの頃の夢に遊ぶような楽しさがあった。
マッチの炎の揺れやマッチ箱を模した小道具を見て「人生はマッチ箱に似ている」という芥川龍之介の言葉を思い出す。

泉鏡花や夢野久作にもつながる耽美主義的作風。早稲田大学文学部(自然主義の牙城)が演劇界をリードしたため、日本の演劇では主流から外れているかも知れないが、面白いことは無類である。そもそもリアリズムの演劇や演技がいいなどと誰が決めたのだろう。
漫画という演劇とは似て非なる表現を取り入れることで、両者を客体化し、メタ演劇にもメタ漫画論にもなっている。
ラスト近くのダンスによる見事な四重フーガを見るのは快感だ。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

« 2007年6月 | トップページ | 2007年8月 »