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2007年9月25日 (火)

観劇公演パンフレット(16) KOKAMI@network 「僕たちの好きだった革命」

KOKAMI@networkの公演、「僕たちの好きだった革命」の公演パンフレットを紹介します。
2007年3月31日、大阪・茶屋町のシアター・ドラマシティにて購入。

映像作家の堤幸彦の原案、鴻上尚史の脚本・演出。学生運動をテーマにした作品です。出演は、中村雅俊、片瀬那奈、塩谷瞬、大高洋夫、長野里美、陰山泰ほか。

パンフレットには、出演者へのインタビューの他に、学生運動小史、岡林信康や吉田拓郎など60年代に流行り、学生運動に多大な影響を与えたフォークの解説(音楽評論家・富澤一誠:筆)、やはり学生に影響を与えた、状況劇場や演劇実験室・天井桟敷といったアンダーグラウンド演劇(アングラ)の解説(演劇評論家・扇田昭彦:筆)、中村雅俊+堤幸彦+鴻上尚史による鼎談などが収録されています。

「僕たちの好きだった革命」公演パンフレット

「僕たちの好きだった革命」 概要と感想

大阪へ。梅田芸術劇場シアター・ドラマシティでKOKAMI@networkの「僕たちが好きだった革命」を観る。「トリック」、「ケイゾク」などで知られる映像作家・堤幸彦:企画原案。企画原作、脚本、演出:鴻上尚史。出演は、中村雅俊、片瀬那奈、塩谷瞬、森田彩華、大高洋夫、長野里美、陰山泰、菅原大吉、澤田育子、田鍋謙一郎、GAKU-MC(元EASTEND)ほか。
堤幸彦は法政大学在学中に学生運動の派閥争いに敗れて大学を中退しており、その苦い思い出が今回の舞台を企画する基になったという。

全共闘の嵐が吹き荒れていた1969年、拓明(たくめい)高校の生徒であった山崎(中村雅俊)は演説中に機動隊の放った催涙弾を頭に受け、意識不明となる。30年後の1999年、山崎は記憶を取り戻す。しかし医師は「記憶が戻ったのは一時的なものだろう」といい、いつまた意識を失うかわからないという。山崎は今からまた高校に復学し、続く限り人生をやり直そうと決意する。しかし、30年が経ち、時代はすっかり変わっていた。高校生は学生運動というものがあったことも知らず、山崎の熱さにも違和感を受ける。山崎のいう「アジビラ(アジテーション・ビラ)」や「ガリ版」なども意味がわからず、「アジって魚のですか?」だとか、「ガリ、お寿司屋さん?」などと言葉のすれ違いの連続……。

基本的には素舞台。ケーブルが張られ、そこをカーテンが行き来することで場面が転換される。置き道具(椅子、机、校門の柱など)はほとんどがカーテンが引かれている間に、またはカーテンがないときにも役者が手でもって運んでくる。
開場時から、劇場入り口やロビーには機動隊の格好をした役者達がいる。清水邦夫の「真情あふるる軽薄さ」のようだ。
開演前から、ステージ上には役者達が出て、ギターのチューニングをしたり、体操をしたりしている。そうしているうちに、舞台下手(向かって左側)袖から学生服を着た役者が3人出てきて舞台を下り、客席の入り口からロビーに向かう。「何かやるな」と察した私は彼らの後を追う。

出てきたのは大高洋夫(元「第三舞台」の看板俳優の一人。独特の怪しげな風貌のためか、テレビドラマにはよく犯罪者役で出ている)、幸田恵里、田実陽子の3人。大高のギターによる臨時の歌声喫茶を開いている。面白い。というわけで、ガリ版刷りの歌集(100円)を買い、私も彼らと一緒に歌う。ロビーのグッズ売り場にいた鴻上尚史も途中から歌声喫茶に参加。しかし鴻上氏は2曲目の「翼をください」を歌っただけで、「やっぱり恥ずかしい」と退散してしまった。歌声喫茶組は3曲を歌って舞台へと戻っていったが、舞台上でも開演までしばらくの間、歌を続けていた。最前列のお客さんも一緒になって盛り上がっている。

劇の構造や展開自体は学生演劇をそのまま大劇場に持ってきたような印象で(というより今の学生演劇のスタイルは鴻上尚史らが作った流れを受け継いでいるのであり、今の学生演劇が鴻上のスタイルを今も大学の小さな劇場でやっていると言った方が正確なのだが)漫画的もしくはアニメ的でもあり、目新しさはない。カーテンを使い、場面転換を素早く行う演出も面白いことは面白いが新しさはない。
しかし内容は面白い。内容自体も斬新さには欠けるのだが、40年ほど前のことなのに感覚としては遙か遠い昔となってしまった熱い時代の雰囲気が劇場の中に蘇り、楽しい芝居となった。「熱い」というと今ではマイナスイメージの方が強いが、たまに接してみるとなかなか心地よい。
1990年代後半というと、早稲田大学や明治大学で学園祭が中止に追い込まれたり、埼玉県立所沢高校で生徒と教師の対立があったりした頃だ。私もそうした「対立の構図」を身近に感じていた一人である。また私はいわゆる団塊ジュニア世代で、生物学でいう一世代上(団塊の世代とそのちょっと後の世代)の人達、例えば村上春樹や村上龍、坂本龍一といった、学生運動の時代を生きたり、実際に学生運動に参加したりした文化人の影響を受けている。だから学生運動の時代の知識は一応はあるし、共感できる部分も多い。

今日の客層で特徴的なのは男性客の多さ。それも往時を知る団塊世代の人々や、中年のおじさんの姿が目立つ。休憩時間にシアター・ドラマシティの男性トイレの前に行列が出来るのを見たのは私は初めてである。

ラストを「大きな物語」のままにせず「小さな物語」に回収させたのが効果的。また役者達のいる舞台に戦乱の続くパレスチナの映像を写し、日本と遠くの世界の現実を対比させる(美術用語とは違う意味での)「遠近法」の用い方は巧いと思う。
理屈でも楽しめるが理屈抜きでも楽しめる舞台であり、終演後、客席のほぼ全員がスタンディング・オベーションを送ったのも当然というべき出来映えであった。

余談だが、大阪の観客は熱心なため、なかなか帰ろうとしない。出演者達は中村雅俊を中心にシュプレヒコールを観客と一緒にやったりとファンサービスに努めていたが、それでもお客が帰らないので、最後は中村雅俊が冗談で、「みんなー、とっとと帰ってくれー」と言って会場を笑わせた。

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