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2007年9月の30件の記事

2007年9月30日 (日)

観劇感想精選(18) 兵庫県立ピッコロ劇団 「KANADEHON 忠臣蔵」

2006年1月30日 兵庫県西宮市の兵庫県立芸術文化センター中ホールにて観劇

西宮に行く。阪急西宮北口駅南口という紛らわしい場所にある兵庫県立芸術文化センター中ホールで上演されるピッコロ劇団の公演、「KANADEHON 忠臣蔵」を観るためである。

兵庫県立芸術文化センター中ホールに入ると、演出の加納幸和氏がロビーに立っているのが目に入る。演出だけならともかく、加納さんは出演もするのである。しばらくすると脚本の石川耕士氏もやって来て二人で談笑を始めた。「余裕あるなあ」と感心する。

午後7時、「KANADEHON 忠臣蔵」開演。脚本は市川猿之助一門の歌舞伎台本の補筆や脚色などを担当した石川耕士。演出は花組芝居の加納幸和。主役の大星由良之助を演じるのは渡辺徹。渡辺徹というと「太ったおじさん」というイメージしか持っていない人もいるかも知れないが、彼は文学座に籍を置く、れっきとした新劇俳優である。おかると勘平の勘平を演じるのは花組芝居の各務立基。その他の役はピッコロ劇団のメンバーが演じる。

石川耕士のテキストレジによる全段上演である。「仮名手本忠臣蔵」は全段を上演すると12時間以上かかるのだが、それを2時間30分にまとめている。ただ石川は元のセリフになるべく忠実になるよう気を配っている。

面白いことが起きる。役者の発音が明瞭なのに何と発音しているのかわからないという現象がたびたび起こったのである。何故かというと、江戸時代には日常語であったが今では滅多に使われない言い回しや単語がどんどん出てくるのだが、こちらの頭の中にそれに適応する単語がないか、奥に引っ込んでいるためである。数秒のタイムラグを経てやっと頭の中で言葉がリンクして、「ああ、こう言っていたのか」とわかることも多かった。

登場人物は、舞台に出てくると同時に、自分が誰で何をしに出て来たのか語ることが多いため、非常にわかりやすい。しかも観ているこちらもそれが嫌ではないのである。「これはそういう決まり事だから」と、些末なことにはとらわれないのである。
そう、私は、いや私に限らず観客は舞台上に現実の続きを求めてはいない。だから不自然さや、作り物めいていることなど気にしないのである。

ということは、現代の劇作法にも絶対などあり得ないということである。

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2007年9月28日 (金)

ザ・ビートルズ 『ザ・ビートルズ』(ホワイトアルバム)

ザ・ビートルズの9枚目のオリジナルアルバム『ザ・ビートルズ』を紹介します。ジャケットが白一色であることから、ホワイトアルバムの名でも知られています。EMIアップル・レーベル。

ザ・ビートルズ 『ザ・ビートルズ』(ホワイトアルバム)CDジャケット 1968年に発売された『ザ・ビートルズ』。このアルバム制作時にリンゴ・スターが一時的に脱退を表明するなど、ビートルズメンバーの間の不協和音と音楽性の違いが目立ち始めていました。ジョン・レノンいわく、「それぞれのソロアルバムを集めたようなもの」というアルバムに『ザ・ビートルズ』というタイトルをつけるというのも逆説的ですが、確かにメンバー4人がバラバラの方角を目指していることで、表現が多彩になり、それぞれの個性が目立っているという意味で、真にビートルズ的な1枚となっています。全30曲を収録するという大作アルバム。

「オブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダ」など陽気な音楽から、「レヴォリューション」、「コンティニューイング・ストーリー・オブ・バンガロウ・ビル」などのように社会的な歌詞を持つ曲、ロックからカントリー、更には「レヴォリューション9」のような実験音楽、放送コードにひっかかりそうな歌詞を持つものまで、多種多様な音楽が並んでいます。

それまでジョン・レノンとポール・マッカートニーの陰に隠れていた感のあったジョージ・ハリスンがこのアルバムでは4曲を提供。またリンゴ・スターの手による初の作品「ドント・パス・ミー・バイ」が収録されたのもこのアルバムです。

エリック・クラプトンがギターで参加した「ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス」(ジョージ・ハリスンの作品)や、オノ・ヨーコがコーラスや「レヴォリューション9」の共同制作者として参加しているなど、変わりつつあったビートルズと時代を感じることが出来ます。

Beatles

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好きな俳句(4)

露の世は露の世ながらさりながら 小林一茶

愛嬢をわずか1歳で亡くした時に詠んだ歌。悲しみ、無念の思い、生命の儚さ、世の残酷さを僅か17文字で最大限に表した傑作。

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2007年9月25日 (火)

観劇公演パンフレット(16) KOKAMI@network 「僕たちの好きだった革命」

KOKAMI@networkの公演、「僕たちの好きだった革命」の公演パンフレットを紹介します。
2007年3月31日、大阪・茶屋町のシアター・ドラマシティにて購入。

映像作家の堤幸彦の原案、鴻上尚史の脚本・演出。学生運動をテーマにした作品です。出演は、中村雅俊、片瀬那奈、塩谷瞬、大高洋夫、長野里美、陰山泰ほか。

パンフレットには、出演者へのインタビューの他に、学生運動小史、岡林信康や吉田拓郎など60年代に流行り、学生運動に多大な影響を与えたフォークの解説(音楽評論家・富澤一誠:筆)、やはり学生に影響を与えた、状況劇場や演劇実験室・天井桟敷といったアンダーグラウンド演劇(アングラ)の解説(演劇評論家・扇田昭彦:筆)、中村雅俊+堤幸彦+鴻上尚史による鼎談などが収録されています。

「僕たちの好きだった革命」公演パンフレット

「僕たちの好きだった革命」 概要と感想

大阪へ。梅田芸術劇場シアター・ドラマシティでKOKAMI@networkの「僕たちが好きだった革命」を観る。「トリック」、「ケイゾク」などで知られる映像作家・堤幸彦:企画原案。企画原作、脚本、演出:鴻上尚史。出演は、中村雅俊、片瀬那奈、塩谷瞬、森田彩華、大高洋夫、長野里美、陰山泰、菅原大吉、澤田育子、田鍋謙一郎、GAKU-MC(元EASTEND)ほか。
堤幸彦は法政大学在学中に学生運動の派閥争いに敗れて大学を中退しており、その苦い思い出が今回の舞台を企画する基になったという。

全共闘の嵐が吹き荒れていた1969年、拓明(たくめい)高校の生徒であった山崎(中村雅俊)は演説中に機動隊の放った催涙弾を頭に受け、意識不明となる。30年後の1999年、山崎は記憶を取り戻す。しかし医師は「記憶が戻ったのは一時的なものだろう」といい、いつまた意識を失うかわからないという。山崎は今からまた高校に復学し、続く限り人生をやり直そうと決意する。しかし、30年が経ち、時代はすっかり変わっていた。高校生は学生運動というものがあったことも知らず、山崎の熱さにも違和感を受ける。山崎のいう「アジビラ(アジテーション・ビラ)」や「ガリ版」なども意味がわからず、「アジって魚のですか?」だとか、「ガリ、お寿司屋さん?」などと言葉のすれ違いの連続……。

基本的には素舞台。ケーブルが張られ、そこをカーテンが行き来することで場面が転換される。置き道具(椅子、机、校門の柱など)はほとんどがカーテンが引かれている間に、またはカーテンがないときにも役者が手でもって運んでくる。
開場時から、劇場入り口やロビーには機動隊の格好をした役者達がいる。清水邦夫の「真情あふるる軽薄さ」のようだ。
開演前から、ステージ上には役者達が出て、ギターのチューニングをしたり、体操をしたりしている。そうしているうちに、舞台下手(向かって左側)袖から学生服を着た役者が3人出てきて舞台を下り、客席の入り口からロビーに向かう。「何かやるな」と察した私は彼らの後を追う。

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2007年9月24日 (月)

シベリウスの年に(20) 「レコード芸術」2007年10月号

北欧ふたりの巨匠作曲家として、没後100年を迎えたグリーグと没後50年のシベリウスが特集されています。

記事の内容は入門者向けで、北欧音楽ファンににとっては目新しい情報はほとんどありません。
むしろ、東京と愛知で行われる、グリーグやシベリウスの記念演奏会やレクチャー情報の方が貴重かも知れません。

「レコード芸術」2007年10月号

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これまでに観た映画より(10) 「スーパーサイズ・ミー」

DVDでアメリカのドキュメンタリー映画『スーパーサイズ・ミー』を観る。国民の半数以上が肥満体というアメリカで、肥満に悩む少女2人が、「肥満になったのはマクドナルド社が肥満に直結すると知りながら高カロリーの商品を売り続けたせいだ」として訴訟を起こしたことに興味を覚えたモーガン・スパーロック監督が、自分の体を実験台に、「1ヶ月、毎食マクドナルド製品、それもスーパーサイズ(特大サイズ)のものを食べ続け、しかも運動をしないとどうなるか」試してみるというドキュメンタリー。
スパーロック監督は、酒は飲まず、煙草もやめ、ベジタリアンの彼女と暮らしている。体は健康そのもの。そんなスパーロック監督の体と心がマクドナルド製品しか食べないことにより蝕まれていく。

ファーストフードを1ヶ月食べ続けたら体に悪いのは当たり前、というよりファーストフードでなくても1ヶ月同じものばかり食べ続けたら体に悪いのは明白であるが(しかし実際には何年もビッグマックを食べ続けて何ら問題を抱えていないという人物も登場する)、スパーロック監督は、単にファーストフードと健康の問題ではなく、アメリカの食品メーカーと社会の関わりにまで視点を拡げている。
アメリカでは、ファーストフードメーカーが大量のテレビCMを流すことで、幼児に向かっても自社製品を売り込んでいる。また学校とも提携して、給食にファーストフードを提供しているメーカーもある。そうしたファーストフードメーカーに頼らずに、アメリカ農務省が提供するレトルト製品を仕入れている学校もあるが、実はアメリカ農務省が提供する食品は、ファーストフードメーカーのものより更に高カロリー、高脂肪であったりする。国よりはファーストフードメーカーの方が良心的だったりするわけだ。

また、アメリカの教育問題にも触れており、2001年に就任したブッシュ大統領が始めた落ちこぼれ校底上げ対策により、体育や栄養学の時間が削られ、肥満問題が更なる悪化の一途をたどっていることも知らせる。何しろ、体育の時間が週に1時間しかない小学校がざらにあるのだ。
マクドナルド商品の大型化についても触れており、かってのレギュラーサイズが今のスモールサイズであること(ちなみにフランスのマクドナルドのレギュラーサイズは、アメリカのSサイズよりも小さいとのことである)、スーパーサイズが半端でない量のコースであることも教えてくれる(スパーロック監督が一番最初に、スーパーサイズのメニュー購入したとき、全部食べ終えるまで30分以上を要した。更に、「ファースト=健康に悪い」という先入観もあってか、スパーロック監督は食べたばかりのマック製品を嘔吐してしまう)。
また、実はファーストフード以上にアルコールが体に危険を及ぼすことがさりげなく示されている。
肥満問題を考えるには、マクドナルドを始めとするファーストフードや食品メーカーだけでなく、その背後に立ちはだかっているものを念頭に置く必要があるということも教えてくれる。

*余談 映画の中でフランス人の女性がインタビューに答えている場面があるのですが、彼女はマクドナルドを「マクド」と略しています。フランスではマクドナルドのことを関西同様「マクド」と略すようです。

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2007年9月23日 (日)

プロ野球占い

名前と生年月日、血液型、好きな野手と投手を入力して占うタイプのプロ野球占いを紹介します。

「プロ野球占い」 http://uranai.am/6230/

私の結果は、「伊東勤」。今年の西武ライオンズは弱いのでした。

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好きな短歌(24)

大江山生野の道の遠ければまだふみもみず天の橋立 小式部内侍

小式部内侍は、和泉式部のお嬢さんです。若くして歌の名手として名を馳せましたが、あまりの上手さに、「実は母親の和泉式部に歌を作ってもらっているのさ」という代作説が出ていました。

和泉式部が夫と共に丹後国(天橋立がある)に赴任していた時のこと、朝廷で歌合わせの会があり、小式部内侍も出席しました。小式部内侍の歌は母親の和泉式部の代作なのでは、と疑いを持っていた藤原定頼が、「お母さんからの手紙は読まれましたかな」と暗に「手紙に歌が書かれているのだろう」という意味を込めた意地悪な質問をしたところ、小式部内侍が即座に読んだのが、上の歌。

生野は「行く野」、「ふみもみず=踏みもみず」は「文も見ず」の掛詞。才気溢れる歌です。

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2007年9月22日 (土)

シベリウスの年に(19) オッコ・カム指揮ヘルシンキ・フィルハーモニー管弦楽団来日公演1982ライブ盤 シベリウス交響曲第5番&「悲しきワルツ」

FM東京の収録、TDKからの発売による、ライブ録音によるヘルシンキ・フィルハーモニー管弦楽団「シベリウス交響曲全集」最後の1枚は、オッコ・カム指揮の交響曲第5番です。交響曲第2番と同じ、1982年2月4日に、大阪のフェスティバルホールで演奏されました。この日のプログラムは、前半がシベリウスの交響曲第5番、後半がシベリウスの交響曲第2番。アンコールとして、シベリウスの「悲しきワルツ」が演奏されました。

オッコ・カム指揮ヘルシンキ・フィル シベリウス交響曲第5番&「悲しきワルツ」 冒頭の夜明けの場面から表現力豊かで、ヒンヤリとした音色が心地良く、ラストの凱歌に向けての全曲の構築も見事です。

空間の広いフェスティバルホールでの演奏ということもあってか、テンポを緩めるところがあり、録音で聴くとその場所のオーケストラコントロールが弱いように聞こえるのが難点ですが、それでも充実した演奏であることに変わりはありません。

「悲しきワルツ」は、同時期に渡邉暁雄の指揮でもアンコールとして演奏しており、同じオーケストラが同じ曲を演奏しても、指揮者によってイメージが異なることを再確認出来ます。

シベリウス/Sym.5 Valse Triste: Kamu / Helsinki Po (1982 Osaka)

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シベリウスの年に(18) オッコ・カム指揮ヘルシンキ・フィルハーモニー管弦楽団来日公演1982ライブ盤 シベリウス交響曲第2番&「フィンランディア」

オッコ・カム指揮ヘルシンキ・フィル シベリウス交響曲第2番&「フィンランディア」 ヘルシンキ・フィルハーモニー管弦楽団が1982年に来日して行ったシベリウス交響曲チクルス。

シベリウスの交響曲中最も人気のある交響曲第2番の演奏が、1982年2月4日に大阪のフェスティバルホールで行われました。FM東京による放送用の録音が行われ、その録音が21世紀に入ってからTDKよりCDとして発売されました。

第1回カラヤン国際指揮者コンクールに優勝しながら、そのことが逆に足かけとなった感もあるオッコ・カム。しかし、シベリウス指揮者としての実力の高さは、たびたび客演している日本フィルハーモニー交響楽団との共演などを聴けば明らかです。

私にシベリウスの交響曲の本当の素晴らしさを教えてくれたのも実はオッコ・カム。オッコ・カム指揮日本フィルハーモニー交響楽団シベリウスの交響曲第2番をメインとしたコンサートを聴き、その音楽のあまりの素晴らしさに驚嘆したのを昨日のことのように憶えています。

オッコ・カムはその後、2004年に京都市交響楽団に客演、やはりシベリウスの交響曲第2番を振ったのですが、これも大変優れた演奏でした。

当CDでは、ヘルシンキ・フィルの演奏が多少荒っぽいのが難点ですが、カムのテンポ設定と楽章ごとの表情の描き分けなどは巧みで、ハイレベルな仕上がりです。

「フィンランディア」は、1982年1月22日、東京厚生年金会館でアンコール曲目として演奏されたもの。迫力重視で、金管の炸裂などは見事ですが音楽の完成度は残念ながら今一つ。気合いが入りすぎていたのでしょうか。

シベリウス/Sym.2 Finlandia: Kamu / Helsinki Po (1982 Osaka)

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2007年9月21日 (金)

シベリウスの年に(17) ヘルシンキ・フィルハーモニー管弦楽団来日公演1982ライブ盤 渡邉暁雄指揮 シベリウス交響曲第1番&「悲しきワルツ」

交響曲第4番&第7番同様、1982年1月28日に福岡サンパレスでライブ収録された、渡邉暁雄(わたなべ・あけお)指揮ヘルシンキ・フィルハーモニー管弦楽団のシベリウス、交響曲第1番と「悲しきワルツ」のCDを紹介します。FM東京の録音、TDKの発売。

渡邉暁雄指揮ヘルシンキ・フィル シベリウス交響曲第1番&「悲しきワルツ」 日本人とフィンランド人のハーフだけあって、生前は容姿の格好良さでも人気のあった渡邉暁雄。
弟子である岩城宏之も、東京芸術大学の打楽器専攻の学生だった時代に、アメリカ留学を終えて芸大の指揮科の先生となった長身痩躯の渡邉暁雄の格好良さに憧れて、渡邉のレッスンに通うようになったと著書『棒ふりのカフェテラス』に書いています(ちなみに岩城たち芸大の学生は、渡邉暁雄のことを仲間内では「アケチャン」と呼んでいたそうです)。

指揮者の容姿と出てくる音楽とは意外に共通性があるのですが、渡邉も例外ではなく、タイトな音によるダンディーなシベリウスを演奏します。

交響曲第1番は、余計な表現を避け、むしろ程よい抑制を持った誠実な演奏。
レナード・バーンスタインとウィーン・フィルの演奏に代表されるような表現主義的なシベリウス交響曲第1番の対極を歩む演奏ですが、渡邉の方がシベリウスならではの味わいを生かしています。地味とも言えますが、その慎ましさがシベリウスの本質のより近いように思われます。

「悲しきワルツ」は、最近の演奏、例えばパーヴォ・ヤルヴィがドイツ・カンマーフィルとの来日公演で聴かせたようなスリムで哀切な演奏に比べると、ふくよかで悲劇性の表出も抑えめですが、1980年代のシベリウス演奏の典型を示しているとも言え、貴重な録音です。

特典として、渡邉とヘルシンキ・フィルによる、シベリウス交響曲第4番のリハーサルの模様と、渡邉へのインタビューが収められています。リハーサルは収録時間が短いのが残念ですが、渡邉の話すフィンランド語を聴くことが出来ます。

シベリウス/Sym.1 Valse Triste: 渡辺暁雄 / Helsinki Po (1982)

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2007年9月20日 (木)

シベリウスの年に(16) ヘルシンキ・フィルハーモニー管弦楽団来日公演1982ライブ盤 渡邉暁雄指揮 シベリウス交響曲第4番&7番

1982年にヘルシンキ・フィルハーモニー管弦楽団が来日、当時の首席指揮者であったオッコ・カムと、日本が誇るシベリウス演奏の権威であった渡邉暁雄(わたなべ・あけお)の指揮により、シベリウス交響曲チクルスを行いました。ここで紹介するのは、渡邉暁雄が指揮した、1982年1月28日、福岡サンパレスでのライブ録音。FM東京が放送用に録音した音源をTDKがCD化。曲目は、交響曲第4番と第7番。

渡邉暁雄指揮ヘルシンキ・フィル シベリウス交響曲第4番&第7番 渡邉暁雄は、フィンランドにおいてもシベリウスのスペシャリストとして有名であり、ヘルシンキ・フィルのメンバーも渡邉を大変尊敬していたとのことです。

渡邉は、ヘルシンキ・フィルのメンバーの期待に違わぬ、優れた音楽を作り出します。

交響曲第4番第1楽章では、厚い雲に覆われたような絶望感と、時折、雲間から光が差すような希望とを巧みに表出しており、楽譜の読みの深さと、それを的確に音に変える指揮技術の高さとを示しています。

ヘルシンキ・フィルも渡邉の棒に真剣に応えており、管に若干のミスがあるものの、表現力の高い演奏を生み出しています。

交響曲第7番も、ヘルシンキ・フィルと渡邉の音楽性がマッチした演奏。フィンランドのオーケストラと、日本が生んだ(といっても日芬のハーフではありますが)シベリウスの権威との幸福な邂逅の記録でもあり、歴史的にも価値のある名盤です。

シベリウス/Sym.4 7: 渡辺暁雄 / Helsinki Po(1982)

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シベリウスの年に(15) オッコ・カム指揮ヘルシンキ・フィルハーモニー管弦楽団来日公演1982ライブ盤 シベリウス交響曲第3番&第6番

オッコ・カム指揮ヘルシンキ・フィル シベリウス交響曲第3番&第6番 1982年1月22日、東京厚生年金会館で行われたオッコ・カム指揮ヘルシンキ・フィルハーモニー管弦楽団の来日公演を、FM東京が放送用にライブ収録した音源をTDKがCD化し、発売したものを紹介します。

第1回カラヤン国際指揮者コンクールに優勝したものの、そのことが却ってキャリア形成マイナスに働いた感のあるオッコ・カム。
しかし、シベリウス指揮者としての実力は大変高く、このCDでも抜群の演奏を聴かせてくれます。

オーケストラのメカニックでは必ずしも第一級とはいえないヘルシンキ・フィルですが、シベリウスの祖国であるフィンランドを代表するオーケストラだけに、共感溢れる抜群の演奏を披露しています。

流れを重視し、涼しげな一陣の風の変化する様を描写したような独特の演奏を聴かせる交響曲第3番、一つ一つの音を慈しむかのように演奏した交響曲第6番、いずれも最上級のシベリウス演奏です。

比較的地味なCDですが、シベリウスの本質を突いた名盤です。

シベリウス/Sym.3 6: Kamu / Helsinki Po (1982 Tokyo)

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2007年9月19日 (水)

好きな俳句(3)

無残やな甲(かぶと)の下のきりぎりす 松尾芭蕉

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2007年9月18日 (火)

これまでに観た映画より(9) 「ナチュラル」

DVDで「ナチュラル」を観る。ロバート・レッドフォード主演の野球映画、というより野球ファンタジーと言った方が適当だろう。
1918年。将来有望な若手投手ロイ・ハブス(ロバート・レッドフォード)はシカゴ・カブスの入団テストを受けようとしていた。しかしシカゴに向かう列車の中で出会った、スポーツ選手を殺害し続けていたサイコパスの女に銃で撃たれてしまう。
16年後、35歳になったロイはルーキーとして弱小球団、ニューヨーク・ナイツに入団する。

高校生の時にビデオで観て、大変な感銘を受けた映画。当時はロバート・レッドフォード演じるロイ・ハブスの格好良さに痺れたものだが、今見直してみると、神秘的な側面に目がいく。雷で割れた大木で作ったバット。精霊か何かのような存在。
物語自体は「がんばれベアーズ」同様、弱小チームが優勝するまでのサクセスストーリーである。しかしそれだけでない、アメリカ人にインプットされ、受け継がれていく野球スピリッツのようなものを感じさせる。これは単なるスポーツ映画ではないのだ。むしろ大人のためのお伽話に近い。この映画にリアリズムを求める人はあるいは大人でないのかも知れない。
ロイがサヨナラホームランを照明塔に打ち込み、ライトが破裂して花火のように降りかかる中でロイがダイヤモンドを一周する有名なシーンは今見ても「クール」である。
100%悪人という奥行きの全くないタイプの人間が出て来てしまうのがハリウッド映画の限界を感じさせ、唯一の難点といえる。
ところで、ニューヨーク・ナイツは架空の球団なのだが、相手チームのシカゴ・カブス、フィラデルフィア・フィリーズ、ピッツバーグ・パイレーツなどは実在の球団である。この設定の中途半端さは何なのだろう?

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2007年9月17日 (月)

シベリウスの年に(14) レナード・バーンスタイン指揮ウィーン・フィル 「シベリウス交響曲集」

指揮者にはそれぞれ得意レパートリーと不得手とする曲目があります。名指揮者と呼ばれる人達でも、全ての曲を高いレベルで演奏できるわけでは当然ながらありません。
同じ作曲家の作品を演奏しても出来不出来の激しい場合がありますが、今日はその典型ともいえるレナード・バーンスタイン指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の「シベリウス交響曲集」を紹介します。ドイツ・グラモフォンから出ている輸入盤。

レナード・バーンスタイン指揮ウィーン・フィル 「シベリウス交響曲集」 レナード・バーンスタイン(1918-1990)は、1960年代にニューヨーク・フィルハーモニックと「シベリウス交響曲全集」を録音しており、溌剌とした演奏を繰り広げていました。

80年代後半に入り、レナード・バーンスタイン(愛称:レニー)は、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団と、シベリウス交響曲チクルスを企画し、2度目の「シベリウス交響曲全集」をドイツ・グラモフォンにライブ録音する予定でしたが、交響曲第1番、第2番、第5番、第7番を演奏、録音したところで力尽きます。

交響曲第1番は、レニーの死後にCDとして発売されましたが、スケールが大きく、雄弁でドラマティックな演奏であり、本場・フィンランドの指揮者達の演奏とは異なる、雄々しく、巨人的な交響曲第1番像を築き上げています。数多いシベリウスの交響曲第1番の録音の中でも傑出した出来です。

交響曲第2番もスケールが大きく、世評の高い演奏ですが、全体に重たいのが難点。ただ、最終楽章の憂いを込めた凱歌は、一般的な演奏とは異なる悲劇性豊かな演奏であり、「美しいが皮相」と評されることの多いこの楽章の別の面を聴かせてくれます。

交響曲第5番、第7番は、レニーの個性が強く出た、シベリウスからは遠い演奏。ゆったりとしたテンポで細部を丁寧に描いていきますが、その分、全体の印象は茫洋としていて、「木を見て森を見ず」という言葉を用いたくなるようなところがあります。スケールも必要以上に肥大化していて、レニーファン以外には薦めたくない演奏です。

シベリウス作品のほかに、イギリスのBBC交響楽団を指揮した、エルガーの「エニグマ変奏曲」と、ボストン交響楽団を指揮した、ブリテンの「四つの海の間奏曲」(いずれもライブ録音)を収録。

「四つの海の間奏曲」は、レナード・バーンスタイン最後のステージとなったコンサートのライブ収録。レニーの体調は最悪でしたが、それを感じさせない名演です。

極限までテンポを遅くした「エニグマ変奏曲」は、センチメンタル過ぎるという難点があるものの個性的な演奏。またこの演奏は演奏会終了後に、レニーが「『エニグマ変奏曲』を理解しているのは私だけだ」と発言して、周囲を唖然させたという舌禍事件の記録でもあります。

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2007年9月15日 (土)

シベリウスの年に(13) 名古屋フィルハーモニー交響楽団第339回定期演奏会 「北欧の巨人たち」

名古屋にある愛知県芸術劇場コンサートホールで、名古屋フィルハーモニー交響楽団の第339回定期演奏会を聴いてきました。「北欧の巨人たち」というタイトルのついたコンサートで、デンマークのニールセン、ノルウェーのグリーグ、フィンランドのシベリウスの作品が演奏されました。

ハンヌ・リントゥ指揮 名古屋フィルハーモニー交響楽団第339回定期演奏会パンフレット

指揮はフィンランド生まれのハンヌ・リントゥ。フィンランドの古都トゥルクの音楽学校で学んだ後、シベリウス・アカデミーでチェロとピアノを学び、シベリウス・アカデミーの指揮クラスではアッツォ・アルミラとヨルマ・パヌラに師事。更にロシアでイリヤ・ムーシンに、イタリアでチョン・ミョンフンに指揮を習っています。

プログラムは、前半がニールセンの序曲「ヘリオス」、グリーグのピアノ協奏曲イ短調。後半がシベリウスの交響曲第6番と第7番。

ニールセンとグリーグの感想は他の場所で述べるとして、シベリウスの交響曲2曲の感想をアップすることにします。素晴らしい演奏でした。

名古屋フィルハーモニー交響楽団を生で聴くのは初めてで、前半は、音は綺麗だが小さくまとまっているという印象でしたが、後半のシベリウスの交響曲2曲はそれがプラスに作用します。

交響曲第6番。指揮者のリントゥは、第1楽章ではミントの香りのするようなグリーントーンの爽やかな音色を名古屋フィルから引き出し、最終楽章ではオーロラの輝きのような鮮やかな音で曲の魅力を存分に味わわせてくれます。

交響曲第7番の実演には、以前に他の組み合わせで何度か接したことがあるのですが、それらとは別次元の出来。
リントゥは、シベリウスの交響曲第7番を音による油絵のように演奏。音を幾重にも塗り重ねたようなコッテリした演奏でしたが、シベリウスの交響曲第7番の本質が、ドイツの交響曲作曲家の作品のような音のドラマにあるのではなく、むしろドビュッシーから武満徹へと繋がるような響きの追求の路線上にあり、シベリウスが紛れもなく20世紀の作曲家であることを示してくれました。

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2007年9月13日 (木)

没後100年 グリーグ ピアノ協奏曲イ短調 雄大なリヒテル盤

リヒテル&マタチッチ グリーグ ピアノ協奏曲イ短調 今年が没後100年にあたる、ノルウェーの国民的作曲家、エドヴァルド・グリーグ。
グリーグというと、小品の作曲に適性があり、大規模な作品は、ピアノ協奏曲イ短調、劇付随音楽「ペール・ギュント」など数えるほどしか残していません。

グリーグの数少ない大作の一つであるピアノ協奏曲イ短調ですが、この曲は古今のピアノ協奏曲の中で最も人気のある曲の一つで、コンサートのプログラムにも頻繁に載り、CDも数多く出ています。

北欧の作曲家というイメージから、グリーグのピアノ協奏曲の演奏はリリシズムを前面に出したものが多く、またその解釈にも説得力はあるのですが、今日はリリシズムよりも雄大なスケールが印象的な、スヴャトスラフ・リヒテルのピアノ、ロヴロ・フォン・マタチッチ指揮モンテ・カルロ国立歌劇場管弦楽団の演奏を収めたCDを紹介します。EMIの録音・発売。

旧・ソ連のピアニストで、かっては国情から西側にはその存在しか知られず、「幻のピアニスト」とも呼ばれていたスヴャトスラフ・リヒテル。そのリヒテルが西側で確固たる名声を確立し、「20世紀最大のピアニスト」と賞賛されていた全盛期の録音です。グリーグのピアノ協奏曲イ短調におけるリヒテルのピアノは一つ一つの音をハッキリ弾いていくというスタイルで、打鍵も強く、それでいて音に透明感があります。

NHK交響楽団の名誉指揮者としてもおなじみだったロヴロ・フォン・マタチッチは、旧・ユーゴスラビアの出身。マタチッチもスケールの大きさには定評があり、本盤でのリヒテルとの共演は、さながら怪物同士の対決のような趣があります。

併録された、ロベルト・シューマンのピアノ協奏曲も繊細な味わいには乏しいもののやはり圧倒的なスケールで迫り、これはこれで名演です。

グリーグ / シューマン/Piano Concerto: S.richter(P)matacic / Monte-carlo National Opera O

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2007年9月12日 (水)

とうとう狂歌

呆れたる心地も駿河安倍川の柵破れたり東海の秋

千年経て敗れし安倍の旨問うか今年平成十九年の役

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2007年9月10日 (月)

auのCM 仲間由紀恵ではないあの女性は

やはりユキエさんだそうです。

ストレートのロングヘアーという仲間由紀恵風の格好をして、「誰でもオッケー」と語る、auの「誰でも割」“なんで?”編のCMに出演している女性は、ユキエはユキエでも曽根由希江(そね・ゆきえ)というタレントさんで、仲間由紀恵が所属するプロダクション尾木の後輩さんだそうです(曽根由希江のボイストレーニングを担当している鈴木淳氏のブログからの情報です)。

プロダクション尾木による曽根由希江さんのプロフィールhttp://www.ogipro.com/talent/sone/index.html

bayfmのサイト内にある曽根由希江さんのブログ
http://omelet.jp/b/yukiesalad

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パスティーシュ童話 「新・蜘蛛の糸」

「新・蜘蛛の糸」    作:本保弘人

一、

 阿弥陀様が目を覚まされますと、極楽の光が体にそっと染み込んできました。その光の柔らかさから見て、極楽は今、朝なのでしょう。
 阿弥陀様は、そのまま表に出て、蓮の池のほとりにまでやって来ました。池のそばの草には、ちょうど蜘蛛が巣をかけているところ。極楽では花ばかりでなく、草木までもが得も言われぬ芳香を放ち、あらゆる事象が最上の夢よりもなお美しいのでした。

 阿弥陀様は、蓮池の底に目をやりました。池はガラスよりも一層透明ですから、遙か下の地獄の様子もはっきりと見ることが出来ます。地獄の血の池地獄では今日も、地獄に堕ちた、かっての人間達が苦しみながら蠢いているのでした。
 阿弥陀様は、地獄の池の中にカンダタという男がいるのを発見されました。このカンダタという男は、庄屋の家に生まれたのですが、上納すべき年貢米をごまかして自分の懐に収めたり、気に入らない小作人を役人に売ったり、時には殺したこともあるという大変な悪党でした。しかし阿弥陀様はそんなカンダタも善行をしたことがあるのをご存じだったのです。ある日、カンダタが道を歩いていますと、小さな蜘蛛が足元を通りすぎようとしているのに気がつきました。カンダタは蜘蛛を踏みつぶそうとしたのですが思いとどまり、「こんな蜘蛛にでも命はあるのだから、それを救うのもまたよかろう」ということで、蜘蛛をまたいで通り過ぎたのでした。
 阿弥陀様は、カンダタの善行を思い出され、その報いとしてこの男を地獄から救い出してやろうとお考えになりました。折良く、草木に巣を張っている蜘蛛がおります。阿弥陀様はお手を伸ばされ、極楽の蜘蛛を優しく掌につかんで、その糸を地獄に向かって垂らしたのでございます。

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2007年9月 9日 (日)

菊の歌

秋の菊にほふ限りはかざしてむ 花よりさきと知らぬ我が身を 紀貫之

心あてに折らばや折らむ初霜のおきまどはせる白菊の花 凡河内躬恒

秋に咲き秋に散りゆく菊の花 盛りを知らず行く人思う 愚作

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2007年9月 7日 (金)

坂本龍一 『SELDOM ILLEGAL 時には、違法』

坂本龍一著 『SELDOM ILLEGAL 時には、違法』 坂本龍一の著書(といっても実際はインタビューをまとめたものですが)『SELDOM ILLEGAL 時には、違法』(角川文庫)を紹介します。この本は長い間絶版になっていますが、図書館などには置いてあるかも知れません。

1988年頃から1989年まで、坂本が月刊誌に連載していたコラム(というのかな)をまとめたもの。

坂本龍一という人は自慢が好きなので、自慢話も結構載っています。

その他には、松田優作の遺作である映画「ブラック・レイン」に、ひょっとしたら坂本も俳優として出演していたかも知れないという話、YMO時代に患った神経症の話(かなり赤裸々に語られています)、沖縄音楽の話(当時、坂本は沖縄音楽をフィーチャーした「NEO GEO」というアルバムを発売。『SELDOM ILLEGAL』を出版後も、やはり沖縄音楽をフィーチャーした「BEAUTY」というアルバムを発表した)、東京芸術大生時代のアルバイトの話、芸大美術学部の学生で、演劇をやっている青年と知り合い、その関係で、串田和美や吉田日出子などと一緒に演劇をしたり、劇中歌を書いていたりしたという話、都立新宿高校時代に学生運動をしていたという話(新宿高校全共闘として、一緒に学生運動をしていて、のちに政治家になるS君という人が出てきますが、S君というのは塩崎恭久前内閣官房長官のことです)など。

他人の自慢話が嫌いな人は読まない方がいいと思いますが、「ラスト・エンペラー」でアカデミー作曲賞を受賞し、当時、世界的に注目されつつあった坂本龍一の素顔に触れることの出来る一冊であり、音楽好きの方にはお薦めです。

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2007年9月 6日 (木)

コンサートの記(2) サカリ・オラモ指揮フィンランド放送交響楽団来日演奏会(2005)

2005年10月23日 京都コンサートホールにて

京都コンサートホールで行われる、サカリ・オラモ指揮フィンランド放送交響楽団の演奏会に出かける。
サカリ・オラモは2002年にバーミンガム市交響楽団と来日、京都コンサートホールでも演奏会を行った。あれから3年、今度はもう一つの手兵となったフィンランド放送響を引き連れての再来日である。
前半がシベリウスの交響詩集、後半がマーラーの交響曲第4番というプログラム。

シベリウスとマーラーは一度だけ出会っている。ヘルシンキでのことだった。ヘルシンキ・フィルを指揮するためにやって来たマーラーはフィンランドを代表する作曲家であるシベリウスと会見。交響曲に関する見解を述べたが、もの別れに終わる。
マーラーはともかく、シベリウスはおそらくマーラーの考えに激怒したであろうことは想像に難くない。

という、仲の悪い二人の作曲家の作品を並べたプログラム。

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2007年9月 5日 (水)

格好いい生き方をしようという

格好いい生き方をしようと考えること自体が格好悪いことのように思えるのは気のせいだろうか。

「格好いい生き方」と一口に言っても様々な形態があると思うが、生き物としての人間が持つ泥臭さよりも、非人間的な記号がスマートだと思う「格好良さ」は人間として格好いいのか。

良い生き方をしている人は案外格好いい生き方をしていないように思うのだが。

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『もう一度、投げたかった 炎のストッパー津田恒美最後の闘い』

『もう一度、投げたかった 炎のストッパー津田恒美最後の闘い』 150キロを超える快速球を武器に、「炎のストッパー」と呼ばれ、広島カープのリリーフエースとして活躍しながら、脳腫瘍のためにわずか32歳で他界した津田恒美(登録名は昭和60年より津田恒実)投手の人生を追った、NHKスペシャル「もう一度、投げたかった」の文庫化『もう一度、投げたかった 炎のストッパー津田恒美最後の闘い』(幻冬舎文庫)を紹介します。
NHKプロデューサーであった山登義明と、同じくNHKのディレクターであった大古滋久の共著。

昭和35年8月1日、山口県新南陽市(現在の周南市)和田に生まれた津田恒美は、長身と強力な背筋、更には後方に60°以上反るという右手中指のスナップを生かした速球を武器に、南陽工業高校を甲子園に導き、協和発酵を経て広島東洋カープにドラフト1位で入団します。

球団創設以来、まだ一人も新人王のタイトルホルダーを出していなかった当時の広島カープにおいて、津田は新人王獲得を至上命題とされ、見事にそれに応えてみせます。

しかし、速球派投手ならではの肩の故障。更には人並み外れた速球を生み出す秘密であった柔軟な中指を持つが故の血行障害など、何度も苦境に立たされました。

高校時代には「ノミの心臓」と呼ばれ、プロ入り後も自身の気の弱さに悩まされながらも、中学時代にコーチを受けた、早稲田大学の投手・道方康友から授けられた「弱気は最大の敵」という言葉を胸に刻み、逆境を乗り越えていきます。

しかし平成3年、30歳の津田を悲劇が襲います。春先から頭痛に悩まされ、そのシーズンの初登板となった4月14日の対巨人戦でKO。シーズン開幕前から晃代(てるよ)夫人に体調不良を訴えていた津田は、翌15日に検査を受け、脳腫瘍であることがわかります。

気の弱い津田に本当の病名を打ち明けられない晃代。何とかごまかし続けますが、2ヶ月後に限界を感じ、津田に本当の病名を打ち明けます。その瞬間、津田は子供のように泣き崩れたといいます。

気の弱さから生きることを諦めかけた津田。しかし、晃代夫人の献身的な看護に支えられているうちに、病気と闘っていくことを決意します。

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2007年9月 4日 (火)

操り人形のための葬送行進曲

メロディーは知っているけれどタイトルは知らない曲というのは案外多いものです。

今日はそうした種類の曲の中でも最も有名な作品を紹介します。

「ヒッチコック劇場」のテーマ曲として知られている曲。実は原曲はクラシック音楽です。グノーが作曲した「操り人形のための葬送行進曲」という音楽で、楽器編成は異なるものの、メロディーは全く一緒です。

「操り人形のための葬送行進曲」のMIDIは、ヤマハのサイトで試聴することが出来ます。

http://www.yamaha.co.jp/himekuri/view.php?ymd=20000813

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かくも軽き不在

私についての話だったのだが、彼女は、別の人について延々と語っていた。目の前にいるはずの私の存在などどうでもいいというように。

私が彼女に対して行った肯定的な評価は一顧だにされず、別の人、つまり彼女が尊崇する人物の意見の絶対性を彼女は主張していた。彼女は「尊崇」の危険さについて考えたことはないようだった。

彼女は意見を比べてみることもなく、自身の日本語能力についても把握してはいなかった。「勘違い」という言葉が服を着て歩いているような彼女の前で、私の「不在」は余りにも軽かった。

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2007年9月 2日 (日)

今日か

やっぱりという気も駿河安倍川は渡るに難し東海の道

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2007年9月 1日 (土)

怪談のような

死んだと思ったらまだ続きがあって、人生が延々と続くとしたら恐いとは思いませんか。

パラレルな場所があって、そこが元いた場所と変わらない状態で続くのだとしたら。

あなたはその続きの世界で今度は、若しくは再び陰惨な死に方をするかも知れない。でも、死んだと思ったらまた陰惨な場所に出てくるのだとしたら。

あなたはあなたから永遠に逃げられず、「デンマークは牢獄だ」どころか何処へいっても牢獄、あるいは自分自身が牢獄であるのだとしたら。

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