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2007年9月10日 (月)

パスティーシュ童話 「新・蜘蛛の糸」

「新・蜘蛛の糸」    作:本保弘人

一、

 阿弥陀様が目を覚まされますと、極楽の光が体にそっと染み込んできました。その光の柔らかさから見て、極楽は今、朝なのでしょう。
 阿弥陀様は、そのまま表に出て、蓮の池のほとりにまでやって来ました。池のそばの草には、ちょうど蜘蛛が巣をかけているところ。極楽では花ばかりでなく、草木までもが得も言われぬ芳香を放ち、あらゆる事象が最上の夢よりもなお美しいのでした。

 阿弥陀様は、蓮池の底に目をやりました。池はガラスよりも一層透明ですから、遙か下の地獄の様子もはっきりと見ることが出来ます。地獄の血の池地獄では今日も、地獄に堕ちた、かっての人間達が苦しみながら蠢いているのでした。
 阿弥陀様は、地獄の池の中にカンダタという男がいるのを発見されました。このカンダタという男は、庄屋の家に生まれたのですが、上納すべき年貢米をごまかして自分の懐に収めたり、気に入らない小作人を役人に売ったり、時には殺したこともあるという大変な悪党でした。しかし阿弥陀様はそんなカンダタも善行をしたことがあるのをご存じだったのです。ある日、カンダタが道を歩いていますと、小さな蜘蛛が足元を通りすぎようとしているのに気がつきました。カンダタは蜘蛛を踏みつぶそうとしたのですが思いとどまり、「こんな蜘蛛にでも命はあるのだから、それを救うのもまたよかろう」ということで、蜘蛛をまたいで通り過ぎたのでした。
 阿弥陀様は、カンダタの善行を思い出され、その報いとしてこの男を地獄から救い出してやろうとお考えになりました。折良く、草木に巣を張っている蜘蛛がおります。阿弥陀様はお手を伸ばされ、極楽の蜘蛛を優しく掌につかんで、その糸を地獄に向かって垂らしたのでございます。

二、 

 地獄でカンダタは苦しんでおりました。血の池の中では皮はズルズルと剥け、激しい痛みが全身を貫きます。
「なぜ俺がこんな目に遭わねばならぬのだ」
カンダタは常にそう思いながら周りを見回しておりました。カンダタにしてみれば、地獄にいるのは己に比べれば遙かにつまらない者ばかりです。自分が天国にいけなかったのは仕方ないにしても、生まれの卑しい下らない連中と一緒に苦しむというのは屈辱でもありました。 
 そんな時です。カンダタがふと上方に目をやると、キラキラとした細い糸がこなたに向かって下りてくるのが見えました。
「地獄で仏という言葉があるが、まさにこのこと。俺は救われるのだ」
カンダタはそう思い、糸をつかんでグイと体を引き上げました。血の池から抜け出てみると体は思いのほか軽く、瞬く間にカンダタはドンヨリとした地獄の空の上に出ました。見下ろせば黒々とした地獄の空を透して血の池の様子がよく見えます。有象無象がバチャバチャともがいているのを見て、カンダタはついさっきまで自分がそこにいたのだということも忘れ、少し愉快になりました。

 カンダタはそのまま糸を昇り、もう大分来たかというとところで、地獄をもう一度見下ろしました。すると、いつの間にか地獄の衆生が蜘蛛の糸を伝って蟻のように続々とこなた目指して昇ってくるのが目に入りました。カンダタはいたずら心を起こしました。
「者ども、頑張れ頑張れ。このカンダタこそは地獄の救世主なり。皆を救うべく地獄に身をやつしていたのだ。さあ、我に続け」と叫んだのです。
 下の方では、
「さすがはカンダタ様。庄屋様だっただけのことはある」
「地獄で仏とはまさにこのこと。カンダタ様は実は仏様であらせられましたか」
とカンダタを讃える声が次々に起こります。
 カンダタはカラカラと笑い、「俺のように善行に励めば天国に行けるのだ。だがそれではそなた達が可哀相になってな、助けに来てやったのよ」と得意になって蜘蛛の糸をグイグイと引っ張りました。
 その時です、蜘蛛の糸がぷつんと切れたのは。
 カンダタ達は錐揉み状になって瞬く間に地獄へと再び落ちていきました。後にはただ、断ち切られた極楽の蜘蛛の糸がキラキラと光りながら垂れているばかりでした。

 阿弥陀様は一部始終を御覧になり、悲しげな顔をなさいました。そして一瞬、ご自分のことを恥じ入るようなお顔つきをされましたが、気を取り直し、蓮池をゆっくりと後にされました。

極楽はまもなく昼になろうとしていました。

原作:芥川龍之介「蜘蛛の糸」(原典:ポール・ケーラス「カルマ」)

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