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2007年10月の29件の記事

2007年10月31日 (水)

おかえりなさい鬼束ちひろ 「LAS VEGAS」

鬼束ちひろが久々となるニューアルバム、「LAS VEGAS」(ユニバーサル・シグマ)を発表しました。

鬼束ちひろ 「LAS VEGAS」 時を経て、声の艶はいくぶん失われてしまったきらいがありますが、独特の詩の世界は健在です。

天才的なインスピレーションを感じさせたかっての鬼束の詞ですが、ニューアルバムにおいては才能にまかせることなく(あるいは己の才能に振り回されることなく)、言葉を一つ一つ選んで確実に組み立てている印象を受けます。自由奔放さは後退したかも知れませんが深みは増しています。

鬱、拒食症、自殺未遂を乗り越えて復活した鬼束ちひろの新世界を示した優れたアルバムです。

鬼束ちひろ /Las Vegas

鬼束ちひろ

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キッズ・ジャイアンツ 野球ゲーム

Web上で出来る野球ゲーム。これもまた子供向けですが、読売ジャイアンツのキッズ向けページにある野球ゲームです。
キッズ・ドラゴンズの野球盤より難度は幾分高め。自分のチームはジャイアンツしか選べないので、巨人ファン以外には向いていないかも知れません。

キッズ・ジャイアンツ野球ゲーム

http://kids.giants.jp/game/game08.html

その他のお薦め野球盤ゲーム

キッズドラゴンズ野球盤 

http://www.prownet.jp/kids/baseball/baseball.html

【エネゴリくんの星】エネゴリくんスタジアム

http://www.eneos.co.jp/enegori/e71_en_top.html

右側の地球上にある野球場をクリックするとエネゴリくんスタジアムで野球盤が楽しめます。

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中日ドラゴンズ キッズ・ドラゴンズ野球盤

Web上で出来る野球ゲームは意外に少ないのですが、今回はその数少ないWeb上野球ゲームの一つ、キッズ・ドラゴンズの野球ゲームを紹介します。子供向けのゲームで、昔懐かしい野球盤形式ですが、勝つのは案外難しかったりします。

キッズ・ドラゴンズ野球盤 

http://www.prownet.jp/kids/baseball/baseball.html

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2007年10月29日 (月)

巨大なる音の構築物 朝比奈隆指揮大阪フィルハーモニー交響楽団 ブルックナー交響曲第3番「ワーグナー」

朝比奈隆と大阪フィルハーモニー交響楽団がキャニオン・クラシックスに録音した、ブルックナーの交響曲第3番「ワーグナー」のCDを紹介します。

朝比奈隆指揮大阪フィルハーモニー交響楽団 ブルックナー交響曲第3番「ワーグナー」 キャニオン・クラシックス盤 半世紀以上に渡って大阪フィルハーモニー交響楽団(大フィル)のシェフの座に君臨し、ブルックナー演奏の第一人者ともいわれた朝比奈隆。朝比奈と大フィルは何度も繰り返し繰り返しブルックナーの交響曲を演奏してきました。そんな朝比奈も最晩年になると、交響曲第5番や、交響曲第7番、第8番、第9番の後期三大交響曲などに集中するようになります。ブルックナーの初期交響曲は演奏が難しいそうで、朝比奈はステージで取り上げるのが大変だとして、この交響曲第3番「ワーグナー」はライブ録音を好む朝比奈としては珍しく大阪フィルハーモニー会館でスタジオ録音されました。

ブルックナーの初期交響曲は、後期の大作とは趣を異にする、ブルックナーとしては小さな規模で書かれています(あくまでブルックナーとしてはですが)。よって、比較的タイトな演奏を繰り広げる指揮者が多いのですが、朝比奈は交響曲第3番「ワーグナー」に後期交響曲に対するのと同じスタイルで臨み、音による巨大な構築物を築き上げています。
作品そのもののスケールを上回る演奏を行うと、それこそ大風呂敷を広げた感じに陥りやすいのですが、朝比奈のブルックナーに対する解釈の深さ故か、中抜けや緩みを感じさせることにない引き締まった巨大なブルックナーとなっています。
大阪フィルも健闘で、特に弦の音色が美しく、録音の優秀さもあって日本のオーケストラによるブルックナー演奏としては第一級の仕上がりになっています。

さて、「ワーグナー」というタイトルは妙ですが、これについては私自身が「猫町通り通信」というWeb上の日記で触れているので、それを引用します。

「猫町通り通信」2005年7月13日号より

ブルックナーはワーグナーの熱狂的な信者(「ワグネリアン」という)の一人であり、この曲はワーグナーに献呈されたためにこういうタイトルがついた。
しかし同じことを現代の日本でやったらどうなるのかな。交響曲第1番「伊福部」とか交響曲第2番「吉松」とか交響曲第3番「池辺」とか。わけわからんなあ。例に挙げた人はまだ珍しい名字だからいいけれど、例えば林光が好きだったら交響曲第4番「林」になるのか。名字なのか本当に木の林なのか区別できない。かといってフルネームで交響曲第4番「林光」にしたらドラッグストア・マツモトキヨシみたいである。

ブルックナー/Sym.3: 朝比奈隆 / 大阪po (Hyb)

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2007年10月28日 (日)

有限を嘆く人へ

有限を嘆くけれど、あらゆる有限の際まで行くことの出来た人は一人もいないのだ。たどり着くことが出来ないほど遠い有限の際を嘆くというのは、外国語の学習を始めたばかりの初心者が、その外国語が持つ表現力の限界を嘆くのと同じ、もしくはベストタイムが100メートル10秒台ランナーが、「人間はどんなに頑張っても100メートルを9秒台でしか走れないのだな」と嘆くのと同じほど奇妙なことではないだろうか。

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「外」の不在

ある演劇誌を読んでいて暗澹たる気持ちになる。「演劇」という「世界の片隅」に閉じこもり、答えのあらかじめ決まった質問を交わし合い確認し合うということ。そうした閉鎖的な認識を是として疑わない態度からは「外」への意識が無残なまでに欠けているのだった。
あたかも「外」など存在しないといわんばかりに。

「外」という言葉の選択はあるいは正確ではないのかも知れない。崩れることのない確固たる「内」があり、「外」はその周辺を取り巻くようにあるというイメージを与えるからだ。だが確固たる「内」など幻想でしかない。あるいは確固たる「内」はあり得てもその「内」には生命がない。

逆説的な言い方になるが、本当の「外」は内在しているとも言える。人が自分自身の体内を見ることが出来ないのと同様に。

「外」を「未知」と言い換えた方がいいのかも知れないが、当然ながら「外」=「未知」ではない。だから「外」を換言するのは難しいのであえて括弧付きの「外」とする。

「外」があるから内的なるものは絶対的な倨傲を免れ、「外」なるものへの畏敬を覚え、「外」への探求心を生む。
「内」から「外」は規定出来ない。規定した瞬間にそれは「外」ではなくなる。

「外」の存在を忘れ、「内」に固執し、それでいて「外」を規定できるものだと思いこんでの発言の多さ。
人間を問うことなく、あるいは人間を忘れ、身内だけを世界と規定し、自らが属する「内」を自ら奉る。これが演劇なのか?

演劇に再び「暗黒の中世」に似た現象を呼び起こそうとしていることに、羞恥は覚えないのだろうか。

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自分で書いて占える手相 「運命鑑/手相占い」

マウスを使って、画面上に自分の手相を書き込んで占うことの出来る「運命鑑/手相占い」を紹介します。

http://www.unnmei.com/tesou/tesou.html

ちょっと線が違うだけで結果が大きく変わってしまうのが問題ですが、現時点の技術では致し方ないことだと思います。

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2007年10月27日 (土)

テディベアの日 英米人の愛称

本日10月27日はテディベアの生みの親ともいうべきセオドア・ルーズベルト第26代アメリカ合衆国大統領の誕生日。ということで「テディベアの日」となっています。
セオドア・ルーズベルト大統領が狩りに出た際、子熊を撃つのをためらって狩りを終えたという美談が新聞で報じられ、これにあやかって、セオドアの愛称である「テディ」を冠した愛らしい熊のぬいぐるみが作られました。これがテディベアです。
ちなみにセオドア・ルーズベルト大統領はテディベアを選挙キャンペーンのマスコットとして用い、再選を果たしています。ということで裏がありそうな気もするのですが、詮索はしないでおきましょう。

さて、セオドアの愛称が「テディ」というように、英語圏では名前と愛称がセットで決まっています。
有名なのは、「トーマス(本名)=トム(愛称)」、「サミュエル(本名)=サム(愛称)」、「ウィリアム(本名)=ウイル、ビル、ウィリー(いずれも愛称)」、「エリザベス(本名)=リズ(愛称)」などですが、他にもあります。

主なものを愛称、本名の順に例を挙げ、実例も記してみたいと思います。

トム(トーマス) トム・クルーズ(俳優 本名:トーマス・クルーズ・メイポーザー四世)、トム・ハンクス(俳優 本名:トーマス・ジェフリー・ハンクス)

サム(サミュエル) サム・シェパード(俳優・劇作家 本名:サミュエル・シェパード・ロジャース)

サミー(サミュエル) サミー・ソーサ(メジャーリーガー 本名:サミュエル・ソーサ・ペラルタ)

ビル(ウィリアム) ビル・クリントン(元アメリカ合衆国大統領 本名:ウィリアム・ジェファーソン・クリントン)、ビル・ゲイツ(マイクロソフト創業者 本名:ウィリアム・ヘンリー・ゲイツ三世)、ビル・エヴァンズ(ジャズピアニスト 本名:ウィリアム・ジョン・エヴァンズ)

ビリー(ウィリアム) ビリー・ザ・キッド(西部開拓時代の伝説の荒くれ者 本名:ウィリアム・ヘンリー・ボニー)、ビリー・ジョエル(ミュージシャン 本名:ウィリアム・マーティン・ジョエル)

リズ(エリザベス) エリザベス・テイラー(女優 愛称はリズ)

ボブ(ロバート) ボブ・ゼメキス(映画監督 ロバート・ゼメキスの名でも有名)、ボブ・マーリー(レゲエミュージシャン 本名:ロバート・ネスタ・マーリー)

ボビー(ロバート) ボビー・バレンタイン(千葉ロッテマリーンズ監督 本名:ロバート・ジョン・バレンタイン)

ジョニー(ジョン) ジョニー・デップ(俳優 本名:ジョン・クリストファー・デップ二世)

ジャック(ジョン) ジャック・ニコルソン(俳優 本名:ジョン・ジョゼフ・ニコルソン)

ベン(ベンジャミン) ベン・アフレック(俳優 本名:ベンジャミン・アフレック)

ジェフ(ジェフリー) ジェフ・ウィリアムス(阪神タイガース投手 本名:ジェフリー・フランシス・ウィリアムス)

ジミー(ジェームズ) ジミー・カーター(元アメリカ合衆国大統領 本名:ジェームズ・アール・カーター.jr)

エディ(エドワード) エディ・マーフィー(俳優 本名:エドワード・レーガン・マーフィー)

メグ(マーガレット) メグ・ライアン(女優 本名:マーガレット・マリー・エミリー・アン・ハイラ)

ジョー(ジョゼフ) ジョー・ディマジオ(元メジャリーガー 本名:ジョゼフ・ポール・ディマジオ)

ミック(マイケル) ミック・ジャガー(ミュージシャン 本名:マイケル・フィリップ・ジャガー)

ベッキー(レベッカ) ベッキー(タレント 本名:レベッカ・英里・レイボーン)

マット(マシュー) マット・デイモン(俳優 本名:マシュー・レイモンド・デイモン)

レニー(レナード) レナード・バーンスタイン(指揮者・作曲家 愛称はレニー)

ダニー(ダニエル) ダニー・ケイ (コメディアン 本名:デイヴィッド・ダニエル・カミンスキー)

ピート(ピーター) ピート・ローズ(元メジャーリーガー 本名:ピーター・エドワード・ローズ)

ディック(リチャード) ディック・フランシス(作家 本名:リチャード・スタンレー・フランシス)

リンゴ(リチャード) リンゴ・スター(ミュージシャン 本名:リチャード・スターキー)

レイ(レイモンド) レイ・ブラッドベリ(作家 本名:レイモンド・ダグラス・ブラッドベリ)

ルイ(ルイス) ルイ・アームストロング(ジャズマン 本名:ルイス・ダニエル・アームストロング)

ウォルト(ウォルター) ウォルト・ディズニー(アニメーション監督、ディズニーランド創設者 本名:ウォルター・イライアス・ディズニー)

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2007年10月26日 (金)

最も美しいと思う日本語

「最も美しいと思う日本語は何でしょう?」というアンケートが以前マスコミによって行われたそうです。うろ覚えながら、第一位は「おはよう」だったと思いますが、確かに美しいですね。響きも美しいし、言葉から浮かぶイメージも美しい。

私の場合は、少しペシミスティックかも知れませんが、「さよなら(さようなら)」という言葉が一番美しいと思っています。さ行の言葉が持つ寂しさと濁音がない響きの美しさ。それに場面場面によってニュアンスがこれほど変わる言葉もないと思います。

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2007年10月24日 (水)

要約できない部分

世界はただ投げ出されており、人は五感と言葉によって世界を切り取り、組み立て、点検する。

しかしそれでも要約できない部分は残る。認識が容易でなく、規定も不確かで、それゆえ要約も出来ない。フロイトが要約できずに「それ(es)」としか言えなかった部分を例に挙げるとわかりやすいだろうか。
要約できない部分の重要度は個人個人によって異なるのだが、要約できない部分があるということを意識するかしないかによって人生の幅が変わってくるのも確かである。

要約できる部分は全人に共通する、または共通する可能性が高いので、その範囲内において全てを規定しがちだが、それは何とも恐ろしいことである。
そして要約できない部分を無理に「理解した」と思いこんで進むことは、それと同様、あるいはそれ以上の恐怖を生む可能性がある。

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2007年10月23日 (火)

没後100年 エドヴァルド・グリーグ 劇付随音楽「ペール・ギュント」抜粋 パーヴォ・ヤルヴィ指揮エストニア国立交響楽団盤

エストニアの指揮者ネーメ・ヤルヴィの長男で、世界中のクラシックファンの耳目を集めている名指揮者パーヴォ・ヤルヴィが祖国のオーケストラであるエストニア国立交響楽団を指揮した、グリーグの劇付随音楽「ペール・ギュント」抜粋盤を紹介します。英ヴァージン・クラシックス。
劇付随音楽「ペール・ギュント」は全26曲からなりますが、パーヴォとエストニア国立響はそのうち20曲を選んで演奏しています。

パーヴォ・ヤルヴィ指揮エストニア国立交響楽団ほか グリーグ 劇付随音楽「ペール・ギュント」抜粋 長嶋茂雄・一茂親子を例に出すまでもなく、子が親を超えるのは大変難しいことですが、パーヴォ・ヤルヴィは父親であるネーメ・ヤルヴィを上回る勢いです。レパートリーの広さはまだわかりませんが、音そのものに対する敏感さ、オーケストラを操る技術においてはパーヴォはネーメ以上のものを持っています。

劇付随音楽「ペール・ギュント」の演奏に関しては、音色の豊かさ、音の厚さと勢いと拡がり、的確な雰囲気作りなどにおいてパーヴォ・ヤルヴィはネーメ・ヤルヴィの上を行きます。

なお、パーヴォ・ヤルヴィ指揮エストニア国立交響楽団の「ペール・ギュント」は海外での評価の高さにも関わらず、国内盤は未だ発売されていません。それゆえ、ノルウェー語の歌詞の意味がわからないという難点があります。

組曲版でない「ペール・ギュント」は、パーヴォ・ヤルヴィ&エストニア国立交響楽団盤、ヘルベルト・ブロムシュテット&サンフランシスコ交響楽団盤がトップ2で、次いでネーメ・ヤルヴィ&エーテボリ交響楽団盤が来ると思いますが、歌詞対訳のことを考えると、ファーストチョイスとしては国内盤の出ているブロムシュテット盤もしくはネーメ・ヤルヴィ盤が良いかと思われます。

グリーグ/Peer Gynt: P.jarvi / Estonian National So & Cho Mattei Tilling Hellekant

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2007年10月22日 (月)

没後100年 エドヴァルド・グリーグ 劇付随音楽「ペール・ギュント」全曲 ネーメ・ヤルヴィ指揮エーテボリ交響楽団盤

エドヴァルド・グリーグの代表作である劇付随音楽「ペール・ギュント」。
組曲第1番(全4曲)や第2番(全4曲)というコンサートピースとして再編されて有名ですが、全曲は26のナンバーからなり、組曲に入っていない音楽にも名曲と呼ぶに値する楽曲が含まれています。

最近は劇付随音楽「ペール・ギュント」の抜粋盤が多く出ていますが、全26曲を収めたCDで手に入りやすいものは、現在では、ネーメ・ヤルヴィ指揮エーテボリ交響楽団ほかによるCDだけです。ドイツ・グラモフォン・レーベル(国内盤2枚組。劇付随音楽「十字軍王シーグル」も併せて収録)。

ネーメ・ヤルヴィ指揮エーテボリ交響楽団ほか 劇付随音楽「ペール・ギュント」全曲

ネーメ・ヤルヴィは1937年に生まれたエストニアの指揮者。同じく指揮者であるパーヴォ・ヤルヴィとクリスチャン・ヤルヴィの父親としても有名です。

ネーメは広範なレパートリーを誇り、シャンドス、BIS、ドイツ・グラモフォンなどに600点以上の録音を残しており、そのいずれもが高水準を保つという特異な能力の持ち主です。

現在では名声に関しては長男であるパーヴォ・ヤルヴィに道を譲った格好になっているネーメ・ヤルヴィですが、指揮者としては今後も旺盛な活躍が期待されています。

全曲盤であるということ以外のネーメ・ヤルヴィ盤の売りは、ソルヴェイグ(ソールヴェイ)役のバーバラ・ボニーの可憐な歌声にあります。劇中の設定では、「ソルヴェイグの歌」や「ソルヴェイグの子守歌」を歌う時のソルヴェイグはすでに老女となっていますが、やはりCDで聴くなら若々しく、潤いのある歌声の方が良い。その点、ボニーのソプラノは万全です。

グリーグ/Peer Gynt Sigurd Jorsalfar: Jarvi / Gothenburg So Bonney Eklof Sandve

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2007年10月21日 (日)

ヘンリック・イプセン 戯曲『ペール・ギュント』

ノルウェーを代表する劇作家ヘンリック・イプセン。「人形の家」、「幽霊」、「野鴨」などと並ぶ彼の代表作に「ペール・ギュント」があります。
劇作にも生活にも行き詰まりを感じていたイプセンがイタリア滞在中に書いた「ペール・ギュント」。しかしこの戯曲は上演を前提としていない肘掛け椅子の演劇(読む戯曲、レーゼ・ドラマ)として書かれました。

ノルウェーの片田舎に生まれたペール・ギュントは、嘘つきで女たらしというろくでもない男。結婚式で花嫁をさらってしまったことから村に戻れなくなったペールは、世界中を旅することになります。ノルウェーの山の中でトロルの娘と結婚させられそうになり、モロッコでは仲間に裏切られ 、アラビアでは予言者として迎えられるもやはり一波乱あり……、というように、舞台が次々と移るため、上演のための台本としては向いていません。

イプセン 戯曲(劇詩)『ペール・ギュント』

イプセンも上演許可を出す気はありませんでしたが、クリスチャニア(現在のオスロ)の劇場がどうしても上演したいというので、モロッコとアラビアを舞台とした第4幕を音楽で処理することを提案したのち、上演許可を出しました。劇付随音楽の作曲を依頼されたのは、当時のノルウェーの国民的作曲家エドヴァルド・グリーグ。しかしグリーグは第4幕を音楽で処理することに難色を示し、結局、セリフはほとんどカットされずに上演はなされました。結果として、グリーグの音楽だけが大成功して彼の代表作となり、舞台作品としての「ペール・ギュント」の評判は芳しくありませんでした。

しかし、人生に関する様々な示唆に富んだわかりやすい物語として、「ペール・ギュント」は読む分には十分に面白い話です。

「ペール・ギュント」は最近まで、『イプセン全集』に収録されたもの以外は手に入れにくかったのですが、イプセンの没後100年に当たった昨年、論創社から毛利三彌訳の単行本が出版されました。1978年、千田是也演出による新劇合同公演のための上演用台本として訳されものが基であり、完全版ではありませんが、「ペール・ギュント」という作品の持つ面白さを十分に味わうことが出来ます。

ところで、「ペール・ギュント」は演劇の上演よりも、映画の原作に向いているように思えるのですが……。今のところ、映画として制作され、大々的に上映されたという話はなぜか聞きません。
実写にしたら面白くないかも知れませんが、アニメ映画なら結構なものが出来上がるような気がするのですが。

ヘンリック・イプセン 戯曲『ペール・ギュント』 毛利三彌:訳 (論創社)   紀伊國屋書店BookWeb

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2007年10月20日 (土)

観劇感想精選(19) 松竹7月大歌舞伎2007 夜の部 「鳥辺山心中」、「身替座禅」、「女殺油地獄」

2007年7月25日 大阪・道頓堀の大阪松竹座にて観劇

大阪へ。道頓堀にある大阪松竹座で、松竹7月大歌舞伎夜の部、「鳥辺山心中」、狂言「身替座禅」、「女殺油地獄(おんなごろしあぶらのじごく)」を観る。
市川海老蔵が、怪我で降板した公演でもある。ただ、私の目当ては海老蔵ではなく、京を舞台とした心中ものとして有名な「鳥辺山心中」と、近松門左衛門の傑作「女殺油地獄」という演目にあったので、不満はなし。

「鳥辺山心中」は祇園の遊郭と四条河原が舞台となっている。作者は「半七捕物帳」で有名な岡本綺堂。
祇園の遊女・お染は、江戸の旗本で、徳川二代将軍秀忠の上洛に伴って京に来ている半九郎という若者と恋仲になる。
ところが、秀忠が突然の江戸への帰還を決め、半九郎も江戸に帰ることに。せめて帰るまでの5日間はずっと一緒にいようという半九郎。
半九郎の友人である市之進という侍も祇園に来て、半九郎や、お染を始めとする遊女と遊び始める。半九郎は市之進に、借財を申し出る。その金でお染を祇園から出してやりたいというのである。
そこへ市之進の弟である源三郎がやって来て、市之進に帰るよう促す。源三郎は堅物で、女遊びにうつつを抜かす男を軽蔑している。源三郎は半九郎に、「兄がたわけのようになったのもお身のような朋輩があるから」、「武士の風上にも置けない」、「面汚し、恥さらし」などとなじる。
さすがに頭に来た半九郎は源三郎に決闘を申し出る。四条河原で決闘は行われ、半九郎は源三郎を斬って捨てる。しかし、人を殺めたとあっては半九郎も死罪は免れない。お染は半九郎とともに心中する決意を固める。

半九郎を片岡愛之助、お染を片岡孝太郎が演じる。四条河原での決闘は、殺陣が迫力満点。
ただ、心中の舞台を京都にしてしまうと綺麗過ぎるような気がする。四条河原、鴨川、東山など、絵になる光景だが、心中物の舞台はやはり大坂の方が似合う。

狂言「身替座禅」。京・洛外に住む山蔭右京(片岡仁左衛門)は、旅先で、京・北白川に住む白拍子の花子(はなご)と恋仲になる。京に戻った右京は花子のもとに出かけたくてうずうずしている。しかし右京には奥さん(中村歌六)がいる。恐妻家である右京は、花子のもと行きたくとも行けない。そこで、「一晩座禅を組みたい」と申し出、太郎冠者(片岡愛之助)に頭巾をかぶせて身替わりとし、花子のところへ出かける。しかし太郎冠者が身替わりになっていることがばれてしまい…。

仁左衛門のユーモラスな表情や仕草、せりふ回しが絶品であった。

「女殺油地獄」。油まみれになる殺害場面が有名な傑作であり、何度も映画化されている。また、石田純一が主演した舞台が以前テレビで録画中継されているのを観たことがあるのだが、なぜ石田純一だったのだろう。

河内屋与兵衛を演じるはずだったのが市川海老蔵だが、降板により片岡仁左衛門が与兵衛役を務める(与兵衛役は仁左衛門の十八番の一つ。仁左衛門の出世作でもあり、仁左衛門は片岡孝夫時代に与兵衛役で大当たりを取って、日本全国にその名を轟かせた)。海老蔵の降板により、仁左衛門は昼の部も夜の部もほとんど出ずっぱりの状態である。

油商人・河内屋の次男である与兵衛は、女遊びが大好きで、あちこちからの借金を抱えている。父親の徳兵衛はすでに亡く、番頭上がりの男が二代目徳兵衛として河内屋の主となっているが、与兵衛は二代目徳兵衛を見下して勝手放題。与兵衛の放蕩が過ぎるので、河内屋では与兵衛の妹・おかちに婿を取ろうという話が出ている。与兵衛はおかちに一芝居打たせて、それを阻止しようとする。ところがそれがばれた。今でいう逆ギレをして徳兵衛やおかちに暴力を振るう与兵衛。与兵衛は実母のおさわから河内屋を出て行くように言われてしまう。
与兵衛が訪ねた先はなじみの油商・豊島屋。主の妻であるお吉に借金を申し出るつもりであった。実は与兵衛は明朝までに返さなければならない借金があった。豊島屋に入る勇気がなく、表でうろうろしている与兵衛。そこへ、徳兵衛がやって来る。与兵衛の今後を案じた徳兵衛は、「もし与兵衛がやって来たらこれを渡して欲しい」と、お吉に300文を渡す。そうしている内に、おさわも豊島屋へやって来る。やはり与兵衛のことを心配して、お吉に500文を渡しに来たのだ。物陰でそれを聴き、涙にむせぶ与兵衛。しかし借金を返すにはそれでもまだ足りない。徳兵衛とおさわが帰った後、豊島屋の中に入った与兵衛はお吉にあと200文貸して欲しいとせがむ。しかしお吉は主の留守でもあり、首を縦に振らない…。

年齢もあって、仁左衛門は不良には見えないが、演技力・表現力はさすがである。油で滑りながらお吉を殺す場面、お吉を殺した後、手の震えが止まらずに脇差しを手放すのに一苦労する演技、全身をガタガタ震えさせながら退場するラストなど、芸の細かさに感心する。
特に殺害後の心の震えの表現は素晴らしく、観ているこちらの心もガタガタ震えてしまうほどであった。

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2007年10月19日 (金)

シベリウスの年に(21) マリタ・ヴィータサロ 「北の詩情 シベリウス:珠玉のピアノ小品集」

マリタ・ヴィータサロ 「北の詩情 シベリウス:珠玉のピアノ小品集」 シベリウスというと、何といっても交響曲。次いでヴァイオリン協奏曲、室内楽曲などが有名で、ピアノ曲で知られている作品はほとんどありません。シベリウス自身も好んだ楽器はヴァイオリンであり、ピアノは子供の頃から練習していましたが余り好きではなかったとも伝わっています。

シベリウスのピアノ曲はほとんど全てが小品。サロンなどで気軽に楽しむタイプの音楽であり、作曲した理由もピアノを好んだ妹のために書いたり、出版社の依頼で生活の足しにするためなどがほとんどで、シベリウスはコンサートで自身のピアノ曲が演奏されることを想定していなかったのではないかとも思われます。

そんなシベリウスのピアノ曲なので、有名ピアニストはほとんどレパートリーには加えていません。日本が誇るシベリウスの権威、舘野泉(脳溢血のため現在は左手のピアニストとして活躍。しかし今も両手でのピアニストに戻るためのリハビリを続けているとのこと)などの演奏もありますが、まずは手に入りやすいCDをということで、マリタ・ヴィータサロのCDを挙げておきます。「北の詩情 シベリウス:珠玉のピアノ小品集」というタイトルのCD。フィンランディア・レーベルへの録音で、フィンランド・レーベルの親会社のワーナーのクラシック・ニューベスト50という国内盤廉価シリーズに入っています。「即興曲」、「ピヒラヤの花咲く時」、「はこやなぎ」などを収録。

マリタ・ヴィータサロはシベリウス・アカデミーの教授も務める女流ピアニスト。凛としてクリアでありながらチャーミングな音を出すのが特徴です。

シベリウス/Piano Works: Viitasalo

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2007年10月18日 (木)

中学・高校・大学で二番手の投手がプロに入って活躍するまで 渡辺俊介 『アンダースロー論』

千葉ロッテマリーンズ 渡辺俊介 『アンダースロー論』 『アンダースロー論』(光文社新書)。千葉ロッテマリーンズのアンダースロー投手として活躍している渡辺俊介投手の著書です。

史上最も低いところからボールをリリースする投手として知られ、プロ球界現役最高のピッチャーの一人と称される渡辺俊介投手ですが、中学でも高校でも、更には國學院大學に進学してもエースの座は射止められず、常に二番手かそれ以降でした。足も遅いし、跳躍力もない。普通ならプロ野球入りは無理と思われ、実際に渡辺俊介投手自身もプロ野球入りは小さい頃から考えていなかったし、プロになれるなんて思ってもいなかったそうです。

しかし、自身の体の最も優れた部分である体の柔らかさを生かしてアンダースローの投手となったことで、様々なチャンスが訪れます。

本書は渡辺俊介投手が、次世代のアンダースロー投手のために自分の技術と経験を伝えることを主目的として書かれたもので、ボールの握り方や変化球投げ方、緩急の付け方など、野球に興味がない人にはとっては「関係ない」で済まされてしまうページもあるのですが、自分の長所を最大限に生かし切って世界を渡る術を知るという点に置いては大変参考になります。

プロ野球ファンと渡辺俊介ファンにとっては必読の書ですが、その他の方々にも読んで貰いたい書籍です。

それにしても渡辺俊介投手のストイックなこと。先発する三日前からは外出を控えて、酒もほとんど飲まず、テレビも映画も観ずに目を休め、登板する日のために精神を集中させるそうです。
昔はプロ野球の投手でも登板前日まで遊んでいたという豪遊伝を持っている人がいたりしましたが、時代は確実に変わっています。

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街の想い出(16) 横浜その1 1998年、横浜ベイスターズ優勝の年

街の想い出(16) 横浜その1 横浜そごう前 かってここにハマの大魔神社があった

1998年に横浜ベイスターズは38年ぶりにセリーグを制覇し、日本シリーズでも西武ライオンズを降して日本一に輝きました。その前年である97年に最後まで優勝争いを続けながらヤクルトスワローズに競り負けて優勝を逃していただけに、ペナントレースが始まるまえから、「今年こそはベイスターズの優勝を見てみたい」と思っていた人とも多かったようです。ヤクルトファンである私も、前年にヤクルトが日本一になったこともあって、「今年は横浜の優勝でいいんじゃないの」と思っていました。

98年のペナントレースでも横浜ベイスターズは強さを見せ、シーズン中盤には、JR横浜駅の地下街、横浜そごう入り口付近に、当時の横浜の守護神・佐々木主浩投手を祀った、ハマの大魔神社が作られて、結構な観光名所になっていました。

写真は今年(2007年)の夏に横浜そごうを訪れた時のものですが、あの頃とは雰囲気が違っていて、ハマの大魔神社がどこにあったのかも定かではなくなっていました。

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2007年10月15日 (月)

観劇公演パンフレット(17) 竹中直人の匙かげん 『そう。』

「竹中直人の匙かげん」という演劇ユニットの第2回公演『そう。』のパンフレットを紹介します。
2007年1月8日、大阪・茶屋町のシアター・ドラマシティにて購入。

竹中直人は岩松了の作・演出による竹中直人の会という演劇ユニットを主宰していましたが、岩松の作・演出を離れ、竹中直人の匙かげんを結成しています。固定メンバーは竹中直人一人、作・演出も今までのところ固定されてはいません。

竹中直人の匙かげん「そう。」公演パンフレット

パンフレットには、竹中直人の挨拶、出演者のコメント、松田洋子作のマンガなどが載っています。

『そう。』の感想

大阪へ。シアター・ドラマシティで、竹中直人の匙かげん第2回公演「そう。」を観る。
一昨年の第1回公演では演劇というよりはショー指向の作りであった竹中直人の匙かげんであるが、今回は演劇指向。といっても、劇作家ではなく放送作家の倉本美都留の本を用いるなど、従来のいわゆる「演劇」からはみ出てみようという意志が感じられる。
演出は竹中直人自身が担当。出演は竹中直人のほか、井川遥、坂本美雨、金子さやか、高橋ひとみ、井口昇、三上市朗(劇団M.O.P。出演予定だった山本浩司が急病のため代役)、田口浩正、矢沢幸司、後藤果萌。

不思議な感触を持った芝居であった。倉本美都留は劇作家が避けたがるような長ゼリフ、説明的なセリフを多用し、竹中直人の演出も敢えて(だと思うが)映画的な手法を採っていたりする。結果、焦点がほどよくばらけ、良くも悪くもふわふわとした捉えどころのない舞台が繰り広げられる。劇の冒頭はコント風、そこに正体のよくわからない女性達が加わることで神秘的雰囲気がもたらされる。コメディかと思いきや(井川遥が志村けんの顔真似をしたりする)、切ない展開や非リアリズム指向が盛り込まれる。ムーディーというような悪い意味ではなく、雰囲気が主役の芝居といっていいかも知れない。
坂本美雨(さかもと・みう。本業はミュージシャン。坂本龍一と矢野顕子のお嬢さんである。Sister.Mといった方がわかりやすいかも知れない)がオルガンの即興演奏をしながら、詩のような、あるいは童話の冒頭のような言葉を口にする場面があるが、そこで作り出される雰囲気が劇全体の通奏低音になっているようだ。

坂本美雨はこれが初舞台どころか初の演技となるそうだが、なかなか達者で女優としての才能も感じる。容姿は坂本龍一と矢野顕子のどちらに似てるかというとどちらにも似ていない。ただオルガンを弾いているときに見せるふとした仕草が坂本龍一によく似ていたりする。
なお、坂本美雨本人のblogによると、稽古で初めてオルガンを弾いたとき、オルガンは足でペダルを踏んで空気を送り出す楽器であるということを知らず(!)、「…へっっ?!コレ、音でないんですけどっ」と焦ってスタッフを呼びにいって大恥をかいたという。周りにいた役者もスタッフも、まさか坂本龍一と矢野顕子のお嬢さんで本人もミュージシャンという人がオルガンという楽器の性質を知らないとは夢にも思っていなかっただろうから、かなり驚いただろうな。坂本美雨のblogである「ニクキュウ ブロローグ」から引用すると、他の出演者は、「『…えっ…いや、あれ、足、、、ふむんだよね‥?(汗)』 と、言うに言えずお互い目で訴えていたらしい。」とのことである。

後藤果萌(ごとう・かほ)はまだ13歳だが演技は驚くほど上手い。このまま伸びていって欲しい。

竹中直人が演じるのは竹中ナオヒト。職業は俳優で映画も撮っており、代表作は「無能の人」。神奈川県横浜市出身で、中学生の時に山に登って好きな女の子の名前を叫んだことがある。これらの設定は竹中直人そのものであり、この作品が持つ一種の切なさはこうしたリアルな設定によるところが大きい。

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2007年10月14日 (日)

これまでに観た映画より(12) 「小説家を見つけたら」

DVDで映画「小説家を見つけたら」を観る。監督は、「グッド・ウィル・ハンティング」のガス・ヴァン・サント。主演はショーン・コネリー、ロブ・ブラウン。

ニューヨーク・ブロンクス。ジャマール(ロブ・ブラウン)がいつもバスケットボールを楽しむ広場の近くのマンション最上階の部屋から何者かがこちらをのぞいている気配がする。「ウィンドー」、それがジャマールらがつけた部屋の男の名前だ。ウィンドーについて「人を殺した」、「実は幽霊だ」。色々な噂が広まる。

ジャマールがある日、ウィンドーの部屋に忍び込む。ウィンドーの正体を知る鍵を盗もうというのだが、突然現れた男に驚いたジャマールは盗むどころが自分のバックパックを部屋に置き忘れてしまう。後日、ジャマールがウィンドーに部屋の下の道を歩いているとバックパックが投げ返される。バックパックの中にあった、ジャマールが書き留めた文章には添削がしてある。実はウィンドーの正体は50年前に文学史に残る小説を一作だけ発表して、その後姿をくらませてしまっていたウィリアム・フォレスター(ショーン・コネリー)だとわかる。

「グッド・ウィル・ハンティング」に少し似たところもある、青年の成長を描いた教養映画。「グッド・ウィル・ハンティング」では数学の天才だったが、今回は文章の天才だ。類い希な文才を持つジャマールが、頑固じじいのフォレスターの指導により、文章力だけでなく人間としても成長していくのがわかる。そしてジャマールだけではなく、フォレスターもまた人間としての成長を遂げるのだった。

胸を振るわせる感動ではなく、そっと心を温めてくれるような安心感を与えてくれるのが、ガス・ヴァン・サント監督らしい。

ショーン・コネリーもロブ・ブラウンも好演だが、一番印象に残ったのは敵役であるクロフォード教授を演じた、F・マリー・エイブラハム。「アマデウス」のサリエリ役でおなじみの俳優である。挫折を経てひねくれてしまった男を丁寧に演じ、浮いたところのない悪役像を作り出してみせる。本当に上手いと思う。

「ピアノ・レッスン」の演技で11歳にしてアカデミー助演女優賞を受賞したアンナ・パキンも愛らしい演技を見せており、順調に成長しているようだ。

クライマックスのシーンにもっと説得力があると良かったのだが、あるいは日本語字幕スーパーでは駄目でも、英語の原文そのものは素晴らしかったのかも知れない。いずれにせよ、ドラマがかっているのが少し鼻についた。

とはいえ、「グッド・ウィル・ハンティング」には及ばないにしても、なかなかの佳篇であることは確かだ。「グッド・ウィル・ハンティング」に主演し、脚本も手掛けたマット・デイモンがちょい役で出ているのも嬉しい。

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2007年10月13日 (土)

街の想い出(15) 千葉県旭市

母方の実家があるのが千葉県旭市です。千葉県の東側、いわゆる東総地方にある太平洋に面した街。
某雑誌の「全国の住みやすい市町村ランキング」で全国第8位になったこともありますが、旭市民でそんなことを感じている人や信じている人はほとんどいないと思われます。

母方の実家があるのは旭市の外れで、家の周りは全て田んぼ。東にちょっと歩いたところに川が流れていて、南に少し歩いたところに小さな神社がある。豚を飼っている農家があって、時々臭う。他にはこれといって何もない。そういう場所です。田舎です。良いです。

田舎というと嫌う人も少なくないようですが、千葉市の住宅地で生まれ育った私、似たような二階建ての住宅しかないような街で育った私にとっては田舎である方が却って魅力的に思えます。
「住宅地じゃなくて田舎で生まれ育った方が面白かっただろうな」と、今でもたまに思います。

小学校や中学校の夏休みには、私一人で、旭市の母の実家で何週間も続けて過ごしたりもしていました。トンボを捕ったり、蝉を捕ったり、蝶を捕まえたり、ザリガニを釣ったり、何か捕ってばかりですが、そうした遊びを旭では良くやっていました。釣ったザリガニはもちろん食べたりはせず、旭の吉崎の浜に毎朝のように魚釣りに出かけていた祖父がエサに使っていました。

あと旭市で印象的だったのは夏の朝早い時間。母の実家の庭は比較的広くて緑の芝生が敷き詰めてあるのですが、朝早くにはその芝生が朝露に濡れていて、朝の芝生に靴を濡らしながら歩くのが好きでしたね。

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2007年10月11日 (木)

十月の蚊

今年の夏は一度も蚊に刺されなかったというのに、10月に入ってから二度も蚊に喰われてしまった。そして今も部屋の中で一匹の蚊が鳴き、隙あらば私の血を吸おうとしている。

今年の夏に蚊に喰われなかった、というよりそもそも蚊をほとんど見かけなかったのは、余りの暑さに蚊もやられていたからなのか。

それにしても10月になってから蚊に悩まされるというのも妙である。
欽ちゃんこと萩本欽一のエッセイの中に、蚊を上手く仕留めるにはどうすればいいのか、というようなことが書いてあって(小学生の頃に読んだものなので、うろ覚えなのですが)、布団に入り、左腕だけを出しておく、そして蚊が左腕に留まるのを待ち伏せてしとめる、というような内容。子供の頃に真似たことがあるのですが、蚊もさるもので、そういうときはなかなか左腕に留まってはくれないのである。

さて十月の蚊をいかに仕留めてやりましょう。蝿と違って手も足も擦らないので、決して容赦はしませんぞ。

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2007年10月10日 (水)

サーカス 「CIRCUS Struttin'」

4人組のコーラスグループ、サーカスのアルバム「CIRCUS Struttin'」を紹介します。日本テレビ系のレーベルであるVapのQ盤シリーズの1枚としての再発売。

サーカス 「CIRCUS Struttin'」 「Tendernessを抱きしめて」、「風のメルヘン」ほか全8曲を収録。

「Tendernessを抱きしめて」は日本テレビ系ドラマ「パパになりたかった犬」の主題歌。「風のメルヘン」はやはり日本テレビ系のアニメ「まんが日本史」の主題歌でした。

子供の頃、私は「パパになりたかった犬」が好きで、主題歌である「Tendernessを抱きしめて」も大好きでした。「パパになりたかった犬」の内容は、もうほとんど憶えていないのですが。

アニメ「まんが日本史」も好きで、日曜日の朝の放送時に毎回見ていました。ラストに流れる「風のメルヘン」がまた最高に素敵でしたね。

「CIRCUS Struttin'」は初発売時のLPを持っているのですが、レコードプレーヤーももう持っていないということで、京都に来てからCDで買い直しました。LPレコード独特の匂いや質感は勿論無いのですが、無い物ねだりをしても仕方ありません。

サーカスのライブには一度だけ接したことがあります。サーカス単独のステージではなくて、幕張メッセで行われた催しのゲストとしてサーカスが来たのでした。何を歌ったのかはもう憶えていないのですが、多分、代表曲である「Mr.サマータイム」や「アメリカン・フィーリング」は歌ったはずです。

サーカス/Struttin’

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空気読み力テスト

「空気読み力テスト」のサイトが話題です。余りの人気でアクセスが集中し、繋がりにくかったのですが、深夜になってサイトに接続できたのでやってみました。

「空気読み力テスト」 http://www5.big.or.jp/~seraph/zero/ky.cgi

私自身の得点はまあまあ高かったのですが、これは「空気を読む力」ではなくて、いかに良い子ちゃんかを測るテストのような……。

占いと大して変わらないので、「占い」にカテゴライズしてみました。

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2007年10月 8日 (月)

ベルク 歌劇「ヴォツェック」(オペラ映画版) ブルーノ・マデルナ指揮

新ウィーン学派を代表する作曲家アルバン・ベルク(1885-1935)の傑作歌劇「ヴォツェック」。20世紀に生まれた最高のオペラと呼ばれながら、現在のところ手に入るDVDは2種類のみ。最近になってDVD化されたバレンボイム盤はパトリス・シェローの斬新な演出が特徴ですが、同時に抽象的でもあり、「ヴォツェック」という作品をよく知らない人には内容がわかりにくいため、もう1つの入手しやすいDVD、1970年に制作されたオペラ映画版を紹介しておきます。現代音楽の作曲家・指揮者として活躍したブルーノ・マデルナ(1920-1973)の指揮、ハンブルク・フィルハーモニー管弦楽団、ハンブルク州立歌劇場合唱団の演奏。ヴォツェックを歌うのはトニ・ブランケンハイム。
バレンボイム盤でヴォツェックを歌うことになるフランツ・グルンドヘーバーも徒弟職人役で出演しています。
ヨアヒム・ヘス監督作品。ほぼ全編ロケによる撮影が行われています。ドリームライフからの発売。ジャケットはモノクロームですが、カラー映画です。

アルバン・ベルク 歌劇「ヴォツェック」映画版 ブルーノ・マデルナ指揮 トニ・ブランケンハイム(ヴォツェック役)

歌劇「ヴォツェック」は、わずか23歳で病死した劇作家・小説家・自然科学者のゲオルク・ビューヒナー(1813-1837)の未完の戯曲「ヴォイツェック」を、カール・エミール・フランツフォースが編纂したテキストにベルクが作曲した作品。ベルクに渡されたテキストには「Woyzeck」であるべきところが「Wozzeck」と誤植されていたため、ベルクはヴォツェックだと思いこんで作曲。完成後、「ヴォイツェック」が正しかったと知ったベルクですが、完成したオペラは戯曲とは別物であると判断、そのまま「ヴォツェック」という題で発表しました。

初演は1925年12月14日、ベルリン国立歌劇場にてエーリヒ・クライバーの指揮にて行われ、20世紀に初演されたオペラとしては最初の成功作との評判を得ています。

現代音楽のスペシャリストとして知られたブルーノ・マデルナの指揮だけに演奏は緻密。ヴォツェックの不安な心理と、病んだ世界を巧みに表します。
トニ・ブランケンハイムのフランツ・ヴォツェックは、ここまでしょぼくれる必要はないんじゃないかと思える表情と演技をしますが、心を病んだ男を演じ、歌うには適任であるとも言えます。

〈あらすじ〉
貧しい兵士のフランツ・ヴォツェックは、嫌みな上司の髭を剃ったり、ファナティックな医師の人体実験に協力するなどして小銭を稼いでいる。人体実験の影響なのか、死と終末感に満ちた幻覚を見るようになるヴォツェック。
ヴォツェックの心の支えは妻であるマリー。しかしそのマリーはある日、たくましい肉体を持つ軍楽隊鼓手長に惚れて一度きりだが浮気をしてしまう。
マリーと鼓手長の関係を知ったヴォツェックの精神状態は更に悪化していくのだった……。

ベルク/Wozzeck: Maderna / Hamburg Po Blankenheim Haage Cassily Jurinac Sotin

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2007年10月 7日 (日)

これまでに観た映画より(11) 「北京ヴァイオリン」

DVDで中国映画「北京ヴァイオリン」を観る。陳凱歌(チェン・カイコー CHEN Kaige)監督作品。何故か監督自身も余(YU)教授役で出演している。なかなか達者な演技だ。
ストーリーはだいたいこんな感じかなという予想通りに進んでいく。メッセージもありきたりな感じ。ただ主人公に注ぐ父親の愛情が心に響く。種明かしはしたくないが日本人にはなかなか真似できない。ここだけは流石、陳凱歌だ。そこまでとは読めなかった。中国映画というと暗い、陳凱歌監督作品は特に暗いというイメージがあるがそれを吹き飛ばしてくれる愛らしい作品だ。
ただラストはちょっと俗に過ぎるか。冷静に考えると相当変なシーンである。
この作品は陳監督には珍しく現代物だ。もとになった実話がある。この実話は中国ではかなり有名な話のようで、日本人向けの中国語学習テキストにも良く出てくる。
北京の街も10年前に比べるとかなり洗練されている。俳優達も生き生きしている。特にリリを演じる陳紅(CHEN Hong)がいい。実は陳紅は陳凱歌監督夫人である。この映画の製作を務めているのも彼女だったりする。

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2007年10月 5日 (金)

『帰ってきた時効警察』DVDボックスをよろしくお願いします

オダギリジョー、麻生久美子の主演で話題になった金曜ナイトドラマ『時警察』が帰ってきた『帰ってきた時警察』。その『帰ってきた時警察』のDVDボックスが発売になりました。DVD5枚組。

『帰ってきた時効警察』DVDボックス

総武警察署時効管理課の霧山修一朗(オダギリジョー)が、同じく総武警察署交通課の三日月しずか(麻生久美子)とともに時効になった事件を趣味で捜査するという、スリルもサスペンスもないコメディー推理ドラマ。

「ドラマをバラエティにしてしまおう」という発想から、バラエティーの構成作家出身でシティボーイズのライブの台本作家や映画監督としても活躍している三木聡を中心に、演劇界のケラリーノ・サンドロヴィッチ(KERA)、前衛映像作家の園子温(その・しおん)、ホラー映画を手掛けている麻生学らが脚本と監督として参加。更には第1シリーズから助監督をずっと務めていた安見悟朗が第7話を監督。更に更にオダギリジョー自身が第8話で脚本と監督に挑戦するなど、新しいドラマを作ろうという意欲に溢れた作品が並んでいます。

基本的にお馬鹿な話が多いのに、極めて凝った作り。浅野和之、高泉淳子、大森南朋らが、彼らでなくてもいいようなチョイ役で出演するというのも贅沢であり、ある意味、高等遊民的な味わいのあるドラマでもあります。

映像特典として、第1話のオーディオコメンタリー(オダギリジョー、麻生久美子、三木聡)、第8話のコメンタリー(麻生久美子、オダギリジョーに似た声で話す犬の「黒」)、東京・渋谷のCLUB QUATTROで行われたKERAのライブに麻生久美子がシークレットゲストとして参加し、「たべもの」、「しゃくなげの花」、「月見そばのうた」を歌った時の映像、オダギリジョーと麻生久美子による各話解説対談、クランクアップ映像(時効管理課メンバー全員で、涙もろい麻生久美子を泣かせよう作戦を決行)を収録。

更には番組宣伝用に作られた「総武警察署時効管理課 残業中」(ペンギンプルペイルパイルズの倉持裕が脚本を手掛けるなど、番宣とは思えないほど凝った作りであり、ドラマ同様不必要に豪華である)なども収録されており、これでもかこれでもかの豪華な特典満載のDVDです。

帰ってきた時効警察

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2007年10月 4日 (木)

おばさんとお呼び?

テレビドラマなどで、若い女性が子供に「おばさん」と呼びかけられて、「おばさんじゃなくてお姉さんでしょ!」と憤るシーンを見ることがありますが、お隣の中国ではこれとは全く逆のケースが存在します。

中国語で「おばさん」に当たるのは「阿姨(アーイー)」、「お姉さん」に当たるのは「小姐(シャオジエ)」です。中国の子供は、二十歳ぐらいの女性に向かっても、「阿姨」と呼びかけます。
子供に「小姐」などと呼ばれようものなら、若い女性は「おばさん(阿姨)とお呼び!」と怒ることでしょう。

実は、中国では長幼の序が日本よりはっきりしているので、年長者は非常に敬われます。ということで、「おばさん(阿姨)」の方が「お姉さん(小姐)」より尊敬の度合いが高く、年上の女性に対しては基本的に「おばさん(阿姨)」と呼んだ方が敬意が表れているということになるようです(同世代の人や年上が若い女性に呼びかけるときは基本的に「小姐」を使う)。
年上の女性に「お姉さん(小姐)」と呼びかけると小馬鹿にしたようなニュアンスが出るので、言われた方は怒るわけです。

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2007年10月 3日 (水)

ヘルベルト・ケーゲル指揮ドレスデン・フィルハーモニー管弦楽団 「ベートーヴェン交響曲全集」

狂気の天才指揮者として、死後に評価の高まったヘルベルト・ケーゲルが、1980年代に当時の手兵であったドレスデン・フィルハーモニー管弦楽団と録音した「ベートーヴェン交響曲全集」を紹介します。ドイツのカプリッチョというレーベルの原盤を、アメリカのデルタ・ミュージックのレーザーライトというレーベルがライセンス発売しているCD。5枚組で2000円前後という、有名指揮者による「ベートーヴェン交響曲全集」としては現在最も安い値段で手に入れることの出来るBOXです。

ヘルベルト・ケーゲル指揮ドレスデン・フィル 「ベートーヴェン交響曲全集」 拳銃で頭を撃ち抜いて自殺するという異様な最期、そして残されたスタジオ録音の中に、特異な解釈による名演の存在することで、死後に注目を浴び、名声を高めた、旧東ドイツの指揮者ヘルベルト・ケーゲル(1920-1990)。しかし、一方で生前のケーゲルは、現代音楽のスペシャリスト・擁護者としても有名でした。

この「ベートーヴェン交響曲全集」は、現代音楽の名匠だったケーゲルらしい、明晰ですっきりとした演奏が基本であり、狂気に満ちた名演を期待すると肩すかしを食らう可能性があります。

しかし、分析的なアプローチでありながら、決して冷たくはならないという、最近流行のベートーヴェン演奏を先取りしたかのようなケーゲルのベートーヴェンはある意味理想的であり、入門者から玄人まで幅広く受けいれられる演奏であるともいえます。

普通は聞こえない声部まで聴かせた交響曲第5番、スタイリッシュという言葉を用いたくなるほど洗練された交響曲第3番「英雄」、流線型で格好いい演奏の交響曲第7番、第4楽章のテンポの激変と異様なほど整った合唱がケーゲルらしい交響曲第9番「合唱付き」など、個性的でありながら模範的という本当の意味でケーゲルらしいアンビバレントな名演が揃っています。

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巨人軍リーグ優勝に思う

その昔、といってもそれほど昔のことではありませんが、現在の「報道ステーション」の前身である「ニュースステーション」で、熱心な広島カープファンであるメインキャスターの久米宏氏が「今年、巨人が優勝したら坊主になる」と宣言。その年は巨人が見事にリーグ優勝を果たし、久米宏は坊主になりました。たかがプロ野球の結果で坊主頭になるとは妙なことではありましたが、それほどプロ野球というのは、また巨人軍というのは特別な存在でした。

しかし、今は、巨人の優勝がかかった試合も地上波では放送されないという時代に。優勝がかかった試合であっても、前々からその枠は埋まっていたので中継を入れられないとのことでしたが、昔は臨時放送でプロ野球の優勝決定戦を中継したこともあったのに(1988年10月19日、川崎球場でのロッテ・オリオンズ対近鉄バファローズ戦ダブルヘッダー第2戦。勝てば近鉄優勝という試合をテレビ朝日が臨時で中継。結局、試合終了まで試合中継は延長され、近鉄はロッテ相手に引き分けてしまい、西武ライオンズが優勝した。「10・19」として今でも語り種になる好ゲームであった)。

時代が変わったのか、巨人軍の親会社である読売新聞系列の日本テレビの姿勢だけが変わったのか。

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