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2007年12月の42件の記事

2007年12月31日 (月)

シベリウスの年に(26) 「Sibelius Favourites シベリウス・フェイヴァリッツ」

シベリウス自身が指揮棒を振って録音した「アンダンテ・フェスティーボ」を含むCD「Sibelius Favourites シベリウス・フェイヴァリッツ」を紹介します。フィンランドのオンディーヌ・レーベルからの発売。

「Sibelius Favourites シベリウス・フェイヴァリッツ」 シベリウス自身の指揮による「アンダンテ・フェスティーボ」は以前からその存在が知られており、一度CD化されたこともあります。しかし近年になってそれが他人の指揮した演奏であることがわかり、新たにシベリウス本人の指揮に間違いないという録音が発見され、発売されました。これがそのCDです。

シベリウスが指揮したのはフィンランド放送の管弦楽団(フィンランド放送交響楽団とは別の団体です)。1939年の元日にヘルシンキからアメリカに向けてライブ放送された音源を用いています。
1939年の録音だけにダイナミックレンジは狭く、音色もクリアではありませんが、シベリウスの自作自演唯一の記録であり、大変貴重です。

他にも1979年生まれの若き巨匠、ミッコ・フランク指揮の「エン・サガ」、シベリウス・アカデミー指揮科教授であるヨルマ・パヌラ一押しの指揮者、トゥオマス・オッリラ指揮の「ポヒョラの娘」なども入っており、シベリウス入門者から熱烈な愛好家まで、幅広い層にお薦め出来るCDです。

シベリウス/Orch.works: Sibelius / Finnish.rso Etc +kajanus: アイノ

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幕末人物性格占い

全部で35の問いに答えると、幕末に活躍した志士の誰に近いかを教えてくれる占いです。歴史好きの人にはお薦め。

「幕末人物性格占い」 http://www21.big.or.jp/~kirin/bju/bj.html

私の結果は、吉田稔麿(よしだ・としまろ。長州藩士。松下村塾出身の俊才であったが、池田屋の変にて戦死)でした。

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2007年12月30日 (日)

マーク・エルダー指揮ハレ管弦楽団 エルガー 「エニグマ変奏曲」ほか

2007年が生誕150年であったエドワード・エルガー。
メモリアル・イヤーということで、コンサートなどでもエルガー作品が例年より多くプログラムに載りました。
「大英帝国の音楽」という言葉に最もはまるエルガーの音楽ですが、どういうわけか、本国であるイギリスのコンビによるエルガーの名演奏には余り出会えなかったのですが、マーク・エルダー指揮ハレ管弦楽団のエルガーは優れた出来映えを示しており、是非聴いて貰いたいCDです。ハレ管弦楽団自主制作盤。

マーク・エルダー指揮ハレ管弦楽団 エルガー「エニグマ変奏曲」ほか イギリスを代表する工業都市であり、産業革命発祥の地でもあるマンチェスターを本拠地とするハレ管弦楽団はイギリス最古のオーケストラでもあります。
ジョン・バルビローリの時代に黄金時代を築きましたが、その後は低迷。スタニスラフ・スクロヴァチェフスキやケント・ナガノといった名指揮者を招くも、相性が今ひとつだったのか浮き上がることは出来ませんでしたが、マーク・エルダーとのコンビはかなり上手くいっているようで、エルガーやドビュッシーのアルバムで優れた演奏を聴かせてくれています。

ロンドンを除くイギリスのオーケストラは一様に渋い、悪く言えば地味な音色を持っていますが、それはハレ管弦楽団も同様です。ただ、エルダーはその渋い音色に生かしつつ甘美な歌を加えており、理想的な英国サウンドを築きました。

エルダーの指揮するハレ管弦楽団の木管の響きは甘く、金管は輝かしくて、弦はしなやか。アンサンブルは上質であり、「ジェントル」でありながら気取りすぎない演奏を繰り広げています。

エルガー/Enigma Variations Serenade Forstrings Cockaigne: Elder / Halle.o

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2007年12月29日 (土)

村上春樹&和田誠 『村上ソングズ』

村上春樹が、自身の好きな英語の歌を選び、歌詞を日本語訳して紹介している本『村上ソングズ』(中央公論社)。

村上春樹&和田誠 『村上ソングズ』

和田誠が挿絵を手掛けており、巻末には和田誠が選んで訳詞した英語歌詞も紹介されています。

ビーチボーイズ、ジム・モリスン、シェリル・クロウ、ビリー・ホリディ、バート・バカラック、コール・ポーター、ブルース・スプリングスティーンなど、ポップス、ロック、ジャズ、映画音楽など広いジャンルから選曲がなされており、それらの曲にまつわる村上本人の思い出が語られていきます。

村上春樹の小説とは違って、難解なところはほとんどなく、リラックスして楽しむことの出来る本です(歌詞自体は結構重いものが選ばれていたりするのですが)。

村上春樹/村上ソングズ

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観劇感想精選(24) 燐光群 「フィリピン ベッドタイム ストーリーズ 2007」

2007年2月9日 兵庫県伊丹市のAIホールにて観劇

伊丹へ。AIホールで、燐光群とフィリピンの俳優陣による公演「フィリピン ベッドタイム ストーリーズ 2007」を観る。5本の脚本による6話オムニバス。フィリピンの作家(ラリー・ブーコイ、ビック・トレス、ロディ・ヴェラ、レネ・ヴィラヌエヴァ)の脚本と内田春菊の脚本を使用。演出:吉田智久、テキスト日本語訳:珍田真弓&桑山沙衣子、芸術監督・日本語版上演台本:坂手洋二。
ヤング・ニナガワ・カンパニー(蜷川スタジオ)出身で、数々の舞台で活躍する宮本裕子が客演するのも見所の一つ。

タガログ語、英語、日本語による上演。タガログ語と英語のセリフは舞台下手(向かって左側のことです)に設置されたモニターに字幕スーパーが出る。ただ、字幕と俳優の演技を同時に観るのは難しく、英語のセリフは耳でも何となくわかるが、タガログ語のセリフの時は、モニターを凝視して訳を全部頭に入れてから俳優の演技を観るようにしないといけない。

フィリピンの戯曲は総じて、ストーリーテリングの手法が徹底していて、ほぼ全ての思考がセリフで語られ、語り手が誰で、相手が誰で、今何をしていて、ということまで語られる。リアリズムからは遠いが、わかりやすいのでこれでいいのだろう。作劇法に絶対などない。日本の作劇法が世界的に高い水準にあるわけでもない。そうしたことはこうした劇を観なければわからない。

6話全てが面白かった。とはいえ、私の心に一番フィットしたのは内田春菊の作品だったので、自分のメンタリティーはやはり日本的なのかと再確認することにもなった。

フィリピンの戯曲は、代理母や貧しい物売りによる殺人など、日本では扱いにくい題材を取り上げているのが面白い。また現代神話のようでもあり、ホラーの趣もある「アスワン~フィリピン吸血鬼の誕生~」は、出演者がストーリーを語るAバージョン(主役のアスワンを演じたのは宮本裕子)とコロスがストーリーを歌うBバージョン(アスワンを演じたのはアンジェリ・バヤニ)の2バージョンで上演された。コロスというギリシャ悲劇に用いられる手法を使ったBバージョンが現代劇的で(作者で出演もしていたロディ・ヴェラは「ミュージカルのような演出」と語っていた)、小劇場的な演出法によるAバージョンのセリフがギリシャ悲劇のそれのように聞こえるという逆転現象を感じたのも興味深い。

内田春菊の「フィリピンパブで幸せを」はコメディー。主役を演じるマイレス・カナピは達者な日本語によるセリフを披露(アフタートークで語っていたが、音を中心に記憶していて、日本語のセリフの全ての意味がわかっているわけではないとのことだった)。感心してしまう。

演劇に限らず、音楽でも美術でも日本人は欧米(更に限定すると西欧とアメリカ)の方ばかり向いてしまうが、もっとアジアやその他の地域の文化にも目を向けた方が良いと思う。何でもかんでも欧米が頂点にあるというのは幻想に過ぎないのだし。

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2007年12月28日 (金)

祝ご結婚 麻生久美子主演「SF Short Films」

本日、ご結婚を発表された麻生久美子さん主演映画のDVDを紹介します。
中野裕之監督のSFシリーズ第3作「SF Short Films」。タイトル通り、ショートフィルムの連作で、麻生久美子は全6作品中3作品に主演しています。

「SF Short Films」

「Return」(中野裕之監督作品、出演:麻生久美子、田中要次、村上淳ほか)、「県道スター」(ピエール瀧監督作品、出演:ゲッツ板谷、安藤政信ほか)、「ハナとオジサン」(芹澤康久監督作品、出演:ピエール瀧、hanaeほか、「アダージェット」(安藤政信監督作品、出演:麻生久美子)、「仲良き事は良きことかな」(中野裕之監督作品、出演:大竹まこと、斎木しげる、きたろう、犬山犬子ほか)、「Slow is Beautiful」(中野裕之監督作品、出演:麻生久美子、桃生亜希子ほか)の6本のショートフィルムを収録。

ショートフィルムだけに傑出して面白いという作品はありませんが、普段とは別の角度から見た日常を上手く切り取って見せています。

40本以上の映画に出演しているという売れっ子映画女優の麻生久美子ですが、「SF Short Films」の立川空子(たちかわ・くうこ)が彼女の地に一番近い役だと思われます。

麻生久美子の実家の付近でもロケが行われており(感心するくらい田舎です)、また「Return」には麻生久美子の実のお母さんが、「Slow is Beautiful」には麻生久美子の実のお祖母さんが出演されています。

ショートフィルムス

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祝ご結婚 松たか子 DVD「MATSU TAKAKO concert tour 2007 “I cherish You” on film」

本日、ご結婚を発表された松たか子さんのDVDを紹介します。今年行われたコンサートツアー「I cherish You」より、6月26日、東京の中野サンプラザホールで行われたライブを収録したものです。

松たか子 「I cherish You」DVD

松たか子は、やはり歌手としてよりも女優としての方が魅力がありますが、音楽も彼女にしか出来ない表現をしていることは事実であり、また表現の仕方が堂に入っています。

アルバム「I cherish You」に入っている楽曲と、松がこれまでに発表したシングル曲のメドレーを中心とした構成。特典としてバックステージの映像なども収録されています。

松たか子/Concert Tour 2007: I Cherish You: On Film

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「風 セレクション」

伊勢正三と大久保一久によるフォークデュオ「風」の曲を集めた「風 セレクション」(日本クラウン)。

「風 セレクション」 「風」といえば、何といっても「22才の別れ」。日本のフォーク史上屈指の名曲です。

2003年に、京都造形芸術大学の授業公演『アイスクリームマン』(岩松了:作、宮沢章夫:脚色・演出)に参加した時のこと。劇中で「22才の別れ」が印象的な使われ方をするのですが、参加者の中で「22才の別れ」を知っていたのは私だけ(宮沢章夫も詳しくは知らなかったようです)。というわけで、冒頭の数フレーズを歌って皆に教えました。

「本保さん、よく知ってますね。ひょっとしてリアルタイムですか?」と訊かれたのですが、そんなわけないだろう(シングル「22才の別れ」が発売されたのは1975年の2月、私が生まれたのはその前年、1974年の11月)。何でもリアルタイムで知ってるわけではない。黒柳徹子じゃないんだから。

皆80年代生まれの二十歳前後の若者だったので「22才の別れ」という歌を知らなかったのかも知れませんが、私の場合は10代の頃にはすでにこの曲を知っていたのに。もっとも私の場合は、中高生の頃にラジオを良く聴いていて、ちょっと昔の歌などもそれで良く憶えたということもあるのですが。

「22才の別れ」だけが突出して有名で、完成度もまた高いのですが、その他の歌もそれなりに味わいがあります。

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2007年12月27日 (木)

シベリウスの年に(25) ネーメ・ヤルヴィ指揮エーテボリ交響楽団 「シベリウス交響曲全集」(クレルヴォ交響曲入り)

ネーメ・ヤルヴィ指揮エーテボリ交響楽団が、スウェーデンのBISレーベルに録音した「シベリウス交響曲全集」を紹介します。クレルヴォ交響曲も入った4枚組CD。

ネーメ・ヤルヴィ指揮エーテボリ交響楽団 「シベリウス交響曲全集」(BIS盤) 350点を超える録音を残しているネーメ・ヤルヴィ(1937- )。そのネーメ・ヤルヴィとエーテボリ交響楽団の出世作となったのが、1982年から1985年にかけてBISに録音した「シベリウス交響曲全集」でした。数多い「シベリウス交響曲全集」のCDの中で、このセットが最もよく売れたとも言われています。

1980年代のエーテボリ交響楽団のアンサンブルは粗さが目立ちますが、演奏自体は魅力的。特に後期交響曲が良く、交響曲第6番は詩的な描写力を誇る名演です。

BISによる「シベリウス交響曲全集」は、1990年代にオスモ・ヴァンスカ指揮ラハティ交響楽団によるものが登場し、完成度や総合点においてはネーメ・ヤルヴィ盤はヴァンスカ盤に比べて分が悪くなりましたが、それでも歴史に残る「シベリウス交響曲全集」の一つであると思われます。

シベリウス/Comp.symphonies: Jarvi / Gothenburg.so

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私選 プロ野球・記憶に残る名勝負(3) 清原和博 VS山田久志 引導を渡したホームラン

1988年6月21日、前年まで通算280勝を挙げながら、このシーズンはここまで勝ち星を挙げられなかった山田久志投手(阪急ブレーブス)が、この日の対西武ライオンズ戦(西武球場)でシーズン初勝利を挙げました。しかし、この試合で山田に引退を決意させる出来事がありました。

初回、西武の若き四番打者、3年目の清原和博が打席に入ります。山田は自信を持ってウイニングショットのシンカーを投げますが、清原はこれをバックスクリーンに運びました。

山田は、鳴り物入りで入ってきた清原和博に常に闘志満々で挑んできましたが、この日、清原に打たれたことで、現役は今年で最後だと決めたといわれています。

この年、4勝を挙げた山田は、300勝まであと16勝と迫りながらユニフォームを脱ぐことになりました。

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2007年12月25日 (火)

観劇公演パンフレット(22) 「アンデルセン・プロジェクト」

白井晃が初めて取り組んだ一人芝居でもある「アンデルセン・プロジェクト」。カナダ・ケベック州出身のロベール・ルパージュの作・演出です。テキスト日本語訳は松岡和子。
2006年7月15日、兵庫県立芸術文化センター中ホールで観劇、パンフレット購入。

「アンデルセン・プロジェクト」公演パンフレット デンマークの童話作家、ハンス・クリスティアン・アンデルセンの人生を、アンデルセンその人は出さずに炙り出すという、高度な作劇術を持った作品であり、観ているときや、見終わった直後よりも、観てから数日経ってから、描かれた内容の切実さが、そっと、しかし確実に心に染みてくるというタイプの劇です。パンフレットには、ロベール・ルパージュの演出ノート、翻訳家・松岡和子のエッセイ、白井晃により初の一人芝居に対する思いと「アンデルセン・プロジェクト」という作品ならびにルパージュ演出に寄せる文章、アンデルセンの年表、ケベック文化の紹介などが載っています。

「アンデルセン・プロジェクト」概要および感想

西宮の兵庫県立芸術文化センター中ホールで、白井晃の一人芝居「アンデルセン・プロジェクト」を観る。デンマークの童話作家、ハンス・クリスティアン・アンデルセンの、童話ではなく、アンデルセン本人にスポットを当てた作品。といってもアンデルセンの生涯そのものが描かれるわけではない。カナダ・ケベック州の舞台人にしてマルチクリエーターのロベール・ルパージュの作・演出。翻訳はちくま文庫のシェイクスピア翻訳で知られる松岡和子。            

白井晃は、モントリオールで活躍している作詞家のフレデリック・ラポワント、パリ・オペラ座(バスティーユではなく旧オペラ座の方)のディレクターであるアルノー・ギンブレティエール、モロッコからの移民であるラシド・エルワラシの3人を主に演じる(他にもアンデルセン本人になったり、アンデルセン童話に出てくる女の妖精ドリアーデの格好をしたり、同じくアンデルセン童話の「影(影法師)」に出てくる大学教授とその影を演じたりするが、これらはいずれも説明のために挿入された芝居で、「アンデルセン・プロジェクト」という芝居の本筋とは関係がない)。
意外であるが白井が一人芝居を行うのはこれが初めてだそうだ。

現代、パリ。モントリオールで作詞家をしているラポワントは、パリ・オペラ座からの依頼を受けて、アンデルセン童話を原作とした新作オペラの脚本を書くためにパリにやって来た。パリにはラポワントのロックアーチスト時代の友人であるディディエがいるが、彼は麻薬中毒の治療のためモントリオールを訪れることになり、そのためラポワントとディディエは2ヶ月だけ互いのアパートを交換したのだ。ディディエのアパートメントの一階はブルーフィルム(ポルノビデオ)試写室を営業しており、いかにもいかがわしい雰囲気が漂う。そのブルーフィルム試写室で働いているのがモロッコからの移民であるエルワラシだ。

ラポワントは、オペラ座のディレクターであるアルノー・ギンブレティエールと会う。ギンブレティエールは、アンデルセンの童話「木の精ドリアーデ」を子供のためのオペラに仕立てる計画をラポワントに話す。この場面のギンブレティエールは大変な早口で淀みなく語り、ここにギンブレティエールという男の性格が良く出ている。
実はオペラ座としてはイングリッシュ・ナショナル・オペラと合同でイギリスものをやりたかったのだが、最近、北欧方面がないがしろにされているということで、渋々、デンマークものをやることになったのだ。また、カナダともパイプを繋いでおきたいと思っており、カナダ人のラポワントが呼ばれたのはそのためだった。

「木の精ドリアーデ」オペラ化の会議がデンマークのコペンハーゲンで開かれることになる。しかし本来それに参加するはずのギンブレティエールはミラノ・スカラ座の仕事が入ったため、代理としてラポワントを会議に参加させることにする。

コペンハーゲンでの会議の場で、ラポワントは「木の精ドリアーデ」の主題はセックスであり、生涯、誰とも一度も性的関係を持たなかったアンデルセンの願望が表れていると発言する。しかし、子供向けのオペラなのに、例えそれが真実であったとしてもそういうテーマを持ち出すラポワントに賛成するものはいなかった。丁度その頃、パリ・オペラ座には、ニューヨークのメトロポリタン歌劇場の関係者がアポなしでやって来ており、「木の精ドリアーデ」のオペラ化に興味を示す。コペンハーゲンでの会議の模様とメトロポリタン歌劇場関係者の様子を聞いたギンブレティエールはラポワントを降ろし、ブロードウェイの作家にオペラ台本を依頼することを即決する。実はラポワントは白子であり、ギンブレティエールは密かに差別意識を持っていた……。         

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2007年12月24日 (月)

シャルル・デュトワ指揮モントリオール交響楽団 チャイコフスキー三大バレエ・ハイライト

シャルル・デュトワ指揮モントリオール交響楽団の演奏によるチャイコフスキーの三大バレエ(「白鳥の湖」、「眠れる森の美女」、「くるみ割り人形」)ハイライトを紹介します。DECCAレーベル。

シャルル・デュトワ指揮モントリオール交響楽団 チャイコフスキー三大バレエ・ハイライト NHK交響楽団の指揮者として日本でもおなじみのシャルル・デュトワ。1936年、スイス・フランス語圏のローザンヌ生まれの指揮者です。
フランスものとロシアものを振らせたら現役屈指の実力を誇るデュトワ。若い頃には、ヘルベルト・フォン・カラヤンに認められ、ウィーン国立歌劇場のバレエ専属指揮者に推されたこともあり(デュトワはコンサート指揮者になりたいと、それを断ったと言われる)、バレエ音楽の指揮もお手の物。

そのデュトワが録音した「白鳥の湖」、「くるみ割り人形」全曲と、「眠れる森の美女」の祝勝改訂版である「オーロラ姫」全曲盤から聴き所を集めたのがこのCDです。

デュトワの指揮の最大の特徴は、オーケストラから最上級の美音を最高のバランスで引き出すこと。

デュトワが世界第一級のアンサンブルに育て上げたモントリオール交響楽団の華麗なる音の饗宴を楽しめる一枚です。

チャイコフスキー/Swan Lake Suite Nutcracker Suite Sleeping Beauty Suite: Dutoit / Montreal

Charles Dutoit & Orchestre symphonique de Montr?al

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2007年12月23日 (日)

クリスマス燭火讃美礼拝

近所にあるプロテスタント教会の「クリスマス燭火讃美礼拝」に参加してきました。

「クリスマス燭火讃美礼拝」式次第および歌集(楽譜入り) 讃美歌を歌い、牧師さんのメッセージを聴く、約1時間半の礼拝。

クリスチャンではないのですが、讃美歌を歌い、牧師さんのメッセージを聴いていると、心が洗われるような気分になります。

牧師さんの今年のメッセージは、アンデルセン童話「マッチ売りの少女」を基にした感動的なものでした。

聖歌隊は若い男女で構成されていましたが、同じ教団(日本基督教団)に属する同志社の学生だったのかも知れません。「荒野の果てに」、「きよしこの夜」、「もろびとこぞりて」などの讃美歌を一緒に歌い、「O Holy Night」などを聴きました。

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「ルロイ・アンダーソン管弦楽名曲集」 リチャード・ヘイマン指揮

リチャード・ヘイマンと彼のオーケストラが演奏する「ルロイ・アンダーソン管弦楽名曲集」(NAXOS)を紹介します。

「ルロイ・アンダーソン管弦楽名曲集」 リチャード・ヘイマン指揮 クリスマスシーズンの定番である「そり滑り」を始め、「ブルー・タンゴ」、「シンコペーティド・クロック」、タイプライターがソロ楽器となって活躍する「タイプライター」、運動会のBGMとしておなじみの「ラッパ吹きの休日」、「フィドル・ファドル」、楽団員達による犬の鳴き真似が楽しい「ワルツィング・キャット」、紙ヤスリがソロ楽器となる「サンドペーパー・バレエ」など、曲名は知らなくとも一度は耳にしたことのある楽しい曲が並んでいます。

「アメリカのヨハン・シュトラウス」とも称されるルロイ・アンダーソンは、1908年、米マサチューセッツ州ケンブリッジの生まれ。生地にあるハーバード大学で音楽とスカンジナビア諸国の言語について学び、更にハーバード大学大学院でスカンジナビア言語の研究を行い、博士号を得ています。ボストン・ポップス・オーケストラ(ボストン交響楽団を母体とするポップス・オーケストラ)の指揮者であるアーサー・フィドラーに認められ、多くの曲がボストン・ポップス・オーケストラのコンサートで初演されました。

このCDの指揮者であるリチャード・ヘイマンは、そのボストン・ポップス・オーケストラのチーフ・アレンジャーとして活躍していたこともある人(その他にも作曲家やハーモニカ奏者としても活躍している多才の持ち主)。ポップス・オーケストラの指揮活動も盛んで、ボストン・ポップス・オーケストラ、セントルイス交響楽団やデトロイト交響楽団のポップス・シリーズなど、数多くのオーケストラのポップス・コンサートの指揮台に立っています。

このCDでもポップスナンバーを手の内に入れた親しみやすい演奏を繰り広げており、安心して楽しむことが出来ます。

アンダーソン、ルロイ/Orch.works: Hayman & His Orchestra

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2007年12月22日 (土)

第九あれこれ 2007 その3 クラウス・テンシュテット指揮ロンドン・フィル(1985年ライブ盤)

1926年生まれ、第二次世界大戦後に東ドイツで活躍、50歳近くになって西側に亡命し、「50歳の大型新人」と呼ばれたこともあるクラウス・テンシュテットのライブ録音による第九を紹介します。1985年9月、ロンドンのロイヤル・アルバート・ホールにおけるライブをBBCが収録し、BBCレジェンド・レーベルから発売したもの。演奏は、テンシュテットが当時首席指揮者を務めていたロンドン・フィルハーモニー管弦楽団、そしてロンドン・フィルハーモニー合唱団ほか。この演奏が行われた1985年にテンシュテットは癌を患い、1987年には病状の悪化のためロンドン・フィルの首席指揮者を辞任。その後も癌と闘い続けますが、1998年に帰らぬ人となっています。

クラウス・テンシュテット指揮ロンドン・フィル 1985年ライブ盤 東ドイツで活躍していたため、長い間、西側にその存在が知られなかったテンシュテット。しかし、西側で活躍を始めて間もなく、その特異な才能が認められることになり、「ヘルベルト・フォン・カラヤンが自身の後任として、テンシュテットをベルリン・フィルの音楽監督に推すのではないか」と囁かれるまでになります。

ロンドン・フィルとの相性は抜群であり、テンシュテットのイギリスにおける評価は「オットー・クレンペラー以来のカリスマ」と、途轍もなく高いものでした。

それだけにテンシュテットの癌発病とそれにともなうロンドン・フィルからの退任がイギリス音楽界に与えた衝撃は大きく、「テンシュテットのいないロンドン・フィルは、ミック・ジャガーのいないローリング・ストーンズのようだ」という嘆きの声も上がりました。

ロイヤル・アルバート・ホールにおける第九は、テンシュテットとロンドン・フィルの頂点の時代を記録したもの。ホールの音響上、音が横に拡がり気味だったり、マイクがステージから遠かったり(そして、楽章間の聴衆の咳が盛大に入っていたりする)、ライブ故にロンドン・フィルのアンサンブルが崩れそうになったりと様々な問題がありますが、それを補って余りあるほどこの演奏は魅力的です。

言葉で説明するのは難しいのですが、音の背後に巨大な何かが潜んでいるような感覚、フルトヴェングラーが指揮するベートーヴェンや、レナード・バーンスタイン指揮のマーラーにも共通する感覚がこの演奏にもあります。

ロンドン・フィルハーモニー合唱団は優秀で、声が美しく、迫力もあり、この第九を特別な演奏とすることに大いに貢献しています。

ベートーヴェン/Sym.9: Tennstedt / Lpo & Cho Haggander A.hodgson R.tear G.howell(1985)

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朱夏の愉しみ

「青春」という言葉があります。甘い響きのする言葉です。

何故、「青い春」と書くのかというと、中国の陰陽五行説に由来していて、それぞれの季節に色が割り当てられているためです。季節の色は青、赤(朱)、白、黒(玄)から成っていて、これは方位の色と全く一緒です。
つまり「青春(東方・青龍)」、「朱夏(南方・朱雀)」、「白秋(西方・白虎)」、「玄冬(北方・玄武)」です。太陽の運行を見ると人間の年齢と方角の色が一致していることもわかります。東(青春・青龍)に始まり、南中(朱夏・朱雀して)、西(白秋・白虎)に終わります。「玄冬」=「黒い冬」というのは死に直結した救いがない印象を受けますが、太陽は北方にはいかないので、人生に於いて、「死」を除けば、それほど絶望的な事態に直面することはないと解釈したいと思います(実際は人生には絶望がつきものなのですが)。

さて、「青春」という言葉だけが有名になっていますが、「朱夏」、「白秋」というのも良い響きを持った言葉です。「青春が終わった」というと、悲観的な印象を受けますが、そうではなく、「朱夏が始める」と考えれば、明るい気分になれそうです。「朱夏」は、漢字をデザインとして見た場合は視覚的に美しく、また「しゅか」という音も良いですし、「夏」=「盛り」というプラスのイメージも発生します。

若いというのは確かに楽しいことではありますが、同時にみっともないことでもあります。もし仮に10代や20代に戻ることが可能だったとしても私はそれを拒否するでしょう。ああいうみっともない時代は一度で十分です。
もっともこれは若い時代を否定しているわけではありません。みっともないことを散々してきたから今の自分があるわけですから。

10代、20代の頃には、「頭ではわかっていても体ではわかっていなかった」、逆に「体ではわかっていても頭がついてこなかった」ということが数多くありました。30代になって頭と体のバランスが良くなって、ようやく人生の本来の味わいがわかり始めています。そういう時代にいるのですから、無理して青春を追い求める必要もないでしょう。

私は朱夏を愉しんでいきたいと思います。

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2007年12月20日 (木)

織田裕二 『脱線者』

今月13日に40歳になった織田裕二のエッセイ集『脱線者』(朝日新書)。今、話題の本です。

織田裕二 『脱線者』 役者稼業をしている人の中には、「他の俳優については知りたくないんだ」、「他人に影響されたくないんだ」、「映画には余り興味がないんだ」、「成功した俳優なんて嫌いだ」、「俺は織田裕二よりも上なんだ」など、様々な理由で同業者の本を読まない向きもあるようですが、読んでも損はしないので情報は得た方がいいと思います。
読めばわかると思いますが、「知ること」に関しては、織田裕二は貪欲です。

一つ一つのエピソードは短めの文章で構成されており、活字のサイズも大きめで、また難しいことは一切書かれていないので、読みやすいことは確かです。俳優ならではの発想なども知ることが出来て、たまにはこうした本を読むのもいいと思います。

織田裕二 『脱線者』(朝日新書) 紀伊國屋書店BookWeb

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観劇感想精選(23) MONO 「衛兵たち、西高東低の鼻を嘆く」

2005年11月21日 京都・三条御幸町のアートコンプレックス1928にて観劇

三条御幸町のアートコンプレックス1928でMONOの公演、「衛兵たち、西高東低の鼻を嘆く」を観る。土田英生:作・演出。
ある城(あるいは宮殿)の城門を守っている衛兵達。しかし、やがて彼らは城の謎に気づき始める。
自己とは自己が作り出した(あるいは自己を騙すための)物語に支えられているということがわかる芝居。
主義というものの根拠の曖昧さ、また頼りとするものがなくなると、途端に情けなくなってしまう人間の本質を突いているように見える。土田さんの意図が本当にそこにあるのかは別にして。
笑いの要素はたっぷりあり、1時間ちょっとの短い芝居でありながら、中身は濃い。演技面での目新しさはなかったけれど。
ところで、土田さんは前衛嫌いで有名だけれど、「依ってたっているものに揺さぶりをかける」ものが前衛なのだとすると、これは立派に前衛である。

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2007年12月19日 (水)

ゴジラ! 伊福部昭 「SF交響ファンタジー」シリーズ全曲

伊福部昭の「SF交響ファンタジー」第1番から第3番までを収めたCD、「ゴジラに捧ぐ─ SF交響ファンタジー全曲」(キングレコード)を紹介します。
広上淳一指揮日本フィルハーモニー交響楽団の演奏。もともとは伊福部昭作品を収めたCDだったのですが、その中から「SF交響ファンタジー」シリーズのみを取り出して、価格も1000円下げた、1800円のCDです。

伊福部昭 「ゴジラに捧ぐ─ SF交響ファンタジー全曲」 日本を代表する作曲家である伊福部昭(1914-2006)は、映画音楽の作曲家としても活躍。わけても「ゴジラ」シリーズの音楽は伊福部最大のヒットでした。
「ゴジラ」の音楽を使ったコンサート用作品の依頼ももちろんありましたが、伊福部は演奏会用作品と映画音楽は分けて書くタイプだったので、それは避けてきました。

しかし、「一回演奏するだけなら」と、「ゴジラ」の音楽を使った、「SF交響ファンタジー」第1番から第3番までを作曲。1983年に3曲同時に初演が行われました。
伊福部は本当に一回しか演奏させないつもりでしたが、やはりというか何というか大好評を得てしまい、結局、伊福部の代表作の一つになってしまいます。

広上淳一の指揮はノリに乗っており、日本フィルハーモニー交響楽団も威力を発揮。
クラシック音楽のファンも映画音楽のファンも共に納得させる出来です。

伊福部昭/Sf交響ファンタジー全曲:広上淳一 / 日本.po

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2007年12月18日 (火)

Firefoxも導入してみる

Internet Explorerの不調が続いていた(blogに記事を書いている途中で問題が発生して強制終了されてしまうことが多かった)ので、有力ブラウザとして評価の上がっているFirefoxも導入してみました。
この記事はFirefoxで書いています。だから何だと言われても何でもないのですけれど。

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2007年12月17日 (月)

街の想い出(19) 銀座その2 東劇

街の想い出(19) 銀座その2 東劇

東劇。銀座と築地の中間、東銀座にある映画館です。

ここで観た映画と特に印象に残っているのは、竹中直人監督の「119」と黒沢清監督の「ニンゲン合格」。

「119」は消防署員の物語。とはいえ、ここ何年も火事が起こっていないという平和な海辺の街でのお話です。出演は、赤井英和、鈴木京香、温水洋一、塚本晋也、浅野忠信、津田寛治、マルセ太郎、宮城聰、竹中直人ほか。脚本は、筒井ともみ、宮沢章夫、竹中直人の3人が担当。音楽:忌野清志郎。
静岡県沼津市を中心とした日本情緒の残る風景、小津安二郎を意識した竹中の演出、撮影当時25歳だった鈴木京香の日本美人ぶり、忌野清志郎の歌など、見所の多い作品です。

「ニンゲン合格」は、14歳の時に事故で記憶を失った青年(西島秀俊)が10年ぶりに目覚めたところから始まるヒューマンドラマ。出演は、西島秀俊、役所広司、りりぃ、麻生久美子、哀川翔、洞口依子ほか。
展開が淡々としているので、“退屈だ”と評価する人も多かったようですが、「人間」、「夢」、「家族」などについて考えさせられるところも多く、個人的には第一級の人間ドラマであると思っています。

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2007年12月15日 (土)

第九あれこれ 2007 その2 ジョン・エリオット・ガーディナー盤

ジョン・エリオット・ガーディナー指揮オルケストル・レヴォリュショネル・エ・ロマンティーク、モンテヴェルディ合唱団ほかによる、ベートーヴェンの交響曲第9番「合唱付き」(アフヒーフ)。

1994年に発売され、古楽器によるベートーヴェンの演奏の決定版として、当時はたいへんな話題になり評価も高かったガーディナー盤ですが、その後、古楽器風奏法(ピリオド奏法)を取り入れた、モダンオーケストラの演奏による優れたベートーヴェン演奏(ジンマン盤、ノリントン盤、ラトル盤)が立て続けに現れたということもあって、今では存在感が薄くなってしまいました。

ベートーヴェン交響曲第9番「合唱付き」 ジョン・エリオット・ガーディナー指揮 しかしガーディナー盤は今もなお魅力的であり続けています。

最大の特徴はテンポ。70分前後で演奏されることの多いベートーヴェンの第九ですが、ガーディナーは59分台という快速で飛ばしていきます。全楽章を通して速いテンポが採られていますが、せわしない感じは受けません。

古楽器独特の透明感ある音が清々しく、重厚であることだけが優れたベートーヴェンなのではないということを実感させてくれます。

36名という小編成で臨んだモンテヴェルディ合唱団も発声が非常に明瞭であり、同時に36名とは思えないほどの迫力があります。

古楽器演奏隆盛の時代の記録としても貴重であります。

ベートーヴェン/Sym.9: Gardiner / Ebs

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2007年12月14日 (金)

「芥川也寸志メモリアル オーケストラ・ニッポニカ 第2集」

主に日本人作曲家の作品を演奏するために2002年に結成されたアマチュア楽団、オーケストラ・ニッポニカのライブ録音CD、「芥川也寸志メモリアル オーケストラ・ニッポニカ 第2集」を紹介します。2003年2月23日、東京・四谷の紀尾井ホールにおける本名徹次指揮のライブを曲順もそのままに収録したもの。MITTENWALD(ミッテンヴァルト)レーベル。

「芥川也寸志メモリアル オーケストラ・ニッポニカ第2集」 早坂文雄の管弦楽曲「讃頌祝典之樂」、信時潔の交声曲「海道東征」、芥川也寸志の「『赤穂浪士』のテーマ」(アンコール曲)の3曲が収められています。

黒澤映画、「羅生門」や「七人の侍」の音楽を担当したことでも知られる早坂文雄。武満徹を始め、多くの作曲家に影響を与えたことでも知られますが、早坂本人の演奏会用作品は彼が41歳で早世したこともあって演奏されることも録音されることも稀です。
ここに収録された「讃頌祝典之樂」は、NHKが公募した「祝典用管弦楽曲」に入選した作品で、雄渾さと典雅さを併せ持つ作品。

「海ゆかば」の作者として知られる信時潔の「海道東征」は、神武天皇東征神話を題材とした全8章からなるカンタータ。作詞を担当したのは北原白秋です。日本的な厳かなメロディーを用いた曲もありますが、明るく伸びやかな旋律を持つ曲が多く、楽しい作品です。
ただ、神武天皇東征神話を題材にしていることで簡単に皇国史観に結びついてしまいやすいということと、信時潔が、自身が作曲した「海ゆかば」が多くの若者の玉砕を招いたことを恥じて戦後活動を自粛してしまったということもあって、1945年以降は演奏の機会に恵まれていません。

芥川龍之介の三男、芥川也寸志の「『赤穂浪士』のテーマ」は、その名の通り、NHK大河ドラマ「赤穂浪士」のテーマ曲。歴代の大河ドラマのテーマ曲の中でも、そして数ある「忠臣蔵」関連の音楽の中でもおそらく最も有名な曲で、今でも「忠臣蔵」のシーズン(今日、12月14日が赤穂浪士が吉良邸に討ち入った日です)になると、テレビ放送などで耳にする機会が多い作品です。

オーケストラ・ニッポニカの演奏は堂に入っており、またそれを捉える録音の優秀さも特筆事項です。

Japanese Composers Classical/本名徹次 / オーケストラ・ニッポニカ Vol.2 早坂文雄、信時潔、芥川也寸志

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岩城宏之著 『いじめの風景』

指揮者の岩城宏之(1932-2006)が書いた『いじめの風景』(朝日新聞社)という本を紹介します。
岩城宏之は指揮者としても日本を代表する存在でしたが、文筆活動も盛んで、音楽のみでなく、様々なことをテーマに著述を行っています。

岩城宏之著 『いじめの風景』

講演嫌いの岩城宏之がどうしても断り切れずに大阪で講演を行った時のこと。テーマも決めずに演壇に臨んだ岩城でしたが、なぜか「いじめ」をテーマに熱弁を振るってしまったそうで、講演終了後、東京に戻ってから知り合いの編集者に、

「久しぶりに言いたいことを喋ってきちゃった。これの半分ぐらいでも、本の形で世の中に叫びたいな」

と、うっかり電話で話してしまったところ、2、3日後に、

「出版の手はずをととのえました。すぐ取りかかってかかってください」

と、その編集者から返事が。
その気はなかった岩城は慌てて、

「そんな大それたこと、書けるわけないでしょ」と返したものの、
「いや、出発してください」と言われ、結局書くことになりました。

生来、病弱だった上に、父親(東大卒の役人)の転勤などで小学校、中学校時代に転校を重ねた岩城は、行く先々でいじめの対象になったりなりかけたりしますが、幸運も重なって乗り切っていきます。

『いじめの風景』というタイトルですが、岩城宏之の幼年期から青年期までの回想録の趣もあり、岩城少年が音楽家になるきっかけを知る上でも貴重な一冊です。

転校先でも京都(京都市立葵小学校。京都コンサートホールの近くにある小学校です。岩城は小学校1年の6月から小学校4年の1学期までここに在籍)では珍しい消しゴムをクラスのリーダーにあげるという作戦でいじめを免れ、東京の家が空襲で全焼したのちに疎開した金沢(岩城は、金沢一中、現在の金沢泉丘高校、に半年ほど在籍)では、軍事訓練の毎日でいじめられる暇もなかったということで良い印象があるようです。

岩城の最晩年のポストは、オーケストラ・アンサンブル金沢の音楽監督と京都市交響楽団の首席客演指揮者ですが、岩城がこのポストを受けたのは、少年期を過ごした街への愛着があったからだと思われます。

岩城宏之の音楽人生は病気との闘いでもありましたが、岩城が音楽に目覚めるきっかけとなったのは、彼が小学校5年生の時に左膝の骨膜炎で寝たきりの生活を送っていたとき、ラジオから聞こえてきた平岡養一の演奏する木琴に夢中になったことであり、岩城は父親にねだって木琴を買ってきてもらい、腹ばいになって一日中、木琴の演奏をして過ごしていたとのこと。楽譜もその時期に独学で読めるようになっています。

岩城宏之の生まれた家は、岩城本人以外は誰も音楽に興味を示す人がいなかったそうで、もし岩城が病弱でなかったら、おそらく音楽家にはなっていなかったでしょう。

病弱のため、指揮者としては若くして亡くなった岩城ですが、そうした事実を知ると複雑な気持ちになります。

京都市立葵小学校

岩城宏之が通った京都市立葵小学校の現在の校舎

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2007年12月13日 (木)

虎に翼

韓国では「鬼に金棒」のことを「虎に翼」というのだそうである。

そこで調べてみると「虎に翼」という言葉は『韓非子』の出典であることがわかった。『韓非子』は紀元前2世紀頃に成立したとされる。それが朝鮮半島に入ってきて今も使われているということなのだろう。朝鮮半島には野生の虎が生息しているのでイメージもしやすく、定着したのだと思われる。

ところで、「虎に翼」と聞いてもう一つ思い出すことがある。

飛鳥時代の日本。近江朝。死の間際にある天智天皇は弟である大海人皇子(のちの天武天皇)を呼び出し、「皇位を継いでくれるか」と訊く。大海人皇子はこれを辞し、天智の子である大友皇子に位を譲るように言って吉野に下る。

吉野に下る大海人皇子を見て、ある人が「虎に翼をつけて放つようなものだ」と言ったという。

以下は仮説である。

「虎に翼をつけて放つ」というのは、そのある人が比喩表現としてその場で思いつき、用いたものだと思っていた。しかし、これは朝鮮半島で使われている諺を言っただけ、つまり慣用表現だった可能性はないだろうか。つまりそのある人とは滅亡した百済からの亡命者だったのである。

『韓非子』という書物の名が日本史上に登場するのは平安時代になってからのことだという。漢文読み下しが普及し、漢籍の研究が本格的に始まるのも奈良時代半ばとのこと。天智朝、天武朝はそれ以前のこと。天智朝、天武朝の歴史が書かれた『日本書紀』の成立もやはりそれ以前のことである。

仮に当時の日本人に途轍もないインテリがいて、独自に『韓非子』を手に入れ(遣唐使はすでにあったし、亡命してきた百済人からも手に入れられる可能性はある。入手出来る可能性はゼロではない)、「虎に翼」という表現を知っていて使ったのだとしても、日本には虎などいないのだから、よくイメージ出来ないし、人にも伝わらないのではないか。

『日本書紀』の写本の中には、「ある人が『虎に翼をつけて放つようなものだ』と言った」ではなく、「人々は『虎に翼をつけて放つようなものだ』と囁き合った」となっているものもあるという。
囁きあったというのだから、その人々というのは「虎に翼」という諺が通じる人、つまり百済からの渡来人同士であった可能性が高い。百済からの渡来人は大海人皇子を怖れていたのだ。

ということは、大海人皇子は、上層部に渡来人を多く抱えたと思われる天智朝に不満を抱いていて、大和人による朝廷を理想としており、それ故、天智天皇と反目していたという可能性も生まれてくる。

「壬申の乱」は、親百済遺臣派と反百済遺臣派の戦いだった可能性も否定出来ないのではないか。

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観劇感想精選(22) 「グッドラック、ハリウッド」

2007年3月30日 兵庫県西宮市の兵庫県立芸術文化センター中ホールにて観劇

午後4時から西宮にある兵庫県立芸術文化センター中ホールで、「グッドラック、ハリウッド」を観る。リー・カルチェイム作、小田島恒志:訳、山田和也:演出。出演は長塚京三、筒井道隆、久世星佳。

長塚京三は大沢たかおと組んだ二人芝居「ディファイルド」に続いて2度目のカルチェイム作品への挑戦である。

ハリウッド。かっては名監督として栄光の頂点に立ったこともあるビリー(長塚京三)。しかし今はすっかり「過去の人」扱い。提出する脚本は全てプロデューサーに却下され、もう10年近くも映画を撮ることが出来ないでいる。
そんなビリーのオフィスの隣に若手脚本家デニス(筒井道隆)がやってくる。デニスはまだ26歳。映画の脚本を3本書く契約を結んでハリウッドに来たばかりの青年だ。
ビリーの助手のメアリー(久世星佳)がデニスの助手も兼ねることになる。

映画青年であるデニスはビリーの熱烈なファンでもあった。ビリーからボツになった脚本「さらば、あとはよろしく」を手渡されたデニスは一読してその出来に感銘を受ける。一方、ビリーはデニスの脚本を読むが、余り感心しなかった。しかしプロデューサーが望んでいるのは完成度の高い作品ではなく新しい作家の本だということを見抜いていたビリーは、「さらば、あとはよろしく」をデニスの作としてプロデューサーに持ちかけてみようと提案する。デニスもそれに乗った。ビリーを秘かに思っているメアリーはそれを知って気が気ではない…。

世代交代という、人間誰しもが通過する悲哀を描いた作品。アメリカの作家が書いた本にしてはずいぶん淡々とした演出が施されている。大袈裟なゼスチャーも、心理的ぶつかりも抑制され、地味な印象を受ける。
だが、その淡々とした地味さは、ラストシーンへの伏線であった。
「さらば、あとはよろしく」は映画のタイトルとしては時代がかった印象を受けるが、これがビリーの言うラストのセリフとして使われた時の効果は絶大、一気に格好いい名セリフに化ける。このラストのセリフを聞くだけでも価値のある劇だ。

役者は3人とも好演。長塚京三の渋い格好良さ、筒井道隆のいかにも駆け出しの作家を思わせる初々しさ、久世星佳の地味な女性を演じたが故に却って溢れ出る華やかさ、いずれも光っていた。

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2007年12月12日 (水)

そんなの関係ねえ?

「そんなの関係ねえ」。流行語として使う分にはいいのですが、世の中の事象に対して「そんなの関係ねえ」という態度を取っていると、意外なところで跳ね返ってくることも多いです。

「風が吹けば桶屋が儲かる」ではないですが、意外なものと意外なものが繋がっていたりします。というより、世の中は繋がりと繋がりの連鎖なので大抵のことは自分に関係していると思った方が無難です。

皮肉な繋がりというのもあって、地球に優しい「バイオ燃料」という多くの人が「おお、素晴らしい」と考えるエネルギーが拡がった結果、牛乳が値上がりするという、妙な結果が現れたりします。地球に優しいことをしているつもりで、人間が苦しくなるということもあり得るということです(ちなみにバイオ燃料は、必要とするだけの穀物量を廃材を含めて確保するには今よりも穀物の生産量を上げる必要があり、その結果、焼畑農業が更に広まって地球環境が悪化するという説もあります。また食べ物に事欠く国が世界にはまだ多いというのに、食物をそちらに回さず先進国のための燃料とするというのが良いことなのかという問題もあったりします)。

「牛乳の値段が上がる? 俺は飲まないから、そんなの関係ねえ」で済まないのは言うまでもないことでしょう。

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2007年12月 9日 (日)

風景の宿る声 夏川りみ 「歌さがし ~リクエストカバーアルバム~」

夏川りみの最新アルバム「歌さがし ~リクエストカバーアルバム~」(ビクター)を紹介します。サブタイトル通りのカバーアルバム。ファンのリクエストによって選ばれた全14曲を収録(初回限定盤にはボーナストラックとして喜納昌吉の「花」のライブ録音も収められています)。

夏川りみ 「歌さがし ~リクエストカバーアルバム~」

夏川りみの魅力といえば抜群の歌唱力と声の美しさ。特に声はイメージ喚起力も素晴らしく、「声に風景が宿っている」と形容しても過言ではないと思います。包み込むような優しさと輝きに溢れた声でもあるので、中島みゆきの「時代」や森山直太朗の「さくら(独唱)」のような光と影のある曲では光の方が強調されているようにも聞こえますが、癒しに満ちた声の力はそうした要素もプラスに変えます。

沖縄出身の夏川だけに「蘇州夜曲」では姜建華の二胡が沖縄民謡の「てぃんさぐぬ花」のメロディーを奏でるなど、独特の編曲も魅力。

ジョージ・ガーシュウィンの「S Wonderful」における夏川の歌は最高で、本場のアメリカ人歌手にも聴かせてみたくなります。

収録曲
1,「時代」、2,「花咲く旅路」、3,「秋桜」、4,「さくら(独唱)」、5,「忘れてはいけないもの」、6,「こころ」、7,「なごり雪」、8,「キセキノハナ」、9,「蘇州夜曲」、10,「少年時代」、11,「S Wonderful」、12,「見上げてごらん夜の星を」、13,「小さな恋のうた」、14,「デンサー節」、15,「花」(浜離宮朝日ホールでのライブ録音。初回限定盤のみ収録)

夏川りみ/歌さがし

夏川りみ

夏川りみ

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2007年12月 8日 (土)

「レノン・レジェンド」 ザ・ベリー・ベスト・オブ・ジョン・レノン

今日、12月8日が命日に当たるジョン・レノンのベストアルバム「レノン・レジェンド」を紹介します。

「レノン・レジェンド」 ザ・ベリー・ベスト・オブ・ジョン・レノン 「イマジン」、「マザー」、「パワー・トゥ・ザ・ピープル」、「ラヴ」、「マインド・ゲーム」、「スタンド・バイ・ミー」、「スターティング・オーヴァー」、「ウーマン」、「ビューティフル・ボーイ」、「ハッピー・クリスマス(ウォー・イズ・オーヴァー)」など、説明不要の名曲揃い。というわけで説明はしません。
そこで曲にまつわる思い出をいくつか書きます。

「ビューティフル・ボーイ」は、映画「陽のあたる教室」で、主人公の音楽教師、ホランド(リチャード・ドレイファス)が、生まれつき耳の聞こえない息子のために手話付きで歌うという印象的なシーンに使われています。
「陽のあたる教室」は日本では舞台化もされていて、ホランド先生役は水谷豊が演じました(於・世田谷パブリックシアター)。水谷豊はかっては「カリフォルニア・コネクション」なるシングルをヒットさせたこともありましたが、基本的には俳優しかしない人なので、手話付きの「ビューティフル・ボーイ」を歌っているのを生で見ることが出来て、嬉しくなったのを憶えています(なお、「陽のあたる教室」は水谷豊の初舞台出演作品であり、水谷豊はその後は舞台に出ていないので、これが今のところ唯一の舞台となっています)。

「イマジン」は、アメリカが戦争を起こすたびに放送禁止になる曲。逆にいえばイマジネーションこそが戦争抑止ための最大の武器であることを証明しているともいえます。

「ラヴ」はシンプルなピアノソロの部分も印象的ですが、「ラヴ」のピアノ編曲バージョンは私のお気に入りで、千葉にいた頃は良く演奏しました。シンプルなのでピアノの技術が余りなくても弾くことが出来ます。

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2007年12月 7日 (金)

日本語Tシャツ

昨日、大阪フィルハーモニー交響楽団の演奏会を聴きにザ・シンフォニーホールに行ったのですが、ホール内で黒地に白抜き文字で「心音」と書かれたTシャツが売られていることに気付きました。「心音」は大阪フィルの音楽監督を務める大植英次の好む言葉で、「心からの音」という意味の造語です(「心臓の音」という本来の意味ではない)。そのTシャツ、デザインとしては今一つか。

ただ、最近、欧米では日本語の入ったTシャツが人気で、特に漢字入りTシャツはちょっとしたブームになっていると聞きます。それも正統的な言葉ではなく、「公衆便所」、「尊皇攘夷」など、日本人が驚くような言葉を使ったTシャツが人気のよう。日本でも一時期、過激な英文の書かれたTシャツを着ることが若者の間で流行りましたが、洋の東西を問わず、人間はそうしたエキセントリックなことが好きなようです。

先日、東京に行くためにJR京都駅のホームで新幹線を待っていたところ、白地に青い文字で「馬鹿外人」と書かれたTシャツを着た白人男性を見かけて、「あれ、意味わかって着ているのだろうか?」と思ったのですが、調べると「馬鹿外人」Tシャツは欧州製で、着ている本人も意味はわかっていて、やはり日本人を驚かせるためにわざと着て来日する人が多いとのことでした。

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冬の風鈴

冬の風鈴

街を歩いていると、冬でも風鈴を出している家を見つけたりします。寒風に吹かれて風鈴がリンリン、凛々となるのを聞くと寒さがいや増しに増します。

冬でも風鈴を出している家は、単にしまうのが面倒なのか、あるいは凛と鳴る風鈴の冷たい抒情が気に入っているのか。

そういえば清少納言も『枕草子』で「冬はつとめて」と一日で最も寒い早朝の寒さの情緒を愛でています。冬の寒さをより際立たせる装置も情趣があって時にはいいものです(あくまで時にはです)。

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レナード・バーンスタイン自作自演 「ウェスト・サイド・ストーリー」全曲

ブロードウェイ史上空前絶後の完成度と言われた、レナード・バーンスタイン作曲の「ウェスト・サイド・ストーリー」。アメリカが生んだ初の偉大な指揮者でもあったレナード・バーンスタインの天才ぶりを示す傑作です。

レナード・バーンスタイン(愛称はレニー)は大変複雑な個性の持ち主であり、指揮者であり作曲家でありピアノの腕も一級品、シリアスなクラシックの作曲家でありながらジャズやポピュラー音楽への関心も非常に高く、指揮者として売れる前はバーでジャズピアノを弾いて稼いでいた、同性愛者でありながらチリ人女優と結婚して子供ももうける、ハーバード大学とカーティス音楽院出たインテリであり、世紀の天才でありながら希代の変人、自己中心的な性格で周囲を呆れさせながらも教育熱心で多くの優秀な弟子を生んでいる、という分裂的な性向の持ち主でした。レニー自身もこの分裂的傾向に悩んでおり、生涯を通じて精神科のクリニックに通い続けましたが、良くなることはありませんでした。

レナード・バーンスタイン自作自演 「ウェスト・サイド・ストーリー」全曲

今回紹介する「ウェスト・サイド・ストーリー」と自作自演によるその全曲盤(ドイツ・グラモフォン)もレニーの分裂的傾向が出たものです。

「ウェスト・サイド・ストーリー」はブロードウェイ・ミュージカルとして作曲されましたが、レニー自身はオペラとしても通用するようにとの意図を込めていました。普通、そうした作品はどっちつかずとなって失敗することが多いのですが、レニーの才能はその難題を見事に、しかも高い次元で乗り越えています。

「ウェスト・サイド・ストーリー」にオペラ歌手の起用も考えたというレニーですが、ミュージカルの歌手が歌う初演を観て、〝「声楽家」を配役に使わなかったのは正しかったと思う〟と書いています。

しかし、いざ自作自演で「ウェスト・サイド・ストーリー」の録音をするという段になってレニーが選択したのはオペラ歌手の起用。しかもプエルトリコ移民のマリアにニュージーランド出身のソプラノであるキリ・テ・カナワ、ポーランド系移民のトニーにスペイン人テノールのホセ・カレーラスという妙な配役。
キリ・テ・カナワもホセ・カレーラスも名歌手ですが、役に全く合っていません。それでも「ウェスト・サイド・ストーリー」のオペラ的な性格を出すことと、レコーディングされて後世まで残るということを考えたレニーは音程の正確なオペラ歌手を起用することにしたようです。

オーケストラはブロードウェイの名手を集めた特別編成の楽団。晩年のレニーの個性を反映して、大変重い演奏をしていますが、重いにも関わらず他のどのCDよりもノリがよく、スウィングしているという、これまた妙な味わいがあります。

ちなみにドイツ・グラモフォンは純クラシック音楽レーベルですが、レーベル史上最も売れたCDがこのクラシックともポピュラーともオペラともミュージカルともつかない「ウェスト・サイド・ストーリー」全曲盤です。レニーは自分自身以外のところにも分裂的傾向をもたらしたのでした。

問題点も多いレナード・バーンスタイン自作自演盤「ウェスト・サイド・ストーリー」ですが、総合点はやはり高く、他の全曲盤(ワーナーのバリー・ワーズワース盤やNAXOSのケネス・シャーマーホーン盤)を大きく引き離す出来映えです。

レナード・バーンスタイン指揮 「ウェスト・サイド・ストーリー」オリジナル&現行版ジャケット

バーンスタイン (1918-90)/West Side Story: Bernstein / O & Cho Te Kanawa Carreras Troyanos Ollmann

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2007年12月 6日 (木)

これまでに観た映画より(15) 「ウエストサイド物語」

DVDでミュージカル映画「ウエストサイド物語」を観る。監督はロバート・ワイズ。音楽はいうまでもなくレナード・バーンスタイン。
かなり強引な展開と設定の不自然さ(街の不良達が基礎万全のダンスを繰り広げる)には苦笑してしまうが、それらはこの作品の本質ではないので笑って流すことにする。

ここに描かれているのは「人間の愚かしさ」だ。争いを重ねれば重ねるほど不幸になるだけ、そんなことは分かり切ったことなのにそれでも争いをやめられない、人間という存在の愚かさ。結局、血が流され、誰一人幸福にならず、一人一人、その場を去っていくという有名なラストを迎える。
バーンスタインは、師の一人であるセルゲイ・クーセヴィツキーから、「ショービジネスには手を出すな」という忠告を受けていたが、戦いを憎み、平和を愛する精神から、「ロミオとジュリエット」を下敷きにしたこのミュージカルの作曲を決意した。初演は成功し、こうして映画化もされ、名画になった。
その結果、「バーンスタインといえば『ウエストサイド・ストーリー』」というイメージが出来てしまい、シリアスな作品が正当な評価を受け入れられなくなってしまったのだが。
とはいえ、「ウエストサイド~」が名作であることには間違いない。

シャーク団(シャークス)のリーダーであるベルナルド役のジョージ・チャキリスがやはり格好いい。私がまだ小学生の頃、「日本の面影」というNHKドラマで、ラフカディオ・ハーンをチャキリスが演じていたが、今でも印象に強く残っている。もっともチャキリス自身は映画ではヒットを飛ばせず、テレビと舞台を中心に活躍することになる。
チャキリスに限らず、この映画の出演者はどういうわけか不幸に見舞われることが多い。マリアを演じたナタリー・ウッドは1981年、映画撮影中に水死。トニーを演じたリチャード・ベイマーはこの作品で全ての運を使い果たしたのか、以後パッとせず、テレビ界に移ったが脇役ばかりだそうだ。

ロバート・ワイズ監督の演出は頻繁に用いられる俯瞰ショットが今見ても斬新である。

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2007年12月 5日 (水)

観劇公演パンフレット(21) 松たか子主演「嵐が丘」

2002年1月、新橋演舞場で行われた松たか子座長公演「嵐が丘」の公演パンフレットを紹介します。原作:エミリー・ブロンテ、脚本・脚色・演出:岩松了。
主演:松たか子、出演は、岡本健一、細川直美、鈴木一真、菅野菜保之、寺島信子、山本亨、梅沢昌代、斎藤晴彦ほか。

松たか子主演公演「嵐が丘」 ブロンテ三姉妹の次女で、30歳の若さで亡くなったエミリー・ブロンテが書いた復讐と恋愛の物語「嵐が丘」。何度も映画化されている名作に松たか子が挑んだ舞台作品。キャサリンを演じるのは松たか子、ヒースクリフに岡本健一。

実は当初ヒースクリフ役にキャスティングされたのはSMAPの某メンバーだったのですが、「謹慎」ということで、岡本健一がヒースクリフを演じることになりました。

パンフレットには小説「嵐が丘」の概要、舞台版「嵐が丘」(小説「嵐が丘」は親子二代に渡る物語だが、舞台版では子の世代の話は登場しない)のあらすじ、松たか子、岡本健一、岩松了による鼎談、岩松了が「嵐が丘」の舞台となった場所へ旅したときの紀行文、「嵐が丘」の舞台となったハワースの紹介などが載っています。

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観劇公演パンフレット(20) 「ナツひとり ─届かなかった手紙─」

仲間由紀恵初座長公演、「ナツひとり ─届かなかった手紙─」の公演パンフレットを紹介します。2007年11月21日、東京の新橋演舞場にて購入。

「ナツひとり ─届かなかった手紙─」は、NHKで放送された橋田壽賀子脚本のテレビドラマ「ハルとナツ ─届かなかった手紙─」というブラジルに移民した一家の長女・ハルと、トラホーム(トラコーマ)のためブラジル行きの船に乗れなかった次女・ナツを主人公にした作品の、ナツのパートだけに焦点を当てて舞台化した作品。原作:橋田壽賀子、脚色・演出:マキノノゾミ。

主演:仲間由紀恵、出演は、宇津井健、生瀬勝久、沢田雅美、福士誠治、西尾まり、三上市朗(劇団M.O.P)、菊池隆則ほか。声の出演:森光子。

「ナツひとり ─届かなかった手紙─」公演パンフレット

パンフレットには出演者へのインタビュー、仲間由紀恵と森光子への特別インタビュー、ブラジル移民史などを収録。

「ナツひとり ─届かなかった手紙─」前半あらすじ

昭和12年春、北海道で農業を営んでいた高倉一家がブラジルに移民することになる。一家の大黒柱である高倉忠次はブラジルで3年頑張って一旗揚げて北海道に戻るつもりだった。忠次の妻はすでに亡く、忠次は二人の息子、14歳の長女のハル、12歳の次女のナツを伴い、神戸港を出港しようとしていた。しかし船出の直前、次女のナツがトラホームに罹っていることがわかる。トラホームに罹っている人間はブラジルに着いても上陸する許可が下りないということで、忠次はナツを泣く泣く北海道の本家に預けることにする。こうして引き離されたハルとナツ。

本家に預けられたナツだが、伯母のカネ(沢田雅美)はナツに辛く当たる。

ハルから手紙を書くと約束されたナツだが、手紙は一向に届かない。

昭和14年夏、14歳になったナツ(仲間由紀恵)は本家のあまりに酷い仕打ちに耐えかね、家を出る。行き倒れになっていたナツを引き取ってくれたのが沢岡徳治(宇津井健)という男だった。

実の子のようにかわいがってくれる徳治の下で生き生きと成長したナツ。しかし、約束の3年が過ぎても実の家族は日本に戻ってこず、ハルからの手紙もない。アメリカとの戦争が始まり、ブラジルとの連絡も絶えてしまう。

「ナツひとり ─届かなかった手紙─」の感想

午後4時30分、「ナツひとり ─届かなかった手紙─」開演。橋田壽賀子脚本のNHKドラマ「ハルとナツ ─届かなかった手紙─」の、ナツだけを主人公にして舞台化した作品。原作:橋田壽賀子、脚色・演出:マキノノゾミ。主演:仲間由紀恵。共演は、宇津井健、生瀬勝久、福士誠治、沢田雅美、西尾まり、三上市朗、菊池隆則ほか、声の出演:森光子。

テレビドラマを舞台に置き換えるのは難しい作業だが、そこはマキノノゾミだけに優れた仕事をしてくれる。
登場人物がこれでもかこれでもかとばかりに不幸に見舞われる橋田節は少しずるい気がするし、セリフも「これ、普通の役者が言ったら客席から苦笑が漏れるよ」というほどくさいが、売れっ子の役者が言うと、憎いぐらいはまる。こういうのもずるい。

「美人女優」と評される仲間由紀恵だが、生で見ると美しさよりも可愛らしさの方が目立つ。
仲間由紀恵は女優としては小柄なので(身長160cm)舞台映えはしないけれど、表情が良い。14歳から76歳になるまでのナツを一人で演じるが、14歳のナツを演じるときは声を高めに、表情も大袈裟にして、年を重ねるにつれて表情を抑えていく。

脇も充実しているし(ベテラン達はもちろんだが、西尾まりが予想よりもずっと良かった)、本も骨組みがしっかりしているので楽しめる。
基本的に役者を見るための芝居だと思うが、それ以上の充実感を得ることが出来た。休憩を含んで約4時間(休憩時間が長いので上演時間は約3時間)の大作であったが、長さは全く感じなかった。
テレビカメラが入っていたので、今日の公演がそのうちNHKかCSで放送されると思う。おそらく、DVD化もされるだろう。

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2007年12月 4日 (火)

街の想い出(18) 横浜その2 中島敦文学碑

横浜市を初めて訪ねたのは1991年、高校2年生、16歳の春のことだった。横浜市は東京湾を挟んで、私が住んでいた千葉市のほぼ対岸にある。この対岸にあるというのがネック(というのかどうか)になって、それまで私は横浜に行ったことがなかったのだ。

千葉から横浜に行くには総武快速・横須賀線を使えば電車一本で済むのだが、横浜に着く前に東京がある。東京があるなら横浜まで行く必要はほとんどない。ということで、同じ南関東に住みながら、16歳になるまで私は横浜に行ったことはなかったのである。

遠足、というのだろうか、高校2年の時に学年全員で日帰りの旅行をするという習慣が私の高校にはあった。そして私が高2の時の遠足の目的地が横浜であり、それが私の横浜初体験となったのである。

普通、千葉から横浜に行くにはバスを使う。しかしその時は普通ではなかった。フェリーをチャーターして、千葉港から横浜港に向かったのである。海上を行くのだから、千葉から神奈川まで一直線、東京に寄る必要はなかった。

横浜に着いた私が一番最初に向かったのが元町幼稚園。「山月記」、「李陵」などの作品で知られる中島敦が教師として働いていた私立横浜高等女学校の跡地が元町幼稚園であり、敷地内に中島敦文学碑が建っているのである。幼稚園の敷地内に文学碑が建っているというのもどうかと思うが(幼稚園内に入るにはそこそこ勇気がいる)、高校2年生で、初めて横浜に行って、一番の目的というのが中島敦文学碑を見ることという当時の私も今になってみればどうかと思う。しかし、それなりに複雑な高校生活を送っていた私にとって、自意識の問題について書き続けた中島敦は共感できる存在であり、横浜の中島敦文学碑を訪ねてみたいと前々から思っていたのである。

幼稚園の敷地の一番奥に中島敦文学碑はあった。よりによって一番奥に建てることもないと思う。余計入りにくい。おまけに校庭(園庭)では園児が遊んでいる。こんなところに入って行っても良いのだろうか。しかし、「碑を見たい」と幼稚園教諭にいうと、あっさり通してくれた。私は高校の制服を着ていたし、悪い生徒にも見えなかった(はずだ)。今の時代は違う。幼児を襲う犯罪が起こり、高校生といえども幼い子に危害を加える可能性を否定出来ない時代、幼稚園教諭も気軽に通してはくれないかも知れない。

中島敦文学碑を間近で見て、かって中島敦がこの地にいたのだと思うと何となく頬がゆるんだ。憧れの作家の故地を訪ねるのはやはりいいものである。

街の想い出(18) 横浜その2 中島敦文学碑(写真は文学碑ではなく元町幼稚園の外にある説明板)

最初に中島敦文学碑を訪ねてから16年が経った今年(2007年)7月、私は、再び横浜の元町幼稚園を訪れた。生憎土曜日であり、幼稚園は休みで、文学碑を間近で見ることは出来なかった。

そして今年11月、私は33歳になった。中島敦が喘息の発作で亡くなった歳に並んでしまったのである。

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格好悪いのもいいもんだ

スマートに暴論を唱えるのが格好いいということなのだろうか。

わからないなら「わからない」と正直に言って格好悪く生きるのもいいもんだ。

シェイクスピアの芝居に出てくる道化のように格好悪くていいじゃないか。

空気を読まないトリックスター。格好を整えるのに懸命な世界を、寝っ転がって眺めていようや。

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奈良本辰也・編 『京都百話』

山口県生まれ、京都帝国大学文学部国史学科で日本史を学び、立命館大学文学部史学科の教授となるもアカデミズムに失望し、以後は在野の京都歴史学者として活躍した奈良本辰也(1913-2001)編による『京都百話』(角川ソフィア文庫)を紹介します。奈良本の他、高野澄、佐方郁子、百瀬明治の4人が書いた京都の名所に関するエッセイ集。

奈良本辰也・編 『京都百話』

1984年に初版が出た本なので、古い説が採られていたりもしますが、京都の数多い名所の歴史やエピソードを知ることが出来ます。

三条大橋と高山彦九郎、高瀬川と寺田屋事件、姉小路公知が暗殺された「猿ヶ辻の変」の謎、北野と菅原道真の関係、三年坂伝説の変遷、小来栖での明智光秀の最期、神護寺と文覚上人、愛宕山が山城国に入ったわけ、栂尾の明恵上人と夢、西山の寺院と桂昌院(徳川綱吉の母。京都の八百屋に生まれ、徳川三代将軍・家光の側室となる。将軍の母として従一位を賜った)、伏見城と太閤秀吉など、京を色取った人物と事件と歴史の、文章によるタペストリーが楽しめます。

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2007年12月 3日 (月)

星野ジャパン、北京オリンピック出場決定

星野ジャパンこと野球・日本代表が、台中インターコンチネンタル球場で行われた対台湾戦に10対2で逆転勝利し、北京オリンピック出場を決めた。

アジア野球ではトップという日本への評価はプレッシャーでもあり、韓国戦、台湾戦は緊張感一杯の戦いであった。

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好きな短歌(26)

熟田津に舟乗りせむと月待てば潮もかなひぬ今は漕ぎ出でな 額田王

熟田津(にきたつ)は今の愛媛県松山市付近だという。
のちに白村江の戦いの名で知られることになる新羅征討(大和朝廷と百済王朝の遺臣連合軍は、新羅・唐連合軍の前に惨敗した)のための戦いに出る大和朝廷軍を勇気づけるための歌とされる。女性的な柔和な言い回しと勇ましさを兼ね備えた名歌。

額田王は、中大兄皇子(葛城皇子。のちの天智天皇)、大海人皇子(のちの天武天皇)の兄弟両方から愛された女性として知られる。

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2007年12月 2日 (日)

観劇公演パンフレット(19) 劇団M.O.P. 『ズビズビ。』

劇団M.O.P.の第41回公演『ズビズビ。』のパンフレットを紹介します。「ずっとあなたが」、「ビッグな男」、「ずいぶんな話」、「ビタースイーツ」という、「ず」、「ビ」、「ず」、「ビ」を頭文字とするタイトルの4話オムニバス。2006年11月17日、大阪・京橋の松下IMPホールで購入。

劇団M.O.P. 「ズビズビ。」公演パンフレット

『ズビズビ。』の感想

大阪へ。京橋の松下IMPホールで劇団M.O.P.の『ズビズビ。』を観る。マキノノゾミ作・演出。「ずっとあなたが」、「ビッグな男」、「ずいぶんな話」、「ビタースイーツ」という「ず」、「ビ」、「ず」、「ビ」を頭文字とするタイトルの4話オムニバス。全て劇場の楽屋が舞台になっており、それぞれの話には緩やかな関連がある。

かっては映画スターでありながら今は評判が今一つの男と、男の謎を追い続けてきた一人の女の話「ずっとあなたが」、家族中心でやっている旅回りの大衆演劇一座の物語「ビッグな男」、衣装スタッフの女性に結婚を約束しながら実は前妻と別れていなかったという駄目な俳優の登場する「ずいぶんな話」、ジャズに生きる男達のほろ苦い話「ビタースイーツ」、いずれも優れたストーリーであり、独特の味わいがある。

一つ一つの作品のストーリーに特別な新しさがあるわけではなく、それぞれの話に緩やかな関連を持たせるというのもよくあるパターンだ。だが良い芝居だった。斬新さはないが安定感があり、演出の上手さも加わって、大人の演劇になっていた。京都にもこうした演劇をやる団体があるといいのだが。
実は劇団M.O.P.はもともとは同志社の学生劇団を母体とする京都の劇団であったのだが、現在は東京に本拠地を移している。

ラストではメンバーがブラスやギターの演奏を披露して締める。往年のオンシアター自由劇場のようで楽しい。

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2007年12月 1日 (土)

シベリウスの年に(24) 諏訪内晶子独奏 シベリウス ヴァイオリン協奏曲

諏訪内晶子のヴァイオリン独奏による、シベリウスのヴァイオリン協奏曲のCDを紹介します。伴奏はサカリ・オラモ指揮バーミンガム市交響楽団。ウォルトンのヴァイオリン協奏曲とのカップリング。フィリップス・レーベル。

諏訪内晶子(ヴァイオリン)、サカリ・オラモ指揮バーミンガム市交響楽団 シベリウス&ウォルトン ヴァイオリン協奏曲

諏訪内のヴァイオリンは、何といっても音の美しさが特徴。それもギラギラとした輝きの美ではなく、しっとりとした彩りのある底光りのする美しさです。

諏訪内晶子は今年(2007年)2月、井上道義指揮京都市交響楽団との共演で、シベリウスのヴァイオリン協奏曲を演奏しましたが、「高貴」とも「崇高」とも形容したくなる絶美のヴァイオリンを聴かせてくれました。
このCDではそこまでの域には達していませんが、それでも十分に充実した演奏を聴くことが出来ます。

ウォルトンのヴァイオリン協奏曲の演奏も上出来であり、オラモ指揮のバーミンガム市交響楽団も諏訪内のスタイルに合わせた見事な伴奏を聴かせてくれます。

Sibelius / Walton/Violin Concerto: 諏訪内晶子(Vn)oramo / City Of Birmingham.so

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