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2007年12月22日 (土)

朱夏の愉しみ

「青春」という言葉があります。甘い響きのする言葉です。

何故、「青い春」と書くのかというと、中国の陰陽五行説に由来していて、それぞれの季節に色が割り当てられているためです。季節の色は青、赤(朱)、白、黒(玄)から成っていて、これは方位の色と全く一緒です。
つまり「青春(東方・青龍)」、「朱夏(南方・朱雀)」、「白秋(西方・白虎)」、「玄冬(北方・玄武)」です。太陽の運行を見ると人間の年齢と方角の色が一致していることもわかります。東(青春・青龍)に始まり、南中(朱夏・朱雀して)、西(白秋・白虎)に終わります。「玄冬」=「黒い冬」というのは死に直結した救いがない印象を受けますが、太陽は北方にはいかないので、人生に於いて、「死」を除けば、それほど絶望的な事態に直面することはないと解釈したいと思います(実際は人生には絶望がつきものなのですが)。

さて、「青春」という言葉だけが有名になっていますが、「朱夏」、「白秋」というのも良い響きを持った言葉です。「青春が終わった」というと、悲観的な印象を受けますが、そうではなく、「朱夏が始める」と考えれば、明るい気分になれそうです。「朱夏」は、漢字をデザインとして見た場合は視覚的に美しく、また「しゅか」という音も良いですし、「夏」=「盛り」というプラスのイメージも発生します。

若いというのは確かに楽しいことではありますが、同時にみっともないことでもあります。もし仮に10代や20代に戻ることが可能だったとしても私はそれを拒否するでしょう。ああいうみっともない時代は一度で十分です。
もっともこれは若い時代を否定しているわけではありません。みっともないことを散々してきたから今の自分があるわけですから。

10代、20代の頃には、「頭ではわかっていても体ではわかっていなかった」、逆に「体ではわかっていても頭がついてこなかった」ということが数多くありました。30代になって頭と体のバランスが良くなって、ようやく人生の本来の味わいがわかり始めています。そういう時代にいるのですから、無理して青春を追い求める必要もないでしょう。

私は朱夏を愉しんでいきたいと思います。

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