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2007年12月14日 (金)

岩城宏之著 『いじめの風景』

指揮者の岩城宏之(1932-2006)が書いた『いじめの風景』(朝日新聞社)という本を紹介します。
岩城宏之は指揮者としても日本を代表する存在でしたが、文筆活動も盛んで、音楽のみでなく、様々なことをテーマに著述を行っています。

岩城宏之著 『いじめの風景』

講演嫌いの岩城宏之がどうしても断り切れずに大阪で講演を行った時のこと。テーマも決めずに演壇に臨んだ岩城でしたが、なぜか「いじめ」をテーマに熱弁を振るってしまったそうで、講演終了後、東京に戻ってから知り合いの編集者に、

「久しぶりに言いたいことを喋ってきちゃった。これの半分ぐらいでも、本の形で世の中に叫びたいな」

と、うっかり電話で話してしまったところ、2、3日後に、

「出版の手はずをととのえました。すぐ取りかかってかかってください」

と、その編集者から返事が。
その気はなかった岩城は慌てて、

「そんな大それたこと、書けるわけないでしょ」と返したものの、
「いや、出発してください」と言われ、結局書くことになりました。

生来、病弱だった上に、父親(東大卒の役人)の転勤などで小学校、中学校時代に転校を重ねた岩城は、行く先々でいじめの対象になったりなりかけたりしますが、幸運も重なって乗り切っていきます。

『いじめの風景』というタイトルですが、岩城宏之の幼年期から青年期までの回想録の趣もあり、岩城少年が音楽家になるきっかけを知る上でも貴重な一冊です。

転校先でも京都(京都市立葵小学校。京都コンサートホールの近くにある小学校です。岩城は小学校1年の6月から小学校4年の1学期までここに在籍)では珍しい消しゴムをクラスのリーダーにあげるという作戦でいじめを免れ、東京の家が空襲で全焼したのちに疎開した金沢(岩城は、金沢一中、現在の金沢泉丘高校、に半年ほど在籍)では、軍事訓練の毎日でいじめられる暇もなかったということで良い印象があるようです。

岩城の最晩年のポストは、オーケストラ・アンサンブル金沢の音楽監督と京都市交響楽団の首席客演指揮者ですが、岩城がこのポストを受けたのは、少年期を過ごした街への愛着があったからだと思われます。

岩城宏之の音楽人生は病気との闘いでもありましたが、岩城が音楽に目覚めるきっかけとなったのは、彼が小学校5年生の時に左膝の骨膜炎で寝たきりの生活を送っていたとき、ラジオから聞こえてきた平岡養一の演奏する木琴に夢中になったことであり、岩城は父親にねだって木琴を買ってきてもらい、腹ばいになって一日中、木琴の演奏をして過ごしていたとのこと。楽譜もその時期に独学で読めるようになっています。

岩城宏之の生まれた家は、岩城本人以外は誰も音楽に興味を示す人がいなかったそうで、もし岩城が病弱でなかったら、おそらく音楽家にはなっていなかったでしょう。

病弱のため、指揮者としては若くして亡くなった岩城ですが、そうした事実を知ると複雑な気持ちになります。

京都市立葵小学校

岩城宏之が通った京都市立葵小学校の現在の校舎

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