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2008年3月10日 (月)

電話ボックスに入る

携帯電話のバッテリーが寿命になったので、交換に行った時のこと。

最初に行った携帯電話のお店にはバッテリーパックの在庫がなかったので、同じキャリアの別の場所にある店まで行くことになった。最初のお店でバッテリーパックを交換してもらえるものだと思っていたので、電池式の簡易充電器は持ってきていない。手持ちの携帯電話のバッテリーはすぐ切れてしまうのだが、自宅に電話する用があったので、携帯電話をかけた。

案の定、会話の最中に電話のバッテリーが切れてしまう。こうなると電話ボックスを見つけて入るしかない。幸い、大通りを歩いていたので電話ボックスは比較的簡単にみつかって、用件を話すことは出来たのだが、考えてみれば最後に電話ボックスに入ったのはいつのことだっただろう。

公衆電話をかけたのさえ久しぶりなのだった。記憶に残っているところでは、2001年の秋に京都パストラルというホテルから千葉の実家に電話したのが、いわゆる公衆電話を使った最近(最近では全くないのだが)の記憶である。ちなみに京都パストラルはその後廃業して建物も取り壊され、現在では金閣寺の駐車場とマンションの敷地になっている。

携帯電話が普及したので当然ながら電話ボックスは減る。「あそこには確実に電話ボックスがある」と把握しているのは私の場合、3カ所だけである。それでも多い方だろうか。

村上春樹の小説『ノルウェイの森』は主人公が電話ボックスから彼女に電話をかけ、彼女に「あなた今どこにいるの?」と訊かれてどこにいるのかわからなくなるというシーンで終わる。

「スーパーマン」のクラーク・ケントは電話ボックスの中でスーパーマンに変身する。

そうしたことも未来の人々には伝わらなくなるのだろうか。「電話ボックス」に注釈がいるようになるのかも知れない。そしてそのころには最後まで生き残り続けた電話ボックスがレトロな遺産として一部で注目を浴びるようになっていたりして。

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