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2008年4月の30件の記事

2008年4月30日 (水)

街の想い出(23) 銀座その4 銀座シネパトス

街の想い出(23) 銀座その4 銀座シネパトス

東銀座にある銀座シネパトス。地下にある映画館です。3つのスクリーンがあり、ロードショー、名画など様々な映画を上映。

この映画館観た映画で印象深いのは、ルネ・クレマン監督、アラン・ドロン主演の「太陽がいっぱい」のリバイバル上映。1994年か1995年のことだったと思います。

今はどうか知りませんが、当時の銀座シネパトスは近くを走る地下鉄の音がときおり館内に響いてくるという、のんびりした感じの映画館。そうした場所で、アラン・ドロン演じる主人公が海辺で太陽の光を浴びながら満面の笑みを浮かべ、でも実は……、という切ないラスト(このラストシーンは原作にはない、映画独自のもの)を観るのは、最新式の映画で万人向けの映画を観るのとは違った独特の感慨があったのをよく憶えています。

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2008年4月28日 (月)

デイヴィッド・ジンマン指揮ボルティモア交響楽団 サミュエル・バーバー 弦楽のためのアダージョ、交響曲第1番ほか

映画「プラトーン」などにも使われ、20世紀アメリカが生んだクラシック作品の中でも特筆すべきヒット作である「弦楽のためのアダージョ」を作曲したサミュエル・バーバー(1910-1981)。
弦楽四重奏曲第1番の第2楽章を弦楽オーケストラのために編曲した、哀切きわまりない「弦楽のためのアダージョ」は著名人の訃報のラジオBGMに使われるなど、極めてポピュラーになりますが、そのために、バーバーの他の作品に光が当たらないという皮肉な結果をも生みました。

サミュエル・バーバーの音楽入門に最適の一枚として推したいのが、デイヴィッド・ジンマン指揮ボルティモア交響楽団によるCD(argo)。

デイヴィッド・ジンマン指揮ボルティモア交響楽団 サミュエル・バーバー 「弦楽のためのアダージョ」、交響曲第1番ほか 「弦楽のためのアダージョ」のほかに、「オーケストラのためのエッセイ」第1番&第2番。「シェリーによる場面のための音楽」、交響曲第1番を収録。

ジンマン指揮のボルティモア交響楽団が、スウィートにしてビターという同コンビの特徴である音色を生かした、甘美な名演を繰り広げています。

「弦楽のためのアダージョ」だけが突出して有名になってしまったことのほかに、前衛の時代にあってロマンティックなメロディーが最大の売りであったこと、また同性愛が非難の対象であった時代にあってゲイであることでも偏見を受けるなど、時代にも恵まれなかったサミュエル・バーバー。
再評価も進むバーバーの美しい音楽に浸ることの出来る一枚です。

バーバー (1910 - 1981)/Sym.1  Adagio  Etc: Zinman / Baltimore.so

Baltimore Symphony Orchestra & David Zinman

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サッポロ一番 関西味探訪 京都・背脂しょうゆラーメン

サッポロ一番 関西味探訪 京都・背脂しょうゆラーメン

地方のラーメンが注目を浴びるようになってから久しいですが、京都ラーメンもカップ麺として様々な種類が発売されるようになりました。
サンヨー食品から出ている「サッポロ一番背脂しょうゆラーメン」もその一つ。

ご存じの方も多いと思いますが京都ラーメンは脂の多いギトギト感が特徴。サッポロ一番背脂しょうゆラーメンもギトギト感がよく出ています。関西圏なので「うどん」のイメージも強い京都ですが、実はラーメン激戦区でもあります。ラーメン店の数もかなり多く、味も京都風から、東京風の醤油ラーメン、札幌風の味噌ラーメン、とんこつの博多ラーメンはもちろん、どこの地域にもない独特の味で勝負する店もたくさんあります。

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2008年4月27日 (日)

エフゲニー・ムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィルハーモニー交響楽団 「ベートーヴェン交響曲集」

ロシアのヴェネチアというレーベルから出ている、エフゲニー・ムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィルハーモニー交響楽団の「ベートーヴェン交響曲集」を紹介します。
いずれも記録用のライヴ録音であり、音質は当時の西側諸国の録音に比べて落ちますが、ヴェネチアレーベルの復刻はかなり優秀です。

交響曲第1番、交響曲第3番「英雄」、交響曲第4番、交響曲第5番、交響曲第6番「田園」、交響曲第7番を収録。

エフゲニー・ムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィルハーモニー交響楽団 「ベートーヴェン交響曲集」 ヴェネチア・レーベル 交響曲第1番と交響曲第6番「田園」は1982年のデジタル録音、交響曲第3番「英雄」は1968年、交響曲第7番は1958年のモノラル録音、交響曲第4番と交響曲第5番は1972年のステレオ録音です。1968年というと、西側ではステレオ録音が本格的に始まってから10年ほどが経っていますが、ソ連は国家自体が録音技術に力を入れなかったためかモノラルです。

1982年のデジタル録音も、試験的に行われたものとされていて、マイクセッティングが妙です。

ということで、音質だけを取るなら西側のレーベルに大きく大きく水を開けられてしまっていますが、それでもこのセットが特別なのは、エフゲニー・ムラヴィンスキー(1903-1988)という旧ソ連の人間国宝的指揮者の力と、彼が育てたレニングラード・フィルハーモニー交響楽団の演奏技術の高さゆえ。

ムラヴィンスキーは1903年生まれなので、彼が青春時代に隆盛を極めたロシア・フォルマリズムの影響を受けたとしてもおかしくなく(影響を受けたという確証はない)、他の指揮者とは明らかに異なった演奏スタイルを取りました。

ベートーヴェンというと、情熱の迸りを感じさせる演奏が多い中、ムラヴィンスキーとレニングラード・フィルは情熱を持ちつつも冷徹に楽曲構造へと切り込んでいきます。
「冷たい」「権威主義的」といって嫌う人も多いムラヴィンスキーとレニングラード・フィルの演奏ですが、ムラヴィンスキーの楽譜の読みの深さと、レニングラード・フィルの共産主義的と言って良いのかどうかはわかりませんが正確さとパワーは聴く者を圧倒するのに十分です。

先にも述べたとおり、ヴェネチア・レーベルの復刻は優秀。交響曲第3番「英雄」と交響曲第7番のモノラル録音にもステレオプレゼンスのようなものが施されているようですが、不自然な感じはしません。

ロシア国内向けの商品なので、ジャケットもライナーノーツも、ほぼ全てキリル文字で埋まっており、また、左下に紹介してあるとおり、エフゲニー・ムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィルハーモニー交響楽団 「ベートーヴェン交響曲集」 なぜかかなりの男前であるベートーヴェン ライナーノーツの表紙に描かれた無闇に男前のベートーヴェン像が、「楽聖は男前でなければならない」という、レーニンやスターリン礼賛や美化にも繋がるソヴィエト連邦的もしくは国家主義的ヒロイズムを感じさせるのが難点ですが、異色にして説得力溢れる名演として、ムラヴィンスキーのベートーヴェンは高く評価できます。

ベートーヴェン/Sym.1  3  4  5  6  7: Mravinsky / Leningard Po

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観劇公演パンフレット(28) カムカムミニキーナ 「フロシキ」

カムカムミニキーナの公演「フロシキ」の公演パンフレットを紹介します。2006年5月13日、大阪・京橋の松下IMPホールにて購入。

カムカムミニキーナ 「フロシキ」公演パンフレット 「フロシキ」の“フロ”は“フロンティア”のフロ。日本のフロンティア、満州国を舞台にした作品です。

公演パンフレットには作・演出の松村武のロングインタビューが載っており、これが一番読み応えのある記事。

その他には出演者紹介とインタビュー、稽古場日誌も楽しめますが、特に公演に関係ないものも載っています。こうしたこともある意味カムカムミニキーナのパンフレットらしいといえるでしょう。

カムカムミニキーナ 「フロシキ」公演概要と感想

大阪・京橋へ。松下IMPホールでカムカムミニキーナの「フロシキ」を観る。松村武の作・演出。カムカムミニキーナはこの作品で全国ツアーを行っているが、大阪での公演は今日のマチネーとソワレの2回だけである。

カムカムミニキーナは東京の劇団だが、作・演出の松村武と看板俳優の八嶋智人がともに奈良県出身(奈良女子大学附属高校の同期生である)であるためか、関西的なノリを持っている。

「フロシキ」は途中15分間の休憩を含めて上演時間3時間15分の大作。宮本春という女性(藤田紀子が演じた)の一代記である。

前半は吉本新喜劇のような場面が続き、話のベクトルがどこを向いているのかはっきりしない。とはいえ、最初にキーワードとして「王道楽土」という言葉が語られているのでどういう話なのかはわかる。
満州はモンゴルに、新京は春京という名に、溥儀を思わせる人物は女性に置き換えられているが、非常に分かり易い。

3時間以上という上演時間を通してみると良くできた芝居である。前半はギャグやアドリブがしつこくて、「そこまでやる必要があるのか?」と疑問に思ったが、作品の長さが「劇を観た」という手応えにつながっていることは確かだ(もっとも、長いだけの芝居も多いが)。

川島芳子を思わせる人物、甘粕正彦を思わせる人物、満州の三スケを足したような人物、石原莞爾や板垣征四郎を思わせる人物も登場。満映、満鉄、阿片などの記号もきちんと散りばめられている。

アガサクリスティの某小説のパロディーも登場するが、舞台は満鉄のアジア号の中、乗客は全て当時の列強国の出身者。そして殺人犯は実は日本人というのも「象徴」として上手く機能している。

休憩を挟んで後半に入ると、バラバラだった話の断片が次第に収斂されていく。カムカムミニキーナのことだから深刻にはならないが、力強い「メッセージ」と「問い」が感じられる。誕生のシーンの象徴的表現なども効果的である。

正直言って、前半が終わったときにはラストでこれほど感動するとは思っていなかった。

日本人がこの世の「春」を謳歌し、希望と絶望、欲望と使命感、栄華と苦杯を味わったニューフロンティア・満州国とは一体何だったのだろう?

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2008年4月26日 (土)

これまでに観た映画より(19) 「あなただけ今晩は」

DVDでビリー・ワイルダー監督の「あなただけ今晩は」を観る。シャーリー・マクレーンとジャック・レモンの主演。1963年の作品。原作はブロードウェイのミュージカルだという。

舞台はパリである。ロケのシーンは美しく、当時のパリの様子がよくわかる。セットのシーンはDVDで映りが良くなった分、背後の建物が書き割りだとわかってしまう。それに登場人物は全員フランス人の設定なのに英語を話す。いかにもハリウッドらしい映画だ。
2時間20分と長い映画だが、飽きることなく見せる。ただ設定には無茶苦茶なところと巧妙なところが混在する。

様々な経歴を持ち、「それはまた別の話」という口癖を持つバーのマスターであるムスタッシュは三谷幸喜の作品に登場する人物の元ネタであることがわかる(例えば『巌流島』の佐助など。毎回、「それはまた別の話」という森本レオのナレーションで終わったテレビドラマ『王様のレストラン』では最終回に三谷幸喜がムスタッシュの格好をして登場した)。

X卿復活の場面は予想がつくのだが実際に目にすると笑ってしまう。
上質のコメディとして大いに推薦したい。

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2008年4月24日 (木)

俺は最高の国に生まれたんじゃなかったのか ブルース・スプリングスティーン 『ボーン・イン・ザ・U.S.A.』

アメリカのロックシンガー、ブルース・スプリングスティーンが1984年に発表したアルバム『ボーン・イン・ザ・U.S.A.』(ソニー・ミュージックエンタテインメント)を紹介します。

ブルース・スプリングスティーン 『ボーン・イン・ザ・U.S.A.』 ブルース・スプリングスティーンは1949年生まれ。アメリカの労働者階級出身者の代弁者ともいうべきロックシンガーです。彼がアメリカ最高のロックミュージシャンの一人という名声を完全に勝ち得たのは本作『ボーン・イン・ザ・U.S.A.』においてでした。

表題作でもある「ボーン・イン・ザ・U.S.A.」は、おそらくアメリカ史上初めてベトナム帰還兵のことを歌った歌。
戦いたくもないのに、労働者階級出身者だったが故に真っ先に戦場に送られ、帰国したら帰国したで居場所がないという絶望を歌ったものでした。

しかし、この曲が発表された1984年はロサンゼルス・オリンピック開催の年であり、スプリングスティーンが突きつけたメッセージは、祝祭ムードによって完全に誤解されてしまいます。人々は音楽の意味を理解しようとせず、気分だけを受けいれたのでした。

「ボーン・イン・ザ・U.S.A.」のサビの部分だけが熱狂的に迎え入れられ、ベトナム帰還兵の歌が何故か愛国の歌として受けいれられてしまいます。もうアメリカ人は自分達のことを客観的に見つめる目を失っていたのでした。

『ボーン・イン・ザ・U.S.A.』に収録された曲はいずれも深刻なメッセージがキャッチーなメロディーに乗せられていますが、人々はメッセージを楽曲から切り離してムードだけを楽しもうとしたのでしょうか。とにかく、すでにアメリカが抱える闇がここまで来てしまっていたということを期せずして世界中に知らせるアルバムにこの『ボーン・イン・ザ・U.S.A.』はなってしまったということになります。

以後、スプリングスティーンは、内容よりも気分が支配的になってしまったアメリカと再度対峙していくことを余儀なくされました。

スプリングスティーンの音楽も優れたものですが、時代の証言としても貴重な一枚です。

ブルース・スプリングスティーン 「ボーン・イン・ザ・U.S.A」(タワーレコード)

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2008年4月23日 (水)

柴田淳blogパーツ設定しました

私がリスペクトするシンガーソングライター、「しばじゅん」こと柴田淳さんのblogパーツを設定しました。ミュージックビデオを収めたDVD「しば漬け3」からの映像ダイジェストを見ることが出来ます。

右側サイドバーを御覧下さい(キャンペーン期間終了のため、現在は置いていません)。

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2008年4月21日 (月)

DVD「夕凪の街 桜の国」

日本映画「夕凪の街 桜の国」のDVDを紹介します。こうの史代のマンガを佐々部清の監督により映画化。主演:田中麗奈、麻生久美子。出演は、堺正章、中越典子、金井勇太、吉沢悠、伊崎充則、粟田麗、藤村志保ほか。

映画「夕凪の街 桜の国」DVDジャケット

広島の原爆をテーマとした作品でありながら、原爆を直接描くことなく、それでいて原爆の悲惨さをリアルに伝えるという異色作。

映像も音楽も美しく、それゆえに原爆の悲劇がよりクッキリと浮かび上がります。テーマは重いものの、描かれるのは日常であり、いかにも戦争映画といった雰囲気はありません。しかしそうであるがために、半世紀以上前と現在との繋がりが深く感じられるということでもあります。

1958年が舞台の「夕凪の街」編と、2007年が舞台の「桜の国」が緩やかに繋がる構成。原作マンガの芸術性が高いため、脚本と演出にかなり手こずった形跡が見られますが、映画としても高い水準は得られています。

陰と陽、内向きと外向きという正反対のキャラクターと役作りを見せる主演二人の演技の対比も見所の一つです。

Movie/夕凪の街 桜の国

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2008年4月19日 (土)

京都市交響楽団第511回定期演奏会 「広上淳一第12代常任指揮者就任披露」公演

4月18日、広上淳一が京都市交響楽団の常任指揮者に就任して初めての定期演奏会が京都コンサートホール大ホールでありました。京都市交響楽団(京響)の第511回定期演奏会。午後7時開演。

京都市交響楽団第511回定期演奏会「広上淳一第12代常任指揮者就任披露」公演 広上淳一は、1958年、東京生まれ。東京音楽大学を卒業後、名古屋フィルハーモニー交響楽団の副指揮者を経て、アムステルダムで開かれた第1回キリル・コンドラシン国際青年指揮者コンクールに優勝。

1990年代にスウェーデンのノールショッピング交響楽団の首席指揮者を務め、このオーケストラのレベルを大幅に引き上げて注目を浴びます。
1991年から2000年まで日本フィルハーモニー交響楽団の正指揮者、1997年から2001年までイギリスのロイヤル・リヴァプール・フィルハーモニー管弦楽団の首席客演指揮者も務めています。

2006年にはアメリカ・オハイオ州のコロンバス交響楽団の音楽監督に就任(同コンビはチャイコフスキーの交響曲第5番で、近くCDデビューする予定)。
そして、この4月から京都市交響楽団の常任指揮者に就任しました。

また、東京音楽大学指揮科主任教授、東京芸術大学指揮科非常勤講師なども務め、教育にも力を入れており、門下生に下野竜也、船橋洋介、川瀬賢太郎らがいます。

さて、常任指揮者就任後初の定期演奏会ですが、京都市が運営するオーケストラへの就任ということで、まずアーロン・コープランドの「市民のためのファンファーレ」が豪快に奏でられました。京響のブラスの音色は輝かしく、ティンパニと大太鼓が存分に鳴り響いて、祝祭的意味でも、音楽的意味でも最高のスタートとなりました。

続く、ハイドンの交響曲第104番「ロンドン」は、透明な音色の弦と色彩感ある管楽器による鮮烈な演奏。

メインはリムスキー=コルサコフの交響組曲「シェエラザード」。アラビアンナイトの世界を描いた、豊かな音色と巧みなオーケストレーションが特徴の名曲ですが、広上の指揮する「シェエラザード」は、アラビアンナイトの世界だけではなく、『千夜一夜物語』を読み進める読み手がページを繰る様までもが見えるかのような高い描写力とイメージ喚起力を持つものであり、間違いなく第一級の音楽を生み出していました。

広上は、背の低い可愛らしい感じのオジサンで、指揮する姿もユーモラスですが、ステージに接しているうちに、指揮者ではなく音楽そのものがオーケストラを導いているかのような錯覚に聴く者を迷い込ませる魔力の持ち主です。
広上淳一の演奏はCDでも聴けますが、その本当の魅力を味わうには実演に接する以外にありません。

こうした指揮者が、京都市交響楽団の常任になってくれたことは、望外の幸せです。

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2008年4月17日 (木)

コンサートの記(10) ワレリー・ゲルギエフ指揮PMFオーケストラ 大阪公演2004

2004年8月3日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールで

大阪のザ・シンフォニーホールへ。電車がいつになく混んでいる。東京のラッシュ時並みだ。何があるのかと思ったら十三(じゅうそう)で花火大会があるのだという。

今日のコンサートはワレリー・ゲルギエフ指揮のPMFオーケストラによるロシアプログラムだ。PMFは(Pacific Music Festival)の略である。環太平洋地域の学生を中心とする若い人による講習や試演会、レッスンなどが札幌を中心に行われる。創始者はレナード・バーンスタインだ。

歴代の指揮者にはクリストフ・エッシェンバッハ、シャルル・デュトワ、ベルナルド・ハイティンクなど錚々たる面々が顔を連ねている。

今年の首席指揮者はワレリー・ゲルギエフ、客演指揮者はファビオ・ルイージとこれまた豪華な顔ぶれだ。

曲目は最初がチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲。ソリストはニコライ・ズナイダー。若い人による祝祭オケなのであまり多くは期待できない。冒頭は弦が薄い。ズナイダーは情熱的な弾きぶりだが見た目ほど情熱的な音楽ではない。しかしゲルギエフは最終楽章に照準を合わせていたようだ。少しも力んだ所のない指揮なのにオケが物凄い勢いで鳴り始める。ほとんどソリストを挑発しているかのよう。ズナイダーも負けじと付いていく。ほとんど必死だ。ソロとオケが協演ではなく競演している。ズナイダー、結局は弾き負ける。ゲルギエフに勝てるわけはないか。

後半はショスタコーヴィチの交響曲第11番「1905年」。ホールの階段登り口に「今日は十三で花火大会があるので、音がホール内まで鳴り響く可能性があります」という怖ろしい貼り紙が。実際、花火の音はホールの中まで届いていた。演目がモーツァルトだったりしたらぶち壊しだったかもしれないが、ショスタコーヴィチだけに何か得体の知れないものの足音が響いているようで、逆に彩りとなる。

冒頭からただならぬ雰囲気。肺腑を抉るとはこういう音かと得心がいくような凄絶な響き。若い人達がこういった音を出すというのは普通は考えられない。

凄まじい演奏会となった。指揮者も曲も尋常ではない。天才が天才の曲を演奏して初めて現れる音の世界が目の前にある。ゲルギエフは聴衆を引きずってどこまでも行ってしまいそうだ。言い方は悪いが寄せ集めのオーケストラでここまで壮絶な演奏を繰り広げるとなると、手兵のマリインスキー劇場管弦楽団やウィーン・フィルを振ったらどうなってしまうのだろう。無論、色の付いていないオケだったからゲルギエフの解釈がそのまま反映されてそれが壮演につながったという可能性もあるが。

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2008年4月16日 (水)

ネオ・クロサワの名を全世界に轟かせた衝撃のサイコ・サスペンス 「CURE」

ネオ・クロサワこと黒沢清監督の名を全世界に轟かせたサイコ・サスペンス映画「CURE」のDVDを紹介します。
脚本&演出:黒沢清。主演:役所広司、萩原聖人。出演は、洞口依子、うじきつよし、中川安奈、大杉漣ほか。

黒沢清監督作品「CURE」 DVDジャケット

東京23区内を中心とした南関東地方各地で奇妙な連続殺人事件が起こる。死体はいずれも頸部を「X」の形に切り裂かれているのだが、逮捕された容疑者は複数で、互いに面識がなく、なぜ頸部を「X」型に切り裂いたのかを訊いても明確な答えが得られない。

警視庁の高部(役所広司)は、ドラマや映画、小説の影響の線を当たってみるが、それもないという。
捜査を続けるうちに、容疑者達と関連のある一人の男が浮かび上がる。男の名は間宮邦彦(萩原聖人)。数年前まで医科大学で精神医学を学んでいた青年である。記憶に障害を持つ間宮に殺人教唆の疑いがかかる……。

これまでに何度も何度も繰り返し観た映画ですが、最初に観たときの衝撃はさすがに弱まるものの、人間であることの悲しさや人間存在そのものの危うさと不気味さへの認識はむしろ高まっています。
そして何といっても萩原聖人が演じた間宮邦彦という男の存在。脚本や演出も巧みですが、間宮という、おそらく俳優なら誰でも演じてみたくなるような魅力的な悪役の造形に成功したことが、この映画の面白さを倍加させているのは間違いのないところでしょう。

Movie/Cure: キュア

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観劇感想精選(33) 魚灯 「静物たちの遊泳」

2007年5月26日 京都芸術センター・フリースペースにて観劇      

京都芸術センターフリースペースで、魚灯(ぎょとう)の「静物たちの遊泳」を観る。山岡徳貴子(やまおか・ときこ):作・演出。

とある団地が舞台。

佐野(藤原大介)が仕事を辞めて姿を消した。佐野の妻である千賀子(武田暁。たけだ・あき)と、佐野の不倫相手である美佐(山本麻貴)と、佐野の部下であった各務(ファックジャパン)が佐野の部屋に集まっている。千賀子と美佐の間に漂う不穏な空気。
その佐野は自宅の向かいの団地の一室で、さつきという女性(若手の阪本麻紀が演じているが、実は老女であることが中盤でわかる)と一緒にいた。向かいの自宅を覗く佐野。やがて、さつきも佐野が住んでいる団地の棟を始終見ていることを知る。佐野は自宅から持ってきたオセロゲームを手にして、さつきの部屋のベランダに立ったり、千賀子のいる部屋に鏡で合図を送ったりしている。千賀子もそれに気付いている。しかし気付いていながら互いに知らないふりをする。距離を隔てて覗き合うという、アンバランスで、倒錯的な関係が保たれている。

2004年の冬に上演された「この街の底ふかく」に似た仄暗いテイストを持つ作品で、魚灯としてはそれ以来のハイレベルな一作、というより、今のところ魚灯はこうしたテイストのものしか成功していないというのが不安でもある。
     
劇中で「ねっとりとした」というセリフが語られるが、それがこの作品の本質を表している。駄洒落風に「隠微な淫靡」とでも言おうか。
     
イントレ(舞台の高所作業で使う組み立て式のやぐら)をばらしたセットや人工的な感じのセリフから醸し出されるアンバランスさはこの作品の魅力でもあるが、セリフに関して言えば、不必要に語りすぎたり、逆に淡泊すぎたりと、技巧上のアンバランスさは気になった。

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2008年4月15日 (火)

シュトックハウゼン 「ヘリコプター四重奏曲」

ドイツ現代音楽の大家、カールハインツ・シュトックハウゼン(1928-2007)。
電子音楽追求の先駆けとなったのを始め、現代音楽界に多大なる功績を残した人ですが、同時に奇妙な言動も目立った人で、特に晩年は自らのCDレーベルを興し、自作を録音したCDを法外な値段で発売。しかも、CD購入に際してシュトックハウゼンの許可がなければならないという、妙なことまでしていました。

さて、今日、4月15日は、ヘリコプターの日だそうですが、シュトックハウゼンは、ヘリコプターを用いた音楽を書いています。どう用いたのかというと、ヘリコプター4機を用意。1機に一人ずつ弦楽四重奏団のメンバーを乗り込ませ、上空でホバリングしているヘリコプターの中で、ヘッドホンをつけた奏者が演奏。聴衆はコンピューターで調整された音楽をアンプを通して地上で聴く。という、かなり「来ている」代物です。
マンガ「のだめカンタービレ」の世界の住人達がまともに見えるほど、現実の音楽家はぶっ飛んでいます。

さて、「ヘリコプター四重奏曲」はCDになっています。幸いなことにシュトックハウゼンのレーベルからの発売ではないので安値で手に入れることが出来ます。

シュトックハウゼン 「ヘリコプター四重奏曲」 アルディッティ弦楽四重奏団 現代作曲家による弦楽四重奏曲を数多く演奏していることで知られるアルディッティ弦楽四重奏団の演奏を収めるシリーズの1枚として録音されたもので、WDR(西部ドイツ放送)とフランス国立放送が制作に協力しています。

録音は、初演時のヘリコプターのプロペラ音を用いつつ、スタジオで収録されるという、考えられ得る限り、最も常識的な方法で行われました。

さて、「ヘリコプター弦楽四重奏曲」ですが、困ったことにといいますか、面白い曲だったりします。

ヘリコプターのプロペラ音が通奏され、アルディッティ弦楽四重奏団のメンバーが、その羽ばたきの音を模した旋律を奏でていきますが、グリッサンド、ポルタメント、ピッチカートなど、弦楽器のあらゆる奏法を駆使して奏でられる音響が思いのほか格好良く、そして、聴き手が単調だなと思い始めそうなところで、奏者達が、「アイン、ツヴァイ、ドライ」とドイツ語で数を数え始めるのですが、これがまた絶妙のアクセントになっています。数を数えることに何の意味もないのですが、この意味を去勢された行為がアクセントになるという発想がまた格好いいのです。

演奏時間は30分を超えます。普通なら、ヘリコプターが30分以上もホバリングを続けていたら不快に思うはずで、だから騒音公害という問題も起こるのですが、プロペラ音が弦楽四重奏の通奏として用いられた場合は、何故か心地よさすら覚えます。

「何故」という問いかけを聴衆に突きつけてくるという意味で、音楽としてのみならず極めて現代的な作品。
ただ、この曲を「面白い」と思えることが喜ぶべきことなのかどうかは、はっきりいって私にもわかりません。

シュトックハウゼン  カールハインツ (1928-2007)/Helicopter Quartet: Arditti Q

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2008年4月14日 (月)

平成化政分化

橋下を流れる川の清過ぎる
みずの都の難波なるかも

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観劇公演パンフレット(27) こまつ座「円生と志ん生」(再演)

こまつ座の「円生と志ん生」の公演パンフレットを紹介します。といっても、こまつ座の場合は、「the座」という季刊誌を発行していて、それが公演パンフレットの代わりになっています。

「the座」No.57増補改訂版(「円生と志ん生」)は、2007年10月27日、西宮市の兵庫県立芸術文化センター中ホールにて購入。

こまつ座「円生と志ん生」(再演)

こまつ座の座付き作家である井上ひさしの自筆による六代目三遊亭円生と五代目古今亭志ん生の年譜、井上ひさしにより前口上、演出家:鵜山仁へのインタビュー、円生を演じる辻萬長と志ん生を演じる角野卓造の対談、出演者へのインタビュー、舞台監督:増田裕幸による稽古場日誌、円生と志ん生の生涯、二人の孫弟子である三遊亭鳳楽と古今亭志ん五による対談などが収められています。

「円生と志ん生」(再演)概要と感想

午後2時より、西宮市にある兵庫県立芸術文化センター中ホールで、こまつ座の公演「円生と志ん生」を観る。2005年初演の舞台の再演。脚本は当然ながら 井上ひさし。文学座の鵜山仁の演出。出演は、辻萬長(つじ・かずなが)、角野卓造、塩田朋子、森奈みはる、池田有希子、ひらたよーこ(平田オリザの奥さ ん。ポワーンとした感じの役をやらせるといい味を出す女優さんである)。女優陣はそれぞれ4役を演じ分ける。
池田有希子の演技を見るのは久しぶり。10年ぶりぐらいになるのではないだろうか。

昭和20年夏から同22年春までの旧満州国・大連が舞台。昭和20年の春、噺家の五代目古今亭志ん生こと美濃部孝蔵(角野卓造)と六代目三遊亭円生こと山 崎松尾(辻萬長)は、空襲が激しさを増す本土を離れ、大連にやって来る。ちょっといたら日本に帰るつもりでいたが戦火が激しさを増し、米軍が日本海を渡る 日本船を次々に撃沈しているということで帰るに帰れない。そこで満州国内各地で口演を行っていた。しかし、8月9日にソ連が突然参戦。奉天(現在の瀋陽) にいた志ん生と円生は、「関東軍が守ってくれるだろう」と安心しきっていたが、関東軍は市民を残してさっさと大連へ退却。志ん生と円生も大連にやって来 て、そこで8月15日を迎える。舞台はここから始まる。
密航でも何でもして日本に帰りたいと思う志ん生と円生だが、当然ながら思い通りにはいかない。大連市はソ連軍によって包囲され、市内では日本人が次々に行き倒れている……。

苦しく辛い時代を笑いでもって渡っていく、人間の強さと希望の力を描いた作品。悲劇にもなりうるストーリーを喜劇に転じている。

敗戦の悲惨さや政治のいい加減さも勿論きちんと描かれているが、それだけに留まらず、今、この時代、21世紀初頭のこの時代にも通じる要素を出しているのが井上ひさしらしい。
笑いと涙の同居した人生と、そうした人生を生き抜く人々への井上のまなざしは優しい。悲しいことばかりの現実だが、それを笑いで乗り切る。事実そのものを 嘆息しないで、喜びを見出す。笑いや喜びが創造であることを示し、暗い世界を明るく生きることが、落語や小説といったものの力で可能になるというメッセー ジが心地良い。

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2008年4月12日 (土)

大植英次指揮大阪フィルハーモニー交響楽団 ショスタコーヴィチ 交響曲第7番「レニングラード」

いうまでもないことですが、レニングラードはサンクトペテルブルクの旧称。サンクトペテルブルクは大阪の姉妹都市でもあります。

大植英次指揮大阪フィルハーモニー交響楽団 ショスタコーヴィチ交響曲第7番 1941年、ナチスドイツは独ソ不可侵条約を破って、ソ連に侵攻、旧都でソ連第二の都市であるレニングラードを包囲し、約900日に及ぶ攻防戦が展開されます。

そのレニングラード包囲戦のさなかで書かれたのが、ショスタコーヴィチの交響曲第7番「レニングラード」。
初演も、ドイツ軍がまだレニングラードを包囲している1942年に行われました。
この交響曲ではラストで勝利が描かれますが、作曲、そして初演された時点でもソ連軍は勝利しておらず、勝利への希望として書かれたとされています(異説はありますが、ショスタコーヴィチにも勝利への希望は間違いなくあったでしょう)。タイトルの「レニングラード」は、レニングラード包囲戦の中で書かれたということもありますが、実際にはレニングラード市に曲が献呈されたためについたものです。

そんなレニングラード(サンクトペテルブルク)の姉妹都市である、大阪のオーケストラ、大阪フィルハーモニー交響楽団(大フィル)が、音楽監督である大植英次と演奏した、ショスタコーヴィチの交響曲第7番「レニングラード」(フォンテック)。オーケストラの馬力が問われる作品であり、海外の名門オーケストラによる名演も多いのですが、大植と大フィルもなかなかの健闘を見せており、日本のオーケストラによるショスタコーヴィチの演奏としては第一級でしょう。
金管は力強く、大植の盛り上げ方も巧みであり、情熱が響きを突き破って噴き出してくるような熱い演奏になっています。2004年2月、大阪のザ・シンフォニーホールにおけるライヴ録音。

大阪フィルと大阪の新時代を切り開くという意志があったのかどうかはわかりませんが、大阪市の姉妹都市をタイトルとする「レニングラード」交響曲が演奏され、大植と大阪フィルのCD第一弾として発売された3枚の1枚に入ったという歴史的意義も感じさせる録音です。

ショスタコーヴィチ/Sym.7: 大植英次 / 大阪po (Hyb)

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コンサートの記(9) 遊佐未森コンサートツアー2006“休暇小屋”at大阪・なんばHatch

2006年5月26日 大阪・難波の「なんばHatch」にて

大阪へ。JR難波駅の向かいにあるライヴハウス(と呼ぶには少し大きいが)「なんばHatch」で、遊佐未森のコンサートツアー2006“休暇小屋”を聴くためである。地下鉄なんば駅で降り、外へ。大阪は雨が上がったばかりのようで、車道も歩道も濡れて黒くなっている。

遊佐未森コンサートツアー2006“休暇小屋”

遊佐未森は国立(くにたち)音楽大学出身のシンガーソングライターであり、癒し系シンガーの代表格とされている。シングル曲の発表が少ないことやテレビの歌番組に余り出ないということもあって、誰もが知っているというタイプの歌手ではなく、固定的なファンに熱狂的に愛されるというタイプのアーチストである。

澄んでいながら決して冷たくはならない高音(ファルセット=裏声も多用される)が心地良い。ほんわかとした優しい曲から、ノリのいい曲まで、作風は幅広く、また音大出身ということを生かして、純粋なインストゥルメンタル(遊佐はピアノを担当)も2曲ほど演奏される。
爽やかで幸福感に満ちた時間が流れていく。

森林浴という言葉があるが、遊佐のライヴは、さながら「音楽浴」と名付けたくなるような、健康的な音楽の息吹に満ちている。

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2008年4月11日 (金)

遊佐未森 『休暇小屋』

遊佐未森のアルバム『休暇小屋』(ヤマハ・ミュージック)を紹介します。

遊佐未森 「休暇小屋」 表題作である「休暇小屋」のほか、NHKみんなのうたで流れた「クロ」、カシオペア座のことを指す「冬の日のW」(アンジェラ・アキによる英語ナレーション入り)、ほぼ全編英語詞の「faraway」(日本語の詞が数小節入る)、ピアノ曲「エニシダ通り」、ピアノメインの「コハク」、ピアノ五重奏曲のスタイルを取る「あやとり」などを収録。

全曲、遊佐未森の作詞&作曲です。ピアノも全て未森さんの演奏。

浮遊感と癒しに満ちた遊佐のメロディーと声が魅力。

遊佐の書く歌詞はアルバムによって傾向が異なりますが、このアルバムではエッセイにより近い、明るさと生活感に満ちた親しみやすいものが中心になっています。

遊佐未森/休暇小屋

遊佐未森

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2008年4月10日 (木)

イ・ヨンエ 『とても大切な愛』

韓国を代表する女優の一人、イ・ヨンエ(李英愛)が2001年に書いたエッセイ『とても大切な愛』(二見書房。ブッキング)を紹介します。2002年に日本版が発行され、いったんは絶版になりますが、現在では復刻版が出ています。日本語訳:キム・ヨンヒ&加藤泉。

イ・ヨンエ 『とても大切な愛』

「宮廷女官チャングムの誓い」に主演し、日本でも抜群の知名度を誇るイ・ヨンエ。「酸素のような女性」というキャッチコピーを持ち、日本では「韓国の吉永小百合」ともいわれる清楚なイメージを持つイ・ヨンエ。しかし、彼女自身は外見よりも内面を重視し、よき女優であるための高い志と強い意志を持っていることがこの本からは伝わってきます。

タイトルでもある「とても大切な愛」は、イ・ヨンエ自身が司会を務めていたテレビ番組から取られたもの。「とても大切な愛」は、有名なミュージシャンをゲストに招き、恵まれない韓国の子供達の現状を紹介して寄付を募るという番組だそうで、下手をすると偽善っぽくなってしまう危険を孕んでいるように思えるのですが、イ・ヨンエの紹介によると、とても感動的で良い番組になったとのこと。
それが嘘でないことは、彼女自身の「幸せ」に関する考えを読んでもわかります。

今でも、誰か助けを求めている人がいたら、目を背けてはいけないという思いは、昔と少しも変わらない。「ともに分かち合う人生」とは、個々の性格にかかわらず心がけによって実現するものだと思うからだ。私が不幸だと周囲の人たちも幸せになれないように、周囲の人たちが不幸なら、私もけっして幸せにはなれない。

いつの間にか新自由主義が幅を利かせ、自己実現と個の幸福ばかりが叫ばれる世の中にあって、分かち合う愛の大切さを忘れようとしない彼女の信念の強さに心を打たれます。

イ・ヨンエの生い立ち、オードリー・ヘップバーンやチャールズ・チャップリンといった彼女が尊敬する映画人について、趣味の登山、アフリカでの活動や、ヨーロッパ旅行記なども収録されており、イ・ヨンエという女優と、韓国映画やドラマの魅力も味わうことの出来る一冊です。

イ ヨンエ/とても大切な愛

イ・ヨンエ(李英愛) 『とても大切な愛』 紀伊國屋書店BookWeb

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2008年4月 9日 (水)

麻木久仁子に勝てなくて

「クイズヘキサゴンⅡ」の携帯サイトでは、ほぼ毎週、予選ペーパーテスト50問が放送終了後に公開されます。私も受けてみるのですが、山本モナやラサール石井に勝つことはたびたびでも、麻木久仁子の点数を上回ったことはこれまで一度しかありません。今週も勝てなかった(ちなみに私は番組自体は見ていないという制作スタッフにとっては余りありがたくない人です)。

麻木久仁子さんが賢いのは「ヒントでピント」の頃から知っていますし、私と同じ11月12日生まれ(干支も同じ。どちらが上なのかはいうまでもないこと)なのが嬉しいのですが、それでもやはり勝ちたいよなあ。

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メロンのグミキャンディーを食べてみて

メロンのグミキャンディー

メロンのグミキャンディーが売っていたので買って食べてみました。メロンのグミはこれまで全く売られていなかったわけではなく、何度か売っているのを見かけたことがありますが、グレープやグレープフルーツや青リンゴ味といった定番のグミに比べると存在が薄いのは否めないところ。

食べてみてわかったのですが、美味しいことは美味しいものの、メロンの味とグミの食感は余りマッチしていないような。それに後味も甘さだけが残ってしまうところがあります。

ところで、子供の嫌いだったけれど大人になって食べられるようになったものは多いと思いますが、子供の時は好きだったのに大人になるとそうでもなくなる食べ物というものもあると思います。私の場合はメロンがそれで、嫌いというほどではありませんが、積極的に食べたいとは思わなくなりました。理由は全く不明。世の中、不明なことは多い。

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2008年4月 8日 (火)

闇の映像

目を閉じないと物事を思い浮かべることが出来ない人がいるということを知ったのは、私が二十歳頃のこと。それまでは、そんな人がいるとは思わずにいた。どうやら読書の習慣がないと、目を開けたままイメージを見つめるというのは難しい作業のようだ。

私の場合は、明るい場所で目を閉じると、逆に浮かび上がる白っぽい残層が気になって、イメージの世界に没頭出来なかったりする。

でもたまに、夜中に電気を消してイメージの世界を広げていくという作業は良いものだ。余り頻繁に行うと、心が沈みがちになるので、それは避けた方がよいと思うが。

闇の映像は、時に具体的で現実以上に鮮明で、あるいは抽象的で非現実的で、ときおり哲学的であり、メタ哲学的であったりする。

あらゆる感覚を研ぎ澄ますと、ある種の世界のエッセンスがそこに浮かぶのを感じることがある。それは真実ではないかも知れないが、私個人の答えだ。これまで経てきた記憶と今生まれる思考が相まって、闇の中に啓示を見る。そうしたことは頻繁には起きない。むしろ頻繁に起きたのなら嘘くさい。宗教じゃないんだから。
単なる「インスピレーション」、そういう見方も出来る。ただ、闇の映像に浮かぶ啓示は、日常生活で得るインスピレーションより、一層濃厚であることが多い。あるいはかつて夜行性であったという人間の、より本能に近い場所からの発想がそこに加わるためなのか。

人間社会は次第に闇の領域を削り、人々が闇の映像を見る時間も奪う。しかし、人間が闇を殺せば殺すほどに、人間の領域が狭まっていくように感じるのは気のせいなのだろうか。闇の中で、人々は多くのイメージを生み、イマジネーションの能力を高めていた。生産社会において、イマジネーションの能力の高さは必ずしも求められない。生産中に個々のイメージに浸られた困るからである。しかし、世界の流れが変わると、追放した闇の領域が人間を苦しめることになるのかも知れない。物質生産の時代ではなく、イメージ性の強い生産品が主流になる時代は近い。しかし、一般の人々がそうした流れに簡単についていけるようになるとは思えないのだ。

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2008年4月 7日 (月)

矢島裕紀彦 野球花伝書vol.2『山田久志 投げる』(小学館文庫)

阪急ブレーブスのサブマリンエースとして通算284勝を挙げた山田久志。
野球花伝書vol.2『山田久志 投げる』(小学館文庫)は、その山田久志の投球の秘技に矢島裕紀彦がインタビューを通して迫った一冊。

矢島裕紀彦 『山田久志 投げる』 まず、タイトルが良い。『山田久志 投げる』。直球勝負で格好いい。もっとも、これは山田久志がプロのピッチャーだったからで、例えば、『安倍晋三 投げる』だったら別の意味が出てしまって格好悪くなるのだが。

そんなことはどうでもいいとして、通算284勝を挙げたピッチャーの投球に関する奥義はやはり興味深い。

まずは、山田個人が何故にアンダースローを選んだのか、アンダースローの好投手が少ないのは何故か、から始まり(山田は背が低く、ただバネがあったので、高校の頃にアンダースローにするよう監督に言われたのだという。山田自身は高校時代は野手で、送球の時に、下から投げると良い球が行くということは自覚していたようだ。アンダースローのピッチャーが少ないのは指導できる人がアマチュアに少ないというのが本当のところのようである)、速球派であった山田が、交わすピッチングを憶えてからのこと、バッターとの駆け引き、連打される時はどういう心理状態なのかについてにまで山田は語っていく。

やはりプロでも一流になるピッチャーとは凄いもので、山田は、試合後も自分がその日投げた球を全て記憶していて、帰り道に思い出しては、どうすべきだったかを考えていたとのこと(おかげで、信号が青になったのに気付かず、後ろの車からクラクションを鳴らされることがしょっちゅうだったという)。また次の登板までも、どういう投球をするか常にイメージトレーニングを行っており、ストライクを取りに行って取れた場合と取れなかった場合を考え、何球目で勝負するかといった、あらゆるパターンを想定するという。それでもバッターとの読みに負ける場合は往々にしてあり、そういう場合は、自軍のバッターにどういった球を待つのかを聞くなどして参考にし、常に相手の裏を掻くことを狙っていたという。プロでなくてもピッチャーならばそうしたイメージトレーニングは行うが、山田の場合はそれが徹底しており、だからこそ284という、今後、この数字に達するピッチャーが現れるのかどうかというほど多くの勝ち星を挙げ得たということになるのだろう。

この本に収められたインタビューは1998年頃に行われたもので、当時はフォーク全盛の時代だったのだが、山田はいずれチェンジアップの時代が来ると語っており、その山田の言葉通り、現在ではチェンジアップを投げないピッチャーの方が少数派の時代。こうした山田の読みの的確さに感心させられる書物である。

矢島裕紀彦 『山田久志 投げる』(小学館文庫) 紀伊國屋書店BookWeb

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雨降り

雨は降る。穏やかな降りでは決してない。それでもまだ大したことはない。僕には傘があり、雨宿りできる場所がある。

あの日僕らはどしゃ降りの中にあった。余りにも激しい降りで、数メートル先も霞んで見えず、雨粒は容赦なく我々の目を打った。
雨は我々の体の内側を濡らし、血に混じり、血を薄め、前頭葉を麻痺させた。

今日もまた雨が降る。まだ大したことはない。
雨が家を流し、人を流し、都市を流す。知識として僕はそうしたことが実際にあったことを知っていて、そうであるが故に、僕は僕だけで完結は出来なくなった。

でも今は僕には傘があり、雨宿りできる場所がある。これは決して当たり前のことではないのだけれど、それに対して敏感であり続けられている。
僕は僕だけに完結していないだけに、外にある。外では誰のためにでもなく雨が降っている。

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2008年4月 6日 (日)

スワローズグッズ総合カタログ2008

東京ヤクルトスワローズの2008年度のグッズカタログが届いたので紹介します。

スワローズグッズ総合カタログ2008 今年から背番号が22に変わった、2年目の増渕竜義投手のグッズが増えています。

一番多いのは、天才バッター青木宣親選手のグッズで、レプリカユニフォーム、ユニフォームTシャツ、Tシャツ、シグネチャーナンバーTシャツ、漢字レプリカユニフォーム、レディースレプリカユニフォーム、プレイヤーズロングTシャツなど、全てに青木選手の背番号23のものが用意されています。

オリジナルマスコットである、つば九郎のグッズも多彩。そして、ドラえもんやハローキティなど、スワローズと直接関係のないグッズもなぜか充実しています。

カタログの表紙左下隅にいる、背番号11、由規投手のグッズはまだ載っていませんが、活躍次第では、シーズン中に出来る可能性もあると思います。

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鳥葬

車に轢かれた鳩の屍骸を烏がついばんでいた。

たったそれだけのことだと、言えば言える。

ただ、車という現代が生み出したものがもたらした死に、鳥辺山(鳥部山)の名の由来であり、京都の歴史を語る上で落とせない鳥葬が行われているのを目にすると、遠く離れているはずの歴史上の地点と地点が結びつけられたかのような、奇妙な錯覚に陥るのだった。

死の見えない現代が生み出した鳥葬。

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2008年4月 5日 (土)

帝王の白鳥の歌 ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 ブルックナー交響曲第7番

「帝王」と呼ばれ、指揮界において並ぶ者のない権力を手に入れたヘルベルト・フォン・カラヤン。しかし、権力者の常なのか、最晩年には女性クラリネット奏者を無理矢理ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団に入団させようとさせ、一年間の試用期間の後に、オーケストラから「入団はやはり認められない」との申し出があったにも関わらず、それでもゴリ押ししようとして、ベルリン・フィルとの関係はかってないほどに悪化。そして公的な存在であるベルリン・フィルを私的財産のために利用したと告発され、結局、事実上の解任にまで至りました。

ベルリン・フィルとの関係が悪化し始めてからのカラヤンはウィーン・フィルハーモニー管弦楽団との仕事を増やすようになりましたが、1989年4月にウィーン・フィルを指揮したブルックナーの交響曲第7番がカラヤン最後のレコーディングになりました。

ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 ブルックナー交響曲第7番 この録音を聴いた指揮者のリッカルド・ムーティが、「まるで神の声を聴いているかのようだ」と評したことでも知られる名盤。とはいえ、ムーティの発言は却ってこのCDの評価を微妙なものにしてしまったのかも知れませんが。

名演奏であることに違いはないのですが、同時に不思議な演奏でもあります。第2楽章の「内を向いた拡がり」とでも表すしかない演奏に顕著ですが、確かにカラヤンの音がして、金管も咆哮しているのに、何故か静かな佇まいが感じられる演奏で、この手のブルックナーはカラヤン自身の演奏を含めて他に例がありません。
クラシック音楽を身近なものにし、ビジネスとしても成り立たせたカラヤン。音楽的にもわかりやすかったカラヤン。しかし、全盛期のギラギラした響きとは異なるオーケストラサウンドを最後に生み出したカラヤンも他の多くの大指揮者と同様にミステリアスな存在だったわけです。

ブルックナー/Sym.7: Karajan / Vpo

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2008年4月 3日 (木)

観劇感想精選(32) ミュージカル「アルジャーノンに花束を」

2006年3月9日 大阪厚生年金会館芸術ホールにて観劇

大阪へ。西区にある大阪厚生年金会館(ウェルシティ)芸術ホールで、ミュージカル「アルジャーノンに花束を」を観る。
原作はいわずと知れたダニエル・キイスのベストセラー小説。脚本・作詞・演出は宝塚歌劇団所属の荻田浩一。出演は浦井健治、安寿ミラほか。

32歳だが、幼児並みのIQしか持っていないチャーリー・ゴードン(浦井健治)。チャーリーはビーグマン大学が行うある実験に参加を希望する。その実験とは、手術によってIQを向上させるというものだった。手術は成功。「これで、難しいこともわかる」とチャーリーは喜んだのだが……。

浦井健治はミュージカル界の新星、安寿ミラは宝塚の元トップスター、宝塚歌劇団所属の演出家・荻田浩一の脚本・演出、ということで、役者が売りの、女性受けのする豪華で甘口のミュージカルに仕上げてあるのかな、と予想していたが、どうしてどうして、脚本も演出も音楽もしっかりしており、感動させられる。ネズミが走る回し車と運命の輪を重ねたようなセットもシンプルながら効果的だ。
俳優陣は歌声も演技も理想的。いずれもあまり仰々しくないのが良い。

そして何といってもストーリーだ。主人公であるチャーリー・ゴードンに自己投影してしまう人が多く驚いたと、原作者のダニエル・キイスは書いているが、私もチャーリーについつい自分を重ねてしまう。チャーリーの人物造形はそれほど良くできているのだ。

客席はやはりほとんどが女性で占められていたが、人間の尊厳や存在意義にも関わる深い内容を持つ作品なので、男性にも薦められる。

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2008年4月 2日 (水)

図書館遍歴 ─図書館開設記念日ということで

最初に行ったのは、自宅の最寄りの図書館。といっても私が育ったのは千葉市郊外の住宅地だったので、いわゆる図書館と聞いてイメージするような立派なものではなく、公民館の一角にある図書室のようなものです。保育所の頃から、小学生時代までは、各週土曜日に母親と一緒に行って、本を借りてくるというのが習慣でした。

小学校低学年ぐらいまでに読んだ本で印象深いのは、「ぐりとぐら」シリーズや、あまんきみこの「車のいろは空のいろ」シリーズ。「車のいろは空のいろ」シリーズは大好きで、本に出てくる話では足りずに、自分で話を作っていました。といっても原稿用紙に向かっていたわけではなく、自分が主人公のタクシー運転手である松井さんになりきって、色々な設定をこしらえて演じていたわけです。
マンガの「ドラえもん」も藤子不二雄が書いたものだけではもの足りずに、自分で設定を決めて、一人何役も演じて楽しんでいましたから、本を読んでも同じことをしていたわけです。

小学校中学年は歴史上の人物の伝記やマンガを読むことが多くなったのですが、高学年になると母親の影響でミステリー小説を借りて読むようになりました。これも小説本編だけでは物足りなくなって、マニアックな研究書まで借りて読んでいました。“これこれはこうなっているけれど、実は裏にはこういう意味があって”という類の本ですね。

小学校の図書室は児童が授業をサボってこもらないように、ほとんど開いていなかったと記憶しています。図書館がある意味がないじゃないかと思うのですが。でもたまに開いている時には、本を読んでいましたが、そこで読んでいたのは小説などではなくて、法隆寺だとか、城郭だとかの建築関係の易しい本が多かったと記憶しています。もうその頃から建築が大好きだったようです。

中学校の図書室も小学校と同じ理由で開いていなかった、って、千葉県は本当に教育水準が低いなあと思うのですが、クラブ活動で、集団読書クラブというのに入っていたんです。集団読書クラブというのは、クラブのメンバー全員で同じ本を読むということに表向きはなっていたのですが、実際は、普通の読書クラブにしてしまうとメンバーが多くなりすぎるということで、集団読書と銘打って、人と同じことをするのが苦手な生徒を他の読書クラブに行くように仕向けていただけです。本当は各々が勝手に好きな本を読んでいいという普通の読書クラブでした。
そこでは、中学生レベルの脳関連の本や天文関係の本も読んでいましたけれど、太宰治全集やら『レ・ミゼラブル』なども読んでいました。『レ・ミゼラブル』は長かったなあ。

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