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2008年6月23日 (月)

コンサートの記(14) 広上淳一指揮 京都市交響楽団第503回定期演奏会

2007年8月8日 京都コンサートホールで

午後7時より、京都コンサートホールで、京都市交響楽団第503回定期演奏会を聴く。指揮台に立つのは、2008年4月より京都市交響楽団第12代常任指揮者となる広上淳一。日本人指揮者として最も活躍の期待される広上であるが、国内オーケストラのシェフの座に就くのは初めてである


今日のプログラムは、前半が、ラヴェルの「ツィガーヌ」と、1973年生まれの若い作曲家ジョナサン・レシュノフのヴァイオリン協奏曲という、いずれもヴァイオリン独奏とオーケストラのための作品。ヴァイオリン独奏は、広上が音楽監督を務める米・コロンバス交響楽団のコンサートマスターでもあるチャールズ・ウェザビー。
後半が、ワーグナーの「ジークフリート牧歌」と、リヒャルト・シュトラウスの「死と変容」。渋めの選曲である。

ヴァイオリン独奏のチャールズ・ウェザビーは、ラテン系の情熱溢れる音楽を奏でる。アメリカ生まれのアメリカ育ちとのことだが、先祖はどこの出自なのだろうか。

「ツィガーヌ」はヴァイオリンソロで始まる。このソロが比較的長い。広上は指揮台の上で首を振りながら音楽を楽しんでいる。
そして、オーケストラ伴奏が始まる。予想を大きく上回る美音に驚いた。京都市交響楽団(京響)がここまで美しい音を出せるとは思わなかった。しかも音が美しいだけではなく、ニュアンス豊かで繊細な音楽である。さすがは広上。

ジョナサン・レシュノフのヴァイオリン協奏曲は日本初演。チューブラーズベルが鳴り、鉄琴をヴァイオリンの弓で奏でて神秘的な音を出すなど、多彩な表情が魅力的。ハリウッド映画音楽的な親しみやすさもあり、コルンゴルト(オーストリア生まれのユダヤ系作曲家。「モーツァルトの再来」と言われるほどの神童ぶりを発揮するが、ナチスのユダヤ人政策を逃れて渡米。アメリカでは映画音楽の作曲などもするが、当時は映画音楽の作曲をしただけで低く見られる風潮があり、また前衛の時代にあって音楽の美しさを求め続けたコルンゴルトは冷遇された。最近になって急速に再評価が進んでいる)の音楽を連想させたりもする。
現代音楽ではあるが、実に楽しい曲であった。広上はグバイドゥーリナのフルート協奏曲をコンサートで取り上げたりもしているが、こうした面白い現代音楽を見つけてくるのが上手い。

指揮姿と出てくる音楽は一致する場合が多いのだが、広上は別。腕を上下に動かしているだけの単調な指揮なのだが、出てくる音楽は表情豊か。謎の指揮者である。始終、「しっ、しっ」と声を上げて指揮しているのが玉に瑕。

ワーグナーの「ジークフリート牧歌」。生後間もない愛息ジークフリートと愛妻コジマのためにワーグナーが書いた愛らしい曲である。コジマとの結婚に関しては曲のイメージとは正反対の出来事があったりするのだが、それはまた別の話。
京響から室内楽的に透明で、温かくて、優しく、詩情溢れる音を引き出した広上の実力に感服。聴き惚れるだけである。


リヒャルト・シュトラウスの「死と変容」は、タイトルからわかるとおり「死」とテーマにした交響詩。別の邦訳である「死と浄化」の方が内容理解のためには適当かも知れない。リヒャルト・シュトラウスの交響詩の中では比較的地味で知名度もさほど高くないが、広上の手に掛かると、「死と変容」が煌びやかな曲に変わる。京都市交響楽団も、普段聴き慣れたあの京響と同じオーケストラとは思えないほどの充実ぶり。広上が手を前にちょっと出すだけで爆発的に鳴り、広上が手首を返すだけで音の深みが増す。

広上淳一、大した男である。

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