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2008年6月11日 (水)

観劇感想精選(37) 「死ぬまでの短い時間」

2008年1月11日 大阪・茶屋町の梅田芸術劇場シアター・ドラマシティにて観劇

午後2時からシアター・ドラマシティで「死ぬまでの短い時間」を観る。作・演出:岩松了。出演は、北村一輝、秋山菜津子、田中圭、古澤裕介、内田慈(うちだ・ちか)。声の出演:清水萌。

「死ぬまでの短い時間」は岩松了初の音楽劇ということで、バンドの生演奏と歌が入る。演奏はトリティック・ヘテダス(ヴォーカル:長屋美希恵、サックス:淡谷三治、ギター:森安信夫、パーカッション:小野かほり)。音楽劇ということだが、音楽や歌詞は劇の内容とリンクしたりしなかったりする。この音楽と劇の微妙な関係は、劇のストーリーの質をも暗に示している。

広場のような場所。タクシードライバーのシミズ(北村一輝)がパンを袋から出して食べていると、コースケという若い男(田中圭)が話しかけてくる。シミズは、乗せた女性が崖から自殺することが多く、「自殺幇助のシミズ」として一部で知られており、コースケはそのことでシミズに興味を持っているのだ。そこにドイ(古澤裕介)とミヤマ(内田慈)というカップルがやってくる。ドイは金持ちの息子、ミヤマはダンサーで、ドイはミヤマに惚れ込んでいる。ドイはシミズが地面に置いておいたパンの袋を踏んでしまうのだが、シミズはそれを知っていながら別に気にするでもない。
フタバという女(秋山菜津子)がやって来てシミズに話しかける。「崖まで行って欲しい」というのだ……。

シアター・ドラマシティでやる劇としてはかなり作家性の強い演劇である。そして難解。時系列をずらせば全て説明は出来る(そんなことをしても面白くはないのだが)のだが、ギミックが多用されているということもあり、正確なところを把握するのは困難である。
小劇場演劇のようなテイストを持っており、シアター・ドラマシティのようなキャパの場所でこうしたタイプの演劇をやるのは初めてではないだろうか。

劇中、ドイがミヤマに話しかける「小さい箱に入っているものを大きな箱に入れちゃったのでみんな大変だよ」というセリフがあるが、「箱」というのは劇場のことだろう。メタ的なセリフである。確かにやる方も大変だが、観る方も大変だ(小道具が小さくて、役者が何を持っているのか見えないのである。あとで確認したところ、やはり東京では小劇場であるベニサン・ピットで上演されていた)。

もしタイトルに沿った形で解釈するなら、冒頭に全ての答えは出そろっているわけで、時系列通りに物語は進んでおらず、シミズとコースケの二人のラインだけがある程度リアルで、その間を死者達が出たり入ったりしているということになる。強いメッセージ性があるわけではなく、寓意を用いているとも考えられないので、おそらく私の把握で大体はいいのだと思う。ただ推理ドラマではないので、そんな骨格を暴く作業をしても面白くない。むしろ、曖昧さが持つ要素を考えていった方が楽しい。
このタイプの演劇においては、実は事実が本当に事実であるかどうかはそれほど重要ではない。事実そのものではなく、それが「どのようにある」と捉えられるのかを探る方が重要である。
ラストで種はある程度までは明かされるのだが、そこで浮かび上がるのは人間という存在の曖昧さである。劇自体が曖昧な構造(推理ドラマの構造とは違い、全てのパーツがピタリと嵌るわけではない)を持っているのはそうした意味では必然でもある。

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