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2008年8月 4日 (月)

観劇感想精選(44) 燐光群 「『放埒の人』はなぜ『花嫁の指輪』に改題されたか、あるいはなぜ私は引っ越しのさい沢野ひとしの本を見失ったか。」

2007年7月13日 大阪・なんばの精華小劇場にて観劇

午後7時から、大阪・なんばの精華小劇場で、燐光群の「『放埒の人』はなぜ『花嫁の指輪』に改題されたか、あるいはなぜ私は引っ越しのさい沢野ひとしの本を見失ったか。」という長いタイトルの作品を観る。原作:沢野ひとし、作・演出:坂手洋二。

沢野ひとしの短編小説集『放埒の人』や、沢野ひとしの複数のエッセイをもとに坂手洋二が台本を書き上げた。坂手によると、「この劇の九十九パーセントは沢野さんのコトバを使っている」とのことである。

沢野ひとしの一代記、というと語弊があるが、沢野ひとしをモデルとした人物の人生を描いた「物語」。語り手をおいた、純粋な「物語」であり、主題らしきものも裏にメッセージを宿すということもないのだが、それも観ていて心地良い。

上演時間2時間30分強(途中休憩なし)の長尺であるが、テンポは非常に軽妙であり、また語り手や演じ手が複数おり(主人公の沢野ひとし一人をとっても、少年時代から老年に至るまで、7人の俳優によって演じられる)、また、役者の演じる役が次々に切り替わるため、飽きが来ないどころかグイグイ惹き付けられる。一代記だけに、一つの役を一人の俳優で演じるという普通のスタイルだったら、こちらの集中力は2時間30分保たなかったかも知れない。燐光群のスタイルの勝利といっていいだろう。

女にだらしないハチャメチャな人生が描かれるが、笑いがあり、渋みもあり、そして「他人様の人生」だということで大いに楽しむ。

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