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2008年9月の30件の記事

2008年9月28日 (日)

徹底されたカラヤン美学 ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 チャイコフスキー交響曲第6番「悲愴」(1971年盤)

帝王カラヤンの十八番中の十八番というべきレパートリーだったのが、チャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」。カラヤンはスタジオ録音だけでも実に7回もこの曲をレコーディングしています。今日紹介する、1971年のEMI盤は5回目の録音。
1971年といえば、カラヤンとベルリン・フィルの絶頂期ともいうべき時期で、ベルリン・フィルの威力はこれ以上を望めないほどです。

ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 チャイコフスキー交響曲第6番「悲愴」(1971年盤) カラヤン&ベルリン・フィルの最大の特徴はサウンドの威力、最大の美点は耽美的ともいうべき磨き抜かれたサウンドですが、チャイコフスキーの「悲愴」はそのいずれにおいても、このコンビの実力を示すのに最も適した曲でした。

第1楽章の冒頭から音の威力全開で、他の演奏とはまるで異なることがわかります。

歌も、音色が溢れて滴り落ちるような美音も全てがカラヤンの美学に染め抜かれていて、オーケストラ演奏の極北ともいうべき地点に達していることが感じられます。

第3楽章の爆発力、第4楽章の洗練度なども特筆事項。

果たして、こうした演奏がチャイコフスキーの本質を突いたものなのかというと疑問を持たざるを得ませんが、究極のオーケストラ演奏とはいかなるものなのかを知ることの出来る希有の名盤です。

チャイコフスキー/Sym.6: Karajan / Bpo

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2008年9月27日 (土)

恋する血液型診断

「恋する血液型診断」を紹介します。

http://event.partner.yahoo.co.jp/love_bloodtype/

オトコ脳、オンナ脳どちらのタイプを持っているのかが5つの設問によって診断されます。

ちなみに私は血液型診断は全く信じていません。

結果は、


Yahoo!パートナー 恋する血液型診断
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だ、そうな。

自己認識では、私は完全なオトコ脳のはずですが、お遊びなので、文句を言うのも野暮でしょう。

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観劇感想精選(51) 「フキコシ・ソロ・アクト・ライブ 『(タイトル未定)』」 大阪公演のタイトルは『アボカド』

2008年3月5日 梅田芸術劇場シアター・ドラマシティにて観劇

午後7時より、大阪・茶屋町のシアター・ドラマシティで、吹越満のソロ・パフォーマンス「フキコシ・ソロ・アクト・ライブ『(タイトル未定)』」を観る。『(タイトル未定)』がタイトルである。

『(タイトル未定)』というタイトルであるが、吹越が登場し、タイトルを示すと同時に、「『(タイトル未定)』って作品を見に行くんだけど」、「タイトルが決まってないの?」、「いや『(タイトル未定)』ってタイトルなんだよ」、「でも『タイトル未定』なんでしょ? ということになると紛らわしいので」、と一人二役で語り、その場でタイトルを決めることにする。

吹越がお客さんに、「タイトルは何がいいですか?」と訊くが、お客さんもいきなりなので応えられない。そこで吹越は「好きな食べ物は何ですか?」と訊く。フミさんという女性が「アボカド」と応えたので、大阪公演のタイトルは、「フキコシ・ソロ・アクト・ライブ『アボカド』」に決定。吹越はもう一人のお客さんにも同じことを訊いて、「卵かけご飯」という返事を得たが、そちらは採用されず。

イッセー尾形も同じようなソロパフォーマンスを行っているが、吹越満はイッセー尾形よりもずっとシュールである。

アイデアの豊富さに感心する。私もこれからこのシーンがどう展開するのか先を読むのだが、読み切れない。まあ、当然で、読めてしまったら面白くないし、読めるんなら自分だってソロ・アクトを行える。多くの観客が先を読む中で、それを超えるものを見せる必要があるのだから、パフォーマーは大変である。

元ワハハのプリンス、吹越満。ワハハ本舗の公演は観たことがないのだが、彼は売れっ子になる前に、フジテレビ系深夜の推理番組でナビゲーターをやっていた。私が吹越満を知ったのはそれが最初である。

2003年だったと思うが、やはりシアター・ドラマシティで、「エレファント・バニッシュ」という公演を観ている。イギリスの演出家、サイモン・マクバーニーが村上春樹の短編小説数編を選んで舞台化した作品で、吹越満と高泉淳子が主演だった。作品自体は、村上春樹の短編小説をそのまま並べただけで、「ああ、サイモン・マクバーニー、村上春樹がわかってないや」という感想で終わってしまうものだったが、吹越満と高泉淳子は印象的な演技を見せた。
余談だが、カーテンコールでステージに呼ばれたサイモン・マクバーニー氏は、私の客席の前にあった階段で思いっきりこけて転がり落ちていた。怪我はしなかったようだけれど。

また、これはテレビで観たのだけれど、野田地図の「Right Eye」という公演での吹越も良かった。テレビ録画のあった日に、携帯電話を鳴らしたお客さんがいて、野田秀樹と吹越満に思いっきり突っ込まれていたっけ。

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観劇感想精選(50) 江守徹&西岡徳馬ほか 「サンシャイン・ボーイズ」

2008年7月2日 梅田芸術劇場シアター・ドラマシティにて観劇

午後2時から、梅田芸術劇場シアター・ドラマシティで、「サンシャイン・ボーイズ」を観劇。いわずと知れたニール・サイモンの代表作である。

主演:江守徹、西岡徳馬。出演:笠原浩夫、高谷あゆみ、山崎ちか、池谷尚史、大橋てつじ。演出:福田陽一郎。

江守徹演じるウィリーと西岡徳馬演じるアルの二人の比重が非常に高い作品で、二人芝居+α的芝居である。

43年もの間コンビを組み、サンシャイン・ボーイズの名でコントを発表し続けていたウィリー(江守徹)とアル(西岡徳馬)。しかし、11年前、「エド・サリヴァン・ショー」に出演した直後に、アルが一方的に引退を表明してニュージャージーの田舎に移ってしまい、以後は絶交状態が続いている。

残されたウィリーはニューヨークで役者稼業を続けているが、高齢ということもあり、仕事は入ってこない。ある日、CBSからサンシャイン・ボーイズを11年ぶりに復活させようという企画が持ち上がり、アルはこの話に乗って、ニュージャージーからニューヨークにやって来る。しかし、ウィリーはアルを簡単に許そうとはせず……。

昨年、脳梗塞で入院した江守徹の舞台復帰作。江守は体力的には衰えたようだが、かなり元気そうで安心する。

三谷幸喜が主宰していた劇団「東京サンシャインボーイズ」の名の由来となった名作だけに、本が優れているのは当然だが、基本的にはウィリー役とアル役の俳優二人の力で見せる芝居であり、主役俳優の技量が問われる。江守、西岡はともに持ち味を存分に発揮しており、福田陽一郎のオーソドックスにして堅実な演出も冴えていて、優れたエンターテインメントとなっていた。

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2008年9月26日 (金)

コンサートの記(23) 佐渡裕指揮京都市交響楽団 「VIVA! バーンスタイン」

2004年9月11日 神戸国際会館こくさいホールにて

神戸へ。JR三ノ宮駅で下車。歩いて5分ほど南にある神戸国際会館こくさいホールに行く。今日はここで「VIVA! バーンスタイン」という、オール・レナード・バーンスタインプログラムによるコンサートがある。佐渡裕の指揮京都市交響楽団の演奏。大阪音楽大学ザ・カレッジ・オペラハウス合唱団。ブルノ・フォンテーヌのピアノ。歌手に中鉢聡(テノール)ほか。兵庫県の主催で明石、神戸と大阪でコンサートを開く。京都市生まれの京都市育ち、大学も京都市立芸術大学の指揮者と京都市のオーケストラのコンサートなのに何故か京都公演はなし。何故だ?

こくさいホールに行くのは初めて。あまりいい印象は持てなかった。1999年5月にオープンした比較的新しいホールだが、3階席はかなり高いところにあり、ステージから遠すぎる。NHKホールより遠い。しかも傾斜がきついので、下に転げ落ちそうな錯覚にとらわれて落ち着けない。


開演前にトーク。スポーツライターの玉木正之氏と佐渡の対談がある。佐渡によるとバーンスタインは身長が160cmほどしかなかったことを明かす。思ったよりかなり低いので驚く。

佐渡裕はレナード・バーンスタイン(愛称:レニー)の最後の弟子。師譲りのダイナミックな指揮が特徴だ。時折、指揮台から飛び上がるなど、まさにバーンスタインを思わせる。京都市交響楽団は特に金管にノリが不足。日本のオケだから仕方ないか。ロイヤル・フィルもウィーン・フィルもレニー作品の演奏は下手だったから。ホールもデッドで足を引っ張っている。ただ声は良く通る。

ダイヤモンドが歌詞に出てくるミュージカル『キャンディード』よりのナンバー「きらきらと華やかに」ではソプラノの天羽明惠が尾崎紅葉の『金色夜叉』からの名ぜりふ「今月今夜のこの月を…」を引用して会場を爆笑させた。

演出でライトを使うのだがこれが逆効果。余計なものにしか感じられない。会場で配られたパンフレットに歌詞と対訳が載っていて親切なのだが、客席は暗いので歌詞が読み取れない。ライト演出はいいから客席をもう少し明るくして欲しい。

クラシックのコンサートは休憩込みで2時間以内が普通だが、今日は2時間半以上も続き、サービスがいい。

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2008年9月25日 (木)

豊かすぎず貧しすぎず

物質的に豊かすぎず貧しすぎず生きるのは、重要であるともいえる。だが、今、私が問うのは、想像力についてだ。

日本の女性シンガーソングライターのアルバムを何枚か立て続けに、ではあるが丹念に聴いてみた。歌詞とメロディーと伴奏を追い、彼女たちの中で創造された世界を私の中で再創造する。

言葉とは具体的でありながら曖昧で、規定的でありながら創造的でもある。言葉から受けたイマジネーションを膨らますのは自由である。しかし、恣意的な捉え方をしていたのでは、何も伝わっては来ない。

鑑賞というのは確かに一方通行的なものではある。伝える側はちゃんと伝わったかがわからないし、受け取った側もきちんと受け取れたのかどうか正確には確認できない。

伝える側は、伝えることが仕事だという意識はもちろんあるだろう。だが、受け取る側は受け取ることが仕事だと考えないことからすれ違いが生じやすい。

受け手が想像力を伸ばしすぎて、どこか別の場所に着地して、勝手に確定してしまうというのも困ると言えば困る。逆に想像力を縛り付けて、言葉を字義通り受け取っても、そんな広がりのない世界が面白いはずもなく、またそうなっては危険でもある。

だから言葉の両面に注意を向け、想像力を豊かすぎず貧しすぎず駆使するように心がけることは、鑑賞の、いやコミュニケーションの、いや存在とそれを形作る上で重要だと思うのだ。

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2008年9月24日 (水)

得られるもの

得られるものの大半はオモチャ同然なのかも知れないと思うことがある。

得ることばかりが人生だと考えている人もいるようだけれど、何を捨てるのかを慎重に選び出す能力の方が、生きるには大切なようにも思う。

世界に同化することなく対立することなく、面と向かい合うには、出来るだけ少ない道具でも形作れるものを考え、シンプルな自己を築く覚悟もまた必要なのではないだろうか。

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2008年9月23日 (火)

サー・チャールズ・マッケラス指揮スコットランド室内管弦楽団 「ブラームス交響曲全集」

1925年生まれの名指揮者、サー・チャールズ・マッケラスが、スコットランド室内管弦楽団を指揮して完成させた「ブラームス交響曲全集」(TELARC)を紹介します。交響曲全4曲の他、交響曲第1番第2楽章の別バージョン、「大学祝典序曲」、「ハイドンの主題による変奏曲」を収録。

サー・チャールズ・マッケラス指揮スコットランド室内管弦楽団 「ブラームス交響曲全集」 ブラームスというとどうしても、「暗い」「重い」というイメージがありますが、メカニックに優れたスコットランド室内管弦楽団を振ったマッケラスは、そうしたブラームスに対する先入観を覆す鮮やかな演奏を繰り広げています。

小回りの利く室内管弦楽団の長所を生かして、構造は明晰、細かい音の動きもよくわかります。そして音色は明るく張りがあり、音楽はエネルギーに満ちています。それでいながら、ベテラン指揮者だけが出せる自然な憂いが全編に漂っており、エネルギッシュなだけのブラームスには陥っていません。

重厚なブラームスだけがブラームスではないことを教えてくれる痛快な名盤です。

ブラームス/Comp.symphonies: Mackerras / Scottish.co

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2008年9月22日 (月)

コンサートの記(22) 兵庫県立芸術文化センター 佐渡裕芸術監督プロデュースオペラ[リバイバル]『蝶々夫人』

2008年3月28日 兵庫県立芸術文化センター大ホールにて

兵庫県立芸術文化センター大ホールで、佐渡裕芸術監督プロデュースオペラ[リバイバル]「蝶々夫人」を観る。午後2時開演。

2006年に、兵庫芸術文化センターの佐渡裕芸術監督プロデュースオペラ第1弾として上演されたプッチーニの歌劇「蝶々夫人」の再演である。

芸術監督&指揮:佐渡裕、演奏:兵庫芸術文化センター管弦楽団。演出:栗山昌良。舞台装置:石黒紀夫。衣装:緒形規矩子。

佐渡裕指揮 「蝶々夫人」[リバイバル] Wキャストによる公演であり、本日の配役は、蝶々夫人に並河寿美、ピンカートンにアレッサンドロ・リベラトーレ、スズキに小山由美、シャープレスにキュウ・ウォン・ハン、ゴローに松浦健、ヤマドリに松澤政也、ボンゾに若林勉、役人に服部英生、ケイト・ピンカートンにマリアム・タマリ。

合唱は、ひょうごプロデュース・オペラ合唱団(つまり臨時編成)。
プロダクションディレクター:小栗哲家(俳優・小栗旬の父親)。

昼間っからオペラというのはちょっときついが、様々な事情があって、毎回午後2時開演であり、他に選択の余地はない。

佐渡裕の指揮の特徴は何といってもドラマティックな音楽作りであり、フォルテでの迫力である(佐渡本人は、「弱音こそが自分の音楽の良さ」だとインタビューなどで語っているけれど、弱音の美しさならもっと上の人は多い)。兵庫芸術文化センター管弦楽団は、音色こそやや硬めではあったが、蝶々さんとピンカートンの「愛の二重唱」の伴奏での浮遊感、「ある晴れた日に」での高揚感、ラストの迫力など、重要な箇所での健闘が光る。

4階席に座ったので、舞台から遠く、最初のうちは余りのめり込めなかった。第1幕はピンカートンと蝶々さんの愛が語られる場であるだけに、のめり込めないときつい。何といっても、歌詞自体が、

蝶:「星が見てますわ」
ピンカ:「おいでこの優しい胸に」

といった調子のものだけに、醒めた目でいると、怖ろしくクサイことをいうバカップルにしか見えない。

悲恋の場である第2幕、第3幕は佐渡の指揮が生み出すエネルギッシュな高揚感が心地良く、なかなかの名演となった。オペラだけに大仰な要素が多いのだが、そうした大仰さに説得力を与えられるのが佐渡の良さである。

歌手達の水準は文句なしとは言えないけれど、日本が舞台のオペラだけに日本人が日本人役を演じる今回の「蝶々夫人」は、所作も含めて違和感の少ない仕上がりになっている(仏教と神道がごっちゃになっていたりするが、原典のテキストを変えるわけにはいかない。いかないのだろう多分)。

4階席から観ていたということもあるが、歌手達の動きが洗練されておらず、不自然に思えるところがいくつかあった。それでも結局は感動してしまうのだから音楽の力は大きい。

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2008年9月21日 (日)

永久に解けない知恵の輪

私の人生は永久に解けない知恵の輪に挑んでいるようなものだ。

なぜ、そんなことをやっているかというと、

なぜ解けないのかを知りたいからだ。

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2008年9月20日 (土)

コンサートの記(21) 湯川潮音 「灰色とわたし」ツアー京都公演

2008年9月10日 京都・三条御幸町のART COMPLEX1928にて

午後7時から三条御幸町のアートコンプレックス1928で、湯川潮音のライブ「灰色とわたし」ツアーを聴く。今日がツアー初日。明日もやはりアートコンプレックス1928で公演があり、その後、名古屋、東京と続く。意外だが大阪では公演を行わない。

映画「リンダ リンダ リンダ」でその美声に魅せられてから、ずっと注目していた湯川潮音だが、彼女のライブに接するのは私は初めてである。

比較的小さなスペースであるアートコンプレックス1928の中央に平台を組んだステージがある。

午後7時開演。湯川潮音は小柄な女性であった。バックバンドは、センチメンタル・シティー・ロマンス(通称:センチ)。

湯川潮音の声はとにかく綺麗だ。美しいというより綺麗。誉め言葉なのだが、このニュアンスは伝わるだろうか。

セカンドアルバム「灰色とわたし」に収められたナンバーが次々に歌われるのだが、歌詞の世界の空気や匂いまで伝わってくるような、素敵な時間が過ぎてゆく。

湯川潮音は基本的にはギター弾き語りだが、アンクレット型の鈴で音を出したり、片手だけで奏でる小型(おもちゃの?)の鉄琴なども演奏していた。お手玉型のパーカッションを鳴らした時は、ラストで楽器を放り投げ、格好良くキャッチ、のはずが落としてしまい。「何も、なかった」とごまかす場面もあり。

アンコールは3曲。トラディショナル「The Water Is Wide」と、昨日書き上げたばかりの新曲(まだタイトルはついていないとのこと)。そして「キャロル」の9月10日京都特別バージョンが歌われた。

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2008年9月19日 (金)

笹野高史 『待機晩成』

副題は「日本一の脇役が語る人生の美学」。オンシアター自由劇場出身で、その後、商業演劇、映画にテレビ、ついには歌舞伎にまで出演してしまった俳優、笹野高史の著書『待機晩成』(ぴあ)を紹介します。

笹野が高校生の頃に、いとこがやった占いで「高っちゃんはね、大器晩成型」といわれ、しかし笹野曰く「大器じゃなくて待機していただけ」で晩成したというのがタイトルの由来です。

笹野高史 『待機晩成』 兵庫県の淡路島に、造り酒屋の四男坊として生まれた笹野高史。子供の頃は「笹野のぼん」などと呼ばれたそうですが、幼い頃に両親が死去し、以後は親戚の家を頼って、男兄弟四人で支え合って育ちます。そんな笹野少年の夢は映画俳優になること。しかし、決して男前とはいえない笹野少年は人前では「映画俳優になりたい」とは口に出来ませんでした。そんな笹野少年の心の支えだったのが、男前でないのに映画の主役を張っていた渥美清。

この本では、笹野高史が、上京して自由劇場の演劇に触れ、1年本ほどの舟乗り生活を経て、串田和美に呼ばれて自由劇場に戻り、10年間、自由劇場の役者として活躍した後(自由劇場にいるのは修行期間に相当する10年間と、本人もなぜかはわからないが決めていたそうです)、商業演劇に移り、それから映画で憧れの渥美清と共演するようになる様が、笹野らしく淡々としたタッチで書かれています。

渥美清との付き合いの他にも、自由劇場時代に出会った柄本明の話、映画「武士の一分」で共演した木村拓哉の話など、演劇ファン、映画ファンならずとも面白い話も収録。

「自分は主役の器ではないけれど……」と思いつつ、映画や演劇の世界に憧れている若い人にも是非読んで貰いたい本です。

笹野高史 『待機晩成』(ぴあ) 紀伊國屋書店BookWeb

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京のラーメン店(3) 「ますたに」

京のラーメン店(3) 「ますたに」

どろりとした脂っこい味が特徴の京都ラーメン。その京都ラーメンを生み出したといわれるのが、銀閣寺のそばにあるラーメン店「ますたに」。白川通と今出川通りの交差点の一つ北、西に向かって伸びる小路に「ますたに」の本店があります。ラーメン(並)が600円、ラーメン(大)が700円。ぎとつきながらも後味さっぱりで、ファンの多いラーメンです。
数年前に少し離れた場所に白川店もオープンしました。

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2008年9月18日 (木)

先を問うのが我々の仕事

だが、先端がどこにあるのかを見極めるのがまずは先決である。

周回遅れでありながら、前に人が見えないので先頭だと勘違いする様な真似は避けたいものである。

だから点ではなく線だ。線を見つけることが出来れば、少なくとも大きく逸れることはないだろう。

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2008年9月16日 (火)

柴田淳 シングル「愛をする人 Orochi's Theme」

ブログパーツでも宣伝している、「しばじゅん」こと柴田淳のニューシングル「愛をする人 Orochi's Theme」。映画「おろち」の主題歌として、しばじゅんさんが書き下ろした曲で、曲自体は先に発売されたアルバム『親愛なる君に』にも収録されていましたが、シングルには実際に映画「おろち」のラストに流れるバージョン違いのものが収められています。

柴田淳 シングル「愛をする人 Orochi's Theme」 シングルバージョンはシンプルなピアノ伴奏によって始まりますが、ストリングス、ギターなどが加わって徐々に盛り上がっていくという編曲。心の乱れ(情念?)を表すようなピアノとストリングスの動きが印象的な仕上がりになっています。

カップリングされた「お父さんより。」は、実家を出て行く娘を持つ父親の複雑な心境を唄った歌。しばじゅんさんのアルバム『わたし』に「一人暮らし」という、一人暮らしを始める娘と母親の気持ちを唄った歌がありますが、それと一対を成しているような曲です。
しばじゅんさんのピアノ弾き語りによる、7分を超える曲。

私には妹が一人いますが、送り出すときはこのような心境になるのだろうな、と思いますね。

柴田淳/愛をする人: Orochi’s Theme (+dvd)(Ltd)

愛をする人−Orochi’s Theme [CD+DVD]<初回限定盤/特典付>

柴田淳/愛をする人: Orochi’s Theme

愛をする人−Orochi’s Theme<通常盤/特典付>

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2008年9月15日 (月)

飛ぶ夢を見たことがない

飛ぶ夢を見たことがない。

空または空中を飛ぶ夢を見たことのある人は案外多いようであるが、私はこれまでそういった類の夢は見たことがないし、飛んでいる時の感じがどういったものなのかも想像できない。飛んでいる時も重力は感じるものなのだろうか? それとも宇宙遊泳のように無重力の中を飛ぶ感覚なのだろうか。

フロイトによると飛ぶ夢は余り良い意味を持たないようだが、他の説によると、飛ぶ夢は創造性と結びついているのだという。

創造性か、格好いいな。

そういわれると飛ぶ夢の一つや二つくらいは見たことがないと駄目なように思えるのだが、そもそも私は創造性ということに根本的な疑問を持っていて、本当の意味での創造というのは魔法で生み出すもののようにある日突然、ポッと生まれるものだとは考えていない。生み出すということは、これまで人類が築き上げてきた様々なものの末端に何かを接ぐことなのではないかと思っている。

「生み出す」=「創造」と考えるなら、そうしたことも創造といえば創造なのだろうけれど、私は生み出すとはむしろ研究の成果のようなものに近いのではないか感じる。

ということで、飛ぶ夢を見たことがなくても別にいいか、とも考えているのである。

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2008年9月13日 (土)

コンサートの記(20) アレクサンダー・リープライヒ指揮 大阪フィルハーモニー交響楽団第420回定期演奏会

2008年7月24日 ザ・シンフォニーホールで

午後7時から、ザ・シンフォニーホールで、大阪フィルハーモニー交響楽団の第420回定期演奏会に接する。今日の指揮者は、1968年生まれの若手、アレクサンダー・リープライヒ。

曲目は、ハイドンの交響曲第39番、おなじくハイドンのトランペット協奏曲(トランペット独奏:フランシスコ・フローレス)、アンドレ・ジョリヴェの「トランペット、弦楽とピアノのための小協奏曲」(トランペットは引き続きフランシスコ・フローレス。ピアノは浦壁信二)、マーラーの交響曲第4番(ソプラノ独唱:天羽明惠)。

アレクサンダー・リープライヒはドイツ・バイエルン州のレーゲンスブルクの生まれ。今年40歳、下野竜也と同い年である。1996年にコンドラシン指揮者コンクール(1984年の第1回大会で広上淳一が優勝したコンクールである)に入賞し、以後は、エド・デ・ワールトのアシスタントを務め、1997年にデ・ワールトの代役として本格的に指揮者デビューを飾ったという。デ・ワールトの他に、サー・コリン・デイヴィス、ロベルト・アバド、チョン・ミョンフン、イリヤ・ムーシンなどに師事。クラウディオ・アバドの招きでザルツブルク音楽祭のベルリン・フィルのオペラプログラムに参加し、現在はミュンヘン室内管弦楽団の首席指揮者・芸術監督のポジションにあるという。

リープライヒ登場。「格好ええなあ」と思う。容姿の良い指揮者なんていくらでもいるけれど、リープライヒは指揮者というよりは映画俳優のよう。上下共に黒の衣装に濃いグレーのジャケットという格好も俳優のようだ。

長身で、タクトを持つというよりは持ち手(通常はコルクがついている部分)を掌の中心で掴むようにして握るリープライヒ。肘から先の動きで拍を刻む動作が多く、時には手首だけでビートを刻んでみせる。また左手を多用し、インスピレーションを奏者に送る術に長けている。

ハイドンの交響曲第39番では、「これがあのもっさりした大フィルか」と思うほどしなやかな音をオーケストラから引きだし、緩急も自在。疾風怒濤期の第1作とされる交響曲第39番の性格を的確に描き出す。

リープライヒは、ハイドンのトランペット協奏曲では、交響曲の時は全く違った温かな響きを大フィルから出した。更に、ジョリヴェ作品でも、マーラーでもそれぞれ異なる音を響かせた。全くといっていいほど情報のなかった指揮者だが、これは逸材だ。

名指揮者と名オーケストラによる名演奏を楽しむのもコンサートの良さだけれど、無名の逸材を発見するのもコンサートに通う醍醐味である。

ハイドンのトランペット協奏曲とジョリヴェの「トランペット、弦楽とピアノのための小協奏曲」でソリストを務めるフランシスコ・フローレスは、1981年生まれ。シモン・ボリバル・ユース・オーケストラのメンバーでもあるということで、グスターボ・ドゥダメルと一緒に仕事をしている人のようだ。

フローレスのトランペットは音色がとにかく輝かしい。燦々という言葉がもっとも似合う太陽のような音色だ。テクニックも相当なもの(たまに怪しい場面もあったが)。

ジョリヴェの「トランペット、弦楽とピアノのための小協奏曲」は、リズミカルで陽気な曲。トランペッターにとっては難曲中の難曲だという。ミュートも3種類を用いている。
しかし、技巧面は置いて、曲調に耳を澄ませると、この曲からジャズ、そしてロックへは一直線に繋がっていることがわかる。
アンドレ・ジョリヴェは1905年に生まれ、1974年に亡くなったフランスの作曲家。CM音楽なども手掛けたという幅の広い作曲活動を行った人であるが、彼の生きた時代を彩った数々の音楽をこの一曲から聴き取ることが出来る。

メインであるマーラーの交響曲第4番。
編成が大きくなったことでリープライヒの統率力が落ちたように最初は感じたが、この人は冒頭は自然に入って結末に向けて精度を上げていくタイプであることがわかった。4つの楽章全てがそうだったからだ。特に各楽章の最後の音は気持ちよいぐらいビシッと決まる。

森麻季や幸田浩子の陰に隠れている感じがあるが、天羽明惠も日本期待の若手ソプラノ。柔らかな歌声が心地良かった。

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2008年9月12日 (金)

低血圧

原因不明の怠さが続いていたので内科に行く。血圧を測ってもらう。上が88、下が60しかない。本当に俺は生きているのだろうか。とにかく低血圧である。

高血圧の怖ろしさは多くの人が知るところだが、低血圧の実情は余り知られていない。

「低血圧サポートグループ」というホームページもあるけれど、誰もが見たことのあるページというわけでもないであろうし。

低血圧の辛さは、少しずつ伝えて広めていくしか今のところはないようである。

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これまでに観た映画より(35) 「セプテンバー11」

DVDで映画「セプテンバー11」を観る。2002年の作品。世界11カ国の映画監督が、2001年9月11日に起こったアメリカ同時多発テロ(9・11)を題材にして作った、それぞれ11分9秒01の長さのショートフィルムが連続して上映されるというオムニバス作品。日本からは今村昌平監督が参加。本作品が今村昌平の遺作となった。
参加した国は上映順に、イラン、フランス、エジプト、ボスニア・ヘルツェゴビナ、ブルキナファソ、イギリス、メキシコ、イスラエル、インド、アメリカ、日本。
9・11発生直後にアメリカで起こった、平和ソング放送規制への反抗からか、表現の自由をテーマにしており、作風の統一は一切見られない。

DVD「セプテンバー11」 当然、シリアスな作品が多い。
メキシコのアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督(代表作「バベル」)は、真っ暗の画面を使って、呪文のような声と音楽で独特の雰囲気を作り出し、時折衝撃音を入れている。この衝撃音が何を意味するのかは作品の途中でわかり、ラストのメッセージで、何故、暗闇のままの映像を用いていたのかが明かされる仕掛けになっている。

イギリスのケン・ローチ監督は、チリで起こったクーデターを題材にしている。1970年、民主的な選挙により、チリに共産主義政権が誕生する。しかし共産主義を怖れていたアメリカが内政干渉。アメリカは更にチリ国内の反共勢力を支援、クーデターを起こさせる。
1973年9月11日、CIAの支援を受けたピノチェトが蜂起する。共産政権の大統領であったアジェンデは大統領官邸内に籠もって抗戦、戦死した。
赤狩りを逃れ、ロンドンで暮らす男性(ウラジミール・ヴェガが演じる)を主人公として、アメリカの「正義」に疑問を投げかけ、全ての犠牲者を追悼するという深く苦い味わいのある作品に仕上げている。

シリアスな作品が続く中で、ブルキナファソのイドリッサ・ウエドラエゴ監督は、ブルキナファソの田舎町に現れたビンラディンに似たアラブ系男性を巡るコミカルなムービーを作っている。

今村昌平監督の作品は独特。他の監督が、倒壊する世界貿易センターの映像や、9月11日という日付を使っているのに、今村監督はそうしたものを一切使わずに戦争の狂気を描き出す。舞台はアジア・太平洋戦争終結直後の日本の寒村。戦争から帰還した男(田口トモロヲ)は、すでに発狂しており、自分が蛇だと思いこんで地を這い、ネズミを丸呑みにしたりする。
出演者は豪華。田口トモロヲ、麻生久美子、柄本明、倍賞美津子、丹波哲郎、市原悦子のほか、緒方拳がナレーションを担当し、出演もする。
役所広司もワンシーンだけ出ているが、後ろの方にただいるだけでセリフは全くなし。カメオ出演のようなものとはいえ、贅沢な使い方である。

Movie/セプテンバー 11

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2008年9月11日 (木)

観劇感想精選(49) 燐光群 「ワールド・トレード・センター」

2007年11月11日 兵庫県伊丹市のAIホールにて観劇

午後2時より伊丹AIホールで、燐光群の公演「ワールド・トレード・センター」を観る。作・演出:坂手洋二。

2001年9月11日に起きたアメリカ同時多発テロ事件、いわゆる9・11を描いた作品。「ワールド・トレード・センター」というタイトルだが、舞台となるのはマンハッタンのECS社という日本語新聞社の編集部である。

開場時に燐光群のメンバーである杉山英之さんが、無料パンフレットと公演チラシの束を客に手渡す役をしていたので、「今日は杉山さんは出ないのかな?」と思ったが、ちゃんと出演していた。

無料パンフレットによると、坂手洋二は、9・11当時、ニューヨークのミッドタウン、グランド・セントラル駅に近いところに編集部を持つ情報誌「OCS NEWS」で時評の連載を持っており、坂手は9・11当日に「OCS NEWS」編集部に社員の無事を確認する電話をかけたという。テレビのニュースではミッドタウンが攻撃されるのではという情報も流れていた。「OCS NEWS」編集部員は無事であり、そして彼らはミッドタウンの編集部から帰ろうとはしなかった。更にニューヨーク市内では当日、指輪ホテルの羊屋白玉氏がニューヨークと東京をインターネット回線で繋いだ日米同時ライブ上演を企画していた。坂手は羊屋に自分なりの助言をしたという。

その当時のことをモチーフにして書かれた劇である。坂手洋二の体験が元になっているが坂手本人はフィクションであることを強調している。

「ワールド・トレード・センター」というタイトルであるが、ワールド・トレード・センター(WTC)のあるマンハッタンのダウンダウンから少し離れたミッドタウンにある新聞社の編集部を舞台にするという設定がいい。坂手本人がニューヨークに寄るたび「OCN NEWS」社の編集部を訪れており、そこの雰囲気をよく知っていたということが発想の源にありプラスに作用したと思われるのだが、とにかく臨場感がある。私自身も新聞社の編集部員の一員としてその場にいるかのような臨場感だ。

WTCのノースタワーに飛行機が突っ込んだのを知って、WTCに近くまで取材に出たECS社の記者がサウスタワーに2機目が突っ込むのを目撃したのを編集部員に語るシーンもまた臨場感たっぷりである。

9・11当日のニューヨークの様々な場所を舞台にし、語り手を置くというスタイルも燐光群なら選択出来たはずだが、そうした場合はこのような臨場感を生むことは出来なかっただろう。

羊屋白玉氏の体験が元になった演劇に関する事柄の数々もなかなか効果的であった。

そしてWTCにハイジャックされた旅客機が突撃するという自爆テロが起きたという大きな物語、否、大きな事実に比重を置くのではなく、登場人物個々の話を充実させ、最後は9・11という歴史的事件を各々の小さな物語に収斂させる(コンパクトに畳み込み)という手法も良かったと思う。

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2008年9月 9日 (火)

エイノユハニ・ラウタヴァーラ 「カントゥス・アークティクス」ほか ハンヌ・リントゥ指揮ロイヤル・スコティッシュ・ナショナル管弦楽団

現役の作曲家としては世界的に最も人気のあるエイノユハニ・ラウタヴァーラ。1928年生まれのフィンランド人のこの作曲家の作品は、神秘的で清々しい響きが特徴であり、特に近年の作品はヒーリングムードにも満ちていて、多くの人を魅了しています。

ラウタヴァーラ 「カントゥス・アークティクス」ほか ハンヌ・リントゥ指揮ロイヤル・スコティッシュ・ナショナル管弦楽団 今日紹介するのはラウタヴァーラの比較的初期の作品を集めたCDで、鳥とオーケストラのための協奏曲「カントゥス・アークティクス」、ピアノ協奏曲第1番、交響曲第3番を収録。

演奏は、昨年、名古屋フィルへの客演でシベリウスの好演を示したハンヌ・リントゥの指揮するロイヤル・スコティッシュ・ナショナル管弦楽団(ロイヤル・スコティッシュ管弦楽団)。NAXOSレーベル。

鳥の鳴き声の録音を使用した「カントゥス・アークティクス」はアイデア、曲調共に面白く、ピアノ協奏曲第1番(ピアノ独奏:ラウラ・ミッコラ)、交響曲第3番も、近年のラウタヴァーラ作品に特徴的な神秘感こそさほどではありませんが、清らかな響きが印象的です。

指揮者のハンヌ・リントゥは1967年生まれ。このCDの録音は1997年に行われているので、当時リントゥはまだ30歳だったわけですが、とてもそんな若い指揮者の録音とは思えないほどの統率力を発揮しています。
リントゥは今後が楽しみな指揮者の一人です。

ラウタヴァーラ/Piano Concerto.1  Sym.3  Etc: リントゥ / Scottish.o

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2008年9月 8日 (月)

観劇感想精選(48) 大沢たかお主演「ファントム」

2008年1月18日 大阪の梅田芸術劇場メインホールにて観劇

大阪へ。午後6時30分より、梅田芸術劇場メインホールにて「ファントム」を観る。劇団四季のミュージカルでもおなじみ、ガストン・ルルー作の「オペラ座の怪人」を基に、アーサー・コピットが戯曲を手掛け、モーリー・イェストンが作詞と作曲を手掛けたミュージカル。
日本語版上演台本と演出は鈴木勝秀。主演:大沢たかお。出演は、徳永えり、ルカス・ペルマン、HISATO、中村まこと他。映像出演:姿月あさと。

脇役陣は、歌唱力を基準に選考したと思われ、その分、演技力は犠牲になっている。
だが、主役の大沢たかおの存在感がそれを補う。

「オペラ座の怪人」というと劇団四季の公演が有名で、私も数年前に京都劇場での公演を観ている。劇団四季の「オペラ座の怪人」はセットがとにかく豪華で、出演者も総じてレベルが高い。

そのため、セットが特に豪華とは言えず、演技力にもばらつきのある「ファントム」は最初のうちは不満が多かった。歌唱力で選んだ脇役陣は、歌はいいけれど、それでもある程度妥協しているのがうかがえたし、大沢たかおは意外に歌声が低いので(テノールの音域が要求される役だが、大沢たかおは完全なバリトンである)、高音を出すときは苦しそうだった。

しかし、「ファントム」は人間ドラマを中心に据えることで「オペラ座の怪人」にはない感動を生み出した。
あるいは、冷静に見れば、このドラマはやや通俗的なのかも知れない。しかしそれでも胸を打たれた。

ラストに照準を合わせ、俳優に高いレベルの演技を要求することで外連をそぎ落とさせた演出も見事である。


カーテンコールで、大沢たかおに向かって、「キャー、かっこいい」という黄色い声が盛んに飛んでいた。

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2008年9月 6日 (土)

DVD 遊佐未森 「clematis」

遊佐未森のミュージックビデオや東京厚生年金会館でのコンサート映像などを収めたDVD「clematis」を紹介します。

DVD 遊佐未森「clematis」 青い光を効果的に生かした「cocoa」のプロモーションビデオ(PV)、未森さんがなぜかチャイナドレスを着ている「タペストリー」のPV、未森さんのコメント集「clematistory 暮町物語」1~4。東京厚生年金会館でのライブ映像である「眠れぬ夜の庭で」、「still room」、「life in the tree house」、鎌倉の街や海の映像が収められた「poplar」(江ノ電の映像も入っています)のPV、ホワイトトーンの映像が美しい「I'll remember」のPVを収録。

「暮町物語」のコメントでは、タイトルである「clematis クレマチス」ことテッセンに関する未森さんの思い出や、鎌倉の海辺での生活のことなどを聞くことが出来ます。

DVD 遊佐未森「クレマチス」(HMV)

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2008年9月 5日 (金)

夢の中で武蔵境を訪れる

夢を見た。私は何故か東京都武蔵野市の武蔵境の街を歩いていた。そして私は明治時代に建てられた庁舎のような形をした、煉瓦造りで緑色の屋根の巨大な建物へと向かっていた。そこで夢から覚めた。

実は、現実には私は武蔵境の街を訪れたことはない。同じ武蔵野市の吉祥寺には行ったことがあるが、武蔵境は通過したことさえない街で、街の名前(正確には駅名)も何となく知っているという程度である。それなのに、なぜ「武蔵境」という具体的な地名が夢の中に出てきたのか。夢は不思議だ。

そして、どうやら武蔵境には、明治時代に建てられた庁舎のような建物は存在しないようである。

この夢に何か意味があるのだろうか。

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コンサートの記(19) 夏川りみコンサートツアー2006「~とことわ~」伊丹公演

2006年7月7日 兵庫県伊丹市の「いたみホール」で

京阪、阪急、JRを乗り継いで伊丹へ。
いたみホールで行われた、夏川りみのコンサート「~とことわ~」を聴く。

「涙そうそう」のヒットで、沖縄を代表するシンガーとなった夏川りみ。今日のコンサートもチケットは完売であった。

夏川のコンサートの特徴は客層の幅広さ。上は白髪のおじいちゃんおばあちゃんから、下は小学生まで、ありとあらゆる世代の人々が客席に詰めかけている。
最新アルバムの曲を中心にした構成。「涙そうそう」は、夏川が、「お客さんも一緒に歌って欲しい」とリクエスト。私も夏川と一緒に歌う。
その他、「タイガービーチ」という曲では、カチャーシという踊りを会場全体で踊るなど、いかにもウチナーなエンターテイメントであった。

夏川の歌声はチャーミングで優しい。これほどすんなり体に染み込んでくる声は滅多に聴けるものではない。癒しのムードにも溢れ、アロマテラピーやサプリメント補給よりも、夏川の生の歌声に浸っている方がずっと健康に良さそうである。

ウチナーグチを多用したMCも面白く、曲調も変化に富んでいる。私の好きな「十九の春」(映画「ナビィの恋」で一躍有名になった名曲)を歌ってくれたのも嬉しい。ちなみに夏川は、「私の十九の春はとっくに過ぎてしまったんですけれども」と言って、会場の笑いを誘った。

子守歌である「童神」の慈愛に満ちた歌声を聴いていると、私の中にも擬似母性本能のようなものが芽生えたような気になる。私自身の意識を拡げられたという点においても有意義で面白いコンサートであった。

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2008年9月 3日 (水)

グミの日

グミの日

9月3日はグミの日。

子供たちの噛む力をつけるためにドイツで生まれたグミですが、日本では柔らかいグミが主流。
ただ個人的にはハードな噛み応えを売りにした商品の方が好きです。

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ホームランの日 記憶に残る一発

9月3日はホームランの日。

ということで、私の記憶に深く刻み込まれているホームランシーンを紹介します。

まずは、原辰徳が伊東昭光から放った一発。

ホームランを打った後、原がバットを投げ捨てるところや、打たれた直後に、伊東がしばらく動かないことが印象的な一撃です。

続いては、吉村禎章が1990年に、ヤクルトの川崎憲次郎から打った、セリーグ優勝を決める一発。

更に、1992年の日本シリーズ第一戦で、ヤクルトの杉浦亨が放った代打サヨナラ満塁ホームランです。

左膝靱帯断裂という大怪我から復帰した吉村の劇的サヨナラアーチ。

日本プロ野球史に残る激戦となった1992年の日本シリーズで、大ベテランの杉浦亨が放った一発。

いずれも強烈に印象に残っています。

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2008年9月 2日 (火)

長岡京室内アンサンブル 「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」ほか

京都府長岡京市において、1997年に結成された長岡京室内アンサンブル。主宰者である森悠子は、パイヤール室内管弦楽団やフランス国立放送フィルのヴァイオリン奏者、リヨン高等音楽院助教授、シカゴ音楽院教授などを務めていた名手です。

森が、故郷である長岡京市に帰省した際に、歯科医の戸渡孝一郎から、「是非、地方からクラシック音楽を、それもアンサンブルをやって欲しい」という要請があり、森自身は、「東京から文化発信するのは簡単だが、地方で生み出すのは困難」との思いがあったようですが、戸渡の情熱にほだされ、弦楽アンサンブルである長岡京室内アンサンブルを結成しました。森自身が「この人にやって貰いたい」という人を集めた長岡京室内アンサンブルは、高い合奏力を持ち、瞬く間に日本を代表する弦楽アンサンブルとの評判を勝ち得ました。

長岡京室内アンサンブル 「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」ほか

ここで紹介するのは長岡京室内アンサンブルのデビューアルバム。ヘンデルの「合奏協奏曲」変ロ長調、モーツァルトのセレナード第13番「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」、バルトークの「弦楽のためのディヴェルティメント」、シベリウスの「弦楽オーケストラのためのロマンス」の4曲を収録。SACDハイブリッド盤。

濃やかな表情が印象的な演奏が揃っていますが、特にモーツァルトの「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」は大変芸の細かい個性的な演奏で、世界レベルでいっても相当高度な名演となっています。

Handel / Mozart / Bartok/Concerto Grosso / Serenade.13 / Divertimento: 長岡京室内.ens (Hyb)

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政治家に捧ぐ駄洒落

いい加減二世

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2008年9月 1日 (月)

DVD パーヴォ・ヤルヴィ指揮EUユース・オーケストラ ブルックナー交響曲第5番ほか

パーヴォ・ヤルヴィが、祖国であるエストニアの首都タリンで、EUユース・オーケストラを指揮した演奏会の模様を収めたDVDを紹介します。2004年の収録。日本ではタワーレコードのみでの独占発売となります。

DVD パーヴォ・ヤルヴィ指揮EUユース・オーケストラ ブルックナー交響曲第5番ほか EUユース・オーケストラは、その名の通り、EU各国から選抜された若者達によるオーケストラ。ユース・オーケストラとはいえ、ハイレベルで、並の常設オーケストラよりもずっと良い演奏をします。

演奏されているのは、エストニアの作曲家、エルッキ=スヴェン・トゥールの「アディトゥス」と、ブルックナーの交響曲第5番。

EUユース・オーケストラの女性団員は、全員、EUの旗をモチーフにした青地に星のマークの散りばめられたドレスで出演。燕尾服姿の男性奏者も青地に星のマークの入ったおそろいの蝶ネクタイをつけています。

おそらくPAL方式で録画されたものをNTSC方式に変換したDVDで、映像変換によりソフトフォーカスになったり、たまに演奏者達の動きが不自然に見えたり、ブラックアウトも一カ所ありますが、音楽を楽しむ上では不満なし。

パーヴォ・ヤルヴィは、先日、フランクフルト放送交響楽団を指揮した、ブルックナーの交響曲第7番のCDをRCAレーベルからリリースしましたが、パーヴォのブルックナーは交響曲第7番よりも交響曲第5番の方が個性に合っているようで、リズム感抜群の音楽をラストに向けて積み上げていきます。名演。

Paavo Jarvi Conducts EUYO -On Glasperlenspiel Festival: Bruckner: Symphony No.5; E-S.Tuur: Aditus / Paavo Jarvi, European Union SO

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