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2008年10月25日 (土)

悪い記憶も私の一部なのだが

米国の科学者チームが、マウスの記憶を選択的に消去する実験に成功したとのことである。この技術が人間にも応用できるのではないかとのこと。

忘れてしまいたいことは、どんな人でも多いと思われる。PTSDなどで地獄の苦しみを味わっている人も存在する。

私も例に漏れず、悪い記憶に苦しめられることは多い。忘れられたら楽になるだろうという忌まわしい記憶。

しかし、その悪い記憶が結果的に生んだ枝葉状になっている良い思い出もまた、記憶を消去した場合消えてしまうということになるのだろうか。マイナスが生んだプラスをも私は得ているのだ。そのプラスの部分もなかったということになるのだとしたら。

結局のところ、人間は記憶にしろその他の部分にしろ、複雑すぎて、一部を消すことで失いたいことと同時に得たものもまた手放すことになるのだろう。

ならば悪い記憶も私の一部として受け止めていけるよう、努力する方が、記憶を消すことよりも重要なように私には思えるのだ。

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