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2008年11月22日 (土)

太宰治 『直筆で読む「人間失格」』(集英社新書ヴィジュアル版)

「おうとうき」というタイトルのブログなのに、太宰治について触れた記事が少ないというのは我ながら不当な気もします。ということで紹介します。集英社新書ヴィジュアル版から出たばかりの『直筆で読む「人間失格」』。

美知子夫人により保存され、その後、日本近代文学館に寄贈された、「人間失格」の太宰治の直筆原稿を撮影し、本としてまとめたものです。

太宰治 『直筆で読む「人間失格」』(集英社新書ヴィジュアル版) 太宰治の「人間失格」。生涯に一度は読んでおくべき本の筆頭に来るほどの傑作ですが、その傑作を太宰本人の筆跡によって味わうことの出来る日が来ようとは。そして、その『直筆で読む「人間失格」』の出版されるまさにその時代に生きることが出来たというのは、私にとってのささやかな幸せです。

さて、この「人間失格」。陰惨なストーリーを持つものと評価が定まっていますが、今回、久しぶりに読み返してみて、通説とは違った解釈が出来るようにも思えました。小説の冒頭で示される有名な三葉の写真の描写。これは大庭葉蔵の手記を手にした、ある小説家が書いたものですが、この「醜い」「不思議」「奇怪」と称された写真が、実は、大庭葉蔵が描いたとされる「お化けの絵」に通じているのではないかということです。「お化けの絵」は葉蔵のお道化を見抜いた竹一なる少年が、ゴッホやモディリアーニの絵を評して言った言葉です。ゴッホもモディリアーニも真実を見抜く目を持った天才画家であり、その絵は、一瞥しただけではわからない真実を描写しています。ということは、葉蔵の写真を見た作家は、それを「醜い」「奇怪」だと思ったけれども、それは作家がそう見ただけで、あるいはこの作家は本当のことを見抜く目のない人物だった可能性も指摘できます。

この三葉の写真のエピソードが冒頭置かれているために、カモフラージュされた格好になっていますが、大庭葉蔵なる人物は極めて頭の切れる男です。特にその観察眼、人間の本質を見抜く目は尋常ではありません。葉蔵の人間批評の一つ一つが的を射ており、その批評される人間に読者も含まれますので、あるいはカモフラージュが行われているのかも知れませんが、葉蔵が見た「人間」こそが実は奇妙な存在であり、実際に堀木正雄やヒラメと称される渋田などはあまりにも俗な「人間」として描かれています。一方、堀木やヒラメは処世術に長けた人物でもあります。しかし葉蔵は堀木やヒラメなどに本心からの愛情を抱くことはなく、彼が愛したのは、どこか浮き世を超越したところのある女達でした。

「人間失格」は確かに重い話です。「人間、失格。もはや、自分は、完全に、人間でなくなりました」という言葉も痛烈です。実際、葉蔵はアルコールに溺れ、モルヒネ中毒になり、廃人となりますが、葉蔵の手記の最後の部分に感じられる彼岸の境地ともいえる不思議な明るさは何なのでしょうか。そして太宰が、「所謂「人間」」という言葉を敢えて用いている意味深さ。

所謂「人間」は、「世間」や「社会」の、音楽でいうコードの中で生きています。そのコードの中では「欲望」や「処世術」が幅を利かせています。俗なものです。コードから外れたメロディが時として効果を上げることがあるように、俗な「人間」から外れることに意味があるとしたのなら。もちろん、葉蔵は上手にそれを成し遂げることは出来ませんでした、彼は「人間」に合わせようとして墜落したのです。しかし、そのことで訪れるユーモアと平安に満ちた悟りのような心持ち(「Let it be」のようです)。これは小説の最後に出てくる「神様」「天使」という言葉に繋がってはいないでしょうか。

人間を失格すべきではないでしょう。しかし「所謂人間」からはあるいは失格もまた尊い、尊いというのは行きすぎにしても、一つの手であるというコード(これは音楽のコードではありません)が透けて見えてはこないでしょうか。
合わせるのではなく、あるがままに生きる。

太宰治 『直筆で読む「人間失格」』(集英社新書ヴィジュアル版) 紀伊國屋書店BookWebト

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