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2008年11月10日 (月)

中川右介 『カラヤン帝国興亡史』(幻冬舎新書)

中川右介には、先に『カラヤンとフルトヴェングラー』(幻冬舎新書)という著書があり、この『カラヤン帝国興亡史』はその続編になります。

中川右介 『カラヤン帝国興亡史』(幻冬舎新書) 1954年11月にフルトヴェングラーが死去し、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の後任の首席指揮者(音楽監督・芸術監督)としてヘルベルト・フォン・カラヤンが就任します。『カラヤン帝国興亡史』は、カラヤンがベルリン・フィルの首席指揮者となったところから始まり、その後、立て続けにウィーン国立歌劇場とザルツブルク音楽祭の主となり、更にベルリン・フィルの首席指揮者就任前から手にしていた、ロンドンのフィルハーモニア管弦楽団、ミラノのスカラ座を含めた広大な音楽帝国を形成し、その帝国が徐々に縮小、最後には瓦解するまでを描いていきます。カラヤンの芸術面に関しては敢えて触れず、カラヤン帝国の勢力拡大と衰退を時代を追って書いたこの本は、あるいは音楽書ではないのかも知れません。

あとがきで、著者の中川右介氏は、カラヤンの敗北には「悲愴感はない」と記しています。

これは私の読後感とは異なりますので、そのことについて書いておきます。
このところカラヤンに関する書籍を立て続けに紹介したわけですが、それを通して読んだ結果、浮かび上がったのはカラヤンという男の寂しさでした。カラヤンは本当に自ら望んだ人生を生きることが出来なかったのではないかということです。

この『カラヤン帝国興亡史』において、中川氏は、カラヤンがウィーン国立歌劇場とザルツブルク音楽祭のポストを次々に得たのは、生前のフルトヴェングラーから妨害を受けたからではないかと指摘しています。もしフルトヴェングラーから妨害を受けなければウィーン国立歌劇場やザルツブルク音楽祭のポストにそれほど執着することはなかったのではないかとも。

これはおそらくその通りでしょう。カラヤンの前に立ちはだかったフルトヴェングラーという壁。フルトヴェングラーはカラヤンを敵視していましたが、カラヤンはフルトヴェングラーを音楽家として尊敬していました。そのフルトヴェングラーから受けいれられなかったということが、逆に怖れとなって、カラヤンを権力へと向かわせたという可能性も見て取れます。

考えれば、カラヤンは最初に就任したウルムの歌劇場を2年ほどであっさりクビになっています。そして次にアーヘン歌劇場にポストを得るまで失業者として過ごしました。ウィーン国立歌劇場の練習指揮者の誘いを蹴って、ウルムの歌劇場のトップに就任するほどの自信家であったカラヤンとしては屈辱であり、自信を喪失したとしてもおかしくありません。

ここで『証言・フルトヴェングラーかカラヤンか』(新潮選書)のルドルフ・ヴァッツェル(ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団コントラバス奏者)の「カラヤンは(中略)自分に自信がない」という発言が思い出されます。ヴァッツェルによると、カラヤンはウルムで失業したことがトラウマになっているというのです。

そして、『カラヤンはなぜ目を閉じるのか』(新潮社)で繰り広げられた、カラヤンは自分の理想の音を追うために、オーケストラを遮断したとの分析。更にこれを裏付けるかのような、「晩年のマエストロ(カラヤン)は音を聴いていなかった」というウィーン・フィル奏者の有名な証言などをから総合して考えるに、若き日のカラヤンは失業で自信をなくし、フルトヴェングラーからも受けいれられなかったことが心の痛手となり、それがゆえに、フルトヴェングラーの死後、フルトヴェングラーが手にしていたポストを次々に手に入れるという行動に出たのではないかという仮説が成り立ちます。失うのが怖い、失わないためには手に入れ続ける必要がある。カラヤンがベルリン・フィルの終身首席指揮者の待遇に拘り、欧州の主要ポストを次々に手に入れていったのは、受けいれられず失うという怖さが原動力になっていた可能性があります。そして絶対の自信を得るために実際のオーケストラの音ではなく、自分の頭の中にある理想の音を追求し、カラヤン自身の言う「別世界」へと入っていったのではないでしょうか。

20世紀音楽界に「帝王」として君臨したカラヤン。しかし実際はカラヤンは20世紀という時代によって「帝王」に君臨させられてしまったのかも知れません。失わないためには常に自分が先頭にいる必要がある。そして20世紀の交通機関の発達により、長距離移動が可能となって複数の重要なポストを兼任できる。20世紀のメディアの発達により、録音や映像を通して世界中にアピールすることができる。しかし、それは同時に、自分の領域内に他の有力者が簡単に移動して来られることをも意味する。ならば徹底して仕事をして常に先頭を行き、ライバルを排除せねばならない。そして自分の弱さをメディアに晒してはならない。

「攻撃は最大の防御」という言葉がありますが、カラヤンは自分の立場を守るために、つねに攻撃的体制で時代の先端を歩まなければ不安だったとも考えられます。そしてそれが本当だとしたのなら、彼の人生はある意味、とても哀れだったといえるでしょう。

中川右介 『カラヤン帝国興亡史』(幻冬舎新書) 紀伊國屋書店BookWeb

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