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2008年12月29日 (月)

自然は直線を嫌う

“自然は直線を嫌う”(ウィリアム・ケント)

“自然は曲線を創り、人間は直線を創る”(湯川秀樹)

自然界には直線的なものはほとんどありません。山稜は緩やかなカーブを描き、川は蛇行している。草木は優雅な曲線を誇っている。

しかし、人間は直線的なものを好みます。いや、「人間は」というより、「近現代社会の人間は」と言った方がより適当でしょうか。

それはともかくとして、人間は直線的なものを好みます。日用品から建築にいたるまで直線的なデザインがほとんどです。直線的なものの方が、曲線のあるものよりも取り扱いやすいからでしょう。

直線は理論とも通じています。大抵の理論は直線的に効率的に答えを求め、弾き出します。しかし、そうして弾き出された結論が、現実になじむかというとそうはなりません。

完璧に構築された理論に基づいた実験を行っても、理論通りにことが運ぶことはほとんどありません。

学校の理科の授業で行った実験でも教科書とは違った結果がしばしば出てしまうのはご存じの通り。

というわけで、ウィリアム・ケントが言ったのとは別の意味で、自然は直線を嫌うのです。人間が好む、もしくは創り出した直線的なものや理屈や結論に自然は従いません。

人間もまた自然の一部だと考えたとき、人間だけが直線的なものに惹かれるというのはむしろ異常にも思えてきます。そして、実験結果に裏切られているのに直線的な理論に拘泥しているというのも奇妙です。

あるゆる整然とした理論は美しいものです。たとえそれが直線でなく曲線であったとしても、フォルムの完璧さは自然が持つ曲線とは別種のものです。

しかし、そうした整然とした美しい理論からは、「自然の一部として人間存在」が抜け落ちていることがあります。人間は理屈通りに動かない。人間は理論で導き出されたほど完璧な存在でもない。

ということは、人間が創りだした直線に人間を当てはめるというは無理をしているのではないか。そうした考えが浮かぶのです。

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