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2008年4月27日 - 2008年5月3日の9件の記事

2008年5月 3日 (土)

サー・チャールズ・マッケラス指揮スコットランド室内管弦楽団&フィルハーモニア管弦楽団 「ベートーヴェン交響曲全集」

サー・チャールズ・マッケラスがスコットランド室内管弦楽団とフィルハーモニア管弦楽団を指揮して完成された「ベートーヴェン交響曲全集」(英ハイペリオン)を紹介します。交響曲第1番から第8番までがスコットランド室内管弦楽団の演奏、交響曲第9番「合唱付き」のみフィルハーモニア管弦楽団の演奏です。2006年のライヴ録音。

サー・チャールズ・マッケラス指揮スコットランド室内管弦楽団&フィルハーモニア管弦楽団 「ベートーヴェン交響曲全集」 1925年、オーストラリア人の両親のもとアメリカに生まれ、オーストラリアで音楽教育を受けたマッケラスは、シドニー交響楽団のオーボエ奏者として活躍した後、イギリスとチェコに留学、指揮法を学びます。

チェコ留学時にはモラヴィア地方を代表する作曲家であるレオシュ・ヤナーチェクの音楽に傾倒、のちにヤナーチェク演奏の第一人者と評価されることになります。

古楽が盛んなイギリスで指揮法を学んだこともあり、マッケラスはピリオド演奏にも傾倒。古楽器オーケストラであるエイジ・オブ・インライトゥメント管弦楽団も数多く指揮し(主に現代オーケストラを振る指揮者が古楽器のオーケストラを本格的に指揮したのはマッケラスが最初ともいわれる)、またモダン楽器によるピリオド演奏の先駆けともなって、エイジ・オブ・インライトゥメントを指揮するもう一人の現代オーケストラの指揮者であるサー・サイモン・ラトルらに大きな影響を与えました。

マッケラスは1990年代にロイヤル・リヴァプール・フィルハーモニー管弦楽団を指揮して「ベートーヴェン交響曲全集」をEMIに録音していますが、出来は最新盤であるこのハイペリオン盤の方が上。
マッケラスは、ピリオド奏法を完全に手の内にしており、そのことによってピリオド奏法であることを感じさせないという、モダンオーケストラのピリオド奏法の理想ともいうべき境地に達しています。ピリオド奏法を援用した演奏は逆にアグレッシブな感じを受けるものですが、マッケラスの演奏は自然体であり、それでいて生命力の横溢が感じられるという大変優れたもの。現時点における「ピリオド奏法を援用したモダンオーケストラによるベートーヴェン交響曲全集」の最高峰をなすものとして強くお薦めしたいセットです。

ベートーヴェン/Comp.symphonies: Mackerras / Scottish Co Po Etc

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思考の断片 「理想を説く思考」

「思想書や哲学書や仏教書などを読んで感心しても、街へと一歩繰り出すと、ここがそうした感心の通用する世界ではないことに気付く」

それは当然で、この世界は理想郷ではないから。そして理想郷を求める心にも疚しさがありありと感じられるから。

考えてみれば、宗教にはありがちだけれど、寺院も修道院も人里離れた場所にあることが多い。思考を磨くためには別世界に行く必要があるのだろうけれど、逆に考えれば、そうした精神世界は娑婆にあっては築き得ず、高い場所から宣言が下されてもそれは斯界にあってはリアリティを持ち得ぬということか。

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2008年5月 1日 (木)

ある数字の話

「1は2、3は12、4は10、6は4、8は8、10は6、12は無し」

これだけだと大多数の人は何を言っているのかわからないと思います。関東出身で、京都に住んでいる人はピンと来るかも知れませんが。

実はこれ、テレビのチャンネルの違いを言ったもので、関東のテレビ局のチャンネル番号が京都では何チャンネルに相当するかを示したものです。

東京→京都の順で併記してみると、

NHK総合 1→2
NHK教育 3→12
日本テレビ 4→10 読売テレビ
TBSテレビ 6→4 毎日テレビ
フジテレビ 8→8 関西テレビ
テレビ朝日 10→6 ABCテレビ
テレビ東京 12→ 京都では基本的にテレビ大阪の番組は受信出来ない。

京都のUHF局であるKBS京都テレビは多くの家庭では3チャンネルに入っています。
KBS京都は、以前はテレビ東京の関連局として同じ番組を数多く放送していたようですが、テレビ東京系列の関西キー局であるテレビ大阪が出来てからは独自路線を歩み、テレビ大阪が京都府を視聴地域にしなかった(KBS京都の反発もあって出来なかった)ため、京都ではテレビ東京系列の番組が視聴出来なくなっています。

VHF局とUHF局が共存している関東から見ると奇妙な気もしますが、これが関西流のようです。ただ、VHF局が本社を置く東京には長くUHF局は存在しなかったので、事情がそれほど違うというわけでもないのでしょう。

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「太陽がいっぱい」オリジナル・サウンドトラック

イタリア=フランス合作映画「太陽がいっぱい」のオリジナル・サウンドトラック盤を紹介します。ユニバーサル・ミュージック・フランスから出ているCD。
現在、「太陽がいっぱい」全曲の国内盤は出ておらず、このフランス盤が唯一の全曲盤です。
作曲は、イタリア映画音楽の代表的作曲家であるニーノ・ロータ。

「太陽がいっぱい」オリジナル・サウンドトラック あるいは映画の内容以上の知名度を誇るかも知れないというテーマ曲が有名な「太陽がいっぱい」の音楽ですが、そこはニーノ・ロータの作だけあって、テーマ音楽以外にも美しく、切なく、スリリングな音楽が満載です。全15曲を収録。

オーケストラのみならず、ピアノ、マンドリン、ギターなどの楽器もソロとして大活躍。

フランス盤ですが、ライナーノーツには英語による解説(比較的平易な英語が用いられています)もあります。

太陽がいっぱい/Plein Soleil (Digi)

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2008年4月30日 (水)

街の想い出(23) 銀座その4 銀座シネパトス

街の想い出(23) 銀座その4 銀座シネパトス

東銀座にある銀座シネパトス。地下にある映画館です。3つのスクリーンがあり、ロードショー、名画など様々な映画を上映。

この映画館観た映画で印象深いのは、ルネ・クレマン監督、アラン・ドロン主演の「太陽がいっぱい」のリバイバル上映。1994年か1995年のことだったと思います。

今はどうか知りませんが、当時の銀座シネパトスは近くを走る地下鉄の音がときおり館内に響いてくるという、のんびりした感じの映画館。そうした場所で、アラン・ドロン演じる主人公が海辺で太陽の光を浴びながら満面の笑みを浮かべ、でも実は……、という切ないラスト(このラストシーンは原作にはない、映画独自のもの)を観るのは、最新式の映画で万人向けの映画を観るのとは違った独特の感慨があったのをよく憶えています。

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2008年4月28日 (月)

デイヴィッド・ジンマン指揮ボルティモア交響楽団 サミュエル・バーバー 弦楽のためのアダージョ、交響曲第1番ほか

映画「プラトーン」などにも使われ、20世紀アメリカが生んだクラシック作品の中でも特筆すべきヒット作である「弦楽のためのアダージョ」を作曲したサミュエル・バーバー(1910-1981)。
弦楽四重奏曲第1番の第2楽章を弦楽オーケストラのために編曲した、哀切きわまりない「弦楽のためのアダージョ」は著名人の訃報のラジオBGMに使われるなど、極めてポピュラーになりますが、そのために、バーバーの他の作品に光が当たらないという皮肉な結果をも生みました。

サミュエル・バーバーの音楽入門に最適の一枚として推したいのが、デイヴィッド・ジンマン指揮ボルティモア交響楽団によるCD(argo)。

デイヴィッド・ジンマン指揮ボルティモア交響楽団 サミュエル・バーバー 「弦楽のためのアダージョ」、交響曲第1番ほか 「弦楽のためのアダージョ」のほかに、「オーケストラのためのエッセイ」第1番&第2番。「シェリーによる場面のための音楽」、交響曲第1番を収録。

ジンマン指揮のボルティモア交響楽団が、スウィートにしてビターという同コンビの特徴である音色を生かした、甘美な名演を繰り広げています。

「弦楽のためのアダージョ」だけが突出して有名になってしまったことのほかに、前衛の時代にあってロマンティックなメロディーが最大の売りであったこと、また同性愛が非難の対象であった時代にあってゲイであることでも偏見を受けるなど、時代にも恵まれなかったサミュエル・バーバー。
再評価も進むバーバーの美しい音楽に浸ることの出来る一枚です。

バーバー (1910 - 1981)/Sym.1  Adagio  Etc: Zinman / Baltimore.so

Baltimore Symphony Orchestra & David Zinman

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サッポロ一番 関西味探訪 京都・背脂しょうゆラーメン

サッポロ一番 関西味探訪 京都・背脂しょうゆラーメン

地方のラーメンが注目を浴びるようになってから久しいですが、京都ラーメンもカップ麺として様々な種類が発売されるようになりました。
サンヨー食品から出ている「サッポロ一番背脂しょうゆラーメン」もその一つ。

ご存じの方も多いと思いますが京都ラーメンは脂の多いギトギト感が特徴。サッポロ一番背脂しょうゆラーメンもギトギト感がよく出ています。関西圏なので「うどん」のイメージも強い京都ですが、実はラーメン激戦区でもあります。ラーメン店の数もかなり多く、味も京都風から、東京風の醤油ラーメン、札幌風の味噌ラーメン、とんこつの博多ラーメンはもちろん、どこの地域にもない独特の味で勝負する店もたくさんあります。

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2008年4月27日 (日)

エフゲニー・ムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィルハーモニー交響楽団 「ベートーヴェン交響曲集」

ロシアのヴェネチアというレーベルから出ている、エフゲニー・ムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィルハーモニー交響楽団の「ベートーヴェン交響曲集」を紹介します。
いずれも記録用のライヴ録音であり、音質は当時の西側諸国の録音に比べて落ちますが、ヴェネチアレーベルの復刻はかなり優秀です。

交響曲第1番、交響曲第3番「英雄」、交響曲第4番、交響曲第5番、交響曲第6番「田園」、交響曲第7番を収録。

エフゲニー・ムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィルハーモニー交響楽団 「ベートーヴェン交響曲集」 ヴェネチア・レーベル 交響曲第1番と交響曲第6番「田園」は1982年のデジタル録音、交響曲第3番「英雄」は1968年、交響曲第7番は1958年のモノラル録音、交響曲第4番と交響曲第5番は1972年のステレオ録音です。1968年というと、西側ではステレオ録音が本格的に始まってから10年ほどが経っていますが、ソ連は国家自体が録音技術に力を入れなかったためかモノラルです。

1982年のデジタル録音も、試験的に行われたものとされていて、マイクセッティングが妙です。

ということで、音質だけを取るなら西側のレーベルに大きく大きく水を開けられてしまっていますが、それでもこのセットが特別なのは、エフゲニー・ムラヴィンスキー(1903-1988)という旧ソ連の人間国宝的指揮者の力と、彼が育てたレニングラード・フィルハーモニー交響楽団の演奏技術の高さゆえ。

ムラヴィンスキーは1903年生まれなので、彼が青春時代に隆盛を極めたロシア・フォルマリズムの影響を受けたとしてもおかしくなく(影響を受けたという確証はない)、他の指揮者とは明らかに異なった演奏スタイルを取りました。

ベートーヴェンというと、情熱の迸りを感じさせる演奏が多い中、ムラヴィンスキーとレニングラード・フィルは情熱を持ちつつも冷徹に楽曲構造へと切り込んでいきます。
「冷たい」「権威主義的」といって嫌う人も多いムラヴィンスキーとレニングラード・フィルの演奏ですが、ムラヴィンスキーの楽譜の読みの深さと、レニングラード・フィルの共産主義的と言って良いのかどうかはわかりませんが正確さとパワーは聴く者を圧倒するのに十分です。

先にも述べたとおり、ヴェネチア・レーベルの復刻は優秀。交響曲第3番「英雄」と交響曲第7番のモノラル録音にもステレオプレゼンスのようなものが施されているようですが、不自然な感じはしません。

ロシア国内向けの商品なので、ジャケットもライナーノーツも、ほぼ全てキリル文字で埋まっており、また、左下に紹介してあるとおり、エフゲニー・ムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィルハーモニー交響楽団 「ベートーヴェン交響曲集」 なぜかかなりの男前であるベートーヴェン ライナーノーツの表紙に描かれた無闇に男前のベートーヴェン像が、「楽聖は男前でなければならない」という、レーニンやスターリン礼賛や美化にも繋がるソヴィエト連邦的もしくは国家主義的ヒロイズムを感じさせるのが難点ですが、異色にして説得力溢れる名演として、ムラヴィンスキーのベートーヴェンは高く評価できます。

ベートーヴェン/Sym.1  3  4  5  6  7: Mravinsky / Leningard Po

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観劇公演パンフレット(28) カムカムミニキーナ 「フロシキ」

カムカムミニキーナの公演「フロシキ」の公演パンフレットを紹介します。2006年5月13日、大阪・京橋の松下IMPホールにて購入。

カムカムミニキーナ 「フロシキ」公演パンフレット 「フロシキ」の“フロ”は“フロンティア”のフロ。日本のフロンティア、満州国を舞台にした作品です。

公演パンフレットには作・演出の松村武のロングインタビューが載っており、これが一番読み応えのある記事。

その他には出演者紹介とインタビュー、稽古場日誌も楽しめますが、特に公演に関係ないものも載っています。こうしたこともある意味カムカムミニキーナのパンフレットらしいといえるでしょう。

カムカムミニキーナ 「フロシキ」公演概要と感想

大阪・京橋へ。松下IMPホールでカムカムミニキーナの「フロシキ」を観る。松村武の作・演出。カムカムミニキーナはこの作品で全国ツアーを行っているが、大阪での公演は今日のマチネーとソワレの2回だけである。

カムカムミニキーナは東京の劇団だが、作・演出の松村武と看板俳優の八嶋智人がともに奈良県出身(奈良女子大学附属高校の同期生である)であるためか、関西的なノリを持っている。

「フロシキ」は途中15分間の休憩を含めて上演時間3時間15分の大作。宮本春という女性(藤田紀子が演じた)の一代記である。

前半は吉本新喜劇のような場面が続き、話のベクトルがどこを向いているのかはっきりしない。とはいえ、最初にキーワードとして「王道楽土」という言葉が語られているのでどういう話なのかはわかる。
満州はモンゴルに、新京は春京という名に、溥儀を思わせる人物は女性に置き換えられているが、非常に分かり易い。

3時間以上という上演時間を通してみると良くできた芝居である。前半はギャグやアドリブがしつこくて、「そこまでやる必要があるのか?」と疑問に思ったが、作品の長さが「劇を観た」という手応えにつながっていることは確かだ(もっとも、長いだけの芝居も多いが)。

川島芳子を思わせる人物、甘粕正彦を思わせる人物、満州の三スケを足したような人物、石原莞爾や板垣征四郎を思わせる人物も登場。満映、満鉄、阿片などの記号もきちんと散りばめられている。

アガサクリスティの某小説のパロディーも登場するが、舞台は満鉄のアジア号の中、乗客は全て当時の列強国の出身者。そして殺人犯は実は日本人というのも「象徴」として上手く機能している。

休憩を挟んで後半に入ると、バラバラだった話の断片が次第に収斂されていく。カムカムミニキーナのことだから深刻にはならないが、力強い「メッセージ」と「問い」が感じられる。誕生のシーンの象徴的表現なども効果的である。

正直言って、前半が終わったときにはラストでこれほど感動するとは思っていなかった。

日本人がこの世の「春」を謳歌し、希望と絶望、欲望と使命感、栄華と苦杯を味わったニューフロンティア・満州国とは一体何だったのだろう?

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