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2008年5月11日 - 2008年5月17日の11件の記事

2008年5月17日 (土)

大きな子供たちの帝国 若林亜紀 『公務員の異常な世界』(幻冬舎新書)

著者の若林亜紀は、民間の建設企業で3年間OLをした後、厚生労働省の外郭団体である研究所に転職。そこで、異常ともいえる公務員の厚遇をつぶさに見てきた人です。

若林亜紀 『公務員の異常な世界』 『公務員の異常な世界 給料・手当・官舎・休暇』(幻冬舎新書)において若林は、一部の公務員達の常識外れの厚遇と意識を、敢えて丁寧な言葉を選ぶことにより、より辛辣に描写します。

子供でもおかしいと思うようなドグマ的世界観にとらわれている一部の公務員の姿は可笑しいやら腹立たしいやらで、こうした大きな子供が築き上げた帝国が根を張っている日本に住んでいることが情けなくもなります。

ただ、一部の公務員の意識が相当奇妙なのはもちろんとして、民間人や民間の企業は正常なのかというと、それもまた別の問題。公務員世界は治外法権かも知れませんが、第二次大戦後に国から厚遇された企業内にも治外法権らしきものが認められているのが日本の実情であり、問題のある公務員の存在が表面化するのと時を同じくして企業もモラル意識の欠如が浮き彫りになっていたりします。

話を広げすぎると収拾が付かなくなるので、公務員に話を限定しますが、著者の若林亜紀が最も問題視しているのは、公務員に自浄作用がないこと。問題を起こしても役所はつぶれないので指導が徹底されず、公務員達も公務員の常識でことを処理してしまうので、自浄作用はなかなか働きそうにありません。

GDP500兆円のうちの200兆円を税金や社会保険料として徴収している役所。しかし、役所で働く公務員の自己保身のために多額の金銭が無駄に流れてしまっています。

そして、更に問題だと思われるのは、公務員は決して珍しい職種ではないということ。ごく普通の人として社会で暮らしている公務員の意識が一般市民と大きくかけ離れているということは、日本の実情を正しく把握している人がほとんどいないのではないかという不安をも生みます。身内にしか通用しない子供じみた常識を振りかざす帝国が、市井の人々を覆うように繁栄しているということでもあるのです。

思い出すのは、村上春樹のエッセイ集『やがて哀しき外国語』に記されていた、アメリカ・プリンストンでの奇妙な日本人エリートの生態。

日本というのは「大きな子供たちの帝国」なのではないか、という疑念がふくらんでいきます。

『公務員の異常な世界』(幻冬舎新書) 紀伊國屋書店BookWeb

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2008年5月16日 (金)

人生は旅であり、旅とは人生である

本日、5月16日は「旅の日」なのだそうです。

ところで、楽隊用語(オーケストラ関係者が使う言葉)では、演奏旅行のことを「ビータ」といいます。

業界用語によくあるように、「ビータ」とは「たび」をひっくり返して出来た言葉。しかし他の業界とは違い、クラシックの用語は発祥の地であるイタリアの言葉を用いることが多い。イタリア語で「ビータ(vita)」は「人生」を意味します。ということでそれにも引っかけて、奥深い(?)楽隊用語との認定を受けて定着しているようです。

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芸名を付け損ねた男

日本では、苗字と名前から各2文字ずつ取って愛称にするということが良くあります。

「エノケン(榎本健一)」、「キムタク(木村拓哉)」、「トヨエツ(豊川悦司)」など、有名どころを挙げていくとキリがありませんが、省略形が発音しづらい場合は、こうした愛称が付くことは当然ながらありません。

欽ちゃんこと萩本欽一は、苗字と名前から2文字ずつ取ると「ハギキン」になりますが、「ハギキン」というのは発音しづらい。しかし、エノケンに代表されるように、コメディの世界では省略形の愛称があることが人気者の証だと考えていた欽ちゃんは、師匠に相談して、呼びやすい「ササキン」になるように、「佐々木欽一」という芸名を考えて貰いました。

しかし、ご存じの通り、欽ちゃんは佐々木欽一を名乗ることはありませんでした。それは、周りに、「今度から名前が佐々木欽一に変わりました」と一々触れて回るのが面倒やら照れくさいやら、ということだったようです。

ということで、佐々木欽一という名前の人気者は現れることなく、萩本欽一は本名で活躍しているうちにブレークして、「欽ちゃん」の愛称で人気者になりました。

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2008年5月15日 (木)

これまでに観た映画より(21) 「過去のない男」

DVDでフィンランド映画を観る。「過去のない男」。監督は、フィンランド映画といえばこの人、アキ・カウリスマキ。

有名なので書くまでもないことだが、アキ・カウリスマキは男性である。フィンランドではアキ、ミツコ、ミカなどは男性のごく一般的なファーストネームである。

3人組の暴漢に襲われ、記憶をなくした男が主人公。家を借り、仕事を始め、女性を愛するという記憶喪失ものの王道パターンを行くのだが、非常に面白い。記憶喪失者にとって現実は厳しいが、周囲の人との心の交流により(それも比較的淡々とした交流である)、以前よりももっと幸福になるストーリーは心温まる。

主人公は身元が判明し、家に戻るが妻とはすぐに離婚することになる。その帰りの汽車の中で男は寿司を食べ、日本酒を飲むのだが、なぜかその車両にはクレイジーケンバンドの「ハワイの夜」がBGMとして流れている。あのシーンの意味は何なのだろう? 

悲惨な人間像をユーモアを込めた視線で温かく見守るというカウリスマキ監督の作風が最も良く現れた作品である。

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2008年5月14日 (水)

取り敢えずの宣伝

私が25歳の頃に去江与司名義で書いた詩「愛する」が載った詩集『愛の詩集』(彩図社 ぶんりき文庫)という本があります。

『愛の詩集』(彩図社 ぶんりき文庫)

もう8年も前に出版されたものであり、いつ絶版になってもおかしくない状態なので、取り敢えず宣伝しておきます。

ちなみに、楽天ブックスやYahoo!ブックスなどで「愛の詩集」と検索すると私のペンネームである去江与司がヒットします。出来の良い作品をピックアップ、だといいのですが、実際は無作為に選ばれたのでしょう。楽天の宣伝記事もYahoo!の宣伝記事も『愛の詩集』出版直後に出た宣伝記事が基になっているので、同じものがヒットするのです。

『愛の詩集』(ぶんりき文庫) 紀伊國屋書店BookWeb

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子供の耳

人間の聴覚は20歳前後をピークに徐々に衰えていくことがわかっています。一説によると、30歳の人間の聴覚は、20歳頃の60%まで衰えているとのこと。
30歳を過ぎた私も実感はないのですが、聴覚は落ちているのでしょう。

若者にしか聞こえない「モスキート音」なるものを使った携帯の着信音も出来ているそうです。試してみると……、確かに聞こえません。14kHzまでは聞こえるのですが、15kHzになるとほとんど聴き取れません。やはり私の耳ももう若者のそれではないようです。

ちなみに子供の頃の私は、テレビのブラウン管の音を聞き取ることが出来たので、10メートルぐらい離れた場所からでも、家のテレビが着いているどうか知ることが出来ました。子供の耳というのはそれくらい優秀なようです。今では、試したことがないのでわからないのですが、おそらく10メートル離れたところからテレビが着いているかどうかを耳だけで感じることは出来ないと思います。

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坂本龍一 『1996』

坂本龍一のアルバム『1996』を紹介します。タイトル通り1996年に発表されたアルバムで、それまでに坂本が発表した作品をピアノ三重奏の形で演奏しています。

坂本龍一 『1996』 「ラスト・エンペラー」より“メインテーマ”と“Rain”、映画『バベル』でも用いられた「美貌の青空」(『NEO GEO』より)、「戦場のメリークリスマス」、「シェルタリング・スカイ」、「嵐が丘」、「リトル・ブッダ」、「ハイヒール」などの映画音楽の他、オリジナル曲である「1919」(レーニンの演説入り)、「Before Long」、「青猫のトルソ」、「ゴリラがバナナをくれる日」、「A Tribute to N.J.P.」などを収録。

坂本の奏でるピアノは抒情的であり、ヴァイオリンとチェロがそれに彩りを添えたり、主旋律を交代で奏でるという形の編曲が主ですが、曲によっては、弦楽器が現代音楽しているものもあり、若い頃は現代音楽の作曲家を目指していた坂本の原点を知ることの出来るアルバムでもあります。

坂本龍一/1996

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2008年5月13日 (火)

グレン・グールド(ピアノ) J・S・バッハ 「ゴルトベルク変奏曲」(1955年盤)

カナダが生んだ天才ピアニスト、グレン・グールド。J・S・バッハのピアノ曲演奏の現代的な洗い直しを始め、天才ならではの独創的な演奏活動を繰り広げました。しかし、数々の奇行でも知られ、協奏曲の演奏の際には、指揮者とオーケストラと聴衆を待たせて30分も椅子の高さ調整を行うなど、神経質な面も目立ちました。
そして1964年に、若くしてコンサート・ドロップアウト宣言を行い、録音のみによる演奏発表を行います。

「拍手こそが我々音楽家の報酬」と語る音楽家もいる中、聴衆の喝采という美酒から遠ざかることの出来た演奏家はグレン・グールドだけであり、極めて異色の存在です。

スタジオで納得のいくまでピアノを弾き、録音を繰り返して完璧なものを目指すという完璧主義的な演奏活動の在り方はいかにもグールドらしいものですが、あるいはグールドは、聴衆を前にしたパフォーマンスというものが、完璧な音楽追求の妨げになると考えたのかも知れません。

グレン・グールドのデビュー録音となったのが、1955年に録音した、J・S・バッハの「ゴルトベルク変奏曲」。

グレン・グールド J・S・バッハ 「ゴルトベルク変奏曲」(1955年盤 NAXOSヒストリカル) コロムビア(CBS)によって録音され、CBSの後身であるソニー・クラシカルからもCDが出ていますが、今日紹介するのは、NAXOSヒストリカルから出た復刻盤。マーク・オバート=ソーンによる復刻です。
「ゴルトベルク変奏曲」の他に、1954年にカナダのCBCによって収録された「パルティータ第5番」も収録。

当時は異例の速さといわれた「アリア」を始め、全曲に渡って比較的速めのテンポを採用し、キッパリとした語り口調で弾き進めていきます。ロマンティックな要素を洗い落とし、バッハの音楽の高潔さを浮かび上がらせた秀演。

「ゴルトベルク変奏曲」で録音デビューしたグレン・グールドは、1981年に「ゴルトベルク変奏曲」を再録音。デジタルで録音された新盤は、「アリア」を遅いテンポで甘く奏でるなど、旧盤との対比が鮮やかでしたが、グールドはその翌年に脳溢血のため死去。デビューと最晩年の録音が「ゴルトベルク変奏曲」であったこともグールドというピアニストの神秘性をより強めることにもなりました。

歴史的録音復刻の名手として知られるマーク・オバート=ソーンの復刻により、モノラル録音ながら煌めくようなピアノの輝きが増しています。

バッハ/Goldberg Variations: Gould(P) (1955) +partita.5

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2008年5月12日 (月)

湯浅卓雄指揮大阪センチュリー交響楽団 「ロベルト・シューマン交響曲全集」

スコットランドに居を構えて世界的に活躍している指揮者、湯浅卓雄が大阪センチュリー交響楽団を指揮してライヴ収録した「ロベルト・シューマン交響曲全集」を紹介します。ナミ・レコードのライヴノーツ・レーベルからの発売。ロベルト・シューマンの交響曲第1番から第4番までと、「序曲、スケルツォとフィナーレ」を収録。

湯浅卓雄指揮大阪センチュリー交響楽団 「ロベルト・シューマン交響曲全集」 湯浅卓雄は1949年、大阪府寝屋川市(湯浅本人は枚方だと言い張る)の生まれ、高校卒業後に渡米し、シンシナティ大学で音楽を学んだ後、ヨーロッパに渡り、ウィーン国立音楽大学で、名教師として知られるハンス・スワロフスキー、日本でもおなじみのロヴロ・フォン・マタチッチらに指揮を学んでいます。

マタチッチのアシスタントを務めた後、湯浅はイギリスを中心に指揮活動を始め、現在ではNAXOSレーベルの看板指揮者の一人としても注目されています。

湯浅と大阪センチュリー交響楽団のロベルト・シューマン交響曲チクルスは2006年に神戸新聞松方ホールで行われ、このCDに収められた演奏のうち、交響曲第3番「ライン」を除く全曲の実演に私は接していますが、湯浅の深々とした歌と、大阪センチュリー響の温かくも輝かしい音色が印象的な好演揃いでした。
湯浅と大阪センチュリー響は、やはり神戸新聞松方ホールで、ブラームスの交響曲チクルスを行い、その時も録音が行われてライヴノーツ・レーベルから発売されていますが、「ロベルト・シューマン交響曲全集」は、「ブラームス交響曲全集」を上回る出来を示しています。大阪、関西のみならず、日本全国の音楽ファンに聴いて貰いたい充実した音盤です。

シューマン/Comp.symphonies: 湯浅卓雄 / 大阪 Century So

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コンサートの記(11) ケント・ナガノ指揮モントリオール交響楽団来日公演

2008年4月11日 大阪・中之島のフェスティバル・ホールにて

大阪は中之島にあるフェスティバル・ホールまで、ケント・ナガノ指揮モントリオール交響楽団の来日公演を聴きに出かける。

ケント・ナガノは、1951年、アメリカに生まれた日系三世の指揮者である。アメリカで音楽教育と指揮者としてのキャリアをスタートし、フランスのリヨン国立歌劇場、イギリスのハレ管弦楽団、ベルリン・ドイツ交響楽団などの首席指揮者・音楽監督を経て、2006年からモントリオール交響楽団とバイエルン国立(州立とも書かれる)歌劇場の音楽監督を務めている。夫人は、ピアニストの児玉麻里。
風貌が俳優の岩城滉一にどことなく似ているということもあり、日本でもファンの多い指揮者である。

モントリオール交響楽団の音楽監督にはもっと早期に着任する予定だったのだが、モントリオール響が長期のストライキに入ってしまったため、就任が遅れた。

モントリオール交響楽団は、1978年に音楽監督に就任したシャルル・デュトワのもとで急成長し、その後、約四半世紀に渡ってデュトワとコンビを組み続けて、「フランスのオーケストラよりフランス的」との賞賛を受けてきたカナダの名門だが、人事を巡ってデュトワと喧嘩別れし、その後は給与問題を巡って長期のストライキに入っていた。
ということで、モントリオール交響楽団のアンサンブルが健在なのかを確かめる上でも興味深いコンサートである。

曲目は、ドビュッシーの「牧神の午後への前奏曲」と交響詩(三つの交響的素描)「海」、リヒャルト・シュトラウスのアルプス交響曲。

「牧神の午後への前奏曲」はかなりゆったりとしたテンポで始まる。フェスティバル・ホールの音響への配慮があるのだろうか。「牧神の午後への前奏曲」も「海」も、管楽器のミスが思ったより多かったが、弦を中心としたハーモニーは美しく、ミントの香るような清冽な響きがある。さすがはモントリオール交響楽団、ではあるが、これはやはりデュトワの音色である。約四半世紀もの間、ともに仕事をしていたのだから、デュトワによってたたき込まれた音色を変えるのは容易ではないということか。美しい音色なので、それが変わらないこと自体は悪いことではないけれど、ナガノならではの響きも聴いてみたくなる。

そのナガノだが、演出は上手だ。特に盛り上げ方が巧い。自然な盛り上げ方ではなく、ギアチェンジの瞬間が明らかにわかるのだが、それでいて強引な感じは余り受けない。

ナガノの指揮姿は端正で、右手で拍を刻み、左手で指示とイメージをオーケストラに与える。要所要所では大きく腕を振るが、基本的にはビートの幅は他の指揮者に比べて小さめであり、後ろ姿は、数学科の有能な大学教授が、黒板に模範解答を書いている様のようだ。

管楽器に若干の不満はあったが、「牧神の午後への前奏曲」も「海」も秀演だった。

アルプス交響曲(交響曲と銘打たれているが、実際は長大な交響詩である)は更に充実した演奏で、開始早々から音に拡がりがあり、曙光が指す場面では、ステージ上が本当にパッと明るくなったような錯覚すら覚える。「滝」の場面も清々しいし、牧場の長閑さも出ている。「嵐の前の静けさ」の場面では、ナガノはオーケストラの音を弱め、不安定な感じを作り出す。かなり地味になるが、雷雨の強烈さを増すための演出だ。だが、肝心の雷雨の場面は、音は盛大に鳴っているものの、獰猛なまでの迫力は感じられなかった。少し残念。そういえば、ケント・ナガノの演奏も、モントリオール交響楽団の演奏もCDで数多く聴いているが、根源的な迫力を持つ演奏になっていたことはほとんどなかった。両者共に上品なのだ。
ただ、雷雨の場では、本当の意味での迫力はなかったものの、ナガノのオケ捌きの見事さは光っていた。

夕映えは清々しく、日没、終末、夜は、風景だけでなく、登山者の疲れまでも表現しているかのような、ナガノの棒の描写力の細かさが印象的であった。

演奏が終わり、ブラボーと盛んな拍手。晴れ着姿の小さなお嬢ちゃん二人(5歳前後かな)が出てきて、ナガノとコンサートマスターに花束を渡す。ステージ下には、おばさま数人が出てきて、花束を差し出し、これもナガノは受け取った。岩城滉一似とあっては、ナガノがおばさま族に人気があるのも当然という気がする。

アンコールは、「さくら(さくら さくら)」の管弦楽編曲版と、ビゼーの「アルルの女」より“ファランドール”。

「さくら さくら」は“和”ではなく、中国風の編曲に聞こえたが、誰の編曲だったのだろう。

“ファランドール”はノリの良い演奏で、ナガノの美質と、モントリオール響の美点が合致していたように思う。

 

ケント・ナガノ指揮の実演には以前も接したことがある。リヨン国立歌劇場管弦楽団の来日公演で、場所は東京オペラシティコンサートホール。サイド席だったのだが、東京オペラシティコンサートホールはシューボックス型のホールであり、サイド席後方に座ってしまうとステージの半分は見えないということになってしまう。私が座った席からは、指揮台に立つナガノの姿も身を乗り出してやっと見えるというほど視覚面は悪かった。ホールの音自体は残響が適度で悪くなかったのだけれど。
「ヨーロッパの聴衆は視覚は気にしない」と聞いたことがあるけれど、ここは日本だし、私は日本人だからね。

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2008年5月11日 (日)

観劇感想精選(34) 坂東玉三郎特別舞踊公演『阿国歌舞伎夢華&蜘蛛の拍子舞』

2007年5月23日 京都・四条南座にて観劇

午後1時から四条南座で、坂東玉三郎特別舞踊公演『阿国歌舞伎夢華&蜘蛛の拍子舞』を観る。出演は、坂東玉三郎の他、市川笑三郎、市川猿弥、市川段治郎、市川春猿ほか。本日が千穐楽である。

『阿国歌舞伎夢華(おくにかぶきゆめのはなやぎ)』は、タイトル通り出雲阿国を主役とした物語舞踊。京・四条河原で活躍中の出雲阿国(玉三郎)。阿国が踊り疲れて眠りに落ちると、亡き踊りの師で恋人でもあった名古屋山三(市川段治郎)が現れる……。

史実によると、阿国は男装の舞で倒錯の美を作り出したようだが、今回は男装の舞は無し。というより、男である玉三郎が女装して阿国を演じているのに、更に男装すると女装なんだかそのままなんだか、いや玉三郎は女形だからそのままではないのか、もう何だかわからなくなってしまうので史実を尊重する必要はないだろう。
玉三郎が良いのは当然として、笑三郎も良い。ただ、笑三郎は本当に女性のような声が出せるのでセリフも聞きたかったのだが、今回は女歌舞伎衆の一人ということでセリフはなし。残念。

『蜘蛛の拍子舞』は、壬生狂言でもおなじみの「土蜘蛛」を題材にした舞踊劇。
源頼光(市川笑三郎)は近頃原因不明の病に悩まされている。実はその原因は女郎蜘蛛の精(坂東玉三郎)の呪いであった……。
リアリズムからは最も遠い話であり、「そういうものだ」と思って見ていても結構笑える。
頼光のもとに突然若い女・妻菊(実は女郎蜘蛛の精)が現れる。頼光は当然怪しむのだが、何故か一緒に舞を舞い、「女、見事な舞だな」などと言っているのだから呑気なものである。

合間に蜘蛛の着ぐるみを着た役者(誰かはわからない)が現れるのだが、蜘蛛の着ぐるみが実にグロテスクで、子供向けのヒーローものドラマを見ているかのよう。

源頼光四天王のうち、渡辺綱、卜部季武、碓井貞光の3人は最初からいるのだが、坂田金時はラストにようやく登場する(演じるのは市川猿弥)。てっきり坂田金時が、正体を現した蜘蛛(玉三郎)を退治するのかと思ったら、金時は出てきただけで、直後に頼光があっさりと蜘蛛を刺し貫く。金時さん、あんた何しに出てきたんだい。
これは笑いを誘う技巧であったはずなのだけれど、客席からはほとんど笑いは聞こえず。
伝統芸能、そして憧れの玉三郎様の舞台ということで観客は澄ましているのだろうけれど(金時の「玉三郎に似た化け物を」というセリフでは笑いが起きた)、もっと笑ってもいいと思う。エンターテインメントなんだし。

玉三郎(や後見)が白糸(蜘蛛の糸である)を投げる姿は絵としても実に美しかった。

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