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2008年6月1日 - 2008年6月7日の9件の記事

2008年6月 7日 (土)

コンサートの記(12) 大野和士指揮 大阪フィルハーモニー交響楽団第400回定期演奏会

2006年7月6日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールで

大阪のザ・シンフォニーホールで、大阪フィルハーモニー交響楽団の第400回定期演奏会を聴く。記念の演奏会のタクトを任されたのはヨーロッパを中心に活躍する大野和士。先月(2006年6月)、大阪フィルを振った広上淳一とともに日本若手指揮者界のエースと目される人物である。知的な音楽作りが特徴。CDはマーラーの交響曲第2番「復活」などが出ている。

曲目はモーツァルトの交響曲第33番、細川俊夫の打楽器協奏曲「旅人」、ショスタコーヴィチの交響曲第15番。

大野の指揮ぶりは実に端正で、気品すら感じる。力むことなく的確な指示でオーケストラをコントロールする様は、日本の指揮者に多い力演型の対極をゆく。

モーツァルトの交響曲第33番では、大阪フィルがいつになく丁寧なアンサンブルを聴かせる。音の一つ一つが美しく、高貴な感覚に彩られている。ただたまに汚い音が出てしまうのが、現在の大阪フィルの力の限界を感じさせる。
私はサー・チャールズ・マッケラスが指揮するような活気溢れるモーツァルトが好きなので、例えば最終楽章にはもっとリズム感やノリのよさを求めたくなるが、大野のスタイルを好む人も多いだろう。

細川俊夫の打楽器協奏曲「旅人」は、2000年に初演された作品。打楽器を演奏するのは初演時の奏者でもある中村功。
中村が様々な種類の打楽器を演奏して曲は始まる。やがて、オーケストラが音を奏で始めるのだが、冷たく厳しく迫力ある音は、いつもながらの細川節である。ステージ上の他、2階席左右、3階席後方にも金管奏者が陣取り、客席を取り囲むようにして演奏が繰り広げられる。ただ、私はステージの後方、他のホールだとP席と呼ばれる場所に座っていたので、周囲を音が巡るような効果を味わうことは出来なかった。
ラストで、中村は小さな鐘を打ち鳴らしつつステージを下り、客席後方へと消えていく。タイトル通り、何かを希求する「旅人」のように。
観ているこちらもインスピレーションを刺激されるような、「劇的」な作品であった。

ショスタコーヴィチの交響曲第15番。20世紀最大のシンフォニスト、ショスタコーヴィチ最後の交響曲である。ロッシーニの「ウィリアム・テル」序曲のパロディがあったり、諧謔性にも富んだ作品。
大野の特長である知的なコントロールが最大限に発揮された名演であった。大フィルの演奏には細かい傷がいくつかあったものの、大野のノーブルな音楽性がそういったマイナス要素を全て乗り越えていく。ノーブルと書いたが決して乙に澄ました演奏ではない。歌は深く、力みのない迫力があり、時には苦悩に満ちた表情が現れる。大野の実演に接するのはこれが初めてなのだが、これほど端正な姿で指揮する演奏家はこれまで見たことがない。日本人は勿論、欧米の著名な指揮者を実演、テレビ等で多く見てきたにも関わらず、である。大野の指揮姿そのものが芸術品であるかのようだ。
曲は静かに終わる。しかし、曲は終わったが、別の何かが永遠に向かって続いていくような感動的な終わり方であった。
熱狂的な感動はコンサートで何度も味わっている。ただ今日のように、心にそっと染み込んで、その軸を揺さぶるような感動を覚えるのは久しぶりだ(小説を読んでこういった種類の感動をすることはよくあるのだが)。心の準備が出来ていなかったので、演奏が終わってしばらくしてからも心の震えが止まらなかった。どこまでが大野の魅力で、どこまでがショスタコーヴィチの魅力なのかはわからない。だが、魅せられた。

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2008年6月 6日 (金)

森永「ミルクキャラメル」チョコシリーズ

森永製菓の「ミルクキャラメル」。子供の頃はよく食べていました。ただ、キャラメルは歯にくっつくので、それほど好きではありませんでした。

ところが最近、コンビニで、森永「ミルクキャラメル」のチョコレートシリーズが次々に出ているのを見かけ、黄色のパッケージが懐かしいということもあって食べてみました。「ミルクキャラメル」チョコバー、「ミルクキャラメル」クッキー、「キャラメルショコラ」など。

森永「ミルクキャラメル」チョコシリーズ 「ミルクキャラメル」チョコバー

どれも美味しいです。なによりもキャラメルが歯にくっつかないのがいい。
「ミルクキャラメル」チョコバーはマイルドな味わいが特徴です。

森永「ミルクキャラメルクッキー」も、キャラメル味のどぎつくない甘さが良い感じ。

「キャラメルショコラ」は、普通のチョコレート菓子という感じですが、甘いものが好きな人には好まれる味でしょう。

期間限定商品もありますので、お求めはお早めに。

ちなみに私は森永製菓の回し者ではありません。

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ケータイ『明鏡クイズ問題な日本語』「こだわる言葉力クイズ」部門全国首位奪取

ケータイで行う『明鏡クイズ問題な日本語』(大修館書店)、「こだわる言葉力クイズ」部門(「こだわる」の使い方は敢えて間違えているようです)で、全国1位を取りました。万歳! 
といっても、毎週10問ずつ5週間の計50問で満点を取っただけで、1位の方は他に7名いらっしゃいます。

ただ、「こだわる言葉力クイズ」部門は、『明鏡クイズ問題な日本語』のクイズ3部門中、唯一トップ100から落ちたことのある部門だけに嬉しいです。しかし、次の土曜日にも出題されて、1問でも間違うと、おそらく首位転落します。多分、転落するんじゃないかな。難問もたまに出ますので。

「何だ、自慢か」と思われた方、「はい、自慢です」

ただ、ケータイのクイズということで参加者はそれほど多くはないと思われます。大した自慢にはなりません。自己満足です。

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フランス語が出来ないのに「ミラボー橋」を訳したこと

フランスの詩人、ギョーム・アポリネールの「ミラボー橋」という詩が好きで、もう4年も前になりますか、フランス語の原文からの翻訳を試みたことがあります。私は大学時代の第二外国語として中国語を取っていたので、フランス語を学んだことは1秒たりともないのですが、仏和辞書を引きながら訳してみました。なんでそんなことをしたのかというと、堀口大学らが訳した既成の訳文が気に入らなかったからで。

翻訳後、大学のフランス語の先生に見て貰ったのですが、翻訳として問題はないそうなので、「猫町通り通信」に載せました。それから随分時間が経ったのですが、ふと、「鴨東記」にも載せてみようと思い、アップしてみました。七五調を取り入れた翻訳です。

「ミラボー橋」 ギョーム・アポリネール

ミラボー橋の下、セーヌは流れる。
我らが恋もまた然り。
この恋の意味を忘れない。
喜びは悲しみを越えた後に。

夜よ来たれ、鐘よ鳴れ。
日々は過ぎ去り残るのは、
ここにいる我一人のみ。

手に手を重ね見つめ合う、我らが下を
腕で作った橋のもとを、永遠の視線を、疲れきった波は流れる。

夜よ来たれ、鐘よ鳴れ。
日々は過ぎ去り残るのは、
ここにいる我一人のみ。

恋は水と流れ散る。
恋は去った。
人生はかくもゆっくり流れ、
希望だけが激しく燃える。

夜よ来たれ、鐘よ鳴れ。
日々は過ぎ去り残るのは、
ここにいる我一人のみ。

日々はゆき、幾週も経て、
時は過ぎ去り、恋もまた、もはや戻ることはない。
ミラボー橋の下、セーヌは流れる。

夜よ来たれ、鐘よ鳴れ。
日々は過ぎ去り残るのは、
ここにいる我一人のみ。

日本語訳:本保弘人

京都には鴨川という絵になる川があるので、「ミラボー橋」の世界もヒシヒシと感じることが出来ます。東京には隅田川、大阪にも淀川という、やはり絵になる川があるので、橋の上に立って「ミラボー橋」の世界を感じてみるのもいいかも知れないですね。

生まれ故郷の千葉市には、都川や葭川(よしかわ)といった、千葉市民しか知らない小さな川しか流れていないので、「ミラボー橋」の世界を味わうのは難しいかな。行政区の名の由来になっているので少しだけ有名な花見川は、水源である印旛沼の出水口が閉じられているので流れていないし。
語感だけなら、「君待橋(きみまちばし)の下、都川(みやこがわ)は流れる」はなかなか良いと思うのですが。

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2008年6月 5日 (木)

懐かしの歌 「500マイル(500マイルも離れて)」

ピーター,ポール&マリーの「500マイル(500マイルも離れて)」。初めて聴いたのは中学生の頃でした。母がピーター,ポール&マリーのアルバムを持っていて、それを聴いたのです。ちなみに同じ頃にWink(若い人のために説明しておくと、相田翔子と鈴木早智子のデュオ)が「500マイル」をカバーしていたりします。Winkの曲は初期の頃は洋楽のカバーが多いのです。

もともとは1960年代にへイディ・ウェストという女性フォークシンガーが、放浪者の歌を採録してアルバムに収めた歌だそうで、故郷とそこに住む恋人から500マイル(約805キロ)ほど離れて(おそらくは労働のためだと思われるが、離れざるを得ない事情があって)一人で過ごしている男の心情が切々と歌われています。

中学生の頃にも、その孤独感に満ちた歌詞と、やるせなさがそこはかとなく漂うメロディーが好きでしたが、こうして私自身も故郷から離れて一人で過ごすようになって、この歌がよりダイレクトに心に響くようになってきています。

タイトルに懐かしの歌と書きましたが、この歌はエヴァーグリーンなのでしょうね。

なお、HIS(細野晴臣、忌野清志郎、坂本冬美によるユニット)が、「500マイル」を日本語詞でカバーしています。そちらもどうぞ。

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2008年6月 4日 (水)

これまでに観た映画より(24) 「藍色夏恋」

DVDで台湾映画「藍色夏恋」を観る。イー・ジーイェン監督作品。チェン・ボーリン、グイ・ルンメイ主演。2001年の作品。
高校を舞台にした恋愛映画である。

師範大学付属高に通う女子高生のモン・クーロウ(グイ・ルンメイ)は、親友のリン・ユエチェン(リャン・シューフイ)と、ユエチェンが好きなチャン・シーハオ(チェン・ボーリン)という男の子の間を取り持とうとする。しかし、チャン・シーハオにユエチェンを紹介しようとしたところ、肝心のユエチェンが姿を消していた。チャンは「ユエチェンなんて本当はいないんだろう」と決めつけ、モン・クーロウを好きになり始めてしまう。

まず独特の色彩美に溢れる映像が美しい。肝心なシーンではセリフをほとんど使わず、動作で心理を表現する手法も上手いと思う。
爽やかな青春映画ではあるけれど、単純な青春賛美には終わらず、かといって暗さは排除してある。
ピアノによるシンプルな映画音楽も素敵だ。
傑作ではないかも知れないけれど、愛すべき佳編である。

ちなみに劇中に、「木村拓哉」の名前が出てくる。キムタクが台湾でも大変な人気であることがわかる。

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2008年6月 2日 (月)

長髪の美青年

若き日のパーヴォ・ヤルヴィ氏

ちょっと驚かれるかも知れませんが、これが30歳頃のパーヴォ・ヤルヴィ氏です。BISから出ている「フランス管弦楽曲集(フランス音楽オムニバス)」というCDのライナーノーツに載っているもの。前髪が少し後退傾向にあるものの、若き日のパーヴォは長髪の美青年でした。

その後のパーヴォ氏は、前髪がどんどん後退していき、今はサイドの毛もかなり短く刈り込んでいて、坊主頭に近くなっています。男性ホルモンの働きは凄いですね。

パーヴォの若き日の写真ばかり載せても仕方ないので、「フランス管弦楽曲集(フランス音楽オムニバス)」も紹介します。おまけではなく、こちらの紹介がメインです。

パーヴォ・ヤルヴィ指揮タピオラ・シンフォニエッタ 「フランス管弦楽曲集(フランス音楽オムニバス)」(BIS) フランシス・プーランクとアルベール・ルーセルの「シンフォニエッタ」、アンドレ・ジョリヴェのフルート協奏曲(フルート独奏:マヌエラ・ヴィースラー)、ジャック・イベールの「ディヴェルティメント」を収録。オーケストラはフィンランドのタピオラ・シンフォニエッタ。

フランス音楽も得意とするパーヴォだけに洒落た味わいの名演が並んでいます。

特にパーヴォの抜群のリズム感とユーモアが生きた、イベールの「ディヴェルティメント」は、シャルル・デュトワ盤や佐渡裕盤を上回るトップクラスの出来を示しています。

*フランス音楽オムニバス*/Orch.works: P.jarvi / Tapiola Sinfonietta Etc

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パーヴォ・ヤルヴィ指揮シンシナティ交響楽団 ドヴォルザーク交響曲第9番「新世界より」&マルティヌー交響曲第2番

パーヴォ・ヤルヴィ指揮シンシナティ交響楽団の演奏で、ドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」とマルティヌーの交響曲第2番をカップリングしたCDを紹介します。TELARCレーベル。

パーヴォ・ヤルヴィ指揮シンシナティ交響楽団 ドヴォルザーク交響曲第9番「新世界より」&マルティヌー交響曲第2番 ドヴォルザークが新世界ことアメリカはニューヨークのナショナル音楽院の学長をしていた時代に、故郷であるチェコ・ボヘミア地方への郷愁を歌い上げる形で作曲された交響曲第9番「新世界より」。ということで、チェコの団体による演奏も良いですが、アメリカの楽団による名演も聴いてみたくなるところ。しかしながら、これまでのところ、アメリカの楽団による「新世界」には、“これは”といったものがありませんでした。そこへ登場したのがパーヴォ・ヤルヴィ指揮のシンシナティ交響楽団盤。アメリカのオーケストラらしい機能美を生かしながら、抑制されつつも激しい情熱を乗せた理想的な「新世界」交響曲です。

チェコに生まれ、アメリカでも活躍した作曲家であるマルティヌーの交響曲第2番をカップリングするという発想も粋。そして演奏も神秘性の表出に長けた素晴らしいものです。

ドヴォルザーク/Sym.9: P.jarvi / Cincinnati.so +martinu: Sym.2

ドヴォルザーク/Sym.9: P.jarvi / Cincinnati.so +martinu: Sym.2 (Hyb)

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2008年6月 1日 (日)

パーヴォ・ヤルヴィ指揮シンシナティ交響楽団 シベリウス交響曲第2番&トゥビン交響曲第5番

パーヴォ・ヤルヴィ。
1962年、エストニアの首都タリンに、名指揮者ネーメ・ヤルヴィの長男として生まれた彼は、まずタリン音楽院に学び、その後一家で渡米、フィラデルフィアのカーティス音楽院にも学んで、父と同じ指揮者への道を歩んでいきます。

親子共に名指揮者というのは、クライバー親子(エーリヒとカルロス)などの例はあるものの少数派。スポーツなどでもそうですが、音楽の才能も必ずしも受け継がれるわけではないようです。
しかし、今やパーヴォは父をも上回る才能の持ち主であることを世界中で実証して見せています。現在、シンシナティ交響楽団、ドイツ・カンマーフィルハーモニー・ブレーメン、フランクフルト放送交響楽団、次期パリ管弦楽団のシェフの座にあり、祖国であるエストニアの国立交響楽団のアドバイザーも務めるという多忙ぶり。もちろん多忙なだけではなく、新鮮で説得力ある名演の数々を繰り広げています。

パーヴォ・ヤルヴィ指揮シンシナティ交響楽団 シベリウス交響曲第2番&トゥビン交響曲第5番 父親のネーメ・ヤルヴィはエーテボリ交響楽団と録音した「シベリウス交響曲全集」(BIS)で一躍有名になりましたが、パーヴォ・ヤルヴィはシベリウスの交響曲の録音には慎重な姿勢を見せており、交響曲第2番と、カンタータ的な作品であるクレルヴォ交響曲を録音しているのみです。

さて、そのシベリウスの交響曲第2番ですが、シンシナティ交響楽団を指揮したこの演奏(TELARC)、かなりのハイレベルです。父親のネーメの演奏よりも上でしょう。

シンシナティ交響楽団はいかにもアメリカのオーケストラらしい明るめの音色を奏でますが、パーヴォの指揮により陰影にも富んでいて、シベリウスの音楽の核心を見事に突いています。

エドゥアルド・トゥビン(1905-1982)はエストニア生まれの作曲家。ネーメ・ヤルヴィが交響曲全集を録音したことで有名になった作曲家でもあります。有名になったとはいっても一般的な知名度はまだまだ。そこでパーヴォはポピュラーなシベリウスの交響曲との組み合わせで録音することにし、当盤にトゥビンの交響曲第5番が収められました。

トゥビンはエストニアのソ連併合直前の1944年にスウェーデンに亡命、交響曲第5番は、スウェーデンに移ってから書かれた最初の交響曲です。

パーヴォのトゥビンに対する敬意の表れた名演が繰り広げられており、オーケストラと録音の優秀さも相まって最高の出来を示しています。

シベリウス/Sym.2: P.jarvi / Cincinnati.so +tubin: Sym.5

シベリウス/Sym.2: P.jarvi / Cincinnati.so +tubin: Sym.5 (Hyb)

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