アンドレ・プレヴィン指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 メンデルスゾーン「真夏の夜の夢」(全11曲)
シェイクスピアの戯曲『真夏の夜の夢』を読んで感動した当時17歳のフェリックス・メンデルスゾーン=バルトルディが、読後すぐさま作曲に取り組み、完成させたのが「真夏の夜の夢」序曲。
そして、その17年後、34歳になったメンデルスゾーンは、「真夏の夜の夢」の劇付随音楽として、有名な「結婚行進曲」など12曲を書き上げ、全13曲の「真夏の夜の夢」のための音楽が残されました。
アンドレ・プレヴィンは、ロンドン交響楽団を指揮して全13曲をアナログ録音していますが、今日紹介するのは、デジタル時代にウィーン・フィルハーモニー管弦楽団を指揮して、そのうちの11曲を再録音したCD。フィリップス・レーベル。
1929年にベルリンに生まれたアンドレ・プレヴィン(ナチス台頭期であり、ユダヤ系であったプレヴィン一家は1930年代後半にドイツから逃れている。その際、出生の資料を紛失したため、アンドレ・プレヴィンの正確な生年月日は不明とのことである)。10歳でジャズピアニストとしてデビュー、14歳にしてハリウッドの音楽家としての活動を開始し、映画音楽作曲家・編曲家、ジャズピアニストなど多彩な活躍を見せた後に指揮者に転身し、以後は世界的な指揮者として活躍しています。
もともと、5歳の時にフルトヴェングラーの指揮するベルリン・フィルのコンサートを聴いて感動し、クラシック音楽の道に進むことになるだろうと予感したというプレヴィンですが、アメリカで生活費を稼ぐために映画音楽に携わり、売れっ子となってしまったため、クラシックの指揮者として本格的に歩み出したのは31歳の時でした。その後も、「映画音楽出身」ということで色物扱いされたプレヴィンですが、ようやく50歳近くになってから「本物の指揮者」と認められるようになり、80年代以降たびたび共演するようになったウィーン・フィルハーモニー管弦楽団との相性が抜群であったことから「世界的な指揮者」との評価を勝ち得るようになります。
「早熟」「神童」「ユダヤ系」「作曲家にして指揮者」という共通した音楽性を持つメンデルスゾーンとプレヴィン。映画音楽にも通じるようなわかりやすさを持った「真夏の夜の夢」の音楽、更にウィーン・フィルの音の美しさも加わって、理想的な演奏が繰り広げられています。
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巧みな強弱のつけ方、個々のプレーヤーの技術の高さに感心させられると同時に、主旋律を担当する楽器が次々と移り変わる様が手に取るようにわかるなど、明晰この上ないベートーヴェンであり、パーヴォ・ヤルヴィとドイツ・カンマーフィルハーニー・ブレーメンの凄さと、それ以上にベートーヴェンの作曲技術がいかに卓越したものであるかを改めて確認させてくれる優れた演奏です。
彼女が38℃の熱を出した時に作ったピアノ曲のタイトルが「38.0℃」がだったり(ソフトペダルを踏み続けて弾いたような繊細な曲調。熱でボーッとした状態を表現しているとみることも出来る)と、ユーモアも発揮されていますが、「椿」や「十数えて」などタイトルや歌詞、アレンジに日本的な情趣が感じられるものが含まれていたり、彼女の声の魅力である高音の冴えではなく、敢えて低めの張った声で勝負している曲があったりと、意欲的な挑戦も目立ちます。アメリカ南部の酒場で歌うのが似合うような、ジャージなー雰囲気を持つ「メロディ」というナンバーも聴き物。
今日紹介するブルックナーの交響曲第4番「ロマンティック」(DENON)は、シュターツカペレ・ドレスデン時代のブロムシュテットの最良の成果の一つです。
























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