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2008年6月22日 - 2008年6月28日の11件の記事

2008年6月28日 (土)

「山田一雄の芸術」 山田一雄指揮京都市交響楽団ほか マーラー交響曲第2番「復活」

「ヤマカズ」の愛称で親しまれた指揮者、山田一雄(1912-1991 山田一雄のほか、山田和雄〈これが本名である〉、山田和男、山田夏精などの名で活躍していた時期もある)の演奏を紹介します。マーラーの交響曲第2番「復活」。1981年5月29日、京都市交響楽団の創立25周年記念特別演奏会でのライヴ録音。京都会館第1ホールでの演奏、収録。
演奏は京都市交響楽団のほか、京都市立芸術大学音楽部合唱団、ベリョースカ合唱団、ソプラノ独唱:中沢桂、アルト独唱:志村年子。
なお、山田一雄は、マーラーの交響曲第2番「復活」の日本初演を指揮した人物でもあります。

同じ日に演奏された、広瀬量平の「管弦楽のための迦陵頻伽(カラヴィンカ)」を併録。ビクターの音源をタワーレコードが「山田一雄の芸術」シリーズとしてCD化したものの一枚。

「山田一雄の芸術」 山田一雄指揮京都市交響楽団ほか マーラー交響曲第2番「復活」ほか フルトヴェングラーを尊敬し、情熱的な音楽作りを持ち味とした山田一雄。
フルトヴェングラーは指揮棒のテクニックがなく、日本では「振ると面食らう」という冗談が生まれましたが、山田も棒は下手で、フルトヴェングラーに入れあげていたこともあり、やはり「振ると面食らう」と呼ばれることもありました。

情熱の発露においては他のどの日本人指揮者よりも上で、曲に没頭しすぎて我を忘れた結果、指揮台から転げ落ち、それでも音楽を止めることなく振り続けたり、音楽関係のクイズ番組に出演し、流される音楽が誰の指揮したものか当てるというコーナーで、自分自身が指揮したベートーヴェンの交響曲第5番冒頭の録音を聴いて、何の迷いもなく大声で「フルトヴェングラー!」と即答してしまったなど、愛すべきエピソードにも事欠かない人でした。

京都市交響楽団(京響)を指揮した「復活」でも、情熱の迸りが目に見えるような熱い演奏を繰り広げています。当時の京響は音が今に比べると薄手であり、合奏の精度も万全ではなく、金管の輝きにも不満を覚えますが、それでも山田の情熱的な棒に真剣に食らい付いていて、虚仮威しでない迫力を生み出しており、単に技術が優秀な団体によるマーラーよりもはるかに感動的なマーラー演奏を展開。独唱も合唱も充実しています。

これほどまでに情熱をあらわにした演奏は、現今では珍しく、そうした意味でも貴重な記録といえます。

山田一雄の芸術 - マーラー:交響曲第2番「復活」、広瀬量平:管弦楽のための迦陵頻伽(カラヴィンカ)

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観劇感想精選(39) 「身毒丸 復活」

2008年2月28日 大阪の梅田芸術劇場シアター・ドラマシティにて観劇

午後7時より、梅田芸術劇場シアター・ドラマシティで、「身毒丸 復活」を観る。寺山修司&岸田理生:脚本、蜷川幸雄:演出。藤原竜也、白石加代子:主演。出演は他に、品川徹、石井愃一、蘭妖子など。

寺山修司の代表作の一つである「身毒丸」。「身毒丸」はもともとは中世より伝わる日本の民話(説教節)「しんとく丸」をモチーフにした戯曲で、継母と継子の物語である。

舞台上方に渡された橋状のセットの鉄パイプで出来た欄干を男達がチェーンソーで刻み、火花の飛び散る中を異形の者達が次々に現れる。そうした、いかにもアンダーグラウンド演劇のテイストで蜷川版「身毒丸」は始まる。

身毒丸(藤原竜也)には母がいない。母を恋い慕う身毒丸は、母の写真を持って街行く人々に母の俤を知っている人がいないかどうか訪ねて回っている。
そんな中、身毒丸の父親(品川徹)は、新たな母を探そうとする。旅の一座の女の中から母を選ぼうというのだ。選ばれたのは撫子という名の女(白石加代子)。撫子には「せんさく」という名の連れ子がいる。せんさくは身毒丸にも身毒丸の父親にもよくなつき、身毒丸の父親と撫子の仲も良いのだが、身毒丸は撫子を母と認めることが出来ない……。

身毒丸の父親が再婚する理由は、「家があり、家には父があり、母があって子があるもの。我が家には母だけがいない」というものである。家族のあるべき姿があり、それをなぞって生きるのが人間という、封建的ともいえる考えと、家父長的意識がそこにある。これは寺山と岸田理生が作り出した設定で、そこに寺山版「身毒丸」の重要なテーマの一つがあるのは間違いない。蜷川の演出もそれに沿い、家父長的なものから抜け出た世界の継母と継子の物語として「身毒丸」を描いている。

ただ、おそらく寺山も岸田も蜷川も意識していないであろうことが私には見えた。別に私が彼らより演劇に通暁しているからではなく、私が彼らより若いからというだけの話なのだが、ある意味、家族さえも社会生活上の最小限の単位ではなくなった現在においては、本当に「個」として放浪する人間の姿を「身毒丸」に見出しても決して間違いではないと思うのだ。

人間は、この世界に理不尽に生まれてくる。「個」まで単位を絞れば、人間は世界の継子なのだ。世界は世界であり続けるためにあるのであり、「個」を受けいれるために出来ているわけではいない。受けいれることを条件にしていないというところに実の母ではなく継母的要素がある。理不尽に突きつけられた世界を受けいれられない身毒丸の姿は、「個」に固執するあまり世界を受けいれられない若者の姿に繋がる。

そして世界を受けいれられない若者は、変わりゆく世界に伴って増えてくる条件をもまた受けいれられないことが多い。しかし、これをある程度受けいれられる状態の者は、それを「選択した」ことにより、世界にある程度参加した継母的状況へと移る。

現代の視点から見ると、「身毒丸」は(寺山や蜷川の意図とは別に)、そして身毒丸が撫子と抱き合い、「もう一度、僕を妊娠して下さい」と語るセリフは、「世界の調和」への意志と受け取ることが可能なように思うのだ。

異形の者達の出演、出演者は多いがセリフのある役は少ない、幕がバンバン下りては上がることで切り替わるシーン、次々に鳴る音楽など、アングラ演劇的要素が随所に施された蜷川演出は懐かしくも新鮮であった。
藤原竜也も白石加代子も流石の名演技を見せ、一度は「ファイナル」と名打たれた「身毒丸」の復活も当然と思わせるだけの水準に達していた。

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2008年6月27日 (金)

広上淳一指揮ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団 マーラー交響曲第4番ほか

広上淳一がロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団を指揮して、1995年に録音した、マーラーの交響曲第4番(ソプラノ独唱:インガー・ダム=イェンセン)とヴェーベルンの「夏風の中で」を収録したCDを紹介します。DENONレーベル。

広上淳一指揮ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団 インガー・ダム=イェンセン(ソプラノ独唱) マーラー交響曲第4番ほか マーラーの交響曲というと、分厚い響きが特徴で、時に暑苦しいことがあり、それはマーラーが書いた交響曲の中で最も規模の小さい交響曲第4番においても当てはまるのですが、広上はロイヤル・フィルから「室内楽的」といってもいいほど緻密な合奏能力を引き出すことで、実に涼しく爽快な響きによるマーラー演奏を生み出しています。ソプラノ独唱のインガー・ダム=イェンセンの声もリリカルであり、暑苦しい要素を極力排した清々しいマーラー演奏となっています。

とはいえ、第3楽章における濃厚なロマンティシズムの表出も印象的であり、綺麗事には全く陥っていません。

カップリングされたヴェーベルンの「夏風の中で」(大オーケストラのための牧歌)も精緻な名演であり、全世界から注目を浴びつつあった広上の出世盤の一つとして高く評価したい一枚です。

マーラー/Sym.4: 広上淳一 / Rpo +weber: Imsommerwind

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「みかんのたいきょく」

1982年、私が11月には8歳になるその年に、テレビで「みかんのたいきょく」というタイトルの映画のCMが流れていました。7歳か8歳だったので、「みかん」というと「蜜柑」しか思い浮かべることが出来ず、CMの中に蜜柑が出てこないことを不思議に思ったのを憶えています。

小学校も高学年になると、「未完」という言葉を知るようになりますので、「みかん」とは「未完」のことだと察しがつきました。シューベルトの未完成交響曲のことも知るようになったので、あのとき見た「みかんのたいきょく」とは「未完の大曲」のことなんだと思い、そのまま数年が経ちました。

19歳のある日、ぴあから出た日本映画に関するデータ集を読んでいて、そこで初めて私は、「みかんのたいきょく」の正体が「未完の対局」であったことを知ることになります。まさか碁と将棋の映画であったとは、その時まで思いつきもしませんでした。

「未完の対局」は日中合作映画で、ロードショー時の評価はかなり高かったそうですが、日中合作ということで利権の問題もあるのか、DVDもまだ出ていないという状態です。今すぐに観てみたいとは思いませんが、いずれ観てみたい映画の一本です。

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2008年6月26日 (木)

遊佐未森 『スヰート檸檬』

大正時代と昭和初期の歌謡曲をカバーしたアルバム『檸檬』(EMI)に続く、遊佐未森のカバーアルバム第2弾『スヰート檸檬』(ヤマハ・ミュージック)。

『スヰート檸檬』は『檸檬』の続編というべきアルバムで、昭和時代の流行歌を遊佐がカバーしています。

遊佐未森 『スヰート檸檬』 収録曲は、「モン・パリ」、「銀座カンカン娘」、「港の見える丘」、「ゆらりろの唄」、「青春サイクリング」、「憧れは馬車に乗って」、「アルプスの牧場」、「上総」、「花言葉の唄」、「憧れのハワイ航路」の全10曲。

昔懐かしい、といっても私がリアルタイムで聴いたことのある流行歌は入っていないのですが、名曲の数々を未森さんの涼しげな声で楽しめるのが最大のポイント。アレンジも往時のものを追求しており、却って新鮮に聞こえます。その中にあって、未森さん自身に声によるバックコーラスアレンジは21世紀的で、古くさい要素を一掃しています。
『檸檬』に比べると収録曲の全体的な知名度が低め(それでも有名曲揃いですが)なのが弱点ではありますが、日本の歌謡曲を語るには、まず必聴のアルバムでしょう。

遊佐未森/スヰート檸檬

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2008年6月25日 (水)

アレクサンドル・タロー(ピアノ) ショパン「ワルツ集」ほか

「フランス人だけどタローです」のキャッチコピーでおなじみの(?)フランス人ピアニスト、アレクサンドル・タローの弾く、ショパンの「ワルツ集」(全19曲)と、20世紀スペインの作曲家フェデリコ・モンポウの「ショパンの主題による変奏曲」の一部を収めたCDを紹介します。フランス・ハルモニア・ムンディ・レーベル。

アレクサンドル・タロー ショパン「ワルツ集」 ショパンの「ワルツ集」のCDというと、第1番から第19番まで(若しくは第14番まで)番号順に収められているのが普通ですが、タローが弾いた「ワルツ集」は曲順がバラバラ。いきなり第19番の演奏で始まり、第7番、第4番、第8番、第5番と続きます。

仏ハルモニア・ムンディのオン気味の録音も手伝って、タローのピアノは実にクリア。音色も明るく、ショパンらしい憂愁に満ちた曲、例えばワルツ第9番(「別れのワルツ」)なども暗すぎることなく、むしろお洒落に弾いてみせます。

ワルツ全曲の演奏を通して聴かれる洒落たセンスに、タローのピアニストとしての技量の高さが示されている素敵な音盤。

モンポウの「ショパンの主題による変奏曲」は、ショパンの前奏曲第7番(日本では「太田胃散」のCM曲といった方がわかりやすい)を主題にした曲。まずショパンの前奏曲第7番の音型を微妙に崩した主題が弾かれますが、続く変奏からすでにスペイン的な仄暗くも情熱的な曲調が示され、続いてショパンの「幻想即興曲」のモチーフも出てくるというユニークな曲です。

ショパン/Waltzes: Tharaud +mompou: Chopinvariations

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観劇感想精選(38) 第十八代目中村勘三郎襲名披露公演「野田版・研辰の討たれ」ほか

2005年7月7日 大阪・道頓堀の大阪松竹座にて観劇

大阪へ。道頓堀にある大阪松竹座で第十八代目中村勘三郎襲名披露公演を観るためだ。



松竹座は心斎橋駅となんば駅の中間にあり、どちらからもアクセスは良くないのだが、とりあえず通い慣れたなんば駅で降り、戎橋筋を北上する。少し早く着いたので道頓堀商店街をぶらぶらする。火災で焼失した中座の跡に建つビル、「セラヴィスクエア中座」に入ってみる。シバエモン(芝右衛門)という狸の姿をした神様の像が4階に祀られている。ユーモラスな像だが、客入れの神様とのことである。昔、中座に芝居好きの狸が通っていたのだが、正体がばれて殺されてしまった。ところがそれ以来、中座への客足がぱったりと絶えて閑古鳥が鳴く有り様。そこで狸の霊を祀ったところ再び中座は大入りとなったため、神様となったそうだ。
余談だがこのビルの2階に元横綱・若乃花こと花田勝氏の経営する「Chanko Dining 若」道頓堀店がある。

松竹座に入り口の前で待っていると、次第に劇場の前に人が増えてくる。午前の部を見終わった客が出てくる。その時、スコールに見舞われる。私は屋根の下にいたから濡れなかったのだが、外にいた人達が屋根の下へと集まりだしたため、満員電車さながらの混雑ぶりとなってしまう。遅れてのんびり劇場を出て来た人は外に出られず、外にいる人達はのんびり出て来た客達のために雨に濡れる。両方に不利益な状態となった。ちょっとした悲惨な光景である。

午後4時30分開演。まず襲名披露の口上を兼ねた、「宮島のだんまり」。口上以外は文字通り全てだんまり。衣装が皆、華やかである。

天井桟敷(通称:大向こう)に座っていたので、声を掛ける人がいるだろうと思っていたら、比較的若い女性が一人で連発。流石に回数が多すぎるように思う。

第二の演目は中村雁治郎(現・坂田藤十郎)らによる「大津絵道成寺」。物の怪などが沢山出てくるユニークな演目だ。この回は中年の男性が頻繁にかけ声を発する。「成駒屋」のことを「こまや」と言っていたから歌舞伎は何度も見て知っている方だろうと思う(屋号の頭を飛ばして発声すると舞台上では反響があるため、ちゃんと全ての音を発しているように聞こえるという)。ただタイミングがいいのかどうかはわからない。

メインは木村鏡花の作、平田兼三郎の脚色による本を基にした、野田秀樹:脚本・演出の「野田版・研辰の討たれ(とぎたつのうたれ)」。
歌舞伎の主人公といえば、いなせな男女か悪党が定番だが、「研辰の討たれ」は剣を研ぐのが上手いために武士に取り立てられた元研ぎ屋の守山辰次(研辰)が主人公。当然、剣の腕は全くなく、それでいてお調子者のために周りの武士からは見下されているという弱い立場の男。そんな弱い研辰が、ある日、家老に剣術で散々に打ち負かされた怨みからちょっとした悪戯を仕掛ける。家老を脅かそうとしたのだが、やり過ぎたのか家老は脳卒中で死んでしまい、家老の息子二人に仇として追われるようになるという特異な演目である。

実は初演の時に収録された映像を私は観ており、今日生で観て、「実はこの歌舞伎は映像で見るのに向いているのでは」、という印象も受けた。セリフが聴き取り難い箇所があったし、生で同じことを何度も繰り返されると何故かしつこく感じてしまうのである。舞台では同じことを繰り返すケースを見慣れていないせいかも知れない。

とはいえ、迫力はやはり生で観る方が断然上。殺陣の場面は言うまでもないが、回転舞台の使い方の妙なども生でないと本当の面白さは伝わらないだろう。勘三郎演じる研辰が3階席に逃げ込んでくる場面も実際にその場にいてはじめて楽しめる。

ラストの紅葉のセットも生で見ると朱が滴るようで、目を楽しませると同時に悲壮美がより鮮烈になるのを感じる。

野田秀樹演出の切れは抜群で、野田という男の希有な才能を思い知らされる。ただ歌舞伎の劇場でやるとどうもしっくり来ないところもある。観客の雰囲気の違いもあるだろうし、野田色が強すぎるように思えるところもある。映像で見たときはそんなことは感じなかったのに。不思議なものである。

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2008年6月24日 (火)

これまでに観た映画より(26) 「欲望という名の電車」

DVDでハリウッド映画「欲望という名の電車」ディレクターズカット版を観る。テネシー・ウィリアムズ原作・脚色・脚本、エリア・カザン監督作品。出演は、ヴィヴィアン・リー、マーロン・ブランドほか。

テネシー・ウィリアムズの名作戯曲の映画化である。演劇界出身で、舞台「欲望という名の電車」の演出を手がけたこともあるエリア・カザンが、ロンドンで主役のブランチ・デュボアを演じたことのあるヴィヴィアン・リーを映画版の主役に抜擢し、他の出演者は自らが演出したニューヨークの舞台に出ていた俳優をそのままスクリーンに登場させている。

「風と共に去りぬ」で有名なヴィヴィアン・リーは、演技にややムラが感じられるが、狂乱の場の演技は流石である。若きマーロン・ブランドのギラギラとした輝きを放つ演技も見物である。狂気の表出の演出には古さを感じるが、世評通り必見の名画である。

映画「欲望という名の電車」は検閲により、原作にある同性愛の下りの許可が下りなかった上、不道徳だとして他の場面も大幅に切り刻まれたが、このDVDではカットされた部分を含めて全て観ることが出来る。しかしカットされて牙を抜かれた格好となったにもかかわらず、映画「欲望という名の電車」は封切り当初、批評家から「スクリーンに乗せるべき題材ではない」などと酷評されたという。

映画が完成した翌年、共産主義者ではないかとの疑いを受けたエリア・カザン監督は、身の潔白を証明するために、赤狩りに積極的に協力。これによりカザンはのちにハリウッドから総スカンを食うことになるのだが、「欲望という名の電車」の件といい、赤狩りといい、当時のアメリカがいかにファナティックであったかを示す話である。

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京のラーメン店(1) 「東京ラーメン」

京のラーメン店 「東京ラーメン」

京都というと関西ということもあってか「うどん」のイメージを持っていらっしゃる方も多いと思いますが、実は全国屈指のラーメン店激戦区でもあります。

そんな京都のラーメン店を紹介しようというシリーズ。第1回は左京区吉田牛ノ宮町(鞠小路丸太町上がる東側)にある「東京ラーメン」。

京都のラーメン店の紹介でありながら、いきなり「東京ラーメン」という名のお店を紹介してしまうというのがあれですが、こういうのもひねりが利いていて(?)いいのではないでしょうか(?)。

「東京ラーメン」は店主(味のある顔をしたおじいさん)が東京出身の師匠のもとでラーメン修業したことに由来する店名。京都のラーメンというと脂がギトギトの濃い味のものが主流ですが、ここはさすがに「東京ラーメン」だけあって比較的すっきりした味です。麺はストレート麺。ラーメン(並)1杯400円。日曜、祝日休み。

京都大学の近くということもあって学生にも人気のお店です。

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2008年6月23日 (月)

コンサートの記(14) 広上淳一指揮 京都市交響楽団第503回定期演奏会

2007年8月8日 京都コンサートホールで

午後7時より、京都コンサートホールで、京都市交響楽団第503回定期演奏会を聴く。指揮台に立つのは、2008年4月より京都市交響楽団第12代常任指揮者となる広上淳一。日本人指揮者として最も活躍の期待される広上であるが、国内オーケストラのシェフの座に就くのは初めてである


今日のプログラムは、前半が、ラヴェルの「ツィガーヌ」と、1973年生まれの若い作曲家ジョナサン・レシュノフのヴァイオリン協奏曲という、いずれもヴァイオリン独奏とオーケストラのための作品。ヴァイオリン独奏は、広上が音楽監督を務める米・コロンバス交響楽団のコンサートマスターでもあるチャールズ・ウェザビー。
後半が、ワーグナーの「ジークフリート牧歌」と、リヒャルト・シュトラウスの「死と変容」。渋めの選曲である。

ヴァイオリン独奏のチャールズ・ウェザビーは、ラテン系の情熱溢れる音楽を奏でる。アメリカ生まれのアメリカ育ちとのことだが、先祖はどこの出自なのだろうか。

「ツィガーヌ」はヴァイオリンソロで始まる。このソロが比較的長い。広上は指揮台の上で首を振りながら音楽を楽しんでいる。
そして、オーケストラ伴奏が始まる。予想を大きく上回る美音に驚いた。京都市交響楽団(京響)がここまで美しい音を出せるとは思わなかった。しかも音が美しいだけではなく、ニュアンス豊かで繊細な音楽である。さすがは広上。

ジョナサン・レシュノフのヴァイオリン協奏曲は日本初演。チューブラーズベルが鳴り、鉄琴をヴァイオリンの弓で奏でて神秘的な音を出すなど、多彩な表情が魅力的。ハリウッド映画音楽的な親しみやすさもあり、コルンゴルト(オーストリア生まれのユダヤ系作曲家。「モーツァルトの再来」と言われるほどの神童ぶりを発揮するが、ナチスのユダヤ人政策を逃れて渡米。アメリカでは映画音楽の作曲などもするが、当時は映画音楽の作曲をしただけで低く見られる風潮があり、また前衛の時代にあって音楽の美しさを求め続けたコルンゴルトは冷遇された。最近になって急速に再評価が進んでいる)の音楽を連想させたりもする。
現代音楽ではあるが、実に楽しい曲であった。広上はグバイドゥーリナのフルート協奏曲をコンサートで取り上げたりもしているが、こうした面白い現代音楽を見つけてくるのが上手い。

指揮姿と出てくる音楽は一致する場合が多いのだが、広上は別。腕を上下に動かしているだけの単調な指揮なのだが、出てくる音楽は表情豊か。謎の指揮者である。始終、「しっ、しっ」と声を上げて指揮しているのが玉に瑕。

ワーグナーの「ジークフリート牧歌」。生後間もない愛息ジークフリートと愛妻コジマのためにワーグナーが書いた愛らしい曲である。コジマとの結婚に関しては曲のイメージとは正反対の出来事があったりするのだが、それはまた別の話。
京響から室内楽的に透明で、温かくて、優しく、詩情溢れる音を引き出した広上の実力に感服。聴き惚れるだけである。


リヒャルト・シュトラウスの「死と変容」は、タイトルからわかるとおり「死」とテーマにした交響詩。別の邦訳である「死と浄化」の方が内容理解のためには適当かも知れない。リヒャルト・シュトラウスの交響詩の中では比較的地味で知名度もさほど高くないが、広上の手に掛かると、「死と変容」が煌びやかな曲に変わる。京都市交響楽団も、普段聴き慣れたあの京響と同じオーケストラとは思えないほどの充実ぶり。広上が手を前にちょっと出すだけで爆発的に鳴り、広上が手首を返すだけで音の深みが増す。

広上淳一、大した男である。

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2008年6月22日 (日)

『蟹工船』と『戦艦ポチョムキン』

プロレタリア文学の最高峰であり、最近再び注目を浴びている小林多喜二の『蟹工船』。カムチャッカ(作品中ではカムサツカ)沖で蟹漁を行うオンボロ工場船における労働者の悲惨としかいいようのない待遇と、上官(特に浅川監督)の人を人とも思わない非人間性を渾身の筆で描き抜いた作品です。

小林多喜二 『「蟹工船」「一九二八・三・一五」』(岩波文庫) 蟹工船には即戦力になるよう、農村から学のある真面目な若者を労働者として雇っていましたが、若者は学があるために「ストライキ」なるものを漁夫に教え、広め、船員達はストライキを敢行。一応の成功を見ます。しかし……。

岩波文庫に併録されている「一九二八・三・一五」では、共産主義のために活動している個々や団体に焦点を当てて書いた小林多喜二ですが、「蟹工船」は、それとは真逆の群衆劇であり、労働者側の個々の個性がなるべく目立たないように工夫されています。

附記という形で語られるストライキの顛末が楽天的に過ぎるのではないかという弱点はありますが、執筆当時25歳だった小林多喜二としては会心の出来だったと思われます。資本家のみならず、帝国主義の軍隊、全体主義の大日本帝国の国策、更には「献上品」の蟹という形で出てくるトップへの批判など、相当の勇気を持って書かれた作品であり、視野の広さという点において、私小説的なものから抜け出せなかったそれまでのプロレタリア文学から一歩進んだ小説であるといっていいでしょう。

『蟹工船』とよく似た設定を持った映画として多くの人が思い浮かべるのが、世界映画史上屈指の名作として知られる『戦艦ポチョムキン』。実際にあった事件を基にして作られた映画であり、監督は「モンタージュ理論」の完成者として知られるセルゲイ・エイゼンシュタイン。1925年のサイレント作品ですが、本国であるソビエトでも検閲に次ぐ検閲で満足の上映されないという状態でした。日本で上映されたのは第二次大戦が終わってから。ということで、設定は似ていますが、小林多喜二が『蟹工船』のモデルとしたという事実はありません。

DVD『戦艦ポチョムキン』 しかしエイゼンシュタインもソ連のプロレタリア芸術協会の会員であり、世界中で資本階級と労働者階級の軋轢が露見しつつある時代であったということもあり、『蟹工船』と『戦艦ポチョムキン』のシンクロニシティは必然として起こったと見ることも出来ます。

『戦艦ポチョムキン』は、1905年に起こった「ポチョムキンの反乱」を題材として撮られた映画であり、ウジのわいた肉を食べさせられるなどした水兵達が不満を爆発させ、ストライキを決行。上官達は水兵達を抑えつけようとし、銃殺までしようとしますが、最後は水兵側が勝利。
映画のラストでも水兵の勝利が描かれていますが、これは史実ではなく、実際は、反乱を起こした水兵達は死罪に処せられました。

IVCから出ている「戦艦ポチョムキン」のDVDには、なつかしの淀川長治による解説が収められています。

小林多喜二 『蟹工船 一九二八・三・一五』(岩波文庫) 紀伊國屋書店BookWeb

Antonov / Eizenstein/戦艦ポチョムキン Bronenosets Potyomkin

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