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2008年7月6日 - 2008年7月12日の5件の記事

2008年7月12日 (土)

小林香織 「Shiny シャイニー」

1981年生まれの若手女性ジャズ・サキソフォン&フルート奏者、小林香織のニューアルバム「Shiny シャイニー」を紹介します。ビクター・エンタテインメントからの発売。

小林香織 「Shiny シャイニー」 小林香織の吹くサキソフォンは輝かしく、張りのある美音であり、知らずに聴いて20代の日本人女性が吹いていると当てることの出来る人はまずいないと思われます。

小林自身が作曲した作品もメロディーラインの独特の洒落たセンスが光っており、演奏家としても作曲家としても抜群の才能の持ち主であることがわかります。

初回限定盤には、ミュージックビデオと、小林が2007年の3月に韓国・ソウルで行ったライヴの紹介映像が入っています。ソウルのライヴにおける小林香織の出で立ちは、ノースリーブにタイトミニスカートという健康美と可愛らしさを前面に押し出したものであり、サウンドのみならずビジュアル面でも一種の「ジャズの革命児」的存在感を示してくれています。

小林香織/Shiny (+dvd)(Ltd)

小林香織/Shiny

小林香織 - シャイニー

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2008年7月11日 (金)

これまでに観た映画より(28) 「リトル・ダンサー」

DVDでイギリス映画「リトル・ダンサー」を観る。2000年制作。スティーヴン・ダルドリー監督作品。

1984年、イギリス北部の炭坑の町。11歳のビリー・エリオットはボクシングをやっているが、彼にはやる気がない。そんなある日、工事のため下の階でやっていたバレエレッスンをボクシングをやっている体育館の脇でやることになる。もともとダンスのとりこだったビリーはレッスンを見ているうちにバレエに次第に惹かれていくのであった。しかし炭坑の町だけに父親は、「男らしくない」と強硬に反対し……。

ビリー・エリオットの成長を描く爽快な一編である。観ていてワクワクする。ここにはドラマがある。現代人はドラマを好まなくなったなどと、利いた風に人は言うけれど、そんなわけがないことがこの映画を見ればわかると思う。
映像の美しさも特筆事項。そして、無惨な炭坑の町をきちんと描くという社会的な部分も決して忘れていない。見応えのある作品である。

原題は「ビリー・エリオット」。その名の通り、バレエを描くと言うよりも、むしろビリーという少年をきちんと描いている。家族の愛の強さと大切さもちゃんと教えてくれる。
6歳でダンスを始め、2000倍のオーディションを勝ち抜いた、ビリー役のジェイミー・ベル(1986年生まれ)の見事なダンスにも瞠目。観て絶対に損はしない一本である。

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2008年7月 9日 (水)

MIKO 「Parade」

光武理絵による一人ユニット、MIKOのファーストアルバム「Parade」を紹介します。PLOPレーベルからの発売。

Miko 「Parade」 MIKOこと光武理絵に関する情報は、大阪生まれで横浜在住、幼少時からピアノを学び、高校時代にギターを始め、最近、コンピューターによる音楽作りを始めたということ以外はほとんどわからず、「MIKO」、「Miko」、「miko」のどれが正式表記なのかもはっきりしませんが、坂本龍一も才能を認めたアーティストであるとのこと。

Mikoのサイト http://www.myspace.com/mikohome 

ファーストアルバムである「Parade」では、ヴォーカル、エレキギター、アコースティックギター、ピアノ、シンセサイザー、コンピューター打ち込みを全て一人で行っており、Mikoの多才ぶりが示されています。

アンビエント系のサウンド、ウィスパーボイス、たゆたうような音楽作りなど、いかにも教授が好みそうな音楽世界が展開されていますが、全てを一人でこなすほどの力量がありながら、良い意味で力の抜けた音楽が実に心地良く、ヒーリングムードにも満ちています。

Miko (Jp)/Parade

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2008年7月 7日 (月)

観劇公演パンフレット(30) 「サムシング・スイート」

ちょうど1年前の、2007年7月7日に、大阪の梅田芸術劇場シアター・ドラマシティで観た「サムシング・スイート」の公演パンフレットを紹介します。中谷まゆみ作、板垣恭一演出の舞台作品。出演は、星野真里、辺見えみり、山崎樹範、金子昇、井端珠里。某連続ドラマに似た展開なのが気になりますが、愛らしい作品にはなっていたと思います。

舞台「サムシング・スイート」公演パンフレット パンフレットには、出演者達の舞台「サムシング・スイート」への意気込み、タイトルにちなんで「お手軽サマースイーツレシピ」の掲載と出演者達の思い出に残るスイーツ、星野真里+辺見えみり+井端珠里による鼎談、板垣恭一+金子昇+山本樹範による鼎談、映画監督の行定勲と演劇コーディネーターの加藤敦子からのメッセージ、稽古場日誌などが載っています。

舞台「サムシング・スイート」の感想

シアタードラマシティで、中谷まゆみ作、板垣恭一演出の公演「サムシング・スイート」を観る。出演は、星野真里、辺見えみり、山崎樹範(やまざき・しげのり)、金子昇、井端珠里(いはた・じゅり)。
井端珠里(1987年生まれ)は、CXドラマ「眠れる森」(1998)で、中山美穂の少女時代(とラストシーンで木村拓哉から蜜柑を受け取る少女)を演じていた女の子だそうで、いつの間にか(といっても、もう9年も経っているのだが)こんなに大きくなっていることに驚く。

2002年8月、売れない小説家の香織(星野真里)は交通事故に遭い、下半身不随となる。5年後の2007年8月、高校時代からの友人・明美(辺見えみり)と彼女の婚約者である圭介(山崎樹範)と共に暮らす香織は、事故の影響でひねくれた性格の持ち主になっていた。事故のことを書いた香織の自伝は大ヒットし、作家としては売れっ子になっていたが、そのことでも人間不信は募っている。そんな香織にファンレターを送り、今ではメル友になっている須藤(金子昇)という男が、ある日、香織と明美、圭介の暮らすマンションを訪ねてくる……。

歪んだ愛情をテーマとした、思ったよりもドロドロとした展開の芝居。時折、既視感を覚える箇所や納得のいかない部分(井端珠里が出演していた連続テレビドラマ「眠れる森」を意識していると思われる)はあるが、全体としては良い出来だったと思う。開演前にはこの公演のパンフレットを買うことになるとは思っていなかった。

いくつかの謎が徐々に明かされていくのだが、最大の謎が明かされるのは開演の約1時間後(上演時間は約2時間である)。早すぎるのではないかと思ったが、その時間帯で謎を明かしたからこそ後半の人間ドラマが生きたのであり、そう思えば、配分は間違っていなかったといえる。

星野真里は映像作品では良いけれど、舞台ではどうなのだろうと興味があったのだが、非常に良い。素晴らしいと言ってもいいほどの出来で、「やっぱり才能あるんだなあ」と感心する。

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2008年7月 6日 (日)

コンサートの記(15) ヘルムート・ヴィンシャーマン指揮 大阪フィルハーモニー交響楽団第403回定期演奏会

2006年11月16日 大阪のザ・シンフォニーホールで

ザ・シンフォニーホールで、大阪フィルハーモニー交響楽団の第403回定期演奏会を聴く。曲目は、J・S・バッハの「ブランデンブルク協奏曲」全曲。指揮者は、J・S・バッハのスペシャリストであるヘルムート・ヴィンシャーマン。

ヘルムート・ヴィンシャーマンはドイツ・ルール地方に生まれ、アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団(現 ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団)の首席奏者を務めたほどのオーボエの名手であるが、1960年にドイツ・バッハゾリステンを結成。以後、指揮者、バッハ研究家としても名を挙げていくことになる。一方で教育にも力を入れ、宮本文昭のオーボエの師としても有名だ。

「ブランデンブルク協奏曲」は全6曲からなる合奏曲集で、ブランデンブルク辺境伯に献呈されたことから「ブランデンブルク」の名が付いた。連作ではなく、立て続けに演奏されることを念頭に入れたものでもないので、各曲の編成はバラバラであり、1曲終わる毎にスタッフが椅子の数や配置を換え、ライブラリアンが楽譜を交換するので慌ただしい。

ヴィンシャーマンの指揮する演奏はCDでは聴いているが実演に接するのは初めて。ヴィンシャーマンの第一印象は、「おー、でかい」。かなりの高身長である。しかも痩せているので背の高さが一層目立つ。長身痩躯という言葉が肉体を纏って現れたかのようだ。全曲ノンタクトで振ったのだが、開かれた手の大きさにも驚かされる。ピアノの鍵盤上で手を広げたら「ド」から1オクターブ上の「ソ」まで届くのではないだろうか。

指揮姿は流麗とは言えず、いや流麗どころかむしろギクシャクした方だが、バッハのカッチリした音楽を指揮するには、案外こうした指揮スタイルの方が合っているのかも知れない。

当然ながら全てモダン楽器による演奏である。トランペットも現代のものを使う。ブランデンブルク協奏曲第2番は、トランペット、オーボエ、リコーダーがソロを務めるという編成だが、モダン楽器であるためトランペットの音が傑出して大きく、リコーダーの音は「聞こえないことはない」というほど弱く、アンバランスである。古楽器ならトランペットもその他の楽器も現在のものより音は小さいのでリコーダーが埋もれるということはないのだろうが、そうなるとシンフォニーホールのような大ホールで演奏するには全体の音が小さすぎるということになってしまう。ということで、大ホールで「ブランデンブルク協奏曲」が演奏されることは少ないのだが、そうした少ない機会に接することが出来るのは貴重でもある。

ヴィンシャーマンはバッハ演奏の大家だけに、作り出す音楽は細部まで計算され、かつ瑞々しいという理想的なものだ。大阪フィルの演奏も金管奏者の技術が不安定になる箇所もあったが、それでも十分なレベルに達している。

ヴィンシャーマンは1曲終わると誰よりも先に拍手して演奏者を讃える。また、何故か最前列の聴衆と握手を交わしたり、私が座ったポディウム席の聴衆にも手を振るなど、細やかな心配りをする人だ。全曲の演奏が終わって、「私とも握手をして」と求める前列の聴衆に向かい、手でバッテンを作って、「ダメー」とやってみせるなど、ユーモアのセンスにも富んでいる。

J・S・バッハの音楽は俗世間を忘れさせてくれる。優しさに満ちた旋律と極めて高い完成度。
バッハという人は人類の存在を全面的に肯定していたのだろう。お堅くて古い言葉になるが、その音楽は「人間讃歌」であり、神も含めた「森羅万象へのオード」でもある。
聴くだけで、「世界も人間も捨てたものじゃない」という気分にさせてくれるバッハの音楽は貴重だ。しかしそういう音楽を書いたバッハが「忘れられた音楽家」であった時代があったのだから歴史というのは不思議である。

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