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2009年6月22日 (月)

コンサートの記(44) ワレリー・ゲルギエフ指揮PMFオーケストラ大阪公演2006

2006年7月31日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールで

大阪へ。ザ・シンフォニーホールで、PMFオーケストラの公演を聴く。
PMFとは、「Pacific Music Festival」の略で、毎年夏に、北海道・札幌を中心に行われる国際教育音楽祭であり、1990年にレナード・バーンスタインの提唱で創設された。

世界中で行われるオーディションを勝ち抜いた若い音楽家が札幌に集結し、一流の指揮者や演奏家、作曲家の指導を受けて、その成果を発表する。
提唱者であるバーンスタインは1990年の秋に亡くなっており、第1回PMFでの教育と演奏が、彼の人生における最後の大きな仕事となった。
PMFはその後、マイケル・ティルソン=トーマスやシャルル・デュトワ、ワレリー・ゲルギエフといった指揮者や、ウィーン・フィルの首席奏者達を指導者として招き、世界的な教育音楽祭に発展した。

PMFオーケストラは札幌での訓練と公演を経て、大阪、名古屋、東京を回るツアーを行う。今年指揮者を務めるのはワレリー・ゲルギエフ。一昨年に続く登場である。プログラムは、モーツァルトのファゴット協奏曲(ファゴット独奏:ダニエル・マツカワ)、ストラヴィンスキーのバレエ音楽「ペトルーシュカ」、チャイコフスキーの交響曲第5番。

PMFオーケストラは若手奏者達(18歳から29歳まで)による臨時編成のオーケストラであり、当然ながら年によって出来にバラツキがある。一昨年の公演(メインはショスタコーヴィチの交響曲第11番「1905年」。指揮はやはりゲルギエフ)では、鋭い音色と重戦車級のパワーで聴く者を圧倒したが、今年はどうなるか。

モーツァルトのファゴット協奏曲。ソリストのダニエル・マツカワは日本人を両親にアルゼンチンに生まれ、3歳でニューヨークに移住、ジュリアード音楽院とカーティス音楽院で学ぶ。1992年から94年まで3年連続でPMFにアカデミー・メンバーとして参加し、PMFオーケストラで首席ファゴット奏者を務めたという。現在はフィラデルフィア管弦楽団の首席ファゴット奏者として活躍している。

PMFオケは、冒頭から伴奏のホルンが落ちそうになるなど、「おいおい大丈夫かよ」と不安になるが、その後は順調であった。ゲルギエフの指揮するモーツァルトは音が厚めであり、現在流行のピリオドアプローチなど「知ったこっちゃない」という風であるが、その方がゲルギエフらしい。
ゲルギエフはノンタクトで、腕の動きも小さめ。主に指の動きで指揮する。典雅なモーツァルトではないかも知れないが、色彩感豊かな音を楽しむことが出来る。
ダニエル・マツカワのファゴットも完璧だ。

「ペトルーシュカ」では、ゲルギエフは一転して激しい腕の振りを見せる。熱中してブンブン腕を振り回し過ぎたため、コンサートミストレスとフォアシュピーラーの楽譜を叩いてしまうというアクシデントもあった。楽譜が落ちなかったから良かったものの、一歩間違うと大事故になるところだった。
フルート、オーボエともに3管編成の1947年版での演奏であったが、それでもザ・シンフォニーホールの舞台上をオーケストラメンバーがぎっしり埋めている様は壮観である。また大音量を心地良いものに変えるザ・シンフォニーホールの響きを聴くと、「ホールもまた楽器なのだな」と実感できる。
演奏は非常に輝かしい。たまにリズムが崩れそうになったり、管と弦のタイミングが微妙にずれたりと傷はあったが、PMFオケのメンバーにはオケ未経験の人も多いので、これだけまとまっていれば大したものだろう。短期間の訓練でこれだけのアンサンブルに仕上げたゲルギエフの力にも感服する。

チャイコフスキーの交響曲第5番。凄演であった。

ゲルギエフは冒頭から入魂の指揮を見せる。小林研一郎も真っ青の強烈な思い入れとフルトヴェングラーもびっくりのテンポの激変。遅い部分は誰よりも遅く、速いパッセージは誰よりも速く駆け抜ける。これだけ濃厚なチャイコフスキーの第5を聴くのは初めてだ。ゲルギエフはウィーン・フィルを指揮して同曲をライヴ録音しているが、今日聴く表現はそれとはまったくの別物である。というより、今日のような演奏をやろうと思ってもウィーン・フィルがそれに従うとは思えず、若い奏者を集めた臨時編成のオケだからこそ、ゲルギエフの意志が隅々まで行き渡った演奏が可能になったのだろう。

表現意欲が強すぎるためか、ゲルギエフは「フーフー」と激しい息による指示を続けて、多少耳障りだが、フォルテではそれもかき消えて気にならなくなる。ブラスを強調し過ぎてバランスを欠くところも散見されたが、迫力は抜群だ。

第2楽章。優雅だが技巧的には極めて難度の高いホルンソロを迎える。うーん、やはり苦しいか。それでも許容範囲だ、良くやった。
ゲルギエフはおなじみとなった前髪を掻き上げる仕草を何度も見せつつ、異常なほどの集中力を発揮して旋律を高らかに歌い上げる。

第3楽章のワルツでは、優雅な表現を見せるが、テンポの激変はやはり凄い。

第4楽章でゲルギエフは何度も激しいアッチェレランド(加速)をかける。強烈にオケを煽るゲルギエフの指揮姿は、ゴール前に必死で鞭を当てて追い込みをかける競馬の騎手を連想させる。

この楽章には有名な擬似ラスト(あたかも曲が終わったかのように聞こえる)という鬼門があるのだが、これだけ聴衆を圧倒すれば間違えて拍手する人も出ないだろう。実際、擬似ラストでゲルギエフはいったん腕を降ろしてしまったのだが、拍手する人は出なかった。
ラストの凱歌も強烈だ。テンポの激変にオケがついていけず、音型が崩れたりもしたが、ゲルギエフは気にすることなく突き進む。最早ゲルギエフの一人舞台である。
最後の音が消えると同時に客席から爆発的な拍手が起こる。

ゲルギエフ凄し。ウィーン・フィルとはチャイコフスキーの後期3大交響曲を録音しているが、比べものにならないくらい今日の表現は激しかった。これを聴いてしまうと、ウィーン・フィルとの録音はなまぬるくて今後聴く気になれないだろう。無理だとは思うが、ゲルギエフの思い通りになるオーケストラとの再録音を実現させて欲しい、とも思った。

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