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2009年6月の32件の記事

2009年6月29日 (月)

ONTOMO MOOK「最新・世界のオーケストラ名鑑387」(音楽之友社)

音楽之友社から発売されたONTOMO MOOK「最新・世界のオーケストラ名鑑387」を紹介します。

「最新・世界のオーケストラ名鑑387」(音楽之友社)

文字通り、全世界の387のオーケストラを紹介するという書物。
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団、ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団、ザクセン・シュターツカペレ・ドレスデン、シカゴ交響楽団、バイエルン放送交響楽団といったトップオーケストラから、イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団、ニューヨーク・フィルハーモニック、チェコ・フィルハーモニー管弦楽団といった一流楽団、更には世界各国の主要オーケストラ、日本のオーケストラまでを網羅。

中には有名なのに選から漏れたオーケストラや、編集上の重複などもありますが、資料として大変有用なムックです。

ONTOMO MOOK「最新・世界のオーケストラ名鑑387」(音楽之友社) bk1

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コンサートの記(45) アジアオーケストラウィーク2005 セバスチャン・ラング=レッシング指揮タスマニア交響楽団

2005年10月3日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールで

大阪へ。福島のザ・シンフォニーホールで今週は「アジアオーケストラウィーク 2005」が開催される。
今日、公演を行うのはオーストラリア・タスマニア島のオーケストラ、タスマニア交響楽団。オーストラリアは当然アジアではないが、一応、環太平洋ということで特別に選ばれたのだろう。タスマニア交響楽団はピアノの通奏低音入りの「ベートーヴェン交響曲全集」を発表し、賛否両論を巻き起こした。そのことも招聘にもちろん関係しているだろう。

無名オーケストラということで客席は半分ほどしか埋まっていない。オーストラリアやタスマニアに興味がある人、タスマニア響の「ベートーヴェン交響曲全集」を聴いて興味を持った人、そして単なる物好き、が主な客層だと思われる。普段はコンサートに来ないタイプの人もいる。
東南アジア系の人も多いな、と思ったら、彼らの正体は明日演奏するヌサンタラ交響楽団(インドネシア)のメンバーであることが後でわかった。

私が座ったのは3階席のステージ後方よりの席、指揮者が右斜め下に見える席である。シンフォニーホールは京都コンサートホールと違い、ステージ後方寄りでも音のバランスが悪いということはない。

指揮はドイツ人のセバスチャン・ラング=レッシング。見るからにやる気が漲っているタイプの指揮者だった。棒は決してわかりやすくない。勢い余って棒を強く振りすぎ、オケがそれに反応して急に音が大きくなるという場面もあった。
ただ、曲の全体像をあたかも俯瞰するように把握しているのだろう。楽曲の解釈には遺漏がない。

1曲目は、1957年にウズベキスタンに生まれ、オーストラリアで育った、エレナ・カッツ=チャーニンの「ミシック」。現代の音楽だがわかりやすい。悲歌のような弦楽の歌に、管の音が点々と打たれ、最後はかなり盛り上がる。いい曲だと思う。

2曲目はリヒャルト・シュトラウスのオーボエ協奏曲。オーボエソロはシドニー交響楽団の首席奏者、ダイアナ・ドハティ。明るく澄んだ音を出すオーボエ奏者だ。シンフォニーホールの音響の良さもあって、心地良いが、少し音色が単調な気もする。オーボエとヴィオラの掛け合いが面白い。

メインはベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」。ピアノの通奏低音が聴けるか、と思ったがそれはなし。少し残念。指揮者が変わったので当然といえば当然なのだけれど。
タスマニア交響楽団は総勢47名の中編成のオーケストラだが、それを十分に生かし、小回りの利いた快演となった。
アンサンブルは万全。音自体はそう輝かしいものではないが、表情は明るく、音が生き生きしている。
ラング=レッシングの指揮は曲から立体感と奥行きを引き出した優れたものだ。どちらかというとドライなベートーヴェンだが、不必要な重さがないのは却って好感が持てる。
推進力があり、中編成ながら迫力も十分で、聴き応えがあった。

世界には無名でも優れた指揮者とアンサンブルが沢山存在するのだ、と実感する。これが本日の最大の収穫である。

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2009年6月27日 (土)

観劇感想精選(73) ミュージカル「シンデレラ・ストーリー」2005

2005年6月10日 大阪・茶屋町のシアター・ドラマシティにて観劇

大阪へ。シアター・ドラマシティで「シンデレラ・ストーリー」を観る。

「シンデレラ・ストーリー」は午後6時30分開演。脚本:鴻上尚史、演出:山田和也。作詞は斎藤由貴が担当している。

シンデレラを演じるのは大塚ちひろ・19歳。他に池田成志、橋本さとし、宮地雅子といった芸達者や尾藤イサオ、デーモン小暮閣下など音楽畑出身者が脇を固める。

親と子が一緒に楽しめることを目指したミュージカルなので、脚本や演出の出来をいうことはあまり意味がない。

客層は親子はあまりおらず、独身の若い女性が大多数を占めている。案の定であるが未就学児童は「あれだれ? あれだれ?」とややうるさい。やはり演劇は子供が見るものではないと思う。

歌もダンスもエンターテイメントしている。みなサービス精神旺盛であり、魅せ方を心得ている。即興的な演技も面白い。

カーテンを使った演出が面白く、カボチャの馬車を始め、セットも工夫が凝らされている。
大塚ちひろは華はあまりないのかも知れないが、清潔感があり好印象だ。

鴻上尚史の第三舞台出身の池田成志、山田和也が演出をしていた東京サンシャインボーイズ出身の宮地雅子が母娘を演じているのだが、やはり小劇場でのキャリアがものをいい、掛け合いは巧み。ちなみに宮地雅子は山田和也夫人である。

チャールズ王子を演じるのは浦井健治。男前だが線が細く、脇に食われ気味であった。
終演後、アンコールで浦井健治が歌ったのだが、橋本さとしがソロを奪う。

更に借り物競走が行われる。「畑で働いている人」、「(梅田芸術劇場メインホールでやっている)『MOZART』を観てから『シンデレラ・ストーリー』を見に来た人」などが出演者により客席から探し出されてステージ上へ。ステージの上で、選ばれたお客さん(全員女性)は自己紹介。「目立ちたがり屋」という条件で選ばれた女性2人は見事なはしゃぎぶり。選ばれた女性全員には出演者のサイン入りのパンフレットがプレゼントされる。嬉しいだろうな。

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2009年6月26日 (金)

「雨」と聞いて思い浮かぶ曲

コネタマ参加中: 「雨」と聞いて思い浮かぶのはどんな曲?

「雨音はショパンの調べ」です。

ショパンの前奏曲第15番「雨だれ」もいいですね。

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2009年6月25日 (木)

柴田淳 『わたし』

柴田淳の4thアルバム『わたし』(ドリーミュージック)

柴田淳 「わたし」 去りゆく恋人の幻影におびえる「おかえりなさい。」や「幻」、自らの存在の弱さを歌い上げる「白い世界」、幼児期の自分への思いを切なく歌う「ちいさなぼくへ」など、このアルバムでもしばじゅんワールドが炸裂しています。

自宅を出て一人暮らしを始める時に作った、タイトルもそのままずばり「一人暮らし」というナンバーや、柴田淳が師と仰ぐ塩谷哲と初共演した「わたしの夢」、王子様シリーズ第2弾「いつか王子様も♪」なども聴き物です。

柴田淳 「わたし」(HMV) icon

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2009年6月24日 (水)

観劇感想精選(72) 「野村万作・萬斎 狂言公演『唐人相撲』」

2009年3月28日 滋賀県大津市のびわ湖ホール中ホールにて観劇

午後7時から、びわ湖ホール中ホールで、びわ湖ホール開場10周年記念公演「野村万作・野村萬斎 狂言公演 『唐人相撲』」を観る。

野村万之介の独演による「見物左右衛門」と、野村萬斎、野村万作らによる「唐人相撲」の狂言二本立て。2階席の最後列での観劇であった。

まず野村萬斎によるレクチャーがある。びわ湖ホールでの公演の思い出、作品の紹介と、ちょっとしたワークショップなどをユーモアを交えて語る。

能楽囃子の演奏があった後で「見物左右衛門」が始まる。狂言としては珍しい一人語り。京・深草に住む見物左右衛門なる男が深草祭の日に出かけて、様々なものを見聞きし、最後には相撲を取ることになるというお話。一人語りではあるが、目に見えない人々とのやり取りがある。相撲も一人で取るが目に見えない相手がいるという設定である。演劇でも狂言でも一人ものというのは特殊で、「見物左右衛門」もストーリー自体は意外性はあるものの、特別どうこういう代物ではない。珍しいものが観られた、というのが実感である。

「唐人相撲」は、狂言史上もっとも大がかりな作品の一つで、登場人物40人、上演時間1時間近くという大作である。舞台は中国であるが、狂言の主な作品の中で、中国が舞台になっているのは、この「唐人相撲」ただ1作だそうである。セリフは少なく、しかも出鱈目中国語を多用するという特異な演目。大人数を要するということもあって、滅多に上演されることはないという。

日本人の相撲取り(野村萬斎)は、日本での相撲に取り飽きて、唐国へと渡り、皇帝のお気に入りとなる。しかし、望郷の思いが募り、皇帝(野村万作)に帰朝を申し出た。皇帝は帰朝を許すが、名残としてもう一度相撲が観たいという。そこで唐人達が次から次へと日本の相撲取りに挑むことになる。

セリフではなく動きで笑わせる狂言。出演者達もアクロバティックな技を披露して、客席を沸かせる。開演直後の萬斎のワークショップで習った掛け声を観客が発したりと、舞台と客席が一体になる仕掛けも生きて、楽しい演目であった。

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2009年6月23日 (火)

日本の演劇には

もっと上品なお行儀の悪さが必要であるように思う。

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2009年6月22日 (月)

コンサートの記(44) ワレリー・ゲルギエフ指揮PMFオーケストラ大阪公演2006

2006年7月31日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールで

大阪へ。ザ・シンフォニーホールで、PMFオーケストラの公演を聴く。
PMFとは、「Pacific Music Festival」の略で、毎年夏に、北海道・札幌を中心に行われる国際教育音楽祭であり、1990年にレナード・バーンスタインの提唱で創設された。

世界中で行われるオーディションを勝ち抜いた若い音楽家が札幌に集結し、一流の指揮者や演奏家、作曲家の指導を受けて、その成果を発表する。
提唱者であるバーンスタインは1990年の秋に亡くなっており、第1回PMFでの教育と演奏が、彼の人生における最後の大きな仕事となった。
PMFはその後、マイケル・ティルソン=トーマスやシャルル・デュトワ、ワレリー・ゲルギエフといった指揮者や、ウィーン・フィルの首席奏者達を指導者として招き、世界的な教育音楽祭に発展した。

PMFオーケストラは札幌での訓練と公演を経て、大阪、名古屋、東京を回るツアーを行う。今年指揮者を務めるのはワレリー・ゲルギエフ。一昨年に続く登場である。プログラムは、モーツァルトのファゴット協奏曲(ファゴット独奏:ダニエル・マツカワ)、ストラヴィンスキーのバレエ音楽「ペトルーシュカ」、チャイコフスキーの交響曲第5番。

PMFオーケストラは若手奏者達(18歳から29歳まで)による臨時編成のオーケストラであり、当然ながら年によって出来にバラツキがある。一昨年の公演(メインはショスタコーヴィチの交響曲第11番「1905年」。指揮はやはりゲルギエフ)では、鋭い音色と重戦車級のパワーで聴く者を圧倒したが、今年はどうなるか。

モーツァルトのファゴット協奏曲。ソリストのダニエル・マツカワは日本人を両親にアルゼンチンに生まれ、3歳でニューヨークに移住、ジュリアード音楽院とカーティス音楽院で学ぶ。1992年から94年まで3年連続でPMFにアカデミー・メンバーとして参加し、PMFオーケストラで首席ファゴット奏者を務めたという。現在はフィラデルフィア管弦楽団の首席ファゴット奏者として活躍している。

PMFオケは、冒頭から伴奏のホルンが落ちそうになるなど、「おいおい大丈夫かよ」と不安になるが、その後は順調であった。ゲルギエフの指揮するモーツァルトは音が厚めであり、現在流行のピリオドアプローチなど「知ったこっちゃない」という風であるが、その方がゲルギエフらしい。
ゲルギエフはノンタクトで、腕の動きも小さめ。主に指の動きで指揮する。典雅なモーツァルトではないかも知れないが、色彩感豊かな音を楽しむことが出来る。
ダニエル・マツカワのファゴットも完璧だ。

「ペトルーシュカ」では、ゲルギエフは一転して激しい腕の振りを見せる。熱中してブンブン腕を振り回し過ぎたため、コンサートミストレスとフォアシュピーラーの楽譜を叩いてしまうというアクシデントもあった。楽譜が落ちなかったから良かったものの、一歩間違うと大事故になるところだった。
フルート、オーボエともに3管編成の1947年版での演奏であったが、それでもザ・シンフォニーホールの舞台上をオーケストラメンバーがぎっしり埋めている様は壮観である。また大音量を心地良いものに変えるザ・シンフォニーホールの響きを聴くと、「ホールもまた楽器なのだな」と実感できる。
演奏は非常に輝かしい。たまにリズムが崩れそうになったり、管と弦のタイミングが微妙にずれたりと傷はあったが、PMFオケのメンバーにはオケ未経験の人も多いので、これだけまとまっていれば大したものだろう。短期間の訓練でこれだけのアンサンブルに仕上げたゲルギエフの力にも感服する。

チャイコフスキーの交響曲第5番。凄演であった。

ゲルギエフは冒頭から入魂の指揮を見せる。小林研一郎も真っ青の強烈な思い入れとフルトヴェングラーもびっくりのテンポの激変。遅い部分は誰よりも遅く、速いパッセージは誰よりも速く駆け抜ける。これだけ濃厚なチャイコフスキーの第5を聴くのは初めてだ。ゲルギエフはウィーン・フィルを指揮して同曲をライヴ録音しているが、今日聴く表現はそれとはまったくの別物である。というより、今日のような演奏をやろうと思ってもウィーン・フィルがそれに従うとは思えず、若い奏者を集めた臨時編成のオケだからこそ、ゲルギエフの意志が隅々まで行き渡った演奏が可能になったのだろう。

表現意欲が強すぎるためか、ゲルギエフは「フーフー」と激しい息による指示を続けて、多少耳障りだが、フォルテではそれもかき消えて気にならなくなる。ブラスを強調し過ぎてバランスを欠くところも散見されたが、迫力は抜群だ。

第2楽章。優雅だが技巧的には極めて難度の高いホルンソロを迎える。うーん、やはり苦しいか。それでも許容範囲だ、良くやった。
ゲルギエフはおなじみとなった前髪を掻き上げる仕草を何度も見せつつ、異常なほどの集中力を発揮して旋律を高らかに歌い上げる。

第3楽章のワルツでは、優雅な表現を見せるが、テンポの激変はやはり凄い。

第4楽章でゲルギエフは何度も激しいアッチェレランド(加速)をかける。強烈にオケを煽るゲルギエフの指揮姿は、ゴール前に必死で鞭を当てて追い込みをかける競馬の騎手を連想させる。

この楽章には有名な擬似ラスト(あたかも曲が終わったかのように聞こえる)という鬼門があるのだが、これだけ聴衆を圧倒すれば間違えて拍手する人も出ないだろう。実際、擬似ラストでゲルギエフはいったん腕を降ろしてしまったのだが、拍手する人は出なかった。
ラストの凱歌も強烈だ。テンポの激変にオケがついていけず、音型が崩れたりもしたが、ゲルギエフは気にすることなく突き進む。最早ゲルギエフの一人舞台である。
最後の音が消えると同時に客席から爆発的な拍手が起こる。

ゲルギエフ凄し。ウィーン・フィルとはチャイコフスキーの後期3大交響曲を録音しているが、比べものにならないくらい今日の表現は激しかった。これを聴いてしまうと、ウィーン・フィルとの録音はなまぬるくて今後聴く気になれないだろう。無理だとは思うが、ゲルギエフの思い通りになるオーケストラとの再録音を実現させて欲しい、とも思った。

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ページがかなり重くなっているようです

ページがかなり重くなっているのには何か理由があるのでしょうか。

ちなみに今日はボウリングの日だそうです。私はボウリングをやったことがありません。やる気もありません。

後記:あるブログパーツの設置が重くなっていた原因のようです。解決しました。以上。

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2009年6月21日 (日)

Web野球盤 【エネゴリくんの星】エネゴリくんスタジアム

新日本石油のサイト内にある野球盤ゲーム【エネゴリくんの星】エネゴリくんスタジアムを紹介します。

【エネゴリくんの星】 http://www.eneos.co.jp/enegori/e71_en_top.html

右側の地球上にある野球場をクリックするとエネゴリくんスタジアムが表示されます。

センター返しを心がけるのが勝利の秘訣です。

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ミニストップのハロハロブログパーツ「今日は何の日」を設置しました

ミニストップのハロハロブログパーツ「今日は何の日」を設置しました。左側サイドバーを御覧下さい。ちなみに今日、6月21日は「スナックの日」だそうです。

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無明の日々(8) 停電の夜

無明の日々の「無明」とは仏教用語ですが、今日は仏教用語ではなく本当の無明の日についてお話しします。停電の日のことです。

1990年の12月だったと思いますが、一晩中停電したことがありました。折悪しく期末テスト期間中だったのに灯りがなくて余り勉強できなかったのを覚えています。翌日のテストはさほど点数は悪くなかったのですが。

その夜は、映画の「ウェストサイド物語」を地上波でやる予定だったので楽しみにしていたのですが当然ながら見ることは出来ませんでした。

街頭も消えた街の中を父と二人で出歩いてみましたが、人が消えてしまったかのようにひっそりとしていたのを憶えています。

ちなみに停電したのは私が住んでいる地区だけのようで、千葉市の中心部は煌々と灯りが点っているのが見えました。

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2009年6月19日 (金)

生誕100年 太宰治

本日、2009年6月19日は太宰治の100回目の誕生日、そして桜桃忌に当たります。
このブログ「鴨東記」は太宰治の「桜桃忌」をもじったものです。というわけで太宰治の紹介。

太宰治は1909年(明治42)青森県の金木町(現在の五所川原市に生まれます。本名は津島修治(太宰は津軽訛りがひどく、自分の名前も「つすますんず」としか発音出来なかったといいます)生家の津島家は青森県屈指の資産家で金銭的には何不自由な幼少期を過ごします。

金木尋常第一小学校、青森中学校(首席を通す)、弘前高校(現在の弘前大学)を経て、東京帝国大学文学部仏文科に入学。ただしフランス語は一切出来ませんでした。当時は高校を出ていれば帝国大学には入学できたのでフランス語はやらなかったようです。困ったことに入学試験はありましたが、仏文科は不人気でしたので入学できたようです。入学したものの講義にはほとんど出ず、単位は一つも取らないまま中退しました。

27歳の時に処女短編集『晩年』を発表し本格的にデビューします。

『太宰治全集』第1巻(ちくま文庫)
「晩年」の収められた『太宰治全集』(ちくま文庫)第1巻

その後、39歳で自殺するまでの12年間が本格的な創作期間となります。

29歳で石原美智子と結婚。最初甲府に、のちに三鷹に本拠を構えます。

そして1938年6月17日、愛人の山崎富栄と玉川上水にて心中。死体が発見されたのは2日後の6月19日で、太宰の39回目の誕生日に当たりました。6月19日は太宰の誕生日でもあり命日ともなったのです。

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2009年6月18日 (木)

コンサートの記(43) 京都フィルハーモニー室内合奏団 「武満徹の世界」

2006年4月30日 京都コンサートホール「アンサンブルホール・ムラタ」にて

京都コンサートホール「アンサンブルホール・ムラタ」で、京都フィルハーモニー室内合奏団の定期公演を聴く。「武満徹の世界」と題した、オール武満プログラムによるコンサート。2006年は武満徹没後10年にあたる。

指揮を担当するのは普段はピアニスト、作曲家として活躍している野平一郎。
「雨ぞふる」、「カトレーンⅡ」、「トゥリー・ライン」、「そして、それが風であることを知った」、「群島S」が演奏される。

武満の室内楽曲と小編成のオーケストラのための曲を生で聴く機会はまだまだ少ない。CDでは全曲聴けるのだが、武満のほどこした独特のオーケストレーション(この音はどの楽器がどのような奏法で出しているのか)は音だけだとわかりにくいのである。

演奏は上質。「あの不思議な音はそういう風に出していたのか」と視覚面での発見も多い。意図的にかどうかはわからないが、曲を追う毎にメロディーがはっきりしていき、理解しやすくなるプログラミングも良かった。

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2009年6月17日 (水)

ジョン・コルトレーン 「ジャイアント・ステップス」

最高のジャズサックス奏者として今も語り伝えられるジョン・コルトレーン。そのコルトレーンの代表盤「ジャイアント・ステップス」を紹介します。

ジョン・コルトレーン 「ジャイアント・ステップス」 有名な表題作の他、甘美な旋律が印象的な「ネイマ」、ノリの良い「カズン・マリー」など7つのナンバーと別のセッション録音8曲(SHMCDバージョン)の全15トラックを収録。

シーツサウンドと呼ばれた重厚で圧倒的なコルトレーンのテナーサックスを存分に楽しむことの出来る一枚。

タイトル通り、ジャズシーンに偉大なる一歩を記した名盤です。

ジョン・コルトレーン 「ジャイアント・ステップス」(SHMCD) HMV icon

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2009年6月15日 (月)

頑張っていても生きづらい人達 佐々木正美著『大人のアスペルガー症候群』(講談社こころライブラリー)

アスペルガー症候群は、オーストリアの医師、ハンス・アスペルガーによって初めて報告された発達障害の一種で、知的障害のない自閉症のことです。LD(学習障害)やADHD(注意欠陥多動性障害)を併発していることも多く(これらを総称して広汎性発達障害ともいいます)、懸命にやっても生きづらさを抱えてしまう人が多いのが特徴です。そんなアスペルガー症候群を分かり易く紹介しているのが佐々木正美著の『大人のアスペルガー障害』(講談社こころライブラリー)です。

佐々木正美著『大人のアスペルガー症候群』(講談社こころライブラリー) アスペルガー症候群を持つ人は、几帳面で規則に重きを置く一方で柔軟性に欠け、人付き合いを苦手としています。言葉が直接的であり、また運動が不得手だったり不器用だったりします。

本書は多くのイラスト入りで大変わかりやすく、アスペルガーを抱える人達の容態を適切に描き出しています。

理解されないが故に、心に傷を多く抱えているアスペルガーの人々。そうした人々が誰からも理解される社会の到来することを切に願います。

佐々木正美著『大人のアスペルガー症候群』(講談社こころライブラリー) 紀伊國屋書店BookWeb

佐々木正美著『大人のアスペルガー症候群』(講談社こころライブラリー) bk1

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コンサートの記(42) 小林香織 CHIRISTMAS CONCERT '08

2008年12月20日 滋賀県米原市のルッチプラザ・ベルホール310で

午後5時から、滋賀県米原市にある、ルッチプラザ・ベルホール310で、「小林香織 CHRISTMAS CONCERT '08」を聴く。
ルッチプラザ周辺は絵に描いたような田舎町であった。

小林香織は、1981年生まれのジャズ・アルトサックス&フルート奏者である。ジャズの中でもフュージョンと呼ばれる、ロックや電子音楽の要素を取り入れた現代的なジャズ寄りの人だ。

編成は、リーダーでアルト・サックス&フルートの小林香織、キーボード:谷口善男、エレキギター:マサ小浜、エレキベース:村田隆行、ドラムス:Jay STIXX。

照明の調整に手間取っているということで、開場、開演共に15分押しでスタート。ルッチプラザ・ベルホール310は、クラシック音楽にも対応しているようだが、そのせいもあってか、エレキギターやエレキベースの音は響き過ぎ、最初のうちは、残響がグワシャラグワシャラと気になる(その後、音量調整がなされたということもあって気にならなくはなった)。

4thアルバムのタイトル曲「Shiny」でスタート。小林香織のサックスは、エッジがキリリと立っていて、音色が豊かで輝かしい。MCの時はサキソフォンを吹いている姿からは想像出来ないほど可愛らしい声で話して、そのギャップが魅力でもある。

小林は米原を、「『(まんが)日本昔話』に出てきそうなところ」と表現していた。

全国各地でライブを行っている小林香織だが、滋賀県でライブを行うのは初めてだそうだ。

「滋賀でやるというお話しを戴いた時は、滋賀という漢字が書けなくてですね(え??)、音符は書いたり読んだり出来るんですよ(フォローになっていない気がするが)。でも漢字は苦手で。で、片仮名で「シガホール」と手帳に書いておいて、後で見直したら、「シンガポール」に見えるんですね。え? 12月、シンガポールでやるの? などと思ったりしましたが」という天然系トークが笑えた。

途中、メンバーが曲順を間違えて、更に楽譜がなかったようで、譜面を取りに行ってもらっている間に小林がMCで繋ぐというハプニングもあったりしたが、小林のサックスとマサ小浜のエレキギターによる長時間のジャムセッションがあるなど、聴き所満載(IMEは「聴き所萬斎」と変換した。なんだそりゃ?)。

クリスマスコンサートということで、「ジングルベル」のジャズバージョンが演奏されたり、唯一フルートで演奏された、カバー曲「ラヴィン・ユー」に「ジングルベル」や「ホワイト・クリスマス」の旋律が挟まれていたりする。

カバー曲は、「上を向いて歩こう」も演奏された。

米原は螢の名所だそうで、ルッチプラザの「ルッチ」とはイタリア語で「螢」のことだという。更に年末ということもあって、「蛍の光」がアンコールに演奏された。

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2009年6月14日 (日)

ヘルベルト・ケーゲル指揮ライプツィッヒ放送交響楽団 「ウェーベルン 管弦楽のための作品集」

ヘルベルト・ケーゲル指揮ライプツィッヒ放送交響楽団の演奏による「ウェーベルン(ヴェーベルン) 管弦楽のための作品集」を紹介します。ドイツ・シャルプラッテン。

ヘルベルト・ケーゲル指揮ライプツィッヒ放送交響楽団 「ウェーベルン 管弦楽のための作品集 「パッカサリア」、弦楽オーケストラのための五章、管弦楽のための6つの小品、管弦楽のための5つの小品、交響曲を収録。

拳銃で頭を撃ち抜くという衝撃的な最期により、狂気の名指揮者として死後に名声を高めたヘルベルト・ケーゲル。しかしケーゲルは生前は現代音楽の擁護者として、そして優秀なオーケストラトレーナーとして知られていました。
そのケーゲルの個性がこの「ウェーベルン 管弦楽のための作品集」では最大限に発揮されています。

徹底したオーケストラトレーニングから生まれたアンサンブルは精緻で時に怖ろしくなるほどの美しさを持っています。また、譜読みの深さにより、現代音楽の演奏でありながら、わかりやすく美しくロマンティックな仕上がりになっているのも特徴です。

ヘルベルト・ケーゲル指揮ライプツィッヒ放送交響楽団 「ウェーベルン 管弦楽のための作品集」(HMV) icon

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2009年6月13日 (土)

ヤマザキナビスコカップ 京都サンガ惨敗

ヤマザキナビスコカップ 京都

西京極でヤマザキナビスコカップ、京都サンガF.C.対柏レイソル戦を観てきました。

ヤマザキナビスコカップでは今シーズンまだ勝ち星のないサンガは、今日も柏の菅沼に先制点を許すと、後半4分には李忠成にコーナーキックからヘッドで、6分には菅沼に左サイドを突破されてゴールを決められ、0-3で惨敗しました。観ていて疲れる試合でした。

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ブルーノ・ワルター指揮ニューヨーク・フィルハーモニック モーツァルト後期三大交響曲集

往年の名指揮者ブルーノ・ワルターがニューヨーク・フィルハーモニックを指揮して録音したモーツァルトの後期三大交響曲集を紹介します。1953年と56年に行われたモノラル録音。ソニー・クラシカル。

ブルーノ・ワルター指揮ニューヨーク・フィルハーモニック モーツァルト後期三大交響曲 モーツァルトの交響曲第39番、第40番、第41番「ジュピター」が収録されていますが、特にお薦めしたいのは交響曲第39番と「ジュピター」。

交響曲第39番はスケールが大きく、音もデリケートで高貴な味わいがあります。

「ジュピター」も仰ぎ見るような巨大なスケールを誇り、高雅にして堂々とした演奏となっており、同曲演奏の中でトップを争う出来であると思われます。

交響曲第40番は、第1楽章がノンビリしているなど、私の趣味には合いませんが、豊かな歌を好む人にはこの上ない美演と映ったとしても不思議ではないだけの出来を示しています。

音はモノラルですが鮮明で、録音を行ったCBSの技術の高さがわかります。

ブルーノ・ワルター指揮ニューヨーク・フィルハーモニック モーツァルト後期三大交響曲(HMV) icon

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2009年6月12日 (金)

逃げ行く勝利 1989年選抜甲子園

選抜高校野球の決勝戦で忘れられない光景があります。1989年春の決勝戦、上宮高校対東邦高校戦。上宮高校には元木大輔、種田仁らがいました。

1-1の同点のまま延長へ、10回表に上宮が1点を取って2-1とし、10回裏もツーアウト。ドラマはそこから起こりました。フォアボール、内野安打でツーアウト一塁二塁となり、続くバッターがセンター前ヒットで東邦が同点に追いつきます。二塁ランナーが二三塁間に挟まれますが、二塁への送球が逸れ、バックアップに入ったライトも送球が捕れずにボールは無人の外野を転がっていきます。上宮にとっては勝利が逃げていくという、残酷な光景となりました。

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2009年6月10日 (水)

クイズヘキサゴンⅡ 麻木久仁子に久々に勝つ

クイズヘキサゴンⅡの予選テスト50問で48点を記録し、44点で出演者1位だった麻木久仁子に勝ちました。

こんなこと一々報告しなくてもいいと思いますが、何となく知らせたかったので書いてしまいます。

しかし、今回は問題が簡単でした。成績優秀者にはQUOカードが当たるというけれど、多分50点満点の人が多くいると思われるので当選は無理だろうな。

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無明の日々(7) 明治大学に恋して

明治大学に恋して
明治大学リバティタワー。私はリバティタワー1期生でもある。半年だけここで学んだ。個人的には前身である明治大学記念館の方が好きだったけれど。なお、私は記念館とリバティの両方の校舎で学んだ数少ない人間の一人である。

1994年に明治大学第二文学部文学科文芸学専攻に入学した。もっと偏差値の高い大学にも受かったのだが、どうしても明治大学に入りたかった。おかしな話だけれど私は明大に恋していた。だから明治に入れるなら二部でも良かったというより、文芸学専攻が二文にしかなかったのでわざわざ選んでいったともいえる。日本文学専攻だったらおそらく行かなかった。

明治大学の文芸学専攻に執着した理由としては田村隆一の詩が大好きだったということが挙げられる。田村隆一は文芸学専攻の直接の前身に当たる文芸科の出身だった。田村隆一の後輩になりたいと思ったのだ。

こう書くと、明治大学の文芸学専攻の入れて万々歳だったように思われるかも知れないが、内心では複雑な思いを抱えていた。第一志望の大学は明治大学。これは良い。ただ第一文学部の日本史専攻を希望していたのだ。子供の頃から社会科が得意で、特に日本史は私より出来る人間を見たことがないというほどであった。だから日本史を専攻すればひょっとしたらものになって大学教授にもなれるのではという思いがあったのだ。

しかし、第一志望に入れなかったことでその夢は捨てた。私は自分の人生よりも明治大学を愛してしまっていた。恋は盲目というが相手が人間だけとは限らないらしい。

そうして始まった明治大学での学生生活。夜学生ということもあり、昼間の学生と同じ生活はもとより望んでいなかった。六大学野球が好きだったから神宮球場に通おうとも思っていたが、いざ学生生活がスタートすると勉強が面白くなってしまい、結局神宮には行かずじまいだった。
正午過ぎに学校に到着して、図書館に籠もって読書と勉強というスタイルが定着していった。

最初は明治大学への恋であったが、それが文芸学への恋へと変わっていた。そうして文学への恋心を抱いたまま、私の青春時代は過ぎていったのである。

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2009年6月 9日 (火)

無明の日々(6) 英語砂漠に水を撒く

人々には常緑の英語の大地が与えられたが、私が譲り受けたのは草一つない英語砂漠だった。その英語砂漠に水をやるのが私の仕事だった。決して報われることのない、それでもやらなければならない作業。

他の人間なら気が狂ったことだろう。私とてもはや正気ではないのかも知れない。しかし作業を止めることは許されなかったし、許されたとしてもそれはデッドエンドだった。

木の根一つない英語砂漠に水を撒き、撒いたそばから蒸発していく水の非情さに耐えながら私は己を虚しくしていた。

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何かに導かれるように

思い返してみれば何かに導かれるようにして今の私がいる。選んだことなんて、選べることなんてほんの僅かなものでしかなかったかのよう。

導き手の正体もわからぬままその甘い声音に惹かれ、足を踏み出し続けた結果、今私はここにいる。

いつから今の私が作られ、作られた今の私が本物なのかどうかわからないまま人生は続く。それが人生の本質であるかのよう。

誰もが何かに導かれている。導き手の正体もわからぬまま。自己を信じるにしても自己を信じないにしてもあるのは孤独。孤独がゆえの自由。自由というものの果てしなさ、眩暈、揺らぎ、安らぎ。

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2009年6月 7日 (日)

観劇公演パンフレット(35) 「ローズのジレンマ」

黒柳徹子主演海外コメディ・シリーズ第22弾「ローズのジレンマ」の公演パンフレットを紹介します。

「ローズのジレンマ」公演パンフレット 表紙担当は和田誠。左から錦織一清(ホリエモンさんじゃありません)、黒柳徹子、草刈正雄、菊池麻衣子です。

作者であるニール・サイモンの簡単な伝記、出演者インタビュー、黒柳徹子と野際陽子の対談などが掲載されています。

「ローズのジレンマ」の感想

2008年11月1日 大阪・茶屋町のシアター・ドラマシティにて観劇

午後5時30分より、シアター・ドラマシティで黒柳徹子主演海外コメディ・シリーズ第22弾「ローズのジレンマ」を観る。作:ニール・サイモン、テキスト日本語訳:丹野郁弓、演出:高橋昌也。黒柳徹子、草刈正雄、菊池麻衣子、錦織一清による4人芝居。

客席に「放浪記」に出演していた斎藤晴彦氏の姿あり。

「ローズのジレンマ」は2003年にオフ・ブロードウェイで初演。日本初演は翌2004年、やはり黒柳徹子主演の海外コメディ・シリーズとして上演された。今回は4年ぶりの再演となる。

「ローズのジレンマ」初演時と同じキャストは黒柳徹子だけで、他の3人は入れ替わり。菊池麻衣子は出産後の初仕事であり、やはり以前に比べると体つきがふっくらしている。

錦織一清も中年だけに年相応の体つき。ポスターやパンフレットの表紙はいつも通り和田誠のイラストだが、そこに描かれた錦織一清はどう考えてもホリエモンにしか見えない。実際の錦織一清の体型はホリエモンよりは痩せていると思うが。

ニューヨーク州ロングアイランドのイースト・ハンプトンにあるローズの夏の家が舞台。
ローズ(黒柳徹子)はピュリツアー賞を2度も受賞した優れた作家だが、5年前に恋人でやはり売れっ子作家だったウォルシュ(草刈正雄)に死なれてからはものが書けずにいる。そのため収入がほとんどないが、かつての成功の日々の浪費癖が抜けず、家計は火の車、借金も日ごとに膨らんでいく。ローズと同居している助手のアイリーン(菊池麻衣子)は何とかして出費を減らそうとしているが上手くいかない。
実はローズは、毎日のように幽霊になったウォルシュと会っている。そのウォルシュが本物の幽霊なのか、ローズの頭が作り出した幻影なのかはわからないが、ローズ以外には見えず、声も聞こえないウォルシュの存在をアイリーンも取り敢えずは認めることにしていた。

いよいよ夏の家も手放さなければならないほどに生活が苦しくなったある日、ウォルシュは60歳の誕生日を迎えるあと2週間後にお別れだとローズに切り出す。そしてウォルシュは自身が完成させることが出来なかった小説の続きを書いて一財産作れとローズに勧める。ウォルシュは若手の作家と組むようローズにいう。ウォルシュが勧めたのはギャビン・クランシー(錦織一清)という作家。ギャビンは本を1冊書いたきりで後は鳴かず飛ばず。今は作家としてではなく、雑誌に記事を書いたり、各種の労働をして何とか稼いでいる男だった。早速、ギャビンに電話をして家に呼び寄せたローズだが、このギャビンというのが礼儀知らずな男で、ローズは一気に不機嫌になってしまい……


アメリカ初演時には不評だったという「ローズのジレンマ」(ニール・サイモンの本でも不評ということがあるのか。恐るべしアメリカ)。不評の原因はおそらく、アイリーンとギャビンの二人の人物造形が浅いことだと思われる。特にギャビンはキャラクター造形自体は良いが、それを見せる場面と舞台に出ている時間も少ないので、ニューヨーカーは不満だったのだろう。ただストーリー自体はきちんとしているし、幽霊の登場などは日本人の感覚の方にむしろ向いているように思われる(日本に伝わる幽霊話は他の国のそれに比べるとやはり美しいと思う。日本人の感覚の繊細さの反映だろう。だから幽霊ものは日本では受けいれられやすいと思う)ので、今回の上演に不満は感じなかった。

いや、不満は感じなかったどころか、良い出来で満足した。黒柳徹子演じるローズのセリフ量が飛び抜けて多いためか、黒柳徹子もセリフを噛んだり言いよどんだりと苦戦するところはあったが、それでもローズというキャラクターにピタリとはまってみせる技量はさすがである。

草刈正雄も渋いし、菊池麻衣子は可憐だし、錦織一清はユニークだし、それぞれの持ち味が発揮されていて、役者陣に不満は一切なしである。

ストーリーも万全とはいえないが、それでも一級とされる日本人作家の本よりも(同じ日本人として悔しいことではあるが)「ローズのジレンマ」の方がずっと上だと認めざるを得ない。

ともかく、こういう芝居に出会えると、演劇好きで良かったと思う。

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サッカー日本代表、ワールドカップ本戦出場へ

サッカー日本代表は、敵地で行われた対ウズベキスタン戦に1-0で勝ち、来年行われるワールドカップ南アフリカ大会本選への出場を決めました。

前半9分に岡崎のゴールで先制したものの、日本サイドでウズベキスタンが攻めるというシーンが目立った苦しい試合でしたが、これを制し、全世界のトップを切っての本戦出場決定です。

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2009年6月 6日 (土)

大学が当たり前のように潰れる時代

私が生まれたのは1974年で、第二次ベビーブームに当たる。同世代の人数は多く、大学に入るのは難しかった。

しかし、時を経て、大学は二極化の時代に入った。名門大学が多くの受験生を集めている一方で定員割れしている大学も数多い。

兵庫県尼崎市の聖トマス大学が来年度の学生募集停止を決めたという。定員250人に対して入学者は08年度が78人、09年度が110人と、定員の半分にも満たなかった。今後は統合も視野に入れいているというが、最悪廃校もあり得るとのこと。

しかし、大学が廃校になると聞いても別段驚く時代ではもうなくなってしまっている。というより大学が当たり前のように潰れる時代になってしまっているのである。

苛酷だった受験戦争はもはや昔話であり、大学は潰れないという神話は崩壊した。国立大学法人でさえ、統合で姿を消したり再編で名前が変わったりしている。定員を満たすことの出来ない私大は47.1%と半数に迫っている。大学が増えすぎてしまったのか、少子化の波が思ったよりも早く押し寄せたのか、おそらくその両方だろう。

教育の内容や質の高さがより求められるようになってくることも考えられる。もし少人数の学生しか集めることは出来なくても、質の高い学生が輩出すれば教育機関としての価値は上がり、学生を集められるようになるのかも知れない。

そして、大学名よりも個の資質が問われる時代に変わっていくのだろう。

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2009年6月 5日 (金)

好きな太陽系の惑星

コネタマ参加中: あなたが好きな太陽系の惑星は何?

@niftyのコマネタ参加です。好きな太陽系の惑星は何か。

水金地火木土天海冥から選べとのこと。冥王星はもう惑星ではありませんが、取り敢えずコマネタでは惑星として扱うようです。冥王星は私の星座である蠍座の守護星でもあります。

だからといって冥王星が一番好きかというと、そうでもありません。また地球は外した方がいいのでしょうね。

一番好きなのは木星です。惑星の中で天体観測をしたことがあるのは、水星、金星、火星、木星、土星ですが、面白さは輪のある土星が断トツとして、巨大で衛星の数も多い木星は観測していて好感を持ったので。ギリシャ神話やローマ神話ではゼウスで最高神に見立てられたのも肯けます。

天体観測のことを語ると、火星は何度か大接近を繰り返していますね。1988年の大接近の時は観測していました。火星は1877年にも大接近をしていて、この年に起こった西南戦争にちなみ、「西郷星」という異名を取っています。

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2009年6月 4日 (木)

パーヴォ・ヤルヴィ指揮ドイツ・カンマーフィルハーモニー・ブレーメン ベートーヴェン 交響曲第3番「英雄」、交響曲第8番

パーヴォ・ヤルヴィ指揮ドイツ・カンマーフィルハーモニー・ブレーメンの演奏による、ベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」と交響曲第8番のCDを紹介します。RCAレーベル。

パーヴォ・ヤルヴィ指揮ドイツ・カンマーフィルハーモニー・ブレーメン ベートーヴェン 交響曲第3番「英雄」、交響曲第8番いずれもベートーヴェンのメトロノーム指定に近い快速テンポでの演奏であり、ベートーヴェンの交響曲を音の運動として捉え直したといってもいいような躍動感に溢れています。

「英雄」の第1楽章の主題が行方不明になるところもベートーヴェンの元の譜面通り履行していますが、木管を強く吹かせることにより主題はちゃんと聞こえます。

室内管弦楽団の小回りの良さを生かした快演で、新時代のベートーヴェン演奏として強く推薦します。

パーヴォ・ヤルヴィ指揮ドイツ・カンマーフィルハーモニー・ブレーメン ベートーヴェン 交響曲第3番「英雄」、交響曲第8番(HMV) icon

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2009年6月 2日 (火)

コンサートの記(41) パーヴォ・ヤルヴィ指揮ドイツ・カンマーフィルハーモニー・ブレーメン来日公演2006名古屋

2006年5月20日 名古屋市の愛知芸術劇場コンサートホールで

名古屋へ。愛知芸術劇場コンサートホールで、パーヴォ・ヤルヴィ指揮ドイツ・カンマーフィルハーモニー管弦楽団の演奏会を聴くためだ。

パーヴォ・ヤルヴィ指揮ドイツ・カンマーフィルハーモニー管弦楽団の演奏会は午後6時に始まる。

オール・ベートーヴェン・プログラムで、「コリオラン」序曲、ヴァイオリン協奏曲、交響曲第3番が演奏された。ヴァイオリン協奏曲のソリストは、当初、諏訪内晶子が予定されていたが、諏訪内の病気のため、1980年生まれの若き女性ヴァイオリニスト、ヒラリー・ハーンが代役を務める。諏訪内さんも相当な天才であるが、ヒラリー・ハーンは現役ヴァイオリニストとしては最高峰に位置する天才であり、諏訪内よりも格上である。

ドイツ・カンマーフィルは古典配置を採用。トランペットとティンパニは古楽器を使用している。愛知芸術劇場コンサートホールは思ったよりもこぢんまりとしたホールである。空間の広さだけなら大阪の「いずみホール」とさほど変わらない。高い席と安い席はほぼ全て埋まっているが、中間の席には空席も目立つ。音の評判は余り聞かないが、満足できる水準には達している。それよりも、このホールの良さは窓から見える夜景の美しさ。ホールから見える景色もまた演奏会の一部なのだと、改めて気づかされる。

パーヴォ・ヤルヴィはステージ上手から登場。指揮者が上手から登場するのは初めて見る。愛知芸術劇場ではいつもこうなのだろうか?

「コリオラン」序曲。冒頭から叩きつけるような迫力に富み、ピリオド奏法を援用したノンビブラートの弦楽陣が澄んだ音色を作り出す。パーヴォの作り出す音楽は極めて個性的。ベートーヴェンが好きなら一度は聴いておきたい指揮者だ。

ヴァイオリン協奏曲。独奏のヒラリー・ハーンはすでに同曲をレコーディングしており(伴奏はデイヴィッド・ジンマン指揮ボルチモア交響楽団)、その時の印象から、天翔るような音楽を予想していたのだが、実際は密度の濃い、骨太の音楽を奏でた。表情が重いようにも感じるが、音色には血が通っており、テクニックも文句なし。女流とは思えないほどの力強さも感じさせて、流石と思わせる。

アンコールはJ・S・バッハの「無伴奏ヴァイオリン・ソナタとパルティータ」より「ラルゴ」を演奏。崇高な名演であった。

演奏を終え、劇場関係者から花束を受け取ったハーンは、向日葵を一本抜き出してパーヴォ・ヤルヴィに、別の花を一本(何の花かは良く見えなかった)コンサートマスターに送る。なかなか粋なことをする。

メインの交響曲第3番「英雄」。楽団員が登場、と思ったら、一度は席の近くまで来た第二ヴァイオリンの首席奏者が慌てて楽屋の方へと戻っていく。「弦が切れていたのかな?」と思って待つ。第二ヴァイオリン首席奏者、再び登場。客席からは(冷やかしも兼ねた)盛大な拍手。何と、「楽譜を持ってくるのを忘れた」ために慌てて取りに戻ったことが判明。会場が笑いに包まれる。

そしてパーヴォが何事もなかったかのように登場。客席に向かって一礼した後、オーケストラの方を向いていきなり振り始める。最初の二つの和音は生命力に満ち、その後も勢いよい音のドラマが繰り広げられる。テンポはかなり速い。私が聴いたことのある「英雄」の中でも最速の部類に入るのではないか。テンポは自在に変化し、音楽は生き物のようにうねる。
木管を強く吹かせるのが特徴。トランペットは古楽器(ナチュラルトランペット)を使用しているので、第1楽章のクライマックスでは高音が出ずに、当然、主題が聞こえなくなる、はずが、代理に旋律を吹く木管が強力なので、何の違和感もなく主題を聴き取ることが出来た。

第1楽章と第2楽章の合間には小休止を入れたパーヴォだが、第2楽章から第4楽章までは、間を開けずにアタッカで入る。
第2楽章「葬送行進曲」もテンポは非常に速い。影には若干乏しいが、音のうねりがその欠点をカバーする。
第3、第4楽章に至っては、その活気から、「ベートーヴェンの第7を待たずに『舞踏の聖化』が成し遂げられた」と思ってしまうほどのリズム感抜群の演奏で、パーヴォ・ヤルヴィという指揮者の才能を十二分に堪能できた。

面白いベートーヴェンであった。生でこれほど面白いベートーヴェンを聴いたのは、サー・サイモン・ラトル指揮バーミンガム市交響楽団の来日公演における第5交響曲(於:東京オペラシティ・コンサートホール・タケミツ・メモリアル)以来である。解釈も斬新であり、聴いて絶対に損はしない。

演奏を終えて、劇場関係者から花束を受け取ったパーヴォは、ヒラリー・ハーンの真似をして一本抜き出そうとしてやめるという冗談を演じてみせる。なかなか役者である。

アンコールはシベリウスの「悲しきワルツ」。パーヴォは途中で、集中していると幽かに聴き取れるというほど弱いピアニッシモを指示し、音がどこか遠くから聞こえてくるような独特の世界を創り出していた。

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チョン・ミョンフン指揮パリ・バスティーユ管弦楽団 ベルリオーズ 幻想交響曲

チョン・ミョンフン指揮パリ・バスティーユ管弦楽団の演奏するベルリオーズの幻想交響曲のCDを紹介します。ドイツ・グラモフォン。

チョン・ミョンフン指揮パリ・バスティーユ管弦楽団 ベルリオーズ 幻想交響曲 パリ・バスティーユ管弦楽団は、パリ・バスティーユ・オペラ座の管弦楽団。前身はパリ・オペラ座(ガルニエ宮)管弦楽団です。
パリ・オペラ座管弦楽団はリハーサル嫌いのオーケストラとして有名でしたが、バスティーユにオペラ座が移り、政治的理由でバレンボイムが解任された後に急遽音楽監督に就任したチョン・ミョンフンとは相性が良く、急成長しています。そんなチョン・ミョンフンとパリ・バスティーユ管弦楽団の最良の音盤がこの幻想交響曲です。

パリ・バスティーユ管弦楽団は特に優れたアンサンブルではなく、金管などには弱さも感じられますが、音は美しく、チョンの巧みなドライブにより、見事な演奏を展開しています。オペラで鍛えたチョンの演出力にも素晴らしいものがあります。

チョン・ミョンフン指揮パリ・バスティーユ管弦楽団 ベルリオーズ 幻想交響曲(HMV) icon

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