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2009年7月10日 (金)

これまでに観た映画より(44) 「2046」

DVDで映画「2046」を観る。王家衛監督作品。出演は、トニー・レオン、木村拓哉、章子怡、フェイ・ウォン、コン・リー、カリーナ・ラウ。特別出演にマギー・チャン。

前作「花様年華」の続編とも言うべき作品。恋に敗れた、チャウ(トニー・レオン)はシンガポールにいた。そして、スー・リーチェン(コン・リー)という女に惹かれる。別れた女、スー・リーチェン(マギー・チャン)と全く同じ名前の女。おそらく運命の出会い。しかしチャウは敗れた恋から完全に逃れることは出来なかった。香港に帰るので一緒について来て欲しいというチャウ。スーが出した答えはノーだった。それはチャウにとって運命の、そして最後の恋だった。そしてその最後の恋に敗れたのだ。

スーはいつも黒いドレスを着ている。これが重要な意味を持ってくる。
香港に帰ったチャウはオリエンタルホテルの2046号室を取ろうとする。かって逢瀬を重ねた部屋と同じ番号の部屋だ。しかし2046はさる事情により使えず、隣りの2047号室にチャウは入る。

1960年代のクリスマス・イヴが主な舞台になる。そのため、徹底して赤と緑の色彩のコントラストが用いられている。

2046は中国と香港の一国両制が終わる年であるが、それとは直接的な関係はないようだ。チャウの視線は常に過去を向いている。

最後の恋に敗れたチャウは、もう本気で人を愛することがない。娼婦のバイ・リン(章子怡)やホテルのオーナーの長女・ジンウェン(フェイ・ウォン)と親しくなるが、それも過去を埋めるための遊びだ。チャウは彼女達を見つめてはいない。ちなみに章子怡もフェイ・ウォンも、チャウとつきあうようになると黒いドレスを着る。チャウが彼女達を彼女達と見なさず、彼女達の服装を通して、スーを見つめていることがよくわかる演出だ。

チャウはバイ・リンを恋人ではなく、娼婦として扱う。バイ・リンは報われない恋と知りながら、チャウの渡す金をポイントでも集めるかのように大切にベッドの下にしまっておく。その乙女心が切ない。

ジンウェンは日本人の商社マン(木村拓哉。役名はない)と恋仲である。しかし、彼女の父親が歴史的なこともあって日本人を毛嫌いしており、二人が一緒になれる可能性はほとんどない。キムタクは「俺と一緒に行かないか?」と訊くが、フェイ・ウォンは何も答えない。このシーンは、画冒頭のトニー・レオンとコン・リーのシーンと完全な相似形を成している。

ジンウェンは木村拓哉の問いに、いつか「はい」と答えようと、2046号室で日本語の練習をしている。

チャウは「2046」という小説を書き始める。しかし、ジンウェンの文章力を知ったチャウは彼女を助手として執筆を続け、いつしか、「2046」は彼女のための小説「2047」に書き換わる。2047年。2046から戻ってきたtak(木村拓哉)はアンドロイド(フェイ・ウォン)と恋に落ちる。このアンドロイドも黒い服を着ている。チャウは自分とスーとの関係をこの小説の中で分析しようとする。感情があるのかないのかわからないアンドロイド。スーの心が読めなかったチャウは自分の思いを、takとアンドロイドとの関係に置き換える。そして、彼女は自分を愛していなかったと結論づける。
「俺と一緒に行かないか?」。だがどこへ? その答えを彼は見出せないのだ。

しかし、小説を書き終えたチャウは、ジンウェンに国際電話を掛けさせ、キムタクとの仲を取り持つ。結果、ジンウェンは日本へ行き、結婚する。結婚に大反対だった父親も、娘が結婚を決めたとわかった途端に万々歳。「やはり娘の幸せが一番だ」と改心する。この辺のチャウはまるで恋のサンタクロースのようだ。ジンウェンとキムタクが行くべき場所が彼にはわかったのだ。

黒い服のアンドロイド(フェイ・ウォン)とともに白い服のアンドロイド(カリーナ・ラウが演じる)も登場する。カリーナ・ラウのセリフからわかるが、黒が過去なら、白は未来だ。

チャウはバイ・リンと再び会う。バイ・リンは黒と白のストライプの服を着ている。過去でも未来でもなく現在の彼女。二度目は白の部分が増していた。未来、それに期待する。しかしチャウは結局、バイ・リンを選ぶことはなく、「2047」ではなく、「2046」にとどまるのである。

別れ際、バイ・リン(章子怡)はチャウに言う。「どうしてそんなに優しいの?」
多分、それはチャウがもう誰も愛さないと決めているからだろう。愛さないなら責任も生じないため、いくらでも優しくなれるし、同時にいくらでも残酷になれる。別れると決めている女に優しく振る舞うのは残酷なことでもある。

ナレーションが多く、しかもそれは相変わらず村上春樹調(王家衛監督は自他共に認めるハルキ族の一人である)だ。寓喩や、数字、服装や色の使い方なども村上春樹的である。また映画の結末自体が春樹の小説『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』のそれを思わせる。

2046を中国と香港の一国両制が終わる年とするなら、2047(未来)に踏み出せる人達(キムタク、ジンウェン)と、2046(過去、現在および思い出)から抜け出せない、抜け出さない人(チャウ)を描いていると見ることも出来る。
しかしそれはそれで背景とのみ解釈し、寂しい男の寂しい恋愛映画として観た方がずっと面白い。

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